「リンちゃんはやってくれたよ?」 作:アキラゼミ
「うぅ…………せ……せん、せぇ……っ」
「……?」
うわ言のように繰り返す言葉が聞こえてきたので私は夜中にも関わらず目を覚ました。
隣ではいつも通りカヤが眠っている。──いや、どうやら、いつも通りではなさそうだ。やけに顔が赤く、火照っていて……汗びっしょりだ。
「カヤ……?」
おでこに触るが、熱した石のように、酷く熱い。原因は分からないが、カヤは発熱しているようだ。一先ず、洗面所に移動し濡れタオルだのコップだの用意できるものを用意して、汗を拭き取りおでこに濡れタオルを乗せてみた。
そういえば今日は、いつもより食べる量が極端に少なかったな。本人は「ただの夏バテです、お気になさらず」なんて言ってたけど、夏風邪かな。
夏風邪ってタチ悪いんだ。夏は暑くて疲労が蓄積しやすい上に、暑さによるストレスとか睡眠不足が重なるせいで、普段の風邪よりも長引きやすい。
こりゃ明日はシャーレも休業だな。日がな一日、こうしてカヤと過ごしてるんだ。多分だけれど私もカヤから
◆
「う……」
「お。おはようカヤ、起きたね。いつもよりかは、ゆっくり寝られたみたいだね」
「せんせ……?なんですか、このタオル……」
「まだ熱は引いてないから大人しく寝てなね」
「っ……確かに身体はダルいですが……この程度なら仕事できます……問題ありませんよ」
「無理しなさんな、今日は休みにしたから」
「私は、超人、ですからっ!風邪如きで業務に穴をあけるなどというのはプライド──ゲホッゲホッ……コホッ……」
「あーもう、咳まで……ほら寝て寝て」
「むぅ」
意地でも身体を起こそうとするカヤの肩を押してベッドに寝かせてやる。これくらいしないと、今のカヤは休んでくれなさそうだ。
「もう連邦生徒会にも当番の生徒にも連絡したからどちらにせよだよ。私もゆっくりカヤの看病するしカヤは寝てな。お粥、作ったけど……食べれる?」
「要りません。インスタントばかり食べる先生が、何をまともに作れるんですか。せいぜいが目玉焼きだとか、トーストだとか、そんなものでしょうに。それと、先生のお粥なんて、精液が混ざってそうで食べたくありません」
「酷いな!?病人にそんな事しないよ!」
「……」
ジトーッと、凄い目を向けてくる。そんなに私、信用無いのかな?別人格が生えてくるくらい色々と精神的に追い込んだ前科があるからダメなのかな。
もしそうなら完全に私の自業自得ではあるけど、それにしたって、こう……ねぇ。
とりあえず、お盆に載せたお茶碗を見せてやる。ホカホカと白い湯気が立ち上り、ほんのりと、甘いご飯の香りが漂う。
「卵粥だけど、どうかな。クックパ〇ドで作り方を調べながら作ったんだけど」
「……一口だけ、食べてあげますよ。勿体無いので。残りは先生が食べてください」
「よかったぁ。じゃ、フーッフーッ……」
「あの……それくらい自分でやりますから……」
「あ、そう?ごめん。じゃ、あーん」
「ふーッ、ふーッ…………はむ……んっあぢゅっゲホッゲホッ!!」
「うわっ!大丈夫!?」
「熱く作りすぎですよ!バカなんですか!?」
「だから冷まそうとしたんじゃん!」
「そんな何回もフーフーしなくても冷めるくらいの温度で作ってください!猫舌じゃなくても、こんな熱さは無理ですよ!」
「じゃ私がフーフーするから。冷めるまで。カヤが何回もフーフーしちゃ、無駄に疲れるから……」
「ったく……世話の焼ける人ですね」
いやそれこっちのセリフ。それ完全に私のセリフだと思うんだけど、あれ?私がおかしいの……?
◆
「……ご馳走様でした」
「お粗末様でした〜。結局、全部食べてくれたね。私の分が無いや」
「薄味でした。もう少し塩味は濃くていいですよ。その方が食が進みますので」
「……」
「あと、コーヒーマシン持ってきてくれませんか?そろそろ朝のコーヒータイムにしたいのですが」
「ダーメ。汗でいつもより余分に水分が出てってる身体にコーヒーなんて取り込んだら、余計に水分が足りなくなっちゃうよ」
それ以前に寝室でコーヒーマシンだなんてどんな神経してるんだ。そもそも私は紅茶派だし、もっと言うならエナドリ派だ。寝室内をコーヒーの匂いで満たしたくはないよ。零した時が地獄になるしね。
「ええ?カフェインの利尿作用について言ってるんですか?私はもう慣れてますし大丈夫ですよ」
「ダメだって。ただでさえカヤの身体は疲れてるんだから、せめて風邪が治るまではコーヒー禁止」
「えー!?」
「リンゴジュースでも飲む?天然生搾りだけど」
「はい?」
「じゃんっ!リンゴ、用意したんだ!兎でも作る?それとも
「……じゃあ……ジュースで……?」
「OK、ちょっと待ってね。……んぐぐぐ……ッ」
「え?」
リンゴを1つ手に取り、ギチギチギチィッと爪が食い込むくらい強く握り締める。すると、パキッと音を立ててリンゴにヒビが走り、ぱたぱたと真下に構えるコップに果汁を零す。やがて、メシャアッと潰れながら、果肉の破片と果汁が混ざりあった。
「ヒェッ」
「フーッ、やっと1個目。もう何個かやらないと、ジュースとしては飲めそうにないね……」
「ちょっと待ってくださいよ先生、どうしてそんな握力を……」
「この前さ、前に連邦生徒会に申請した、私専用の各種武器、届いたでしょ?だからサオリに頼んで、遂に特訓を始めたけど……その副産物かな?」
「…………」
「待ってね、あと4、5個くらい潰すからね」
「!?」
リンゴを潰すにもコツがある。コツさえ掴めば、そこまで並外れた握力は要らない。逆に言うなら、コツを使わずに潰すのなら、並外れた握力が必要になるという話だ。私はコツを覚えたし握力も鍛えたのでその両方がある。
銃の反動に耐える為にはそれ相応の握力も必要になるし、逆に言えば撃つのに慣れればそれだけ私の筋力も鍛えられている証でもある。
つまりサオリとの特訓そのものが、握力をはじめあちこちの筋肉を鍛えるのに繋がってるという事。やはり、全ては繋がっているんだなと感じた。
「どう?美味しい?」
「……果肉が邪魔ですし、冷たくもないし……」
「ありゃ。果肉まだ混ざってた?」
「ジュースとして飲むにも、美味しくないですね。普段口にするジュースは、果実というよりも、人工甘味料の味なんですねぇ……」
「そっかぁ」
「ですが────これも、嫌いじゃない、です……」
「……なら、良かった。じゃ、ゆっくり休んでてね。表向きには今日は休みにはしたけど……少しは仕事、進めてくるね」
「あっ……!」
カヤの頭を撫で寝室を出ようとする私だったが、立ち上がる私の服の裾を掴んで、引き止めてくる。振り向くと目に涙を溜めたカヤが、その潤んだ瞳で私を真っ直ぐに見つめてくる。
「……そばに、居てください」
「私が居ちゃ休めないでしょ?」
「先生が居た方が……休めます」
「本当に?」
「はい。だから……お願いします。私のそばに……」
「分かった。なんなら添い寝しようか?なんてね」
「……お願いします」
「え?」
「ケホッ……何度も言わせないでくださいよ……喉が痛いんです……」
「……せめて書類だけでも持ってきていいかな」
「ダメです。黙って添い寝シテください……ついでに後ろからハグしてくれると安心できるのですが?」
冗談のつもりで言ったのだが、今のカヤに冗談は通用しないらしい。皿洗いにすら行かせてくれないようなので、ベッド脇のサイドテーブルに食器類をまとめて置いて、カヤの後ろに潜り込んだ。
ベッドの中はとても暑く、肌が触れる度に熱い。熱は測っていないが相当な高熱らしい。市販の薬も飲ませたけど、大丈夫かな。
「……襲わないんですか?」
「襲わないよ。寝てなさい」
「……手だけでも……握っていてもらえませんか」
「それくらいなら」
熱々の手を握る。すると、安心したように表情の強ばりが消えて、咳はしつつも、呼吸は安定する。やがては、スゥスゥと寝息を立てて眠りに落ちた。
「……寝たの?」
「…………」
疑ってしまったが、どうやら本当に寝たらしい。仕事に戻ろうと、手を離そうとするが──それすら叶わないらしい。サイドテーブルに、看病の道具を一通り揃えておいてよかった。氷水、替えのタオル数枚と……まぁそれくらい片手でもどうにでもなる。
「アロナ、プラナ。後で仕事しやすいように、分類だけでも頼めないかな?シッテムの箱にもデータは転送しといたから」
『わかりました!』
『お任せ下さい』
「じゃ……私も一眠りしよっかな……」
その後、夜までカヤと眠り、微熱まで落ち着いたカヤのタオル交換を行いながら、これまでの事や、これからの事を……寝落ちするまで語り明かした。
小さな咳を漏らしつつ、たまに呻いてモゾモゾと身を捩る。発熱の為に顔は赤く、そして熱かった。
そんな熱に浮かされるカヤの姿が、ほんの少し、セックス中の彼女の姿と重なり────私は、つい興奮してしまった。
いかんいかんと耐えるも、次の朝を迎える頃にはその決意も虚しく散ってしまい…………。
「最低だ……私って」
カヤ虐のネタが枯渇。
浮かぶまで救済、いや休載します。
カヤにとっては救済ですね。
カヤにとって束の間の休息となるよう、祈っていてください。