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「多輝。すまないけど、このドレスに着替えてくれるかい?」
優一郎に言われて多輝はのろのろと顔を上げた。いつの間にか優一郎は空色の綺麗なドレスを両腕に抱えていた。
「……何で」
ぽつりと返して多輝は床に落ちていたヘアバンドを取り上げた。エプロンのポケットにそれをねじ込んでため息をつく。
「コンパニオンの衣装のまま、記者会見を受けるわけにはいかないでしょう? あと、ほとんど喋らなくてもいいから、言葉使いは一人称だけに気をつけて」
私ときちんと言うんだよ。優一郎がドレスを差し出しながらそう告げる。多輝は歯軋りしてエプロンを外し、床に打ち捨てた。
「もう嫌だ! 何でおれは訳わかんないままで巻き込まれるんだよ! いつも!」
そう喚いて多輝はその場に座り込んだ。自分の本性が女だったということも、実は立城と水輝の子供だったということも、それ以外のことだって全部、知らないままでいた。いつも巻き込まれる格好で事態は進行するのに、多輝にもたらされる情報はごく限られている。そして事が終わった後に唐突に終了したことだけを知らされる。
そして多輝にだけは何故か、吉良瀬の名は与えられなかった。そこには意味があることは何となく判る。だが、何故そうなのかを誰も教えてはくれない。龍神という存在についても多輝は殆ど知らないままなのだ。ただ不思議な力が使える、人ではないもの。多輝が知っていることはその程度だ。
「多輝。記者会見が終わったら、僕が知る限りの事は話してあげる。だから、お願い」
気遣うような顔で優一郎が多輝の肩にそっと手を乗せる。多輝は俯けていた顔を上げて力なく笑った。
「命令すりゃいいだろ。いつもみたいに。そしたらおれは逆らえない。ヒューマノイドだもんな」
そう言いながら多輝は立ち上がった。横目に優一郎を見てからため息をつく。
「それじゃあ多輝。記者会見で一言だけ、喋ってきて。詳しい事は知りません。でも私の父は池田水輝で、母は吉良瀬紫です。それだけ言ったら顔をうつむけて何も喋らなくていい」
どことなく寂しそうな表情で優一郎が告げる。多輝は無言で優一郎の腕からドレスをさらった。ウェイトレスの制服を脱いでドレスを身につける。
「……優一郎。斎姫にプロポーズしたんだってな」
すんなりとしたデザインのドレスを身につけつつ、多輝はぽつりと訊ねた。すると優一郎の頬が僅かに赤くなる。
「彼女には何も拠り所が無くなるからね」
「ふうん」
小声で告げてから多輝は脱いだ制服を椅子にかけた。テレビには要と代わって今度は水輝と立城が映っている。多輝はちらりとそれを横目に見て小さく呟いた。
「そりゃ、おめでとさん」
多輝は足早に歩いて部屋のドアを開けた。声には出さず、多輝は唇だけで嘘吐きと告げた。ドアをくぐって廊下に出る。人気のない廊下を歩きながら多輝はため息をついた。着慣れないドレスも、履き慣れない靴もうっとうしい。
「多輝、桜さんじゃないけど」
多輝の後ろを歩いていた優一郎が言う。多輝は無言で優一郎を肩越しにちらりと見た。
「僕と君とは人の世のならわしとは関係の無い部分で強い結びつきがあると思ってる。って言い訳がましいか」
そう告げて優一郎が力なく笑う。多輝はため息をついて告げた。
「お前は斎姫と仲良くやってろ。おれはもう、こんな下らないことに付き合うのはごめんだ」
最初から無理と判っていた。要のように自分の想いをストレートに表すことも出来ず、かと言ってすっぱり諦めることも出来ない。例え優一郎がどんな女性を傍に置いても、それでも少しの時間でも傍にいられるならいいと思っていた。
でももう限界だ。多輝はパーティ会場のドアの前で立ち止まり、小さく笑った。
「多輝……」
唐突に優一郎に抱き寄せられる。多輝は慌てて優一郎を押し戻そうとした。こんなところを誰かに見られたら、それこそ面倒な話になる。
「おい、ちょっと離せよ!」
潜めた声で言いながら多輝は懸命に優一郎の胸を押した。
「いやだ」
「なっ」
多輝は焦った声を上げた優一郎を見ようとした。が、抱きすくめられているために優一郎の顔が見れない。多輝は舌打ちをして優一郎の腕の中から転移した。少し離れた場所に現れてからドレスの歪みを直す。
多輝はいつもこんな感じです……。