それから何だけれど、なんだかんだギャラルはしばらく少年の家に泊まっていた。
「あがったわよ」
「はーい」
風呂上がりほかほかのギャラルが、タオルを頭に出てくる。服も少年のシャツを着てだ。
最初は、確かに一日だけのつもりだったが。少年の好意が厚かったし、何より珍しく自身に悪意や敵意を一切ぶつけてこない彼に、多少なりとも居心地の良さを感じていた。
気がつけば結構な日泊まっているし、なんかもう付き合ってるんじゃないかくらいの距離感になっているがお互い気がついていない。
少年が風呂に入っている間に、ギャラルは料理を始める。無条件で泊めてもらうのも申し訳ないと、自然とギャラルが料理をしていた。
特段得意でも、好きという訳でもない。ただ一人暮らしをしていたから最低限の自炊は出来るようにしていたというだけだ。
でも、ここしばらく料理をしていて楽しいような気がする。理由までは分からないけど……まあ、悪いことではない。
昼は少年がバイトに行き、ギャラルは目的もなく街を歩くだけ。神器も没収されラグナロク協会で安置しているので、特段何かが出来るということもない。
それからバイト終わりの時間にギャラルは少年を迎えに行って一緒に帰る。……のだが、ギャラルは耳がいいので気が付いていた。最近、その少年のバイト先に行くと付き合ってるだの彼女さんだのと色々言われていることに。
最初は対して気にしていなかったのだが、こう何度も言われると気になってくる。
「ねえ、これからマスターって呼んでもいいかしら?」
「でも、君のキラーズと僕のバイブス、共鳴してないよね?」
「それはそうだけど……」
ギャラルの提案に少年は首を傾げるだけだ。確かに少年は奏官で、ギャラルはキル姫だが、そこに主従関係はない。
ただそのギャラルは、言われる度に最近の行動を思い返すと、こう、確かに恋人のように見えても仕方ないと自覚してきたのだ。
でも実際に付き合ってるかと言われたらそうでもない。なんか好きだとか言われた気はするが、それ以上何かあった訳でもない。なので、改めて奏官とキル姫という関係性を強調すべきだと考えた。
「でも、恋人と間違われるよりはいいじゃない?」
「なら本当に恋人になる?」
「……そんな気軽になられても」
ぷいっと目を逸らし頬を膨らませる。
「そんなにギャラルと付き合いなら、まずはギャラルの言うこと聞いて欲しいんだけど」
「分かったよ。うん。じゃあ改めてよろしくね、ギャラル」
「ええ、よろしく。マスター」
しかしギャラル自身自覚すべきであった。恋人のようだと言われて気になって、無理に距離を離そうとするその行為自体が、少年……マスターのことを意識してしまっているという事実なのだと。
土曜日。マスターがバイトを休んでいると知ったギャラルは、マスターを買い物に付き合わせた。マスターとしてもギャラルから誘ってもらえること自体はとても嬉しいし、断る理由もないので素直に付き合う。
「見て見て!これ似合うかな?」
「ふふん、これとかどう?」
「マスターはこういうのとか好き?」
畳み掛けるように訪れた突然のファッションショー。ギャラルがお洒落好きなのも相まって、兎にも角にもあれ着てこれ着ては感想を求めてくる。
ぶっちゃけ全部かわいい以上の感想は出てこないし、女子の買い物ってこういうものなのかなーくらいの感覚でいた。
ただ、色んな服に目を輝かせ楽しんでいる姿は、見た目相応の様子でマスターは少しだけ安心していた。
「結局買わなかったね」
「どれ着てもかわいいしか言わないんだもん。もうちょっと感想欲しかったなー」
「あんまりそういうこと詳しくないし……」
「率直に思ったことでもいいのよ?別にマスターに詳しさとかは求めてないし」
「それなら言ったと思うけどな」
「……もう!」
ふーん。もう知らない!と言いたげな感じで、ぷいっとそっぽを向いてしまうが、顔は真っ赤だしちらちらと様子を伺っているし、嬉しがっていることを一ミリも隠しきれていない。
それも仕方ないことだろう。これまでギャラルは道具として利用され、世界の敵として排除されかけ、人としても女の子としても見られたことは一度もなかったのだ。
外見にしろ中身にしろ、好意を全力でぶつけてくるマスターへの甘えが出てしまうのも無理はない。
そんな、もう付き合いたてのカップルくらいの距離感のまま、それでも付き合ってないという体でマスターとギャラルの同棲生活は続いた。
一ヶ月程も過ぎれば、すっかりその生活にも慣れてしまった。今日もギャラルの買い物に付き合うという形で、デートに出る。いやどちらもデートとは一言も言ってはいないが、傍から見ればデートである。
今日も今日とて、服を見て回って試着してはマスターが溶けた語彙力が褒める、完全にバカップルと化したデートをしていたのだが、店を探して歩いているギャラルがピクリと止まる。
「どうしたの?」
「……悲鳴?」
「僕には聞こえなかったけど」
マスターを無視してギャラルは走り始める。真剣な表情になっているのを見て、聞き間違いとかでもなさそうだなと考えながらも慌てて追いかける。
適当な路地裏にギャラルが入る。遅れてマスターが入ってみると、男性が女性を襲おうとしていた。半裸になっている女性と襲おうとしていた男性は、突然の乱入に驚き視線を二人に向ける。
「また襲うとするなんて、いい度胸ね」
「お前!」
しかも、その男性には見覚えがあった。マスターとギャラルが初めて会ったあの日の、奏官だった。
「またあんたらかよ」
「そうね。ほんと奇遇ね」
お互いに敵対心バチバチ睨み合いになる。その隙に女性は駆け出してマスターの元までやってくる。
「あー………ったく。萎えた。あとは好きにしろ」
奏官はそう言ってから女性の服を放り投げて、警戒する三人の側を通って何処か行ってしまった。
それから女性も礼を言ってから早足で去っていった。一件落着して、ほっと一息付いてからギャラルは少しだけ考えた。
……女性が何をされそうになっていたか。いや、それは見れば分かる話だったし、改めて考え直す必要もないことだった。ただ、もし気づくのが遅れたりそもそも気づかなかったらと、少しだけ考えてしまったのだ。
そして、ボフッと音がなりそうな勢いで顔を赤くした。
それと同時にマスターはマスターで別のことを考えていた。ギャラルをカッコよかったなと感じていたのだ。多分自分だけだったら、またあいつに何をされていたのか分からないし、頼りになる。いやそもそも気が付いたのだってギャラルだ。
そんなことを考えていたからこそ、変なことを考えで真っ赤になっているギャラルには気が付かなかったのだが。
特にどちらが言うでもなく、自然とデートを再開しようとしていた二人だったが、ギャラルの視線があるものに奪われた。
また何かあったのかとマスターも目線を追ってみると、そこにはショーウィンドウに飾られた真っ白なドレスがあった。
「……」
「もしかしてアレ着たい?」
「……何でもないわ。綺麗なドレスだなって思っただけよ」
それからはいつも通りのいちゃいちゃして、いつも通りそれ以上は発展することもなく帰宅して。いつも通りの一日を終えた。
ただ、いつも通りではなくなったのはその翌日だった。
「ギャラルも働いてみるわ」
「あー……」
突然のことに、驚き半分納得半分な感じでマスターが固まる。
確かにマスターのバイト代で何とかやりくりしてるので、贅沢は全くできていない。服だってあれこれ試着してるのはいいのだが、買ったのだって片手で数えられる程度。食事もギャラルが工夫していくれているものの、食材自体は安いものを選んでいる。
なので働くという気持ちは分かるものの、随分突然だなというのが素直な感想。
「駄目?」
「いや、僕はギャラルの好きにしてくれてもいいと思うけど」
「けど?」
「何で突然」
「んー………内緒!」
にひひと笑われたら、それ以上追及する気持ちも湧いてこない。
幸いギャラルのことを詳しく知っている人は少なく、バイト先は見つかった。なぜか力仕事だったが、折角キル姫なんだし力仕事手伝った方がいいでしょ?というのはギャラルの言葉。
しかも、よほど稼ぎたいのかしばらくはバイト尽くしだった。デートも減り、食事も作る時間が減ったのか少し簡素に。何だかんだ仲良くしてきたが、一応は同棲はしていても恋人なんかじゃないし、奏官とキル姫であっても実際はマスターではない。
それでも、寂しいと思ってしまうのは悪いことだろうか。そう考えてから、自分でも知らぬ間にギャラルへ一目惚れ以上の感情を抱いていることに気が付いたのだった。