小説版はアニメ版とは設定が結構違うため、アニメ版しか見てない人は混乱するかもしれないです。
小説版のネタバレがありますので、ご注意ください。
できるだけ設定違いとか描写の勘違いがないように気をつけましたが、何か間違いがありましたら、指摘してくれると嬉しいです。
◇◇◇◇◇◇◇◇
スカブコーラル──それはこの世界を覆う珊瑚状の物質であり、長い宇宙旅行の果てにこの星に降り立った人類にとっては、暮らしていくための地上であり、共存すべき自然であり、牙を向ける脅威でもあった。
人々は、スカブの大地に街や都市を築き、過去の人類のように文明を発展させ、空間内に存在するトラパーと共に生きていた。トラパーを蓄電させるコンパク・ドライヴを用いて、機械を、LFOを、ありとあらゆる物を動かした。中にはトラパーの波に乗ってボードを操り、風と一体になるリフライディングなる競技も生まれた。
そして、人々の知らぬ真実もまた1つ。
スカブコーラルは、この世界そのものであり、しかしその正体は、約1万年前に人類によって開発された『ナノマシン』であった。地球を破壊し尽くした人類が星を修復するために生み出したナノマシン達は、知恵をつけ、進化を果たし、星の修復方法を模索し、その結果、自分たち、そしてこの星に対する脅威となる人類を駆逐しにかかった。そう、この星は、過去に人類が暮らしていた『地球』だったのだ。
そしておよそ1万年後、瘡蓋のように地上を覆い、地球の修復のために眠りについていたスカブコーラルは──この星は──自分たちの上に降り立った人類に対して、トラパーを通じてコミュニケートを図ろうと、ドライヴの基を、ニルヴァーシュを、そして『彼女』を送り込んだのだ。
しかし、一人の男によって、大半の人類は目覚めようとしていたスカブコーラルを殲滅させようと心をひとつにした。人類とスカブコーラルが、最悪の未来を辿ろうとしていたのである。
──そして始まった、コーラリアンと人類の生き残りを掛けた、悪意渦巻く戦い。そして、世界を虹の波が包み込んだ再生の『セカンド・サマー・オブ・ラブ』。
人類の命運をかけたあの戦いの真相は、とある1人の男によって引き起こされたマッチポンプ同然なものなのだが、それを知るものは今は少ない。
そう、あの戦いが、今や人類に勝利を齎した英雄として各地で祭り上げられているデューイ・ノヴァクが意図的にコーラリアン呼び覚まし、スカブコーラルを殲滅しようと引き起こしたものであることも、真に人類を救ったのは彼ではなく、2人の少年少女だということも、今の人々は知る由もないのだ。
しかし、いずれは彼らも知ることになる。少しずつ世界の混乱が落ち着きを取り戻し始めた頃に、この星を滅ぼそうとしたのが誰なのか、救ったのが一体誰なのかということを。
────セカンド・サマー・オブ・ラブから約3年。
この星のトラパーはすっかり薄れ、スカブの大地が溶け落ち、内部に隠れていた土や岩、植物が姿を現していた。世界各地で『海』が沸き始め、いくつもの土荒野や植物の庭が広がっている。
「………………」
その土荒野の1つに停車しているワゴン車の中で、元連邦軍特務大尉、ドミニク・ソレルは眠れぬ夜を過ごしていた。いつも使っているテントは、次の出番を待ち構えるようにひっそりと脇に畳まれ仕舞われている。
隣では、愛する女性が細い寝息を立てながら眠りについており、少女のようなその寝顔に彼は思わず綻びを漏らした。もし今の顔を見られたら、彼女から揶揄いを受けるのは間違いないだろうと思い、すぐに天井に顔を向けた。
今日の彼は、バーバレラという町を訪ねた。彼は過去に冒した過ちを贖罪をするかのようにその町に足を運んでいた。
もともとスカブの峡谷に造られたその町は、スカブが溶ける前とは辺りの形状が変化していた。町の象徴としたタワーもない、地殻変動も起こらない、トラパーもない、発掘の名残であるトンネルも殆どが消えた。
そして過去に自分自身が爆撃を命じ、情け無用と切り捨てた彼らの死体など、当然残っていなかった。
一体何人の犠牲者が出たのか、3年もの時間が流れているため、それは分からない。
しかし彼には見えた。あの少年が想像したものと同じように、生々しく、悲鳴と絶叫が響く殺伐としたあの光景が。クーペでのテロと同様の地獄のような光景が、その場に降り立った瞬間に見てしまった。
そしてなにより、彼の奥深くを突き刺したのは、同じくその土地を訪れていた、彼らの同族であった。
彼らはドミニクが同族に手を下した張本人ともつゆ知らず、彼と共に死者たちへの弔いをした。その時のドミニクの胸に走った痛みは、彼の言う数え切れない罪というものの1つを確かに自覚させた。
そんなことがあったから、彼はこうして不眠に陥っていた。こんな日にぐっすり眠れる方が怖いと思えてしまう。彼は暗がりな天井をじっと見つめ、呼吸をする。虚しそうに息を吐いた。
「…………眠れないの?」
ふいに、耳元に彼女の声が聞こえた。聞こえると言っても、すぐ横の、耳の穴の中に直接話しかけたようなゾクゾクとしたもの。ドミニクは思わずひゃいっ、という間抜けな声を上げて上半身を起こした。それを聞いた彼女も思わず吹き出した。
「ひゃい、だって。変な声、あはははっ!」
「あ、アネモネ。起きてたのかい」
「あんたがさっきからこっちをチラチラ見てたからでしょ。あたし、ちゃんと薄目で見てたの。気づかなかった?」
「ああ、うん……え、じゃあ」
「うん、変な顔もバッチリ」
アネモネは横になりながら、歳相応の悪戯な笑みを彼に向けた。
アネモネは、スカブコーラル化した母親の胎内から奇跡的に生まれ、その経緯を垣間見たデューイが計画の生贄として、『彼女』の代わりとして育て、利用した少女である。
そして3年前、彼女はデューイ・ノヴァクの計画の元、愛機である最強のKLF『ジ・エンド』を乗りこなし、己に課せられた役目を果たしていた。そして、スカブコーラルが送り出した『彼女』と対話をし、愛しい人の温かさを思い出し、そして愛しい彼の存在に気が付き、彼女は戦場を生き抜いた。
そんな彼女も気がつけば既に3年。体つきはあの頃よりも大人の女性に近づき、しかし赤い髪と赤い瞳は、変わらず彼女という1人の女性を彩っていた。
ドミニクは片手で顔を多い、やってしまったと息を吐く。アネモネは被っていたタオルケットから這うように身動ぎ、彼の顔を覗き込むように頭を近づけた。
「どうしたの? 心ここに在らずって感じね」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「嘘つき。昼間からずっとだった。あの町に寄ってからずっと、どこか遠くの方を眺めちゃってさ」
「そう、なのか」
自分でも気が付かなかったと、ドミニクは少し唖然とした。昔は内面を気付かれずに笑顔を作れていた彼であったが、今となっては、そっちの方もかなり緩んでいたようだ。もしくは、今日のことがそれ相応に傷となっているのか。
「買い物の時だってそうだったわ。あんたったら、あたしが話けてるのに全部素っ気なく返してさ」
「そ、そうだったかな。そんなつもりはなかったんだけど」
「じゃあ、あたし達が今日買ったもの、覚えてる?」
「…………あ」
「途中のカフェで頼んだものは?」
「……か、会計はしたけど」
アネモネの質問にドミニクは口に横線を引きながら、顬辺りを指先でかく。ほらね、やっぱりそうだと、アネモネは口をへの字にした。
あの町のことについては、アネモネもドミニクと共に旅をする中で聞かされたことがある。それ故に、今の彼が感傷に浸るのも理解している。
しかし、だからと言って隣にいる女性を放置するのは、それはそれでどうかという話なのだ。特にドミニクは、コーラリアンの郡勢に対して命懸けの特攻の末にアネモネのもとへ駆けつけるという、メロドラマのような行動をしてのけたのだから。
あまりにも返事をしないものだから、昔みたいにテーブルをデザートで汚してみようかとも思った。が、歳を重ねた彼女も食べ方は丁寧になったし、意図してやったところで、ドミニクはあの頃のような反応は返してくれないだろうと思い諦めた。
「……あんた、ほんとに大丈夫?」
ドミニクは、覗き込もうとするアネモネから思わず目を逸らす。別に逸らす必要なんてないが、今の彼には彼女を見て話せる自信がなかった。
車窓に反射する薄い自分の表情を見る。昔は父親を俗物だと蔑んでいたが、最近になって、なんだか彼に似てきた気がする。というのは彼の勝手な意見のため、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
自分の姿のその先には、スカブが熔け落ちた大地と、夜空の星が見えている。空にはこの星を周回する衛星が昇って輝いていた。
「……アネモネ」
ドミニクの言葉に、アネモネは首を傾げた。彼の口調は過去を回想し、懺悔するかのような面持ちだった。
「僕は、ずっとあの人に憧れていたんだ。あの人は父のような人とは違う。あの人が僕の父親なら良かったのにと思ったこともあった。そして、あの人とともに行けば、自分は同じ高みへ登れると信じていたんだ。母のように、ミス・ノーティスのような、素晴らしい人になれると」
けど、実際は違っていた。
世界を救うと豪語したデューイという人間は、常に自分か自分以外という考えしか持っていなかった。彼を信じ、崇拝すらしていたドミニクでさえ、その違和感には薄々勘づいていた。しかし、それでも彼は自分の数々の行為を正当化するために、自分だけは俗物とは違う、あの人と同じ目標に目を向けていると信じようとしていた。だが、時が流れ、デューイがスカブコーラルの殲滅に乗り始めていくうちに、徐々に彼への疑問は膨らむばかりだった。
そして、彼への決別を決定的にしたのはやはりあの時の、アネモネを使い捨てるといったような発言をした時だった。あの言葉を聞いた瞬間、ドミニクの中で膨らんでいたものは弾けた。自分がいかに彼に縋っていて、中身のない空っぽな男だったのかを自覚させられたのだ。そして彼は初めてデューイに反論し、アネモネを迎えに飛び立った。
「けど、僕がやってきたことは変えられない。今日のことでよくわかったんだ。どれだけ後悔したとしても、僕のせいで傷ついた人達がいるという事実は、どうにも──」
言葉を遮るかのように、話すドミニクの頬に暖かいものが押し付けられる。小さくて熱を持ったそれは、しばらくの間、ドミニクの頬にくっついたまま離れなかった。
ちゅっ、というリップ音を鳴らして、アネモネは唇を離す。何が起こったのか分からないというような表情のドミニクが目を向けると、彼女は赤色の瞳を細めながら、妖艶な笑みを浮かべていた。
「どう? 少しは楽になったでしょ?」
「あ、ああ……」
「なによ、もっと喜びなさいよ。愛しのレディからの口付けよ?」
「いや、喜んでいないわけじゃないよ。ただ、突然だったから」
そんなものは言い訳にはならないだろう。なぜなら彼女からのキスなんて、3年の間に何度もしている。この頬に彼女の柔らかな唇が何度押し付けられたことか、その先のことだって既にやっている。何を今更言葉を詰まらせる必要がある。
ドミニクが内心で思案している間にも、アネモネは口を尖らせて言葉を続けた。
「あんた、真面目すぎなのよ。真面目すぎて後悔ばっかで、ちゃんと前を見てない。そんなんじゃ、これから先もずっと昔のことに目を向けて生きていくことになるわよ」
「しかし」
「しかしもこかしもない。あんたってただでさえ方向音痴なんだから、自分の人生まで迷ってどうするつもりなの?」
アネモネは、過去にドミニクの母が言っていたようにそう指摘した。
だが、その言葉にドミニクは余計に考え込んでしまう。直接手を下さずとも、自分の行動によって今までどれほどの人が人生という道を絶たれたのか、そんな自分が自らの人生で道に迷う資格すらあるのか。
「…………ねえ、ドミニク」
アネモネは白い手をドミニクの手に重ね、顔を彼の間近まで近づける。寝やすいようにと纏められた赤い長髪が揺さぶられ、赤い瞳が彼を捉える。
そしてゆっくりと、赤子に囁くような声色で唇を開いた。
「あんたは確かにあの時、多くの人の命を奪った。奪わなくてもいいものを、あんたはあの人のために奪ってきた…………」
ドミニクは声を出さずに唇だけを動かし、彼女の名を囁く。「ねえ、ドミニク」と、アネモネは再び彼を呼ぶ。
「あんたが……あなたが過去のことを後悔するのなら、誰かに責めて欲しいのなら、今みたいにあたしがしてあげる。それで楽になれるなら、何度だってやってあげる。
けど、忘れないでね。今のドミニクは1人じゃない。あたしが隣にいる。あたしが一緒に生きてる。あなたの事を愛おしく思っている人がすぐ傍にいる。
だから、ドミニクが辛いなら、その辛さも半分こにして、あたしに分けてよ」
「……アネモネ」
「その代わり、あたしが辛い時は、代わりに半分受け取ってよね」
年頃の少女から少しだけ成長した微笑みを浮かべるアネモネに、ドミニクは暫し間を置いてから顎を引いた。
今のアネモネのセリフは、彼女自身にも当てはまっていた。
アネモネは、生きるために多くの人の命を奪ってきた。そうしなければ、彼女は生きていくことができなかったから。そして、あの人のために自分の役割を果たそうとした。そのために、また色んな人に手をかけてきた。そうしないと、自分は捨てられてしまうから。
もし君が過去のことを後悔しているのなら、責められることで楽になるのなら、僕は君の望む通りにしよう。
けど、忘れないで欲しい。アネモネは1人じゃない。僕が隣にいる。僕が一緒に生きている。君のことを愛おしく思う人が隣にいる。もしも君が辛い時には、その辛さを半分こにして、僕が受け止めるよ。
立場が逆だったなら、彼もそう言っていたかもしれない。けれど、彼のことだから、アネモネを責めるなんてことは出来なかった可能性の方が高いだろう。
「……じゃあ、僕が人生の道に迷ったときは、一緒に迷ってくれるのかな?」
「はあ? なにそれ、きっも。あたしまであんたのお遊びに巻き込まないでよ。そんなことするぐらいなら、蹴っ飛ばして目を覚まさせてやるわ」
結構なストレートの言葉をぶつけられたドミニクは苦笑した。けど、アネモネの表情に不快感はなく、笑っていた。
「アネモネ…………」
ドミニクは彼女の名を呼ぶ。
アネモネは返事をしない代わりに、自身の体を彼に密着させ、唇を彼のものと重ねた。柔らかなアネモネの唇は、吸い付くようにドミニクのそれと重なり合う。解れぬ糸のように、2人の唇はより強く密着し合う。
「んっ、んんっ、んっ……んぅ」
アネモネとドミニクは隙間なく唇肉を重ねながら、吸い出すように頬を窄める。口の中にほのかに残るスーッとした冷たさが、息を通じてお互いの口内へと走った。
「んっ、あっ……んれっ、れぇ……れろっ……ぁぇ」
唇を密着させながら、アネモネとドミニクは同じタイミングで舌先を忍ばせる。重ねていた歯が開かれた瞬間にお互いの肉舌が出会い、再会した恋人のように体を絡める。それと同じように、アネモネもドミニクの首後ろに腕を回して、より体を密着させる。成長してより華麗さを増した彼女の体と、膨らみを獲得した2つの柔らかいものが彼の体に押し付けられる。寝付けるように薄いものを纏っているのもあって、その感触はダイレクトに来ている。
「んむ、あっ……れぇっ」
唇が離れ、舌先のみが二人の間で絡まり合う。ぼんやりとした暗闇の中で、唾で濡れた肉舌が交尾の如く螺旋を描き、その身をてからせる。苦い苦い、それでいて甘い味に、アネモネは発情期を迎えた猫のように体をドミニクに擦り付ける。
「ぁ……」
舌肉が離れ、尖端に銀糸が引かれる。それはしばらく2人を繋げた後、プツンと切れた。それを皮切りに、アネモネはぷっくりとした唇を開き、甘え声でドミニクを求めた。
「ドミニク……なんだか、あたしも眠れなくなっちゃったみたい…………あんたのせいよ」
「ごめん」
「…………責任、取ってよ」
アネモネはドミニクの首元に顔を近づけ、その肉に歯を立てた。汗で蒸れたしょっぱい味、アネモネはこの味が好きだった。彼との目合のときは、必ずこうして噛み付いている。歯型を残して、彼に自分の痕を残すことで、アネモネは1種の独占欲を満たしていた。
「んっ」
吸血鬼のように血を吸い出そうとするアネモネ。ドミニクは首元に奔るピクピクとした刺激に呻きながら、彼女の背中に腕を伸ばし、薄い服の中へ手を忍ばせる。
アネモネの体には無駄な肉が付いていない。いや、殺伐とした場所から離れてから時間が流れているのもあって、多少は肉ついているような気もするが、それでも彼女の体は細く、背骨に沿った窪みは灘らかだった。
「んぁ、あ、はむっ……ん」
指に背中をまさぐられ、アネモネは口を離して甘い声を喘ぐ。しかし負けじと、反対側に噛みつき、同じように歯を肉に食い込ませる。
ドミニクはさらに、両手で彼女の背をなぞっている。背中だけではなく、脇腹や臀部の谷間にまで伸ばされ、撫で回していく。
「んんっ……!」
軈てドミニクの左手が彼女の太ももへと流れ着き、擽るように触れ撫でる。1つ、2つと撫でたのち、その手はショーツの中へと伸ばされる。
普段は人に見せない箇所を、ドミニクは指先を使ってなぞり込む。揃えられた陰毛を撫で、スーッと擦りながらその下の陰部に触れる。
アネモネは噛みつきながらピクリと震え、下腹部の刺激から逃れそうと体を身じろぐ。しかし、臀部に回されたドミニクの右手がそれを阻止し、さらには尻肉を掴まれる。
「んっ、んふっ…………あっ、やめ……ぁ、あぁ……ぁん」
アネモネは口元を離して刺激に喘ぐ。それに応えるように、ドミニクは指先で縦唇を愛撫する。上から下へ、下から上へ、そして時に陰核を摘み上げて潰す。ぐにぐにと陰核を摘まれる度に、アネモネは表情を緩めて声を吐く。
「ま、待って、ほんとにや……ぁぁ!」
細かく電流のようにピリピリと奔りだした刺激に、アネモネは思わず体を剥がそうとする。しかしドミニクがそれを良しとするはずもなく、彼女は彼に拘束されたまま、敏感な陰部を弄ばれ続ける。
「ふぁ、あ、ぁん……ぁ、あ゛っ……」
指がアネモネの肉貝を愛撫していくと、くちゅくちゅという水気のある音がショーツの内部から発せられた。それは彼女の秘部から愛蜜が溢れている証拠であり、彼女が快感を得始めている予兆でもあった。
「や、やだ、気持ち……ぁ゛……」
嫌だ嫌だとか細い声で言いつつ、アネモネは体をくねらせて彼の指をより擦り付けさせようとしていた。
「あ、らめ、耳は……はぃ、や……あ、ぁ」
ドミニクはアネモネの耳の穴に舌先を挿入する。蛇のように細い体を用いて耳の穴を行き来する舌の蠢く音が、アネモネの耳奥に直に響く。
耳窟を唾液で濡らしたあと、ドミニクはそのまま舌先を耳から首にかけて走らせ、アネモネがしたように首元に噛み付いた。
「いたい、ゃぁ」
痛いと訴えるのとは裏腹に、アネモネは両腕の力を強め、よりきつく抱きつく。ドミニクから血を吸われる感覚に、表情は恍惚とし、頬がほんわりと紅潮する。
その間も、アネモネの陰部をまさぐる彼の手は止まらなかった。最早垂れ流し状態となった愛蜜はショーツ内に塗りたくられ、生地の表面にまで染み込んでいた。
「い、い、いっ、く゛……ぁ」
体の震えがより過激さを増し、アネモネは湿気の籠った熱い吐息をドミニクに吹きかける。ドミニクもまた呻きながらも、しっかりと彼女の首元に歯型を付け、指の動きをより激しくしていく。
「あ、や、だめ、くる、きちゃう……うぅぅぅぅんっ!!」
アネモネは目を見開き、背中を仰け反らせながら甲高い嬌声を狭い車内に響き渡らせる。ぷしゅりと何かを噴き出す音を立てると、彼女のショーツにじんわりとしたシミが広がっていく。
ドミニクは銀糸を引きながら唇を離す。彼女の首元には、歯で噛んだ跡がくっきりと残っていた。
彼はアネモネの表情を確認する。絶頂したことで彼女の顔は火照り、視線はぶれぶれになり、額から汗が流れている。抱きつく力は弱まり、食い込んでいた爪先がぐったりと垂れ下がる。
「……アネモネ」
ドミニクが彼女の名を囁く。しばらくして、アネモネは力が抜けた様子で微笑み、ふっと彼に息を吹きかけた。
ドミニクは彼女のショーツから指を引き抜く。指先には愛蜜がべっとりと付着しており、アネモネはそれを見るなり、ぱくりと指をしゃぶり、傷口から血を吸い出す要領で蜜を堪能する。
「ぁ……美味しい。ねえ、ドミニクも飲んでみて」
やや強引に、舌先をねじ込む勢いで接吻する。口内に酸っぱい蜜の味が広がり、その一部をドミニクは嚥下した。
「んっ……ねえ?」
美味しいでしょ、と赤い瞳を細めて訊ねるアネモネに、ドミニクは頷いた。
アネモネは湿声を出すと、彼から体を一旦離し、そのまま下半身へと這いずるように移動した。彼の股下にあるものは既に準備を整えているらしく、股間部に大きな膨らみを生み出していた。
アネモネは赤い瞳でそれを凝視し、ドミニクはツキツキと刺される視線に少しの恥ずかしさが湧いた。
暫しの後、アネモネは細い指先でドミニクの下半身を隠す絝を掴むと、中の下着ごとずり下ろした。
瞬間、ドミニクの逞しい茎がその身を振るって姿を表した。まだ彼自身に陰部への直接的な刺激がないのに関わらず、一際黒さが目立つそれは、獲物を欲するように硬さを持って、毛が剃られた肌へと寝そべる。
アネモネは脱がせたものを放ると、鼻先を近づけ、硬い肉の表面の臭いをスンスンと嗅いだ。
「ん……相変わらず酷い臭い。ちゃんと洗ってるの?」
「洗ってるに決まっているじゃないか」
「そう。けど、きっとすぐに汚れるんだわ。だってドミニクったら、いつもあたしのことジロジロ見ているもの。我慢できなくて、こっそりティッシュにでも吐き出してるのね」
性的に雌としての興奮をしているアネモネは、今できる精一杯のからかいを投げた。
彼が昔から自分のことを想像しながら自慰行為に浸っているかどうかなど、アネモネに分かるはずなどない。このからかいは、性的な知識を獲た彼女の今できる最大限の戯れ。だが、もし彼が他の女で、例えばベッドの下に隠した雑誌の女で致していたなら、彼女は笑顔で怒っていたかもしれない。
しかし、自分のことを想像しながらやっていたとしたら、それもそれで怒っていたかもしれない。どうせならあたしを抱けばいいのに、あたしじゃ不満なんだ、それともあんたは相変わらずヘタレなんだからと拗ねていたかもしれない。
アネモネは茎の根っこを掴んで起き上がらせると、頭の先に涎を垂らす。ねっとりとしたものが陰部を包み込むと、アネモネは掴んだ指先でドミニクのモノを上下に扱き始める。
彼女の指は強めな力で、唾液を全体に塗りたくるように彼のモノを擦りあげる。
1回、2回と手で作られた輪っかが海綿体を締め付け、ドミニクに性的な快楽を走らせる。唾液によってぬるりと表面を滑る指は、時折首の裏をそり撫でる。
「うっ…………」
相変わらずの容赦のなさで、加えて数を重ねたことである程度は加減をしてくれるアネモネの指使いに、ドミニクは曇った声を洩らした。
彼女はというと、そんな彼の姿を上目にさせた瞳に映しながら、姦に口角を上げている。しかしそれは蔑む意味ではなく、自分の手で気持ちよくなってくれているという嬉しさから来る笑みだった。
「…………はむっ」
と、アネモネはある程度扱いたところで、突然ドミニクの茎をパクリと口の中に包み込んだ。人肌以上に熱を帯びた肉茎は、アネモネの口の中に火傷させるかのような幻覚を与える。
「あ、アネモネ」
「んっ、ほふ? ひほひい?」
もごもごとさせながら話すが、それが余計に肉茎に刺激を与えてしまう。
「ん、ふっ、んぶっ……ぅぅん」
アネモネは頭を上下に揺らし、今度は口腔で剛直した茎を絞り始める。涎と口内を満たしていた唾液によって、彼女の頭は滑らかな上下の動きを描いている。唇は茎の太さに合わせて閉じられ、隙間が出来ないように密着させている。
「あ、く……」
もう何度目になるのか分からない。始めたての頃の彼女はその臭いと味に何度も歯を立てていた。初めは突発的なことだと大目に見ていたが、慣れた最近はあからさまにわざとで、噛まれて痛がるドミニクの姿を見て笑い、時々舌先を排尿口に突っ込んではチロチロと畝らせて遊んでいた。
だが、それに負けじとドミニクが彼女の花弁を攻める時は、容赦なく中指を侵入させ、口で吸い出していた。彼女が辞めるよう懇願しても、足をばたつかせても、彼は黙々と恥丘に隠れる2つの穴と陰核を攻め続けた。そしてその結果、アネモネは舌を突き出しながら絶頂声を響かせ、毎回のように聖水を噴き出しているのだ。
そして今日はアネモネが攻める番。当然歯を立てるだろうとドミニクは考えていた。
「ふ、ん……ふぅ、んふっ、ふぐっ」
しかし、今日のアネモネは普段よりも優しく、ドミニクを労るように肉茎を包んで扱いている。彼に向ける視線も挑発的なものではなく、むしろ不安げに観察するようなものだった。きっと、アネモネなりの彼への気遣いなのだろう。
暑さに負けたドミニクは、彼女に嬲られている間に上半身に着ていたものを脱ぎ捨てた。じんわりとした汗が肌から染み出していた。
「ん、んぷっ、ん゛っ」
口肉が肉茎を蹂躙する水音が一定のリズムをとって奏でられる。くぐもった艶やかな声が喉で鳴り、根元を支える右手が時折力を入れて茎を搾る。
脚の間で、束ねられた赤い髪がふさりと揺れる。同じく赤い瞳がドミニクを捉えて離さず、何かを強請る。
彼は手を伸ばして彼女の頬に触れる。傷つきやすい白肌はすべすべとしていた。
「っ!?」
屠るように、アネモネは頬を窄めて口肉全体で肉茎を包容した。柔らかい媚肉にも似た彼女の中は、ちゅぱちゅぱと音を立てながら茎を覆い、裏筋や首部分をむちゅりと撫でる。空気を吸う度に、頬は窪んだり戻ったりを繰り返している。
ドミニクは、まるで陰部が溶かされるような感覚に陥った。攻めすぎない今日の彼女のやり方は、むしろ今迄よりも気持ちよくて、すぐにでも絶頂を迎えてしまいそうだった。
「…………んっ」
が、あと数回というところで、アネモネは口から肉茎を引き抜いた。口と頭の間で糸が引かれ、茎はだらんと頼りなく倒れる。ドミニクも思わず「あれ?」という声を発した。
「まだイッちゃダメ……今日は、いっぱい出してもらうから」
アネモネは起き上がると、着ている寝巻きを脱ぎ、一糸まとわぬ姿へと変わる。ドミニクが初めてラボにいた彼女を見た時よりも、赤い髪の女神とメディアに命名された3年前の彼女よりも、その裸体は1人の少女から女性へと成長を遂げていた。痩せ細ることもなく、程よく肉のついた体。
そして、その体に不自然に埋め込まれた胸のコンパク・ドライヴ。世界からトラパーの薄れた今となっては、その存在は無価値にも等しいものだ。
しかし、ドミニクにはその姿すらも美しく見えた。いや、違う。彼にとっては、アネモネが愛おしい。そこに外見など関係はなかった。
アネモネは這いつくばり、ドミニクの体に跨る。股を開き、片手で茎を起き上がらせ、頭の先で縦唇の輪郭をなぞる。既に蜜で濡れそぼっている彼女の花弁は、茎の先を愛蜜で濡らし、ぷにゅりとした柔らかい弾力と跳ね返す。
「は、はぁ、あっ……ぁぁ、んゅっ」
沈めたよがり声を出しながら、アネモネは顔の筋肉を緩める。陰部に奔る快感が、彼女の頭に白い靄を造り出し、意識を放浪とさせる。
アネモネは息を飲むと、腰を下ろし、尖端を蜜穴の中へと挿入させていく。ずぶりという音を立てて、そこから筒状の茎全体を呑み込んでいく。彼女の尻が降ろされていくのと同時に、ドミニクのものは彼女の中へと消えていく。蜜に満たされた媚肉が剛直な茎を包み、無数の襞が中への侵入を許す。
「ぁ……熱い…………ドミニクの、熱い」
根元まで突き刺さり、アネモネは身震いする。ドミニクも、自分の陰部に伝わる快感に声をあげそうになり、口を閉ざして耐えていた。
アネモネは、両手を彼に置いてゆっくりと腰を揺らしていく。左右に開いた肉の溝の中を、捩じ込まれた肉の柱が貫通し、愛蜜を内部で掻き混ぜる。上下に揺れる度に、結合部分は水気を帯びた響きを奏でる。
「あ、あ゛っ、あん……ぁ、ああ、んぁっ」
人間としての本能か、アネモネは肉壺に奔る刺激に嬌声を上げる。こんな声をあげるのは、ドミニクと初めての夜を迎えた時からずっとだ。今まで実験のためと苦痛ばかりを受けていた彼女にとって、彼との初めては痛く、そして甘く、1つになれているという実感を与えてくれた。
「ぁ、ドミニク、くぅんっ、ぁぁ」
犬が主人に甘えたい時に発する、そんな恥ずかしい声を上げてしまい、アネモネは少しばかり頬を赤くする。が、そんなことすらすぐに忘れさせてしまうほどに、彼女の肉壺の中でドミニクのモノが暴れている。内部の海綿体が肉圧に負けじと膨れ上がり、アネモネからの締め付けを押し返す。それもあって、彼女の性感帯である部位の一つ一つを容赦なく刺激した。
「んあ、っあ、あ゛……っ! あぁっ」
アネモネは自身の肉道を突き上げる彼の凶器に喘ぎ、唇も頬も蕩けさせながら、尚も腰を揺らし続ける。肉の襞の群れを掻き分け擦り上げ、奥の部屋へ向けてその身を進ませる彼のモノに、彼女の脳は赤く焼かれそうになる。
ぷつりと、彼女の髪を束ねていた髪留めが外れた途端、彼女の赤い毛髪が鳥の翼の如く広がる。腰まで伸ばした長髪は、幼き少女の時よりも整えられ、そして艶やかな色を作っていた。
「あぁ、ぁ、ん゛ん……ぁ゛ぁ゛……あっ」
悲鳴にも似た声。しかしそこには彼への思いが込められており、アネモネは目を細めて笑顔を浮かべる。必死に体を踏ん張らせ、腰を動かし、赤髪を淫らに咲かせた淫靡で華奢な姿で踊り狂う。
そんな彼女の姿に、ドミニクは雄としての限界を迎えていた。抑えきれない、ずっと彼女に持っていた劣情が、今になって性欲となって爆発した。それは少しずつ範囲を広げて、とうとう彼の体をも動かした。
「アネモネ」
「ドミニク、あんっ」
ドミニクはアネモネと繋がったまま起き上がらせ体勢を切り替えようとする。アネモネは思わず後ろへ倒れそうになるのを両手を着くことで防ぎ、ドミニクは一言詫びてから膝を曲げ、正座をするように座った。中途半端な状態で動いたものだから、アネモネの中で肉茎はぐるりと身を悶えさせ、彼女に小刻みな露声を出させた。
ドミニクは両手を彼女の腰に添えて、支えるように指を曲げて掴む。そして今度は彼から腰を揺らし、アネモネの敏感な箇所を突き上げていく。
「あ、やぁ、あんっ、っあ、あっ、っんぁあ!」
先程まで口角を上げていたアネモネだったが、突然の彼の行動と尖端の小突きによって表情は崩れ、眉根を緩めた恍惚感を獲た顔を晒している。恥も何も無い、後ろに倒れぬように両手を床につかせ、彼の腰振りと穿つ快感に首をだらりと後ろへ反らすしかない。
「あっ、あっ、あっ、あ゛っ」
水と水が混ざり合う音が発せられ、同時に収縮する蜜壷と茎の隙間から2人の体液が絡み合った濃い蜜が外へ漏れだす。外へ出たそれは、ドミニクが媚肉を突き上げると雫となって弾け、床や窓に飛沫となって飛び散った。
「ドミニク……ドミニクぅ」
アネモネは溶けきった声で彼の名を呼んだ。残った力で床を手で弾き、身を起き上がらせて彼に抱きついた。ほんのりとした膨らみが、彼の胸板辺りに押し付けられる。玉になった汗が、アネモネと額とドミニクの額から飛び散り、混ざり合う。
「ねえ、あ、ドミニク……名前、呼んで」
潤んだ瞳で懇願し喘ぐアネモネの願いを、ドミニクは聞き入れた。
「アネモネ」
それは、とある夫婦が好きだった花の名前。
「アネモネ」
それは、ミス・ノーティスが付けてくれた名前。
「アネモネ」
花言葉は、苦しみや儚い恋。
「アネモネ」
そして、『あなたを愛する』。
「アネモネ、アネモネ」
「ドミニク、ドミニク」
名を呼び合う声が重なる。
最早、2人の愛の巣に他者が入り込む余地などない。2人は、お互いを求め合い、愛し合う。
アネモネは選んだ、ドミニクと共に一緒にいる未来を。そして今、彼女達は一緒にいる。血を流した日々から、こうして抜け出している。
喘ぐ、喘ぐ、アネモネは快楽と喜びと、彼への思いのままに喘ぐ。
ドミニクもまた、彼女を深く愛するように腰の動きを、彼女の体を揺さぶる動きを加速させる。雄叫びを上げ、アネモネの名を呼び続ける。
水飛沫が舞い、汗が飛散し、全身を体液で濡らす。炸裂する尖端の突き刺しに、アネモネは舌を出しながら吠える。
「ドミニク、ドミニク、ドミニクゥゥゥゥゥ!!!」
ずんっ、という重い響きが蜜壷内で聞こえる。
「んんんぅぅぅうううううっ…………!!!!!」
そして響く、アネモネの絶頂。それは車内に振動し、ワゴン車を震わせた。
同時にドミニクも咆哮し、肉茎の尖端から熱いものが迸る。熱くて白い粘液状のそれは、アネモネの腹部の奥にある小さな小さな部屋を目指して、灼熱を身にまとって這い上がる。
アネモネの肉壺は尚も蜜を溢れさせながら、媚肉を使ったドミニクのモノを収縮して締め上げる。かと思えば、少しだけ弛緩させて余裕を作らせ、そしてすぐに収縮する。その繰り返しで、ドミニクから放たれるものをより搾り出そうとした。
肉茎の脈を感じながら、放心したように表情を虚ろとさせるアネモネ。その口から、湿り気を帯びた荒い息が漏れる。それはドミニクも同じで、彼女の体に流れる血液の熱を感じながら、指にまとわりつく汗を撫で塗った。
「……熱い……ドミニクの、熱いよ…………溶けちゃう……」
その言葉をアネモネが発すると、2人は接吻を交わした。先程よりももっと濃厚で、野性的で、貪り合うかのように、2人は長い時間、唇を重ね合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
長い長い愛の確かめ合いの末、結局2人は本当に眠れなくなっていた。そのため、少しは眠りを誘おうと、ワゴン車の近くにあった岩を椅子代わりにして座っていた。
ドミニクは今日1日、既に日付は変わっているので昨日1日のことを悩んでいたのをすっかり忘れたかのように、というよりは、アネモネとの行為ですっかり疲れきった様子で空を見上げていた。
「それで、夢の中のあたしったら、ジャムばっかり食べてて、口の周りとかベトベトに赤くしてて」
その隣では、体を寄せながら同じく夜の空を見上げている艶やかなアネモネが、いつも以上な饒舌で何かを話していた。
なんでも、アネモネは時々変な夢を見るという。それは3年前の自分の姿で、あの時と同じようにデューイのために動き、ジ・エンドを操り、コーラリアンを殲滅しているという。しかし、それは自分とは少し違うようで、まるで別世界の自分を見ているようだという。
別世界、なんてものがあるのか。スカブコーラルが存在しているのだから、そういうものがあっても不思議ではないと思いつつ、ドミニクは話を聞きながら、空の彼方に浮かぶこの星の衛星を眺めた。白のような灰色のようなその表面には、当然何も書かれていなかった。
「それで……『彼女』と『彼』、そしてニルヴァーシュと対峙した時に、ドミニクがあたしの名前を叫んだの。この子と一緒にね」
アネモネは両手で抱えた大きな『もこもこ』をぎゅっと抱きしめた。所々が荒く縫われている上に、少し古くなったそれは、しかしアネモネにとっては絶対に手放せないぬいぐるみだった。
「それって、生きてるってことかい? ぬいぐるみじゃなくて?」
「そうみたい。この子ったら、空中であたし達の手を繋げてくれたのよ」
空中で2人は名前を呼びあった。ドミニク、アネモネ、叫びが辺りに木霊する中、2人は抱き合い、想いを伝え合い、キスを交わした。
そして、ジ・エンドが2人を包むように抱え、優しい目を向けた。この星で生きようと、2人は誓い合った。
なんだか恥ずかしいのに、何故か自分よりも男らしくて、ドミニクは夢の中の自分に少しの尊敬の念を抱いた。僕もそうした方が良かったかなと。
「それで…………あ、そうそう」
アネモネは右腕を掲げて、空に浮かぶ衛星を指さした。
「あそこに、大きなハートマークが描かれてたわ。中には『彼』と『彼女』の名前があった」
「そんなバカな」
流石のドミニクも、そんな宇宙規模な婚姻届があるものかと苦笑した。僕でも恥ずかしくて真似出来ない。いや、物理的に不可能だ。
けど、あの二人ならもしかしたら…………奇跡を起こしてみせたあの二人なら、やれてもおかしくはないのかもしれない。
話が終わると、2人はしばらく黙ったまま空を見続けた。
ドミニクは、昔の自分が今の自分を見たら驚くだろうかと思った。
アネモネは、過去の自分が今の自分を見たら驚くだろうなと思った。
ドミニクは傍にいなかった。嘘つき。
けど、今は傍にいる。嘘つきじゃない。
「アネモネ」
ドミニクが名を呼ぶと、アネモネは頭をトンと彼の体に任せた。ドミニクは彼女を抱きしめた。抱きしめながら、その手で赤い髪を撫でる。映像の向こう側の存在で撫でれなかった彼女の髪を、彼はこうして、同じ夜空の下で撫でている。
衛星の輝く空の下で、2人は寄り添い会いながら、眠るその時まで、お互いの温もりを感じあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ベルフォレスト──あの英雄を生み出し、そして『彼』が育ったというこの街の荒れた道を、一台のワゴン車が走行している。
運転手であるドミニクは、道の荒さに少しばかり苦戦しつつ、確かな目的地を目指してアクセルを踏んでいた。アネモネは、そんな彼を時々一瞥しつつ、外の景色にも目を向けつつ、膝の上に開いた雑誌『レイ=アウト』を読んでいた。これは、3年前、ゲッコーステイトがデューイの演説の際に乱入したと同時に発売されたもので、数日前に立ち寄った元リフショップの店主、の付き添いから譲り受けたものだった。
「ねえ、結局あの人って知り合いだったの?」
「あの人って?」
「ほら、これくれた人。あの細目でのっぽの」
「……まあ、知り合い、かな」
ドミニクはやや濁した言い方をして誤魔化す。しかし、アネモネは確かに見た。相手を見た時、彼は目を見開いていた。相手もまた、ドミニクの名を聞いて少しばかり驚いていた。そして何故か、2人して吹き出し、思い出しでもしたかのように笑い始めた。アネモネはそんな光景に首を傾げた。
「昔の、まあ、君の知らないところであったことがある人だよ」
「ふーん、そう」
アネモネはもう興味無いといった雰囲気で雑誌に目を戻す。後々、彼の正体については、過去に発売された『レイ=アウト』を読むことで知ることになるのだが、今はまだその時ではない。
「ねえ、いつ着くの?」
「もうそろそろ……ほら、あそこだ」
そう言うと、ドミニクはとある工場の敷地前に停車させた。
「ごめん、少し待っててくれるかな?」
「いいわよ。これ読んでるから」
アネモネがヒラヒラと手を振り、ドミニクは車を降りた。
この日、ドミニクはとある目的のためにこの街を訪れていた。理由は、ドミニクが迷惑をかけたという老人の経営する工場を訪ねるためだった。老人もまた、ドミニクが謝罪しなければならない人らしい。
しかし話によると、彼とその老人には面識はなく、案の定、老人は突然現れ、そして頭を下げて謝罪をしてきた青年に対してきょとんとしていた。
そんな2人を眺めつつ、アネモネは『レイ=アウト』の続きを読む。『アゲハ構想改』のことから、ヴォダラクの最高僧ノルブの取材、その他諸々。あの時だからこそ、人々から関心を集めていた内容が、そこに記載されていた。
「あたしもこんな感じの、やってみたかったな」
早くも一通り読み終えたアネモネは、パタンと雑誌を閉じ、表紙を羨ましそうに見つめる。
夕焼けでオレンジ色に染まった空の下で、『彼』と『彼女』がトラパーの波に乗って、大型のボードで空を泳いでいる写真だった。『彼女』が両手を広げてバランスを保ち、『彼』が後ろから抱きついている。きっと、この間もちょっとした喧嘩とか、落ちないようにとか、そっちの波は駄目とか、そんなやり取りをしていたのだろう。していたからこそ、こんなにも良い笑顔を浮かべているのだ。
もし、ドミニクと一緒にボードで波に乗れていたら、どうなっていたのだろう。きっと、彼が下手くそ過ぎて、アネモネがあーだこーだとバランスを保つように言っていたかもしれない。
初めは一緒に転んで、アネモネが『バカ!』と言ってドミニクの脛を蹴りあげる。あまりにも出来なさすぎて、途中でアネモネがどこかへ行き、ドミニクが1人で練習し、やっぱり2人でと、再び挑戦を始める。
そして何度目かで、ようやく数メートル浮かんで宙を泳ぐ。そしたらドミニクが『う、浮かんだ!』と喜んで、アネモネがそれを笑いながら揶揄う。
「まあ、トラパーがない今じゃ、流石に無理だけど」
有り得たかもしれない妄想に浸りながら、アネモネは隣に置いたバスケットに手を伸ばし、1口サイズのパンをひょいと摘んで口へ運び、思わず顔を綻ばせる。これはつい先日、偶然にも再会したある人物が焼いてくれた手作りのパンであり、その味はどの町のパン屋に負けないほどに美味であった。ドミニクは『昔よりもお腹が出っ張りましたか?』と言ってはたかれていたが、その光景はまるで父親と息子のようにも見えた。
「アネモネ」
扉を叩き、ドミニクが声を掛ける。アネモネは急ぎ気味にパンを飲み込むと、「終わった?」と言った。
「サーストンさんが、中でお茶でもどうかって」
「あら、ちょうど疲れてたし、良かったじゃない。上がらせてもらいましょ」
そう言うと、アネモネはドミニクが何かを言う前に扉を開き、車から降りた。そよりと吹く風が、彼女の赤い髪を揺らし、肌を涼めた。
工場では、老人が『彼』の名前を呼びながら、4歳の女の子と一緒に準備をしていた。ああそっか、やっぱりここにいるのね、と、アネモネはドミニクと目を合わせながら同じように微笑んだ。
2人で歩こうとしたその瞬間、ふと、彼女の頬を再び風が撫でた。さっきとは少し違って、心地の良いもので、初めて浴びた風なのに、アネモネを懐かしい気持ちにさせた。いや、初めてじゃないのかもしれない。これは、あの時に、『彼女』と対峙した時にも感じたような気がする。
ふいに、アネモネは胸元にざわつきを覚えた。コンパク・ドライヴが反応したかとも思ったが、なんの反応もない。それはそうだ、ここにトラパーがあるわけではない、単なる気の所為だろうと思った。
「ドミニク……?」
アネモネはドミニクに声をかけた。しかし、彼はそっぽを向いて、というよりは、ある方向を向いたまま返事をしなかった。「どうしたの?」と言いかけたアネモネも、彼と同じ方角を確認し、そして同じように言葉を失った。
少し先の方から、『2人』がこちらに向かって歩いている。
片方は、昔、散々からかったり、恋の悩みを聞いたり、最後には殺し合いまでした『彼』だった。時の流れということもあって、17歳になった『彼』の背は伸びていた。
そして……『彼』の隣に並ぶ『彼女』に、アネモネは目を見開いた。その身を犠牲にし、世界を、自分を救ってくれた彼女が、消えたと思っていた彼女が、今、帰ってきたのだ。
「レントン」
そう『彼』の名を呟くと、ドミニクは先程よりも嬉しそうに微笑んだ。
それはアネモネも同じで、彼女はドミニクよりも、もっと大きな声で『彼女』の名を呼んだ。
「──エウレカ!」
アネモネの声は、ベルフォレストに吹く風に乗って、彼らの元にまで届いた。
『彼女』はそれに応えるように、スミレ色の瞳を細めて、柔らかに微笑んだ。
ポケ虹
ハイエボ視聴前:確かに虚無だった。けど聖者誕生とEDは好き。
ハイエボ視聴後:1周まわって本編も好き。