Episode1
ドガッと音がなる。背中にあった荷物がガタガタと崩れて落ちる。頭の上に見事に落ちたみたいで、凄く痛い。
「お前みたいな三流奏官が偉そうにするなよ」
とある小さな町の、ちょっとした路地裏。目の前にいる奏官に勢いよく突き飛ばされて、ずっこけたのだ。
「いや、キル姫を一人も連れてないのに奏官だなんて言えるのか?」
「そ、それは……今は関係ないですよね!」
ぎりぎり成人したかしてないか、少年は男に反論する。彼は一応バイブスを所有していて、マスターになる資格自体はあるはずなのだが適応するキル姫と出会ったことはない。
それは間違いなく事実だけども、今目の前で起きてたこととは全く関係ないだろう。
ただ、年端も行かぬ子供をナンパしようとしているのを見かけて、止めようとしただけだ。幸いその子はもう逃げ出したみたいだし安心なのだが……
「立場ってもんがあるんだ。仮にも世界を救う手伝いをしたんだぜ?ちょっとくらい遊んだ所で文句は言われねえよな?……あんたと違って、な?」
少し前まで、世界は終焉の危機に貧していた。たった三人のキル姫によって、世界は滅びようとしていたというのだ。それに対抗すべく、奏官達が一致団結。見事終焉を払い除けたらしいけれど、キル姫がいない少年はその戦いに参加していなかった。
「だから、それが何だって言うんですか!」
「わかんねえやつだなあ!」
男が拳を振り上げ、少年の顔を殴ろうとする。しかし、そこで二人に声をかける人物が一人いた。
「そこまでにしなさい」
「……あ?」
男はピタリと止まり、ゆっくりと声のした方へ振り向く。そこには、少なくともパッと見では年端も行かぬ少女が一人立っていた。
「何のつもりだ?今度は勇者ごっこでもするつもりかよ、クソガキが」
「……信じられないわね。やっぱり、世界なんて終焉を迎えた方が幸せじゃないかしら」
「舐めんなっ!」
男が感情任せに走り、少女を殴ろうとする。やめろと少年が声を発しようとするが、必要なかったことは直後に理解させられる。
ひらりと拳を躱し、逆に腹に拳を叩き込んだ。その身のこなしを見て、少年は始めてその少女がキル姫だと気がつく。……一度も見たことないし、そんな子いたっけなあとつい考えてしまう。
「武器がないからって油断した?」
「くっ……覚えてろよ!」
男は情けなく敗北し、走り去っていく。ナンパしていただけあって、護衛のキル姫も連れていなかったようだ。
若草色の癖の強い髪と、琥珀色の力強い瞳。少年は、自分を助けてくれたそのキル姫に見惚れていた。
「じゃあね」
もう用は済んだと言わんばかりに去ろうとするキル姫を見て、少年は慌てて立ち上がり追いかける。そして、その手を強引に掴んだ。
「!?……何?文句でもあるかしら」
「い、いや……その、お礼したくって」
自分でもどうしてそんなことをしたのか、少し理解が追いついてなかった。半ば無意識の内に取っていた行動だったのだ。
少年はこの時、まだ気がついてなかった。そのキル姫に一目惚れしていたことを。
「……別にいいわよ。お礼が欲しくてしたわけじゃないわ」
「それでも、したいんだ。ダメかな?」
キル姫は目を逸らし、少し間を空けてから再び視線を戻す。
「そこまで言うなら。でも、それだけだからね」
「よしっ」
「?」
妙に嬉しそうにしているなと、キル姫はぼんやりと考えながらも少年と同行することにした。
適当な店に入る。パフェが美味しいとの噂の店だった。少年はあまりそういうのが好きではなかったので寄ることはなかったが、女の子にはスイーツだろと単純な思考の元その店に向かったのだ。
「お礼だし、好きなものでいいですからね」
「………うん」
メニュんを見る少女の目が、少しだけキラキラしていた。どうやらこれで正解だったようだとホッと一息を吐く。
それから少女はいちご盛りだくさんの大きなパフェを頼んでいた。少年はそこまではいいかな〜と小さめの適当なやつをチョイスする。
そして、注文したのはいいのだが、なんとも言えない空気が流れる。その空気を破り、少年の方から声をかけた。
「あ、あの。キル姫ですよね。名前は?」
その少年の問いかけに、少女は目を丸くしてからパチクリ。驚嘆が顔に出ていた。
それから少し目を泳がせて、深呼吸してから質問を返した。
「あなた、奏官よね……?」
「うん」
「……ギャラルのこと、知らないの?知らないであんなこと言ったの!?」
「………うん?」
それって何か問題なのだろうか、と少年は首を傾げる。その態度を見てすべてを悟った少女、キル姫ギャラルホルンは呆れてため息をついた。
「ギャラルは、ギャラルホルンって名前だけど……聞き覚えない?」
「うん?うーん………」
少年は少し考える。考えて、考えて、それからようやくその名前を思い出した。
世界を終焉に陥れようとしたあの三人のキル姫、その一人がそんな名前ではなかっただろうか。
「えっ。じゃあもしかして、君が?」
「そうよ。……呆れたでしょ。世界を滅ぼそうとした一味が、人助けなんかしちゃってさ」
目を逸らし、くるくると髪を弄る。それから、ちらりと少年の顔を改めて伺うが、そこにはギャラルが想像した表情とは違うものが映っていた。
「いいんじゃないかな。だって、悪いことを反省して、良いことをしようとしてるんでしょ?それの何処に責められることがあるのさ」
「そ、そう?………ありがと」
「それにさ、正直君みたいな子がそんなことしてたって言われても、想像付かないなあ」
「……なっ!?ギャラルはこれでも大人のレディよ!?」
大人のレディならまず間違いなくしない主張をしながら、ギャラルが勢いよく立ち上がる。それから恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしてまた座る。
さっきまでは、カッコいいけどちょっとミステリアスみたいな雰囲気があったのだが、今の見た目相応の反応もこれまたかわいい。
そのギャップに再び少年は心打たれていた。完璧に惚れていた。なにこのかわいい生物。
そうこうしていると、二つパフェが届く。ギャラルは再び冷静を装うとしていたが、目の前のご馳走への期待が隠しきれていない。左側だけ伸ばしている横髪をかきあげて、スプーンで救いゆっくりと口へ運ぶ。ゆっくりと味わっているが、もう顔が完全に綻びてる。
「……食べないの?」
「あ、うん。食べるよ」
見惚れているあまり、食べるのを忘れていたようだ。少年もパフェを食べ始めるが、なるほどたまにはいいかもしれないなとのんびり考える。
そんな感じで食事を終えて二人が店を出ると、ギャラルはショに背を向け離れていこうとする。
「ご馳走さまでした。ばいばい」
「えっ、ちょっと……その……」
「……まだ何かあるの?」
少年の煮えきらない態度に、ギャラルは結局立ち止まる。日が傾き始めて夕日が差していた。夕日に照らされて立つギャラルよ姿は、とても綺麗だった。
「………泊まる所とかあるの?」
「別に。でも、あなたには関係ないでしょ?」
「いや、まあ、その……気になるし……」
「なんで?」
「え?」
「別にギャラルのこと、気にする必要ないじゃない」
不満そうに口を尖らせながら、ギャラルは突っぱねようとする。
「世界を滅ぼそうとして、沢山の人を傷つけた悪いキル姫のことなんて、ほっとけばいいじゃない」
ギャラルからすれば、罵られることはあっても優しくされる義理はないのだ。今日人助けをしたのだって、気になったからであって別に善意ではない。
それに、そんな自分と絡んでるような人が同じ目に合う可能性だってないとは言えないのだ。だからこそ、突き放そうとする。
「いや、なんというかさ。今日助けてもらえたの、凄く嬉しかったし」
「そのお礼なら受け取ったわ」
「そうじゃなくって、なんというか、その……」
うまく言葉に表せなくて、少年は頭を掻く。それから考えて考えて、結局出てきたのは、
「好きだから」
ドストレートな言葉だった。
「へ?」
全く想像していなかった言葉に、ギャラルは硬直する。それからゆっくりと言葉を咀嚼し、ゆっくりと動き始める。
「い、いや、そんな。今日会ったばかりの人に言われても……」
「あ、あわあわあわそうじゃなくてっ、いやそうなんだけど、その……!」
言った側の少年の方が慌てだして、ギャラルはふふっと小さく笑った。
誰かに優しくされたのは久しぶりで、しかもその相手がこんな人なんだなと少し考える。じゃあさっきの質問も思いっきり下心だったんじゃとか思いつつも、笑いながら応えた。
「分かったわ。今日は貴方の家に泊まる……それで満足かしら」
「う、うん。……いいの?」
「貴方が聞いたんじゃない」
こうして、キル姫のいないマスターと、世界に見放されたキル姫の生活が始まったのだった。