余の好きな“マスター”
「疲れた、な……」
自分の部屋に着くなり、僕はいきなりベッドへと倒れ込んだ。
今日はレイシフトや新しいサーヴァントをカルデアへ迎えたこともあってか、本当に疲れた。
もっとも、人理修復の為に戦い続けてきてから一度も疲れなかったことなどなかったが。
「(いつまで続くんだろう……この旅は……)」
それを考えると気が遠くなるため、あまり考えないようにはしている。
しかし、それでも考えないわけにはいかない問題だ。
いつまでレイシフトを続ければ人理を取り戻せるのか、そもそもこの旅に意味はあるのか。
答えはない、あるはずなどない。
分かってはいる、それでも――
「何をそんなに悩んでおるのだ?」
突然、ベッドの横から聞こえた女性の声。
その声に反応し、おもむろに顔を横へ向けると、そこには今日召喚されたばかりの新しいサーヴァントが居た。
「あ、いや、何でもないよドラコ―。少し考え事していただけさ……」
「むぅ……本当か?余に隠し事などしてないな……?」
「ほんとだよ、何も隠してない」
部屋の椅子に足を組んで座りつつも、寝込む僕をジト目で見つめるクラスビーストのサーヴァント・ドラコ―。
肩に掛かる程長い金髪、大人びた顔立ちをした目の前の彼女は、一見すると成長したネロに見える。
しかし、それを否定するが如く、金髪の左右からは黒色の鋭い角が生え備わっており、その見た目でネロではないどころか“人”でないことを証明していた。
「(まさか、獣のままカルデアに来ちゃうとはね……)」
リリムハーロットでの出来事を経て、本来であれば召喚などできるはずもないビーストと縁ができた僕。
人理にとっては敵であるドラコ―だが、リリムハーロットでの彼女は何度も僕を庇い、そして最後は僕の令呪へ応えて見事魔獣赫を打ち倒してくれた。
そんな経緯もあったことから、僕はドラコ―を全面的に信頼している。
例えビーストであったとしても、彼女がマスターである自分の身を案じてくれていたのは間違いないのだから……
「ねぇ、ドラコ―ってさ……どうしてカルデアに来てくれたの?」
ふと浮かんだ疑問を思わず口に出すと、ドラコ―は少しばかり不思議そうな顔をしながらも僕の疑問へ答えを返した。
「どうしても何も、そなたが獣である余を求めたからだ。それに、リリムハーロットでは色々と世話になったしな、その借りを返す意味でやってきたのもある」
「世話って言っても、僕は成り行きで君の契約者になっただけさ。別に何かしたわけじゃないよ……」
「ふっ、そう冷たい事を言うでない。マスターは、余を最後まで信じてくれたではないか……こうして縁ができるまで」
未だに仰向けで寝込む僕に向け、深紅の瞳を持って熱い視線を送るドラコ―。
その表情はとても穏やかで、どこか嬉しそうだ。
「獣たる余を打ち滅ぼすことが、人理を守る使命を背負ったマスターであるそなたの役目だったはず、だがそれでも余を殺すことなく生かす選択肢を取った。サーヴァントとしての余を信頼してな……」
サーヴァントを信頼することは、自分の中で当たり前のことだった。
生前に伝わる逸話が良くない英霊や、コミュニケーションが上手く取れない英霊だろうが、自分の為に戦ってくれる頼もしい仲間というのは変わらない。
だからこそ、僕はドラコ―を心の底から信じることができたのだろう。
「感謝しておるぞ、マスターよ。あの時そなたが“生きろ”と言ってくれなければ、余はここに居ない」
そう言って席を立ったドラコ―はベッドへと歩み寄り、何を思ったのか僕の隣へと寝転がった。
相変わらず熱の籠った瞳を向けながら。
「ふふっ、余の世界に居たマスターも中々好みではあったが、やはりこちらのマスターの方が余は好きだな……」
「す、好きって……どういうこと?」
「ん?そのままの意味に決まっておるだろう?余はそなたを好いている、傍から離れたくないと思う程にな」
戸惑う僕を後目に、素早く僕の背中へ手を回すドラコ―。
吐息が掛かる程の距離まで顔を近付けた彼女は、頬を朱色に染めて微笑む。
「ど、ドラコ―……?」
「なぁ、マスターよ……そなたは、余のことが嫌いか?」
ずるい質問の仕方だ。
上目遣いで僕を見つめ、わざとらしく甘えるような声で言葉を紡がれては、嫌いなんて言えるはずがないだろう。
もっとも、僕の答えは――
「嫌いなわけない……好きに、決まってるさ」
少し心配そうに僕を見つめていた彼女へ向け、柔らかな笑みでそう答えると、ドラコ―は一瞬きょとんとした後……嬉しそうに顔をにやけさせた。
「むふふ……!そうか!そうか!余もマスターは好きだ。そなたに命じられれば、どんなことでもやってみせよう!」
「ほんとにどんなことでも?」
「ああ、どんなことでも応じるぞ!たとえ、
無邪気な笑みはそのままで、唐突に真剣な瞳で僕を射抜くドラコ―。
その瞳は、確実に僕の心へ燻っていた闇を見抜いているようであった。
旅が終わらないことへの苛立ちや、平穏な生活に戻れないことへのストレス、仲間を失った喪失感、全てが溜まりに溜まって噴出しかけているのを、彼女は最初から分かっていたのだ。
「僕が、そんなことを君に願うと思うかい?人理の破壊を……」
「馬鹿真面目なそなたが、そのようなことを今すぐ願うなどとは思わぬ。だが、もし余の力が必要となれば、その時は力を貸す……たとえ人理を破壊することになろうとな」
「……」
「獣である余を命懸けで救ってくれたのだ。いざという時に、恩返しぐらいさせてくれねば困るぞ?」
複雑な表情をしていた僕へ向け、にっこりと微笑む彼女の声色はどこまでも明るい。
見た目こそネロとは似つかないものの、ニコニコした笑顔はネロによく似ている。
――かわいいな、ほんと……
ドラコ―の笑みに表情を緩ませると、無意識に僕は彼女の頬へ手を置いた。
「ありがとうね、ドラコ―。本当に困ったときは、絶対に頼らせてもらうよ」
「うむ、そうするがよい。余はどこまでもそなたの味方であるからな……愛しておるぞ、マスター」
「僕も、愛してるよ。ドラコ―……」
ああ、こんなに安心した気持ちになるのは久し振りかもしれない。
今まであてもなくレイシフトを続けてきた僕だったが、ようやく背中を預けられる相手を見つけたのだ。
もし、本当に限界が来た時は、遠慮なく彼女を頼ろう。
僕を心の底から慕ってくれる彼女を……
[newpage]
獣であるドラコ―がカルデアへやってきてから数日が経った。
召喚された初日こそざわついていたカルデア内部であったが、特に問題行動を起こさず、マスターに付き添うドラコーの様子に悪い噂など立つはずもなく、現在ではすっかり平穏が戻っている。
「(ふぅ……ようやく騒ぎも収まったか)」
カルデアの廊下を少しばかり疲れた様子で歩く、マスター・藤丸立香。
今回立香はビーストと契約し縁を結んだことで散々ダヴィンチやゴルドルフに詰問され、挙句にはドラコ―との接触を禁じられた。
今となっては接触禁止の命令は解除されているが、それでも初日に彼女と言葉を交わして以降、ドラコーの顔は久しく見れていない。
「(やっぱり、ビーストだからか……)」
いくらドラコーに敵対する意思はなかったとしても、彼女は『堕落』の理を持つ人類悪。
リリムハーロットでの出来事にて、立香と強固な縁を結んだドラコーだが、他のカルデアの面々からすれば警戒せざるを得ない存在なのは間違いない。
だからこそ、立香はあまりダヴィンチやゴルドルフ達を責める気になれなかった。
「人類悪、ね」
基本的には対立し、その都度様々な英霊の力を持って撃破してきたビースト達。
敵として対峙していた際は、当然性格や人物像を詳しく知ることはなかったが、味方としてカルデアに召喚された獣達は皆頼り甲斐があり、危険が迫った時には身を挺して守ってくれた。
今回召喚されたドラコーに関しても表面上は冷たい態度を取っていたが、その態度に反し、行動自体は立香を守ろうと動いていたのだ。
あんなに自分を想ってくれた彼女が人理の敵であると、立香は割り切ることができなかった。
「(じゃあ、何の為に戦っているんだろうね?僕は……)」
数日前にも考えたことを、ふと頭に思い浮かべ、立香は一旦歩む足を止めた。
「(人理修復の為?それとも死んだ仲間の為?もう……分かんないや)」
ビーストとも打ち解け、自身のサーヴァントにできることが可能と分かった今。
一体誰と戦えと言うのだろうか?
カルデアの廊下で一人、頭を抱え込む立香……そんな彼が虚ろな目で顔を上げると、そこには
「っ!ドラ、コー……」
「相変わらず浮かない顔だな、マスターよ?何かあったのか?」
「いや、何も……それより、数日間会えなくてごめんね。レイシフトが立て込んでてて、それで――」
「嘘をつかなくてもよい、余との接触を禁じられたのだろう?ならば仕方ない話だ」
顔色の良くない立香に対し、どこまでも穏やか笑みを持って言葉を掛けるドラコー。
立香は彼女の顔を見て安堵したのか、不意にドラコーの身体へもたれかかった。
「おっと……!大丈夫か、マスター。本当に何もなかったのか?」
「ああ、本当に……何もなかったさ。でも……少し疲れてね……すっごく眠いんだ」
「ふ、なら――遠慮なく眠るがよい。余が部屋まで担いでやる……だから、安心して目を瞑れ。余だけのマスターよ」
耳元で囁かれた、天使の歌声のように美しいドラコーの呟き。
それを聞いた立香の表情は自然と和らいでいき、いつの間にか完全に彼女の胸元へと身体を預けていた。
少しだらしなく思える立香の姿であったが、ドラコーは嫌な顔一つすることなく、むしろ嬉しそうに立香を観察している。
「人類最後のマスターも、こんな顔をするのか……ふふっ、中々可愛いではないか」
自身の胸の中で、立ったままの状態で寝息を立て始めた立香を見守るドラコー。
その表情は、いつまでも屈託の無い笑顔で溢れていた。