「リンちゃんはやってくれたよ?」 作:アキラゼミ
「……あ」
「先生……」
シャーレに戻ると、今日のシャーレの当番であるヒナとばったり出会った。彼女の目の周りは赤く、泣いていたというのが私でも分かる。
「「……」」
一緒にエレベーターに乗り込み、上階に向かう。静かなエレベーター、それに加え一度だって途中の階に止まる事もなく、誰かが乗り込んで来ることもないので、本当に気まずい。
「「あのっ……」」
声が重なる。ヒナも同じような事を考えていたんだろう。表情やら、声の上擦り方までが似ていた。そして互いに「ヒナから」「先生から」と話す順を譲り合ったりなんかして。
そうこうしている内に執務室のある階に到着し、歩きながら話す事に。
「……おはよう、ヒナ」
「……おはよう、先生」
「昨日の事……誰かに言ったりした?」
「言ってどうにかなるなら、言いふらすかもね」
「どうにか……っていうのは?」
「先生と、聖園ミカの仲を、裂けるなら────」
「…………!?」
「ごめんなさい。私、嫉妬ばかりしてる。ううん、羨ましがってばかりなんだ」
「……羨ましがる?ヒナが?」
「羨ましいよ。今でこそ権限は剥奪されたとはいえトリニティの、ティーパーティーの一員で。なのに役割に縛られず、自由な彼女が。────何より、先生に、素直な態度を示せるのが羨ましい」
そう言うヒナも十分に素直なように思えるけれどヒナ本人からすればまだまだそうではないらしい。やはり人の心というのは分からない。
心の中では、こうして態度にも言葉にも出せないヒナの想いがグルグルと渦巻いているんだろう。
「……ヒナは、風紀委員の仕事、頑張ってるもんね。疲れたならすぐに言ってね。私で良ければ、また、ヒナの拠り所になるから」
「ううん。もういい。先生は既に聖園ミカと正式に付き合ってる。──拠り所じゃダメ。私が望むのはそうではなくて……。そこに割り込む余地は無い」
「割り込む……?」
「だけど……たまにでもいいから、構ってね。私は、それで満足……するから」
嘘だ。心が読めない私でも、それだけは分かる。そんな寂しそうな顔をしておいて何が「満足」だ。ヒナはもっと甘えたがりなんだ。少し構うくらいでどうして満足などできるだろう。できるはずない。だからこそ彼女はそんな想いを吐露しているんだ。
「……ヒナ。昨日の私の発言を許してほしい」
「え?」
「デリカシーに欠けていたよね。ごめん。勝手に、あれこれ語って、ヒナの事を完全に置いてけぼりにしていた。……ごめんね、ヒナ。赦してほしい」
「な……せ、先生が謝ることなんかない…………私が、そもそも……」
口をつぐんでしまった。そんな話をしている内に執務室前に到着。ガチャガチャと、力の入りにくい手で鍵を回し、入室。入口近くのスイッチで電気を点けて、ヒナとシャーレの執務室に。
「……ヒナ、悪いけれど少しだけ待っててもらえる?シャワー……は浴びたけど、着替えとかさ」
「うん……。何かやる事はある?」
「それが殆ど無いんだ。昨日以前に、やれるだけの仕事を終わらせたからね。まぁ、ヒナとは話したい事もあるから、ちょっと待っててね」
「うん、わかった」
一応、タクシーで移動中にミカが寝落ちしてからカヤにモモトークで連絡しておいたけれど、返信も来ないし、色々心配だ。大丈夫だとは思うけど。
「……カヤ……?」
隣の部屋に移動するだけで、ムワッとコーヒーの匂いが溢れてくる。溢れてやまない、胸焼けすらもしてくるくらいのコーヒー臭。
一体何があったのかとカヤの姿を探すが、彼女の姿はどこにもない。背筋に嫌なものを感じ、荷物を投げ出して慌ててカヤを探す。
「カヤッ!どこ!?大丈夫?隠れてるのっ?カヤ?どこ行ったの、カヤ!!」
匂いの源泉はキッチンだった。淹れたコーヒーをそのまま放置してある。まさか脱走、いやそれならいいが誘拐かと嫌な予感が脳裏をよぎりまくる。
すると、ぽわんと真っ暗なキッチンの隅でカヤのヘイローが浮かんだ。
「せん……せ……?」
「カヤ!!」
カヤはキッチンの隅っこで、うずくまって、体育座りのままで寝ていた。昨日は何もしていないのに彼女の人格は「幼カヤ」に切り替わってるし顔色も悪いし、色々と大変な事になっていた。
私はヒナを呼び、
「……酷くやつれているように見えますが、どうやらただの空腹によるものでしょう。座っていた、との事ですが、この具合だと、恐らく丸一日は何も口にしていないと……」
「カヤ……どうして……。ご飯なら冷蔵庫の中に用意しておいたって……」
「別に……なんでもないもん。食欲……無いの……」
「何でもなかったらどうしてっ……」
「先生。……今は、そっとしておくのがいいです」
「っ……」
セリナに促され、看病は彼女に任せることにしてお粥だけ預け、ヒナと寝室を出る。
「……まさか、行方不明だったはずの元代行を先生が匿っていただなんてね」
「世間の目からカヤを隠すには行方不明を偽装する必要があった」
「それは、分かる。リン代行に戻ってしばらく経つ今でも、レッドウィンターによるデモは継続してるらしいと風の噂で聞いた。カヤ元代行がシャーレで無事だとバレると、今度はシャーレでデモが起きる可能性が高いのは自明の理。────先生はそれを考慮して元代行を匿っていたんだ。驚きはすれど、引いたりはしない」
「……ありがとう、ヒナ」
頭を撫でると、ほんのり頬を赤らめ、黙り込む。執務室のソファで並んで座りセリナを待つ。その後カヤのカウンセリングをしたセリナに、今の彼女の状態などなどを聞き、精神的に疲弊しているという話をされた。
「────ですので、ストレスフリーな環境で一度ゆっくり休ませるのがいいかと思われます。しかし今のキヴォトスに、カヤさんが堂々と過ごせる場があるとは思えません。代替案としては、カヤさんの思いのままに過ごさせる事でしょうか。ワガママに過ごす事でストレスを発散させるのが目的です」
これには私も頷かざるを得なかった。幸いにして連邦生徒会からの書類も減り続けているから時間はたっぷり作れる。今日のヒナとの会話を終えたら、後はカヤと過ごそう。それがあの子の為になるならそうした方がいい。
たまにはそれくらいしたってらバチは当たらないだろう。
それからセリナはシャーレから帰り、再びヒナと私の2人きりになる。相変わらず気まずいがずっとこうしているワケにもいかない。
どう話を切り出そうかと悩んでいると、今度は、ヒナから話を切り出した。
「……聖園ミカとはどこまで進んだの」
「……イケるところまで」
「左手薬指の
婚約指輪はあまり普段からつけるものではないと店員さんに言われた。だからそこはミカと話し合い私達は普段使いするように決めた。だから、ヒナも指輪が目に留まったんだろう。
「……お察しの通りだよ」
「っ……」
目を逸らすと、スンスンと鼻を鳴らしながら目を強く擦って、泣き出すのを我慢するような素振りを見せる。やがて感情の昂りが収まったか、ゆっくりこちらに向き直ると、口元を無理に引き上げ笑顔を作り、私に見せてくる。
「そう。……おめでとう、先生。先生が幸せだったら私も嬉しい」
「……ヒナのそんな顔を見せられたら、心から幸せになんてなれないよ……」
「気にしないで。元からだから」
「ごめん……デリカシーに欠けるせいでヒナにイヤな思いさせてしまって……。もっと、その…………察せるように、努力するから……」
「私が泣きそうなのは……デリカシーとか、そんなのじゃなくって……。先生が……他の女に取られたことだからさ。だからもう……いいのよ、先生」
涙を流し、無理に微笑んで見せる。ヒナにこんな顔をさせてしまった自分が、心の底から恨めしい。
今だけはミカの甘い言葉に乗ろう。今はその方がヒナの為になる。私はヒナを思い切り抱き締めて、背中をさすり、頭をポンポンと撫でる。
「……せ、んせ……?」
「ヒナ。確信を得たいから聞かせてほしい。ヒナは私のこと、どう思ってるの?────言えないなら言えないでいい。私にも分かるよう伝えてほしい。私はそれに、絶対に、全力で答えるから」
「絶対に答える?……バカ言わないで!聖園ミカと、結婚の約束まで済ませているクセに……ッ!これ以上期待させないで!勘違いさせないで!先生だったら本当に私の気持ちに答えてくれるかもなんて、私に思わせないで!……だから……離してよ先生ッ……」
「まだヒナが私をどう思ってるか聞いてない」
「ッ……振り払ってないんだから……ッ……察してよ、先生っ……うっ……ううっ……!!」
「……振り払うどころか、むしろヒナから抱きついてくれてるもんね……」
「っ言わなくていいからっ……!」
「何がしたい?言ってごらん。全部叶えてあげる」
「私だって先生とイチャつきたい!!先生ともっとデートしたい!!手を繋いでお散歩してみたい!!私だって先生が好きっ!!でもダメなの、先生には彼女ができちゃったから!もう手遅れなの……全ては手遅れ!……私に……もっと勇気があれば……ッ!」
ギュウウッ……と力が込められる。息が苦しくなるくらいに強く抱き締められ、少し痛い、と言おうとするが、ヒナはこんな苦しみ以上に苦しんだんだ。私もその分、同じように苦しまなくては。
「……ヒナにもあるよ、勇気。だってちゃんと言えたじゃない……偉いよ、ヒナ」
抱き締め返しながら後頭部を撫で回す。すると、次第にヒナの力が弱まって、自然と抱擁は解けた。
鼻の頭同士がツンと触れ合うくらい、近くで顔を合わせる。紫の中の、黒い縦長の瞳孔がまっすぐに私を見据えている。可愛くてたまらない。
「……分かってるの?この先は……浮気になるよ」
「ミカはイイよって言ってた」
「それは────随分と奇妙だね」
「ミカが言うには『先生の初彼女が私なのは、永劫変わらない事。心が私から離れなければいい』ってことらしいよ」
「……お嬢様の考えることは分からないね。だけど、そっか。許されるなら、私はそれに、甘えたい」
「甘えていいよ。私はもう、ミカの言葉に甘える」
「うん……私もそうする」
ゆっくり目を閉じるヒナ。これはそういう事かと思った私は、あまり躊躇うことも無く、ヒナの唇に自分の唇を重ね合わせた。
「……キス、しちゃったね。先生の浮気者……♪」
「う……地味に刺さる……」
「それで──先生は、どうしたいの?」
「ヒナのシたい事を、シてあげたい」
「ふふ……。それ、私のお願いにかこつけて、先生が私とそうなりたいだけなんじゃない……?」
「かも、しれないね」
「ホント、先生ってば……イオリの足も舐めるし……ダメな人だね……♪」
「今はヒナの角を舐めたい気分かも……?」
「角なんか舐めるのなら……もっとキス、してよ……私がどれだけ、先生とこうしたかったと……」
「ん……ごめん……」
「初めてシャーレの当番に来た頃にはもう、先生とじゃれ合いたいって思ってたのに……」
「じゃれ合い!?思ったより大胆……いへへへへっ、ほっへひっはははいえぇ!?」
「ふふっ……何言ってるのか分かんないな……♪」
両頬をみにょーん、と引っ張られ、まともに口が利けなくなる。しかしヒナはそんな私の様子を見てクスクス笑ってくれたので、私はお返しにと彼女の頬を同じように引っ張ってやった。
「……へんへ?はにひへるの?」
「へへへへ〜……ほっへやはははいへぇ♡」
お互いに相手が何を言っているか分からないが、そんな無駄な時間が楽しくって、小一時間くらいはこうしてソファで2人で互いの身体を触り合った。
前に公園でそうしたように、ヒナが私の足の間に座って、私はそんな彼女の、頭皮の匂いを嗅いで。ヒナが私の足に触れれば、私もヒナの足を触って。
「……ねぇ、先生」
「なぁに?」
「こんな風に甘えたり、じゃれたりする私、どう?気持ち悪く……ない……?」
「気持ち悪くなんかないよ。可愛い。だから私も、こうして……スーッ…………ヒナと触れ合ってるんだよ」
「サラッと頭の匂い嗅がないで」
「良い匂いだよ。私は好き」
「……私も、先生の匂い、好き。……相性、良いね」
「そうみたいだね」
小動物のように、私の胸元にキュッとしがみつくヒナは、本当に幼い子供のようで可愛らしい。まぁ見た目からして幼いけれども、良い意味で見た目と中身が釣り合っていてとても愛らしい。
「私も……先生の彼女に、なれるかな」
「そうだね……私はヒナの事も彼女にしたいけれど。ミカが、そこまで許してくれるかなぁってね」
「……許可制か。もしかして先生、許可さえ取れたらハーレムでも作るつもりなの?」
「あはははっ、流石にそれは無理でしょ!」
「どう……だろう。もし可能なら、そうする?」
「いやぁ、ミカとヒナ……で、十分だよぉ」
「今の間は何?」
「えっ」
「……先生、イオリも好きだもんね?私の次はイオリ狙う予定なの?」
「狙うとか狙わないとかじゃないよ……ハーレム作る前提でいるけど……」
「先生……半年後にはハーレム作ってる気がするよ」
「えぇ……私ってそんなに信用無いかなぁ……」
「人たらし、女たらしって意味なら大いに信用あるけれど」
「……」
「冗談」
「あはは……」
その後、ヒナと軽いキスや触りっこを繰り返して仲を深めた。奇しくもミカの言った通りになったが私やヒナは心置き無くミカの言葉に甘えることに。
更に数時間後、私とヒナがイチャつく場にカヤが現れ、乱入してきた。幼カヤは嫉妬深くて、ヒナに引っ掻き攻撃なんかをしたりなどと大暴れしたが、スイスイ攻撃を躱され、すぐにバテてしまった。
因みに私の作ったお粥は「普通」だったらしい。フウカやルミに、料理を教えてもらうのもいいかもしれない。
昨日投稿したシロコの話です。
かなり私の性癖に刺さったのが書けました。
https://syosetu.org/novel/319579/3.html
カヤ虐メインの本作と、ハーレムメインの別作品、並行して書きます。更新頻度はお察しください。
なお、こちらの次回更新は明後日の金曜日です。