「な、なに?」
ぶつけた顔を手で押さえながら立城は困惑に声を上げた。するとスティックを手に握った水輝が立城のドレスをめくり上げる。
「ちょっと、何するの!」
憤りの声を上げて立城は反射的に水輝の頬を張った。
「いてえな! このやろう!」
打たれた左の頬を押さえて水輝が喚く。
「僕は車両をこの駅まで運行させておきます」
そう言ってから優一郎が慌ただしく走り去る。立城は水輝を睨んで身構えた。咥えていた煙草を打ち捨てて水輝が立城を睨む。
「まさかおれに勝てると思ってんじゃねえだろな」
「君こそ、僕に楽に勝てると思っているんじゃないの?」
水輝から一旦飛び離れ、立城は床を強く蹴った。だが駆け出そうとしたその瞬間、ぐらりと身体が傾ぐ。ハイヒールが立城の力に耐えられず、踵が取れてしまったのだ。悲鳴を上げた立城の身体を素早く水輝が抱きとめる。
「やっぱ楽勝じゃん」
そう言って笑ってから水輝が立城に顔を寄せる。いきなり口づけられた立城は目を見張って動きを止めた。身体に入っていた力が自然と抜ける。片腕に立城を抱きしめた水輝が素早くドレスの裾をめくる。
「ちょ、やっ、ああんっ!」
口づけから逃れようと立城は顔を背けようとした。が、水輝がここぞとばかりに何度も口づける。そうしながら水輝は立城のショーツをずり下げた。
「ったく……どれだけおれが我慢してると思ってんだよっ……と」
冷ややかな感触に立城はびくんと震えて掠れた声を上げた。水輝の口づけに感じた立城の陰部は濡れている。愛液の溢れた膣口に冷たいスティックが潜り込む。ほどなく立城の顔から表情の一切が消えた。
「精神パターン確認。マスター変更完了しました」
感情のない声で言った後、途切れていた立城の意識が戻る。ずるりと音を立ててスティックが膣から抜ける。立城は甘い声を上げて仰け反った。スティックをポケットにしまった水輝が脱力した立城を両腕に抱え上げる。立城はぼんやりとした目で水輝を見上げた。
「僕には……もう何も残っていないのに」
呟くように言った立城に水輝が笑いかける。立城を抱えたまま歩き出した水輝は人の悪い笑みを浮かべて言った。
「今から吉良瀬当主の婚約発表だと。生放送、ぶっつけ本番の記者会見だ。お前が喋らなきゃ、おれがあることないことぶちまけるぞ」
水輝が歩く速度を上げて笑い声を上げる。立城は絶句して目をしばたたいた。
「まあ、今すぐ当主の座を優一郎に移すっつったとこで世間は納得しないだろ。それに」
そう言ってから水輝が笑いを納める。
「もう少し頑張ってやれよ。お前がそんなじゃ、真也が浮かばれないぞ」
「でも」
宝物庫は。立城は戸惑いながらそう呟いた。吉良瀬の宝物庫の鍵は吉良瀬当主そのものだ。が、以前に術をかけた際に青年の姿をした立城が鍵として登録されてしまっている。それを覆すには吉良瀬当主の座を他に移すしかない。あの宝物庫は強引に力で開こうとすると内部から別の力が炸裂し、宝物庫そのものが秘密保持のために吹き飛んでしまうのだ。
「だから立城から紫に当主を変えればいいだろが」
「あ」
立城は水輝の言葉に目を見張った。水輝が歩いて行く方向に壁が見える。その壁には一枚の扉が設えられていた。
「それに紫という名の本質体でしか翠は生まれない。おれがプロポーズしたのは男の立城じゃなく、女の紫の方だ」
まあ、本質を示す名は危険でそうそうは呼べないがな。そう告げて苦笑しながら水輝が扉を開ける。開かれた扉の向こうには二基のエレベーターがあった。その片方のボタンを水輝が器用に足で押す。
「……やっぱり翠はまだ生まれていないんだね」
「ああ。どうもお前の胎が必要らしいな」
静かに話しながら水輝が到着したエレベーターに乗り込む。一階層ほど上ったところでエレベーターのドアが開く。急に吹き付けてきた風に立城は目を細めた。どうやらエレベーターは地下鉄のホームに直結していたらしい。既にホームには電車が到着している。
「それでは、出発しましょう」
待ち構えていた優一郎が言う。その声に水輝が頷いて電車に乗り込む。続いて優一郎が乗り込んだところで電車の扉が閉まった。乗り込んだ車両には斎姫が乗っている。立城は水輝の腕から降りて斎姫に会釈をした。
「おじさま、じゃなくて、おばさまも失礼か。あの、えっと」
「立城でいいですよ、斎姫さん」
立城は苦笑して斎姫を座席に促した。四人で腰を下ろしたところで電車が走り出す。
「立城さん、ご婚約おめでとうございます。そして、今まで育てていただいてありがとうございました」
「ありがとう。……君たちには随分と心配をかけてしまって……ごめんね」
斎姫と優一郎とを見て立城はそう言った。ほんとにな、と水輝が憎まれ口を叩く。立城はヒールの残った左足の踵で水輝の足を踏みつけてにっこりと笑った。立城に足を踏まれた水輝が声を殺して仰け反る。
「いいえ、そんな。でも優くんには酷いこと言われたりしませんでした?」
斎姫が心配そうな顔をしてそう告げる。立城は苦笑してそんなことはないよ、と答えた。
「彼は僕の事を心配してくれていたみたいだし……。それに僕が役に立っていなかったのは事実だからね。彼は何も悪くないよ」
出来ればこのまま消えてしまいたかったのだけれど。立城は心の底でそう付け足した。どんなに望んでも立城は死ぬことが出来なかった。それはだが恐らくその時がまだ来ていないということなのだろう。立城は斎姫に微笑みかけてから俯いた。
電車が滑るように進んでいく。
「ホテルの地下につながっている清陵中央駅で降りましょう」
優一郎に言われて立城は頷いた。
「この路線、本始動させようか。地上の交通網はそろそろ限界に近いし」
そこまで言ってから立城はあっ、と声を上げた。戸惑いの目で優一郎を見る。自分はあの時、吉良瀬当主の座を優一郎に引き渡すと言ってしまっている。自分がそんなことを言う筋ではないのだろう。そのことに気付いて立城はごめん、と小声で詫びた。
きらせてつどう。