ある日のストームボーダー。
「いやー、今日も疲れた……」
数時間に渡るレイシフトを終え、若干ふらふらになりながらストームボーダーの廊下を歩く黒髪の少年・藤丸立香。
人類最後のマスターとして責任感を持っている彼は、今日も過酷なレイシフトをこなし、日々世界を救う為に奮闘を続けている。
立香がここまで歩んでこれたのは、彼の声に応じて召喚に応じた無数の英霊達のおかげであることは間違いない。
「今日もドラコー、部屋に居るかな?」
数か月前、立香は獣であるサーヴァント……ソドムズビースト/ドラコーと結ばれた。
元々あまり恋という物に興味がなく、女性に対して特別な感情を抱くことが少なかった立香ではあったが、花嫁衣裳を着たドラコーの熱烈なアプローチもあり、彼女と一生を共にすることを決めた。
流石に結婚式なるものを開くことは時間的に余裕がなく、まだ開けてはいないものの、カルデアの関係者やサーヴァントはドラコーと立香の新たな門出を全員で喜んだ。
そんな経緯もあり、今ではすっかり仲睦まじい夫婦となった二人だったが、ここ数日レイシフトや書類整理の仕事に追われ、立香は中々部屋に帰れない日々が続いていた。
「(きっと、ドラコーは寂しがっているだろうな……絶対に謝らなきゃ)」
数週間前から度々、部屋に帰らないことがあったことを思い出した立香は、急いで愛しい妻の待つ自室へと向かうのであった。
**
「ごめん!数日間、部屋に帰れなくて!」
自室の扉を開けた瞬間、立香は頭を深々と下げて謝罪の言葉を口にした。
以前、一日だけ部屋を開けた際、ドラコーに涙目で詰め寄られた出来事を覚えていたこともあり、彼女はすぐさま自身の元へと駆け寄って来るだろう……そう思っていた。
しかし。
「ん?あれ……?」
数十秒経っても一向に返事が返ってこないことに首を傾げた立香は、下げていた頭を上げ、部屋を見渡してみる。
「ど、ドラコー?」
普段なら部屋にある備え付けの椅子に座るか、鏡の前でハベトロットに貰ったであろう服を熱心に眺めているはずなのだが、そんな彼女の姿はどこにもない。
――何か、用事でもあったのかな?
色々と彼女が居ない理由を考察してみるものの、彼女と結ばれてから一度たりとも立香の部屋に居ないことがなかっただけに、少しだけ違和感を感じてしまう。
「(やっぱり、居ないよね……)」
とはいっても、彼女がどこにも見当たらない以上は、いくら探しても時間の無駄だ。
大人しくドラコーの帰りを……
「ん……?」
先程まで気に留めていなかったベッドへふと視線を向けると、ベッドに掛かった毛布が明らかに不自然な膨らみを見せていた。
一瞬、ドラコーかと思ってしまったが、彼女にしては膨らみの大きさがやけに小さい気がする。
誰か、寝ているのだろうか?
「(子供、かな……?でも、ジャックやナーサリー、アビゲイル、カーマがわざわざ僕の部屋に侵入してくるとは考えにくいよな)」
過去に一度だけ似たようなことがあったと記憶はしているものの、ダヴィンチや新所長に厳しく注意されて以来、部屋に侵入したサーヴァントは一人も居なかったはずだ。
「おーい、そこで寝ているのは誰かな?」
念の為に一度声を掛け、毛布を被っている人物を確認しようとするが、反応は全く返ってこない。
「(反応無し……一体、誰がベッドで寝てるんだ?)」
自身のサーヴァントがただぐっすりと眠っているだけなら、特段警戒することもなくベッドに歩み寄って優しく起こすのだが、毛布が動く気配は一切なく、寝息が全くと言っていい程に聞こえてこない。
となると、ベッドに居る人物はおそらく起きているのだろう。
「(敵、かもしれないな……)」
過去に、カルデアへ敵――コヤンスカヤが侵入した前例がある以上、マスターである立香を部屋で直接襲撃するということも有り得ない話ではない。
何せ立香は元・人類最後のマスターであり、百を超える英霊達と縁を結んでいる史上最高のマスターだ。
最近ではカドックが第二のマスターとして活躍しつつはあるものの、もし今のカルデアが立香を失えば、すぐにでも崩壊することは間違いないだろう。
「おーい!起きてもらっていいかな!」
少々声のボリュームを上げ、再度声を掛けてみるものの、やはり反応は無い。
すると、その反応を見た立香は礼装の手袋を外し、ベッドへと慎重な足取りで向かって行った。
「僕のサーヴァントだったら、返事をしてもらっていいかな?別に部屋に入ったことは、怒ったりしないからさ!」
いつもと変わらぬ明るい声で、そこに居るであろう
「(とりあえず、令呪はすぐにでも使える。だけど、一画しかないな……)」
このストームボーダーに侵入できるということは、獣……ビーストクラスの敵、もしくはそれ以上の敵である可能性が高い。
仮にドラコーを呼んで応戦するにしても、膠着状態になることは必須であり、確実にマシュや他のサーヴァントの力を借りなければならないだろう。
「(こういう時に限って、令呪が一画しかないとはね)」
苦笑いを溢しながらも、冷汗を額から流す立香の表情に余裕はなく、全ての神経を膨らんだ毛布へと向かわせる。
「(来るなら来い……!)」
いつでも彼女を呼び出せるようにし、更にベッドへと歩み寄っていく立香。
張り詰めた空気が部屋中に広がり、呼吸をするのも苦しくなる中……不意に、立香の瞳に見覚えのあるものが映り込む。
「え?」
先程までは遠目で分からなかったが、岩のようにゴツゴツとした表面ながら美しく煌めく紅色の鱗を備えた尻尾の先が、僅かながら毛布からはみ出ている。
一見すると竜にも見える立派な尻尾を持つ英霊は、自分が知る限り一人しか居ない。
それは、もちろん。
「ドラコー!」
ベッドで横たわる人物が彼女と分かった瞬間、立香は警戒を解いてベッドへと駆け寄って行く。
すると――それに応じるかのように赤き獣の幼女はむくりと起き上がったかと思うと、不機嫌そうな顔で立香を睨み付けた。
「遅いぞ、マスター。余をどれだけ待たせるつもりだ?」
「ご、ごめん!レイシフトと、書類仕事で忙しかったんだ!」
「それにしても限度があるだろう?数日部屋に帰れないとは、どういうことだ?」
「うっ、それは……」
ドラコーに返す言葉もなく、顔を俯かせるしかない立香。
――はぁ……夫失格だな、僕は……
心の中で大きく溜息をつき、立香は改めて謝罪の言葉を口にした。
「ごめん、ドラコー。今度からは、事前に報告するようにするからさ……今回は、許してほしい」
「 “今回は”か……なるほど、ということは前回もあったということだな?」
「う、うん。でも、次回からは絶対に無断で部屋を空けたりしないから……!」
鋭い口調で言葉を投げるドラコーに対し、ただひたすらに謝罪を続ける立香であったが、よほど腹に据えかねていたのか、彼女は一向に険しい表情を崩さない。
「余は待っていたのだぞ?ここ数日、貴様の帰りを……だというのに、無断で部屋に帰らなかった上に謝るだけで許してくれとは、随分と虫が良い話だとは思わぬか?」
「た、確かに、そう……だね……」
いつもは天動説体である第三再臨の姿で温かく迎えてくれるドラコーだが、童女でありながら殺気立った瞳を崩さない地動説体の姿をした今の彼女は別人のように恐ろしい。
おそらく、それだけ約束を破ったことが許せなかったのだろう。
「(どうしよう……このままドラコーの機嫌を損ねたままじゃ、絶対にまずいよね)」
謝罪、だけでは足りないことは分かっている。
しかし、となると何をすればいいのだろうか?
色々と思考してみるものの、都合よくいい考えが浮かぶ訳もなく、遂にはその場でフリーズしてしまう立香。
すると、ドラコーは「もういい」とばかりに溜息をつき、ベッドから降りて立香の元へと歩み寄った。
「がっかりだな、
戸惑う立香を後目に、妖艶な笑みを浮かべて首元へと腕を絡ませるドラコー。
同時に尻尾が身体に巻き付き、完全に逃げられなくなってしまった。
――これも、ある意味運命か……
全ては自分の自業自得だ。そう思った立香はまともに抵抗せず、ドラコーをじっと見つめるのだった。
「さぁ、存分に堪能させてもらうぞ?マスターよ」
**
「ふぅ、ようやくできた。こんなに時間が掛かってしまうとは思わなかったぞ」
ストームボーダーの食堂、その厨房で一人汗を流し、達成感を存分に味わう余。
いつもはエミヤやタマモキャット、他にも色々な料理好きの英霊達が厨房には入り浸っているのだが、今日一日は余のわがままを聞いてもらい、厨房を貸し切りの状態にしてもらった。
その理由は、たった今出来上がった物に全て詰まっている――
「ふふっ、我ながらよくできているではないか。余の作ったとっておきの愛妻弁当♪」
普段、レイシフトや書類整理に追われ、食事を摂る時間すらまともにとっていない余の旦那様であるマスター。
いつもブロック状のクッキーのような物や、栄養の入ったゼリーで食事を済ませてしまっている所を見ると、妻である余としては少々心配になってしまう。
そこで、今回余は満を持してマスターの出身である日本のおかずが入った弁当を作ったのだ。
「(卵焼きに唐揚げ、きんぴらごぼう、焼き鮭、アスパラの肉巻き……改めて見ると、かなりの量だな)」
弁当を作るにあたって、食堂の料理長のような存在であったエミヤに相談すると、余に様々な日本の弁当に入るおかずの作り方を手取り足取り教えてくれた。
何故、そこまで詳しいのか聞いてみたい気持ちはあったが、彼のおかげで無事完成に漕ぎ着けることができたのは間違いない。
「この愛妻弁当ならば、マスターも食べてくれるであろう♪」
おかずの入った弁当箱の蓋を閉じ、中に白飯の入った弁当箱の上に乗せると、しっかりとゴムバンドで固定して、用意していた赤い袋へと入れる。
後は、マスターの元に行って、この弁当を食べてもらうだけだ。
「(待っているのだぞ、マスター。そなただけの花嫁・ドラコーが、しっかりと美味い物を食べさせてやるからな♪)」
弁当を頬張る愛らしいマスターの様子を妄想し、顔を仄かに朱色に染めると、余はスキップするようにして厨房を後にした――