人類悪――ビースト。
それは人類を滅ぼさんとする七つの災害の総称であり、決してカルデアにはやってこないはずであったおぞましい獣達の名。
そんな獣が、カルデアにやって来ることを想像できた者が果たしてどのくらい居るだろうか?
「少なくとも、僕は……想像してなかったかな」
マイルームのベッドに寝転がりつつ、ぼんやりと一人呟くのは人類最後のマスターこと藤丸立香。
これまでいくつもの特異点や異聞帯を攻略し、かなりの修羅場をくぐり抜けてきた彼でも
「クラス、ビースト。まさか人類悪と契約する時が来るなんてね」
かつてはティアマトやゲーティア、殺生院キアラ、カーマなど様々な獣達と壮絶な戦いを繰り広げてきた立香及びカルデア。
人類悪、と名が付くように基本的にカルデアとは敵対する存在する者達だが、そのうちの数体は獣としての地位を捨ててカルデアへとやってきている。
しかし、最近やってきた彼女は例外的にビーストのクラスを維持したまま立香と契約をし、そのまま彼のサーヴァントになってしまった。
「そういえば、色々あったな」
当然な話であるが、彼女が来た当初カルデア中は大混乱に陥った。
何せ、下手をすれば内からカルデアを破壊しかねない危険人物が常にマスターの傍に居るのだ、まともな感覚の持ち主であれば必ず警戒心を持つ。
とはいえ幸いなことに先走って彼女を討とうとする者は現れなかったが、それでもしばらくは厳しい視線を向けられ続けた。
「まぁ、それももう過去の話か……」
突発的に発生した特異点・リリムハーロットでの短い付き合いだったものの、彼女と確かに紡いだ絆。
その絆を決して忘れなかった二人は、カルデアで再会するや否や早々に親密な関係を築いた。
寝る時や食事を摂る時、レイシフトや書類仕事をする時……等々。
何事があっても彼に寄り添い、立香の話し相手として傍に居続けた一匹の獣は、いつしか恋心を胸に抱いていた。
無論、本来なら人類悪とカルデアのマスターとの恋は実るはずがなく、実らせていいはずのない禁断の恋。
……だったはずなのだが。
『何かあったら、責任は僕が取るよ』
後先など考えない。
今はただ、自分のしたいことをしよう。
彼女の想いに応えようと強く決意した立香は周囲の反対を全て押し切り、遂には獣を自身の花嫁にしてしまったのである。
今思えば、少々強引な所はあったかもしれない。
それでも、立香は彼女と結ばれたことを全く後悔していないようだった。
「(人類悪だろうとビーストであろうと関係ない。君という女性に、僕は惚れたんだ)」
結婚してから早くも数か月。
頼れるサーヴァントとして、そして妻として。
献身的に自分を支えてくれる彼女の存在の大きさを改めて実感しつつ、立香は朗らかな表情で数日前のレイシフトを思い出すのだった。
「やっぱり君が、
…………。
……。
敵襲もなく、穏やかな時が流れるカルデア・ストームボーダー。
つい数週間前にあったような大きなトラブルも無く、いつものように船内に静けさが漂う中……難しい顔で船内の廊下を歩く一人の少女の姿があった。
「うーん、一体どうすればいいんだろう……?」
カルデアの頼れる技術顧問であり、いつもであればその可愛らしい顔に違わぬ明るい表情を常に周囲に振り撒くダヴィンチちゃんことレオナルド・ダヴィンチ。
そんな彼女が珍しく頭を悩ませ、何とも言えない表情をしている原因。
それは、全てマスターである藤丸立香にあった。
「(あれほど休めって口を酸っぱくして言ったのに、まーた無断でレイシフトに行ってるよ……)」
責任感が強すぎるせいか、立香はほとんど休みを取らずに毎日のようにレイシフトやトレーニング、レポート作成に邁進している。
当然、マスターとしての自覚があるというのは良いことではある。
しかし立香の場合、自分の身体を蔑ろにしてまでマスターの責務を果たそうとするなどと極端さが非常に目立つ。
そのため、周囲が彼を無理矢理でも休ませようとするのだが。
「結局、休ませても自室でトレーニングしてたんだから意味ないよね」
もちろん、彼が一切休みを取らずに問題なく活動をしているということであれば、ダヴィンチも特段文句はない。
だが、立香は過去に何度も無理が祟って倒れている。
それを考えると、ダヴィンチは気が気でなかった。
「(だけど、どうやってマスター君を休ませようか……?)」
普通に休めと言っても駄目である以上、後はベッドに縛り付けておくか部屋に軟禁しておくぐらいしか方法が思いつかない。
「ふっ、まぁ……マスター君にそんなことできるわけないしな」
自分でも馬鹿げていると思うアイデアしか浮かんでこず、ダヴィンチは思わず笑いを溢してしまう。
引き続きあてもなく廊下を歩きつつ、思考を巡らせようとした時。
不意に、ダヴィンチに声を掛ける者が居た――
「ん?珍しいな、そなたがこんな所を歩いているのは」
先程まで静けさが漂っていた廊下に明るい声を響かせ、ダヴィンチへ歩み寄っていく一人の女性。
灰色の縦セーターに青のジーパンを身に付け、首から金のペンダントを下げた現代風の恰好をする彼女……いや、獣の名は。
「っ!ドラコー……」
「うむ、久し振りだなダヴィンチ。元気にしておったか?」
「う、うん……元気、かな?」
意外過ぎる人物との鉢合わせに戸惑いを覚えるダヴィンチを後目に、頭に大角を生やした獣は口から犬歯を覗かせながら申し訳なさそうにダヴィンチの手を握った。
「先日は色々とすまなかったな、ダヴィンチよ。迷惑をかけた本人は居らぬが、改めて礼を言わせてくれ」
「あ、ああ……別に気にしなくていいさ。あれは、本当の君自身じゃないんだから」
つい数週間前。
召喚システムの謎の不具合により、突如としてカルデアに召喚された二人目のドラコーであるソドムズビースト。
自らを「並行世界からやってきた存在」だと主張する彼女は、ドラコーと同じクラス。
つまり、獣のままカルデアに来てしまった存在である。
「(彼女がドラコーみたいな性格だったらよかったんだけどね……)」
ドラコーの場合、カルデアに馴染むべく積極的に他のサーヴァントとの交流を持った。
だが、それとは正反対にソドムズビーストは周りと一切仲を深めようとしなかったのだ。
『
『他の英霊か?ふん、全く興味が湧かぬな。
立香にしか興味がない、それ以外はどうでもいい。
艶やかな血のボンテージに紅い獣耳、紫がかった紅い瞳を輝かせつつ邪悪な笑みを崩さない彼女は、その禍々しい見た目も相まってかドラコー以上に危険な存在とみなされた。
幸いなことに、ソドムズビーストを悪く思っていなかった立香や彼の意向を汲んだダヴィンチがどうにか他のサーヴァントを宥めているが、いつ彼女を討とうと先走るサーヴァントが出てきてもおかしくない状況だ。
「まったく、あの者が本当に同じ余なのか疑いたくなるぞ……なぜあそこまでツンツンしておるのだ?」
「さぁ?同じ存在の君に分からないなら、彼女にしか分からないんじゃないかな」
「ふっ、それもそうだな。なら、手の打ちようもない」
互いに深く溜息をつき、苦笑いを溢すダヴィンチとドラコー。
さて、気難しいソドムズビーストをこれからどうしていくべきか?
二人して同じ事を考えていると、おもむろにドラコーはダヴィンチへ疑問を呟いた。
「そういえば、先程は何やら考え事をしていたようだが何を考えておったのだ?」
「あ、うん、それがマスター君の……君の旦那様のことで色々とね」
「む?旦那様のことか。なら余にも関係がある、できれば話してほしい」
「ああ、助かるよ。本当は早い内に君にも――」
相談したいと思っていた……
そう言い掛ける寸前で、ダヴィンチはあることを閃く。
「(もしや、ドラコーだったら……)」
突発的に浮かんできたアイデアではあるものの、本当に実現できるかは分からない。
そう感じたダヴィンチは、廊下に他のサーヴァントが居ないことを確認すると、声量を下げてドラコーに話しかけた。
「ねぇ、ドラコー……唐突で悪いんだけど、君の部屋に行ってもいいかな?」
「ああ、別に余は構わぬが何故だ?」
「とっても重要な話があるんだ。できれば君と、私、それと彼女・ソドムズビーストで話がしたい」
「むぅ、ここでは話すのは駄目なのか?」
ダヴィンチと同じように声を小さくしたドラコーが彼女に問い掛けると、ダヴィンチはゆっくりと首を縦に振った。
「ここじゃ駄目だ。とにかく、落ち着いて話せるところがほしいんだ」
立香に関する重要な話。
それも他のサーヴァントらに聞かれるとまずいとなると、かなり複雑な話であるのだろう。
自身を見つめるダヴィンチの真剣な表情を見たドラコーは即座に事情を察し、彼女の耳元で返答を呟いた。
「……何か事情があるのは分かった。ともかく、余の部屋に来るがよい」
「……!ありがとう、ドラコー」
「礼などよい、それより部屋に着いたら話してもらうからな」
「うん、もちろんだとも」
ダヴィンチの言う「重要な話」というのが何なのかは分からない。
しかし、立香のこととなると大体話の方向性は察せる。
「(はぁ、余だけならいいものを……他の者にまで迷惑をかけるとは)」
相変わらず面倒のかかる旦那様に呆れつつも、ドラコーはダヴィンチを連れて自身の部屋に向かうのだった。
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今回絵を描いていただいたのはSuguruTenkyoh様です、素敵な絵を本当にありがとうございました!
SuguruTenkyoh様のX→https://x.com/suguru_ST