ただし、オリジナル主人公です。音無は公式でやってくれるはず……。
時系列は漫画版エンジェルビーツ「Heaven's Door」73話のちょい後ぐらいです。本来は、関根が未加入ですが、パラレルワールドというとこで、加入済みです。
また、この時系列の都合上、戦線メンバーはあまり強くないです。
勧誘
全ては紛い物だ。
授業中の静寂も、退屈な授業をする教師も、隣で居眠りしている男子生徒も、小奇麗な校舎も、なにもかも。
第三者から見れば、幸せな学園生活に見えるかもしれない。
人間の誰もが享受する人生のバラ色期間。
恋をしたり、部活をしたり、友情を育んだり。
けれど、これはそんな幸せな空間ではない。
そんな幸福を作りだせる時間ではない。
ここはきっと、神様が作った偽物の世界。幻覚。夢。
それなのに俺は、大真面目にノートをしっかりと取っている。
何故こんなことをしているのだろうか?
学ぶ必要なんて、もうどこにもない。
全ては手遅れだ。
そんなことをしても、なにも意味がない。未来は奪われたのだ。
恋をする必要もない。
友情を育む必要もない。
進路に向けて、努力を重ねる必要もない。
そんなことを何度も、何度も思ってきた。それでも、それらを辞めることは出来なかった。だって、他にやることがなかったから。それ以外のことをするのは、この世界が許してくれないから。だから俺は今、とても当惑している。
ここはどこなのか?
俺は何者なのか?
おおよその検討はついている。
ここは――死後の世界だ。
俺には、死んだ記憶が確かにあるのだから。
偽りの学園で、偽りの青春を送る。
この世界の人間は退屈じゃないのだろうか?
俺はいつだってそう思う。放課後は屋上へ行き、一人で本を読んだ。まるで単純作業のように、時間を一つ一つ潰していくように日々を過ごしていった。全てが偽りだとわかってしまうと、ありとあらゆるものが楽しめなくなるものだ。だから俺は、とても退屈な毎日を過ごしていた。
そんな中、段々とあることに気がついた。
偽りの学園の中に、異物が混じっているのだ。
始まりは夜遅く。学園内に銃声が聞こえた。いつも通り夕食を食べに食堂へ向かう途中のことだった。
音の方へと向かうと、そこでは複数の生徒と一人の生徒が戦っていた。
一人は、銀髪の美しい少女――生徒会長だ。異能を操る少女で、銀色の剣を手首から伸ばし、流麗な動作でそれを振るって飛び交う銃弾を弾き飛ばしていた。
対するは、複数の武装した男子生徒。手にハンドガンを持ち、少女へ向かって発砲をしていた。動きは素人のそれで、銃の扱いもなっていなかった。少女へ向けて飛んでいない銃弾も多くあるし、せっかく複数人いるのに統率がまるでとれていなかった。
そしてなによりも、相手の銀髪の少女が人間離れしていた。彼らの乱雑な攻撃をもろともしない。むしろ彼らの攻撃を事務的に処理している面持ちすらある。どちらが優勢なのかは、はっきりしていた。
「……なんだよ、これ」
何故、一人の少女に複数の男子生徒が躍起になっているのか?
何故、生徒会長は異能を操っているのか?
疑問は尽きない。けれど同時に、俺はようやくこの世界に少しだけ高揚を感じた。この世界にはまだ、知らない「なにか」があるのだから。
俺はさっそく、この世界について探りを入れることにした。
キーは俺の隣に座る、男子生徒だ。
昨日銃で戦っていた少年達の中に、そいつはいたのだ。名前は確か――日向と言ったか。体育会系っぽい明るそうな雰囲気に、中肉中背の体格。彼は品行が悪く、授業をまともに受けたことがない。寝ていたり、早弁をしたり、マンガを読んだり。だけど今思えば、その行動からして不自然であった。彼は不真面目だからそれらの行動をしたというより、それらをしなければいけない、という使命感から行っているように思えたのだ。
放課後、俺は彼を尾行することにした。
わけあって尾行は得意なのだが……どうもバレバレのようであった。階段を降りた時も、校舎を出た時も、外を歩き出した時も、彼は欠かさずチラリとこちらを見た。
――これは、普通に話した方がいいか?
俺は木の影に隠れながら、そんなことを考えた。と、男子生徒は脈絡もなく急に全力のダッシュをした。慌てて木陰から飛び出し、追いかけようとする。刹那、足元になにかがひっかかり、俺は派手にその場で転倒をした。
「っ!」
なんとか顔面から転ぶのは回避したものの、右ひざの辺りに熱い痛みを感じた。そんな痛みを嘲笑うかのように、背後から芝居がかった声が聞こえた。
「――あら、ごめんあそばせ?」
俺は立ちあがり、声の方へと見やった。そこにはこの学園のものではない制服に身を包んだ女子生徒がいた。
こいつ、明らかに俺に対して足を掛けやがった。
「……あの男子生徒は?」
俺がそう言うと、女子生徒はくすりと笑った。
「日向くんは、「あたし達」の仲間よ」
含みのあるように、女子生徒はそう言った。
その言い方に、俺は彼女が昨日のことを知っていると、勘づくことが出来た。
「生徒会長と戦っている「組織」だっていうのか、お前らは」
「理解が速くて助かるわ、桜木 春斗くん」
あっけからんとこちらのフルネームを当てる女子生徒に、俺は目を丸くした。
「俺を知っているのか」
「ええ。なんでも知っているわよ」
「あ?」
「とても優秀かつ真面目な生徒で、常に模範的な行動をとっているわね。テストの点数は全教科高得点。加えて運動神経も良く、とりわけ武道に長けている。いえ、異常なほど優れていると評してもいいわね。故に、この学園の合気道の部活に顔を出し、彼らへ指導をしている。趣味は読書で、放課後に屋上へ行って古典の小説を読んでいる。絵にかいたような模範生でありながらも、NPCからの告白は断る。男子生徒とも一定の距離を置く。やがて日々の中に違和感を覚え、授業中に怒り出すこともあった。このはっきりとした喜怒哀楽、あなたは明らかに「人」ね」
「おい、どっちがストーカーだよ、女」
俺は眉をひそめて、少女を睨みつけた。彼女の言ったことは全て事実であった。
「あなたのことは、調べ尽してあるのよ。だって、これほどの人材は中々いないもの」
「人材?」
「単刀直入に言うわ。桜木くん、死んだ世界戦線に入らない?」
「死……あ? なんだって?」
なんだかものすごい名前がさらっと出たのは、気のせいではないようだ。
残念ながら真相というものはとてもつまらないもので、落胆を隠せなかった。ようするに、彼らは俺と同じ境遇であった。違うのは、彼らはこの世界に抗おうとしていることで、神への手がかりを探っているということだ。
好奇心が満たされてしまうと、一気に興ざめする。この世界の真相には興味があるが、彼女の勧誘に対しての答えは決まっていた。
「悪いけど、協力をする気にはなれないな」
俺の返事に、意固地そうな彼女は以外にもあっさりと頷いた。
「ま、そうよね」
「入念に調べたわりには、あっさりだな?」
「ええ。あなたの過去は知らないけれど、行動を見ていると、なんとなく思想が見えてきたのよ」
「というと?」
「あなたは消えたがっている。あたし達と、真逆の思想を持っているわ」
その言葉に、俺はなにも答えなかった。
俺は適当な過去をでっちあげて、少女に話した。
「立派ね。人を守って死ねたんだもの」
自衛隊の予備隊で、銀行強盗から人を助けようとして死んだ、ということにした。
まあ、全部が嘘というわけでもない。
……だが、俺の過去はあまりにも特殊過ぎる。
否、非現実的といっても良いくらいだ。
本当のことを話しても、どうせ信じてもらえない。
なので、ちょっと誤魔化した。
「……ま、悪い死に方ではなかったよ。未練がゼロといったらウソだが」
「だとすると、増々イレギュラーね、あなた」
「消えないから、か?」
「それもあるけど。その過去なら、何故、あなたはこの世界へ来たのかしら?」
少女の言葉に、俺は返事の代わりにため息をついた。
実を言うと、俺と同じ境遇の人間には会ったことがある。だから、この世界についてのルールはある程度は把握していた。
この世界へ来るのは、生前凄惨な死を遂げ、青春に未練を残した少年少女の魂だ。授業を全うに受けることによって未練を浄化し、この世界から「卒業」をする。
まさに、神様が用意したあの世の「学園」である。
しかしここにいる人間は全て人間、というわけではない。誰が命名したのか「NPC」と呼ばれる作り物が、模範生として存在する。しかし名づけた奴の気持ちはわかる。NPCはようするに、RPGでいうところの村人A的なエキストラなのだ。
没個性的なキャラ性、無味無臭な人間性。奴らはそんな感じだ。不気味なもので、最初ここへ来たばかりだというのに、彼らは俺を昔から知っていたかのように振舞う。
男子寮のルームメイトも、クラスメイトも、教師も。
故に、一般生徒は神の作り物。少なくとも、人間とは言えないだろう。
この不気味さあったからこそ、俺はNPCと一定の距離は置いたし、告白だって断った。普通にクラスメイトとして接しはしたが、心を許さないのは当然の成り行きだ。
「あなたは、授業を受けても消えない」
「ああ」
「そもそも、青春に強い未練があるわけでもない」
「早死だったから人生に未練はあるけど、周りの「人」とは違う「未練」なのには間違いないと思う。俺は、自分で望んで道を選んだんだ」
「もしかすると、あなたは神様のお気に入りなのかもしれないわね?」
悪戯っぽく笑う彼女に、俺は肩をすくめた。
「どうでもいい。俺は消えたいんだ」
「どうしてよ?」
「どうしてって、生まれ変わって人生をやり直したいからだ。こんな所で立ち止まっているより、そうした方が効率いいと思うぞ」
「ふーん。でも、来世はミジンコかもしれないわよ?」
「あ?」
「アブラゼミかもしれないわね」
「なんだよ、それ。しかも小さいものばかり」
「転生しても人間である保証なんて、どこにもないじゃない?」
まあ言われてみると、たしかにそうだ。
だけど、それがこの世の理なのだというのなら、仕方のないことだろう。
「その時はその時だ。ミジンコはミジンコなりに、アブラゼミはアブラゼミなりに、幸せかもしれない。幸福ってのは当事者による匙加減だろ」
「あなたはこの世界にたしかに存在しているのに。このまま消えたら、今度は本当に死んでしまうことになるのよ?」
「興味ないんだよ。まあ、あんな過激なことをするアンタ――アンタ「達」にはよほどの過去があったんだろうが、だからって戦おうとは思わない」
「抗えるというのに? せっかく与えられたチャンスを、そんな簡単に手放すの?」
「お前、そうやって言葉巧みに仲間を集めたのか」
「あら、言うわね」
彼女は落胆したように鼻を鳴らした。
「残念。とことん、あたし達とは真逆の思想なのね」
「この世界に興味ないんだ。こんな所にいても、しょうがないだろ」
「ねえ、あたし達と一緒に戦ったら、消えることが出来るかもしれないわよ?」
「なに?」
「だって、どっち道あなたは真面目に授業を受けても消えないんだもの。だったら、とことん反逆をして違う道を進んだ方が、消えることが出来るかもしれない。仲間が出来たら、協力してもらえることだってあるわよ?」
「……」
そう言われると、それは少しだけ合理的かもしれないと思い始めた。
確かに俺はテンプレ通りに行動をしても、消えることが出来ない。今までがそうだったのだ。
だけど――やっぱり、そんなことをする気にはなれなかった。
「俺は俺なりに、自分で消える方法を探す」
その言葉に、女子生徒は落胆のため息を漏らした。
「そう。ま、仕方ないわね。元々あなたを勧誘するのは難しいと思っていたし」
「……つーか、逸材って言ったのは、まさか俺の経歴を見込んでのことなのか?」
「ええ、もちろんそうよ。生前、軍隊の経験がある人が戦線に入るのは、初だもの。間違いなく幹部入りの即戦力よ」
「それはどうも」
「今の話を聞いて、増々興味が沸いたわ。当然、戦いの知識もあるってことなのよね?」
「ああ。銃の扱いだって、お前らよりは知っている自信がある。実弾を撃ったこともあるしな。肉体も当時は相当鍛えていた」
「もしかしてだけど、実戦の経験もあるのかしら?」
何故、そんな質問が出るのか。
少女の相貌はどこか、鋭いものがあった。
どう答えたものかと思ったが、首を縦に振る。
「ああ。戦地へ行ったことはある。人だって殺したことはある」
冗談で受け止められると思ったが、ふうん、と少女はうなずいた。
「冗談だと思わないのか? どうみても日本人だぞ、俺は。それとも適当に流したか?」
現代日本で戦地へ行くようなことはまずない。
「いいえ。むしろ、嘘は別にあると思っているわ」
「なに?」
「自衛隊の予備隊っていうのは嘘なんじゃないかしら?」
その言葉に、俺は黙り込んだ。
「どこまで調べている?」
「さすがに過去のことまでは知らないわよ。勘よ、勘。戦線に、あなたに似た実働部隊最強の子がいてね。まあその子は女の子だし、あなたより特殊な戦闘能力を持っているし、生まれた時代も全く違うんだけど……その子と似た雰囲気を感じたのよ。浮世離れというか、特殊なオーラがある、とでも言うのかしらね。人の一人や二人……いえ、それ以上の命を奪った経験がある人物だというのは、予測していたわ」
「特殊って、なんだそりゃ? そいつは超能力でも使えるのか?」
「超能力ではないけど……超能力みたいなものよ」
「なんだそりゃ」
「とにかく、すごく強いってことよ。我が戦線の自慢の仲間なんだから」
「ふうん」
親しみのある声音。どうもこの少女、冷酷そうに見えて案外仲間思いのようだ。
「あなたの過去のことは、嫌なら話さなくてもいいわよ。探りもしない。過去は詮索しない。それが我が戦線……いえ、この世界のモラルだもの」
まあ、現世に未練が残るような奴は、大体ロクな人生じゃない。ペラペラしゃべりたがるやつはいないだろう。
「けれど、我が戦線になにがなんでも必要な人材ね、あなた。気に入ったわ。戦線を立ち上げてまだ長いわけではないから、みんなを鍛えてくれるような、そんな人材が欲しかったのよね」
げんなりした表情を浮かべるこちらを気にもせず、女子生徒は話を続けた。
「紹介が遅れたわね。あたしはゆり。よろしくね」
笑顔を浮かべる少女――ゆりは、不思議な魅力を秘めていた。
クラスに一人はいる可愛い美人、とったところだろうか。馴染みやすい美少女。そんな雰囲気だ。
……思想といい、勧誘の仕方といい、剣呑というか油断ならない奴なのは、すぐにわかってしまったが。
その後、凄まじいほどの勧誘が始まった。ある日突然、屋上へ来たかと思いきや突然俺の頭にヘッドホンをつけ、学園内のカリスマバンド、ガルデモの曲を聞かせ「彼女達はね、実は我々死んだ世界戦線のメンバーなの。つまり、死んだ世界戦線に入れば彼女達に会い放題――」「そんなミーハーじゃねえぞ。つーか、ライブへ聞きに行っているのも知っているのか」「ちっ」ゆりはうら若き乙女、女子高生とは思えないほど、憎たらしい大きな舌打ちをした。
やっぱこいつ、可愛くないかも。
勧誘は終わらない。授業に来なくなった日向が突然教室へ来たかと思うと「実はな、戦線のメンバーの中には、お前に興味がある同性愛者がいて――」「俺はホモじゃないぞ」と言うと、物陰から「ちっ」という例の声が聞こえた。
勘弁してくれないだろうか。
てか、何故ホモだと思われていたんだ?
またも勧誘は終わらない。ガルデモのメンバーの一人、ドラムを担当している入江という少女が俺をいきなり人気のない廊下へ呼び出し、顔を真っ赤にして「あああ、あの、」としどろもどろしていた。おおよそなにが展開されるのかすぐに予想ついたが、面白そうだし、なにより可愛いのでとりあえず見届けることにした。「戦線に入ってくれないかしら……♡ うっふん♡」下手くそなウインクと共に、ハニートラップのつもりらしいことをのたまったのであった。口調も声音も、作られた感じで、普段の彼女の感じではないことは明確である。俺はダメージをあえて最大限にするべく「悪い、君は趣味じゃない」と言ってやると入江は「うわあああん⁉ 色仕掛けなんて、あたしには無理ですよ!」とひどい悲鳴を上げてどこかへ飛んでいき、再び物陰からは「ちっ」という声が聞こえてきた。
ゆりよ。多分くじ引きか何かで決めたのだろうか、人選ミスじゃないだろうか。可愛くはあるけど、妖艶とは程遠い純朴さであった。
あとなげやりなハニートラップやめろ。
もうちょい画策しろ。
「――意志が固いわね。好きなバンドとのお近づきもダメ、ホモでもなし、可愛い女の子でもダメ。どうしたらいいのよ?」
いつも通り屋上で本を読んでいると、ゆりがまじまじとそんな愚痴を零した。思わず身構えると「なにもしないわよ」と何故かじと目で怒られた。信用ゼロなんだが。
ゆりは俺の隣に立つと、柵に寄りかかって校庭を無言で睥睨した。その横顔を盗み見ると、なんとなくそこには疲労がにじみ出ているように思えた。追い込まれた上官とか、仲間とかが、こんな雰囲気を出していた気がする。気のせいだろうか。
「お前、あいつらのリーダーなのか」
「ええ、そうよ」
「大変か? お前、なんか余裕なさそうに見えるぞ」
あれだけの人数を束ねるのは、苦労が多そうだ。
「はあ? 余裕がない? まあ、あたしはリーダーだもの。当然、常に忙しい身ではあるわよ」
「なら、いいんだけどな」
「皆、あたしを信用してついて来てくれる。まとめることは、そんなに大変じゃないわよ。ねえ、あいつら、あたしのことなんて呼んでいるか知ってるかしら?」
「さあ……」
ぶっちゃけ、興味ねえよ。入隊する気ないんだから。
「ゆりっぺ、よ。ひどいあだ名。あ、あなたも知ってる日向君。あいつがつけたんだけど、本っ当センスないっていうか」
「敵は、手強いのか」
俺の脳裏には、怪物級の動きを見せた銀髪の少女の顔が思い浮かんだ。
「……彼女は、神へ繋がる手がかりなはずなの。絶対に暴いて見せるわ」
ゆりは毅然とした声を上げ、表情を引き締めた。彼女はなにと戦っているのだろうか。なにをそこまで彼女を駆り立てるのだろうか。
戦線のメンバーは彼女の思想の、どこに惹かれたのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前に微糖のコーヒーの缶がつき出された。見ると、ゆりが二つある缶の内一つを俺へ向けてくれていた。
「いいのか?」
「ええ。散々迷惑かけたお詫びよ」
「自覚あったのかよ」
「でも、光栄に思いなさいよ。ガルデモのメンバーに色仕掛けをされたのなんて、この学園であなた一人よ。役得ってやつよ、役得」
「入江に言っといてくれ。あの時は照れて趣味じゃないって言ったけど、とても可愛らしかったよって」
「伝えておくわ……結構、ダメージでかそうだったのよね。次のライブ大丈夫かしら」
ぼそっと言うゆりに、誰のせいだよと思わず言いそうになってしまった。
「……で、お前、さっきからなにしてるんだ?」
ゆりは自身の缶コーヒーを床に置いた後、双眼鏡でなにやら校舎の様子を見守っていたのであった。
「学園内の観察よ」
「戦線のため?」
「ええ。毎日かかさず、学園内の変化にはアンテナを張っているのよ」
「なんのために?」
「神への手がかりを探すためよ」
神。本当に言っているのか、こいつは。
だけど不思議なもので、ゆりが言うと説得力のあるように思える。
それが彼女の魅力なのかもしれない。
人を導く不思議なカリスマ性のある女の子なのだ。
「桜木くん、この学園の変化に気がついているかしら?」
「いや」
「あら、意外ね。いつも真面目にお勉強しているあなたなら、気がつくと思ったけれど」
厭味ったらしい彼女の口調に、思わず顔をしかめた。
俺はどちらかというと、勉強は出来なかったししてこなかった人間だ。だけどこの学園に来てからは暇だから、勉強したり本を読んだりしているだけだ。やってみると意外と面白いと思えたが、結局のところはただの暇つぶしなのである。
「悪かったな、気がつかなくて」
「あたしを失望させないでくれるかしら。本当に気がつかない? この何気ない校庭の風景。いつもと違うと思わない?」
ゆりに言われ、俺は校舎の方へと視線を向ける。
心当たりがあるから一つの結論を導いたが、それがなんだと言いたくなるようなものであった。
「人が少ない、だから心なしか活気が少なくなっている」
「そう。人が少ない。生徒の数が減っているのよ」
「なにが言いたい?」
「何者かが、NPCを殺しているのよ」
ゆりが凛とした声で断言をした。
NPCが……殺されている?
なにを言い出すんだ、こいつは?
そんな物騒なことが、そんな猟奇的な犯行が、この世界で起きている……?
「ねえ、桜木くん、覚えがないかしら? 授業を受けているあなたに聞きたいのよ」
その言葉に、色々と合点が一致した。戦線はその性質上、なにか任務がない限り授業を受けない。日向は俺の監視要因だったのか、あれ以来彼は授業に出なくなった。だからゆりは、授業を受けている人間の視点から、なにか変化がないか探りに来たのだ。
「帰りのホームルームで、最近不審者が出ているから気をつけるようにって。一部の部活動も活動を自粛したり、早めの切り上げを呼びかけられている」
活気と人気が少ないのは、そういった不審者対策による影響なのだ。
「……やっぱり、なにかイレギュラーが起きているのね」
「ゆり?」
真剣な表情を浮かべて考え込むゆりは、まるでこちらのことが視界に入っていないかのようであった。
手がかりの掴めない彼女達にとって、この変化は待ちに待ったものなのだろう。この変化にはなにかある。そしてそのなにかは――神へと繋がる、手がかりになるかもしれない。
「他にも、なにかあるかしら」
「あとは……変な宗教勧誘? みたいなのが流行っているらしい」
「宗教勧誘?」
「ああ。よくわかんね―けど」
「ふうん……この世界で宗教、ね」
「皮肉な話だよな」
「ありがとう。参考になったわ、桜木くん」
そう言ってゆりは出口へ向かって歩き出した。
何故だろう――その後ろ姿は、ひどく不安にさせられた。気がつくと、俺は声を上げて彼女を引き留めた。
「待てよ」
「?」
ゆりは驚き、きょとんとした表情をこちらへ向けた。
ああ、なにをやっているんだろうか――。
そんな後悔は後の祭り。とにかく、なにか言ってやらなくては。そうじゃないと、この状況はどうにも気恥ずかしい。
「無理すんなよ」
なんとかその一言だけ言うと、ゆりは「変な奴。ま、ありがとう」と短く言い、その後さらに「どうせ、なにしても死にはしないし、この世界では病まないから大丈夫よ」とこの世界では文字通りの意味になる冗談を残していったのであった。
ゆりがいなくなった後、彼女が寄りかかっていたフェンスの方へと目を向けた。そこには缶コーヒーが置きっぱなしになっていた。まだ、中身が少しだけ入っている。確か心理学では、考え事が多い人間は忘れっぽくなるという説があるのだという。
やはりゆりには考え事が多いのだろうか――煩悶の多そうな立場の彼女に、俺はそんなことを考えたのであった。
……って、なんでこんなことを考える。
あんな奴、どうだっていいはずなのにな。
次の日のことだ。突然、ゆりが俺に襲いかかってきた。
字面にするとなにか勘違いされそうだが、当然、性的な意味ではない。
闇討ちだ。
「のわっ⁉」
座っていた俺へ向けていきなりキックをかまそうとしてきたゆりを、間一髪で避ける。本を脇に捨て、抗議の視線をゆりへ向けた。
「なにすんだよ、いきなり!」
「勝負よ、桜木くん。死ぬ気で戦いなさい。まあ死なないけど、ね!」
身構えるゆりは、普段とは違う姿で、動きやすいジャージ服を着ていた。
「意味わからねえよ!」
「ふっ!」
ゆりは声と共に、次々とパンチやキックを俺へ向けてくる。取得した武術の動きでなんとかそれを受け流したり、回避したりした。
「なんのつもりだ!」
「こういうつもり、よっ!」
ハイキックが空を切り、俺の前髪をかすめた。
こいつ、良い動きしやがる。
ゆりは意外にも戦いの心得があるらしく、しっかりとした型のある動きをしていた。だが、俺から見ればそれは付け焼刃に過ぎなかった。
悪いが、こっちは実践を潜り抜けているんだよ。
俺はゆりの攻撃をいなし、右腕を後ろへとひねり、左腕もしっかりと掴んで彼女の体を捕らえたのであった。
「いたたたっ⁉ ちょっと、なにするのよ! 相手はか弱い女の子なのよ!」
「いきなり襲いかかってきたから正当防衛だっての!」
「過剰防衛よ!」
「うるせえよ、通り魔が!」
抜け目のないゆりはそれでも脱出をすべく、足をじたばたさせるも、俺は足を上手く引いて踏まれないようにした。拘束された時の脱出方法を、警戒しないわけがなかった。
「あなたに戦い方を教えてほしいのよ」
「ご自慢の戦線メンバーに教えてもらえばいいだろうが」
「……適任がいないのよ。椎名さんは真似出来ないし、教え方が上手な奴はいないし。だから本当は、我が戦線にはあなたがほしいのよ」
ボソボソと独り言を言うゆり。
コーチングのために俺をスカウトしようとしているのか。なんかそんなこと言っていたな。
「ゆりは強くなりたいのか?」
「ええ。天使に対抗するために、戦い方を身につけたいの。リーダーとして箔もつくわ。あなたはNPCに上手く指導出来ているし、椎名さんみたいに人間離れしているわけではない。実践的で、あたしにもある程度なら真似出来そうなスキルなのよ」
「悪いな、それは考えが甘いぞ。訓練ってのは過酷なものだ、お遊びじゃない。簡単に身に着くスキルでもない。そんな半端な気持ちでやれると思うなよ」
その言葉に、ゆりはむっとした表情を浮かべた。
「あたしは本気よ!」
毅然とした表情を浮かべるゆり。不思議なくらい、力強い相貌であった。
……ちっ、そんな顔をされたら無視しづらい。
それに、何故だろうか。こいつとの時間はなんだか……少しだけ、楽しくもなっていた。騒がしく、奇想天外。破天荒にして、自己中心的。それなのに、憎めない。
そんな彼女に、俺はいつの間にか惹かれていたのだ。
いっちょまえに、一目惚れなんてしているのかもしれない。見た目は美人ではあるし。
生前、恋愛なんてしたことないけどな。童貞のまま死んだ。正直、こういうことはよくわからん。だから俺自身、己の感情に混乱していた。
「こんな固い所で練習したら、あぶねえぞ。いくら死なないって言っても」
「あら。それは、指導に付き合ってくれるってことかしら?」
「ああ。別に、たいしてやることもないしな。その代わり、俺のことは先生か師匠って呼べ」
「嫌よ。お堅いのは嫌い」
「即答かよ。まあ、いい。ってか、やるなら場所を移そう」
「ええ。もう手筈は整えているわよ」
「……そりゃ行動が早いことで」
ゆりの言われるがままに、俺は何故か近くの武道館へと連れて行かれた。柔道部かなにかが使う畳の部屋のはずだが、どういうわけかそこには人が一人もいなかった。
「さあ、いくわよ!」
「……なにやっているんだろうな、俺」
ゆりのペースに強引に巻き込まれながら、俺は彼女と武道館で二人で手合わせすることとなった。とは言っても、当惑する俺はただただ彼女の攻めを受けるばかり。
「ちょっと、攻撃してきなさいよ!」
「あたしはか弱い女の子よ、とか言っていただろう」
「攻められないと、練習にならないじゃない! お前はあたしの物言わぬサンドバックか! 大体、さっき訓練を甘く見るなとか言ったのはあなたじゃない! ちゃんと指導しなさいよ! それともやる気なしか、ああん⁉」
「じゃあ遠慮なく。泣くなよ、お姫様」
「――なっ!」
俺が攻めへと転じた瞬間、あっという間にゆりは床へ倒され、抑えつけられたのであった。俺の体の下でジタバタするも、拘束を抜けることが出来ない。
「きいいいっ⁉ なによ、お姫様って! バカにして……! なんでよ、なんでこんな奴に勝てないのよ!」
「でもお前、それだけ戦えれば十分じゃないか? センスは良いぞ。それ以上なにを求めるっていうんだ」
俺が素直にそう称賛しながら体を放すと、ゆりは立ちあがりつつ首を横に振った。
「ダメよ。この程度じゃ、意味がないわ」
「なんだよ、そりゃ。どのくらいまで強くなりたい?」
「あの天使と、渡り合えるくらい」
この間の夜のことを思い出し、ぞっとした。あんな化け物と、体術で渡り合う? 無茶にもほどがある。
「そのために、武術を練習しているのか」
「ええ。そうよ」
「……なあ、なんでそこまでするんだ? そうまでして、戦線ってのは価値のあるものなのか?」
俺の問いに、ゆりはこくりと頷いた。
そして彼女は語り出した。
この世界に来た、あまりにも残酷で、むごたらしい過去を。
四人兄弟の長女であった彼女は、その日までは立派なお姉ちゃんをやれたつもりだった。それはどこにでもある、けれどかけがえのない家族。だけど、ある日。それは理不尽にも壊された。家に強盗が突然やってきて、三人の兄弟は全員殺されたのだ。警察が駆けつけたのは三十分後。
生き残ったのは……ゆり、たった一人であったのだという。
「……お前、なんでそんなこと、俺に話した?」
過去のことを話さないのがポリシーじゃないのか。
「そうね。信頼を得るためよ」
「信頼?」
「そもそも、勝手にあなたのことを調べたのはあたしだし」
「まあ、それはそうだが」
だが、これでこうまで必死になっていることに納得した。神に恨みを抱いているのも、納得だ。たしかに、ゆりからすれば神は「理不尽なクソ野郎」だ。俺にとっては正直、興味のない存在だがな。
……俺は、ゆりに惹かれ始めている。
神への反逆。そんな危なっかしいゆりの力になりたいと、つい、思ってしまった。
その信念は正義とは呼べないものだけど。
守りたいって、放っておけないって。
俺のこの力で、なにか出来るのなら……。
「……わかった。協力する」
呆気なく言う俺に、ゆりは意外そうな表情を浮かべた。
「あら、いいの?」
「ああ。戦線には入れないけど、お前に戦い方を教えてやるくらいは出来る」
「やっとやる気になったのね。期待しているわ、桜木くん」
なんでお前が上から目線なんだよ、そこはよろしくお願いしますだろ、と心の中で思ったが、相変わらず彼女のことは憎めないのであった。
しかし力の差は歴然であり、ゆりはひたすら俺に投げ飛ばされるばかりであった。その度にゆりは「きいいいっ⁉」と声を上げたり、「なんなのよ、もう!」と悔しがったり「憎たらしいな、お前!」と師匠である俺へ向けて存分に暴言を吐いていた。
この女、負けず嫌いである。
つーか、口悪いよな、こいつ。可愛い見た目しているのにな。もったいない。
「……まだやんのか?」
外は暗くなり始めていた。これではちょっとした部活である。
「やるわよ、付き合いなさい」
相変わらず上から目線である。なんだこいつ。
「熱心だな」
「トルネードで巻きあげた食券一つ用意するから。あと二時間は付き合いなさい」
「なんだトルネードって……あ? 二時間⁉」
「ほら、いくわよ!」
キックを放つゆりに、すかさず投げをかます俺なのであった。
ゆりとの特訓は連日遅くまで続いた。進歩は極めて順調だ。ゆりは凄まじい吸収力の持ち主なのだ。日々着実に上達しており、今となっては俺とそこそこ渡り合えるほどの手合わせが出来るようになっていた。もちろん、試合形式になると全てこっちが勝利するのだが、護身術としてはすでに申し分ないほどにまでなっていた。素人の男相手、一対一だったらボッコボコに出来るだろう。恐ろしい女だ。
ここ最近では本格的な天使対策として、白兵戦を身に着けるため短刀術の指導をはじめた。これをマスターすれば、ある程度ならばタイマンで天使と渡り合うことも夢ではない。もちろん気休め程度ではあるが、彼女もそのつもりだろう。それ以上を望むのは、不可能というものだ。
「あーもう、憎たらしいわね」
だが、当の本人はその成長スピードとは裏腹に、ちっとも満足していない様子であった。
ようするに、俺に勝ちたいのである。
俺達はこの日も夜遅くまで練習し、夕食をとるべく食堂へと向かっていた。食券を毎回報酬としてもらっており、俺としてはありがたいのだが、一体この食券はどこから手に入るのだろうか。支給される額は決まっているから、こんな高めの食券はそう毎日と食べられるものじゃないのだけれど。まあ、いいか。
「正直、一介の女子高生がここまで出来れば十分だけどな。その辺の成人男性は秒で倒せるぞ」
「いつか桜木くんに勝って見せるわ。今に見てなさい」
「目的が変わってないか?」
「変わってないわよ。アンタをぎゃふんと言わせてやる」
「……わりと本気で、いつかそうなりそうだから怖いな」
俺が慄然とそう言い放つつ、食券をカウンターで料理と交換し、席につく。向かいの席へゆりが腰掛けた。
「よう、お二人さん。隣、邪魔するぜ」
と、軽い口調でゆりの隣に座ったのは、久しぶりに見る男子生徒であった。
「えっと……日向、だったか?」
「おう。覚えていてくれたか。その説はどーも」
「ああ。言いそびれてたけど、悪かったな、つきまとったりして」
「別にいいってもんよ。それよか、いつもゆりっぺが世話になってるな。礼を言うぜ、桜木」
「……お前はあたしの親かなにかか。うえっ、気持ち悪い」
ゆりが不服げな声を上げる。
と、日向がにやにやとこちらの方へと顔を向けてきた。
「それよかさー、お前らってなに? もしかして……デキてるのか?」
「はああああ?」
日向の俗な問いかけに、ゆりが眉を顰めた。
「だってよ、毎日こんな夜遅くに食堂に来て、飯食ってるだろ? 結構噂立ってるんだぜ? 桜木はゆりっぺの彼氏なんじゃないかって。意外や意外、あのゆりっぺにも春が来たんじゃねえかって皆大騒ぎだ」
実を言うと、NPCからもそういった噂を立てられていた。というか、冷やかされている。「最近めっちゃ可愛い女の子とよく一緒いるじゃん!」とか「あの美人とはどういう関係なんだ!?」とか。
戦線も似たような状態のようだ。
「……お前ら、余計な噂を立てるんじゃねえよ」
ゆりが相変わらず汚い口調で、日向を咎めた。
すると彼はつまらなそうな声を上げた。
「なんだよ、それじゃなにか? お二人さん、なにもないわけ?」
「ないわよ。このあたしが、そんな浮ついたことをするわけないでしょ。桜木くんに白兵戦を教わっているのよ」
「鍛錬しているのか。教わるって……桜木は生前、武道をたしなんでいたのか。松下五段みたいな感じだな」
「ちょっと違うわ。彼、元軍人よ」
「マジかよ⁉ そいつは即戦力っつーか、もう幹部入り確定だな……」
「残念だけど、入隊の予定はないわ。けど、ゆくゆくはあんた達にもやってもらうわよ。あたしが教えるの」
「な、なにぃ⁉ ゆりっぺが⁉ 嫌な予感しかしねえよ! つーか、聞いてねーぜ! チャーと二人がかりで鍛えられたあの時ですら、トラウマなのによ!」
「お前らまだ弱いし、戦線メンバーの戦力向上は必須よ。まずは腕立て伏せ千回から始めてもらおうかしら」
「鬼か⁉ 大体、腕立て伏せ千回なんて意味ねえっての! 腕が壊れるわ!」
「知ってるわよ。そのくらいの地獄は見てもらおうかしらっていう話よ♪ 日向くん♪」
笑顔で言い放つゆりに、日向は顔を真っ青にした。
「この悪魔! 大魔王! 人でなし! なあ桜木、聞いてくれよ! こいつはひどい奴なんだぞ!」
「なによ! 桜木くんに変なこと吹き込まないで!」
「初対面で俺を屋上から突き飛ばしたんだぞ! それもこの世界に来たばっかりの時によ!」
「仕方ないじゃない! 必要なことだったんだから!」
「ふざけんなよ! いっそ自分で屋上から飛び降りろよ!」
「嫌よ! 痛いじゃない!」
「俺だっていてえよ! お前、人に痛いことをやっちゃいけませんって先生に教わらなかったのかよ!」
などと、ぎゃーぎゃー騒ぎ立てる二人に、俺は苦笑いを浮かべた。
仲が良いことにはいいのだろうが、どうやら戦線メンバーにたいしてはより一層横暴な一面が目立つようである。やはり、戦線に入らなくて正解だった。俺は改めてそう確信したのであった。
ただ一つだけ、日向の言葉を聞いて引っかかっていたことがある。
いや、正確に言えば、改めて考えると、おかしいなと思うことである。
それは仲村 ゆりという人間の行動に――一つ不審な所があったことに、気づいてしまったのだ。
女子生徒の悲鳴が食堂の中へと響いた。
人が少ない食堂内であったがたちまち騒然となり、生徒達は声の方へと目を向けた。教師達は行動が速く、集まった生徒達払うように怒鳴り声を上げた。
「なんだ、なんだ? えらく騒がしいな」
日向がそう言い、好奇心に駆られた俺達三人は騒動の方へと向かった。
食堂の裏側にある、林の奥に人だかりが出来ている。日向は人ごみの奥へと進んでいった。ゆりと俺も人ごみをかき分けていく。
瞬間、目に飛び込んできたものに声を失った。
四肢をバラバラに引き裂かれた、見るも無残な男のNPCの死体が転がっていたからだ。
「なん、だよこれ……⁉」
日向が驚愕の声を上げる。
「ほら! 散れ、お前ら!」
屈強そうな男の教師に、俺達は追い出された。
やがて騒ぎをききつけた大勢の教師が集まって来たのであった。
俺は見逃さなかった。
――凄惨な死体を目の当たりにしたというのに、ゆりは少しも驚きはしかなったのだ。
ショッキングな光景を間のあたりにした俺達は、すぐに帰ることにした。帰り道はいつもゆりと二人であった。この日のその例に漏れない。練習の時の話をしたり、時には関係のない、お互いの世間話をすることもあった。
そんな習慣を、日向が言うように恋愛感情だとは思ったことはなかった。
だけど俺はそれを、少なくとも仲良くしてくれている証だとは思っていた。
しかし一連の証拠が、それに対して待ったをかける。
この日もなにも言わず、いつも通り女子寮の前でお互いに分かれるつもりであった。だけど、俺はそこでゆりを呼び止めた。
「お前、俺になにか隠してないか?」
問いかけに、ゆりは首を傾げた。
「隠し事?」
「そう、隠し事」
「覚えがないわね。桜木くんに隠し事だなんて。あたしは裏表のない女よ?」
おどけたように笑うゆりは、いかにも胡散臭かった。
そしてなによりも、いらついた。
「……今まで、気づかぬふりをしてきたんだ。それにお前のことだから、まあなにかあるんだろうくらいに考えていた。だけど、もう無視できない」
「いきなりどうしたのかしら?」
「――とぼけるな!」
いきなり大声を上げる俺に、ゆりは黙り込んだ。
「お前はなんで、俺と毎日こんなに稽古をしたがるんだ?」
「言ったじゃない。少しでも、自分の力を高めるためよ」
「そうだろうな。だけど、いくらなんでも毎日時間を取り過ぎてる。冷静に考えれば、これはおかしい。いくら熱心でも、こんなに長くやるのはしんどい。なによりも、お前は戦線のリーダーだ。他にやりたいことが色々あるはず。それなのに、なんで俺とのことでこんなに時間をとる?」
「……」
「それともなにか、日向の言うように、俺に気があるとでも言うのか?」
「違うわよ」
「なら、言わせてもらうぞ」
俺は息を吸い、一気に言う。
「俺がお前なら、武術の鍛錬は後からでも出来るって考える。だからせいぜい一日の練習時間は一時間、多くても二時間くらいにする。それなのにお前は、毎日夜遅くまでやりたがる。そりゃ戦線から変な噂も立つ」
「疑っているのは、そこまでかしら?」
「……決定打は今回の事件だ。お前、なんでNPCの死体を見た時、驚かなかったんだ? お前は言ったな。NPCの数が減っているって。思えばあれ以来だよな。俺とやたら会うようになったのは」
「そうだったかしら」
「そうだよ。そしてNPCは数が減ってるんじゃない。殺されてるんだ。今回の事件を見て、確信した。誰かが意図的に殺してるんだ」
「桜木くん。あなたは結局、なにが言いたいの?」
「お前は、NPC殺しの犯人を――俺だと思っているんじゃないのか?」
俺の厳しい問いかけに、ゆりは答えなかった。
「そう考えれば辻褄がある。いきなり俺と一緒に長い時間を過ごすようになったのも、事件の真相を知りたいからなんじゃないのか?」
「……違う、って言っても納得しそうにないわね」
「当たり前だろ」
「はあ。さすがね。おおよそは、あなたの言う通りよ。参ったわね。ああ、それと死体で驚かなかったのは、あたしが先に見つけたからよ。あなたにアリバイがないわけではないことの証明ね」
「そこまで俺を疑っているのかよ」
「ええ。だってあたし、見たのよ」
「なにを?」
「この目で、NPC殺しの犯人をよ」
その言葉に、息を飲んだ。
「――桜木くん。間違いなく、あなただったのよ」
わけがわからなかった。
俺が、NPCを殺した?
いや、そんなはずはない。俺はそんなことをしない。稽古の後は、部屋で本を読んでいるか、授業の復習をしたり、課題をやったりしている。それなのに、俺が犯人だって?
「デタラメを言うなよ。俺は、そんなことやってない」
「この目で見たのよ。それは間違いない。だから犯人は、間違いなくあなたなの」
「……わけわかんねえよ。なんだよ、それ。大体、それならなんでこんな遠回しなことをして、俺につきまとったんだ?」
「神への手がかりよ」
「なに?」
あっけからんと言うゆりに、俺は理解が追い付かなかった。
「ゆり。なんで今回の一件が神に繋がるんだよ」
「言ったじゃない、桜木くん。あなたはイレギュラーなのよ。授業を受けても消えない。消えたいと思っているのに消えない。生前に強い未練があるわけでもない。むしろ生まれ変わりたい願望が強い。神に抗う気がない。そんな人間がどうして消えないのかしら? そんな人間がどうして、NPCを殺すという、この世界においての大罪を犯すのかしら? 矛盾しているのよ。本当に消えたいのならば、NPC殺しは卒業の足枷になるわ」
そこまで聞いて、俺はおおよその予想がついた。
「お前――俺を天使と同類かなにかと、思っているのか」
ゆりはこくりと頷いた。
「ええ。そうよ。だから、今回のNPC殺しの真実を、確かめたかった。どうしてそんなことをしたのかを知りたかったの。なんのためにこんなことをしたのかは、わからないし想像もつかないけど。でも、なんにせよ、あなたは神への重要な手がかりだと考えたの。この世界には今、重要な変化が起きている。間違いないないのよ!」
俺はゆりが恐ろしくなった。
熱っぽく語る彼女は、まるで俺を道具かなにかのように思っている。
そう、ゆりにとって俺は単なる「神への手がかり」に過ぎないのである。それ以上でもそれ以下でもない。これだけ多くの時間を過ごしたのに、稽古をつけたのに、たくさんの会話を交わしたのに、彼女は俺を己の目的のための道具として見ているのだ。
「……ゆり、俺は」
か細い、震える声が出た。それにゆりは少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「この世界なんて、退屈で、つまらなくて、紛い物で、それなのにどうしてずっとここに縛り付けられているんだろうって……」
「さ、桜木くん?」
ゆりが狼狽した声を上げる。その仕草が、とても頭に来た。彼女はまるで、どうして辛そうな顔をするのか、理解していないようであったから。
「だけどお前と会ってからは、少しくらいは楽しいって思えたんだ。こんな世界でも腐らないお前の力になれてるんだって、誰かの力になれてるって。それなのにお前は、俺を道具としてしか見ていない!」
「ま、待ちなさい。桜木くん、あたしは――」
「うるさい! 二度と俺の前に現れるな!」
俺は荒々しい声を上げ、ゆりに背を向け走り出したのであった。
こうして呆気なくゆりとの日々は終わり、俺はいつも通りの日常へと戻った。NPCと授業をして、気が向いたらNPCと武道の部活動をして、暇な時は屋上で読書をする。そんな退屈な日々を送った。
でも、最近は屋上へ行くとゆりのことを思い出しそうで、辛かった。だから最近は出来るだけあいつのことを考えないように、授業が終われば体を動かすか、そうじゃなければ寮へ直行することにした。夕飯も出来るだけ早く済ませるようにしている。
「……なんつーか、恥ずかしいし、みっともない」
なんだあのキレ方は。我ながらきつすぎる。楽しかったって。ガキじゃあるまいし。意味わからん。あれじゃあまるで、ゆりを好き始めているのが、バレバレじゃないか。
ある日、俺はいつも通り寮へと向かう途中、何者かが背中を少し強めに叩いて来た。振り返ると、そこには野球ボールと二つのグローブを手に持った日向が立っていた。
「よ、桜木。俺とキャッチボールしようぜ」
「……なんで?」
「なんでって、俺がお前とキャッチボールしたいからに決まってるだろ。それともなに、キャッチボールも出来ない男なのかよ?」
「なんでちょっと煽るんだ……別に、キャッチボールくらいはいいぞ」
「よし。じゃあ決まりだな。ほら、グローブ。右利き……だよな?」
「ああ」
グローブを渡され、俺達はグラウンドの隅でキャッチボールを始めた。たかがキャッチボールだが、動きで日向がかなりの熟練者であることがわかった。
「野球、好きなのか?」
「元野球球児なんだぜ」
「ふーん。全然そんな風に見えねえ」
「失礼だな! どういう意味だよそれ!」
などという会話を交わしながら、キャッチ―ボールを続けた。会話が無くなる。そのタイミングで、日向は口を開いた。
「お前、ゆりっぺと喧嘩しただろ」
「……」
やっぱりその一件に触れるのか、と俺はバツが悪そうに頷いた。
「言っておくけど、あいつが言った通り、変な関係じゃないからな」
緩いボールが投げられて、それをキャッチした。パシ、と気持ちの良い音がした。
「わかってるよ。これは冷やかしじゃなくて、ただの心配だ」
「心配?」
「ああ。ゆりっぺはすぐに一人で抱え込んで、突っ走り過ぎる所があるからよ。放っておけないっつーか。仲間が守ってやらねーとな」
その口ぶりに迷いはなかった。
彼は心の底から、ゆりへ信頼を寄せているし、大切に思っているのだ。
「古い仲なのか?」
「腐れ縁だな。俺は戦線メンバーの最古参でな。俺とゆりっぺの二人から始まったチームなんだよ、死んだ世界戦線は」
そういえば、ゆりがゆりっぺと名付けたのは日向だと言っていたのを思い出す。俺は日向へ向けて、真っ直ぐ緩い球を投げた。日向はそれを軽々とキャッチした。
「……神に抗うのって、どんな気分なんだ?」
「俺達はまだ、神様に辿りついていない。だから、どういう気分かって聞かれても、よくわからねえ」
「そうか」
「だからな、ゆりっぺは神への糸口を見つけると、あるいは見つけようって思っちまうと、それに躍起になっちまうんだ。急に周りが見えなくなる……そういうことは、前にもあった。あいつはあの時、周りが完全に見えなくなっていた」
「……」
「そん時さ、俺、顔ボッコボコにされたんだぜ? 怖いだろ?」
「それでも、お前達は彼女について行っている」
「おうよ。俺もさ、あいつを見て戦いたくなったんだよ――神様って奴にな!」
日向がそう言って、突然強めのボールを投げた。俺が少し危なげにキャッチをする。
「日向は、俺とゆりがなにを話したのか、知っているのか?」
「いんや、なにも。喧嘩したんだろうなーって、思ったくらいだ。正直、よくはわからねえ。ただ、ゆりっぺはお前を天使と同じような存在だって思って、戦線メンバーと自分自身を使ってお前を出来るだけ監視していた。だから、原因はそこだろうなって思ったんよ」
「鋭いな」
「許してやってくれねえか。あいつ、お前のことになると冷静じゃなくなるんだよ」
その言い方に、俺は少しだけ笑った。
冗談でも、愉快な気持ちになれる。
「そんな言い方すると、あいつに怒られるぞ。まるでカップルの痴話喧嘩だ」
「でもお前、ちょっと嬉しそうなの隠せてねーぞ」
余計なことを言う日向に腹が立って、俺は強めにボールを投げた。日向はそれを軽々と受け取り、「おっ、ナイスボール」と言った。
次の日の放課後に、俺は久しぶりに屋上へと向かった。この世界の性質上なのか、いつもここは無条件に解放をされている。
一人で本を読み始めると、すっと目の前へ缶コーヒーが差し出された。持ち主の方へ視線を見上げると、そこには校庭の方をじっと見ているゆりがいた。
「なんだよ」
「あたしのおごりよ。嫌かしら?」
「……ありがたく受け取っておくよ」
俺はそう言って缶コーヒーを手に取り、一口だけ飲んだ。キーコーヒーである。経緯は知っているとはいえ、飲み物の好みまで把握されている、というのはさすがに気味が悪くなった。
「あれから例の殺人事件が、把握しているだけでもさらに増えたわ。いずれも凄惨な死体が発見されている。こんなことは初めてだわ。あたし達はNPCに手だししないことが、ルールになっている。何者かがそのルールを破っているわ」
「まだ俺のことを疑っているのか?」
「疑いは晴れたわよ。証拠を見つけたの」
「なに?」
淡々と語ったゆりはため息を一つついた。
「あれからもう一度、わたしは犯行現場を目撃した。犯人を捕まえることは出来なかったけれどね。そしてその同じ時刻に、あなたが屋上にいることを遊佐さんが確認していたのよ。あなたにはアリバイがある。犯行は不可能だわ」
「……ちょっと待て。お前は俺がやったのを見たんだろ?」
「ええ。今回もそうよ」
「なんだって?」
なにを言っているのか、さっぱりわからなかった。
「つまり、あなたが同時刻に二人いたのよ」
ゆりが語った真実に、足元がぐらついた。
そして俺は気がついてしまった。
「まさか……」
その言葉はある可能性を示唆しているのだ。
「なにか知っていそうな顔をしているわね」
ゆりが目ざとく問いかけてくる。
しかし話す気には当然、ならなかった。ゆりは俺を信頼していないのだ。そんな様子を察したのか、ゆりはこちらへしっかりと向き直った。
「桜木くん。あなたは……少しだけ、勘違いしているわ」
「勘違い?」
「ええ。たしかにあたしはあなたのことを疑ったわ。それは間違いない。いえ、むしろあなたを犯人だと断定していた。だってこの目で見たんだもの。けど、結果としてそれは間違っていた。ごめんなさい。本当に迷惑をかけたと思っているわ。けれどね、あなたを道具だとは思っていなかったわ。それだけは断言出来る」
「……俺の方こそ、少し言い過ぎだよ」
あっさりと謝ってくれるとは思っていなかったので、俺も素直に謝った。
「それに迷いだってちゃんとあったわ。あなたと話せば話すほど、あんなにむごいことをする人に見えなかったもの」
「なあ。もう一度、お前を信じていいのか?」
俺が真っ直ぐゆりを見つめると、彼女はこくりと頷いた。
「ええ。あたしはもう、あなたのことを疑ったりしないわよ。信じる。だからもう一度、稽古をお願い出来るかしら?」
ゆりはそう言って朗らかな笑みを浮かべた。
ずるい笑顔であった。その笑顔で頼まれてしまうと、邪気に扱えない。全てを許せてしまうのだ。
「ああ。一度くらい、俺を負かせてみろ」
挑発的にそう言うと、ゆりは勝気な表情を浮かべた。
「何回だって、負かせてみせるわよ。覚悟しておきなさい」
そんな和解をして稽古場へ向かう途中、俺は自分なりの意見をまとめた。
「多分、だけど……もう一人の俺は、俺の知っている人かもしれない」
「まさか、実は双子でしたー☆ 騙されたZE☆ って言うんじゃないでしょうね? 双子トリックだなんて、ミステリー小説じゃあるまいし」
「そのまさかだ。俺には双子の弟がいる。一卵性でな。そっくりなんだ。付き合いの長い奴でも中々見抜けない。親でも間違えるくらいだ」
「じゃああなたの弟さんが、この世界に来ているってこと?」
「可能性が高いな」
「兄弟揃ってこの世界へ来るなんて、随分と奇跡的な話ね。本当かしら? 大体、あなたの弟さんはあんな事件を起こすほど、残忍な人間なの?」
「いや……そんなはずはない、けど。俺が死んでから、弟がどうなったかは知らない。その後なにかがあって、この世界でそんなことをしているのかもしれない」
俺が暗い顔をしているのに気がついて、ゆりは努めて明るい声を出した。
「ところで、あなたは気づいているかしら?」
「なんだよ、また藪から棒に」
「生徒が殺されていることに対して、NPCがどう反応を示していると思う?」
「どうって……」
俺ははっとした。教師は不審者がいる、とは言っているが誰かが死んだ、という風に言ったことはないのだ。
悲しんでいる生徒も、命の危機に晒されているかもしれない、と恐れる生徒もいなかった。
「殺された生徒は、まるで最初から存在しなかったかのように扱われているのよ」
「あいつらは……無機質なんだな」
「あたしも驚いている。NPCを殺したことなんてないから、どういう反応をするのか、わからなかったのよ。ただね、桜木くん。少しおかしな話なのよ。彼らは無機質だけれどきちんと感情があるはずなの」
「……まあ、たしかにな」
NPCと過ごしてきた俺は、それを実感していた。
あいつらはとってつけたような人間味があるものの、正直、本物の人間とそう大差はないのだ。彼らにも感情があり、友情があり、恋愛感情があるのだ。
将来の夢を語る奴だっている。
この世界には外もないし、将来なんてものもないから、まるでテキストを読み上げるかのような胡散臭さだが、無感情無個性ではないのは明白だ。
「……でも。だとすると、なんで事件を正確に把握しないんだろうな」
「よくよく考えてみると、あたし達はNPCの正体を知らないのよ。もしかすると彼らもまた、人間の魂なのかもしれない」
「NPCも三年経ったら卒業するんだよな」
そこだけは、現実の学生と同じなんだよな。
そして卒業生は……この世界から、消えて無くなる。
「よく知っているわね。どのくらいいるのよ、この世界に?」
「そんな長くねーよ。聞いた話だ。一年もいない」
「そう。でも結局のところ、あたし達はこの世界のことを知らなすぎる。例えば、その三年で消えたNPCもどこへ行くのか、とか。もしかすると、あなたの弟さんはなにかこの世界の真実を一つ知っているのかもしれない」
「だからNPCを殺している?」
「あれの正体があなたの弟さんだとしたら、そう考える方が妥当だと思うわ」
「なんだよそれ……」
「ちなみに。以前にも、NPC殺しは発生していたわ。それも男子生徒を対象とした、ね」
「そうなのか?」
「ええ。その時、あたしも日向くんもこの世界にはいなかったけれどね」
「どうだったんだ?」
「同じよ。注意喚起はされていたけれど、不審者として扱われていた。天使は殺人だと認識していたけれどね」
「ちょっと待て。お前、生徒会長と話をしたことがあるのか?」
「あら。あるわよ? よかったら、あたし達のこれまでの活動記録を聞かせてあげてもいいのよ」
「いや、どうでもいい」
「なによ、ドライね」
俺はため息をつく。
ゆりは肩をすくめた。
「もちろん、単純な凶悪殺人である可能性も否定できないわ。よくよく考えると、そういう奴にとってこの世界は楽園だもの。警察も裁判もない世界。いくらだって人が殺せる。誰も咎める者もいないわ」
「よくもまあ、ポンポンと恐ろしいことを思いつくな……たしかにそうだけど」
「だけど、天使が黙っていないでしょうね。実際、動いているでしょうし。彼女はこの学園による抑止力だもの。ああ、それと、この事件にはもう一つ矛盾点があるわ」
「矛盾点?」
「以前起きたNPC連続殺人。その時に判明したことなのだけれどね、NPCもあたし達と同じように死なないのよ。なのに、今回の事件では生徒が消えている。これが、今回の事件の矛盾点よ」
「……」
そうだったのか……。
その情報を出されると、増々わけがわからないことになる。
まさか本当に、この世界になにか変化が起きているとでもいうのか?
「ゆりはこの一件をどうするつもりなんだ?」
「もちろん、真相を解明するわ。天使よりも先にね。彼の正体が何者なのか。はっきりさせるべきだわ」
俺は何故だか、ゆりが勇猛な発言をするたびに不安になった。何故だろうか? いつも落ち着かない気分にさせられている。心配しているのだろうか? たしかにそうだろう。だが、これはなにか違う。凄まじい胸騒ぎがするのだ。
「ゆり。無茶はするなよ」
そう言うと、ゆりはため息をついた。
「なにをしようが死にはしないのよ、この世界は」
「そうだけど! ……なんか、心配なんだよ。上手く言えねえけど」
大声を上げた俺に、ゆりはきょとんとした。
「なによいきなり?」
「なんかわかんねえけど、この事件はもっと慎重にいった方がいいと思うぞ。お前は首を深く突っ込み過ぎている気がするんだ」
「心配してくれるところ悪いけれど、あたしは調査を辞めるつもりはないわよ」
頑固なゆりに、俺は呆れたように髪をがりがりと掻いた。
「それなら、俺も調査を手伝う」
「あなたが?」
「ああ。なにか出来ることはないか?」
俺の言葉に、ゆりは腕を組んで考え込んだ。そしてなにを勘違いしたのか、ぱああと明るい表情を浮かべた。
「それってつまり、戦線に入るっていう――」
「違う」
「なによ! じゃあ手伝わせてあげないわ」
「なんだよそれ!」
「調査に加わりたいのなら、隊員とのコミュニケーションは避けられないわ。どっち道入隊は避けられないわよ」
「……じゃあ、この事件が解決するまでの間だ。それまでの間なら、入隊する」
少し納得のいっていないゆりは逡巡したが、やがて納得したようにこくりと頷いた。
「元々あなたは戦線の思想には合っていないのだから、それが妥当なのかもしれないわね。わかったわ、仮の隊員としてあなたを歓迎するわ。改めてよろしくね、桜木くん」
こうして俺は、ゆりの戦線へ仮入隊をしたのであった。