お風呂上がりの心地よさを携えて、ドライヤーを片手に私たちは部屋へ戻った。
ゆうき君には私のルームウェアを着てもらっている。ゆったりしたいとき用にオーバーサイズのものを用意していてよかったな、と過去の私に心から感謝した。
私の愛用シャンプーといつものボディソープで綺麗さっぱりとなったゆうきくんが、私のルームウェアを着ている。彼は今、全身に私と同じ香りを纏っていることになる。つまり、彼はもう私とほぼ同体になっていると言っていいだろう。
「なんか、不思議な感じがする」
ゆうきくんがぽつりと呟いた。
「ん?何がー?」
私は高まる気持ちを抑えながら彼には何でもないような雰囲気で返事をする。同時に持って上がったドライヤーのコードを伸ばして髪を乾かす準備を進めた。
「いや、その……あさひの匂いが、俺からする、から……うん」
ゆうきくんからすれば、途轍もないギャップになっているのだろう。
普段と違う匂い、それを私の部屋に上がったときから感じていた。それが今度は自分の身体で、それも全身から漂ってきているのだから強烈な違和感として現れているのかもしれない。
「…………気になる?」
彼の声色から、特に拒絶のようなものは感じられないけど、一応確認はしておく。
もし、違和感が強いなら新しいルームウェアを卸すだけ。ただ、今着てもらっているものと比べると女子感が強くなるデザインになってしまうから、それはそれで嫌がられるかもしれないけど……私は、ちょっと見てみたい気もする。
「気には……なるけど、嫌とかじゃないよ。なんか、あさひがくっついてるみたいだな、って」
ゆうきくんの言葉はどこかおどおどとしていて、心ここに非ずというか、少し浮ついているような気がした。
「ふーん……?」
私は敢えてゆうきくんに目線は向けず、淡々とドライヤーをセッティングして、彼に座ってもらうためのクッションを置いた。
ニヤついているのを悟られないようにするためだ。
たぶん、あからさまに私を意識してる。
風呂場でちょっとえろいことをしたけど、それもまぁ……一先ず落ち着いているはず。だってほら、出たわけだし。賢者タイムというやつが来ている、と思っている。
でも、ゆうきくんはその前から私の部屋の匂いに敏感に反応していた。だからたぶん、全身から漂ってくる私の匂いを過剰に意識しているはず。私でさえ、なんかちょっとワクワクしているぐらいなのだから。
好きな人が私と同じ匂いって、なんかそれってもう一緒に住んでるみたいで、やっぱり同体みたいなものでしょ、私はそう断言したい。
「準備できたよ、ここ座って。髪乾かしたげる」
私はぽんぽん、とクッションの上で手のひらを弾ませた。
「いいよ、いつもほったらかしだし、髪短いし」
まぁ、ぶっちゃけるとゆうきくんの髪はそこそこ乾いている。でも枕が湿っぽくならないかというとノーとなるので、それを口実にする。
「枕とか濡れちゃうし、生臭くなったらいやだから、ほら、ここ来て?」
ゆうきくんは観念して、クッションの上に腰をおろして背中を私に向けた。
なぜか、畏まって正座している。
たまに後ろから眺めてる度に大きく感じていた彼の背中が、今だけ少し小さく見えた。弟みたいな、そんな感覚。
「よーしよしよし、えらいねーっ」
「なんか釈然としないんだけど……」
少しからかい混じりの煽り文句を受けたゆうきくんから、少しムスッとした雰囲気が伝わってきた。
「冗談、ごめんね無理言って」
「無理とは思ってないけど、なんか……人に髪乾かして貰うとか子どものときぶり? だから変に恥ずかしいんだよ」
「しかも相手は混浴した女の子だもんねー?」
「混浴した幼馴染、お、さ、な、な、じ、み」
その言葉は私に多分向けられていない。自分自身に言い聞かせるように、言葉を強調して繰り返していた。
なぁなぁで有耶無耶にしたけど、事故を起こしたことを気にしているに違いない。私が誤魔化したから、合わせてくれているだけで。
幼馴染だから、一緒にお風呂に入るのも何とか許容できる、事故に関しても同じように。そう思ってるのだろうか。別に幼馴染じゃなくてもアリだし、事故なんて喜んでるんだけどな、私は。
という気持ちは一旦しまい込んで、私はドライヤーのスイッチを入れた。
メーカー市場最強の風量を誇る私のドライヤーは瞬く間に髪の毛を乾かしてくれる。代わりに物凄い轟音を響かせるので、普通の音量は全てかき消きてしまう。
だから私はこっそり。
「かわいいなぁほんと……」
と、呟いた。
この言葉は間違いなく彼の耳には届いていない。届いていてもいいけど。それはこれからたっぷりと伝えるつもりなので。
ゆうきくんの髪はあっという間に乾いて、しかもサラサラになった。自然なボサボサ感を演出していた髪は、短いながらもストンと落ちるストレートヘアになった。
ホントに歳下の男の子みたいな見た目になってビジュアルまで可愛くなってしまった。
「ゆうきくん、可愛くなっちゃったね」
「えっ、どういうこと……」
「鏡、見てみたら?」
「いや……いいや、なんか見たら恥ずかしくなりそうだし」
「写真撮ったげようか?」
「それは絶対やめて、見られたら色々とヤバいから、てかオモチャにされるの目に見えてるから」
「ちぇー、残念」
人に見せたりなんて絶対しない、私だけのゆうきくんにしかしないのに。本当に残念だけど、無理してギスギスしたくない。
「次、私ね」
「あ、髪乾かしたほうがいいか……でもあさひの髪長いし、ちゃんとできるか自信ないけど」
それもそうか、ゆうきくんは普段自分の髪にさえドライヤーを使っていないだろうし。
「んー、それならこれ持ってるだけでいいから頼める?」
「それならたぶん」
私はスイッチを入れたドライヤーをゆうきくんに渡す。
風が轟く方向に向けて自分の身体を傾けながら髪の毛をぱぱっと乾かした。ドライヤーを持たなくて済む分両手が使えるので、それだけでも大助かりだ。
「ん、おわり! ありがと、楽できた!」
「それならよかったよ」
役目を終えたドライヤーを手早く片付けて机の上においた。
脱衣場に戻すのは明日でも全く問題ない。
「あさひの髪、サラサラなんだなー」
「まぁね、結構頑張ってるもん、このあとヘアオイルも塗るし……あ、その前に触ってみる?」
「え……あ、じゃあ……」
ゆうきくんは恐る恐る私の髪を掬いとる。
「うわ、すご……なんか柔い」
掬い取った髪をハラハラと落としたり、指を通してみたりと、ゆうきくんは結構な好奇心を向けながらも丁寧に私の髪を弄っている。
「自慢じゃないけど自慢の髪だからね!」
「なるほ……ん?矛盾してない?」
「まぁそれだけ人知れず努力してるってことで」
満足したのかゆうきくんの手が私の髪から静かに離れた。
私はそのまま髪にヘアオイルをまぶしてさっと髪を漉いた。
「おっけーおしまい!そしたら寝よっか?」
「ん……ん?待って、布団は……?」
自然に流されかけたゆうきくんは首を傾げた。
「あるじゃん、ここに」
私は自分のベッドに人差し指をむけた。
「…………えっ、でぇえ??」
その意味を察したのか、ゆうきくんの口から漏れた言葉は日本語として意味を成さない奇妙な文字列になっていた。
「一緒に寝るんだけど、いいよね?」
良くはない、と彼に言わせる猶予を私があげるはずもない。
同様しているゆうきくんの肩をとん、と押して、彼をベッドの上で組敷いてやった。
壁ドンならぬ、床ドンだ。ゆうきくんの頭を挟むように、ベッドに両手を付いている。
呆気なく私に押し倒されたゆうきくんは、私の下でどんな顔をすればいいのかわからなくなっていた。目は泳いでいて、垂れ落ちる私の髪を右に左に見返していた。
その視線は、やがて一点に留まった。
私のルームウェアもゆったりしていて袖は広い。袖口の隙間から中がよく見えるはず。しかも、私は今、素肌の上にそのままルームウェアを着ているので、そのまま肌が見えてしまう。
「ね、見た?」
ゆうきくんの視線は私の袖口から見える向こうに夢中になっていた。
「……あさひ、下着……は……」
「着てない」
即答する。
「見えてるんでしょ? 胸」
ゆうきくんは慌てて首を明後日の方へ向けた。
彼の顔は、熟れたトマトみたいにどうしようもないほどに真っ赤になっている。
「もっと見ていいのに」
彼の頬に手を添えて、そっと正面を向くように誘導する。
抵抗する力を感じることもなく、私の手の動き通りに彼の顔はゆっくりと正面に向き直る。ただ、視線は泳いだままで袖口どころか私の方にも向けられていない。
「押し倒されるなんて思ってなくて、恥ずかしくて死にそうなんだけど……」
か細い声で、ゆうきくんは何とか言葉を紡ぐ。
「私の背中に射精した時より?」
「っ……それは、それは……」
言い返されたからだけではないと思うけど、狼狽えて余裕のないゆうきくんは今まで見たことがない。新鮮で物凄くいじらしい。どちらかというと、もう女の子みたいにすら見えてくる。
「今から二人でこのベッドに寝るんだけど……そんな顔真っ赤なままで寝れるの?」
「それはっ、あさひがこんなことするからだろ」
あーもう、なんかもう、ただただかわいい。
「そっか、私のせいか……ごめんね?」
わざとらしく謝る。
悪いとは思ってないけど。
むしろ、もっと悪いことをするのはこれからなわけで。
「じゃあ、お詫びに……」
私は、ゆっくりと顔を近づける。
鼻先がちょん、と触れ合う距離。
「……一緒に寝ても恥ずかしくならないようにするね?」
私は目を閉じてゆっくり顔を傾け、鼻の先と先が触れ合う距離からもっと近づいて。そして。
唇と唇が触れ合うところまで、彼との距離を縮めた。
「……ん」
触れた唇を押し付けるだけの、たどたどしいキス。自分から迫っておいて、なんかちょっと不格好だなと心の底で変に冷静な評価を下す私がいた。
それでも、ゆうきくんとキスをしたという自覚はしっかりと湧いてくる。それと同時に身体が熱くなって心臓の音がはっきりと聞こえるようになっていた。もしかしたらゆうきくんにも聞こえているかもしれない。
唇同士が触れ合う感触を確かめたあと、私は少しだけ唇を開いて彼のものを啄むようにキスをした。
私はそのまま、唇の味を確かめるように、ぺろりと舌の先で軽く舐めた。ゆうきくんの唇は筋肉質な身体とは真逆で少しぷにっとしていて柔らかいな、と思った。私とどっちが柔らかいだろう、と考えぐらいにはまだ余裕はある。でもそれも、もう無くなりそうだ。
「……初めてキスするのはあさひかな、って正直思ってた。でも、まさかの押し倒されるなんて思ってもなかった……恥ず、めっちゃ、恥ずい」
ゆうきくんが不意にそんなことを口走るから、私の心臓は更に強く、早くドクドクドクドクと鼓動を打つ。
脈が早くなって、顔が一層熱くなる。首元から熱気が上がってきている。
「もっと恥ずかしいことしていい?」
なにが、とゆうきくんの唇が動いた気がしたけどその声は聞こえなかった。
私は自分の言葉を言い切った後、すぐに身体を起こしてルームウェアを雑に脱ぎ捨てた。
私の心臓が煩すぎて、他の音は聞こえない。
心臓の鼓動につられて私の思考も落ち着かなくなる。
私の下で仰向けになっている彼が、どんな顔をしているのかわからない。
彼が今何を考えてるのかわからない。
彼の気持ちはもう、聞いていられない。
「ごめん、ゆうきくんのこと好きすぎて、もう……無理」
私は彼に覆い被さって、耳元でそう呟いたあと、その耳たぶを唇で噛んでいた。
「ぁぁうっ!」
びくん、と私の下で彼は全身を震わせて唇を震わせながら小さく嬌声をあげた。