「誓約の管理者として命ず……我を……多輝の元へ!」
優一郎は傷ついた身体を抱えて声を張った。直後、力が弾けて一気に転移する。だがそれを待ち構えていたかのように、多輝の部屋に現れた優一郎を蒼が真横から強打した。打たれた瞬間、優一郎の力が解けて盾が宝珠に戻ってしまう。壁に突っ込んだ優一郎は激しい衝撃に息を飲んだ。どうやらぶつけた拍子に身体の中が傷ついてしまったらしい。咳き込んだ優一郎の口から鮮血が散る。
「……懲りない方ですね」
静かに言って蒼がため息をつく。それから蒼は壁伝いに沈んだ優一郎の傍に歩み寄った。
「誓約を解除してください。このままでは優一郎様か私、どちらかが死ぬまで続けることになります」
優一郎は床に倒れたまま、目を開けた。蒼は腕を押さえている。その腕はあらぬ方向に捻じ曲がっていた。龍神の誓約を妨害しているために、攻撃を加えている蒼もダメージを負っているのだ。
「いやだ」
腹の底から声を絞り出して優一郎は立ち上がった。床に転がっていた紫宝珠を引き寄せる。ため息をついた蒼が再び床を蹴り、優一郎にこぶしを放つ。顔面を強打された優一郎はまた壁に突っ込んだ。その瞬間、右の肩に激痛が走る。優一郎は歯を食いしばって声を殺し、右肩を手で押さえた。
「多輝様には彼女と私が居ります。あなたとの誓約は必要ない、と多輝様が仰っておられるのです」
静かに言って蒼が部屋の隅に目をやる。そこには多輝が赤い液体に塗れて横たわっていた。服を脱がせ、多輝の機体を修復しているのは由梨佳だ。由梨佳は泣きそうな顔をしつつ懸命に修理を続けている。
「僕に嘘は通じない」
砕けた肩を力で治療しつつ、優一郎は身体を起こした。蒼がため息をついて腕を振る。その瞬間、優一郎は見えない力で吹き飛ばされた。横たわる多輝の傍の壁に突っ込む。由梨佳が悲鳴を上げ、多輝を庇うように身を屈める。
「宇田川さん……すみません……お気になさらず、作業を……」
ぶつけた頭から血が流れる。優一郎はそれでも由梨佳ににっこりと微笑んでみせた。戸惑いの目で由梨佳が蒼と優一郎とを見比べる。
「何故、嘘と決め付けるのですか。口から出た言葉だけで誓約は組まれるのでしょう? それならば多輝様が仰ったことも、現実かと」
淡々と語りながら蒼が優一郎に歩み寄る。震える手で持ち上げた盾を避け、蒼が優一郎の腕を捕まえる。引き起こされた優一郎はそのまま蒼の後方に弾き飛ばされた。
「傷ついたのが証拠」
床に這いつくばりながら優一郎は震える手で多輝を指差した。蒼が肩を竦めて多輝を振り返る。
「例えそうだとしても、多輝様はあなたを必要ないと仰いました。私にとっては多輝様の言葉だけが真実ですから」
そう告げて、蒼が優一郎に歩み寄る。蒼の左半身は傷つき、手の先からは血が滴っている。だがそれでも蒼は顔色一つ変えず、床に転がった優一郎を足で蹴り上げた。衝撃を受けた途端に嫌な音がして、胸に激痛が走る。優一郎は砕けたあばらを押さえて低く呻いた。
「さあ。誓約を解いてください」
「……言葉、気をつけて。従者の約違いの……責は、主に……」
苦しい息をつきながら優一郎は途切れ途切れに告げた。すると蒼がため息をつく。
「私は使い魔としては規格外のようですね」
言った後、蒼は優一郎の胸倉をつかんで引き起こした。優一郎の手から力が抜け、つかんでいた紫宝珠が床に落ちる。
「……何にしても、強制は……無効、だし……」
にっこりと笑って優一郎は言った。すると諦めたような息をついて蒼が急に手を離す。床に落ちた優一郎は胸を押さえて力を注ぎながら顔を上げた。蒼がくるりと優一郎に背を向けて由梨佳に告げる。
「多輝様の具合はどうですか?」
優一郎は心配しつつ由梨佳を見た。作業を続けながら由梨佳が泣きそうに顔をゆがめている。その手は真っ赤に染まっていた。それを見た優一郎は訝りに眉を寄せた。幾ら機体の破損が酷くても、修理の段階で血の代わりにされている液体が漏れ続けることはない。バルブを締めれば物理的にそれを止めることが可能なのだ。
「診せ……て」
呟いて優一郎は這うようにして多輝に近付いた。そこで息を飲む。多輝は土気色に近い顔色をしている。開かれた腹部からも、そして女性器からも、唇からも赤い液体が伝っている。
「多……輝」
そう呟いて優一郎は多輝に口づけした。すると優一郎の身体が徐々に消える。由梨佳と蒼が息を飲んだ次の瞬間、優一郎は蒼の背後に肉体を再構成した。手にした翠の小さな剣で蒼のわき腹を突く。刺された蒼が目を見張ってぴたりと身体の動きを止める。
「あなたたちには多輝は治せない。連れ帰ってかまいませんね?」
そう言って優一郎は多輝に歩み寄った。両腕に多輝を抱え上げる。
「優一郎! わたしは!」
必死の面持ちで由梨佳が叫ぶ。優一郎は静かな眼差しで由梨佳を見下ろした。
「宇田川さんは自慰にでも耽っていてください。あと、蒼さんは三日もすれば時が再始動しますから」
優一郎が言った直後、由梨佳が悲鳴を上げて床に倒れる。優一郎は硬直したまま動けなくなっている蒼と自慰を始めた由梨佳を交互に見つめ、自分の部屋に跳んだ。
何というか優一郎は強いとかいう以前に、こういう時は諦めないんですよね。性格的に。