「――桜木、何故貴様がここにいる?」
「うおっ、びっくりした。いきなりハルバートを向けるなって」
思わず仰け反る。野田は剣呑とした雰囲気のまま、ハルバートを降ろさない。俺に一突きされたくせにな。
ゲリラ参戦、という形で球技祭に参加しているクラスSSS。今年は幹部の実行部隊八人と、そこにプラス俺が参戦する、という形で乱入するようだ。
しかし俺は戦線の正式メンバーではない。幹部からはどこか訝し気な視線を感じるというか、かなり浮いているというか……しかしそれも無理はない話だ。
彼らからすれば、俺は「ゆりに贔屓されている優男」という印象でしかないだろう。幹部どころかメンバーでもない奴がリーダーの訓練に付き合ったり、こうしてオペレーションに参加したところで、不信感が拭えないだろう。
グローブをはめ、右手でボールを握る。
……今思えば。指導者の中に、野球が好きな奴がいたのかもしれない。息抜きだと言われ、少しだけ教わったことがある。空とキャッチボールとか、そういうのをしていた。だから野球が出来ないわけではない。
「桜木」
と、ここでクールな声がかけられた。椎名だ。
「お前の腕はたしかなものだ。自信を持て」
彼女なりに励ましてくれているのかもしれない。
俺はこくりと頷いて、幹部へ一つ提案をした。
「ピッチャーをやらせてくれないか」
★
野田がキャッチャーをやりたいと言い出したため、俺と野田のバッテリーとなった。
投球フォームに入る。ボールを投げるのはかなり久しぶりだが、大丈夫。いけるはずだ。
「アンダースロー……珍しいな」
日向がそう呟いた後、ボールは放たれた。野田の構えた場所へ向けてボールはまっすぐに飛び、パシン! という爽快な音と共にキャッチャーミットへ収まった。
幹部達がざわつく。バンダナを巻いた幹部――TKが口笛を吹いた。眼鏡をかけた幹部
――高松が知的に言い放つ。
「驚きました。あの投げ方で、130キロ以上出ているのではないでしょうか。さすがは、ゆりっぺさんに見込まれた方ですね」
体の大きい幹部――松下五段が腕を組みながら、こくりと頷いた。
「うむ。これなら、ピッチャーを任せても良いんじゃないか?」
やさぐれた雰囲気の幹部――藤巻がバットを気だるげに持ち、肩で支えながら言った。
「ま、じゃねーとあのゆりっぺが推薦しねーだろうよ」
日向がバットを持ち、バッターボックスへ立った。
「うし、桜木! 勝負といこうぜ!」
「ああ、わかった」
再び投球フォームへ入る。
投げたボールはすっぽ抜け――日向の頭めがけて飛んでいった。
「あっぶねええええええ!?」
日向が奇跡的な回避で、難を逃れる。完全なるヘッドショットであった。
「わ、悪い日向」
「気にすんな。けど、はえーから死ぬかと思ったぜ。いやまあ、もう死んでいるけどよ」
「アンダーは頭めがけて抜けやすいからな」
「それスリークォーターの話ですから!」
「出た、それ! 日向の丁寧語ツッコミ最高!!!」
「単なる口癖ですから! 反応しなくていいですから!」
その後も三打席ほど日向と勝負したものの、全てフォアボールとなってしまった。ストライクには何球か入っているものの、上手く狙ったところへ入らない。
「球は早いが、ノーコンなんだな」
「悪い……まあ、練習でなんとかする」
自分のことながら情けなくなる。球が速くても、ストライクをとれなければなにも意味がない。
日向が人懐っこい笑みを浮かべて、俺の背中を叩いた。
「まあまあ、そう落ち込むな! まだ時間はある。見たところ、桜木は少し大振りになりすぎている。視線の位置への意識を強めた方がいいかもな。出来るだけ顔の位置が上下しないように動作を意識すれば、視線は散らばらないと思うぜ」
「視線か……わかった」
あまり意識していなかったかもしれない。というか、投げ方なんてほとんど我流だったしな。
「それから、ふと気になったんだが……あれだけ投げられるのに、変化球はないのか?」
「男なら直球勝負だ」
「真っ直ぐな奴だな! 正直、もったいないぜ。試合となれば変化球は必要になる。これほど早い球でも、結局は目が慣れちまえば、対応されちまう」
「そういうものか」
「だから、ストレート以外の球種を一つ覚えてみたらどうだ? 即席で伝授してやるよ」
「そんな都合の良い変化球があるのか?」
「ああ。チェンジアップだ。腕の振りがストレートと同じだから、覚えやすい」
「チェンジアップ……たしか、ブレーキがかかる変化球か」
「ああ。軌道もフォームもまっすぐと同じだから、緩急でバッターを勘違いさせるのが狙いだ」
俺はこくりと頷いた。
「日向、教えてくれ」
「おう、任せろ!」
日向が野球ボールを持ち、握り方を教えてくれた。俺は見よう見真似で同じ握り方をする。
「おし。その握り方で、投げてみろ」
が、ボールは日向のいるところまで届かず、何度もバウンドするゴロになる。投げづらいし、なにより力が入らないからコントロールがより難しい。
「力の入れ方にコツがあるんだ。まずは投げ続けろ!」
日向の言葉通り、何度も投げる。人に教えるのが得意なのか、アドバイスをいくつかもらえた。「もっと深い握りにしてみろ!」「体の軸を意識するんだ。そうすれば目線が安定する」「球を遅くしようとし過ぎて、腕の振りが遅くなっている! それじゃあチェンジアップだとバレちまう!」
諸々のアドバイスを受けながら、一投。すると回転数も球速も抑えられた、遅い球が低めのストライクゾーンへと入っていった。
「ナイスボール! 安定してきたな。これでチェンジアップは習得完了だ!」
日向が駆け寄ってきて、ハイタッチを交わした。なんというか、親しみやすくて良い奴である。浮いていた俺からするととてもありがたい。
「フォームもさっきよりよくなったし、ストレートのコントロールも良くなったんじゃねーの? ちょっと投げてみろよ」
腕が大分疲れてきたものの、そう言われると投げてみたくなる。日向が構えた後、俺はストレートを投げた。構えたところとはややズレたものの、インハイにきれいな真っ直ぐが決まる。ストライクゾーンだ。その後も何球か全力投球のストレートを投げたが、体感は六、七割くらいの確立でストライクへ入っていた。
日向が満足そうにうなずいた。
「これだけストライクへ入れられるようになれば、試合になる。変化球も一つあるし、野球部相手でも通用すると思うぜ?」
「それはおだてすぎじゃないか?」
「そんなことねーよ。130キロの浮き上がるようなストレートは、そう簡単には打てねえと思うぜ? まあ、さっそく、ちょっと試してみるか」
日向の提案で、戦線メンバー相手に一打席勝負をする。どのメンバーも野球未経験とは思えないくらい良いスイングをしていたが、その誰もがヒットを打つことは叶わなかった。ポップフライ、三振、ゴロとアウトの山を積み上げていく。
「――ふん。情けないやつらだ。俺が打ってやろう」
野田が敵対心剥き出しで、バッターボックスへ入る。金属バットを片手で持つ。あの持ち方で打つ気かよ。
腕が疲れてきている。まああのフォームじゃ打てないだろうと踏み、アウトローへストレートを投げる。
すると野田は居合抜きのような速さでバットを振るい、ボールを打った。キィン! と快音が放たれたボールは、100メートル以上の飛距離を放った。片手であそこまで飛ぶって、いったいどれだけのパワーがあるんだ。
野田は誇らしげにバットをかざし、鼻を鳴らした。
「ふん。所詮、貴様はその程度か。俺のライバルとして情けな――」
「腕疲れてきたし、ピッチング練習はこのくらいにするか」
「無視するな! おい、桜木! マウンドを降りるな! 逃げるな! まだ決着はついていなああああああああい!」
暑苦しい野田をスルーしつつ、俺はバッティング練習へと加わった。
★
バッティングはあまり得意ではなかったが、鍛えられたフィジカルによって、当たりさえよければ遠くまでボールを飛ばすことが出来た。
「良いパワーですね。日頃から鍛えているものと見受けられます」
高松が知的そうに眼鏡を上げながら、そんなことを言う。溢れ出すインテリ感。ゆりは戦線をバカどもと評していたが、彼はその中でも頭脳派なのだろうか。
「まあ、トレーニングだけは、生前からの習慣で辞められなかったからな……」
過酷な筋トレと走り込みだけは、刷り込まれているのか、生前ほどではないものの欠かすことはなかった。体術も一人でシャドー練習だけはしていた。最近はゆりから貰った銃でフォームスイングはしているし、少しはブランクを取り戻せている気がする。
……まあ一番は、暴力に対するトラウマをなんとかしないといけないのだが。いざという時に動けなくなったら、スキルがあったところでなにも意味はない。
「フィジカルもそうだが、体の動きに無駄がない。なにか武道を心得ているんじゃないのか?」
松下五段がそんなことを聞いて来る。柔道を会得している彼は、武道を習得した人間の臭いに敏感なのだろう。
「徒手格闘と、短剣格闘をやっていた」
「ほう? すると生前は自衛隊か? おっと、生前のことを聞くのはマナー違反だったな。今のは水に流してくれ」
「別に、いいさ。自衛隊ではないが、特殊な軍人だったのはたしかだ」
「やはりな。通りで、あのゆりっぺが気に入るわけだ」
会話を聞いていた大山が目を丸くしてこちらを見やった。
「この年で軍人!? まるで映画みたいな生前だね。すごいや」
TKがパッチン、と指を鳴らす。
「I'll be back」
ピッチャーをやっていた藤巻も肩を回しながら、けっ、と面白くなさそうに声を上げた。
「戦線に入ったら、即幹部入だろーな。けどテメー、噂じゃあ生徒会にも肩入れしてんだろう?」
「まあな。俺は副会長だ」
「あの凶悪な天使の味方をするだなんて、まるで理解できねーな。消されるぞ」
ミステリアスな女の子なのは事実だが、その辺りの認識は本当ズレているんだよな。といって、俺も否定出来る確信も材料もないわけなのだが。
「でも俺は、立華の味方をするわけでもない。敵になるつもりもないが」
「だとすると、史上初の中立ってやつか。ま、なにすんのはテメーの自由だが、俺達の邪魔だけはすんなよ」
やや敵対的、というかケンカ腰な奴だ。まあでも、本来ならこのくらいが正しい反応な気がする。
★
練習後、一人大食堂で親子丼定食を食べる。ふと中立と言われたことを思い返し、ゆりと立華のことを考えてしまう。
立華は生徒会長であり、この学園の秩序を守っている。クールでポーカーフェイス。口数は少なく、一見不愛想だが、意外と天然なところがあったり、心優しい一面がある。彼女の優しさと生真面目さに惹かれ、立華と共に学園生活を謳歌し、卒業していった魂を何人も見たことがある。戦線メンバーの言葉を借りると「消された」ということになるが。
しかし天使と言われるのも仕方がない。異能を扱ったり、人間離れした身体能力を持つ。銃に撃たれても回復が早い。否定する材料がないというものだ。
ゆりは神の復讐へ躍起になっているが故に、その遣いである立華とは明確な敵対関係となっている。そしてゆりの周りには戦線メンバーがいて、なにかと騒がしく、なんだって出来る力がある。
「……なんというか。なにが正しくて、悪いのかわからねえな」
そんな独り言をこぼしていると、対面の席に生姜焼き定食を持った男子生徒が座った。
「よ、桜木! 前いいか?」
「日向? ああ、俺はいいが……お前はいいのか」
「ん? なんだよ、どういう意味だ?」
「いや……俺、戦線メンバーから、あまりよく思われていない気がしてな」
今日一日野球の練習を一緒にして、かなり馴染めた気はした。幹部の連中は個性的で癖のある奴ばかりだったが、根は良い奴ばかりであった。
だけど……藤巻に言われたが、俺はいわば中立。戦線の敵ではないが、味方ではないのである。幹部と必要以上に関わっていいのかどうか、わからなかった。
だが、ごちゃごちゃ考え込む俺とは対照的に、日向は屈託のない笑顔を浮かべた。
「んなことねーよ。お前に敵対心出しているのは野田くらいなもんだ。あとの奴らはなんかすげー奴が現れたな、くらいにしか思ってねーよ」
「なら、いいんだけどな」
「むしろ、俺はお前のこと、結構気に入ってんだぜ?」
日向がさらっとそんなことを言うから、俺はああ、と納得した。
「ホモなのか」
「ちげーよ!」
「悪いな。俺にその気はない……」
「だから、違いますから! 勘違いしないでくれませんかね!」
「日向の必殺、丁寧語ツッコミ来たー!」
「だから、ただの癖だから! 反応するな!」
日向はため息をついたあと、食事を勧めつつ軽く会話を振ってきた。
「よくわからんが。球技祭、弟さんと勝負するんだろ?」
「……まあな。きっと手強い」
空は運動神経が良かった。それに加え、この世界に来たばかり。ブランクの俺よりずっと動きが良いだろう。
「にしても、すげー確率だよな。生前と関わりがある人間と出会うなんて」
「普通は、ありえないよな」
「まあけど、可能性はゼロではない。現にこうやって再会したんだろ?」
「だけど、時系列が合わないんだよな……」
「時系列?」
「弟の方が、俺より先に死んでいる」
「よくわかんねーけど、それもありえるんじゃねーの?」
「なにを根拠に」
「ここは死後の世界だぜ? どんなことがあったって不思議じゃない。現に時代が合わない奴とか、たくさんいるしな。例えば……ゆりっぺの生前、聞いたんだろ? かなりの大事件だ。けどあれほどの大事件、生前の時に知っている奴は誰一人としていない。つまりは、そういうことなんじゃないか?」
まあ、それはたしかにな……生前、それなりに有名人だった奴もこの世界に何人か来たが、知っている奴は誰もいなかった。パラレルワールドとか、そういうのも関わっているのかもしれない。
深く考えても仕方のないことなのだろう。神の采配なのだから。
★
一緒に男子寮へと戻る。ただ、寮の場所が違う日向とは、途中で別れることとなる。彼はふと疑問を口にした。
「そういや、桜木は最上階なのか?」
「まあな」
「生徒会メンバー、あるいは選ばれたエリートのみが住めると噂の最上階か……たしか、一人部屋なんだろ?」
「ああ。副会長権利でな。おかげで、女の子も連れ込み放題だ」
「え!? お前、そんなプレイボーイなのか……」
「冗談だよ」
「ゆりっぺのやつ、死後の世界で大人の階段を登るとは……」
「なにを言っているんだ、お前は……」
「わりぃ、わりぃ。冗談だって」
日向がへらへらと笑う。戦線メンバーはこの浮ついた噂を楽しんでいる節がある。
だが、日向は案外真面目な顔して続けたのであった。
「なんつーか……本当は、わかっているんだ。あいつがそんな浮ついたことにはならないってのはな。俺もそうだし、幹部のみんなもそうだ」
「あの生前だ。ゆりの復讐心は本物だろう」
「ああ。まさにその通り。だから、あいつにとって恋愛なんて眼中にない。野田となんてもう長く一緒にいるのに、ちっとも進展しやしない。けどよ……だからこそなんだ」
「?」
「こんな忌まわしい記憶抱えてもよ。死後の世界には、たくさんの人がいてさ。仲間がいるんだ。ささやかな幸せに目をむけることぐらい、いいじゃねーかって。そう思っちまうんだよな……」
その声はどこか寂し気であった。長くゆりと一緒にいたからこその言葉と思いやりには、ずっしりとした重みがある。
脳裏にはゆりの様々な表情が浮かぶ。出会ってまだ間もないが……あいつといると、どうしてか楽しくて、いつだって胸が高鳴る。そして放っておけない。
俺は生前、恋なんて出来なかったから。もしもこの感情が、恋なのだとしたら……この先、どうしたらいいのだろうか。
「わりぃ、暗い話になっちまったな。そう深刻そうにするな」
日向が沈んだ俺の表情を見て、そう言った。
……ゆりが恋をしない、という話をして。胸が少しだけ締めつけられる。だから俺は、暗い表情をしていたのだ。
★
野球の練習以外にも、幹部の鍛錬に参加することになった。なんだかなし崩し的に戦線に加担しているような気がするが、まあ細かいことは気にしない。
幹部の銃の腕前は中々のものだったが、威力の高い銃や、扱いが難しい銃ともなると話が変わってくる。生前の経験を活かしてみんなにアドバイスと指導をして、知識を与えたのだが……彼らは驚くべき吸収速度で見る見る内に上達してみせた。
「よし、当たった! すごいや、桜木くん! アクロバティックな生前なだけあるね!」
「お、おう……」
「ありがとう! 教え方も上手だね! やっぱり我流じゃなくて、プロの軍人のやり方じゃないと、効率が上がらないんだね」
苦戦していたらしい、アサルトライフルを使いこなしたことによって、大山が無邪気に喜びながら礼を告げる。
銃の扱いなんて、俺でも苦戦したんだけどな。驚いていると、松下五段が下駄の音を鳴らしながら近づいて来た。
「幹部はみんな、運動神経が良いんだ。俺が教えた柔道も、覚えるのが早かった」
「すごいな。それにこの人数。戦線はなんだって出来るようになる……」
よくもまあ、スナイパーライフルだの、アサルトライフルだのと用意してきたものだ。この銃弾もそうだが。もはや本物の軍隊じゃないか。
……幹部以外にもメンバーもいて。ゆりはこれほどの戦力を、たった五年で作り上げたっていうのか。まあ敵の立華はそれでも足りないくらい、圧倒的な強さではあるが……。
★
いつも通りの屋上へといくと、ゆりがキーコーヒーを二つ持ち待ってくれていた。俺はキーコーヒーを一つ受け取る。
「お疲れ様。どう? ウチのバカどもは」
「運動神経が良い奴ばかりだな。野球も銃の扱いも上手い。五年間の鍛錬も込みとはいえ、よくここまでの組織を作ったな。どんな構図なんだ、戦線は」
特に驚いたのは武器の生成だ。当然だが、死後の世界には銃も剣もない。せいぜいナイフがあるくらいだ。
……ただ、この世界には妙な「隙」がある。土から生前の記憶にある「物」を作ることが出来るのだ。銃はこれによって作ったのだろうと想像はつくが、実際にそうするのは難しい。例えば銃は複雑な機構によって出来ている。その機構まで理解していないと、生前のような銃を再現するのは不可能なのだ。
「戦線は大きくわけて四つのチームがあるのよ。桜木くんが今一緒にいるのは実行部隊。あなたの大好きなガルデモは陽動部隊、武器の生成を担うのはギルド。そしてその他諸々の業務をこなすサポートメンバーの四つよ」
「選りすぐりのメンバーなのか。通りで。ギルドはどんな連中なんだ? あれほどの武器を作るのには、相当な職人がいるはずだ」
「まあ今度、降下作戦があったら案内するわよ」
「降下作戦……?」
「けど、天使にギルドの場所を漏洩するんじゃないわよ。あそこはあたし達戦線の生命線なのだから」
「まあ、スパイの真似事をする気はねえよ」
俺の立場はあくまでも中立だ。ちょっと流されて戦線に寄っているような気はするが……。
「今は、球技祭に向けて練習をしておくことね。弟くん、相当強いわよ」
「調べたのか」
「ええ。あなた達、生前は野球もやっていたの? そうとしか思えないくらいの技術だったわよ」
「ああ。息抜きに野球の指導も受けていたんだ。俺と空でいつも勝負していた」
「ふーん……?」
「双子でさ。同じ日に生まれたからさ。俺達はいつも二人で任務をこなすのと同時に、強いライバル関係でもあったんだ。負けたら言い訳がつかないだろ?」
「そうね。それで、勝負はどっちが勝っていたの?」
「五分五分だな。あいつがどんなつもりで勝負を挑んだのかは、わからないが……全力勝負することが誠意なら、絶対に負けられない」
キーコーヒーを飲み干し、俺は歩き出した。時間が経って、気持ちに整理がついている。空が現れたのには動揺したが、勝負は受けて立つ。そう決めたのだ。
「俺、戻るよ。もう少し鍛錬に付き合いたいからな」
そう言って扉を開ける。ゆりはその背中を見送りながら、ため息をついた。
「残念だけれど……結果は目に見えているわ」
キーコーヒーを手で弄びながら、憂鬱げに呟く。
「あなたは、弟くんに負けるのよ」
★
道中。使われない、駐車場の方からギターの練習音が聞こえた。そんなに上手なわけではないが、なんとか形にはなっている感じ。音楽には詳しくない俺でも、めちゃくちゃうまいわけではないのを、感じることが出来た。例えるなら、本当に学生、という感じ。生前の都合上実際のところはわからないが、この天上学園にいる軽音部とか、リア充(まあNPCだが)がノリで組んだバンドとかに近いレベルだ。
だけど、なんとなく惹きこまれた。理由は……わからない。勘だ。俺の中のなにかが、このギター音に吸い込まれたのだ。
石の階段を降りる。やがて見えてきたのは、ピンク色の長い髪をした、小柄な女の子であった。あぐらをかいてギターを鳴らし、歌も唄っている。曲はガルデモの曲であった。
……なんか、見たことあるな、あの子。トルネードとかの時に、必ずといっていいほど、観客にいて熱心に歓声を送っている。戦線の制服だから、陽動部隊のサポートメンバーなのだろう。
と。俺が遠巻きに見ているのに気づいたのか、少女は歌と手を止めた。訪れる静寂。少女は懸念そうな視線をこちらへ向けていた。
「なにか用ですか?」
「い、いや。悪い、邪魔したな」
「いえ。別に、いいですけど。たしか、生徒会の副会長さんですよね? 最近戦線に出入りしているって」
「そうだな。桜木 春斗、よろしくな」
「ユイっていいます。ところで、本当に用ないんですか? ここ、なーんにもないから、わざわざ来るところでもないと思うんですけど?」
痛いところを突かれる。俺は正直に言うことにした。
「ギターの音がしてさ。なんだろうって思って、フラフラここまで来たんだ」
「ほうほう。それはつまり、ユイにゃんのファンということですか?」
「え?」
「いやいや、才能があるっていうのも、困っちゃいますねー。あたし、まだ音楽始めたばかりなのですが。でも、どうしてもって言うのなら、ファンになってもいいんですよ? あたしはファンを大事にしますのね」
「ロリ系のうざキャラかー。なんか戦線っぽいなー」
「誰がロリ系のうざキャラじゃああああ! このナイスバディが見えないのかああああ!!!」
「うざキャラは否定しないのか……」
「コラコラ、そこもちゃんと否定しますよ! あたしは清楚系なので! ヒロインなので!」
「お前がヒロインだっていうなら、ヒーローは誰なんだ……」
「主人公も兼任しているパターンのヒロインなので、ヒーローはいませんよ?」
「あ、そう」
自称清楚系巨乳ヒロイン、ユイにゃんかあ。ロリ系うざキャラユイにゃんが現実だと思うんだけどな。
「先輩、ガルデモ好きなんですか?」
「俺? まあな。推しだ」
「ライブの時、いつもすごく盛り上がっていますからね。ファンの鏡です。でも、あたしも負けませんからね! ガルデモ愛も、盛り上げ役としても!」
「それならもちろん、こっちだって負けねえよ! 俺にとってガルデモは神様だからな!」
「あたしにとっても神様ですよ! ガルデモ最高ううううううう!!!」
「ガルデモ最高うううううううう!!!」
よくわからない意地の張り合いをしながら。けれど、ふと思う。
「なあ。また、ギターを聞きにきてもいいか?」
「およ? 別にいいですけど。ただ、あの、えっと……さっきはああ言いましたけど……正直、あんまり上手じゃないですよ」
たしかに。だけど、また聞きにいきたい。そう思えたんだよ。
「いいんだよ、それでも。まあ、お前が邪魔だと思っていなければの話だが」
「好きにしていいですよ。じゃあ桜木さんは、ユイにゃんファンの第一号ってことですね?」
「ええー? ファンクラブってことかー?」
「なんで嫌そうなんですか。だって先輩、それってあたしのファンってことですよ? そうじゃなかったら、なんだっていうんですか? もれなく不審者とか、ストーカーになりますよ?」
たしかに。だが、その選択肢は極端すぎるだろう。普通に、ユイが気になっているってパターンもあるだろうし。まあ、違うんだけど。
……なんで、こういう話になると俺の脳裏にはゆりが横切る。ええい。あいつは俺のこと、そんな目で見ねえし、意味ないって。
「わかった。じゃあ、俺はユイにゃんファン一号だ」
「また聞きに来てくださいね、先輩♪」
ユイは可愛らしくウインクして、そう言ったのであった。余裕で推せそう。
★
そうして数週間が経過。球技祭は無事に、快晴で迎えられた。
早朝。まずは、生徒会室にて立華と今日の流れを確認する。まあそうは言っても、開会式の言葉で俺と立華が代表として宣誓するだけの話だがな。
「この間の話なのだけれど」
立華が打合せの終わり頃に、そんなことを言った。
「なんだよ?」
「あなたが頑張っても消えない、という話のこと」
「ああ……」
本当に、なんでなのか。立華が天使ならば、ぜひ教えてほしいところだ。
「以前の話なのだけど。誰かの未練を晴らすために、この世界へ呼ばれることがあるわ」
「この世界にはそんなこともあるのか……?」
「ええ。その人は無事に、他者の未練を晴らして、消えていったわ」
「つまり。俺も誰かの未練を晴らすために、ここへ来たってことなのか?」
「その可能性はあるわ」
「って、言われてもな……そんな奴、この世界のどこにも」
そう言って、気づいた。
……そうだ。ここに見て、この世界へ桜木 空が現れた。ということは、つまり。
もしかして俺は、あいつの未練を晴らすために、この世界へ呼ばれた?
「……そうか。そういうことだったのか」
「なにか役に立てたかしら」
「ああ。もしかすると、これが俺の最後の学園生活になるかもしれないな」
「???」
「この球技祭で、俺は消えるかもしれないってこと。長い間世話になったな、立華」
「そう。それなら、良かったわ。ここに長くいるのは、あまり良いことではないから……」
と、ここで俺はふとあることに気がつく。
「にしても。今更だが、立華はそうやって長い間、何人も見送ってきたのか」
「ええ、そうよ。よかったね、と見送ること。それが今のあたしに出来ることだから」
「寂しくないのか」
「寂しい?」
「お前は、ゆりと違ってさ。そうやって、周りから人が消えていくんだろ」
しかもそのシステムは、残酷だ。
親しくなればなるほど――消えた時、苦しくならないのだろうか。
立華は、孤独を感じないのだろうか。
ありがとう、って去った魂が伝えてきた時。
よかったね、って手を振って見送るたびに。
寂しいって。一人にしないでって。そう思わないのだろうか。
だけど、立華は迷いなく言い放った。
「あたしは大丈夫よ。だって、これは良いことだから」
彼女は本当に天使なのかもしれない。人は孤独には耐えられないものだし、親しくなった人を見送る役目だなんて、残酷過ぎる。
だけど、仮に天使だとしても。人の心じゃないとしても、苦しいと思うんだけどな。そう考えるのは、俺のエゴなのだろうか。
脳裏にはゆりの姿がよぎる。
あいつは少なくとも、長く世界に存在し続けるだろう。なら、もう少しこの二人の仲がマシになってくれれば……。
「二人が仲良くなる方法、か」
「???」
この世界を去るとして。心残りなのは、立華とゆり達の関係なのであった。立華は天使だからしょうがないのかもしれない。だとしても、この抗争はやっぱり、悲しいような……そんな気がしたから。