「苺! 変身しろ!」
「何だ、そりゃ!」
目を丸くして多輝は水輝に負けない声でわめき返した。
「更に混乱するだけだからやめてください。男性体の多輝は水輝さんにもっと似てます」
落ち着いて、と言って優一郎が水輝を宥めるように肩を叩く。すると水輝は首を振って大声で喚いた。
「魔法で時間を止めるんだよ! ……あ、駄目だ。全国ネットだ」
力なく言って水輝があああ、と切羽詰った声を上げる。多輝は口許に手をあてて眉を強く寄せた。水輝から受け取ったカードは二十枚。そのどれを使ったところで混乱を鎮められるとは思えない。
とりあえずテレビを、と言って優一郎が部屋の隅にあったテレビの電源を入れる。映し出された光景に多輝は思い切り引きつった。マイクを複数向けられた要が穏やかな笑みをたたえて対応している様子が映し出されている。
『はい。奈月さんの言われたとおりですわ。相違はございません』
「うわああああ!」
水輝と多輝の声が重なる。笑顔はともかくとして、要はろくなことを口走っていない。これでは何も言わない方がましだ。頭を抱えて多輝はもう駄目だ、と呟いた。
「そうだ! イレイズ!」
はっと顔を上げた水輝がそう叫ぶ。
「イレイズ?」
部屋の隅にいた桜が呟いて首を傾げる。水輝は頭を抱えた多輝を指差して続けて喚いた。
「イレイズだよ! 消去のカードあったろ? あれで会場の全員の記憶を消しちまえばそれで!」
「……全国ネットじゃねえのかよ」
うろんな目で水輝を見ながら多輝はぼそりと言った。するとまた、水輝が情けない声を上げて頭を抱える。
『奈月さんは傍系とはいえ、吉良瀬の姓を持つ方ですわよ? そしてわたくしは、これでも如月の総領姫です。嘘偽りは申し上げません』
インタビューに要がきっぱりと言う。そこでまた多輝はうわああ、と情けない声を上げた。どう考えてもミスキャストだ。要に喋らせるくらいなら、棒切れでも立てかけておいた方がましだ。
『如月要の名において、多輝様が水輝様と紫様の血を引いた娘であることを保証しますわ!』
「保証してどうする! というか、嘘も方便という言葉を知らんのか!」
テレビを見ながら水輝が喚き散らす。その横で多輝はテレビを指差して声を張った。
「このままこいつを野放しにしといていーのかよ!?」
「……何でそんなに慌てているんですか? 本当のことなら隠し立てすることもないでしょう」
一人、冷静な面持ちで桜が言う。多輝は水輝と同時に桜を振り返った。桜は壁に寄りかかって欠伸をしている。
「阿呆! おれの年齢設定は二十九なんだよ! そんでこんなでかいがきがいるはずねえだろ!?」
「立城だってそんなに年食った設定になってねえだろが!」
水輝に続けて多輝はそう桜に怒鳴りつけた。だがそんな二人の横で優一郎がやけに真面目な顔で頷く。
「そうですね。事ここに至ってしまっては桜さんの仰る事に一理ある」
そう言いながら優一郎は何度か一人で頷いてから顔を上げた。まじかよ、と水輝が呟く。
「たかが人の世の慣わしなど、関係はないでしょうに」
不快そうに眉を寄せて桜が呟く。その声には嫌に棘がこもっている。もしかして桜は娘だということが気に入らないのではないだろうか。ちらりとそんな考えが多輝の胸を過ぎる。
「わたしが悪いんです。水輝さんのことを悪く言ってるから、つい反論してしまって」
涙を流しながら奈月が弱々しく言う。すると途端に水輝が肩の力を抜いて穏やかに言った。
「いや、お前は悪くない。おれが余計なことを口走ったのが悪いんだ」
「あー、ほんとにな」
多輝は面白くない気分でぼそりと言った。すると水輝が多輝の頭を叩く。いてえな、とぼやいて多輝は叩かれた場所を手で押さえた。
『それでは、池田氏が十二歳、吉良瀬紫さんが十八歳の時の子供だということになりますが?』
知らない男の声が要にそう質問する。すると要は口許に手を当ててここぞとばかりに高笑いした。その笑い声に嫌な予感を覚えて多輝は恐る恐るテレビを見た。同時に水輝たちもテレビを見る。
『プライバシーに関わる問題ですから、詳しい事は申せません。ですけど、水輝様は大変な苦労されてようやく紫様を娶る権利を得られたという事は確かですわ!』
「……いや、もー。フォローにも何もなってねえし」
がっくりと肩を落として水輝が呟く。おおお、と要の周囲でレポーターたちがどよめく。感心してどうするよ、と多輝もがっくり肩を落とした。
「仕方ない。戻るか。……お前らはここにいろ」
蝶ネクタイを締め直しながら水輝が言う。多輝は疲れた息をついてうなだれた。
「奈月は桜を連れて屋敷に戻れ。巻き込まれる前にな」
『愛の前では多少の年齢差など関係ありませんわ。それに、惹かれあう二人が過ちを犯したとしても、正式に婚約を結ばれた今、それは過去の話ではないこと?』
にっこりと笑って要が言うのを多輝はぼんやりと見つめた。ドアを開けて出て行こうとした水輝に何となく声をかける。
「……なあ。あんた、何で今さら立城と結婚なんて言い出したんだよ」
低い声で呟くように言った多輝を部屋にいた皆が見つめる。出て行こうとしていた水輝が振り返って苦笑する。
「ちょっと訳ありでな」
「またおれは何も教えてもらえないままかよ」
そう言いながら多輝は振り返った。無性に腹が立ってくる。どうしていつも自分だけが取り残されるのだろう。何故、何も知らされないままで色んな事態が動くのだろう。それも自分を巻き込む形でだ。今回の件にしても多輝も無縁ではなかった。なのに気付いたらもう、今日のパーティに引っ張り出されていたのだ。
「知らない幸せってのもあるんだぜ。くそがき」
そう言って水輝が右手を上げて部屋を出て行く。続いて奈月が会釈をして桜の手を引いて部屋を出る。多輝は俯いて握りしめたこぶしを震わせた。
要は元気に通常営業です。