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婚約を破棄したらどうなるんだろう
その日の朝はいつもより目覚めが遅かった。昨晩の騒ぎのために寝るのが遅くなってしまったからだ。結局、記者会見は無事に済み、パーティは予定より二時間ほど遅れて終了した。時間を超過した分の使用料は優一郎が気づく前に泰蔵が支払ってくれたらしい。片付けの方も順調に済み、今は泰蔵を始めとする吉良瀬の首脳陣は六月の結婚式と披露宴の話し合いに入っている。
優一郎はぼんやりとディスプレイを見つめた。映し出されているのは巨大ロボットの図面だ。要のテスト経過も問題はない。今もグランドでは要がロボットの操縦をしている最中だ。野木と周藤がリアルタイムで送ってくるテストの結果を表示させ、優一郎はざっとそれに目を通した。
今日は朝から研究施設の地下二階は静まり返っている。いつも賑やかにキッチンで料理している多輝も今は部屋に引っ込んでいるし、要は留守のままだ。白銀は要についていっているし、立城は昨日のホテルで水輝とのんびりしているだろう。斎姫は優一郎と共にこの部屋にいるが、気遣っているのか特に自分からは話し掛けてこない。優一郎はぼんやりとディスプレイを眺めてからキーボードを操作した。
昨日、留守にしていた間に優一郎の許には一通のメールが届いていた。差出人は木村順。つまり、あの木村の当主だ。順は絵美佳を正式に子供として戸籍を書き換えてくれといってきている。優一郎は吉良瀬のメインコンピュータを通して戸籍登録の画面を表示させた。
「僕の戸籍も修正が必要だな。母上に許可を貰わないと」
だが今は立城に連絡をするのは邪魔になるだろう。そう考えて優一郎はため息をついて画面を閉じた。タイミングよく部屋のドアがノックされ、梨恵が茶を運んでくる。優一郎はため息をついて立ち上がり、斎姫の腰掛けるソファに向かった。硝子テーブルに梨恵が手際よく茶と菓子とを並べる。それから梨恵は会釈をして部屋を出て行った。優一郎はソファに腰を下ろし、黙ってコーヒーカップを取った。
「斎姫、話があるんだ」
コーヒーを啜り、しばし思案した後に優一郎は告げた。すると戸惑ったように斎姫が目を上げる。
「何、優くん?」
斎姫はコーヒーカップを両手に包んで不思議そうな顔をしている。それを見てから優一郎は自分のコーヒーカップに目を落とした。そういえばこうしてコーヒーを飲むのは久しぶりかも知れない。立城といい、多輝といい、茶を入れると言えば紅茶をいれるからだ。
「もし納得して、了解してくれるならだけど」
強張った顔で優一郎は小声で言った。すると斎姫が首を傾げる。優一郎はちらりと斎姫を見てまた目を伏せた。
「君への婚約の申し入れを撤回したい」
そう優一郎が告げた瞬間、斎姫が大きく目を見開く。驚きの思惟を感じ取って優一郎は顔を上げた。斎姫は目を見張って呆然と言葉をなくしている。
「僕にとって、君は必要だし大切な存在だ。だけど……」
婚約すると言った時の斎姫はとても喜んでいた。見た目にも斎姫が嬉しいと思っていることはよく伝わってきた。それが判っているだけに、こう言うことは優一郎にとって辛い選択だった。優一郎は言葉を濁して目を伏せ、コーヒーカップを傾けた。程よく淹れられたコーヒーで乾ききった喉を湿らせる。
「僕は君よりも多輝のほうがより大切なんだ」
斎姫が息を飲む。優一郎は辛さにそっと目を背けて息をついた。昨日の晩、多輝に突きつけられたことを思い出す。あの時、優一郎の記憶は半ばで途切れた。だがその前に言われたことははっきりと覚えている。
斎姫が震える手でコーヒーカップをそっとテーブルに戻す。俯いた斎姫の肩は小さく震えていた。
「優くん。わたしは優くんのものよ。だから気にせず優くんの思うままにして。だけど……」
震える声でそこまで言ってから斎姫がのろのろと顔を上げる。その頬には涙が伝っている。
「事後承諾になってしまってごめんなさい。泣く許可を、お願い」
途切れがちにそう言って斎姫が顔を手で覆う。優一郎は苦しさに顔を歪め、頷いた。声を殺して泣く斎姫を見つめて目を細める。
「斎姫。君を振り回すような真似をしてごめん」
最低だよね。そう呟いて優一郎は俯いた。
エピソードが長いのでちょいちょい切ります。