※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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リメイク版 第二章「邂逅」

 エネミーについてなにか情報が掴めるかもしれない、と思って俺は生徒会室へ足を運んだ。だけど、そういえば。前回、俺は生徒会室を飛び出したんだっけか。しかもあれから生徒会へ顔を出していない。立華、怒っているだろうか。

 

 あいつが怒っているところって、見たことないんだよな。怒ることあるのだろうか。俺はあれこれと考えながら、生徒会室の扉を開ける。

 

「桜木くん?」

 

 と、大量の書類と向き合って、事務作業をしている立華と目が合った。

 

 うむ。やはり、怒っている様子はない。立華は怒らない女の子だ。

 

「立華。頼みたいことが――」

 

 すると、ぷいっ、と立華はそっぽを向いた。

 

「た、立華?」

「桜木くんにはこの間、逃げられたから。手伝ってあげないわ」

 

 怒っていた。

 

 だけどキレているというよりは、子供が拗ねるような、そんな怒り方であった。

 

 とはいえ悪いのは圧倒的に俺、桜木 春斗でございます。というわけで全身全霊、完全なる反省の意を表すため、がばああ! と、その場で綺麗な土下座を決めた。

 

「桜木くん?」

「この通りだ! 立華、本当にごめん!!!」

「そこまで言うのなら、わかったわ」

 

 はい、ちょろい。勝ち確です、対戦ありがとうございました。

 

 俺はあくどい笑みをこらえきれないまま、立ち上がる。瞬間、立華はまたもぷいっとそっぽを向いた。

 

「あ、あれ?」

「なんだかひどい悪意を感じたわ」

 

 バレている!

 

 かくなる上は、あれだ。

 

 俺はその場で背中を仰け反らせ、豪快なブリッジを決めた!

 

「桜木くん?」

「立華、この通りだ! ごめん!!!」

「それはなに」

「ブリッジ土下座だ。土下座より一つグレードが高い」

「そこまで言うのなら、わかったわ」

 

 はい、やっぱりちょろい。どの道勝ち確でした、対戦ありがとうございます。

 

 俺が元の体勢に戻すと、立華はまたもぷいっとそっぽを向いた。

 

「あああ、あれ? 何故? また?」

「やっぱりひどい悪意を感じるのよ」

 

 バレている! これは大変だ!

 

 仕方ない。ここはアレを使います!

 

 俺はその場で高くジャンピング、膝を思いっきり打ちつけながら土下座をした。

 

「桜木くん?」

「この通りだ! 立華、今度こそは本当の本当にごめん!!!」

「その土下座、膝痛くないのかしら」

「鍛えている人じゃないと骨が割れるので、良い子は真似しないでください!」

「体を張っているのね。今度こそわかったわ」

 

 はっ、やっぱりちょろいよな。イージーイージー、お疲れ様でした。

 

 俺が元の体勢に戻すと、立華はまたもぷいっとそっぽを向いた。

 

「あれ? デジャブ?」

「なんだかあなたを信用出来なくなったわ」

 

 見透かされている!?

 

 仕方ない。ついに、あの奥義を見せる時が来たようだ。伝家の宝刀、ジャンピングブリッジで――。

 

「――って、話がグダグダすぎるだろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ぐほうっ⁉」

 

 突如として現れたゆりの飛び蹴りで、俺は吹っ飛んだ。

 

 ゆりは仁王立ちして大声を上げる。

 

「お前らいつになったら本題に入るのよ!? 同じやり取りが続きすぎて、これがもしもWEB小説だったら「あれ? これコピペかな? WEB小説の規約に引っ掛かるんじゃないかしら?」って、なっちゃうくらい同じやり取りだったからああああああ!」

 

 相変わらず豪快なツッコミだ。立華はきょとんとしている。

 

「くっ、ナイスツッコミだ、ゆり。さすがは戦線のリーダー」

「こんなことのためにリーダーやっているんじゃないわよ。というか、なんであたしがこの場へ駆けつけなきゃいけないのよ。天使はあたし達の天敵なのよ!」

「まあまあ、せっかく集まったんだ。三人で話していこうじゃねえか」

 

 立華は書類作業をする手を止めて、こちらを向いた。

 

「なにか用なの?」

「ああ。エネミーについてな」

「エネミー?」

 

 小首を傾げる立華に、俺は説明する。戦線メンバーが狙われていること。エネミーが立華と同じ力を操ること。そして、彼らが「粛清」という言葉を使ったこと。

 

 立華はクールな無表情のまま、こくこくと頷く。そしてその愛らしい口を開く。もしかすると、今回の件でこの世界の真理がわかるかもしれない――。

 

「なにも知らないわ」

 

 わかりませんでした。

 

 俺はその場でずっこける。

 

「マジかよ! 殺人だぞ?」

「不審者の話なんて出ていないわよ。桜木くんだってそうじゃないの?」

「まあ、そうだけどよ」

 

 エネミーを知ったのは、ゆりから話を聞いた時だ。だけどゆりの話では、そのもっと前から被害に遭っていたようだ。

 

 ゆりは腕を組みながら、ため息をつく。

 

「やはり、NPCに被害は出ていないようね。目撃情報もない」

「それじゃあ、立華は本当になにも知らないのか」

 

 こくり、と立華は頷いた。

 

「物騒ね。殺されるなんて」

「ねえ、天使。彼らはあなたと同じ力を使うの。全くの無関係ってことはないわよね?」

「そう言われても、あたしは本当に、なにも知らないわ」

「さて、どうかしら? どうとでも言えるわよね」

「信じてくれないのね……」

「ふん。話す気はないってことね。ま、最初から期待していなかったわよ」

 

 険悪な雰囲気のまま、ゆりは生徒会室を飛び出す。

 

 ……ふざけて場を和ませたつもりだったが、さすがにこういう空気になるか。ゆりはエネミーと天使が味方同士ではないと踏んでいるが、無関係だという風には考えていない。むしろ同じ力を使っていることから、なにか知っているのは明確だ、という風に思っている。

 

 しかも両者敵対関係。バチバチにもなるだろう。

 

 だけど、立華はこの通り。

 

 まあ謎の多い少女だし、とぼけている可能性もなくはないのだが……俺にはどうも、そう見えないんだよな。立華はなんというか、天然なのだから。器用に隠し事が出来るタイプじゃない。

 

「なあ、立華」

「なに?」

「……もしも。もしも、立華が奴らの味方じゃないのなら。今回の敵から、ゆり達のことを守ってくれないか」

「それは、あなたの頼み?」

「ああ。全力のな。この通りだ!!!」

 

 ジャンピング土下座の上位互換、ジャンピングブリッジをした。

 

 立華はこくり、と頷く。

 

「わかったわ。やってみる」

「……ありがとう、立華」

 

 俺は元の体勢に戻る。さて、ゆりを追いかけるか。

 

 と、生徒会室を出ようとした瞬間、ちょこんと服の袖を掴まれた。振り返ると、立華がじっとこちらを見据えていた。女の子がよくやるつまみ方だが、立華のそれは凄まじい力があり、袖を引きちぎらんばかりに握りしめている。

 

「手伝って」

「はい」

 

 有無を言わさない感じだった。むうう、と頬を少しだけ膨らませている。

 

 立華も、怒る時は怒るようである。

 

 

★

 

 

「はあ。疲れたな……もうすっかり、夜だ」

 

 午後の七時過ぎ。事務作業が長引いたおかげで、帰りが遅くなった。立華はクールに「助かったわ、ありがとう」と言って去っていったため、別行動をとっている。

 

「――待て。桜木 春斗」

 

 宵闇の中。声に止められ、振り返る。物陰から現れたのは――ハルバートを持った、戦線の男子生徒であった。たしか日向が野田と呼んでいたか。

 

「あ、大食堂の近くで死んでいた奴」

「あれは少し油断しただけだ! 俺が本気を出せば、エネミーなど敵ではない!」

「そうなのか」

 

 腕に自信があり、ということか。まあ、ハルバートなんてマイナーな武器をわざわざ扱うくらいだ。武芸の心得は当然あるのだろう。

 

 野田はハルバートをぐるぐる豪快に回した後、俺に突きつけた。

 

「うおうっ⁉ いきなりなにするんだ!」

「貴様は、俺のライバルだ。決闘しろ!」

「なんでそうなる⁉」

 

 あまりにも唐突過ぎて、頭が追い付かない。

 

「さっさと構えろ。丸腰の貴様を倒したところで、勝利したことにならない!」

「嫌だっての。なんの恨みがあるのか知らないが、決闘なんてやらないぞ」

 

 ゆりから貰った折り畳み式のナイフが脳裏をよぎったが、出来れば使いたくない。

 

「貴様。それでも男なのか」

「いや、そもそもなぜこんなことになっているのか、わからねえんだよ」

「……がある」

「??? なにか言ったか」

「俺は! ゆりっぺに膝枕されたことがある!」

「っ!?」

 

 いきなりなんのカミングアウトだよ! ていうか膝枕!?

 

「ふっ……俺はゆりっぺに信頼されているのだ」

 

 誇らしげに言い放つ野田。

 

 信頼っていうか、それはえっと、つまり。なるほど。やっと話が見えてきたな。

 

「あれか。もしかして……お前とゆりは付き合っていることってことか?」

 

 口に出した瞬間、何故だか胸が痛んだ。なんだろう。面白くなかった。

 

 が、野田は顔を赤くして狼狽した。

 

「つ⁉ い、いや、そういうわけでは、まだ、ないが」

「違うのか? いや、それだったら決闘とか言うのも、まだわかるからさ」

 

 日向がゆりと俺の関係性を冷やかしていたからな。付き合っている奴がいるなら、そいつが怒るのも当然だろう。

 

「俺はただ! 貴様を認めないというだけだ!」

「意味がわからないんだが……」

「男ならば、挑まれた決闘に答えろ。どうせこの世界では、死にはしない。さあ!」

 

 なんだかよくわからないが……まあ、いい。なんとなくゆりに膝枕されるこいつの姿を想像して、ちょっとイラっと来たことだし。

 

 ポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、構えた。

 

「ふん。そんな軟弱な武器でいいのか?」

「ああ。問題ない」

「百回死ねえええええええええええええええええ!!!!!」

 

 野田が、ハルバート振り上げる。が、俺はそれを瞬時に見切って懐に入った。

 

 ザクッ!

 

「ぐもうっ⁉」

「あれ?」

 

 あまりにも呆気ない幕引き。ナイフは心臓を一突きし、野田を絶命させた。

 

 ……なんだったんだよ、こいつ。

 

 

★

 

 

「――桜木 春斗、とは。お前のことだな?」

「今度は一体なんだ……」

 

 木陰からすっと現れたのは、忍びのような麗人――椎名であった。彼女は名前が出ていたからわかるし、強い奴だったから目立つ。

 

「聞いた話では、かなりの手練れのようだ」

「まあ、戦いの日々を送る生前だったからな。嫌でも戦える」

「ふむ。手合わせ願おう」

 

 短剣を構える椎名。俺は思わず頭を抱えた。

 

「なんでそうなるんだよ!」

「ゆりを守るのにふさわしいか。たしかめさせてもらう」

「戦線ってなに、こんな奴ばっかりなのか⁉ ゆりのやつどうなってんだ、こいつらの教育をちゃんとしろおおおおおお!」

 

 一夜にして二回も闇討ちって、どんだけ俺嫌われているんだよ!

 

「参る」

 

 しかもこの椎名の方は、野田と違って話すら聞いてもらえない。

 

 クソ。こいつと戦って、無事でいられるわけねえだろ!

 

 椎名が視界から消えたかと思いきや、背後をとられていた。俺は慌ててナイフを取り出し、短剣をさばく。一閃、二閃と受け止める。椎名は後方へ跳躍して下がり、クナイを投擲。俺は横に思いっきり飛んで、なんとか回避しきった。

 

「ちょ、やめろ! 俺は戦う気なんてない!」

「ふむ。悪くない動きだ。技術のある、洗礼された戦い方をする」

「わかったか? それならもう満足だな! よし、解決! というか勘弁してください!」

 

 椎名は短剣をしまい、クールに頭を下げた。

 

「すまない。無礼を詫びる。私は、ゆりを守るに相応しい用心棒かどうか、たしかめたかったのだ」

 

 その本人、お前がアホだからって、エネミー捜索任務から外していたぞ。

 

「そりゃ随分とご執心だな」

「ああ。ゆりはわたしにとって、この世界にいる意味を与えてくれた存在なのだ」

「ふうん。まあ、カリスマ性がねえと、リーダーなんてやれねえか」

 

 椎名は腰の辺りから、もぞもぞと何かを取り出した。なんだ?

 

「……お詫びだ。これをやろう」

「え?」

 

 受け取る。ワンコのぬいぐるみであった。あと椎名の手がめっちゃ震えている。

 

「これを――くっ、大事にしてもらうんだぞ――貴様にやろう。このワンコを――幸せに、なるんだぞ――受け取れ」

「いや、いらねえから」

 

 あとそんな心の声を漏らすほど渡すの辛いなら、受け取りづらいから。お前が持っていろよ、そのワンコぬいぐるみ。

 

 というかこれだけバリバリの戦士のくせして、可愛いもの好きかよ。女子か。ああ、女子なのか……。

 

 

 ★

 

 

「ひでえ目に遭った……」

「桜木くん。ボロボロじゃない」

「お前の仲間のせいでな」

「??? バカどもがどうかしたの?」

 

 さらっとすげえ呼び方するな。

 

 大食堂で俺とゆりは合流し、夕食を共にする。

 

「立華に協力を頼んでおいた」

「え?」

「エネミーから、戦線メンバーを守ってくれってな」

「な……なに余計なことを言っているのよ! あいつは敵なのよ!」

「何事も臨機応変に、だ。エネミーほどの敵、戦線の戦力だけじゃ太刀打ちできない。ここで立華がエネミーと敵対してくれれば、あの大きな力は抑止力になる。違うか?」

「う……そ、そうだけれど」

 

 ゆりはむうう、と不満顔のままである。エネミーは立華ほど強くないが、どういうわけか立華と同じ異能を操る存在だ。いくら死なないとはいえ、戦線だけでは歯が立たない。ここで上位互換である立華がエネミーの対処に加われば、戦況は変わってくるだろう。

 

「わかったわよ。彼女の力、借りるわ。駆けつけやすくするように、サポートもする」

「よし。これで仲直りだな」

「そんなわけないだろううううううううう! 神の遣いと仲良くしてどうするのよ! 意味ないじゃない!」

 

 大声を上げられる。ゆりはツッコミが豪快だ。

 

 その後、ため息をつかれる。

 

「桜木くんの立ち位置は、とても特殊ね」

「特殊?」

「今のあなたは、いわば中立。戦線にも、生徒会にも力を貸せる立場なのよ」

「ああ、まあそうだな」

「勧誘に応じてくれないのは残念だけれど。今の立場は立場で、利用出来る価値はありそうね」

 

 ゆりが狡猾にそう言い放つ。利用って。

 

「そ、それと」

「なんだ?」

「ちょっと、言い過ぎたというか。あたし、その、感じ悪かったわよね」

「立華とのことを言っているのか」

「そうよ、天使よ。まあ、彼女は神の遣い。あたし達の敵。謝る必要なんてないのだけれど、それでも一応、悪かったとは思っているのよ。関係があるって、なにか知っているって、そう決めつけたから」

「おう」

「だから、その……悪かったって、伝えておいてちょうだい」

「いや、直接言えよ」

「それは無理よ。あたし達にとって、彼女は宿敵。慣れ合いだと思われたくないのよ。ましてや、あたしはリーダーなのよ」

「ふうん、そういうもんか」

「そうよ。でも、あなたにとっては、そうではないでしょう? 同じ生徒会の所属なのだから」

「敵対関係ではないな」

「頼んだわよ。で、軽い雰囲気でお願いできるかしら。天使ちゃんマジごめん☆ みたいな感じで」

「お前、わかりやすいくらいに照れ隠しだな」

「ちちち、違うわよ! 変な勘違いしないでちょうだい! 宿敵だって言っているでしょう!」

「はいはい、わかったよ」

「なにニヤニヤしているのよ!」

 

 なんというか。こいつ口は悪いし横暴だけど、根は優しい女の子なんだろうな。

 

 まあでも、完全な疑惑が消えたわけではない。立華とエネミーに共通点があるのは揺るがない事実なのだから。

 

 

★

 

 

 夢を見た。

 

 ひどく意識がはっきりしている、気味の悪い夢だった。

 

 春。季節は、そのくらいのような気がする。

 

 だって、目の前には「卒業式」が行われていたから。たった五人で行われている、質素な卒業式。けれどそのメンバーは、驚くべきものだった。ゆりと、日向と、立華であったのだ。それとNPCである生徒会の書記。どういう組み合わせなんだ、と違和感しか覚えなかった。そして最後の一人は、見知らぬ少年。オレンジ色の髪をした男子生徒だ。戦線の制服を着た彼に、何故だかすごく引き込まれる。

 

 いや、変な意味ではなく。まるで彼が、なにか重要なものをもっているかのような、そんな気がしたのだ。

 

 卒業式は進んでいく。

 

 ゆりがとても晴れやかで――可愛らしい笑顔を浮かべている。

 

 肩の荷が降りたような、そんなすっきりした表情になっていたのだ。

 

 俺はその光景に、これ以上ないほど見惚れたのと同時に――胸が、ちくりと痛んだ。

 

 どうしてだろうか。

 

 この光景に爪弾きされている感覚。

 

 それなのに、強い使命感に駆られる。

 

 俺は、ずっと深く考えてこなかった命題にぶち当たる。

 

 桜木 春斗は何故、この世界から卒業出来ないのか、と。

 

 

★

 

 

 昼休み。立華に戦線の護衛を頼んで数日が経過。バチイィ!!! という音がして、俺は音のした方へ駆けつけた。校舎の庭。そこではエネミーと立華が戦っていた。内容は一方的なもので、立華が危なげなく勝利する。腰が抜けた戦線のサポートメンバーは「に、逃げろ!」と叫びながら、走り去っていった。立華はガードスキルを解除する。

 

 ……なんか、むなしいな。助けたのに礼の一つもなしか。

 

「立華」

「あら、桜木くん」

「約束、守ってくれているな」

「ええ。エネミー……危険ね。放っておけないわ」

「戦ってくれるのか」

「みんなのために戦うわ」

 

 根がお人よしな立華は、とても心優しい。本当に天使のような女の子だ。

 

「それにしても、よくすぐに駆けつけられたな」

「金髪の女の子が教えてくれたわ」

「誰だ?」

 

 瞬間、背後から突然声がした。

 

「――はじめまして。遊佐です。戦線の通信係を務めています」

「うおうっ!?」

 

 びっくりした俺は、思わず声を上げる。

 

 そこにいたのは、金髪の美少女であった。人形のように儚く、無機質だけれど美しい。作り物のように精緻な女の子だ。

 

「ふっ。幽霊のように気配を消して俺の背後をとるとは、やるな」

 

 俺が中二病的な芝居がかった演技でそう言ってやる。だけど実際、ブランクがあるとはいえ背後の忍び寄られたのはすげえよ。足音なかったしな。

 

「気配を消してなどいません。ちゃんと歩いてきました」

 

 何故か怒られる。

 

「え、ああ、ごめん。それは失礼した」

「人をお化けのように言わないでください」

「とかいいつつ」

「???」

「本当は気配を消し、夜な夜な人の首を刈り取る。遊佐の正体は暗殺部隊のボスだな!」

「違います」

「じゃあその手下だな!」

「違います。戦線にそんな部隊はありません」

「ええー? じゃあ、本当に歩いてきただけってのか? 足音一つしなかったぞ。俺、かなり耳良いんだけどな」

「そうですか」

 

 と、ここで立華が遊佐に声をかけた。

 

「敵はいない?」

「はい。お疲れさまでした」

「ええ」

 

 短い会話で、立華はその場を去った。それだけかよ。

 

「桜木さん」

 

 遊佐が声をかけて来る。事務的だが、可愛らしい声だ。

 

「なんだ?」

「ゆりっぺさんが、いつもの屋上で待っているとのことです」

「ああ、わかった……本当に通信係なんだな」

 

 にしても、本当に気配を消していないのだろうか。そこだけ納得がいかない。

 

 

★

 

 

 風がほどよくある日の屋上は、気持ちの良いものであった。ゆりは柵に寄りかかりながら、キーコーヒーを飲んでいる。

 

「天使、本当に味方してくれているわ。おかげで今の所、これ以上の被害は出ずに済んでいる。礼をいうわ」

「立華に言えよ。俺はなにもしてない」

「伝えておいて」

「はいはい、わかったよ」

 

 全く、根っからのライバル関係なんだな。だけど、ちょっと違和感はある。短期間ではあるが、ゆりは優しい女の子なのだ。こまで露骨に立華に対して冷たくするのは、深い理由がある気がする。

 

「戦線は……いや、ゆりは。そこまで神ってやつを恨んでいるのか」

「むしろ。あたしはあなたが不思議だし、理解が出来ないわ」

「なに?」

「これだけ凄惨な記憶を植え付けられて、理不尽な人生を強いられて。何故、抗おうとしないのか。何故、神を恨まないのか」

 

 ゆりがもう一本のキーコーヒーを差し出してきた。俺はそれを受け取って、プルタブを開ける。ブラックコーヒーだ。俺はどちらかというと微糖の方が好みだと告げると、ゆりがそう、と短く返事をした。

 

「そんなに悲惨な人生だったのかよ?」

「……そうね」

 

 ゆりは遠い目をしながら、口を開く。

 

「兄妹がいたの、三人ね。あたしは長女だった」

「ああ、長女っぽいよな、お前。納得だ」

「なによ。どういう意味?」

「人を引っ張れて、強くて、根は優しい。たしかにお姉ちゃんって感じだ。だから、色んな奴がついてくる」

「……そう、ありがとう。けどね、立派にお姉ちゃんをやれていたっていう自信は、打ち砕かれることになったのよ」

 

 ゆりは裕福な家庭で育ったらしい。別荘のような家に住んで、順風満帆。

 

 けれどある日。そんな家に強盗が押し掛けてきた。帽子を深くかぶった、複数の男達だった。ゆりは長女としての強い使命感で、兄妹を守ろうとした。だけど……当時のゆりはまだ幼く、敵うはずもない。

 

 強盗犯は金目のものを見つけることが出来ず、苛立ちながらゆりに一つの提案をした。長女の君なら、なにか金目のものを知っているはずだ、と。制限時間は十分。十分に一人ずつお別れすることになる、と。

 

 決死の覚悟でゆりは家中を探し回り。だけど犯人の満足させるものを見つけられなかった。そうして――警察が駆けつけたのは、三十分後のことだった。

 

「天使に直接、恨みがわけでもない。でも、理不尽過ぎるじゃない。悔し過ぎるじゃない。あの日まで、立派なお姉ちゃんをやれていた自信もあったのに、守りたいすべてを三十分で奪われた。納得なんて、受け入れることなんて、出来るはずがない」

 

 ゆりは息を吸い、視線を空へ向けた。まるでその先にいる神へと向けるように。

 

「だから、もしもこの世界に神がいるのなら。立ち向かいたい、それだけよ」

 

 俺はキーコーヒーを飲み、ブラックの苦みを感じつつ、言い放った。

 

「とっとと消えて、来世へ踏み出そうとした俺とは、えらい違いだな」

「今からでも、抗えばいいじゃない。いつでも歓迎するわよ」

「そんな気は、もう起きないんだよ。戦いは、もう飽きるほどにしてきた」

 

 自分の生前を語ろうと、息を吸う。その凄惨な人生を、口にした。

 

「イーサン・ハント」

「は?」

「俺の生前は、例えるならイーサン・ハントだった……」

「あなた、頭大丈夫? おかしいわね、この世界では誰も病まないはずなのだけれど……」

 

 ゆりが深刻そうに顔を覗き込む。

 

「ミッションインポッシブルを知らないのか」

「いや、知っているから、正気を疑っているのだけれど?」

「おっと、勘違いするなよ? 自分をハンサムだと思っているナルシスト、という意味ではない!」

「話が全く見えて来ないわ……」

「んー、じゃあ、リコリス・リコイル」

「は?」

「あれに出て来る「リコリス」みたいな仕事をしていた、って言えばわかるか?」

「いや、わかんないわよ。ちゃんと説明しなさいよ。さっきから頭混乱しっぱなしよ」

「じゃあ、人殺し」

「……」

「特務任務を請け負う、特殊な軍人。それが俺の生前。まあつまり、色んな戦場へ行って、色んな人間をこの手で殺してきたってことだ」

「……そう。でも、そんな気はしていたわ。あなたは、椎名さんに少し似ているから」

 

 あの忍びのような少女も、間違いなく殺しに長けた生前だったのだろう。同じ匂いがするし、なによりあの尋常じゃない身のこなしはプロフェッショナルだ。

 

「それと。俺にも、兄弟がいた。弟が一人な。で、俺達は双子だった。弟も俺と同じ、大人達から洗脳のような教育を受けて、俺と同じように人を殺す仕事をしてきた。俺達はライバルであったと同時に、いつも一緒な仲間だった。家族だった……だから、お前は軽蔑するかもしれないな」

「え?」

「――俺は、殺した。弟を、この手で」

 

 あえて軽く言ってやった。だけど、上手に言えたかはわからない。

 

「な? 軽蔑するだろ? お前にとって、理解しがたいだろ」

 

 兄妹のためにいつも行動する家族思いなゆりとは、あまりにも正反対。俺は、自分の手で弟を殺したのだ。

 

 だけどゆりは、柳眉を曲げて訴えた。

 

「しないわよ、そんなこと。むしろ、なにがあったら、そんなことになるのよ? あなた、自分で言っていたじゃない。いつも一緒な家族だったって……そんなお兄ちゃんが、自分の弟を殺すだなんて、考えられないわよ。胸が張り裂けるわよ」

 

 お姉ちゃん気質なゆりは、余計に胸が痛くなる話だろう。俺は弟殺しの経緯を説明しようとした。だけど、その瞬間――驚くべき「声」によって、それは遮られた。

 

「――戦士として。すっかり堕落したようだね、兄さん」

 

 心臓が高鳴った。あの地獄のような光景がフラッシュバックした。血の臭いが、悲鳴の声が。蘇っていく。

 

 やめろ。やめてくれ。やめて、くれ。

 

 屋上の扉から現れた、そいつは。

 

 紛れもなく、俺の弟――桜木 空であった。

 

 

★

 

 

 物心ついたときから、真っ白な施設にいつもいた。

 

 経緯はわからないが、孤児ってやつだったんだと思う。

 

 強くなるために、銃の訓練を受けた。体を鍛えた。武道の訓練、水泳の訓練や、機械の扱い、サバイバルで生き残るための訓練――。

 

 そうした地獄のような訓練をこなした後、知識も必要だからだと勉学もした。

 

 そんな毎日だった。学校になんて通わせてもらえず。家族にも会わせてもらえず。ずっと、ずっと大人たちに訓練させられ続けていた。

 

 十三歳を超えたあたりから、任務に就いた。暗殺。あるいは、戦場。どれも人を殺す任務だった。なにが悪で、なにが正義かなんて、わからなかった。ただ、周りの大人達の言うことを聞いて。機械のように、戦場を駆けた。

 

 ……空は、頭が良かったんだと思う。あるいは、なにか「きっかけ」があったのかもしれない。

 

 突如として、組織を裏切った。

 

 そして俺は、裏切り者の粛清として弟の「抹殺」を命じられた。

 

 今でもあの時のことを、鮮明覚えている。

 

 雨が強く、降りしきっていた。人気のない、路地裏で。弟は血を流し、地面を這いながら声を絞り出し訴えた。

 

「兄さん……あなたは、なにも知らないんだよ」

 

 がはっ、と血を苦しそうに吐きながら、決死に。

 

「外の世界では、友達が出来ることだってある。仲間と一緒に、部活に励むことが出来る。可愛い女の子と、恋だって出来る。そういう、世界なんだよ、ここは……ぐほっ!?」

 

 顔面を蒼白にし、意識も朦朧とした空に。俺はなにも言わず、銃先を向ける。

 

「可哀想な兄さん……ずっと、そうやって生きていくんだね」

 

 一緒に任務を駆けた日々が蘇る。血にまみれた戦場を。それでも、弟はずっと一緒にいてくれた。助けてくれた。家族で、仲間だった。

 

 たった一人の、血のつながった家族だった。

 

「オレは、兄さんを助けたい。今からでも、遅くない。一緒に逃げよう。目を覚ますんだ、兄さん……!」

 

 最後には、そんなことを言っていた。そういうチャンスもあったのだ。

 

 それなのに。

 

 パン! と。俺は銃の引き金を引いた。

 

「ご苦労。後始末は任せろ」

 

 内線から無機質な声が聞こえる。俺は一つ報告をした。

 

「負傷しました」

「なに?」

「目から、涙が止まらないのです」

「そうか。すぐに戻れ、休むといい」

「はい」

 

 俺は紛い物で、人間じゃなかった。

 

 雨の中。いつまでも、いつまでも涙は止まらなかった。嗚咽がひどかった。胸が張り裂けそうなくらい、痛かった。だけど、何故そうなのか、わからなかった。自分の心の慟哭に、気がつかなかったのだ。

 

 この時の出来事がトラウマになり、人を殺せなくなった。今まで散々人殺しをしたくせに、暴力が怖くなった。

 

 そうして兵士として使い物にならなくなった俺は、任務で失敗をし、死んでいったのだ。

 

 

 ★

 

「どう、して。お前が……」

「何故オレを殺した兄さんが後なのかは気になるけれど、そもそも。ここは死後の世界だ。そのくらいの不思議はあってもいいんじゃないかな?」

「……っ」

「どうしたんだい? 顔を青くして、体を震わせて」

 

 フラッシュバックが止まらない。空を殺した光景が、目に浮かぶ。俺は、俺は……。

 

「随分と、悪趣味ね」

 

 と、ここでゆりが前へと出た。毅然と、凛とした表情をしている。

 

「出てくるタイミングが良すぎる。なんだか、盗み聞きをしていたように思えるのだけれど?」

「ははは。オレの追跡に気がつかない、君達が悪い」

「……復讐が目的なの?」

 

 ゆりが深刻そうに聞く。話の流れと行動からして、俺への強い恨みを感じたのだろう。

 

 空は軽薄な笑みを浮かべた。

 

「まあ、それはまたの機会にね。どちらかというと、気になったんだ」

「?」

「弟として。兄さんがご執心な女の子が、どういう子なのかなって」

「ななな、なにを⁉ あたし達は、そんなじゃないわよ!」

「チューでもするのかなって」

「しないわよ!?」

「あ、もしかして。もうセックスまでいった?」

「すすす、するか! バカじゃないの!?」

「君、処女っぽいよね。そそるなあ」

「っ!? ちょっと、桜木くん! アンタの弟、教育どうなっているのよ!?」

 

 ゆりが顔を赤くして怒鳴り込む。弟はあくまでも軽薄な笑みを浮かべた。俺はその表情にぞっとした。まるで獲物を見つけたような――そんな、好戦的な笑みだったから。

 

「ねえ、兄さん。勝負しようよ」

「勝、負……?」

「うん。今度の球技祭でさ。オレのクラスのチーム、結構強くてさ。優勝候補って言われているんだ」

「……」

 

 俺は弟がなにを言い出しているのか、理解が出来ない。いきなりなんだ。なにがしたい。

 

「兄さんも野球で出てよ。それで、勝負をしよう」

「意味わからねえよ。お前、なにがしたいんだ」

「別に。ただ、せっかく会えたんだから、兄さんとまた勝負がしたいなって。そう思っただけだよ?」

 

 あれだけのことがあったのに。あまりにも場違いな提案。俺は恐ろしくなって、なにも言えなくなる。空はため息をついて、背中を向けた。

 

「頼んだよ……兄さん」

 

 

★

 

 

「野球で勝負なんて。どういうつもりなのかしら」

「わからない……」

「……アンタ、やっぱり恨まれているの?」

「まあ、当然。そうだと思う」

 

 俺は任務で裏切り者の弟を殺したことを明かした。ゆりはこくりと頷き、腕を組んだ。

 

「……そう。やはりあなたも、凄惨な生前を送っていたのね」

「お前ほどではないと思うがな」

 

 弟の件に関しては、理不尽じゃない。あそこがターニングポイントだったんだ。あの時点で俺が自分の異常さに気づいて、一緒に逃げようとすれば……希望はあったのかもしれないのだから。

 

「改めて聞くけれど。戦線に入る気はない? その無念を、共に晴らそうとは思わない?」

「……俺はもう、戦うのが怖いんだ。この間みたいに、ゆりを守るためとか、そういうのだったらまだ動けるが」

 

 ゆりはこくりと頷いて、優しい笑みを浮かべた。

 

「そう。なら、いいわよ。でもね、これだけは言えるわ」

「?」

「あたしは、あなたの味方よ。軽蔑なんてしない。人殺しだと罵るつもりもない。だから……一つ、提案をするわ」

 

 風が吹く。ゆりの髪が揺れる。甘い匂いが少ししてきて、俺は胸が高鳴った。そしてゆりはまっすぐにこちら見据え、告げた。

 

「あたし達戦線チームで、弟くんの挑戦に受けて立ちましょう」

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