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「せつながそうだってのはおれも何となく知ってた。でも天彌の可愛がってた子供ってのもあったし、とりあえずは様子見で放置しといたんだ。……まあ、おれも甘かったんだがな」
遠くを見つめて水輝はため息を吐いた。
天彌は主龍神天輝の命を無視する形でせつなを庇った。出来るだけ強固な結界を村全体に張り巡らせてせつなを龍神たちの目から隠してしまったのだ。が、結界に包まれた村は確かに護られてはいたが、そのことが逆に黒妖牙の軍勢に目をつけられる結果となってしまったのだ。
ある夜、黒妖牙の配下の龍神たちが村に襲い掛かった。そして天彌はそんな龍神たちを一人で根こそぎ殺してしまった。だがそのことは天輝の側にとって有利にしかならず、その時は天彌も疑いをかけられることはなかった。大量の敵を倒した者として称えられたほどだ。
その殺戮の場面を運悪くせつなが見かけなければ良かったのだろう。せつなはたまたま、天彌が仲間を殺している様を目の当たりにしてしまったのだ。それまで優しいところしか見せたことのない天彌の意外な一面を知ったせつなは、恐慌状態に陥った。そして天彌に無意識下で誓約を強いてしまったのだ。
もう誰も殺さないでと。
天彌はだがその誓約には従わなかった。下手な動きをすれば誓約者がいることが天輝の軍勢にもばれてしまう。そうなったらせつなの命はない。天彌は何食わぬ顔でその後も敵を倒していったのだ。
「天彌にしてみりゃ、それは自殺行為だ。誓約に逆らってただで済む筈がない。……結局、天彌の力は誓約の力によって徐々に削られて行ったんだ」
呟くように告げて水輝はグラスを空けた。その様を当時の水輝は端で見ていた。止めようとも考えたが、天彌の強い感情がそれを赦さなかったのだ。天彌はただ一人、せつなだけを護れればそれでいいと、捨て身で命に挑んでいた。
やがて戦いは終結した。だがその時にはもう、天彌の結界は殆ど意味を為さなくなっていた。そして誓約者であるせつなの存在が知れることになる。今度は味方であった筈の天輝の率いる龍神がせつなに襲いかかろうとしたのだ。
「……壮絶だったぜ。もう、天彌の力は殆ど残ってなかった。なのにあいつは村を襲った龍神たちを攻撃し、その矛先を自分に向けて村から離れた。怒り狂った連中は天彌を追っかけて」
グラスの柄を指先に挟んで回しながら水輝は乾いた笑い声を上げた。
「無茶苦茶だった。天彌は連中に嫌というほど犯されて、やられまくった挙句になけなしの力を吸い取られて死んだんだ」
そう言ってから水輝はため息を吐いた。立城はじっと黙っている。
誓約の力が片方の命が尽きかけたことにより緩む。その隙に水輝は動いた。死にかけた天彌にたかる連中を根こそぎ殺し、そして水輝は遺言を受け取った。天彌は死に行きながらもただ一人、せつなの心配だけをしていたのだ。
「どうか幸せに。それが天彌がせつなに遺した言葉だ」
水輝は自分からワインクーラーに手を伸ばしてグラスにシャンパンを注いだ。
「優一郎が母親という存在に妙に拘るのは、恐らくそのせいだ。……もう判ったろ? せつなってのは優一郎の前身だ。そんで」
「天彌という龍神が多輝の前世の姿……か」
ぽつりと立城が呟く。そうだ、と頷いてから水輝はグラスを唇に寄せた。冷え切ったシャンパンが喉にささる。
「が、話はここで終わらない。天彌の死を知ったせつなは……その力を暴走させた。あいつは周辺一帯を壊滅させ、そして自分も滅びたんだ。……止める間はなかった。おれは辛うじて自分の身を守るのがやっとだった」
前世での関わり方を引きずってもろくなことはない。水輝は生まれた多輝の力を封印した。勿論それは本人の意志とは無関係に、だ。だからねだられたところで一気に開封する気はない。
「かつてどうだったとか、誰が誰を好きだったとか、そんなことに引きずられる方が危険だ。それはおれもお前も身をもって知ってる筈だろ」
「それで君は僕には教えてくれなかったんだね」
ため息混じりに言って立城が苦い笑みを浮かべる。まあ、そういうことだ。そう頷いて水輝は腰を上げた。残っていたシャンパンを飲み干して踵を返す。
「天彌はな。主龍神の保険の意味で存在していた。万が一、黒妖牙との戦いで天輝が命を落とすようなことがあれば、天彌がその座に就く予定だったんだよ。……ま、保険の意味を見事にぶっちぎってくれたがな」
酔いにふらつく身体を支えて水輝はゆっくりと寝室に向かった。慌てたように立ち上がった立城が駆け寄り、よろける水輝の身体を支える。水輝はありがたく立城の肩を借りながら寝室に入った。水輝は掛け布団を退けてベッドに横になった。ベッドに沈んだ水輝の靴を立城が困ったように笑って脱がせる。それを床に揃えて立城はベッドの縁に腰掛けた。
「君はなに? 本当にあの時に紫翠は死んだの?」
そっと囁くように立城が問う。水輝は苦笑して額を手で覆った。
「紫翠という名の魂は確かにおれが散らした。が、おれにも真相は判らない」
紫翠の魂が冥界に行かなければ立城という存在に転生は出来なかった。同時に力も分かれなかった。だがそれだけが真相とは到底思えない。水輝はそう呟いて何気なく窓の外を見た。ホテルの最上階から見る空は暗く、星も見えない。
「……悪かったな。かなり強引にこんなことしちまって」
窓の外を見ながら水輝は告げた。すると立城が苦笑して首を横に振る。
「いいよ、別に。気にしてないから」
「翠は絶対に必要だ。あれが揃わなければ世界は動かない。……尤も、相手はおれじゃなくてもいいんだがな」
次第に口調が怪しくなる。水輝は眠気に目を擦りながら何となく立城を見た。背を向けたままの立城が俯いている。盛大に欠伸をしながら水輝は目を閉じた。
「明日……になったら……桜を」
「もう、いいから寝なよ」
立城がそう言いながら立ち上がり、布団を引き寄せる。水輝はああ、と頷いて睡魔に身を任せた。水輝の身体に布団を掛けた立城が苦笑する。だがその表情を水輝は見てはいなかった。
次は六章です。