噂の荒川さん
その学校には、ある噂があった。
それは趣味の悪い、いかがわしい噂。
とある下級生が金を払えば誰でもヤらせてくれるらしい。先生にさえヤらせたらしい。それは男子女子問わないらしい。いや違う、ヤらせるのではなく喰うらしい。学校外でも喰っているらしい。しかも格安らしい。
……らしい。らしい、ばかりで何の確証も無かった。
だが鈴はそれを確かめるため、ある下級生のクラスへと訪れていた。
校則違反にならない程度に茶色に染まったショートボブの三年生。放課後という理由からなのかスカート丈は短く、健康的な脚が眩しく曝け出されている。
ブレザーを押し上げているその胸部は女の子らしい膨らみがあり、全体的にバランスの良い、正にスタイルの良い肉体というのが見て取れる。
鈴は受験生らしく勉強に追われる日々を送っていたが、息抜きの時間くらいは当然ある。
そんな中、友人達と遊んでいる時にたまたまその噂の話になった。
ただの話の種の一つだった。笑い話で終わる筈だった。
だが、話し込んでいる内に彼女達は一つの可能性に思い至る。
イジメられているのではないか、と。
首を突っ込んだら面倒臭い事になる。だからこの話は終わり。
……で済めば良かったのだが、一度その可能性を思いついてしまってから彼女達の口は重くなるばかり。
善良な彼女達は結局無かった事には出来なかった。
だが、どうすればいいのかが分からない。そもそもイジメだと確定したわけではない。ただ、その可能性があるからには動かないというのも居心地が悪い。
だから鈴は立ち上がった。善良な彼女は、見過ごせなかった。
「荒川さん、だよね?」
「はい、荒川です。えっと……」
「あ、ごめん。三年の生居」
「生居先輩」
件の下級生、
濡羽色の美しいミドルヘアーの二年生。その姿は校則にきっちり従っており、スカート丈が他の女子生徒に比べ長いせいで少々地味に見え、その影響か周囲から若干浮いた印象を持つ。
しかしブレザー越しでも分かる程に胸が大きく、地味なのに人目を引くというアンバランスな肉体の持ち主だった。
「どのような御用件でしょうか?」
「あーっと、その……」
思わず、言葉が濁った。
要件はある。君はいかがわしい事をしていますか? イジメられていますか? と聞く要件が。
だが、よく考えれば……考えずとも分かるが……本人にそれを聞くというのは非常にハードルが高い。
それに加え、鈴から見た彩芽の印象はおとなしそう、というもので、この子が噂のような事をしているとは到底思えなかった。
そのため、彼女はイジメられている方なのではないか、と思い始める。
「先輩?」
首を傾げる彩芽。その姿は可愛らしく、ますます疑念を抱く鈴。
「えと……何か困り事ですか?」
だが呼び止めておいて何も切り出さない上級生に疑問を抱くのも当然。
鈴は焦った。内心冷や汗をかいていた。
『本当か知らないけど、キーワードがあるんだって』
そんな中、ふと友人達の言葉を思い出す。
「あの、さ……」
「はい」
「……
その瞬間、ぴくり、と彩芽の眉が僅かに動いた。
だが目線を逸らしていた鈴はそれに気付かない。
「はい、大丈夫ですよ。今からで大丈夫ですか?」
「う、うん……」
「はい。では、行きましょう」
――――――
「どうぞ、お入りください」
「お、お邪魔しまーす……」
鈴は、どうしてこうなった、と非常にテンパっていた。
彩芽に連れてこられたのは部室棟の外れにある部屋。倉庫と化している空き部屋が幾つか続いた先にある一番奥の部屋。
そこには、
「先輩は初めて、ですよね?」
「う、うん……」
彩芽から問い掛けられるも、鈴はそれどころではなかった。
噂は本当だった、この部屋はどう見てもソレ用の部屋、こんな子が、おとなしそうな顔がやる事やっている、自分は経験が無いのに、違うそうじゃない。
本当にテンパっていた。
「どなたからの紹介ですか?」
「え、紹介?」
が、思いもよらぬ質問で現実に帰ってこれた。
「……?」
「……?」
が、質問の意図が分からない。
「えと、私は噂を確かめに……」
「……待ってください」
本来の目的を素直に口走った鈴であったが、その途端、彩芽の表情が曇った。
「……噂?」
「え、あ、うん」
「……誰かの紹介、ではなく?」
「うん……」
事実を話している。話している筈なのに、これは良くない流れなのだと鈴は本能的に悟る。
「…………困りました」
しかし、彩芽がへにょり、と本当に困っているかのような表情になり、重苦しい空気は霧散した。
「先輩。どのような噂だったのですか?」
「え、その……」
「大丈夫ですから、そのまま仰ってください」
「……誰でもヤらせてくれるサセ子だって」
「想像以上にひどい」
今度は呆れたような表情になった。表情豊かな子である。
「だ、だよね! 荒川さんやっぱりイジメられて」
「イジメ?」
「……ない、の?」
こんな子がいかがわしい事をする筈がない、誰かにイジメられて強要されているに決まっている。
……そう思う鈴であったが、彩芽はキョトンとしている。
「えっと、え?」
「……あぁなるほど。その噂ならそう思われても仕方がないかもしれませんね」
だが、その想像以上にひどい噂の内容から、彩芽は鈴の言うイジメというものに思い至る。
「違う、の……?」
「えぇ、違います」
故に断言した。イジメなどではない、と。
その表情は真摯なもので、嘘をついていない、隠していない、というのが不思議と伝わってくるものだった。
「先輩」
「は、はい」
「どうせなので、少し説明しますね?」
「う、うん」
――――――
ベッドの端に腰掛けた鈴。彩芽はその目の前にホワイトボードをカラカラと引いてきた。
「まず最初に否定しておきますが、私はイジメられているわけでも、誰とでもシているわけではありません」
「そ、そうなんだ」
イジメじゃないのは良かった。だがコレは、この部屋は、このベッドはどういう事なのだ、どうしてこうなった、と鈴は混乱していた。
……ので、興味本位で拝聴する事にした。
「女の子限定なんですよ」
「女の子だけ……?」
が、意味の分からない言葉が続けられる。
「はい。私のお客様は女の子だけなんです」
「お客様……」
そこまでは噂になっていないんですね、と呟く彩芽。
「んー……はっきり言ってしまいましょう。ここは女の子限定の性欲処理室なんです」
「せいよくしょり」
が、鈴は理解できなかった。
「はい。自分だけではどうにもならない、けれど恋人がいるわけでもない、恋人がいるけれど満たされない。そんな女の子達の性欲を発散させてあげるのが、ここなんです」
「……どゆこと?」
未だ理解が追いつかない鈴をよそに、彩芽はホワイトボードに文字を書き始める。
「どういうものがあるかといいますと……」
・ソフトコース
・ねっとりコース
・開発コース
・ハードコース
・逆転コース
「という感じです」
「……いや、何がなにやら」
「……まぁ、何も知らずに来たのならそうなりますよね」
次々と叩きつけられる情報に混乱する鈴を見て彩芽は苦笑した。
「平たく言いますと」
「う、うん」
「えっちするんです」
「…………うぇっ⁉︎」
が、ようやく理解が追いついた。
「えっちって! あの、やらしい感じの⁉︎」
「はい。ねちょねちょする感じのです」
「ねちょっ⁉︎」
最初からそう言えば良かった、とこぼす彩芽であったが、鈴はそれどころではない。
「お、女の子限定って言ったよね⁉︎」
「はい、言いました」
「レズって事⁉︎」
女の子限定で、性欲処理で、しかも各種コースまで充実してて、つまりレズ。
「んー、そういうわけではないのですが……」
が、やんわりとそれは否定された。
「ど、どゆこと……」
「少し話が逸れますが、先輩もオナニーしますよね?」
「オナっ⁉︎」
無論している。毎日している。
「女の子だって性欲はありますよね?」
「んなっ⁉︎」
無論ある。すごく強い。
「ですが、自分だけでは満足出来ない、という事はないですか?」
「んぇっ⁉︎」
無論、というわけでもないが、鈴の場合は、あった。
……鈴という少女は性欲が強く、毎日しても物足りないと思ってしまうほどの欲望を抱えているものの、それを表に出さないよう必死に隠してきた。
それ故に、この下級生の言う事は正に自分の事を指し示しているのではないか、と内心非常に驚き焦り、冷や汗が止まらない。
鈴が再度テンパっている中、彩芽の説明は続く。
「そういう方のために、ここはあるんです。風俗みたいなものですね」
「風俗……レズ風俗?」
「……まぁ、確かに似たようなものですが」
厳密には違うんですよ、と苦笑気味に続けられた。
「え、実際レズとどう違うの?」
「私は別に女の子に対して恋をするわけではない、という事でしょうか」
「んんんんん?」
女子に対して恋をしない。けれどしている事は女子に対するえっち。
それだけ聞くとレズとしか思えなかったが、彩芽としては違うらしい。
「女の子達の性欲を発散させてあげている、というだけです」
「だけって……」
ノーマルな鈴は若干引いた。引いてしまったのだが、
「……ちなみにさ」
「はい」
「……そのコースって、どんななの?」
つい、正面に書かれた五つのコースに興味を持ってしまった。
「ソフトコースは文字通りソフトなコースです」
「……ソフトレズ?」
「違、いやもういっか……ま、まぁそんな感じで、女の子に満足するまで優しく気持ちよくなってもらうコースです」
満足するまで、優しく、気持ちよく。その言葉に思わず赤面してしまう鈴。
「荒川さんが、その、スるって事、だよね」
「はい。私が皆さんにシてさしあげてます」
想像がつかない。こんなおとなしい子……よく見れば美少女……がそんな事をしている姿が全く想像ができなかった。
「じ、じゃあねっとりコースは……」
故に、より知るために、好奇心を満たすために先を促した。
「ソフトコースは主に
「うぇっ⁉︎ ……う、うん」
いきなりの直接的な表現に鈴は思わず動揺した。
……が、気になって拝聴の体勢をとる。
「ねっとりコースは全身をねっとりねちょねちょと癒してさしあげてます」
「ねっとりねちょねちょ……」
鈴の脳内は一気にピンク色に染まった。全身を、という事は胸から、乳首から、クリトリスから、おまんこから、全てされてしまう、という事なのだろうか。
いや、ねちょねちょ、という事は指だけではなく、舐められたりしゃぶられたり、キスとか、
「生居先輩?」
「はいっ! 大丈夫です!」
なにも大丈夫ではなかった。
「では次の開発コースですが」
「ごくり」
故に前のめりで聞く事にした。
「オナニーの仕方が分からない。もっと気持ちよくなりたい。そういう方向けのコースになります」
「うん?」
「いわゆる性感帯を開発してさしあげる感じですね」
「あーなるほど」
鈴は普段は主にクリトリスでオナニーしているが、何度かおまんこの中を弄った事もある。だがGスポットやポルチオといった膣内の快感はどうにもしっくり来ず、結局分かりやすいクリトリスオナニーに落ち着いた、という経歴がある。
そのため、そういった場所を気持ちよくするためのコースなのだろうと結論付けた。
「……ハードコースっていうのは」
「文字通りハードなコースです」
「ごくり」
もう興味津々である。
「ソフトコースと同じくあそこを重点的に気持ちよくしてさしあげるのは変わらないのですが」
「う、うん」
「ソフトが満足したら終わり、に対して、ハードは終わりません」
「終わらない……?」
イったら終わり、そういうものではないかと思う鈴であったが、
「はい。イこうが、泣こうが、喚こうが、何をしようが、とにかく永遠に気持ちよくなっていただくためのコースです」
「なっ……」
想像を絶するプレイ内容で、若干興奮していたものがサァーっと引いていった。
「終了条件は規定時間の経過、それだけです」
「……あ、そうなんだ。時間って決めれるの?」
「はい。皆様に決めていただいてます」
が、それならば平気だろうと安心した。どうせ三十分や一時間程度など、そんなもの余裕に決まっている。
ちょっと性欲の強い子向けなんだな、と自分を棚に上げてそう結論付けた。だからまずはソフトコースかな、と。
……鈴は気付いていない。
もう既に目的を果たしているというのに、自分ならばコレ、と考えてしまっている事に。
「じゃあ最後の逆転コースってのは?」
「それなんですが……」
と、そこで彩芽は頭を抱えた。
ここまでずっとアレな事を話していた筈なのに、それでも頭を抱えるのはどんな内容なのかと鈴は身構える。
「最近出来たコースで……」
「う、うん」
「私が気持ちよくさせられるコースです……」
「え、なにそれ」
なんでも、ここの利用者の中には彩芽を啼かせてみたい、彩芽で攻めの練習をしたい、彩芽にえっちなお返しをしたい、という層がいるらしい。
「このコースは苦手なんです……」
「そうなの?」
「はい……いつもと立場が逆転するのがどうも、こう……」
私が気持ちよくしてさしあげたいのに……と続ける彩芽。
レズにはレズなりの悩みがあるのだな、と鈴は心の中で呟いた。もはや彩芽はレズ認定されている。
「……まぁ、コースの説明はこんな感じで、料金が……」
「あ、お金かかるんだ」
「そうなんです。無償でやっていたのですが、お金を取るべきだ、と諭されてしまいまして……」
「はぁ、そうなんだ」
「そうなんです。なので料金が……こんな感じです」
各種コースの横に金額が記されていく。
「……風俗ってよく分かんないんだけどさ」
「はい」
「これってだいぶ安いんじゃないの?」
そこに記されたのは鈴のお小遣いでも十分払える金額。
特に安いのはソフトコース。それは今すぐ支払ったとしても余裕があるほどの安さであった。
……何故か逆転コースはかなり高めだが、彩芽が乗り気ではないというのが理由かもしれない。
「私は皆様の役に立ちたい、というだけですからね」
「……えっちな事でも?」
「えぇ、えっちな事だとしても」
お金のためじゃないので、雑用等もいつでも仰ってください、と続ける彩芽。
「メイドさんみたいにご奉仕したい、って事なの?」
「メイドに妙なイメージを持たれている気もしますが……そうですね。そうなります」
「ふむ」
今まで何故このような事をしているのか疑問であったが、その説明にようやく合点がいく。……合点がいくには微妙な気もするが、奉仕精神が天元突破しちゃったんだな、と鈴は納得した。
「それで、どうされます?」
「え、どうって?」
説明はこれで全部終わり、とばかりに話を振られてキョトンとする鈴。
「ご利用されますか?」
「ご利用って……うぇっ⁉︎」
そして何を言っているのかに思い至り、動転した。
「自分で言うのもなんですが、けっこう上手いらしいですよ?」
「け、けっこう上手い……?」
「えぇ、皆様にたいへんご満足していただいてます」
だが、その言葉で、つい想像してしまった。
「あそこをくちゅくちゅしてさしあげると、皆様気持ちよさそうにされて」
自分がされてしまう事を、想像してしまった。
「オナニーとは違い、私からされるのはまた格別に気持ちいいそうでして」
格別に、気持ちいい。
「どこか物足りなかったものが満たされ、どこか切なかったものが解消され」
「そうですね。欲求不満というものが無くなるそうです」
身体が疼いて、
「ちなみに初回はお金をいただいておりません」
今なら、それが無料で解消される。
この下級生に。
このおとなしそうな子に。
でも経験豊富なこの子に。
皆を気持ちよくしてきたという実績がある子に。
何のしがらみも無く。
何の恋愛感情も無く。
何の後腐れも無く。
「どうされますか?」
ただ、気持ちよくなる為だけに、気持ちよくなれる。
「……あの、さ」
「はい。なんでしょうか」
初めは正義感だった。
それが好奇心へと変わり、いつの間にか、興味を持ってしまっていた。
「こういうのって、みんな、してるの?」
だから、聞いた。
「皆、というと語弊がありますが……」
だから、その答えを知りたかった。
「少なくともクラスの子達はだいたいお世話した事があります」
一クラスの大半の女子が、この子のお世話になっている。
「下級生の子も、上級生の方も、一部の先生もご利用された事がありますね」
この子に、いろんな子がお世話になっている。
「……あの、さ」
だから、自分だけじゃない。皆していること。
だから、自分が利用したとしても、特別変というわけではない。
しかも、実際に性の悩みがあるのだから、利用する正当な理由がある。
しかも、今なら無料。
それに、何のしがらみも無い。
それに、何の恋愛感情も無い。
それに、何の後腐れも無い。
「誰かに、言ったり、しない?」
「言いません。決して」
これは興味本位じゃない。
ちゃんとした性の相談。
この溢れ返りそうな性欲を処理してもらうだけ。
だから鈴は、顔を真っ赤に染めながら、ぽそり、と呟いた。
「……じゃあ、その、ソフトコース、で」