皆の荒川さん
奏はウキウキしていた。
髪は綺麗に整えた。メイクもバッチリ。勝負下着もオッケー。爪は短く切った上に磨きまくった。
準備は万全。何も抜かりはない。
「奏、何か良い事あったの?」
「いや? これから良い事があんの」
「へー、なになに?」
「内緒」
気持ち程度に茶色に染めたロングヘアーを持つ彩芽の同級生。
ほんの少し吊り上がり気味の目尻が本人の気質を表しているかのようだが、一番に目が引かれるのは下半身のスタイル。脚が長く美しいのは勿論だが、何よりもヒップラインが美しいというのがスカート越しであろうとも一目瞭然だった。
上半身に関しても同様に美しいラインを描いているのだが、ブレザーを押しあげているその胸部はわりと標準的の様子。
昼休み。
奏がクラスの友人と他愛もない話をしている一方、特に人が集まっている区画があった。
「荒川さーん。おかず交換しよー?」
「良いですよ。はい、どうぞ」
「荒川さん。これ食べてー」
「美味しいですっ。どうやって作ったんですか?」
「荒川さーん……ここ教えてー……」
「えっと、これはですね……」
「荒川さん! 宿題写させて!」
「ダメです。ちゃんと自分でやりましょう」
「ごめん荒川さんいるー? 教科書貸してー」
「はい。良いですよ」
「荒川さんっ、今日空いて、ないよね、うん」
「ごめんなさい」
大人気だった。
「……荒川さん凄いよね」
「まぁそりゃ、ね」
クラスの女子達は皆が皆、彩芽に対して好意を抱いている。穏やかな人柄は確かに人を惹きつけるものがあった。
……まぁそれ以上に惹きつけられるものがあるのだが。
即ち例の部屋のアレ。
クラスの女子の過半数、いや大半、いや殆ど、いや全員に近い人数が彩芽の指に一度はお世話になっている。
最初がどうやって始まったのかは誰も知らない。気付いた頃には彩芽のお手伝いは広まっていた。
「……あ、もしかして今日、奏の番?」
「さぁどうでしょうね」
「うわその言い方絶対そうじゃん」
「まぁね。あんたは昨日だったんでしょ?」
「うぇへへ」
なお、彩芽のお手伝いに関して男子は何も知らない。精々が何でも引き受けてくれる良い子、程度の認識。あと地味めなのにおっぱいが大きいとも。
それ故、密かに男子からの人気も高かったのだが、いつも誰かしら他の女子が一緒なために、なかなか接点を持つ事が出来ない。放課後に部室棟で見掛けるという噂はあったものの、実際にそこで会って話したという者はおらず、それ故に男子にとって彩芽はある種の聖域扱いになっていた。
「あーあ。いーなー」
「何がよ」
賑やかなクラスの中、奏の友人はボヤく。
「毎日されたーい」
「何言ってんの……」
無論彩芽に毎日されたいのである。
そう望んでいる女子は少なくない。思春期の女の子達の性欲はそこそこ強いのである。
「あわよくばシたーい」
「シたい、って?」
「……逆のアレ」
だがそのボヤキの毛色は少し違った。
「たっかいじゃんアレ」
「まぁ高いわね」
「でも荒川さんをお手伝いしたいじゃん」
「まぁ分かる」
逆転コースは著しく高い。
彩芽を合法的に性的に襲いたいと考える女子は一定数いるのだが、ハードルが高過ぎて、それをシた事がある、というのは聞いた事が無かった。
「バイトでもしないと無理だよあんなん……」
「すればいいじゃん」
「親から禁止されてんの」
「なんでまた」
「それより勉強しろって」
「うーわ、ありがち」
金さえあればアレをするものを、続ける友人。
そんな彼女は恨めしげに奏を見る。
「奏はいいーよねーバイトしまくりじゃん」
「まぁね。大変だけど」
奏という少女は部活動には入っていない代わりに、私生活の殆どの時間をアルバイトに費やしていた。
「稼いだ分何に使ってんの? あっまさか……」
「違うわよ」
故に、誰もが抱きそうな純粋な疑問と疑念をぶつけるも否定される。
「内緒」
そう言って奏は、箸を掴んでいる整えられた指先に目を落とし、お弁当に向き直った。
――――――
放課後。例の部屋。
奏は仁王立ちで彩芽と向き合っていた。
「今日はどうされますか?」
「逆転コースで」
「ソフトコースですね?」
「逆転コースで」
「ねっとりコース、ですか?」
「逆転コースで」
「開発……どこを開発しましょう?」
「逆転コースで」
「おうちコースですねっ!」
「荒川さん」
「はい、なんでしょう」
「どんだけイヤなのよ……」
「だってぇ……」
奏は彩芽に対し、呆れた目線を送った。
「苦手なんですもん……」
「だったらコース作んなきゃよかったじゃない……」
「ですが皆様が……」
「あーはいはい」
「うぅ」
涙目である。
ここを利用する者ならば、あまりのレアな表情にキュンと来てしまうところであったが、奏は慣れた様子で受け流す。
「荒川さんの皆の役に立ちたい、って気持ちは知ってるけどさぁ。嫌なものは嫌って言わなきゃ」
正論である。
「……良い、のでしょうか」
「そうよ良いのよ」
うんうん、と力強く頷く奏。
「一番このコース利用されてるの、黒瀬さんなんですけど」
「あーうんダメねー自分でコース作ったんなら責任取んないとねー」
奏の手の平は容易く回った。
「じゃ、今日も逆転ぐちょぐちょコースね?」
「他のにしましょう」
にっこりと彩芽は微笑んだ。
「絶対あひんあひん言わせてやる」
が、誰もが言葉を無くすような笑顔に対しても奏は怯まない。
「お金、他の事に使いましょう? ね? ね?」
「充分有意義な事に使ってるわよ」
「有意義とはいったい……」
そう。いつもと逆の立場、彩芽を気持ちよくするこの逆転コースだけは高い。
他のコースはお小遣いレベルの金額なのに、このコースだけは高級風俗並の金額なのだ。
「そのために一生懸命バイトしてんだから」
「だったら尚更他のに使いましょうよ……」
「イヤ」
「えぇぇ……」
汗水垂らして働いた先にあるものが逆転コースによる散財。その現実に彩芽の良心が痛む。頼むから他の事に使ってほしいと心から思う。
が、通じない。
「だ、だって黒瀬さんが気持ちよくなるわけではないじゃないですかぁ……」
そうなのである。
逆転コースとは即ち彩芽をあひんあひん言わせるコースなのである。それ故に攻め手、奏の方は基本的に愛撫される事は無い。
「何言ってんの最後に貝合わ」
「わーわーわーわーわー!」
無いのだが、最終的に気持ちよくなるらしい。
具体的なプレイ内容を口に出しかける奏を彩芽は遮る。普段あれだけの事をしているのに、恥ずかしくて仕方ないとばかりに奏の口を覆う。
「荒川さんさぁ」
「……なんでしょう」
「囁きオプション、あるじゃん」
「……はい」
「淫語、慣れてきたでしょ?」
「……はい」
「なんで逆転コースになるといきなり初心いのよ……」
最近は特にそのオプションを選ぶ者が多く、おまんこだのクリトリスだのそれなりに言っている。
「だ、だってぇ……」
「ええいその可愛い仕草やめろ犯すぞ」
「かわっ⁉︎」
なお本当に犯すのである。
「で? そこんとこどうなのよ」
淫語もそうだが、えっちな事自体も数をこなしている。この学校で一番経験があると言っても過言ではない。
が、逆転コースにするとなった瞬間、彩芽はこうなってしまう。
「……恥ずかしくて」
「今更ぁ?」
「……その、あの、愛される、わけじゃないですか」
「愛て。合ってるけど」
「……そう考えると、胸が、苦しくて」
「ほう?」
「……だから、とっても恥ずかしくなって」
自らの指同士を軽く絡め合わせてモジモジとする彩芽。
「あーだめ。だめです。もう犯します」
「きゃっ⁉︎」
なので奏はもう耐えられなかった。
「おおおおおちっ、落ち着きましょうっ⁉︎」
「いいや落ち着かない」
ベッドで彩芽を組み敷き、今すぐ捕食するかのように目を血走らせる奏。
「嫌なら嫌って言いなさいよマジで」
「嫌というか苦手なんです……」
「一緒よそんなの。……本当に嫌だったら、ちょっとは抵抗しなさいな」
だが、そう言って奏は捕まえている彩芽の手から力を抜く。
「……苦手というだけで、その……」
「……なによ」
今度はどんな言い訳が出てくるのか、と呆れながら言葉を待つ奏だったが、
「……嫌じゃ、ないんです……」
きゅっ、と指が絡み合わされた。
「…………」
「…………」
静寂が、訪れる。
防音効果に優れた室内は、内外の音を何も通さない。
「…………」
「…………」
指が、絡み合う。
至近距離で、視線が交差する。
「〜〜〜〜〜〜もうっ!」
「ひぅっ⁉︎」
突然、奏が猛った。
「犯してくださいって言ってるようなもんじゃない!」
「い、言ってません⁉︎」
「言ってるわよ! このドスケベ魔人!」
「ドスケベ魔人⁉︎」
「ぁぁぁぁもうもうもうもうもうっ!」
「おちっ、落ち着きましょうっ⁉︎」
「落ち着くかバーカ!」
「ばかぁっ⁉︎」
キレ始めた奏は止まらない。
彩芽は目をぐるぐるさせながら動揺しまくっていた。
「むっちゅぅぅぅっ!」
「んぅぅぅぅぅぅっ⁉︎」
そして、唐突に唇が捕食された。されたのがどちらなのかは言うまでもない。
「ちゅっ、はぁっ! ああもう荒川さんっ!」
「んぅっ、ぷぁっ! ははは、はいっ⁉︎」
乱暴な口吸いを経て、奏は宣言する。
「犯すわよ」