不思議な淡い紫色の光景が広がっている。立城は夢の中でぼんやりと懐かしい景色の中に立っていた。まだ、清陵の町が山や湖ばかりで、ろくに開拓もされていなかった頃、ここには吉良瀬の本家が建っていた。
真也と双子として生れ落ちた立城は、産湯につけられた直後から本家から少し離れた離れへと移された。見目的にもとても人間とは言いがたかった立城だが、その記憶も人の赤子とは異なっていた。機械的な世話を受けながら立城は一人、格子に囲まれた離れで何年も暮らしていた。
竹林に囲まれた離れには時折、刺客が訪れた。吉良瀬に害を為すものとして立城の抹殺が図られたのだ。当時、立城の世話をしていた乳母が手引きをしていたことも、立城自身よく知っていた。出された食事に毒を盛られたりすることはざらで、他にも直接に立城に刃を向ける者も多々あった。その度に立城は容赦なく刺客を殺した。特に生きたいという意欲があった訳ではない。
何故、貴様らの手にかからなければならないのだ。人間の手にかかって死ぬことだけは立城のプライドが許さなかった。それ故、立城は冷ややかに刺客たちを殺戮した。離れで起こる出来事は全て吉良瀬の力によって封じられ、外部に漏れることは一切なかった。それも恐らく、当時の吉良瀬当主の権力を狙う内部の者の仕業だったのだろう。
立城は離れの部屋で静かに本を読むことが好きだった。その時間だけは他のどんな煩わしいことからも切り離される。美しい物語、人の淡い人生、それらを書き綴られている本だけが立城の心の安らぎだった。
時折、立城の許を当時の吉良瀬当主である祖父が訪れていた。祖父は立城が生まれた時に護ってくれた唯一の人間でもあった。祖父は立城のことを心から心配してくれていた。だが周囲の強い反対にあい、立城の命を繋ぐのが精一杯だといつも詫びていた。その度に立城は祖父に気にしなくてもいいのだと言って笑った。
そんなある日、立城のいる離れの傍に一人の少年が現れる。立城は一目でその少年が双子の弟の真也だと見抜いた。真也は無邪気に立城に笑いかけ、楽しそうに話をした。それ以来、真也は時々そうして立城の許を訪れた。格子越しではあったが、立城は真也と話をするのがとても好きだった。
ぼんやりとした目で立城は遠く離れを眺めていた。竹林に囲まれたあの小さな家に僕はいた。夢の中だと判っているのに、何故か妙に現実的で、だからこそ立城はその家がもうすぐ燃えて消えるだろうと確信していた。
離れは本家と共に、いや、周辺一帯は全て立城の力により消された。業火に焼かれて死に行く人々の断末魔の声を立城はぼんやりと聞いた。このまま果ててしまえたらと願い、立城はその力に自分の身を晒すつもりだった。それを止めたのは真也だった。真也は他には何もないのだと言う立城を殴りつけ、叱り飛ばしたのだ。
俺がずっと傍にいる。
幼く小さな身体を怒りに震わせ真也が叫んだ時、立城は驚く以外の反応が出来なかった。焼け野原に二人の少年が向かい合っている姿を立城は静かに眺めていた。
やがて町は少しずつ開拓されていったが、それでもこの地に残った立城の強大な力が人の手を絶対的に拒んでいた。吉良瀬の所有していたその敷地だけが、人に手をつけられないまま時を過ごす。焼け野原にはやがて草花が育ち、辺りには一面のコスモスが咲くようになった。
そしてそんな吉良瀬の地で今度は立城は水輝と戦うことになった。結局、勝敗は決することが出来なかった。そして戦いの中で立城は真也をなくしてしまったのだ。
一面のコスモスは一瞬で吹き飛ばされた。再び何もなくなった地面に今度は人の手が加わる。山が削られ、何もなかった場所に道が敷かれ、家が建ち、鉄道が敷かれる。あらゆる商店が建ち、学校が建設され、人々がこの地に集まってくる。立城はこの町を吉良瀬の当主として開発した。そして地面には祝福の加護の陣を敷いた。二度と、あんな悲劇が起こらないよう、人々が幸せに暮らせることを願って大切に町を作った。その中心に建っているのが吉良瀬の屋敷だ。
立城は瞬く間にひらけて行く町の様をぼんやりと眺めていた。吉良瀬の屋敷の庭には小さな墓も作られた。その墓には真也の遺体が眠っている。だが既に真也の魂はそこにはない。あるのは亡骸だけだ。
淡い紫色に包まれた光景が歪む。立城は夢の中で静かに泣いていた。涙に滲んだ町は現実と同じように栄えている。しばしそれを眺めてから立城は息をついて踵を返した。ゆっくりと歩き出して肩越しに町を振り返る。
もう僕は必要ないみたいだから。そう呟いて立城は目を閉じた。ゆっくりと夢が閉じていく。立城の意識は緩やかに昇り、夢から覚めた。
段落が長くて切ってます(汗)