光輝が魔王討伐の旅に出た5日後。
魔女の森に足を踏み入れる者がいた。
勇者・西谷泰斗だ。
彼は襲い掛かる凶暴な魔物達を肉塊に変えながら奥へと進んで行く。
その姿を光輝が見たら驚いただろう。
西谷が2年前と比べて遥かに強くなっている事に。
別に彼がこの2年の間、厳しい修行を積んだ訳ではない。
全ては才能だ。
女神が数多の世界から最も強くなるポテンシャルを持った男を選んだのだから当然と言えば当然か。
彼は魔境と呼ばれるこの森を大した労もなく踏破し、最奥にある小さな家へと辿り着いた。
「おい! さっきから隠れて見てんのは分かってるぜ! 出て来て話をしねぇか!?」
そこでようやく歩みを止めた西谷は、背後を振り返ると木々の向こうへと呼び掛ける。
しばらく緊張感が辺りを支配する。
結局、折れたのは彼女の方だった。
「よく分かったね。私の事も。この家の場所も」
西谷の背後から歩いて出て来たのは魔女アンナマノンだ。
白のシャツに黒いスカートを身に着け、その上からローブを纏った姿は魔女と言われれば納得出来る。
しかし、その幼く可憐な容姿は魔女というより森に住む妖精のようだった。
彼女の顔を見た西谷も「おお……」と感嘆の声を漏らしている。
「期待してなかったがマジで美人じゃん。ちょっと小さいがそれでもエルザよりずっとレベルが高けぇ。お前が森の魔女で間違いないのか?」
「そう。私が魔女アンナマノン。そう言う貴方は勇者?」
「正解だ。西谷泰斗。女神に選ばれた勇者様だぜ」
お互いに相手の正体を確認しあう。
勇者の実力を感じ取り、警戒を強めるアンナマノンとは対照的に西谷の方は極上の獲物を見つけたといった様子で顔をニヤつかせていた。
身体に向けられる視線を感じ取り、アンナマノンは不快気に目を細める。
「──ところで、もう1人いるかと思ったんだが、外出中か? あの家からは2人分の魔力を感じるんだが近くに気配はねぇな」
「ん。今は私1人。弟子は避難させてる」
「……へぇ。やっぱ俺が来る事は知ってたんだな。城にいる時、誰かに見られてる感覚があったんだが、犯人はお前だろ。千里眼みたいなやつか? 羨ましいな。色んなもん覗き放題じゃねぇか」
「ん。重宝してる」
顔色を変えずそう返すアンナマノンだが、自身の魔法がバレていた事に少なからず動揺していた。
それは彼女の魔法技術を西谷が上回った事を意味するからだ。
こんな事この1000年間一度もなかった。
「じゃあ、俺がここに来た目的も知ってんだろ? 大人しく俺の女になれよ伝説の魔女さんよ」
「断る。森から出ていけ、下衆が」
「フハッ! そういう強気な態度久しぶりだ。いいね、ワクワクしてきた。──絶対犯す」
そう言って笑った直後。
西谷の姿は消え失せ、次の瞬間アンナマノンの背後に移動していた。
音速を超えたスピードは生物としての限界を明らかに超越している。
普通の人間なら反応すら出来ずに意識を刈り取られていただろう。
しかし、彼が相手にしているのは百戦錬磨の魔女だった。
「なッ──!?? ガッ、クソがッッ──!!」
西谷は身体が突然何百倍にも重くなり、立っていられず地面に倒れ込む。重力魔法を食らった感覚に似ているが、威力は天と地ほども違った。
倒れてからも地面にめり込み続ける西谷。
そこに更に追撃が加えられる。
アンナマノンの頭上に生まれたのは巨大な火の塊だった。
直径が10メートルくらいあるその小さな太陽を、彼女は身動きの取れない西谷に向けて発射した。
──それだけで西谷の背後にあった森が数百メートルに掛けて焼滅する。
木だけではない。
地面も、空気も、そこにいた魔物達もまとめて消し飛び、地獄のような光景へと変えられたのだ。
当然、人間など影すら残る筈がない。
「やり過ぎた」
久しぶりの大技の発動にアンナマノンは少し疲れた表情を浮かべた。
かつての魔王相手にすら使わなかった火魔法の奥義。
それを躊躇なく使うほど西谷の実力は未知数だった。
しかし、それでも彼女の認識はまだ甘かったようだ。
「──本当だぜ。これ人間相手に使う技じゃねぇだろ。死ぬかと思ったぞ」
「!?」
抉れた地面の底から這って出て来た西谷は、服に付いた土を払いながらアンナマノンに笑みを向ける。
無傷。
その身体には擦り傷ひとつ付いてはいなかった。
「嘘……っ」
「おいおい。なんであんなふざけた攻撃をした側がこっちに化け物を見るような目を向けてんだよ」
「……ほんとに人間?」
「ハハッ! いいじゃん、その顔。クールキャラ気取ってる女の表情を崩すの好きなんだよな俺」
アンナマノンは目を見開いて西谷を見つめる。
その姿は見た目相応の少女の様で、態度に現れていた強者としての余裕が少し揺らいでいるように見えた。
それだけさっきの攻撃に自信があったということだろう。
数百年前に勇者と対になる魔王を圧倒した事でアンナマノンには驕りがあった。
魔物から進化して知性を持っただけの魔王と、世界を作った女神が直接選んだ勇者が対等な筈がないというのに。
「──さて。お前の実力も大体把握できたし、少しだけ本気を出すとするか」
西谷は体内から暴力的な魔力を放出する。
元々感じ取れていただけでも魔王並であったのに、一瞬でその量を数倍に増大させた。
「……あり得ない」
アンナマノンは呆然と、その様子を見つめた。
最終的に彼女の10倍近い量の魔力を身に纏った西谷は、アンナマノンに勝ち誇るようにニヤリと笑う。
「残念。これが現実だ」
数分後。涼しげな表情で立つ西谷の足元には、白目を剥いて倒れるアンナマノンの姿があった。