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「あの、別に読んでいただいてかまいません。というか、読んでいらっしゃらなかったんですか?」
横から優一郎が唖然とした面持ちのままで告げる。立城はため息をついて当り前だよ、と言った。
「心に踏み入るような真似は気に入らないと、誰かが言ってくれてね。例の一件以来は読まないようにしてきたけど?」
そう言いながら立城はぎらりと水輝を睨んだ。中身の空っぽになった花束の残骸を床に落とし、水輝がその場にへたり込む。
「……盲点だった……。力を使えるってことは、力を使わないことも出来るってことだよな」
がっくりとうなだれた水輝に立城はなに言ってるの、と呟いた。横を見るとへたり込まないまでも優一郎ががっくりと肩を落としている。両者の反応を見た立城は首を傾げて顔をしかめた。
「なに。二人とも」
「それなら辻褄はあいますね。故意に僕を追い詰めているのだと思ってた……」
ぼそりと優一郎が告げる。立城は目を見張ってそんなことしないよ、と慌てて首を振った。すると今度は水輝が呻くように言う。
「おれはてっきり意地悪をされているのだと」
「は!?」
立城は訳がわからず焦った声を上げた。
「なに言ってるの! 意地悪なのは二人だろう!」
「おれは意地悪なんぞした覚えはねえ!」
そう叫んで水輝が勢いよく立ち上がる。頭痛を堪えるように額を押さえた優一郎が力なく首を振る。
「吉良瀬が欲しいって言ったから君には全権を譲り渡すって言ったんだ! 水輝は他の女性と楽しくしているようだから、僕がいると邪魔だと思って!」
優一郎と水輝に交互に叫び、立城は指を突きつけた。あああ、と力なく声を漏らして水輝が首を横に振る。
「だって邪魔だって言っただろう!?」
「言ってねえ言ってねえ。つーか、どこをどう聞けばそう聞こえるんだ」
疲れたように手を横に振りながら水輝が言う。立城は引きつって息を飲んだ。頭を抱えて低く呻く。
「あの母上、以前僕に吉良瀬を継がないかみたいな事、仰いましたよね? 断りましたけど」
「うん。だから気が変わったんでしょ?」
立城はそう言いながら恐る恐る優一郎を見た。
「いえ。吉良瀬をまとめるということは並大抵の決意と能力ではできません。できれば研究に専念するほうがいいとずっと思ってたんですけど、母上の一連の行動でなし崩し的に色々な方と関わるようになって、後には引けなくなってしまいましたから」
ずっと母上の掌の上だと思っていました。疲れたように笑いながら優一郎が言う。それを聞いた立城は蒼白になった。
「えっ! 欲しいんじゃなかったの!?」
素っ頓狂な声で叫んで立城は頭を抱えた。多大な迷惑をかけてしまったから、せめて欲しいと言うものはあげようと思って。立城はその場によろけながら力なくそう呟いた。
「あの、なりたいからと言って、なれるものではないと思います。実績を積み上げて、信頼を積み上げて、それでようやくスタートラインに立てるほどの地位です。まだ、僕では精進が足りませんけど」
「え、そうなの? だって僕、別に何もしなくてもなったけど?」
戸惑いながら立城はそう優一郎に答えた。
「そのころの吉良瀬と、今の吉良瀬とは大きさが違います。というか、母上が吉良瀬を発展させる事で、人々の信頼を勝ち取ったんです」
「そんな……僕はただ」
この町がずっと幸せに続けばいいと願っていただけだ。真也の眠るこの地に災いが起きないよう、祈ってきた。人々の幸せに暮らす様を遠くから見守っていければいいと思って。
立城は小声で言いながら何となく理解した。それは恐らく自分の力ではない。真也の力だ。そのことに気付いた立城は小さく息をついた。
「ま、けっこう悪どいこともしてきたんだろうけど」
そう言って水輝がぽん、と立城の頭に手を乗せる。立城は戸惑いの目で水輝を見た。すると横から優一郎が言う。
「最初は、母上が力を取り戻すまでの緊急避難的処置として、代理にたつのだと思っていました。母上が隠遁すると仰ったから、ああ僕は試されていて、とりあえず母上の試験には合格したんだと、そう思ってたんです」
「いや……あの」
まさか自分が拗ねて遠く離れたのだと今さら言う事も出来ず、立城はうろたえた。するとにやにやと笑いながら水輝が立城の頭を撫でる。
「僕、要らないんじゃないの? もう必要ないって」
そう思ったから。立城は消え入るような小声で言って俯いた。
「ああ言わなければ僕と斎姫を庇う誓約の力で縛られて、母上は今日の場で自由に返答することができなかったはずです」
「だって、誰も婚約相手のことなんて教えてくれなかったじゃない!」
勢いよく顔を上げて言ってから立城は慌てて水輝を見た。水輝はいつの間にか煙草をふかしながら人の悪い笑いを浮かべている。
「だって結婚って権力や財産とするものでしょ!?」
「いや、お前のそれ、なんかおかしいだろ」
頭をかきながら水輝が呻く。立城は目を見張って首を横に振った。
「だってそれ以外の目的なんてどこにあるの!」
「あの、僕は斎姫が好きだからプロポーズしました」
これっておかしいのでしょうか? 不安そうに言って優一郎が立城を見る。立城は慌てて優一郎を指差した。
「君はいいの、君は! それで! それが普通!」
叫んだ立城の頭を水輝が軽く小突く。
「何で優一郎がそれが普通でお前は違うんだよ」
「え、僕はだって」
そんなの、ある筈ないし。小声で続けて立城は俯いた。胸元で光る指輪をそっと手に乗せる。かつて真也がその指輪をくれたとき、立城はとても幸せだった。決して結婚できる間柄ではなかったし、それを赦される筈もなかった。それでも立城は真也と結ばれることを夢に思い描いていたのだ。
結婚の意味って(棒