※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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リメイク版 第六章「レプリカ」

「そっか。桜木弟は消えていったのか」

 

 日曜日の朝。偶然、大食堂で一緒になった日向に、空はもう消えていったことを説明した。

 

 ……俺は自傷行為でしばらく人と会わなかった。その関係か、日向は俺と顔を合わせるなり「お、久しぶりだな。最近見ねーから心配したぜ。元気していたか?」なんて声をかけられたので、空のことを話したのである。

 

「ちゃらんぽらんとした奴だったけど、結局なにがしたかったんだ?」

「あいつはああ見えて、すごくしっかりしていたよ。少なくとも、兄の俺よりはな」

「なんだよ、それ? つーか、なんかネガティブじゃね?」

「そんなことねえよ。ようやっとやりたいことが見つかったんだ。今は、前向きになれている。迷いは捨てたんだ」

 

 空ほど気持ちを整理することは出来ない。

 

 だけど……今の俺には、みんなを春へと導くために戦う、正しいと思える使命がある。

 

 なによりも。ゆりが味方をしてくれているんだ。自暴自棄になった俺を止めてくれた。立ち直れたのはゆりのおかげだ。

 

 ……だから。そんなあいつのためにも、戦わないとな。

 

「よくわかんねーけど、お前が立ち直れたなら、それでよかったぜ」

「悪いな。湿っぽくなって」

「いいってもんよ。そんなことよりも、一つ確認しなくちゃいけないことがあってだな」

「なんだよ?」

「こいつは戦線にとって非常に重要なことだ。いいな?」

 

 日向が何故かニヤニヤとしながら、声を抑えて聞いてきた。

 

「お前、ゆりっぺと付き合い始めただろ?」

「ぶごほっ!?」

 

 危うく朝食を吹き出しそうになった。

 

 なんでバレてんだよ!?

 

★

 

 

「開けゴマ―!」

「……」

「冗談だ。神も仏もなし」

 

 戦線の合い言葉を言うと、がちゃり、と第一校長室の扉が開く。ここは戦線の本部だ。

 

 俺、桜木 春斗は――真新しい戦線の制服を着て、その扉を通り抜けた。

 

「いらっしゃい、桜木くん。似合っているよ!」

 

 大山が好意的に出迎えてくれる。事前に話はいっているのか、幹部は特に詰問してこなかった。

 

 そして本来ならば校長が座るはずの上座にいるゆりが、俺を紹介した。

 

「さて。今日から幹部として加わる桜木 春斗くんよ。球技祭を通じてみんな知っていると思うけど、戦闘技術はかなりのものだから、戦力になるはずよ。じゃあ、改めて挨拶してもらおうかしら?」

「桜木 春斗だ。生徒会は辞めてきた。俺の力で良ければ、好きに使ってほしい」

 

 生徒会を辞めた、という言葉に一同は目を丸くする。それはそうだろう。あれだけ活動してきておいて、今更すっぱり抜けくるなんて、どういう心境の変化だと疑念を抱くに違いない。

 

 藤巻が皮肉げな声を出した。

 

「お前の好きな天使はどーすんだ。つーか、胡散くせーぞ。しばらく姿を見ねーと思って、突然現れたと思ったら、今度は戦線に入るなんてよ」

 

 ……俺は、ゆりの味方をすると決めた。さらに敵も明確。エネミー、岡田 緑だ。そしてこの両者は戦線を攻撃している。ならば戦線に入った方が色々と好都合だろう。

 

 それに立華は……俺がいたところで、なにも出来ることはない。むしろこれからのルートを考えれば、下手になにかをしない方がいい。これ以上俺という紛い物が介入すれば、なにかしらの因果が曲がりかねない。例えば、ゆりは聡いし、なにがファクターになって立華を人だと判断するかはわからないのだ。

 

 そもそも。立華を救うのは、俺じゃない。

 

 そうだろ……音無 結弦。

 

「やりたいことが出来たんだ。それは生徒会じゃなくて、戦線じゃないと出来ない。だからここへ来た」

「意味わかんねーな」

 

 無理もないだろう。信用を得るには、俺達は付き合いが浅すぎる。

 

 松下五段が腕を組み、難しげに言った。

 

「どうするんだ、ゆりっぺ。たしかに彼が幹部入するのは頼もしいが……変化が急すぎて、背中は預けられないぞ」

「もちろん、それは春斗くん自身が時間をかけて信用をえてもらうしかないわ。ちょうど、オペレーションを発動しようと思っていたし、タイミング的には好都合だわ」

「そうか……む?」

 

 多分、下の名前で呼んでいたことに一瞬引っ掛かったのか、首を傾げた。

 

 が、すぐにゆりはベレー帽を被り、プロジェクターのスイッチを入れた。野田、TKがカーテンを閉める。スクリーンに戦線のマークが映し出され、ゆりは画面を背景に説明を始めた。

 

「エネミーの登場により、我らが戦線はその活動を控えざるを得なかった。けれどその代償はいよいよ、目をつむれないレベルにまで来ている」

 

 高松が知的に眼鏡を上げる。

 

「はい。食券が不足しています」

 

 藤巻がドスで肩を叩きながら言った。

 

「トルネードか?」

「ええ。久しぶりにね」

「けど、エネミーは大丈夫なのか。前回は一人、紛れていたんだろ。天使と戦っている間に、背後からぐさりなんて、シャレにならねーぞ」

 

 ゆりと俺が戦ったエネミーのことを言っているのだろう。

 

 たしかに、トルネードの邪魔をしないとは限らない。岡田 緑の動機までははっきりとは知らないが、戦線に対して攻撃的ならば、オペレーションのタイミングでなにか仕掛けている可能性はある

 

「そこで今回は武器をフル投入して、惜しみなく使うことにするわ。サポートメンバーも多く導入して、配置もこういう感じにしてみたわ。どうかしら?」

 

 プロジェクターに大食堂と周辺の地図が表示され、それぞれのメンバーの配置・武器の装備が表記される。

 

 スタンダートがどういうプランなのかを知らないので、俺は見てもピンと来ない。

 

 が、最古参の日向が「いいんじゃねーの? 新しい武器と、桜木との特訓の成果も出せそうだ」と言っていたので、まあ良いのだろう。

 

 ただ、一つ気になることがあって手を上げた。

 

「俺はなにをすればいいんだ?」

「春斗くんはここよ。映ってなかったわね」

 

 ゆりがマウスを操作して端っこを少し拡大する。連絡橋の前。それが俺のポジションならしい。

 

 すると頭の中へ直接、謎の少年の声――カウンターの力となるため、彼がバックアップしている――が響いた。

「面白いものですねえ。因果ですか」

「???」

「彼と同じポジションなんですよ。もっとも、新人に与えられるポジションだそうなので、被るのは当然なのですがね」

 

 よくわからないが、謎の少年はおしゃべりなようだ。静かにしてほしい。

 

「ここは一番楽なポジションなのよ。みんなから信頼されてないんだから、重要なところは任せられない。装備もハンドガンとナイフのみ。予備の弾丸も1マガジンのみよ」

「……そうか」

 

 幹部とは名ばかり。サポートメンバーと同じ扱いだ。

 

 例え付き合っていても、それとこれは話が全く別なのだろう。

 

「改めて聞くけれど。天使、本当に撃てるのかしら?」

 

 ゆりの厳しい問いかけに、俺は頷いた。

 

「ああ。撃つ」

「じゃあそれを今回のオペレーションで証明しなさい」

「わかった」

 

 あくまでも戦線のリーダーとしての采配、扱いにほっとする半面、少し悲しくもある。まあ、所詮俺は新人の身。文句は言えないだろう。むしろゆりが情でえこひいきしようものなら、幹部から不信感が募るだろう。リーダーとして正しく強かな判断を下したのだ。

 

「今回は活動休止していたガルデモの「復帰ライブ」にもなる。盛り上がりは最高潮となるに違いない。成功すれば、食券は大量に獲得出来るはずよ!」

 

 俺ははっとした。

 

「あれ、そうか! ガルデモ復帰か!」

 

 が、これには藤巻が水を差す。

 

「ミーハーなガルデモファンならしいが、オペレーションあるから聞けねーぞ」

「ぎゃああああ!? そうだった! しかもめっちゃ遠い!!!」

「残念だったな」

 

 言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑みを浮かべている。この野郎。推しのバンドのライブが聞けない苦しみがわからないんだろ! しかも復帰ライブ!

 

「頼んだわよ、岩沢さん」

「ああ。任せろ」

 

 ゆりの言葉に、岩沢がクールに答えた。かっこいい。サインください。

 

 

★

 

 

 定例会議が終わり、幹部が解散していく。その最中、野田が大声を上げ、ハルバートを向けて来た。

 

「おい! 桜木!」

「うおうっ!? だから、あぶねえっての!」

「な、何故なんだ……」

「え?」

「何故、名前呼びになっている!?」

 

 戦線メンバーがあえて突っ込まなかったことを、あっさり突っ込んできた。幹部達が足を止める。藤巻が面白がるように言った。

 

「おっ、ついに言ったか。野田が言うんじゃねーかと思って、あえて突っ込まなかったんだが」

 

 そういうことかよ。

 

「浅はかなり」

 

 椎名は興味ないのか、それだけ言って消えていった。

 

「付き合っているんじゃないの? 仲良いもんね!」

 

 大山が無邪気に言い放つ。野田がきりっとこちらを睨んでくる。

 

 睨まれてもな……俺は別に、はっきり言ってもいいんだがな。

 

「どうなんだ、ゆりっぺ?」

 

 日向が言うと、ゆりがぷいっとそっぽを向いた。

 

「別に。なんでもいいじゃない」

「おいおい、誤魔化すのかよ。リーダーのことだから、みんな気になるぜ?」

「あーもう、うっさいな! 出ていけ、出ていけ! そんなことより今夜のトルネードのことを考えなさいよね、このバカ共!」

 

 ゆりは顔を赤くしながら、俺達を強引に追い出した。「うわあああ!?」と幹部連中が廊下へと吐き出される。

 

「くそ! 気になるぞ!」

 

 野田がやけくそ気味に言い放つ。なので、俺があっさりネタ晴らしした。

 

「付き合っているぞ」

「っ!?」

「だから、ケジメとして戦線に入った。ゆりの味方になるために。突然入った理由なんて、そんなものだ」

 

 幹部達が目を丸くする。使命に関しては言えないが……これに関しては、ただの心情だから言ってもいいだろう。間違いでもない。

 

 もっとも、謎の少年曰く「仲村 ゆりが恋をするのはイレギュラー」なことならしい。つまり、あいつは正規ルートじゃ誰とも恋をしないのだ。まあこんな世界じゃそれが当たり前なのだが……それが原因で、下手に因果が曲がらないかが懸念だ。

 

「なん……だと……」

「あ、野田くんが白くなって倒れた」

 

 大山がなにか言っていたが、気にしないことにした。

 

 ……どうでもいいが、ゆりが恋をするのはイレギュラーってことは、こいつの恋は成就しなかったんだな。

 

 

★

 

 

「おお! 噂の新幹部、桜木さんじゃないですかー! しばらく行方不明だったそうですが、消えてなかったのですね! お久しぶりです!」

「よう。なんか……上手くなったな?」

 

 いつもの駐車場でギターの練習をするユイに、俺はそう言った。ユイは得意げにふふん、と可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「当然です。溢れんばかりの才能ってやつですね!」

「へえ」

「リアクションが薄い!? 本当にファンなのですか!」

「にわかファンだ」

「第一号のユイにゃんファンがにわかファンだなんて、悲しすぎるぅー!」

「仕方ないだろう。本命はガルデモなんだから」

「それを言われるとなにも言い返せないですぅ……」

 

 ユイが悲し気な声を出す。

 

 ……因果を全て見て来たわけじゃないから、ユイがどうなるかはわからない。悪い子じゃないし、幸せになってくれるといいのだが。

 

 少なくとも、彼女の音楽には不思議な力がある。いつか周りに人が集まってくれると思うのだが。

 

「そういえば、幹部ですから岩沢さんと会えましたよね? どうでした?」

「どうって言われてもな」

 

 岩沢自身がなにも喋らないし、他の連中も特に絡んでなかったしな。彼女はクールだし、いつもああいう感じなんじゃないだろうか。

 

「なにも喋っていない」

「えー? 挨拶とかもしなかったんですか? 同じ幹部なのに? 先輩、もしかしてコミュ障ですか? 陰キャってやつですか?」

「怒涛の勢いで追い込みにかかるな。しょうがないだろう。そもそも俺は、お近づきになりたいとか、そういうタイプのファンじゃないぞ」

「そうなんですか。それはやっぱり、ゆりっぺ先輩が特別だからですか?」

 

 噂でゆりとの関係は聞いているのだろう。

 

「だから、推しと恋愛感情を結びつけるなって。ゆりが特別なのは、たしかにそうだけどな」

「そうなんですか。でもそれって、色々と前代未聞ですけどね」

「え? なにがだよ?」

「あのゆりっぺさんが恋をしたっていうのもそうですけど。そもそも、この世界でそういう浮ついた話題ってほとんどないですからね。あったとしても、そういうカップルって消えてしまうんです」

 

 ……そりゃそうだろう。そういう世界なんだから。

 

 だけどな、ユイ。それで取り残されて、狂ったやつがいるんだ。この世界で恋がないわけじゃない。だけど、ここはあくまでも次の生へ踏み出すための場所。卒業するための学園。末永く幸せに暮らしました、とはいかない。

 

 俺とゆりも、いつかそういう日が来るのだ。

 

「どうしたんですか? 先輩?」

「ん? ああ、いや」

 

 だけど、創造者のことを話す必要はないだろう。知る必要もない。

 

「逆にユイは、いたりするのか」

「なにがですか?」

「気になる人とか」

「さっぱりですが?」

 

 言い切られる。まあ、そりゃそうか。

 

「今度の復帰ライブ、かなり人が集まるでしょうね。楽しみです!」

「ああ。俺は見られないけどな……」

「あ、そうでした! 先輩の分まで楽しんできますね!」

 

 微塵も慰める気がないユイは、喜々として笑みを浮かべていた。

 

 

 ★

 

 

 オペレーション開始時刻。ガルデモのゲリラライブ開始と同時に、大食堂へ多くのNPCが集まり、大盛況を見せた。連絡橋にいる俺は、外へ漏れている音だけが聞こえる。

 

 にしても、一人で周囲の警戒しかやることがないから、退屈だな。銃声も聞こえない。戦闘はまだ起きていないだろう。

 

 そんな集中力との戦いになってきた中――影が、現れた。

 

 最初は、ライブへ向かうただのNPCだと思った。実際、見た目はそうだった。細身の少年で、この学園の制服を着ている。だが、違う。なにかが違う。一瞬の殺気を感じ、懐に隠しているナイフへ手を伸ばす。

 

「――ガードスキル、ハンドソニック。粛清を開始します」

 

 睨んだ通り、NPCは腕から刃を生やし、こちらへ向けて振り下ろしてきた。それをナイフで受け止めると、キィィィィン! と甲高い金属音が鳴り響いた。

 

「エネミー……!」

「くくく。会いたかったぞ、カウンター」

「っ!?」

 

 男子生徒の声がいきなり人間味を帯びたものに変わり、息を飲む。キックを腹へ向けて放つが、エネミーはそれをひらりと交わす。その表情は無表情であった。

 

「岡田 緑が、エネミーを通して喋ったようですね」

 

 脳内で、謎の少年がそんな分析をする。

 

「っ。おい、それなら力をくれ。ヤバイんじゃないか」

「決着をつけに来たわけではないでしょう。彼のプログラムが、まだ不完全すぎる。それに必要ないですよ。今の迷いないあなたならば、エネミーは問題なく倒せる」

 

 結局、今回は協力してくれないのかよ。まあでも、冷静になれば正しい判断か。下手に力を使うのがバレたら、俺が何者なんだと、戦線メンバーに疑われることになる。あまり安易に、力は使わないのが無難だろう。

 

 エネミーが刃を向けながら、岡田 緑と思われる少年の声を出す。

 

「あいつも、余計なプログラムを走らせたものだ。桜木 春斗。そう身構えるな、僕は君へ挨拶しに来ただけだ」

「挨拶だと? ふざけているのか」

「そう睨むな。どうせ、あの少年に上手くそそのかされたのだろう?」

「なに?」

「そいつは、妙に人間に近い奴でな。だから騙されるのだ」

「なにが言いたい」

「君は、復讐のために利用されているに過ぎないのだよ。カウンター」

 

 ……こいつは、あの謎の少年を疑えと言っているのか。

 

「何故そう思う」

「そもそも、君は事態をきちんと把握しているのか? 例えば、力を貸すその少年が何者なのか、知っているのか?」

「知る必要もないだろ」

「ほう?」

「話として納得出来るものだったからな。少なくとも、この世界の理を曲げようとするお前と違って、利害が一致している」

「だが、そいつの元々の役割は愛玩具だ。そんな奴の言うことが、本当に正しいと思うのかね?」

「愛玩具……?」

 

 たしかに俺は、奴がどういう存在なのかをちゃんと知っているわけじゃない。

 

「やはり喋っていないのか。ANGEL PLAYERの創設者は知っているだろう。あいつがそんなものを作った元々の理由は、引き裂かれた恋人との再会を果たすためだ。この世界を解読し、改変すれば、また会える。本気でそう思ったんだ」

「……だけど、絶対的な理性もあったんだろう」

「そりゃあ、ね。死後のこととはいえ、好きな人と出会えたのはこの世界なんだ。大切に思う気持ちがあるのだろう。もっとも、引き裂いたのもこの世界だから、憎悪と表裏一体ではあったと思うがね」

「……」

 

 あいつ、と妙に親し気な呼び方をするのが気になる。まさか、創設者と面識があるのだろうか。あるいは……その「時代」で戦っていたメンバーの、一人だったとか。

 

「故に、彼は僕のように神へなろうとはしなかった。代わりに、狂気的な行動に出た。彼女を再現しようとしたんだよ」

「スワンプマンってことか?」

 

 スワンプマンとは、アメリカの哲学者によって提唱された思考実験の一つだ。落雷によって生まれたその男は、直後に死んだ男と全く同じ生成物として生まれる。思考、記憶、容姿も全く同じことから、他人から見れば死んだ男と区別がつかない。そして生まれた男は死んだ男と同じように、会社へ出勤し普段通りの生活を送るのだ。

 

 この思考実験による問題点は一つ。

 

 生まれた男と、本物である死んだ男との違いはあるのか、というところだ。

 

「少しは教養があるようだな。そうだ。スワンプマン――つまり、完全なる彼女のコピーを作ろうとしたんだ」

「……出来るのか、そんなこと」

 

 理論上は……不可能じゃない。この世界は記憶にあるものは作れる。だからそれが人間であっても――不可能ではないんじゃないか?

 

 だが、エネミーは肩をすくめた。

 

「いいや? スワンプマンは不可能だ。あれは過去の記憶も思考パターンもトレースする必要がある。いくら恋人でも、恋人のすべてを再現することは出来ない。故に、ANGEL PLAYERで再現できるのは、スワンプマンっぽいなにか、というところだ」

「だけど、再現はしたってことなのか……?」

「そう。あの謎の少年――まあ、作られた時は少女だったが。謎の少年の正体はスワンプマンモドキ、すなわち「レプリカ」だ。全く、僕達はつくづく紛い物だな」

 

 俺は重いため息をついた。創設者はどこまで狂っていたんだ。

 

「そんな愛玩具を作って、なにがしたいんだ」

「最初は、そんなレプリカでも。幸せそうだった。まあ、無理もない。長い、長い月日をかけただけあって、かなりの完成度だった。だが、百パーセントじゃなかった。月日が経つにつれて、違和感は無視出来ないものとなり、あいつはやがてレプリカを少年の姿にした。そしてこの世界を観測し、理を守る管理者となったのだ」

「……自分だけは、NPCになって?」

「ああ。ひどい「逃げ」だろう? 身勝手な役割だけレプリカに押しつけ、自分は全てを忘れて楽をしている。無論、あいつの苦しみは計り知れないものだったが……レプリカにとっては、ひどい仕打ちなんじゃないか? 人間の願いに振り回され、愛されるために作られたが、結局は失敗作と判断された。カウンター。お前は、レプリカにとってちょうどいい復讐の道具なんだ」

「お前はなにが言いたい?」

「僕と手を組め。あいつの願い――恋人との再会を果たしたい」

 

 論外だ。だからといって、こいつの思考に賛同はしたくない。

 

「ふざけるな」

「君にとっても、悪い提案じゃないと思うが? 君は、あいつと似た境遇になっている。この世界の仕組みは、いつか仲村 ゆりと引き裂かれることになるぞ」

「わかっている。それでも……導くんだ。この力を、正しいことのために使うんだ」

 

 誰かの私利私欲のために、力は使わない。

 

 正しいことのために。守るために。

 

 ……好きな人を、みんなの未来を守るために、振るうんだ。

 

「全く、理解出来ないね。カウンターの力で操られでもしているのか?」

「お前は、創生者の願いを叶えたいのか。口ぶりからして、知り合いだったようだが」

「そうだ。親友だった。僕はね、彼女と幸せそうにしているあいつが好きだった。神になれば……取り戻せるだろう。全てを」

 

 取り戻す、か。強い未練があるのだろう。

 

「たしかにお前と創設者の気持ちはわかる。大切な人といつまでも一緒に言いたい。取り戻したいって。だけど……」

 

 俺だって、ゆりともっと一緒にいたい。

 

 戦線のみんなとも仲良くなれそうだから。生前作れなかった、友達ってやつをたくさん作りたい。

 

 だけど……それは本当に、今じゃないと出来ないことなのか?

 

 この世界じゃなきゃ、叶えられないことなのか?

 

「なあ、岡田 緑。お前はそいつらを取り戻してどうする」

「また一緒に騒げればいいって。それだけだ。毎日当たり前のように、会いたいだけなんだ。たったそれだけの願いを、君は傲慢だと言うのか?」

「ああ。だって、お前の願いは……ここじゃなくても、叶えられるだろう」

「なに?」

「仲間に会いたい。また騒ぎたい。恋人に会いたい。全部、次の生で叶えられることなんだよ。なにもこの場所でないと叶えられないことじゃない」

「バカを言うな! あいつらに会えるのは……ここだけだ。あいつらと会ったのも、この世界なんだ!」

「たしかに今苦しんでいるのは、今叫んでいるのは、今の俺達だ。来世の俺達は、この俺達とは違う存在なんだろうな」

「それをわかっているなら……!」

「それでも、曲げられない。大体、お前はこの世界のなにを見てきたんだ。その恋人は、なんで消えたんだ? 神に消されたのか? 違うだろ!」

 

 ナイフを構える。

 

 こいつとは、ANGEL PLAYERの創設者とは――徹底的に、思想が合わない。

 

 卒業式を迎える、ゆりの晴れ晴れとした笑顔だけは、守りたい。満足して、次の生へ踏み出せる未来へ導きたい。

 

「自分の意志で、自分の想いで踏み出したんだ。その願いを踏みにじって、再びこの世界へ戻して永遠に閉じ込めようだなんて、間違っている!」

「綺麗事を……! いいだろう、桜木 春斗!」

 

 エネミーは刃を向ける。

 

 そして俺達は――前へ、同時に踏み出した。

 

「お前とは相容れない! 始めようじゃないか……ここから、長い戦いを!」

 

 一閃、また一閃とナイフとハンドソニックがぶつかり合う。

 

 前よりも強くなっている。岡田 緑が直接操作しているからか、製造技術が上がっているからなのか。いずれにせよ、厄介だ。

 

「くそ……!」

「スキルは発動出来ますが……その必要はなさそうですね」

「なに?」

 

 パンパンパン! と、銃声が響く。何発か着弾したのか、エネミーは苦悶の表情を浮かべながら後退した。

 

「春斗くん!」

「ゆり!」

「援護するわ!」

 

 俺はエネミーを逃がさないため、前へ踏み出す。エネミーは後退しながら、俺と白兵戦を繰り広げる。ゆりは躊躇いもなく、そこへ向けて銃を撃つ。銃弾は適格にエネミーの体へ着弾していた。

 

「貴様ら……! 死なないからといって、誤射も恐れないのか!」

「そもそも、ゆりとは毎日鍛錬してんだよ。動きは熟知している!」

「っ。ならば――ガードスキル・ディストーション」

 

 エネミーの眼前が揺らめく。刹那、ゆりの撃った銃弾が反射した。バカな。軌道を逸らすだけじゃないのか……!

 

「くっ……! 今、なにが起きて」

 

 ゆりが苦し気に右足を庇うようにして、バランスを崩した。ぎり、と俺は歯ぎしりをする。

 

「この野郎! これで終わらせる!」

 

 動きが鈍ったところへ、ナイフを突き刺す。その一突きは胸を貫いた。エネミーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ダメージ超過。ここまでか。だが、また会おう。僕もいずれ、あいつと同じように、お前達の存在そのものに関与するプログラムを組んでみせる……!」

 

 0と1の数字エフェクトと共に、エネミーが消える。前回よりも明らかに手強くなっている……クソ。この戦いはいつまで続くんだ。このままじゃ、俺達は不利になるばかりだ。

 

「ゆり!」

 

 ゆりの元へ駆け寄る。柱を背にして、ゆりは打たれた右足を伸ばしていた。穿通創からは血が溢れている。

 

「平気よ。このくらい」

 

 そう言いながらも、表情は苦悶そうで汗が滲み出ていた。応急処置だが、俺は携帯していた包帯とシールを取り出して、ゆりの足を巻く。

「っ!」

「痛むだろうけど、我慢してくれ」

「手慣れているのね……」

「撃たれたこともあるんだよ」

 

 こういうこともあるかと思って、道具を少しだけ持っていて良かった。

 

 巻き終わると、ゆりが「今度、あたしにも巻き方教えなさいよ」と言われたので「今度な」と返事をする。大食堂の方からはライブと同時に、銃声や爆破音が聞こえた。

 

 ……立華も来ていたのか。幹部達と交戦しているようだ。

 

 ゆりがトランシーバーを手に、遊佐と通信する。

 

「遊佐さん。状況は?」

「盛り上がりは最高潮です」

「上手くいったようね。回せ」

「はい。回してください」

 

 遊佐の通信により、送風機が回される。俺はゆりの前で腰を落とした。

 

「よし。乗れ、ゆり」

「え? い、いいわよ。あたしはここにいる。恥ずかしいし」

「せっかく上手くいったんだろ? 食券回収しないと飯食えないぞ?」

「くっ……わかったわよ」

 

 ゆりが顔を赤くしながら、俺の背中に乗る。ゆりのきれいな足を腕で支えながら、よいしょ、と立ち上がる。こいつ、軽いな。ゆりはぎゅっと腕に力を入れた。

 

「ん……春斗くんの、背中」

「乗り心地はどうだ?」

「……え? わ、悪くないわね。ほら、行くなら急ぎなさい! 走るのよ!」

「はいはい。わかったよ、大将」

 

 ゆりをおんぶしながら、連絡橋を渡り、階段を軽快な足取りで登っていく。

 

「うお……すげえな」

 

 ちょうど激戦が終わったところであった。大食堂から食券が雪のようにキラキラと舞う光景は、幻想的であった。外からこの光景を見るのは初めてだ。

 

「よっ、と!」

「あ、おい。ゆり!」

 

 ゆりは背中から降りて、片足を庇いながら器用に食券を回収していた。タフな奴だな。応急処置しているとはいえ、片足撃ち抜かれているんだぞ?

 

 空に舞う食券を掴む。肉うどんの食券。

 

 ふと視線を感じて、先を見る。すると夜の帳に浮かぶ、銀色の髪が見えた。

 

「……立華」

「生徒会へ来なくなったと思ったら、そういうことだったのね」

 

 敵対行為をしたというのに、立華が浮かべたのは、どこか悲し気なものであった。

 

「無事に去れたわけじゃなかった」

「ああ。球技祭が最後じゃなかったんだ……そして。これからの俺は、お前の敵だ」

「そう」

 

 あくまでもクールに。立華はそれだけ言って、俺とすれ違うように去っていった。振り返り、その背中へ向けてなにか言おうと思ったが……やめた。胸がチクリと痛んだが、これが俺の選んだ道だから。

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