思春期の小悪魔と同級生の俺
「ごちそうさまでした」
なりゆきで今日はあさひの家で夕食をご馳走になっていた。
先日、学区内に不審者が出たらしく、心配なった俺はあさひを家まで送ってから家に帰るということを数日ほど続けていた。何時もは家の前で別れているのだけれど、今日に限って、あさひから「お父さんもお母さんも妹も今日は家にいないから……ご飯、食べていかない?」と、誘われたのだった。そして今に至る。
「晩ごはんさ、どう……だった?美味しかった?」
俺が食べ終わるのを見計らったかのように、あさひが聞いてきた。
「めっちゃ美味かったよ。特にハンバーグとかホント最高」
素直な感想を述べる。実際本当に美味しかった。
そう言って微笑むと、あさひも満足げな笑みを浮かべた。
「良かった、口に合わなかったらどうしようかと思ってたんだよね」
料理が得意だと聞いていたけどここまでとは思っていなかった。正直驚いたし、かなり感動していた。
食後のお茶を飲みながらそんなことを考えていたときだ。
突然、テーブルの上に置いてあったあさひのスマホが振動し始めた。着信だろうか。
あさひがスマホを手に取り画面を見た瞬間、彼女の表情が変わった。
何かまずいことでもあったのかと思った直後、彼女は席を立ちあがり「ごめん、ちょっと電話してくるね」と言い残して部屋から出て行った。
あさひの部屋に1人残された俺。妙に落ち着かない。
(女の子の部屋に1人はヤバいって……)
あさひの部屋には、子どもの頃何度も来ていた。けれど、中学生に上がってからは変に敬遠して遊びに行かなくなっていた。女子の部屋に行く男子なんて恥ずかしい、という変な考えを持ってしまっていたからだ。でもまさかこんな形で入ることになるとは。
それにしても……あさひの部屋は最後に遊びに来たときと殆ど変わっていなかった。
可愛らしいカーテンとベッド。ぬいぐるみが幾つも並んだ本棚。スゴイ数の参考書。
たぶん、クローゼットの中には昔着ていたような可愛い私服が何着も入っているのだろう。
そう思うと、急速に心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。私服から、良くない連想をしてしまっていた。
俺は雑念を払うように勉強机の上に目をやった。そこには写真立てに入った家族の写真があった。中学を卒業して沖縄に行ったという話を聞いたが、その時のものだろう。
それが気になってしまい、わざわざ立ち上がり手に取ってまじまじと見てしまった。
(……あ)
写真に映るあさひは、水着を着ていた。学校指定のものではない。見えている肌色の面積はそれとあまり変わりはないが、ワンピースのようなデザインをしていた。
色は黒で、多めのフリルで装飾されている。
肩紐は学校のものとは違い、真っ直ぐではなく、肩の峰から斜めがけになっていて、左右から斜めに降りた肩紐は胸の谷間を跨ぐようにアーチ上に繋がっていた。このデザインのために、鎖骨だけではなくて胸元までしっかりと露出されていた。
「これ、エロくない……?」
思わず呟いていた。
あさひの胸元をこんなに見たことは子どもの頃を除くと一度もなかったはずだ。
というか、こんな水着をあさひでも着るんだな、と思った。これまで感じていたあさひのイメージからは遠く、ギャップを感じてしまった。
「こんなスタイル良かったんだ……」
ウエスト部分はぴったりと密着していて、あさひのボディラインをしっかりと魅せつけている。整ったスタイルが強調されていて、あさひの知らない一面を覗き見している気分になった。
太ももの付け根、鼠径部はひらひらとした非常に短いスカートと表現していいのか躊躇うほどのフリルで、隠されていた。
「水着だから、だよなぁ」
そのあまりの短かさでは本来下着の役割を果たす部分が、見えてしまうのではないかと思う。勿論下着ではないので、見えても良いものではあるのだけれど、スカートで若干隠されているせいで背徳感があった。
「こんなに白いと、日焼けの跡できたんだろうな」
しかもあさひの健康的でスラリとした脚は隠されることもなく素肌のままだ。写真には太ももぐらいまでしか写ってはいないけれど、あまりに色白で美肌であるということは一目瞭然だ。
「可愛いし、綺麗だし、ちょっとエロい……」
あさひの水着姿を総評した、純粋な感想を呟いた。
子どもの頃から面識もあって親しい間柄のあさひには、恋愛感情を持っているとはっきり自覚している。それでも、ここまで異性として強く惹かれたことはなかった。体育の授業で、見るあさひに他の女子とは違うものを感じていたけど、その数倍の衝撃を写真一枚から受け取ってしまった。
(…………何してんだ俺)
邪な考えを払いたくて別の箇所に視線を向けたが、それも失敗してしまった。そわそわが止まらない。
俺はたまらず参考書とぬいぐるみが並ぶ本棚に目を向けた。
難しそうな背表紙と可愛いぬいぐるみを見れば冷静になれるのではないかと思ったからだ。
よく見ると、本棚の中には漫画や小説が並んでいて、その中に恋愛系の本が数冊紛れ込んでいることに気づいた。
思わず笑みを浮かべた。
中学の頃、あさひとお互いの好きな人の話とか、そういう恋バナ的なものをしたことは一度もなかった。それは、あさひが誰とも付き合ったことがないという話を聞いたことがあったからだ。
もし、あさひに彼氏がいたら……そんな想像をするだけで胸の奥がチクリと痛んだ。
ふと、伏せられた写真立てが本棚に置かれていることに気づいた。
(なんか、気になるな)
あさひのプライバシーに触れることだと思いつつも、好奇心に負けた。
恐る恐る手に取って裏返すと、そこには仲睦まじく肩を寄せ合う男女の姿が映っていた。
女の子はあさひだった。高校の制服姿で恥ずかしそうな表情を浮かべている。
もう一人、男の方も制服姿だが、ネクタイの色が自分のものとは微妙に異なっている。
(先輩……かな)
その制服を着た男性は、恐らく3年生だろう。ただ、写真に映る先輩だろう人の顔も名前も覚えがなかった。
あさひの人間関係を全て知っているわけもないが、それでも仲の良い友人や先輩後輩なら大体はわかる。あさひが勝手に話題に出して話してくれるからだ。なら、この先輩は誰だろう。
一度も話題に上がったことがないにも関わらず、距離の近い二人のツーショトがわざわざ写真立てに入れられていた。その理由はなんだろうか。
胸の奥底に昏い靄が立ち込めるような感覚が広がっていく。
(この先輩とどういう関係なんだろう)
知りたいが、知るのが怖い。
心臓がドクンドクンと大きな音を立て始める。
写真から視線を外したその時、 階段を軽快に登る音が聞こえてきた。
慌てて写真を元に戻す。
(写真のことは、一旦忘れよう)
部屋の扉が開き、あさひが「ごめんね」と言いながら戻ってきた。
俺は何事もなかったように、元の位置に正座で座っていた。
「なんで正座なの?」
あさひはクスクスと可笑しそうな表情を見せた。
「いや、別に深い意味はないんだけど……」
「あー、さては緊張してたでしょ?」
「えっ、あーーまぁ……」
半分正解で、半分は不正解だ。
「やっぱり?久しぶりだし、そうだよね」
「うん、まぁ……匂いとかも全然違うし」
「……えっ、におう?くさかったりする……?」
「いや、いい匂いがする、だから余計に」
「……えっ?」
「あっ……」
しまった。
完全に変態みたいなことを言ってしまった。
俺の言葉を聞いたあさひの顔が薄っすらと色が差したように見えた。
「……ねぇ、いい匂いって、具体的に……どんな?」
少し俯き加減になりながら聞いてくるあさひを見て、俺も顔を熱くしてしまう。
あさひの表情が妙に艶っぽく見えてしまい、胸の鼓動がどんどん早くなっていった。
沈黙が流れる。
あさひが俺の答えを待っている。何か言わないと。
でも、何も思いつかなかった。具体的に、と言われてもわからない。この匂いに近い具体的な例なんて俺にはわからなかった。
この部屋にふんわりと漂う、心が落ち着くような、それでいてドキドキするような。ほんのり甘い、そんな香りは。
「あさひの匂いはあさひの匂いでしかないし……」
と、考えの一端がそのまま口から漏れてしまっていた。
言ってからハッとした。またやらかしてしまった。
あさひはそれを聞いて、何を言うでもなく黙ったままだった。表情を見る限り、特に怒っているような様子は見えなかった。むしろ無に近い。
それって寧ろ、ヤバいんじゃ。
完全に、やらかしたんじゃないか。
含むところがありすぎて、これ以上考えたくない。
と、ぐるぐるぐるぐると頭の中でどうしようもない考えが縦横無尽に駆け回っている中、あさひはゆっくりと、俺のすぐ傍まで近づいてきた。そして目の前に座った。
あさひの視線が真正面からぶつかる。
これから何を言われるんだろうか。口ではなく手のひらが飛んでくるかもしれない。
あーあ、これは終わった。こっそり写真を見たとか、そんなことよりもマズい。とんでもない地雷を踏んだに違いない。
「……」
あさひは、すっ、と手を上げた。
ビンタだったかぁ!と、反射的に目を閉じた。
だが、予想される顔面側部への激しい衝撃は3秒待っても訪れない。
「……ねぇ」
目の前から声がする。別に怒っているでもなく、だからといって無感情かというとそうでもない。敢えて言うなら、子どものときにおもちゃを隠すようなちょっとしたイタズラをしたときのような、やや拗ねたような声。
俺はゆっくり目を開けた。
瞼の先にあさひの顔は見えず、視界には肌色が広がっていた。
ズレた焦点を合わせてわかった。手の甲だ。
「私の匂い、するの?」
あさひはそういって、ぐいと手の甲を鼻先に押し付ける。
部屋に充満するものよりも、少し強めのあさひの匂いがした。それと石鹸のようなものも少し。
「あ、うん……する、と思う」
俺は正直に答えた。
「私の匂い、わかるんだ」
あさひは静かに、ポツリと言葉を漏らした。
ゆっくりと手の甲を戻して、あさひは居座りを直した。俺と向かい合って体育座りをしている。制服から着替えていないあさひはスカートなので、しっかりとスカートの裾を太ももに巻きつけるように腕で抑えている。
別に何も見えていないのに、普段見れない視点から見るあさひの姿が新鮮で、言いようのない背徳感があった。
「……恥ずかしぃなぁ。もう……なんでそんなのわかるの」
あさひは膝と自分の膝とにらめっこしながら、さっきよりも更に小さな声でそう呟いた。
なんで匂いがわかるの、なんてそれは決まりきっている。あさひのことを俺がずっと……と、そこまで考えたところで首から上が燃えるように熱くなった。
「……へんたい」
あさひが呟いた言葉の意味を理解したと同時に、追い打ちをかけるかのような言葉が小さく投げかけられる。
別に怒っている様子は本当に見えない。けれど、あさひの「へんたい」という言葉はとてつもない破壊力を秘めていた。
精神的ダメージがデカい。普通の傷心と、もう一つ別の意味で。
たぶん、何か言い返すべきだったのだろう。でも、何も言い返せなかった。その言葉は正しく
ド正論だったからだ。
あさひは俺の言葉を待っていたのかしばらくそのままの姿勢だったが、しばらくして、ふぅとため息をついて顔をだけをこっちに向けてきた。
「困っちゃったね?」
あさひは少し意地の悪そうな笑みを浮かべていた。その小悪魔のような、イタズラっ子みたいな表情にドキリとさせられる。
「えーーと、なんのこと?」
しどろもどろに聞き返す俺に、あさひは取り繕ったような淡々とした口調で返してきた。
「だって、ゆうき君を部屋に1人にしたら私の匂いでへんたいになるんでしょ?だから……」
だから、なんだ。なんなんだ。
「お風呂、どうしようかなって。私が入ってる間、1人にさせるし。かといってリビングは掃除できてないから入れちゃだめって言われてるし。パパの部屋もママの部屋もそうだし……かといって妹の部屋もねー」
予想外の方向からクリーンヒットが胸の中央に直撃したような気分だった。
「え?お風呂?ご飯だけじゃないの?」
「……ん、あれ?言ってなかったっけ。今日、ゆうき君泊まるって話ししてる」
「…………はい?」
頭の処理が追いつかない。
「だから、お泊り。ゆうき君は今日ここに泊まって帰るんだよ?遅いと暗くなるし、泊まって貰ったらってママがね。ゆうき君のお母さんにも伝えとくって、ママが言ってたよ」
「え…………はい?………ま、じで?」
夕飯をご馳走になっていたちょっと話をして帰ることになるだろうと思っていた。展開があらぬ方向にぶっ飛びすぎて全く理解が追いつかない。
泊まる?
誰か?
どこに?
「まじだよ、この部屋にお泊り。何年ぶりだろうねー?」
何年ぶりだろうねー?じゃない。そんな軽い感じで済ましていい流れじゃないと思いますが。
確かに子どもの頃は何回か泊まって遊んだことはある。けれど、それは本当に子どもの頃の話で、お互い性別を考えることなんてなかった歳だったからだ。だからお風呂も一緒に入ったし、裸で水遊びもしていた……ような記憶もある。
しかし、しかし、しかしですよ。
男女の体つきになり、毛も生えたそんな年齢で、泊まり?許されていいのだろうかそんなことが。
しかも、親にまで話がついている。怖すぎる、何ということでしょう幼馴染パワー。
「へんたいさん放置したら、お部屋の隅々まで見れちゃうかもしれないしー?困っちゃったなーって?」
火を見るよりも明らかなウソだ。そんなことは微塵も思っていないだろう。あるいはどこを見られても何も気にしないよ、ということだろうか。いやいや、ほら……下着とか、下着とか、そういうのあるじゃん。あるじゃんよ。
どちらにせよ、あさひは俺をからかっているということだけはわかった。だから、何もするわけ無いしベランダ出てるよ、と言い返そうとしたが、その言葉はあさひに遮られた。
「勝手にお部屋見ちゃうようなへんたいさんは一人にできないから、一緒にお風呂、入って貰うしかない……ね?」
うーーーーん、はい?え?
いやあの、あのですよ、あさひさん。
……ね?じゃないです。
ほんとに、どういうつもりですか?