噂の荒川さん
小春には秘密があった。
「ねぇ小春ってさ、レズなんだよね?」
「ぶふぉあっ⁉︎」
割と公然の秘密だった。
「げほっ! げほっ⁉︎」
が、それはそれとして唐突に指摘されればそりゃ咽せるのである。
「な、なんですか先輩いきなり……!」
「いやちょっと気になる事があってさ」
アーチェリー部に所属している、ミディアムストレートヘアーのどこにでもいるような一年生。だが少々小柄な事もあり、周囲から小動物のように扱われる事が多く、先輩方にはたいそう可愛がられていた。
体型は標準的で極端に大きい小さい等もないが、年頃の少女らしい身体付きをしている。
が、そんな彼女は一部の者達にレズバレしている。しかしそれで邪険に扱われる事はなく、割とその性癖は皆に受け入れられていた。……着替えの時は少々警戒されるようだが。
放課後、部活の片付け作業中。重い射的台を二人で運んでいる最中の狼藉であった。落とさなかったのは偉いとしか言い様がない。
「……身体だけの関係なら喜んで?」
「大丈夫? 話飛びすぎじゃない?」
「いやだって、百合えっちが気になるって」
「言っとらんわ」
改めて小春はレズである。恋愛対象どころか性対象も女の子である。
その事で一時期悩んだりもした。普通ではない自分の感情に憎悪の感情さえ抱いた事もある。
だが今では落ち着いたもので、大学にでも行けば人脈が広がって彼女がワンチャン出来るかもしれない、と楽観的に構えられるようになっていた。
「彼女っているの?」
「年齢イコール彼女居ない歴ですが何か」
「うん、私が悪かった」
現実は非情である。
小学校や中学校よりは人が集まるといえど、所詮は地域に根付いた高校。なんらかの特待生がいるでもない普通の学校で、そんなお相手は見つかる筈もなかった。……まぁ見つかったところで付き合えるかどうかは別問題なのだが。
なのでわりと色々諦めていて、卒業後の大学生活に一縷の望みをかけていたのだ。
だが、今現在に問題が無いわけがない。
「じゃあさ、セックスした事無いんだ」
「ありませんねー。この間都会に遊びに行った時レズ風俗を利用しようとしたんですが、年齢制限でお断りされましたし」
「なにをやっとるんじゃ」
そう。性欲を持て余しているのである。レズセックスに憧れているのである。
小春とてオナニーはする。勿論オカズは女の子、画像から動画から妄想から何でもござれ。最近のトレンドはお姉さんに妖しく優しくえっちされる妄想である。
……だが、妄想を繰り返す度に性欲と憧れは増していく一方。
私もあんな事がしてみたい。ちゅっちゅねちょねちょしたい。華の女子高生、えっちな事に興味津々なお年頃である小春にとって、今したい事ナンバーワンが百合えっちなのである。
ちなみにレズ風俗を利用しようとした時は年齢を誤魔化したのだが、あっさりとバレてお断りされてしまった。大きくなったらまた来てね、と優しく諭された。それはそれでイイ体験だったので、その日の夜の妄想オナニーは色々と捗ったとかなんとか。
という訳で、合法的にえっちなお姉さんとアレコレ出来るようになるまで、あと最低でも三年は我慢しなければならないのだ。性欲と憧れはマシマシなのだ。
「ま、まぁいいや。小春、良い人紹介してあげ」
「詳しく」
なので食い気味で飛びついた。
「先輩先輩先輩。その人レズなんですかレズなんですよね? 今の話の流れから察するにすぐサせてくれそうな優しいえっちな人なんですよね? そうと言ってください冗談じゃすみませんよもし嘘だって言ったら先輩の事を性的に襲いますからね?」
「怖いわ」
必死である。
「お、落ち着きなさいな。とりあえず片付け終わらせ」
「さぁ先輩! ちょっぱやで終わらせますよ!」
「お、おう」
必死なのである。
――――――
片付けが終わり、更衣室で小春は仁王立ちになっていた。
「さぁ上野先輩。襲いますよ」
「なんでじゃ」
良い話じゃなかったら問答無用で百合乱暴するという意味である。
「どうしよ。小春がそこまで必死だと逆に言いたくな、ちょ、待った、待った小春さん。私の上着に手を掛けるのやめて、捲ろうとしないでごめんなさい⁉︎」
冗談では済まないのである。
「さぁ先輩。次はありませんよ」
「なんだこの後輩……ま、まぁいいや」
そう言って、小春の一個上の先輩は改めて……距離を取りつつ……話し始めた。
「レズセックスしたいんだよね?」
「そりゃまぁ……え、まさかホントに先輩が」
「無いわ」
……小春はいつもこんなに食ってかかる訳ではない。割と大人しめの子である。が、目の前に餌をぶら下げられて黙っているほど草食系でもなかった。
「まずそのテンション落ち着かせな」
「無理です」
「落ち着いたらちゃんと話したげる」
「すごく落ち着きました」
「ほんとかよ……」
目が超ギラついていた。
「……まぁいいや。私のクラスの荒川さんって知ってる?」
「静かそうでおっぱい大きい人ですよね?」
「言い方。てか知ってんだ」
小春がこの高校に入学した直後にした事。それは全女子生徒の物色であった。
故に、外見的特徴と名前はあらかた網羅している。
「実は荒川先輩がレズなんですかっ」
「いや違うよ?」
「えぇぇ……」
「本人は、違うって言ってる」
「……んん?」
流れ的に荒川先輩はレズ、という話ではないのか。そう思う小春であったが、妙に含んだかのような口振りに首を傾げる。
「違うんだってさ。けどま、レズだと思う」
「どういうことなの……」
「……荒川さんの噂、全然知らない感じ?」
「え? えぇまぁ、全く……」
首を傾げる小春。知っている事など精々がおっぱいが大きい、くらいである。
「……なるほど」
「な、何がなるほどなんですか」
「よし小春。荒川さんのとこ行って、手伝ってほしい、って言ってきてみな?」
「うん……?」
続けられたのは意味の分からない言葉。
手伝ってもらうにしろ、何の事なのか全く分からない。レズの話と思えばそうではない、と思えばそうであるという意味の分からなさ。
「どういう事ですか?」
「まぁまぁ。騙されたと思って」
そして詳しく聞こうにもはぐらかされる。小春の頭の上には疑問符がたくさん浮かび上がっていた。
「じゃあね小春ー」
「あ、ちょ」
しかもこれで話は終わり、とばかりに上野は更衣室を去り、小春はポツンと一人残された。
「な、なんなの……」
――――――
次の日。
普段なら部活に精を出している時間なのだが、今日は違う。小春は件の先輩を探して上級生のクラスがある階へと足を運んでいた。
「……うぅ」
が、内心非常にきょどっていた。
なにせ上級生のクラス。知っている顔など部活の先輩達くらいしか居ない。故に、廊下を歩く二年生達が自分の事を不審な目で見てくるような気がしてならない。
そうして小春はおっかなびっくり歩を進め、そこへ辿り着いた。
「……あれ」
だがそこは無人の教室。誰か居ても不思議ではないのだが、件の荒川先輩どころか誰一人残っていない。
肩透かしだった。気合いを入れてここまで来たというのに無駄足という他なく、無意識に強張っていた肩から力が抜ける。
「誰かお探しですか?」
「ほわああっ⁉︎」
が、その瞬間後ろから声をかけられ、小春は跳び上がるほどにびっくりした。否、実際跳び上がった。
「あぁ、その、急にすみません」
「いいいいえいえいえこっちがすみませ、ん……?」
優しそうな声。
反射的に驚いてしまったもののそんな音色に振り向けば、そこには件の荒川先輩が、荒川彩芽の姿があった。
「荒川先輩……」
「……? はい、荒川です」
「あ、すみません。その、一年の山田小春です」
「山田さんですね。誰かお探しだったのですか?」
探し人は見つかった。貴女を探していました。そう言えばいいものを、突然の遭遇に頭が真っ白になってしまい、なかなか言葉が出て来ない。
「誰をお探しなのか仰っていただければ、力になれますよ?」
そう言って彩芽は微笑む。
下級生に対しても丁寧な口調。きっちりした制服姿に大きな胸。無条件で人に安心感を与えるような柔らかな雰囲気。
小春は彩芽を遠目に見た事はあれど、実際に話したのはこれが初めてである。
「先輩」
「はい、なんでしょう」
「お付き合いしてくださいっ!」
なので、そんな可憐な姿に一瞬でやられた。
「ごめんなさい」
なお一瞬でやられた。
「で、ですよね。い、いきなり何言ってんだろ私」
「ちょっとびっくりしました」
小春自身もよく分からない衝動に動かされてしまった結果だったが、そんな狼藉を彩芽はくすくす笑って許した。
初対面で付き合ってください宣言など、いわゆる告ハラにも程がある。しかも女同士という普通では無い状況。断られても当然。
だからという訳でもないが小春は逆に落ち着きを取り戻し、改めて彩芽と向き合う。
「あはは、ホントなんか、すみません急に」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
唐突に告白して振られた直後とは思えない空気。
……それはまるで、彩芽が女子から告白される事が多いかのような立ち振る舞いだったのだが、そんな事に小春は気付きもしなかった。
「それで、誰かお探しだったのですか?」
「あ、いや荒川先輩を探してたんですが……」
「私を?」
キョトン、とする彩芽。そんな表情に思わずキュンときた小春であったが、意を決してあの台詞を言う事にした。
「その、
その瞬間、彩芽の眉がピクリとうごく。
「あぁぁいきなり何言ってんだって感じですよね! 先輩からそう言ってこいって言われたんですけど、そもそも何を手伝ってもらうかもよく分かってないのに、いやホントなんかすみません!」
その表情に、何か不快な事を言ってしまったのかと思い、焦って早口になってしまう小春。
「……誰からそう言われたのですか?」
「え、あ……部活の先輩、荒川先輩と同じクラスの上野先輩、です」
「なるほど」
「う……?」
だが上野の名前を出した瞬間、少し怪訝だった表情が消えて柔らかな表情へと戻る。
「な、なんかすみません……?」
「あぁいえ大丈夫ですよ。上野さんの紹介なら何も問題ありません」
また変な噂経由かと思いました、と呟く彩芽。
「……山田さん。先程の反応からして、もしかして何も聞いていないのではないですか?」
「え? えと、はい。なんか、荒川先輩に手伝ってもらえばいんじゃね的な事を言われまして……」
「ふむ」
自分で言ってて何が何やらという気持ちでいっぱいな小春。
「ここで説明するわけにはいきませんし……んー」
そんな小春をよそに、彩芽は手帳を取り出して何かを確認し始めた。
「この日……だめ。この日、いや来月、うーん……」
「あ、あの、先輩……?」
「……山田さん、明日の放課後は空いてますか?」
「え、あ、はい」
「……仕方ない」
暫く唸りながら悩んでいた彩芽だったが、パタンと手帳を閉じた。かと思えば今度はスマホを取り出し、どこかへと連絡し始めた。
「……生居先輩。今お時間大丈夫ですか? ……はい、ありがとうございます。明日の件なのですがお願いがありまして……。ヤダってそんな、何も言ってませ……はい。あの、ご相談がですね? ……あの、せめて聞いてくださいお願いします。……単刀直入に申し上げますと、明日の予定をキャンセ」
『えええええええええええええええ‼︎』
「……う、埋め合わせをしますので、順番を譲っていただけないかなー、と……。は、はい。そ、そうですね。えっと……お休みの日に私の家で、とかどうで、早い。……ありがとうございます。では詳しくはまた後ほど」
そうして、彩芽は通話を切った。
「山田さん。明日の放課後なら大丈夫ですよ」
「……めっちゃ叫んでましたけどホントに大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫です」
某鈴が大丈夫じゃないだけである。何かしらの補填はあるようだが。
「……でもお手伝いってホント何なのか分からないんですけど」
「そうですよね……上野さんが説明してくれれば一番良かったんですが」
「何も言わずにただ行けと言われました」
「そうなんですよね……」
そう言って頭を抱える彩芽。
「むー……山田さん」
「あ、超今更ですけど出来れば小春って呼んでください。苗字あんま好きくないので。あと年下なんだから敬語もいらないですよ」
「これは癖のようなものなので……」
では小春ちゃんと。と前置いた上で彩芽は切り出す。
「騙されたと思って、明日部室棟の前まで来てください」
「え? あ、はい」
そうして彩芽は、予定があるのでこれで、と言って教室から去っていき、小春はポツンと一人残された。
「……え、また騙されんの?」
――――――
次の日。
小春は部室棟の前にいた。
昨日あの後、狐につままれたような心地で結局部活へと向かった小春であったが、今日こそ部活は休みにする事にしていた。
「小春ちゃん。お待たせしてしまいましたか?」
「あ、いえ。今来たところです」
まるで恋人同士の待ち合わせみたいだ、と小春は少しだけキュンとしたが、彩芽に連れられて部室棟へと入っていく。
運動部系の部屋を越え、文化部系の部屋を越え、奥へ奥へと進んでいく。
「……あれ、この奥って倉庫じゃ」
「そうですね。そういう事になっています」
不審に思う小春だったが、疑問を肯定されて更に疑問が深まる一方。
「……着きました。どうぞ」
辿り着いたのは小春が足を踏み入れた事もない最奥の部屋。
そこの扉が開かれ、中に誘われる。
「……んぇ?」
その部屋の中には、