※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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決戦・2

「……いつからここは、地獄になったのかしら」

 ゆりっぺが絶句した。外へ出ると、グラウンドにはグロテスクな光景が広がっていたのだ。血まみれになって倒れるNPC。教員。そしてそれを冷たく見下ろす、黒いお守りをぶら下げたNPC。

「おい。こりゃなんの冗談だ?」

 藤巻が口調では泰然としているが、その顔は青ざめている。

 でも、そりゃビビる。

 俺だって……怖い。

 こんな血みどろな光景、俺だって初めて見た。

 そもそも……どうして、天使と同じ力を、NPCが使っている。

「イレギュラー……どころじゃないわね。バッドエンド? 笑えないわね」

 ゆりがどこか投げやりな独り言をこぼす。

 俺達が茫然としている間にも、NPCは俺達へ向かって駆けてきた。まるで黒いお守りをつけていない者は全て敵だとみなしているかのようだ。

「ゆりっぺ!」

 なにも言わないゆりを鼓舞すように、俺は叫んだ。

 ゆりははっとした表情を浮かべ、号令を出す。

「総員、撃て!」

「でも、敵はNPCだよ⁉」

 大山が声を上げる。だが、ゆりはそれでも号令を変えなかった。

「足を狙いなさい。今は緊急事態よ! じゃないと、次はあたし達が血祭りよ!」

「くそ! やるしかねえってか!」

 戦線のみんなが銃を撃つ。だが、敵の数が多すぎる。校舎からも続々とNPCが現れ、俺達は気がついたら囲まれていた。まるでゾンビ映画だ。足を撃たれたNPCは足を止めるが、裁ききれない。しかも恐ろしいことに、足を撃たれたNPCは引きずってでもこちらへ向かってきたり、戦闘力高い個体は天使と同じように銃弾を弾いたりした。

「ダメです! 時間稼ぎが関の山……このままでは全滅です!」

 高松が悲鳴のような声を上げる。

「ゆりっぺ、どうすればいいの⁉」

「……っ」

 大山の言葉に、ゆりっぺが歯ぎしりをする。

 リーダーとして、打開策を提示しなければならない。

 だけど……動揺しているのか、頭が回っていないように見えた。

 そう思ったところで、俺ははっとする。ゆりっぺの目には――涙が浮かんでいたから。

「お前、泣いて……」

「うるさいわね。泣いてなんかないわよ!」

「桜木から、なにか聞いたんじゃないのか?」

 事態は切迫している。だけど、これは重要なことだ。時間はない。だけど、ゆりっぺが腑抜けのままじゃ、俺達はこのピンチを脱することが出来ない。

 いつもの、頼りになるリーダーがいないと――戦線は、壊滅する。俺達はいつだって、ゆりっぺの命令で動いてきたのだから。

「手紙があったのよ」

「っ⁉ なんて書いてあったんだ!」

「お別れの手紙よ! もう……この世界には、いられないって」

 俺は息を飲んだ。思わず、銃を撃つ手を止めそうになる。

 松下五段も冷や汗をかきながらも、切迫とした声を上げた。

「何故だ……彼は、活動に積極的だったぞ」

「ええ。そうね、でも、彼の時間は有限だった。だから……このタイミングで消えたのよ。最初からそういうつもりだったのよ」

 ゆりがやはり、どこか覇気のない声を上げる。

「本当に……そう、思っているのかよ?」

「……」

「これで……いいのかよ」

「なによ! だって……仕方ないじゃない。彼が、そう望んで――」

「なんかおかしいだろ! 俺は……俺は、納得いかねーよ。よくわかんねーけど。俺は……あいつのこと、わかってあげられなかったけどよ。ルームメイトとして、近くにいたのに、わかってやれなかったけどよ。気づいてすらやれなかったけどよ。でも、お前はちげーだろ⁉ 好きな男なんだろ! あいつは……ゆりっぺのことを置いて、勝手に消える奴なのかよ!」

「っ」

「しっかりしてくれよ、ゆりっぺ! 俺達の、リーダーだろ!」

 ゆりっぺが服の袖で涙を拭く。

 

 

 日向くんの説得で、少しは目が覚めた。

 正直、あたしの心はとても混乱していた。春斗くんがいきなり消えて……しかも、その理由がわからなくて。色々な感情が頭の中を支配していた。

 だけど、今はそれどころじゃない。

 本当は春斗くんにすぐにでも会って、話をしたい。

 でも、今は戦線のピンチ。そしてあたしは戦線のリーダー。戦線が、あたしがなすべきことは――神への復讐。反逆。

 そのことを見失ってはいけない。それが、あたしを突き動かすたしかな衝動なのだから。

「たく。ヘタレのくせに、偉そうに言うじゃない」

「少しは元気出たか?」

「ええ。おかげさまで。椎名さん!」

「なんだ?」

 敵がNPCであるせいで身動きがとれない椎名さんに、あたしは声を上げた。

「敵は全員、あの黒いお守りを身につけている。あれだけを狙うこと、出来る?」

「簡単だ」

「じゃあ、よろしく頼むわ。もしかすると、それで動きが止まるか、正気に戻るかもしれない!」

「了解した」

 椎名さんはさっそく、NPCへ向かって駆ける。

 そんなマンガみたいなことがあるのかと思ったが、そもそもマンガみたいな状況だ。信じるしかない。

 椎名さんが神がかり的なスピードでお守りだけを切り裂く。

 すると、変化はすぐに起きた。

 お守りを破壊された途端、NPCはびくりと体を震わせると、その場で倒れたのだ。どういう仕組みなのかはさっぱりわからないが、あのお守りが諸悪の根源なのは明確。ならば、椎名さんの役目は決まった。

「椎名さんは引き続きお守りを破壊して! あたし達は足止めをするわよ!」

「「了解!」」

 隊員達の返事を聞きながら、あたしも銃を撃つ。

「あのお守りは、天界の使徒が配っていた。この事態は、奴らの仕業よ」

 己の思考を整理しつつ、喋る。

「……そして、このタイミングで春斗くんが消えた。いえ、別れを告げてきた。彼は……天界の使徒を倒すために、消えるのよ」

 日向くんがぎょっとしてこちらを向いた。

「そんな……なんで、あいつが消えることに繋がるんだよ⁉」

「彼にはもう一つ、謎がある。彼は、なにをしても消えないのよ」

「そういや、あいつは最初NPCと過ごしていたんだっけか」

「ええ。しかもちゃんと記憶があって、ちゃんと消えたい願望があった。それなのに消えない。何故か? そしてもう一つ。桜木くんの言葉。彼は天界の使徒のリーダーに、春斗くんを呼んでもらったと言った。つまり、彼の存在は天界の使徒によって縛られているよ」

「えっと、つまり……どういうことだ?」

「つまり。天界の使徒を倒したら、彼は消えるということよ」

 今度は大山くんが声を上げた。

「そんな……⁉ でも、今は戦線メンバーだし、消えないんじゃ……?」

「いいえ。彼はイレギュラーよ。元々、この世界へ招かれる存在じゃなかった。それをあのリーダーが無理やり繋ぎ止めた。故に、この世界のルールは適用されない可能性が高い」

 もちろん確信はない。

 この事態も、天界の使徒も、春斗くんのことも……あたし達は、よくわかっていない。この世界の真理、辿り着いていないのだ。

 高松くんがこちらをちらりと見た。

「けど、何故相談なく消えたのでしょう? たった一人で、敵のところへ向かったのでしょう? たしかにおいそれと喋れる内容じゃないですが、せめて恋人にして戦線のリーダーであるゆりっぺさんには、相談しそうなものですが」

「そこはあたしも釈然としないけど……だからこそ、その矛盾にヒントがあるのかもしれないわ。例えば、なにか話してはいけない「縛り」がある、とかね」

「縛り?」

「知られたら神様から天罰が下る、なんてどうかしら」

「……笑えないですね」

「でも、そういった類だと、納得がいくのよ」

 そう。わからない部分はどうしてもふわっとしてしまうけれど、筋書としてはあたしの読み通りである自信があった。

 春斗くんの目的は天界の使徒の打倒と、この事態の収束。

 そしてそれが、春斗くんの消滅に繋がる。事情を話せないのは、話した場合になにか不都合が生じるため。

 天界の使徒の目的は……まあ、それはこの惨状を見れば、もう見えてきたわね。

「あいつは……一人で抱え込んで、ゆりっぺや俺達を守ろうとしているのか」

「ええ。それなら彼のやりそうなことだし、行動としては納得がいくわ」

 それと……この筋書きならば、そろそろ彼女が現れるはず。

 それがこの現状を打開する、一番のピースとなる。

「……来たわね。遅いわよ」

 NPCが某有名ゲームかの如く、まとめて吹っ飛ぶ。

 その中央に、銀色の髪をした少女がいた。

「――カードスキル、ハンドソニック」

 聞きなれた宣言と共に、右腕に白い剣が宿る。

 相変わらず、規格外の戦闘能力ね。NPCに天使と同じ力が宿ったところで、彼女の足元にも及ばない、か。

「天使は……味方、なのか⁉」

 日向くんが声を上げ、こちらを振り返る。あたしは頷いた。

「彼女はこの世界の秩序守る存在よ。味方に決まっているわ」

 ……そうして、あたしは考える。

 苛立ちを感じる。

 こんな時に。こんなピンチの時に、あんたはなにしているのよ?

「来なさいよ。桜木 春斗……!」

 春斗くんがなにを抱えているのか、わからない。

 あたし達がどれほど真実に辿り着いていないのかも、痛感した。

 だけど、わかっていることはある。

 絶対に揺るがない真実が。

 彼と過ごしてきた日々。

 共に戦ってきた時間。

 それがある限り、あたしは――彼のことを、信じて待ち続ける。

 

 

 気を失っていた。

 光の薄い地下。横になった俺を覗き込んだ空が、呆れた表情を浮かべた。

「気がついたか。全く、無茶をする」

 俺はゆっくりと起き上がった。

 正直、こんなものは作戦でもなんでもない。

 天界の使徒のアジトに二人で突っ込み、ANGEL PLAYERのバックアップゴリ押しで正面突破する。

 無茶苦茶な攻め方であったが、結果的にそれは成功した。代償として、力を使い慣れていない俺が随分と長い間気を失っていたようだが……。

 それに、強烈な違和感がある。

「……なんで、リーダーがいないんだろうな」

 辺りを見渡す。すると驚くべきことに、先ほど倒した連中の手下が全員跡形もなく消えて無くなっていた。

 空が俺の疑問に答えるように、口を開く。

「消えたよ、兄さん」

「……は?」

「全員、消えたんだ。兄さんが倒れたちょっと後くらいにね」

「なんだよ、それ。どういうことだ?」

 俺が使っている力に、そんなものはプログラムされていない。なのに、何故?

「さあね。あの士郎って男も消えた」

「……胸騒ぎがするな」

 リーダーがいないことといい、士郎が待ち構えていたことといい、まるで俺達がここへ来るのがわかっていたかのようだ。

「で、オレはなにをすればいい?」

「パソコンが置いてある部屋を探してほしい。見つけ次第全部破壊しろ。そうすれば、この戦いに勝てる」

「ふーん。パソコン、ねえ」

「……俺はどうやら、他にやることが出来たみたいだ」

 まだおぼつかない足だったが、気合でなんとか立ち上がる。空が俺に背中を向けた。

「オレはその任務を終えて兄さんの勝利を見届けたら、消えるとするよ」

「好きにしろ」

「じゃあね、兄さん」

「……ああ。じゃあな」

 俺は最後の挨拶を弟と交わし、走り出した。

 

 

 俺は施設を出た。

 ゆりは――みんなは、無事なのか。

 駆ける。無我夢中で、駆ける。

 一瞬だけ、会わせる顔がないと思った。

 手紙だけ置いて、勝手に消えたのだから。

 それでも、足を止めない。

 詰問された時にどう答えるかも、考えず。

 ただとにかく、みんなを助けたいと願い、駆ける。

「あれは……?」

 学校の郊外。ハンドソニックを持つNPCに追い込まれた、ガルデモの面々が見えてきた。ひさ子と岩沢が、入江と関根を庇うように前に出ている。手には自衛用に渡されたハンドガンを持っているが、戦線のモラルとして撃っていいのか判断にあぐねている様子がうかがえる。

 脳内に、ANGEL PLAYERの声が響く。

「あのお守りを破壊してください。それで動きが止まります」

「あれは結局、なんなんだ?」

「天界の使徒の証です。あれにはANGEL PLAYERの力が宿っています。NPCを味方につけ、手下は暗示によって強制退去させたようですね」

「無茶苦茶しやがって……!」

 だとするなら、夕顔も浅野も今頃消されているのか……。

 空は正式なメンバーじゃなかったから、受け取らなかったってことか。

「桜木!」

 こちらに気がついたひさ子が声を上げる。今更隠しても仕方ないだろう。天使と同じ力が宿ったナイフを手に、NPCのお守りを切り裂く。襲い掛かってきていた奴らはあっという間に倒れ、戦闘は終わった。

 凄まじい身体能力に、圧倒的な戦闘力。そして異能の武器。

 陽動部隊といえど、俺の身になにが起きているのかはすぐにわかったようだ。

「お前……それは、天使と同じ力じゃねえか⁉」

 岩沢が驚愕の声を上げる。

 心なしか、四人とも俺を恐れるような視線を送った。

 まあ、当たり前だろう。

 天使の異能の正体を知らない戦線にとって、この力はイコールで神に授かった力だと考えている。

 俺がどういうに思われるかは、明確だ。

「俺が来た方向へ逃げろ。あそこには、NPCがいない。安全なはずだ」

 だけど、これは仕方のないことだ。

 それにどうせもう、消える身だ。みんなに不気味がられるのは悲しいが、今は窮地を脱することが最優先だ。

 俺は短い言葉だけど残して、その場を去ろうとする。だが、その背中へ向けてひさ子が大声を上げた。

「待てよ!」

 振り返る。そこには困惑の表情を浮かべながらも、懸命に俺の目を見るひさ子がいた。

「助かった。ありがとう」

 その言葉に、岩沢も続いた。

「ああ。気になることはあるが……礼は言う、桜木」

 入江は無言で、しかしぺこりと大きく頭を下げた。

 関根が軽く敬礼をした。

「軍曹殿! ゆりっぺさんと、幹部のみなさんを……助けてください!」

「ああ。任せておけ」

 俺はそれだけ言い残して、ガルデモメンバーに背を向けた。

 さよなら。本当にすごいバンドだったよ、お前らは。

 

 

 戦場はすぐに見つけた。オーバードライブのバックアップもあり、人間離れしたスピードですぐに駆けつけることが出来た。

「ゆり! みんな!」

 みんなのところへ向けて、声を上げる。

 日向が真っ先に気がつき、片手を上げた。

「桜木! 来てくれたか――って、お前それ⁉」

 野田がその疑問を引き継ぐように、目を剥いた。

「ハンドソニックか? ……貴様、天使だったのか?」

「……黙っていて悪かったな」

 俺が言うと、戦線の面々が黙り込んだ。どんな反応をすればいいのか、迷っているのだろう。また裏切り者にでもされるかと思ったが、ゆりが肘で俺の背中を軽く小突いた。

「とりあえず、遅刻よ。あとで罰ゲームなんだから!」

 言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるはずなのに――ゆりは、いつも通りの声音で、笑みを浮かべそう言ってくれた。

 俺も笑顔を返して、手を上げた。

「そいつは、後が怖いな」

 するとその会話に続いて、大山が声を上げた。

「桜木くん! 約束、覚えてくれているかな? まだ、生前こなしたアクロバティックな任務のこと、話してもらってないんだ。超大作、今も期待しているからね!」

 TKが指パッチンをした。

「I'll be back.」

 松下五段と高松は一瞬顔を見合わせ、同時にこちらを見た。

「桜木。お前との時間は有意義であった。これからも共に己を高め合おうじゃないか」

「ええ。全くです。あなたといると、良い刺激になります」

 藤巻がぽん、と俺の肩を軽く叩いた。

「てめーの暑苦しい鍛錬にはついていけねーが、その熱意だけは、ちっとは買っているんだぜ。今更冷てえことしてんじゃねえよ。ゆりっぺが泣くぜ」

 椎名が近くに颯爽と現れ、クールに告げる。

「貴様ら兄弟には、まだ借りを返していない」

 野田がハルバートを向けた。

「球技祭、今年は俺の勝ちだった。このまま尻尾を巻いて逃げる気か?」

 そして最後に、日向が優しい笑みを向けた。

「お前はなんか、でっけえ物を抱え込んでいるだろ。でもよ、それをたった一人で抱え込もうとするな。俺が……一緒に背負ってやんよ。俺達は、仲間なんだからな」

 戦線での日々は嘘じゃなかった。

 ゆりが引っ張ってくれたから。導いてくれたから。

だから、俺のような紛い物でも、紛い物じゃない日々を送れた。

「ああ。ありがとう」

 辺りは出来の悪いゾンビ映画の如く、天使の力を宿したNPCが沸く。立華 かなでが来ているようだが、どの道長い戦いになるだろう。

 もちろん、約束は果たせない。

 俺はこの戦いが終わったら、消えなければいけない。そうしなければ、ゆり達はハッピーエンドへたどり着けない。

 それでも、今はここにいる。

 たしかに存在しているのだ。

 それだけは揺るがない。

 だから、言ってやる。

 この一言が何故か、すっと出てきたのだから。

「――突破するぞ!」

 

 

 お守りを破壊し続け、ようやく全てのNPCが足を止めた。全員ではないにしろ、このマンモス校の生徒を敵にしたというのは並大抵のことではない。

「くそ……! 一体、どうしたというのだ、この世界は!」

 野田が疲労で崩れ落ち、嘆いた。他の面々も同じであった。

「……さて。説明してくれるかしら、二人共」

 ゆりが俺と立華 かなでに問いかける。

 ……全部は話せないが、とにかくみんなを納得させる必要がある。

「ゆり。俺は――」

「これは神を選ぶ儀式だ。仲村 ゆり」

 俺の言葉を遮るように現れたのは、岡田 緑であった。

 ゆりはきっ、と鋭い視線を投げかける。疲れが溜まっているが、なんとか立ち上がって拳銃を構えている。

「……岡田 緑。あなたは、神にでもなろうとでも言うの?」

「いかにも。見ただろう? この惨状を。私は、この世界を書き換えることが出来る」

「……」

 ゆりは言葉に詰まった。

 ……岡田 緑はANGEL PLAYERを大規模に使って、この世界を好き勝手に改変している。NPCを操り、信者に天使と同等の力を与えている。そうやって、この世界を弄んでいるのだ。

 もう……やめてくれ。

 そんなことはやめてくれ。これ以上、この世界を荒らすな。

 これ以上……ゆり達の物語を、壊さないでくれ。

「夕顔さんをどうしたの」

 立華 かなでが岡田に問いかける。

「夕顔さん? なにかあったの?」

 ゆりが問いかけると、立華 かなでは淡々と答えた。

「消えたわ。でも、不自然な消え方だった。まるで、無理やり消されたかのように。あの黒いお守りはなに?」

 彼女の問いかけに、岡田が答えた。

「神の力を得るアイテム……と、言いたいところだが、種明かしをしよう。暗示だよ。脳のマテリアルに干渉する暗示。NPCは味方につけ、人には偽りの記憶を植え付ける」

「お前……夕顔に、消えるように暗示をかけたっていうのか」

 俺の言葉に、岡田は淡々と頷いた。

「そうだ。天界の使徒はもう用済みだ。全員消えてもらった」

「アンタは、これ以上なにがしたい?」

「言っただろう。これは神になるための儀式だと。戦線。NPC。カウンター。天使。そして、私。ピースは揃っている。あとはその席に誰が座るか、それだけだ」

 まるで話が通じない。

 こいつはANGEL PLAYERを神の力かなにかと、勘違いしている。だけど、違う。あれは神の力なんかじゃない。人の力だ。祈り、願いのようなものだ。俺をカウンター……この世界に繋ぎ止めた、創設者のANGEL PLAYERは俺に力を貸した。この世界の秩序を守るために。だけど、こいつは違う。ANGEL PLAYERを神になるためのツールだと捉えているのだ。

「……天使。力を貸してくれるか? 時間を稼いでくれれば、勝機がある」

 俺は立華 かなでに耳打ちをする。

「どうして?」

「俺の弟が、あいつが使っているANGEL PLAYERを破壊する。まだそのコンピューター室に辿り着いてはいないようだが……時間さえあれば、あいつなら必ず成し遂げてくれるはずだ」

「そう。そういうことね」

「頼めるか?」

「彼を止めないと。この学園が壊れてしまうわ」

「……ブレないな、あなたは。大したもんだよ」

 立華 かなでが岡田へ向けて飛び出す。岡田は同じようにカードスキルを出し、天使の攻撃を食い止めた。響く金属音。これまで一人しか見かけてこなかった天使の力がポンポンと登場する光景に、戦線メンバーは茫然とした。

「イレギュラーにもほどがあるわね……」

 ゆりが忌々し気に呟く。

「っ⁉」

 天使の攻撃はすぐに止んだ。その表情は驚愕に彩られ、すぐさま後退。

 それもそのはず。岡田の刃、一撃で天使の刃を破壊したのだ。

「どういうことだ……?」

 俺が疑問を口にすると、岡田が笑みを浮かべた。

「優しさが仇となったな。私は自衛用など、生ぬるいことはしない」

「……っ」

「天使と名乗るのならば、時には残虐さも必要とせよ。でなければ、それは偽りだ」

 そういうことか。立華 かなではあくまでも戦線用にANGEL PLAYERをプログラミングしているだけ。だけど、岡田は容赦なく戦闘能力全振りでプログラミングをしているのだ。故に、立華 かなでの圧倒的な戦闘能力をもってしても、ANGEL PLAYERの装備時代は大幅に劣っているため、かなり不利な戦況に持ち込まれてしまうのだ。

「一斉射撃!」

 ゆりの号令と共に、メンバーが岡田へ向けて発砲。刹那、岡田の周りの空間が歪む。立華 かなでと同じディストーションに見えたが――違う。銃弾は跳ね返り、そのまま戦線メンバーへ向かって銃弾の雨を降らせた。

「うわああ!」

「いってえ!」

 広がる地獄絵図。彼らが撃った銃弾はそのまま、戦線メンバーへ跳ね返ったのだ。しかも一瞬だけ銃弾を止めたこともあり、時間差で数弾弾き返された。ゆりは足と肩を撃ち抜かれたようで、立つのもままならなくなった。

 ……あのディストーションもそうだ。天使ならば、ああいう風にスキルを設定しない。過剰防衛になる。

「岡田 緑……」

 幸い、俺は撃っていなかったからなにも起きていない。

 岡田は俺を見据えた。

「私は貴様と同じだ。カウンター、桜木 春斗」

「……なに?」

「呼ばれたのだ。ある者に。しかしその者は消えた。貴様を呼んだのと同じ方法で、私を呼んだ。呼ばれた私は――ここで神になるべきだと考えた。これほどの舞台だ。そう考えざるを得ないだろう?」

「ふざけんな……!」

 ANGEL PLAYERは、人が神になるために作られたものじゃない。

 この学園は、そういう物語を紡ぐために存在しているのではない。

 岡田は紛い物、招かれざる者らしく、様々なルール違反を持って戦線と立華 かなでを打ち破った。だから――俺は、カウンターなのか。ルール違反はルール違反同士、紛い物は紛い物同士争えということだろう。

「――この舞台から退場しろ。俺達紛い物は、お呼びじゃねえんだよ」

 俺はそう言って、前へ踏み出す。

「春斗くん!」

 ゆりが叫ぶ。多分、これくらいは言ってもいいだろう。俺は一瞬だけ、振り返った。

「ゆり。安心しろ。俺がいなくても、お前は戦いぬけるんだ」

「あなたは……最後まで、一緒にいてくれるんじゃなかったの?」

「ああ。あれは嘘だ、ゆり。俺は最後までいられない」

「どうしてよ……」

「それもいずれわかる。ゆり。お前には、そういう力が宿っているんだから」

「……それは、どういう意味なのよ?」

「じゃあな。行ってくる」

 俺は岡田の元へ駆ける。岡田は鋭利な刃を振り払った。俺もそれに応じる。戦いは一進一退であった。お互いにANGEL PLAYERの扱いに長けているわけではない。だが、立華 かなでと違ってそのスペックを惜しげもなく使っている。

 怪物同士の戦いが繰り広げられる。互いの体が、どんどん傷ついていく。血が体を、視界を埋め尽くしていく。

 目の前が赤くなり、やがて耳も聞こえなくなった。体の感覚も遠い。痛みを通り越して、無になっていた。ゆりか、戦線メンバーが途中でなにかを叫んでいた気がするが、聞こえない。ただ、無我夢中で目の前の敵に立ち向かった。

 やがて――岡田に宿るANGEL PLAYERの力が、消えた。

 思わず、笑みを浮かべる。

 空がやり遂げたのだ。

 ああ、久しぶりに二人で任務を遂げることが出来たな。ライバルにして相棒。よくやったよ、お前は。

 あとは……任せろ。

 俺は岡田の心臓へ目掛け、ナイフを突き立てる。岡田は目を剥き、その場で倒れた。彼もまた、俺と同じだったのだろう。ANGEL PLAYERの加護を失った途端、消えた。招かれざるキャラクターは、こうしていなくなった。

 ……俺もそうだ。天界の使徒のコンピューターが破壊されたなら、俺を呼び縛り付けたプログラムも無くなる。

 すべては、終わったのだ。

 気を失った俺は倒れた。たくさんの足音を聞いたが、それは遠い。

 こうして、戦いは終わったのであった。

 

 

 天井が見えた。蛍光灯の明かりはついていない。辺りは窓から差し込む日差しが差し込んでいた。

「……?」

 体を起こす。ベットの脇には、ゆりが椅子に座ったまま眠りこけていた。

「保健室?」

 ……あ? 夢か?

 なんで俺、まだこの世界にいるんだ? もう俺を縛り付ける力はないはず。この世界に存在する理由がないはず。それなのに、どうして?

「……春斗くん!」

 ゆりが目を覚まし、はっとした表情を浮かべた。

「良かった! 気がついたのね! あははは、たくもう、心配したわよ!」

 俺の胸へ飛びつき、ぎゅっと抱きついてきた。愛おしさが沸いてくる。ゆりの頭を優しく撫でるが……なにが起きているのか、さっぱりわからない。

 と、ここで頭の中に、彼の声が響いた。

「お礼ですよ。あなたをもう一度、この世界に繋ぎ止めた。最後に、彼女へ挨拶ぐらいしたらどうですか」

(……いいのか?)

「ええ。ですが、これが本当に最後の時間になります。いいですね」

 ANGEL PLAYERに念を押され、俺はこくりと頷く。感謝しなくちゃな。まさか、最後の時間をくれるなんて。

「ゆり」

 俺は愛おしい人の名前を呼んで、彼女を抱きしめる。

 紛い物だとしても、この想いだけは本物だ。俺は、彼女を愛しているのだから。

 

 

 いつもの屋上へと、二人で向かった。ゆりはその間にあの後のことを話した。あの地獄がまるで夢であったかのように、全てが元に戻ったのだという。天界の使徒の跡は、まるで最初から存在しなかったかのように、全て消え去ったのだという。浅野の姿はなく、夕顔の姿はなく、そして岡田 緑、空の姿も見かけないという。活動の気配もなく、NPCもいつもの日常を取り戻し、宗教の話もなければ黒いお守りを身につけている者は一人もいないという。

 あの時のことが、まるで嘘であったかのように。

 変わらず存在しているのは、俺ぐらいなのだという。

 ……まあ、それもすぐに終わる話だけどな。

 屋上へつくと、ゆりは俺の腕に抱きついた。これまで離れた分を取り戻すかのようであった。

「春斗くん」

「なんだ?」

「……消えるの?」

「ああ」

「どうしてか、教えてもらえないのかしら」

 ゆりの問いかけ。

 俺は胸が痛んだ。

「……無理なんだ。どうしても」

 因果律が曲がってしまうから。全てを教えたら、これから彼女が歩む道を変えてしまうから。

 だから、出来ない。

 どうしても、それだけは出来ない。

「最後まで一緒にいるっていう約束は、嘘だった。だけど、一つだけ絶対に嘘じゃないって誓えることがある」

「なによ?」

「ゆりのことが好きだってこと。大切な存在だということ」

「……ええ」

「でも」

 俺はそこまで言って、涙を流した。視界が揺れる。

「ごめん。俺は……ここまでだ」

 震えながら、勝手なことばかり言う俺を――しかしゆりは、優しく抱き留めた。

「都合が良すぎると思っていたのよ」

「ゆり?」

「この世界は卒業するために存在している。それなのに、あたし達二人の存在はその理に反する。でも、あなたはいる。あたしもいる。そこにはなにか「理由」があるか、「イレギュラー」があるか、なにかの「力」が働いている。そう思っていたわ。だから……別れの時間がいつか訪れることも、本当は覚悟していたのよ」

 戦線を立ち上げ、そしてここまで戦力拡大したリーダー。

 その頭のキレと勘は、尋常ではない。

 それ故に、ゆりはわかっていたのだ。

 俺の存在の、紛い物さを。

 俺とゆりの関係の、そのイレギュラーさを。

「だから、あとは任せなさい」

「え?」

「あなたを苦しめる全てを、暴いて見せるわ。この世界のこと。天使のこと。あの時のこと。あたしは、戦線のリーダーよ? これだけの戦力もある。やり遂げてみせるわ。必ず、必ずよ。だから……」

 ゆりは体を離し、力強い表情で宣言した。

「安心して、行きなさい」

 俺はその場で泣き崩れた。

 申し訳がなくて。別れが辛くて。好きな人がいるのに、どうして世界の理によって引き裂かれなければいけないのか、と。

 俺には神への反逆心はなかった。

 だけど今は、その気持ちが宿っている。

 どうして、こんな運命にさせられたのかと。

 こんな思いをしなくてはならないのか、と。

「ありがとう。ごめん。ゆ――」

「あ。ストップ」

「ごはあ⁉」

 り、と言おうとした瞬間、何故か思いっきり殴られた。

「どうして⁉ ホワイ⁉ ワッツ!」

「ちょっと、日向くんみたいな喋り方しないでよ。鬱陶しいわね」

「なんでここで殴るんだよって言ってんだよ、この野郎!」

「だってあんた、消えそうだったから」

「そういう流れだっただろ! どうすんだよ、タイミング見失っただろ!」

「はい、消えまーす、とかでいいわよ、別に」

「そんなダセえ消え方嫌だよ!」

「……もうちょっと言いたいことがあるのよ」

「なんだよ?」

 俺はきょとんとして、ゆりを見返す。

 ……ああ。何気ない疑問だった。

 だけど、その一言が俺達の運命変えた。

「大好きよ、春斗くん」

 ゆりが笑顔で言った、俺への愛の言葉。

 それはとてもシンプルだった。

 だけど、どうしようもなく胸が高鳴った。

 その顔が、いやもう全てが、愛おしくて。

 そうだ。もうゆりは、俺の女なんだ。誰にも渡さない。渡してやるものか。

 同時に……胸中に、様々な感情が渦巻いた。

 ――嫉妬。怒り。

 あの夢を思い返す。何故、俺じゃない。どうしてゆりを卒業に導く存在が、あんな奴なんだ。ふざけるな。ゆりを愛しているのは俺だ。

 ああ、そうだ。そもそも、本当は納得なんてしちゃいない。

世界の理? 永遠の楽園? 卒業すべき場所?

知ったことか。どうでもいい。俺は、ゆりといられればそれでいい。いつまでも、ずっと愛し合っていければそれでいい。それくらいに愛おしい存在だ。誰にも邪魔なんてさせない。絶対に、絶対に。

この世界の理を神が作ったというのなら。

そんな奴の首、切り落としてやればいいのだ。

「ゆり!」

「わっ! ちょっと、なによ!」

 急に肩を抱き、顔を近づける俺に、ゆりは驚いたように目を剥く。

「俺と一緒に戦おう。戦線のみんなだっている。出来るはずだ。まずは――」

 だけど、俺の選択は許されなかった。

 首を掴まれた。瞬間、凄まじい力によってゆりから引きはがされる。浮遊感。刹那、ずぶりという気色の悪い感触と共に、体が沈んでいた。

 ゆりが慌てて、銃を構える。

「今度はなによ⁉ あれは……なに? 影?」

 銃を撃つたびに黒い影が穿つが、あまりにも大きすぎる。そしてなによりも、俺は凄まじいスピードで飲み込まれていった。体を暴れさせて必死に足掻くが、もう体の半分も飲み込まれてしまっている。

「ゆり!」

 叫んで、ゆりの元へ右手を伸ばす。

「春斗くん!」

 ゆりも叫ぶが、間に合わない。

 視界は瞬く間に真っ暗に染まり、意識は闇の奥へと沈んだ。

 その中で、あのANGEL PLAYERの少年の声が響いた。

「あなたは……彼女と共に、この世界にあろうとした。それも永遠に。それはあってはならないこと。残念ですが……ここまでです」

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