「…………」
藤崎茜が目を覚ましたとき、その目に映り込んだのは、見慣れた自室の天井であった。
一瞬、先ほどまでの出来事は夢だったのだろうかと思いかけたが、その考えはすぐに否定される。
なぜなら、ベッドに横たわる茜の姿は未だにブラックキャットのスーツを装着した状態のままであったし、なにより視線をずらしたすぐそこには、関係が微妙なものとなって以来、一度として茜の部屋に踏み入ることの無かった男────泰村隼人の姿があったからだ。
「隼人さん……」
「起きたか、茜……」
二人の視線が交わる。
聞きたいことがあった。
言いたいことがあった。
だが、それをどうやって伝えるべきなのか。
二人は同時に同じ思いを抱き、そして先に口を開いたのは隼人の方であった。
「……話をしよう。俺が見せたあの姿について。そして、
「…………はい」
真剣な隼人の口調に、茜もまた、覚悟を決めて頷いた。
そして隼人は、自分の身に起きたことを語り始めた。
平穏な日々の終わり、拉致、改造、脱出、戦い……
その一つ一つを、茜は時に眉を顰め、時に唇を噛みしめながら聞き、気づけば、いつの間にか隼人の手を握りしめたまま涙を流していた。
怒りがあった、悔しさがあった。
自分の愛する人の身に突然の不幸が降りかかるのは、これで二度目なのだ。
しかも、その両方に悪の組織の存在が関わっている。
隼人の話が終わったとき、茜の覚悟もまた、決まっていた。
「……私の話を聞いて下さい。あの姿と、そして悪の組織との戦いについて……」
「……ああ、もちろんだ」
隼人は茜の手を握り返し、その話に耳を傾けた。
父の死、後悔、決意、偶然の出会い、そして戦いの始まり……
話を進める茜の手を強く握りしめながら、隼人の心は怒りに震えていた。
茜に年相応の少女らしい生活を送ることを許さなかった、悪の組織に対しては当然であるが、同時に一年もの間、自分が茜の孤独な戦いに気づいてやれなかったことに対しても、強い後悔と怒りを抱いていた。
だが、それを謝ることなど出来るわけが無い。
それは茜の覚悟に対する侮辱でしか無いからだ。
茜は自らの意志で戦うことを決め、自らの意志で隠すことを決めた。
そんな強い心をもつ少女に対して隼人が出来るのは、その覚悟を受け止めることだけであった。
「茜……」
「あ……隼人、さん」
隼人は茜の体を優しい手つきでベッドから起こすと、その体を抱きしめた。
一瞬の戸惑いを見せた茜だったが、その手はおずおずと隼人の広い背中に回され、そして隼人の体を強く抱きしめ返した。
互いの鼓動が、互いの熱が、二人の傷ついた心を癒やしていくようだった。
「大きくなったな、茜……」
実に数年ぶりに茜を抱きしめた隼人は、その成長ぶりに驚き、素直な感想を漏らした。
もちろん、スーツ越しに感じる柔らかな胸のことだけを言っているわけではない。
「隼人さんも、逞しくなりました……」
そして数年ぶりに想い人に抱きしめられた茜もまた、喜びと共に感想を呟いた。
もちろん、あの時に見た巨大なチンコのことだけを言っている訳では無い。
そのまま二人は、しばらくの間、成長した互いの感触を確かめるかのように、抱きしめ合うのであった。
◇
────数分後、二人は名残惜しく思いつつも手を離し、向かい合って座っていた。
過去のことは互いに話したが、それで終わったわけでは無い。
むしろ重要なのは未来の話なのだ。
「一度、隼人さんの体をE.Dに……ミドリさんに見て貰ったらいいんじゃ無いかと思います」
「E.Dか……」
茜の提案に、隼人は迷うような表情を見せた。
なぜなら、隼人の肉体は遺伝子レベルで改造を施され、すでに人間とは呼べない何かになってしまっている。
人か怪人かの二つで分類するなら、間違いなく怪人側の存在なのだ。
そして現代の日本において、怪人は『違法生物』として定められている。
つまり、存在する事自体が法に触れているのだ。
それゆえに、隼人はこれまで自分の正体を葵以外には明かせなかったのだが……
「大丈夫です。ミドリさんは、なんというか、その辺の価値観がちょっとおかし……独特な人ですから」
しかし、茜は隼人の心配を否定した。
ミドリ・ドライゼン・ヘルムという人物は、確かに世界でも有数の頭脳を持つ科学者だ。
だが、優秀さと人間性は必ずしも比例しないのが、世界の通例でもある。
ミドリもその例に漏れず、天才科学者であると同時に、倫理観の希薄なマッドサイエンティストの気質を有していた。
「そもそも私のスーツ……
「それは……確かにそうだな」
そう、茜のアナルに挿入されている
なぜなら、世界に存在する悪の組織が持つ独自の科学技術は、この『
遺跡から発掘された中で、現在判明している『
つまり、隼人は隠れてヒーローとして活動しつつも存在自体が法に反する怪人であり、茜もまた、ヒーローとして活躍しながらも、その活動を支えているのは違法な危険物なのである。
「だから、一度ミドリさんに見て貰いましょう。もしかしたら、隼人さんの体をなんとかする方法もあるかも知れませんし」
「……そう、だな。分かった。そのミドリという科学者に会いに行ってみよう」
「はい、じゃあ連絡しておきますね。……あ、もちろん、私も一緒に行きますよ」
こうして隼人は、天才科学者ミドリ・ドライゼン・ヘルムに会いに行くこととなった。
それが吉と出るか、それとも凶と出るか……
いずれにせよ、クモンガーの言っていた『特別な改造に』ついて、何らかの発見をすることは出来るだろう。
不安と期待を同時に抱きながら、隼人はまだ見ぬ天才科学者との出会いに思いを馳せるのであった。
ちなみにこの時、藤崎葵はまだ寝室のベッドで幸せそうに寝ているのだった。