────旅行は大成功に終わった。
こんな身体では難しいと思っていたけれど……体調は終始安定していたし、やっぱり顔見知りの数が、特にミナ姉が居たのが良かったのかな。凄く、安心して楽しめた。
部屋のベッドに腰を下ろして、大きく息を吐いてから、ふと物思いに耽る。
紅葉は来なかったけど、太一とミナ姉と、久々に楽しく過ごした日々は、掛け替えのないもので────
「……あ、れ?」
実感が無かった。
バンガローでやったキャンプファイアー。雨の後の木々の湿り気。川で獲った魚の焼けるニオイ。ミナ姉と一緒にした太一への水鉄砲の集中砲火。
水平線の輝き。潮騒と潮風の香り。熱い砂浜を踏み締める感触。ミナ姉のナンパ撃退術。夜の花火大会。
楽しかったという記憶と気分は、しっかり残っているのに。
全部、流れ去ってしまっている。
きゅううぅっ。胸と、臍の下の奥が切なく締め付けられて苦しくなった。
またあの熱くて痛い、何とも言えない感覚だ。
一階からインターホンの音が聴こえた。母さんの応対と、太一の声がする。
俺は縋る様な思いで階段を駆け降りて、彼の名前を呼ぶ。
「太一!」
「……おう?」
いつもの彼がそこにいた。
言わなきゃ。
何かおかしいって。
相談しなきゃ。
「……今日どこ行く?」
その日は彼と特撮映画を観に行って、時間を潰した。
口にするチャンスは無数にあったのに。
言葉は全て上滑りしていって、一つも思い通りにはならなかった。
蒸し暑い帰り道。遠くで雷の音が轟く中、俺達はバス停へ歩く。
「おわっ、降って来そうだな……」
「そうだね……」
頭上を暗雲が走って、西陽が照ったり陰ったりする。湿った雨の臭いのする、少し冷たい風が頬を撫でた。
「急いだ方が良さそうだ」と少し急く彼と、名残惜しさに引き摺られる此方の歩調がズレて、距離が離れていく。
あっ、待って……!
「近所の夏祭り!」
「へ?」
待っての代わりの言葉が紡がれて、彼を立ち止まらせた。
「もうすぐ……だけど、さ」
「そう、だな……」
「……一緒に、行かない?」
「っ! ……ああ」
……何でだ?
その時差し込んだオレンジ色の陽に照らされた彼の顔に、一瞬妙な影が差した様な、そんな気がして息が詰まる。
何なんだよ、今の顔は。
喜んで欲しくて言ったのに。そんな切なそうな顔すんなよ。
「そこでさ、また花火やろうよ。出来たよね確か」
慌てて彼が盛り上がりそうな言葉を吐いた。
すると、合っていたのか。陽が陰った時にはもう、いつもの人懐っこそうな笑顔に戻っていた。
「ああ、あれ楽しかったよなぁ」
「う○こ花火でしょ?」
「そ、あれあれ! あれもう一回やろうぜ!」
だめだ。
何と伝えれ
ば良いのか分からない。助けて、欲しいのに。
助けてって? 何を?
口にしたら、壊れてしまいそうで。
そんな事より、今を楽しもうよ。
怠惰が事態を先送りにする。太一が、彼の笑顔があるだけで落ち着いて、それで良いと思ってしまう。
ぱた、ぱたた。雨音が疎に路面を打つ。
その間隔が徐々に短くなって、乾いた鈍色を濡れた黒へと変貌させていく。
「うわっ、やっぱり降ってきたっ! 急ぐぞソージ!」
「えっ、あぅっ」
不意に手が取られた。
刹那、びりびりびりっ。触れ合う肌が、灼ける様に痺れる。
あれっ……? あれぇっ……?
自分の白くて小さい、柔細い手指が、彼の筋張ってゴツゴツした大きな掌に握られ、強く引かれていく。
心拍が高鳴って五月蝿い。
狂おしい程に下腹部が締まって、欲求が滲み出す。
もっと、ぎゅっと
して欲しいと。
いやだ。そんなの、まるで────いやだ、無理だ、こんなのっ。
振り払わなきゃ。
振り払わなきゃ振り払わ
なきゃ振り払え振り払えい
やだいや
だはな
してはな
して
して
して
して
して
シて────
また、一日が終わる。
◆◆◆
「んじゃ、またな」
「ん」
彼と別れ、自宅玄関へ。
がちゃんっとドアが閉まるなり、妙に充足した気怠さに襲われた。
靴を脱ごうとしたけれど、足腰にイマイチ力が入らない。上手く脱げない。
一度腰を下ろして、再度試みた。けれどお尻が滑って、変な刺激でぴくんっと腰が跳ねてやっぱり力が抜ける。
走ったせいかな。なんか、凄く疲れてるし、ヌルヌル、ベタベタするや。
つるんとした綺麗な膝小僧が、若干擦り剥けて血が滲んでいる。
いつの間に転んだんだろう。はぁ、気をつけなきゃ。大事なカラダ────
────じゃない。おかしい。絶対、何かおかしい。
頭がぼーっとしたままで、確かに焦っているのに、その側から立ち所に気力が削がれていく。
眠気に近い微睡みで、気を抜くと心地良さの中、眠りこけてしまいそうになる。
「はぁっ、はぁ、はぁ……っ」
それでも、何とか焦燥が勝った。
重い腰を必死に上げて、急足で自室に戻る。
と、更に違和感が走った。
「っ……また、だ……!」
また、なんてそんな、前の様な些細な変化じゃない。
改めて見た部屋の感じは、まるで別人の部屋の様だった。
こんなに綺麗に片付けた覚えは無いのに。
母さんか? いや違う、入るなって強く言ってるし……それに、ここまで整理なんて出来る訳が無い。
机の上が、グッズが、端の方に追いやられて広くなっている。
床もだ。もっと置かれていた物があった筈なのに。
カレンダーも無い。ユニフォームも。無い、無い、無い、無い。
いつだ? 今日は、八月の……十八日だったっけ?
旅行から帰って来たのは二日前だから……その間の、何処かで……?
やってないにしても、母さんなら何か知ってるか?
捨てられたんだとしたら、いや、あれだけの量だ。まだ何処かに、何処かにある、は、ず…………。
クローゼットの前、積み上がったままだった雑誌の山が無くなっている。
あんなに沢山あった物が、どうして。
気になって、脚は自然と其方の方へ向かって行く。
震える手を伸ばして、観音開きのノブに手を掛け、引いた。
一見何の変哲も無い中身だ。収納された、何年も着ていないであろう冬服が掛けられ、綺麗に並べられているだけ。
下の方にも、何も────
「っ! うわああぁっ!」
思わず悲鳴を上げて、尻餅をついてしまった。
買った覚えの無い、謎の白い箱の数々。
その上の、専用の台座みたいな所に。黒くて長い髪の毛の塊が置かれていた。
なになになになになになにこれなにっ⁉︎
視界が回る。恐怖で腰が抜けて、壁際へ情けない後退りを繰り返してしまう。
理解が及ばない。あ
れは何だ、訳が分か
らない。
────うそつけ。知ってるでしょ?
内なる声に耳を傾け、記憶の扉が開き掛けた。
その時。
「おい」
「……ぁ」
弟の紅葉が、開いた部屋のドアの前に佇んでいた。
「急に悲鳴上げやがって、何やってんだよ?」
「ぇ、あ、なん、でも」
久々に顔を見た。冷ややかな仏頂面。
違う。その瞳の中には、いつもと違う、何処か憐憫の様な物が含まれている。
そうだ、弟なら何か────
「ならいい。ほらよ」
彼は手元の物を、一方は此方に放り投げ、もう一方は床に転がして見せる。
身体に重めの皮布が当たって落ち、重い金属が転がって、此方につく。
バッドと、グローブ。若干泥に汚れていて、水洗いされた形跡のあるそれらは、紛れもなくかつての自分の大事な物だった。
「近くの用水路に落ちてたぞ」
「ぁ……」
瞬間、大事な何かが千切れて、心のブレーカーが落ちる。
「……兄貴さ、マジで本当に」
『余計な事しないでよ』
「えっ……ちょっ、おい待てっ!」
振り切って、脱衣所に駆け込んだ。
ドアを閉めて、急いで鍵を掛ければもう大丈夫。
「ふぅっ、ふぅっ、っ、はぁっ」
どんどんと叩く音と怒声を無視して、肌に張り付いた黒の半袖シャツを急いで脱ぎ剥がす。
「んっ……!」
ぴりりっ。胸から剥がれた時に妙に刺激が下腹部に響いて、腰が引けた。壁に手をついて、何とか耐える。
「っ、ぅあっ、はぁっ……⁉︎」
続いてキュロットを脱いだ瞬間、少しにちゃっとした音が立ったかと思えば、むあっ。濃密な淫臭が立ち昇って鼻をついた。
────あれ? キュロットってなんだ? っというか、これっ……女物っ……⁉︎ こんなの穿いた覚え、無いぞ……?
齟齬を感じながらも、濡れて重たいローライズショーツに手を掛けて、ずり下ろしていく。
すると、またしても。股から離れた時にはしたない水音と一緒に快熱が生じた。
なんでこんな、いやらしい、気分にっ……。
気になって股の間を覗くと、ねっとぉ……っと大量の糸が股間と布地の間に伸びていて、思わず「ぅわぁ……」と声を漏らす。
余りに酷くて、今自分の中で湧き上がった感情が理解出来なかった。単純な幻滅か、それとも途方も無い劣情か。
「っ、はぁっ……っーー〜〜……!」
もう訳が分からなくなって、湿ったそれを床にベシャと落とした後、摘んで洗濯機へ直接放り込んだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
っ、どうしてっ……。
空気に触れたずぶ濡れの割れ目が、じくじく深い疼きを発して止まない。
全身の熱っぽい肌が痺れる。張り詰めていて、ちょっとした刺激で、膝がガクッと折れて落ちてしまいそうだ。
意識すればする程下っ腹が締まって、股から何かが搾り出されて垂れていく。
手皿で受けると、熱い粘液の感触が掌に溜まった。
「はーーっ……っ……」
一つ息を呑み、残された最後の力を振り絞って、ふらふらと浴室に入る。
俺……おれ、どうなってっ……。
今の自分の姿が想像出来なかった。
全身鉛の様に重いし、ぬるぬるが漏れ出ているし。
暑さで溶けて、スライムみたいになるのかと。
変な事を考えながら、一歩、そして一歩。
姿見の前に立ち、映り込んだ物を見て、嗤った。
「…………っ、ふふっ」
だれだよ、このちっちゃいへんたい……。
あどけない赤ら顔を切なげに歪めて、何も穿いてない股間に手を当てがい、内股で小鹿みたいに震えている。
内腿を伝う艶めく液体。薄紅色の柔い唇から高い音で荒ぐ吐息。滲んだ光を放ち揺れる双眸。
乱れて頬に張り付いた黒髪は、短めながらも艶やかで。どこからどう見ても男子の空想の中にしか存在しない様な、立派な変態少女だった。
彼女は眉をハの字にしながら、悪戯っぽく口角を上げる。
それが俺にはこの世の存在とは思えない、淫らなバケモノに見えた。
だったら、そうだったならと、朦朧とする思考で短絡的に勘付く。
そうか……ぜんぶ、おまえのせいか……。
“ っ! 戻ったのか……?”
“ お前やっぱ兄貴なんかじゃねぇよ”
太一や、弟の反応。
兆候は、確かにそこにあった。
さいきん起こってるへんなこと、ぜんぶ…………!
────あーあ、バレちゃったか。
やっぱりっ……!
正解、だよ。半分ね。
自分と、己が内に存在するであろう少女との境目。
鏡を隔てて分たれて、今はっきりと軽蔑し、決別した。
別の何かな
ら、いいよな。なに
しても。
我慢はもう、出来なかった。
怒りと昂りが振り切れて、暴力的な性衝動が解き放たれる。
「ぁっ、っ……!」
掌でささやかな胸の膨らみを包み、指先でぐちょぐちょの割れ目を弄べば、深い快感が滲み出す。
そのまま痛い程に尖った乳首とクリトリスを転がしてやれば、じんっ! と強烈な電流が走って、まるでその手のアニメでしか聴かない様なやらしい女の子の声が喉を通って漏れる。
「はぁっ! っ……ぁっ、あぁっ…………!」
自分の声じゃない。相手が出している。
だからっ、だまれっ、へんたいっ……!
「んっ……!」
口元を塞いだ。柔い唇が潰れて、声がくぐもった。
そのまま滑る突起を擦れば、快感で脳裏に星が飛ぶ。腰が跳ねる。
自分のじゃない。気持ちい
いけど、自分の
じゃない。
おまえのせいでっ……! かえせよっ、かえせっ……!
「んんっ……! っっ゛ーー〜〜〜〜!」
少女の声が哀切を訴えて、股間がひくひく痙攣して次々と潮を噴く。
俺も気持ちよさで気を狂わせながら、心の内で叫んだ。
太一との時間をっ、かえせっ……!
────いいよ。
えっ……?
はい、どうぞ。
瞬間、景色が切り替わった。
「っ…………ふっ、ぅ…………?」
な、んっ……?
真っ暗な夜の木陰で。仄かな電灯の灯りと遠くの祭りの喧騒が届く中、男女の荒い吐息の音が二つ。布の音と一緒に擦れ交わされている。
根が走る黒い土の上、旅行の時に旅館で着ていた物とは違う、鮮やで綺麗な、青色の浴衣が揺れる。
纏った身体は茹だる様に熱い。胸と腰から下は大きくはだけていて、汗で濡れた肌が露出している。風は少し冷たいにも関わらず、そこに人肌が重なっていて、火傷したみたいにひりつく。
ぎっ、ぎしっと軋む音がする。圧迫されているみたいだ。前の筋肉質な肉体と、後ろの硬い木の幹の間に。少し腰と背中が痛い。
でも前は、少なくとも上半身は、優しく包まれている。大きな掌に、普段は痛みを発するばかりの胸元が。張り痼って存在を主張する二点の一方が。
片足立ちで、ただでさえアンバランスなのに、腰が抜けて、足腰が立たなくて崩れ落ちそうだ。けれど上げている方の脚ががっしり固定されていて、動かないし動けない。
「かっ……はぁっ……?」
汗臭い。湿った土や木々の香りよりも強く主張して来て、鼻の奥がツンとする。なのに、そのニオイが酷く興奮を誘う。
上手く息が出来ない。股の下から、お腹の奥深くまで。灼熱の、硬い棒状の何かに貫かれているせいだ。それが脈打ってぐっ、ぐっと押し上げて来るせいで、身体が引き攣れて苦しい。
でも、痛くない。不快じゃない。灼けついて、痺れて、締め付けてしまって、全身がじわわっと泡立つ。変な汗が噴き出す。
酸素欲しさに口を開けると、長い黒髪が口に入った。そのまま頬に張り付いて離れない。
知りたくない。けれど、知る他ない。
俺は徐に、斜め下に落としていた顔を上げた。
「っ、ぇっ……?」
目と鼻の先には、悲しんでいる様な、怒ってる様な。
暗さも相まってよく分からない表情をした、汗と涙でぐちゃぐちゃの、太一の真っ赤な顔があった。
「ちかっ……ぇっと、たい、ちぃっ……!」
困惑と羞恥に震えた俺の小さな声は、彼の獣めいた、はぁっという一息で掻き消される。
傾いていた体勢を整えられ、自分より大きくてゴツゴツした身体が正面から押し付けられて、めりめりめりめり。
「んっはぁっ……!」
棒状の何かが、より深々と挿し込まれた。最奥が拓かれて、圧迫感で肺の中の空気が全部押し出されて。不意に凄く如何わしい吐息が上擦った。
いたいっ、苦しいっ、辛いっ……のに、気持ち、い……?
「っ……ぁっ……」
下腹部の圧迫は、ともすれば痛苦にも近い。でも胸元をふわふわ弄ばれて、突起を指先で擦られると、それが伸ばされて凄まじい快感として身体の末端まで広がる。
なんで、こん、なぁっ……!
「ぁあっ……ああぁっ…………!」
開いた口元は取り留めなく蚊の鳴くような小さな声で喘いだ。
滲んだ景色は白黒しながら回り、じんと痺れる舌が突き出されて、湿った空気を撫ぜる。
と、そこへ太一の顔が急接近。恐怖で一瞬強張ったけれど、逃げる暇は無い。
「はんっ……んんんっ……!」
彷徨う舌が、彼に食まれた。微かにリンゴ飴の風味がしたかと思えば、そのままアイスキャンディーみたいに舐り転がされて、抵抗感諸共溶かされる。
「んっ……んんっ…………っ……!」
くちゅ、ちゅ、れろ。はしたない音が響く。はふっと息継ぎを挟んで、また。繰り返される。
その都度愛撫が続くし、下から突き上げる肉の剛直が最奥をぐりぐり圧迫して来るので、身体の芯に電撃が走って、全身の痙攣が止まらない。
接合部から熱が溢れて、液体が噴き溢れる。
────あ、れ……? これ、しって、る……?
脳髄を襲う、破滅的な快感。何故か、覚えがあった。
「んぅっ⁉︎」
抽送が始まる。ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぱちゅ。
蜜壺が叩かれれば、腰が甘く痺れて抜けて、衝撃が脳天まで突き抜ける。堪らず背筋はそっくり返って逃れようとするけれど、後頭部を抱かれてしまって逃げられない。
「んっ、っ……っ……!」
脳裏で散る火花と共に、身体から記憶が引き出される。
それは思ったより、ずっと前の事だった。
高校に入るよりも前。受験で合格した後辺りの頃。
「えへへ」
「っ……お前っ……っ⁉︎」
“私”は、桜吹雪の舞う中、我慢し切れず太一にキスをしていた。
それも、しっかり舌を入れたやつ。
「っはぁっ……! お前……誰だ……?」
彼は勘付いていたみたいで、突き飛ばされて、睨まれちゃったけれど。
私はそれも分かってたから。
「えー知ってるでしょー、ソージだよーそれ以外の何に見えるのー?」
「嘘を吐くなっ! ソージはっ、お前はそんな奴じゃっ……」
戯れの後、受け入れられなかった事にほんのちょっと胸を痛めながら名乗った。
「私がソージじゃないなら……そうだね、“アオ”とでも呼んでよ」
私はアオ。俺が一度堕ちて割れた時、太一に救われて産まれた、俺の欠片
……馬鹿だなぁ俺は。男だから、親友だから。そんな事ばっかり気にして。
気持ちを次々切り離して、私に押し付けちゃうんだからさ。
「たーいちっ! どーん!」
「……お前か」
「そんな顔しないでよぉ、んひひ」
気付かれてからは、ちょっとずつ、ちょっとずつ。彼の前で主張して、好意を伝え続けて、お互いの気持ちを育んだ。
最初の頃は酷い嫌われ様で参ったよ。でも、諦めなかった。
ちょっとずつちょっとずつ、ほぉーーーー……んとにちょっとずつ。
育てて、距離を詰めて。挑発して誘惑して悩殺して、ようやく。
「ふーーっ、ふーーっ、ふーーっ……!」
「んっ、いたっ……ああっ」
高校一年の秋頃、駅前の路地裏で。寒空の下彼の理性は壊れて、激しく私を求めた。
背中側から腰を抱かれて、何度か焦らされた後、そのままずっぷり。
「あっ……あああ゛っ……!」
最初ちょっと痛かったけど、嬉しかったよね。
乱暴なのに、痛そうにすると身体は労ってくれたんだよ? さすさすって。腰の辺りをさ。
凄く嬉しくって、気持ち良かったよねぇ。
「あはっ、ぁっ、いいのっ……? このからだっ、そーじだけどっ……っ」
「五月蝿いっ……!」
「はんっ……んんん!」
止める機会は幾らでもあったと思うよ。
私も、別にダメならダメで、それで良いつもりでいたんだ。止めて貰えるつもりで、アクセルを踏み締めてた。
でも、笑っちゃうなぁ。太一も、俺も。二人とも、目を逸らすんだもの。
「ソージは、なんでこの事を……」
「気付いたら、壊れちゃうからじゃない? 色々と、さ」
過ちを犯しても太一はずっと、俺の事を心配してた。だからなんだろうね。
俺は、どうかな? 太一の事、ちゃんと考えられた?
……ふふっ。まあ、考えられてないよね。自分が苦しいばっかりでさ。
俺が悪いと思うよ。中途半端な気持ちで、優しい彼に、いっぱい気を使わせたんだから。
「なら……」
「隠し通してみる? 二人だけの、ヒ、ミ、ツ」
「────っはぁっ……っ、はあぁっ…………!」
唇同士が離れて、脳に酸素が戻る。意識が少し回復した。
肩で息をする。心底気持ち良さそうな、上擦った吐息が漏れ出す。
目の前で、彼と自分との間に掛かった銀の糸橋が微かに光って揺れる。
「ふっっ……ぁああっ……!」
呼吸は整わない。その前に深い抽送に襲われる。
「ぁっ、めっ……っ……ぇえっ……!」
ゼロ距離で接合部の上側の痼を擦る、深く、丁寧なグラインド。まるで弱点を熟知しているかの様な動きだ。
滑る敏感な箇所への責めに、身体はあっという間に追い詰められて、幾度となく経験した絶頂を実体験する。
「っ、ぇあ゛っぁっ! っ! っっ〜〜〜〜…………っ、ふあぁっ!」
それでも尚、動きを止めてもらえない。寧ろより激しくなって、痙攣の只中で燃えて溶け落ちる腰を一層激しく揺らされた。
「やっ……っあ゛あぅっ……んっ、っ……へぁっ、ぁぁ……!」
「はぁっ……なんつー声で喘いでんだよっ、このっ、ニセモノがっ……!」
そん、なっ……。
「ぁっ…………んにゃっ、めぇっ……!」
静止しようとしても、言葉は中々上手く出てくれないし、猛り狂った太一には届きそうにない。
歪んだ笑みは、いつもの人懐っこい笑顔を見せる彼とはまるで別人だ。酷く恐ろしい。
快楽と絶望で身を引き裂かれそうになる中、俺は必死に乞い願おうとする。
たい、ちっ……気づいてっ……もどっ、てえぇっ……!
「たぃっ……ちっ……い゛いいぃっ……んぇっ」
「デカい声っ出し過ぎっ……! バレるだろうがっ……!」
「んっ……んふぅううぅっ……っ、っっ〜〜……!」
しかし彼の手指は、だらしなく開いた俺の口を塞いだ。
くぐもった言葉は悉く形にならない。まるでただ媚びて甘えるだけの雌の声に変換されていく。
たいちっ…………たいちぃっ……!
涙に咽び、苦悦に喘ぎ、それでも尚気づいて、戻ってと繰り返す。
────まだ分からない? 気付くのは、俺の方じゃないの?
内なる声が、妖しく囁いた。
今甘ったるい声を出して、彼の指をしゃぶってるのは誰?
「んっ……っ……⁉︎」
太一にばかり意識を向けていたせいで、気付かなかった。
自分の身体はもう、ひたすらに彼への愛を訴えている事に。
今脚で彼の背中をぎゅってして、自分から腰をへこへこさせてるのは誰?
ハメ潮ぷしゅぷしゅ噴いてるのは誰?
誰? 誰? 誰?
否定したいのに、出来なかった。
俺は、気持ち良さに溺れて、太一に、こう、されたくて。
ああ、あああ────
溶けて滲む様な絶頂を迎えて、頭が白むと共に、思い出される。
あの初めての生理の日の、保健室で目覚めた時の事。
「……あっ、起きたかソーじっ」
「ん……っ」
俺は彼の唇を、不意打ちで奪った。
──ちがう、おれじゃ、ないぃっ。
弟に酷い事を言われて、傷心した時の事。
「おまっ、家ではダメだって言ってんのにっ……!」
「ちょっとくらいならっ……いいじゃん別にっ、んんんっ」
俺は彼に身も心も慰めて貰っ
おれじゃな
いってっ……。
熱中症で倒れた日、しつこく求めて断られた時の事。
バンガローに泊まった日、深夜の川辺で月明かりだけを頼りにエッチな悪戯を仕掛けた事。
砂浜で遊んだ日、挑発し過ぎて海の端っこの方の岩べでエッチされた事。
夕立の中バス停に走った日、濡れ透けた服で互いに興奮して、求め合った事。
甦る、甦る。人目を気にして物陰で行ってきた、数々の快感が。交わした悶声が。淫らな汗と、性の香りが。
やめろ……。
擦り合う肌の心地良さが。胸尻を欲望のままに貪られる刺激が。乳首やクリトリスを弄ばれて走る電撃が。
熱が。疼きが。愛欲が。自分で慰める切なさが。
やめて…………。
今確かに自分の中に挿入っている、挿入るとはとても思えない太一の逸物の太さと長さが。
抱いた畏怖と、嫉妬と、愛おしさが。
やっ、ぁ…………。
自分のじゃないそれを手で扱く感覚が。谷間で挟むのは無理だからと胸の先に当てて弄る感覚が。
脇の下に挟んで擦る感覚が。口で咥え込んで、舌で舐める感覚が。
お尻の穴に挿入される感覚が。
…………。
膣内に挿入されて、射精される感覚が。
イク感覚が、一気に重なる。
イって。
イって
イって
イって
イって。
ああ、ぜんぶ、
刹那、空に昇って、天辺でパッと花火が咲くみたいに。
あり得ないくらい深く、イった。
「っう゛ぅっっ! っ、っっ゛ーーーー〜〜〜〜〜!」
身体がグッと強張っては脱力してを繰り返して、意識が明滅しながら薄らいでいく。
ふわりと浮いたまま戻って来られない。捕まっている太一だけが頼りだけれど、その彼が原因だがら、脱力して身を預けた側から弾んでしまう。
「っ、はっ、ぁ゛っ……ぁ……!」
────ぎゅーっとする。される。きもちいい。
全部がそれだけになって、それ以外いらなくなる。
「くっ……!」
欲求に応える様に、彼は飛んで行ってしまいそうな此方の身体を強く抱き寄せて、恥骨が肉に食い込む程強く股間を押し付けた。
直後に最奥で肉棒が脈打って、体内に灼熱が注がれる。どくどく、どくどくどくどくどくどく……。
「ぁ゛っ……っへぁっ…………」
殊更に達し果てて荒れたその場所が、途方も無い幸せで満たされていく。満たされて、かき混ぜられて、馴染んで、溢れる。
その熱で俺が溶けて、消えていく。
「ぅ゛……ぁっ、っは……」
暫くして、ずりゅんっ。引き抜かれた。
支柱を無くした身体が大きく跳ねた後脱力して、彼の胸板に全体重を預ける。
水音が土を打つ音と、太一の息遣いだけが、籠ったみたいにやたらに響く。
…………そっ、か。
俺のせいだ。
俺のせいで、私が、太一を狂わせてしまった。
最初から、頭ごなしに否定しないで。向き合っていれば、こんな酷い事にはならなかったのに。
遠ざかる。全てが、遠ざかっていく。
────…………ね。
抗い難い理不尽な幸福の余韻に押し流されていく中、俺は最期に残された感情を、震え掠れた涙声で口にして。
「……た、いち……ごめん、ね…………」
「っ……⁉︎ 待て、お前、ソージ……⁉︎」
はたり。力無く、奈落の眠りに堕ちた。
「ソージ!」
恐れていた事態の予感。
愚かしくも肝を冷やした太一は、力無くしなだれた少女を今一度抱き留めて木へ寄り掛からせ、かつての名で呼び掛ける。
「ソージ……? 何とか言ってくれよ、ソージ……⁉︎」
「ぅ゛っ……ぁ、は……」
数度目の痙攣の後、少女の瞳に再度意識の光が戻った。
一瞬の期待。が、しかし、
「やっと、きづいた……?」
「あ…………」
その色合いは仄暗く、ほんの一言で、彼は察してしまった。
「ふふっ、いま……おかして、こわしたのは……」
「だっ、ダメだ、戻せ、ソージを元にっ」
「無理だよ……」
優しい毒の様な一言が慈悲無く告げられ、宵闇の中静かに木霊す。
「わかってた、でしょ……? いつか、こうなるって」
「…………」
痛い程の沈黙が場を支配した。
冷たい風が吹く。木々が騒めいて、虫の声と、遠くの喧騒が失せていく中、一つ嘆きが消え入る。
「……ああぁ」
夏の終わり。彼は一番の親友を失った。
ご愛読有難う御座いました。
性癖開拓の一助になれたのなら幸いです。
君も可哀相なTSっ娘で、抜こう。