アイ・アム・ボッチ 作:チキン南蛮
それは我々人間が普通に見たら一瞬で発狂する光景だった。
ありとあらゆる生物、ありとあらゆる無機物、それを果てしなく広大なすり鉢にいれ、一切合切すり鉢の底の“ナニカ”が喰らい続ける景色。
そう、景色なのだ。余りに巨大過ぎるそれは光景などではない、遠くから山や湖を眺める感覚。
耳に聞こえてくるのは磨り潰される種類が多すぎてどう表現すればいいかわからない音と、混ざりすぎて異臭としか感じられない匂い。
これが地獄だとしたら俺はありとあらゆる善行を積んでも天国にいきたいと思った。
なにせ一切合切の中には二足歩行の生物らしき者も含まれているのだから。
「どうです? 凄い所でしょう。あのすり鉢の底のあれは×××××××といいます……ああ、あなたは存在格が低すぎて理解できないのでしたね」
今俺がいるのは簡単に言うとすり鉢のふちの所にあたる場所で、そこに今話しかけて来た人物に連れてこられたのである。
名前は聞いていない。俺以外にも何人か人がいたが、最初に彼の名前を聞こうとしたやつがいきなり体の内側から爆発して肉片になったのを見て、誰も聞こうとしなかったからだ。
そう、確かに俺以外に人がいたのだ。そして一人、また一人と様々な方法で彼ら、または彼女達は転生していき、最後に俺だけが残ったのだ。
「ふふふ、私知ってます。こうゆうのをSAN値チェックって言うんですよね? 中々興味深い奇行に私満足です」
彼を一言で言うならテンプレートな異世界転生の神様のお爺ちゃんといった所だろう。
豊かな顎髭、つるりと禿げ上がった頭、白いローブに身を包んだ彼は時には土下座し、時には殴られ、時には殺される。
電子小説の中でとかく残念な彼だが、今回に限っては勝手が違うようだ。
最初に彼の見た目で舐めてかかった数人は生きたまま彼に食われ、それを見た数人は精神に異常をきたし、奇行に走った所を彼に素手で肉塊にされた。
そしてその光景にも耐えた数人は泣きわめきつつも粛々と、彼に転生させられていったのである。
そして何故俺だけ残ったのか……何故かはわからないが俺は彼と話したいと思ったからだ。
自分自身が頭が狂ったのかと思ったが、そうゆうわけでもなく酷く冷静に前を歩く彼と雑談をしている…何故だろう。
話の内容はもっぱら俺の今までの人生にあったあれこれである。
名前は永田 家定(ながた いえさだ)、歳は36、性別は男、学校での成績は下の中、大学も名前も聞かない四流大学を卒業し、契約社員を転々としながらその場しのぎに生きてきた。
親は俺が独り暮らしを始めた後、俺よりも遥かに出来のいい弟の所に身を寄せて生活している。
弟は高校を卒業後に単身渡米、そこで得た縁で外資系の貿易会社に就職し。日本のサラリーマンより遥かにいい給料で仕事をしている。
しょっぱい大学を出た俺よりも高卒のあいつが収入がいいのは、それだけあいつと俺に人としての差があったということなのだろう。
数年前にいったあいつの結婚式。会社で知り合ったと言っていたスーパーモデルみたいな美人何かのアメリカ人の嫁さんを見たとき、俺はあいつに対して持っていたちっぽけな兄貴としての尊厳をボッキリと折られた音を聞いた。
常に英語で会話する弟夫婦、弟の嫁さんはかなりの資産家の娘らしく、日本で暮らす娘の為に親が東京の一等地のマンションの一室をポンと買い与え、そこで家の両親と弟夫婦は生活している。
弟は俺を慕っていたが、両親は俺を完全に邪魔者の目で見ていたし、おれ自身も自分があの中に入る事に強い拒絶反応を感じていたので一人暮らしを続けていた。
生活は質素、酒も煙草もやらず、女も買わずに未だ童貞、唯一の趣味のパソコンとゲームだけに金を使っていたので。貯金は何かの時の為に数十万だけだった。
「何というか、典型的な負け組人生ですね」
彼の言葉に苦笑する。確かに後十年位して体が言うことを聞かなくなってきた時、俺の生活水準は坂道を転がるように落ちていくだろう。
だが持たざる者の人生なんてそんなものだ。
不幸ではない、幸福でもない……己の怠慢が招いた人として満たされない生き方。
そんな枯れていくだけの人生の俺に何の因果か異世界転生だ。そんなことをしてくれる存在に話を聞きたくなるもんだろう?