Episode1
黒い一閃が、地面を引き裂いた。規格外の威力のせいで崩れていく地面に巻き込まれ彼は落ちていった。
「マスター!」
ロンギヌスが勢いよくマスターの元へ跳んでいく。その崩落を引き起こした張本人、黒のロンギヌスはその光景を冷ややかに見つめていた。
ブラックキラーズと呼ばれるキル姫が現れたのは、つい最近のことだった。黒奏官なる人物と共に現れた7人の黒のキル姫達、その中の一人である黒のロンギヌスと一人の奏官とロンギヌスが対峙していたのだ。
しかし一介のロンギヌスでしかない彼女では黒のロンギヌスを倒すことは出来ず、むしろピンチに陥っていた。
頭に痛みが走る。ゆっくりと彼、ロンギヌスのマスターは立ち上がる。
「ここは……?」
どうやら頭を切ったようで血が垂れているが、幸い傷は浅いようで大量に出血しているという程ではない。
マスターが最後に見た光景は、ロンギヌスが飛び降りた姿だった。それならロンギヌスも近くにいる筈だと考え、頭の痛みを堪えながら歩き始める。
確か、ラグナロク教会の近くだった筈だが、見た限りかなり広い。地下にこんな空間があったのかと驚きながら歩みを進める。
探していた相手を見つけるのはそこまで士官がかからなかった。しかし、それは想定外の光景でもあった。黒のロンギヌスが、壁にもたれかかっているロンギヌスの首へと槍を突き付けていた。
「ロンギヌス!」
「!?」
マスターは無我夢中で走り、黒のロンギヌスへとタックルを入れた。まさかの抵抗に黒のロンギヌスは驚き対応できず少し距離を離されたが、まあそれだけだった。奏官の力でキル姫をどうこうなど出来はしない。
それでもマスターは二人の間に立ち、両手を広げ庇うように立った。
「ロンギヌスに手を出すな!」
「………」
呆気に取られる黒のロンギヌスだったが、それから視線は軽蔑のものに変わっていった。
黒のロンギヌスは呆れていた。たかが奏官がキル姫を庇うことに。ただそれ以上に、ロンギヌスが奏官に庇われ、それを受け入れているという事実に軽蔑を覚えていた。
マスターに遮られ、黒のロンギヌスはロンギヌスの顔を伺うことは出来なかった。二人の視線だけがしばらく交差し、それからゆっくりと槍を下ろした。
この二人を殺すことは簡単だ。しかし、それ以上に利用価値がある。理由は分からないが、この弱虫のロンギヌスと、勇気と無謀を履き違えた奏官を見ていると、僅かながら嫉妬の感情が湧いてくる。
嫉妬の罪業を背負っている彼女は、その感情を強さへと変えることが出来る。どうせ殺すのは簡単だし、利用するだけ利用する。特におかしな判断ではない。
「エンヴィです。黒のロンギヌスでは呼び辛いでしょう」
「……ありがとう。でも、どうしてだ?」
「気分、とだけ言っておきます」
エンヴィは見ていたお陰で知っている。ロンギヌスがマスターを庇ったお陰でマスターが軽症で済んだという事実を。それと同時に、自分との戦闘でだいぶ傷ついていた所でそんな無茶をしたから、かなり傷ついていることに。
マスターが少しだけ警戒を解いて、手を下ろす。それからエンヴィは服から適当な包帯を取り出した。
「ロンギヌス、これくらい我慢出来ますよね?」
「………」
マスターと違い、ロンギヌスは全く警戒を解いていなかった。しかし槍を落としてしまった彼女は完全に無防備である。しかも右腕を負傷しているので、どちらにしてもまともに槍を振るうことは出来ないだろうが。
そんな右腕にエンヴィは無理矢理包帯をキツめに巻き付け止血する。
「ありがとう、ございます」
「……無理して礼など言わなくていいですよ」
口だけの謝辞に、エンヴィもキツく睨み返す。つい先程まで槍を交えていた相手を信用しろと言われてもそう簡単には出来ないだろうし、仮にしたとしてもエンヴィには全く善意はない。
「エンヴィ、ロンギヌス。とりあえずここから出よう。二人なら跳べるか?」
二人は空を見上げる。確かに飛ぼうと思えば脱出できる広さだが、それだとマスターを置いていくことになるのではないかとエンヴィは考える。先程の行動といい、随分と自己犠牲が好きな馬鹿なのかと考える。
「マスターを置いていけません」
「いや、そうじゃないよ。二人なら俺を持って跳べないか?」
「………」
なるほど、まあ出来るだろう。しかしそれならそれで、この男は相当な馬鹿だろう。何故そうも簡単に自分のことを信用出来るのかが分からない。
「マスター、その。あまりこのキル姫を信用しない方がいいと思います」
「……俺は信じるよ。彼女がその気なら俺達はもう生きていないんだ。例え気まぐれでも、今だけは助けてくれるって信じる」
何故そうも簡単に他人を信用するのか。分からない、全く分からない。
「まあ、そちらがそれでいいのなら、私は構いませんよ」
「マスターが信じるのなら、私も信じます」
ロンギヌスの言葉に、エンヴィは目を丸くする。随分とこのロンギヌスは、マスターのことを信用している。そしてマスターも、そうなのだろう。
互いに強い信頼で結ばれている。……先程感じた妬ましさの限界はこれだろうか。正解のような、そうでもないようなもやもや。もう少し付き合った方がいいだろう。
二人でマスターを支え、全力で跳んだ。流石に成人男性の体重込みで跳ぶのは少し重いが、まあ出来ないことはなかった。崩落した穴から出てきた三人は、辺りが静かになっていることに気が付く。
「……弱虫ばかりですね」
自分とロンギヌスの戦闘を見て、みんな逃げ出したのだ。バカバカしい。
「エンヴィ、君はどうするんだ。黒奏官の元に帰るのか?」
「いえ、貴方がたに着いて行こうと思います。拒否権はありませんよ」
マスターに槍を突き付ける。しかしマスターは特に焦った様子もなく了承した。
マスターは最初に、エンヴィを着替えさせた。ブラックキラーズだと分かれば周りの混乱を引き起こすだけだろう。せめて、パッと見でそうだとは思わないような格好の方がいいだろうと、白のワンピースを選んだ。
「似合ってるぞ」
「………これは」
姿見に映る自分の姿を見る。まあ、黒とは対極の白を選んだのはまあまだ分からないことはない。ワンピースにする必要はあったのか分からないが、まあたまたまそれだったのだろうと無理矢理納得させる。
しかしだ、どう見ても無駄にお洒落をしている。しかもなんだ、似合うって。いつも通りの半目で自分を睨む。
「む、私にも服を買ってください」
「ああ、勿論だ。だいぶボロボロになってるしな」
……まあ、特におかしくない会話だとエンヴィは考える。しかし、マスターとロンギヌスを見ていて、再び嫉妬心が芽生えてることに気が付いた。
何だ。自分は一体何に嫉妬しているんだ。
その日は適当な宿に泊まった。マスターの采配で、何 故 か ロンギヌスと二人で同じ部屋にいた。
「………」
「………」
じぃと睨み合う。ロンギヌスは、何だかんだ自分のことを信用していない。ただ彼女は、マスターを信じている。
馬鹿馬鹿しい。キル姫は武器であり、道具だ。それなのに信用するしないを自分で判断している。野良のキル姫ならいざ知らず、マスターという鞘に納まっているのに。
「何故、貴女はあのマスターを信用するのですか?」
「………マスターは、私を槍としてではなく、人として見てくれましたから」
何だ、それは。確かにロンギヌスというキル姫は、強大な力とは見合わない否好戦的な性格の個体が大半であり、力だけが目安の相手を好まないというのも分かるが。
「それより、エンヴィさんはどうして黒奏官なんかに従うのですか。どうして私達のことを見逃したのですか」
「質問が多いですね」
「駄目ですか?」
「まあいいですが」
前者に関しては、そもそも正しくない。黒奏官に従っているというよりかは、黒奏官に命じている神に従っているというか。そもそも従っているというより、好き勝手やれと言われたから好き勝手やってるだけだ。
そして後者は、嫉妬の感情を利用出来そうだというだけ。大したことではない。
その二つの理由を、わざわざ隠すことでもないとエンヴィは素直に話した。
「……嫉妬、ですか?」
「ええ」
「そう、ですか」
何とも居心地の悪い空気が流れる。しかし、ロンギヌスは少しだけ笑っていた。何がそんなに面白いのか。まさか、ロンギヌスはこの嫉妬の理由に気が付いているのか。
マスターからもらったワンピースを着たまま転がる。そんなエンヴィを、ロンギヌスは複雑な表情で見つめていた。