「そっか。桜木弟は消えていったのか」
日曜日の朝。偶然、大食堂で一緒になった日向に、空はもう消えていったことを説明した。
……俺は自傷行為でしばらく人と会わなかった。その関係か、日向は俺と顔を合わせるなり「お、久しぶりだな。最近見ねーから心配したぜ。元気していたか?」なんて声をかけられたので、空のことを話したのである。
「ちゃらんぽらんとした奴だったけど、結局なにがしたかったんだ?」
「あいつはああ見えて、すごくしっかりしていたよ。少なくとも、兄の俺よりはな」
「なんだよ、それ? つーか、なんかネガティブじゃね?」
「そんなことねえよ。ようやっとやりたいことが見つかったんだ。今は、前向きになれている。迷いは捨てたんだ」
空ほど気持ちを整理することは出来ない。
だけど……今の俺には、みんなを春へと導くために戦う、正しいと思える使命がある。
なによりも。ゆりが味方をしてくれているんだ。自暴自棄になった俺を止めてくれた。立ち直れたのはゆりのおかげだ。
……だから。そんなあいつのためにも、戦わないとな。
「よくわかんねーけど、お前が立ち直れたなら、それでよかったぜ」
「悪いな。湿っぽくなって」
「いいってもんよ。そんなことよりも、一つ確認しなくちゃいけないことがあってだな」
「なんだよ?」
「こいつは戦線にとって非常に重要なことだ。いいな?」
日向が何故かニヤニヤとしながら、声を抑えて聞いてきた。
「お前、ゆりっぺと付き合い始めただろ?」
「ぶごほっ!?」
危うく朝食を吹き出しそうになった。
なんでバレてんだよ!?
★
「開けゴマ―!」
「……」
「冗談だ。神も仏もなし」
戦線の合い言葉を言うと、がちゃり、と第一校長室の扉が開く。ここは戦線の本部だ。
俺、桜木 春斗は――真新しい戦線の制服を着て、その扉を通り抜けた。
「いらっしゃい、桜木くん。似合っているよ!」
大山が好意的に出迎えてくれる。事前に話はいっているのか、幹部は特に詰問してこなかった。
そして本来ならば校長が座るはずの上座にいるゆりが、俺を紹介した。
「さて。今日から幹部として加わる桜木 春斗くんよ。球技祭を通じてみんな知っていると思うけど、戦闘技術はかなりのものだから、戦力になるはずよ。じゃあ、改めて挨拶してもらおうかしら?」
「桜木 春斗だ。生徒会は辞めてきた。俺の力で良ければ、好きに使ってほしい」
生徒会を辞めた、という言葉に一同は目を丸くする。それはそうだろう。あれだけ活動してきておいて、今更すっぱり抜けくるなんて、どういう心境の変化だと疑念を抱くに違いない。
藤巻が皮肉げな声を出した。
「お前の好きな天使はどーすんだ。つーか、胡散くせーぞ。しばらく姿を見ねーと思って、突然現れたと思ったら、今度は戦線に入るなんてよ」
……俺は、ゆりの味方をすると決めた。さらに敵も明確。エネミー、岡田 緑だ。そしてこの両者は戦線を攻撃している。ならば戦線に入った方が色々と好都合だろう。
それに立華は……俺がいたところで、なにも出来ることはない。むしろこれからのルートを考えれば、下手になにかをしない方がいい。これ以上俺という紛い物が介入すれば、なにかしらの因果が曲がりかねない。例えば、ゆりは聡いし、なにがファクターになって立華を人だと判断するかはわからないのだ。
そもそも。立華を救うのは、俺じゃない。
そうだろ……音無 結弦。
「やりたいことが出来たんだ。それは生徒会じゃなくて、戦線じゃないと出来ない。だからここへ来た」
「意味わかんねーな」
無理もないだろう。信用を得るには、俺達は付き合いが浅すぎる。
松下五段が腕を組み、難しげに言った。
「どうするんだ、ゆりっぺ。たしかに彼が幹部入するのは頼もしいが……変化が急すぎて、背中は預けられないぞ」
「もちろん、それは春斗くん自身が時間をかけて信用をえてもらうしかないわ。ちょうど、オペレーションを発動しようと思っていたし、タイミング的には好都合だわ」
「そうか……む?」
多分、下の名前で呼んでいたことに一瞬引っ掛かったのか、首を傾げた。
が、すぐにゆりはベレー帽を被り、プロジェクターのスイッチを入れた。野田、TKがカーテンを閉める。スクリーンに戦線のマークが映し出され、ゆりは画面を背景に説明を始めた。
「エネミーの登場により、我らが戦線はその活動を控えざるを得なかった。けれどその代償はいよいよ、目をつむれないレベルにまで来ている」
高松が知的に眼鏡を上げる。
「はい。食券が不足しています」
藤巻がドスで肩を叩きながら言った。
「トルネードか?」
「ええ。久しぶりにね」
「けど、エネミーは大丈夫なのか。前回は一人、紛れていたんだろ。天使と戦っている間に、背後からぐさりなんて、シャレにならねーぞ」
ゆりと俺が戦ったエネミーのことを言っているのだろう。
たしかに、トルネードの邪魔をしないとは限らない。岡田 緑の動機までははっきりとは知らないが、戦線に対して攻撃的ならば、オペレーションのタイミングでなにか仕掛けている可能性はある
「そこで今回は武器をフル投入して、惜しみなく使うことにするわ。サポートメンバーも多く導入して、配置もこういう感じにしてみたわ。どうかしら?」
プロジェクターに大食堂と周辺の地図が表示され、それぞれのメンバーの配置・武器の装備が表記される。
スタンダートがどういうプランなのかを知らないので、俺は見てもピンと来ない。
が、最古参の日向が「いいんじゃねーの? 新しい武器と、桜木との特訓の成果も出せそうだ」と言っていたので、まあ良いのだろう。
ただ、一つ気になることがあって手を上げた。
「俺はなにをすればいいんだ?」
「春斗くんはここよ。映ってなかったわね」
ゆりがマウスを操作して端っこを少し拡大する。連絡橋の前。それが俺のポジションならしい。
すると頭の中へ直接、謎の少年の声――カウンターの力となるため、彼がバックアップしている――が響いた。
「面白いものですねえ。因果ですか」
「???」
「彼と同じポジションなんですよ。もっとも、新人に与えられるポジションだそうなので、被るのは当然なのですがね」
よくわからないが、謎の少年はおしゃべりなようだ。静かにしてほしい。
「ここは一番楽なポジションなのよ。みんなから信頼されてないんだから、重要なところは任せられない。装備もハンドガンとナイフのみ。予備の弾丸も1マガジンのみよ」
「……そうか」
幹部とは名ばかり。サポートメンバーと同じ扱いだ。
例え付き合っていても、それとこれは話が全く別なのだろう。
「改めて聞くけれど。天使、本当に撃てるのかしら?」
ゆりの厳しい問いかけに、俺は頷いた。
「ああ。撃つ」
「じゃあそれを今回のオペレーションで証明しなさい」
「わかった」
あくまでも戦線のリーダーとしての采配、扱いにほっとする半面、少し悲しくもある。まあ、所詮俺は新人の身。文句は言えないだろう。むしろゆりが情でえこひいきしようものなら、幹部から不信感が募るだろう。リーダーとして正しく強かな判断を下したのだ。
「今回は活動休止していたガルデモの「復帰ライブ」にもなる。盛り上がりは最高潮となるに違いない。成功すれば、食券は大量に獲得出来るはずよ!」
俺ははっとした。
「あれ、そうか! ガルデモ復帰か!」
が、これには藤巻が水を差す。
「ミーハーなガルデモファンならしいが、オペレーションあるから聞けねーぞ」
「ぎゃああああ!? そうだった! しかもめっちゃ遠い!!!」
「残念だったな」
言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑みを浮かべている。この野郎。推しのバンドのライブが聞けない苦しみがわからないんだろ! しかも復帰ライブ!
「頼んだわよ、岩沢さん」
「ああ。任せろ」
ゆりの言葉に、岩沢がクールに答えた。かっこいい。サインください。
★
定例会議が終わり、幹部が解散していく。その最中、野田が大声を上げ、ハルバートを向けて来た。
「おい! 桜木!」
「うおうっ!? だから、あぶねえっての!」
「な、何故なんだ……」
「え?」
「何故、名前呼びになっている!?」
戦線メンバーがあえて突っ込まなかったことを、あっさり突っ込んできた。幹部達が足を止める。藤巻が面白がるように言った。
「おっ、ついに言ったか。野田が言うんじゃねーかと思って、あえて突っ込まなかったんだが」
そういうことかよ。
「浅はかなり」
椎名は興味ないのか、それだけ言って消えていった。
「付き合っているんじゃないの? 仲良いもんね!」
大山が無邪気に言い放つ。野田がきりっとこちらを睨んでくる。
睨まれてもな……俺は別に、はっきり言ってもいいんだがな。
「どうなんだ、ゆりっぺ?」
日向が言うと、ゆりがぷいっとそっぽを向いた。
「別に。なんでもいいじゃない」
「おいおい、誤魔化すのかよ。リーダーのことだから、みんな気になるぜ?」
「あーもう、うっさいな! 出ていけ、出ていけ! そんなことより今夜のトルネードのことを考えなさいよね、このバカ共!」
ゆりは顔を赤くしながら、俺達を強引に追い出した。「うわあああ!?」と幹部連中が廊下へと吐き出される。
「くそ! 気になるぞ!」
野田がやけくそ気味に言い放つ。なので、俺があっさりネタ晴らしした。
「付き合っているぞ」
「っ!?」
「だから、ケジメとして戦線に入った。ゆりの味方になるために。突然入った理由なんて、そんなものだ」
幹部達が目を丸くする。使命に関しては言えないが……これに関しては、ただの心情だから言ってもいいだろう。間違いでもない。
もっとも、謎の少年曰く「仲村 ゆりが恋をするのはイレギュラー」なことならしい。つまり、あいつは正規ルートじゃ誰とも恋をしないのだ。まあこんな世界じゃそれが当たり前なのだが……それが原因で、下手に因果が曲がらないかが懸念だ。
「なん……だと……」
「あ、野田くんが白くなって倒れた」
大山がなにか言っていたが、気にしないことにした。
……どうでもいいが、ゆりが恋をするのはイレギュラーってことは、こいつの恋は成就しなかったんだな。
★
「おお! 噂の新幹部、桜木さんじゃないですかー! しばらく行方不明だったそうですが、消えてなかったのですね! お久しぶりです!」
「よう。なんか……上手くなったな?」
いつもの駐車場でギターの練習をするユイに、俺はそう言った。ユイは得意げにふふん、と可愛らしい笑みを浮かべた。
「当然です。溢れんばかりの才能ってやつですね!」
「へえ」
「リアクションが薄い!? 本当にファンなのですか!」
「にわかファンだ」
「第一号のユイにゃんファンがにわかファンだなんて、悲しすぎるぅー!」
「仕方ないだろう。本命はガルデモなんだから」
「それを言われるとなにも言い返せないですぅ……」
ユイが悲し気な声を出す。
……因果を全て見て来たわけじゃないから、ユイがどうなるかはわからない。悪い子じゃないし、幸せになってくれるといいのだが。
少なくとも、彼女の音楽には不思議な力がある。いつか周りに人が集まってくれると思うのだが。
「そういえば、幹部ですから岩沢さんと会えましたよね? どうでした?」
「どうって言われてもな」
岩沢自身がなにも喋らないし、他の連中も特に絡んでなかったしな。彼女はクールだし、いつもああいう感じなんじゃないだろうか。
「なにも喋っていない」
「えー? 挨拶とかもしなかったんですか? 同じ幹部なのに? 先輩、もしかしてコミュ障ですか? 陰キャってやつですか?」
「怒涛の勢いで追い込みにかかるな。しょうがないだろう。そもそも俺は、お近づきになりたいとか、そういうタイプのファンじゃないぞ」
「そうなんですか。それはやっぱり、ゆりっぺ先輩が特別だからですか?」
噂でゆりとの関係は聞いているのだろう。
「だから、推しと恋愛感情を結びつけるなって。ゆりが特別なのは、たしかにそうだけどな」
「そうなんですか。でもそれって、色々と前代未聞ですけどね」
「え? なにがだよ?」
「あのゆりっぺさんが恋をしたっていうのもそうですけど。そもそも、この世界でそういう浮ついた話題ってほとんどないですからね。あったとしても、そういうカップルって消えてしまうんです」
……そりゃそうだろう。そういう世界なんだから。
だけどな、ユイ。それで取り残されて、狂ったやつがいるんだ。この世界で恋がないわけじゃない。だけど、ここはあくまでも次の生へ踏み出すための場所。卒業するための学園。末永く幸せに暮らしました、とはいかない。
俺とゆりも、いつかそういう日が来るのだ。
「どうしたんですか? 先輩?」
「ん? ああ、いや」
だけど、創造者のことを話す必要はないだろう。知る必要もない。
「逆にユイは、いたりするのか」
「なにがですか?」
「気になる人とか」
「さっぱりですが?」
言い切られる。まあ、そりゃそうか。
「今度の復帰ライブ、かなり人が集まるでしょうね。楽しみです!」
「ああ。俺は見られないけどな……」
「あ、そうでした! 先輩の分まで楽しんできますね!」
微塵も慰める気がないユイは、喜々として笑みを浮かべていた。
★
オペレーション開始時刻。ガルデモのゲリラライブ開始と同時に、大食堂へ多くのNPCが集まり、大盛況を見せた。連絡橋にいる俺は、外へ漏れている音だけが聞こえる。
にしても、一人で周囲の警戒しかやることがないから、退屈だな。銃声も聞こえない。戦闘はまだ起きていないだろう。
そんな集中力との戦いになってきた中――影が、現れた。
最初は、ライブへ向かうただのNPCだと思った。実際、見た目はそうだった。細身の少年で、この学園の制服を着ている。だが、違う。なにかが違う。一瞬の殺気を感じ、懐に隠しているナイフへ手を伸ばす。
「――ガードスキル、ハンドソニック。粛清を開始します」
睨んだ通り、NPCは腕から刃を生やし、こちらへ向けて振り下ろしてきた。それをナイフで受け止めると、キィィィィン! と甲高い金属音が鳴り響いた。
「エネミー……!」
「くくく。会いたかったぞ、カウンター」
「っ!?」
男子生徒の声がいきなり人間味を帯びたものに変わり、息を飲む。キックを腹へ向けて放つが、エネミーはそれをひらりと交わす。その表情は無表情であった。
「岡田 緑が、エネミーを通して喋ったようですね」
脳内で、謎の少年がそんな分析をする。
「っ。おい、それなら力をくれ。ヤバイんじゃないか」
「決着をつけに来たわけではないでしょう。彼のプログラムが、まだ不完全すぎる。それに必要ないですよ。今の迷いないあなたならば、エネミーは問題なく倒せる」
結局、今回は協力してくれないのかよ。まあでも、冷静になれば正しい判断か。下手に力を使うのがバレたら、俺が何者なんだと、戦線メンバーに疑われることになる。あまり安易に、力は使わないのが無難だろう。
エネミーが刃を向けながら、岡田 緑と思われる少年の声を出す。
「あいつも、余計なプログラムを走らせたものだ。桜木 春斗。そう身構えるな、僕は君へ挨拶しに来ただけだ」
「挨拶だと? ふざけているのか」
「そう睨むな。どうせ、あの少年に上手くそそのかされたのだろう?」
「なに?」
「そいつは、妙に人間に近い奴でな。だから騙されるのだ」
「なにが言いたい」
「君は、復讐のために利用されているに過ぎないのだよ。カウンター」
……こいつは、あの謎の少年を疑えと言っているのか。
「何故そう思う」
「そもそも、君は事態をきちんと把握しているのか? 例えば、力を貸すその少年が何者なのか、知っているのか?」
「知る必要もないだろ」
「ほう?」
「話として納得出来るものだったからな。少なくとも、この世界の理を曲げようとするお前と違って、利害が一致している」
「だが、そいつの元々の役割は愛玩具だ。そんな奴の言うことが、本当に正しいと思うのかね?」
「愛玩具……?」
たしかに俺は、奴がどういう存在なのかをちゃんと知っているわけじゃない。
「やはり喋っていないのか。ANGEL PLAYERの創設者は知っているだろう。あいつがそんなものを作った元々の理由は、引き裂かれた恋人との再会を果たすためだ。この世界を解読し、改変すれば、また会える。本気でそう思ったんだ」
「……だけど、絶対的な理性もあったんだろう」
「そりゃあ、ね。死後のこととはいえ、好きな人と出会えたのはこの世界なんだ。大切に思う気持ちがあるのだろう。もっとも、引き裂いたのもこの世界だから、憎悪と表裏一体ではあったと思うがね」
「……」
あいつ、と妙に親し気な呼び方をするのが気になる。まさか、創設者と面識があるのだろうか。あるいは……その「時代」で戦っていたメンバーの、一人だったとか。
「故に、彼は僕のように神へなろうとはしなかった。代わりに、狂気的な行動に出た。彼女を再現しようとしたんだよ」
「スワンプマンってことか?」
スワンプマンとは、アメリカの哲学者によって提唱された思考実験の一つだ。落雷によって生まれたその男は、直後に死んだ男と全く同じ生成物として生まれる。思考、記憶、容姿も全く同じことから、他人から見れば死んだ男と区別がつかない。そして生まれた男は死んだ男と同じように、会社へ出勤し普段通りの生活を送るのだ。
この思考実験による問題点は一つ。
生まれた男と、本物である死んだ男との違いはあるのか、というところだ。
「少しは教養があるようだな。そうだ。スワンプマン――つまり、完全なる彼女のコピーを作ろうとしたんだ」
「……出来るのか、そんなこと」
理論上は……不可能じゃない。この世界は記憶にあるものは作れる。だからそれが人間であっても――不可能ではないんじゃないか?
だが、エネミーは肩をすくめた。
「いいや? スワンプマンは不可能だ。あれは過去の記憶も思考パターンもトレースする必要がある。いくら恋人でも、恋人のすべてを再現することは出来ない。故に、ANGEL PLAYERで再現できるのは、スワンプマンっぽいなにか、というところだ」
「だけど、再現はしたってことなのか……?」
「そう。あの謎の少年――まあ、作られた時は少女だったが。謎の少年の正体はスワンプマンモドキ、すなわち「レプリカ」だ。全く、僕達はつくづく紛い物だな」
俺は重いため息をついた。創設者はどこまで狂っていたんだ。
「そんな愛玩具を作って、なにがしたいんだ」
「最初は、そんなレプリカでも。幸せそうだった。まあ、無理もない。長い、長い月日をかけただけあって、かなりの完成度だった。だが、百パーセントじゃなかった。月日が経つにつれて、違和感は無視出来ないものとなり、あいつはやがてレプリカを少年の姿にした。そしてこの世界を観測し、理を守る管理者となったのだ」
「……自分だけは、NPCになって?」
「ああ。ひどい「逃げ」だろう? 身勝手な役割だけレプリカに押しつけ、自分は全てを忘れて楽をしている。無論、あいつの苦しみは計り知れないものだったが……レプリカにとっては、ひどい仕打ちなんじゃないか? 人間の願いに振り回され、愛されるために作られたが、結局は失敗作と判断された。カウンター。お前は、レプリカにとってちょうどいい復讐の道具なんだ」
「お前はなにが言いたい?」
「僕と手を組め。あいつの願い――恋人との再会を果たしたい」
論外だ。だからといって、こいつの思考に賛同はしたくない。
「ふざけるな」
「君にとっても、悪い提案じゃないと思うが? 君は、あいつと似た境遇になっている。この世界の仕組みは、いつか仲村 ゆりと引き裂かれることになるぞ」
「わかっている。それでも……導くんだ。この力を、正しいことのために使うんだ」
誰かの私利私欲のために、力は使わない。
正しいことのために。守るために。
……好きな人を、みんなの未来を守るために、振るうんだ。
「全く、理解出来ないね。カウンターの力で操られでもしているのか?」
「お前は、創生者の願いを叶えたいのか。口ぶりからして、知り合いだったようだが」
「そうだ。親友だった。僕はね、彼女と幸せそうにしているあいつが好きだった。神になれば……取り戻せるだろう。全てを」
取り戻す、か。強い未練があるのだろう。
「たしかにお前と創設者の気持ちはわかる。大切な人といつまでも一緒に言いたい。取り戻したいって。だけど……」
俺だって、ゆりともっと一緒にいたい。
戦線のみんなとも仲良くなれそうだから。生前作れなかった、友達ってやつをたくさん作りたい。
だけど……それは本当に、今じゃないと出来ないことなのか?
この世界じゃなきゃ、叶えられないことなのか?
「なあ、岡田 緑。お前はそいつらを取り戻してどうする」
「また一緒に騒げればいいって。それだけだ。毎日当たり前のように、会いたいだけなんだ。たったそれだけの願いを、君は傲慢だと言うのか?」
「ああ。だって、お前の願いは……ここじゃなくても、叶えられるだろう」
「なに?」
「仲間に会いたい。また騒ぎたい。恋人に会いたい。全部、次の生で叶えられることなんだよ。なにもこの場所でないと叶えられないことじゃない」
「バカを言うな! あいつらに会えるのは……ここだけだ。あいつらと会ったのも、この世界なんだ!」
「たしかに今苦しんでいるのは、今叫んでいるのは、今の俺達だ。来世の俺達は、この俺達とは違う存在なんだろうな」
「それをわかっているなら……!」
「それでも、曲げられない。大体、お前はこの世界のなにを見てきたんだ。その恋人は、なんで消えたんだ? 神に消されたのか? 違うだろ!」
ナイフを構える。
こいつとは、ANGEL PLAYERの創設者とは――徹底的に、思想が合わない。
卒業式を迎える、ゆりの晴れ晴れとした笑顔だけは、守りたい。満足して、次の生へ踏み出せる未来へ導きたい。
「自分の意志で、自分の想いで踏み出したんだ。その願いを踏みにじって、再びこの世界へ戻して永遠に閉じ込めようだなんて、間違っている!」
「綺麗事を……! いいだろう、桜木 春斗!」
エネミーは刃を向ける。
そして俺達は――前へ、同時に踏み出した。
「お前とは相容れない! 始めようじゃないか……ここから、長い戦いを!」
一閃、また一閃とナイフとハンドソニックがぶつかり合う。
前よりも強くなっている。岡田 緑が直接操作しているからか、製造技術が上がっているからなのか。いずれにせよ、厄介だ。
「くそ……!」
「スキルは発動出来ますが……その必要はなさそうですね」
「なに?」
パンパンパン! と、銃声が響く。何発か着弾したのか、エネミーは苦悶の表情を浮かべながら後退した。
「春斗くん!」
「ゆり!」
「援護するわ!」
俺はエネミーを逃がさないため、前へ踏み出す。エネミーは後退しながら、俺と白兵戦を繰り広げる。ゆりは躊躇いもなく、そこへ向けて銃を撃つ。銃弾は適格にエネミーの体へ着弾していた。
「貴様ら……! 死なないからといって、誤射も恐れないのか!」
「そもそも、ゆりとは毎日鍛錬してんだよ。動きは熟知している!」
「っ。ならば――ガードスキル・ディストーション」
エネミーの眼前が揺らめく。刹那、ゆりの撃った銃弾が反射した。バカな。軌道を逸らすだけじゃないのか……!
「くっ……! 今、なにが起きて」
ゆりが苦し気に右足を庇うようにして、バランスを崩した。ぎり、と俺は歯ぎしりをする。
「この野郎! これで終わらせる!」
動きが鈍ったところへ、ナイフを突き刺す。その一突きは胸を貫いた。エネミーは不敵な笑みを浮かべる。
「ダメージ超過。ここまでか。だが、また会おう。僕もいずれ、あいつと同じように、お前達の存在そのものに関与するプログラムを組んでみせる……!」
0と1の数字エフェクトと共に、エネミーが消える。前回よりも明らかに手強くなっている……クソ。この戦いはいつまで続くんだ。このままじゃ、俺達は不利になるばかりだ。
「ゆり!」
ゆりの元へ駆け寄る。柱を背にして、ゆりは打たれた右足を伸ばしていた。穿通創からは血が溢れている。
「平気よ。このくらい」
そう言いながらも、表情は苦悶そうで汗が滲み出ていた。応急処置だが、俺は携帯していた包帯とシールを取り出して、ゆりの足を巻く。
「っ!」
「痛むだろうけど、我慢してくれ」
「手慣れているのね……」
「撃たれたこともあるんだよ」
こういうこともあるかと思って、道具を少しだけ持っていて良かった。
巻き終わると、ゆりが「今度、あたしにも巻き方教えなさいよ」と言われたので「今度な」と返事をする。大食堂の方からはライブと同時に、銃声や爆破音が聞こえた。
……立華も来ていたのか。幹部達と交戦しているようだ。
ゆりがトランシーバーを手に、遊佐と通信する。
「遊佐さん。状況は?」
「盛り上がりは最高潮です」
「上手くいったようね。回せ」
「はい。回してください」
遊佐の通信により、送風機が回される。俺はゆりの前で腰を落とした。
「よし。乗れ、ゆり」
「え? い、いいわよ。あたしはここにいる。恥ずかしいし」
「せっかく上手くいったんだろ? 食券回収しないと飯食えないぞ?」
「くっ……わかったわよ」
ゆりが顔を赤くしながら、俺の背中に乗る。ゆりのきれいな足を腕で支えながら、よいしょ、と立ち上がる。こいつ、軽いな。ゆりはぎゅっと腕に力を入れた。
「ん……春斗くんの、背中」
「乗り心地はどうだ?」
「……え? わ、悪くないわね。ほら、行くなら急ぎなさい! 走るのよ!」
「はいはい。わかったよ、大将」
ゆりをおんぶしながら、連絡橋を渡り、階段を軽快な足取りで登っていく。
「うお……すげえな」
ちょうど激戦が終わったところであった。大食堂から食券が雪のようにキラキラと舞う光景は、幻想的であった。外からこの光景を見るのは初めてだ。
「よっ、と!」
「あ、おい。ゆり!」
ゆりは背中から降りて、片足を庇いながら器用に食券を回収していた。タフな奴だな。応急処置しているとはいえ、片足撃ち抜かれているんだぞ?
空に舞う食券を掴む。肉うどんの食券。
ふと視線を感じて、先を見る。すると夜の帳に浮かぶ、銀色の髪が見えた。
「……立華」
「生徒会へ来なくなったと思ったら、そういうことだったのね」
敵対行為をしたというのに、立華が浮かべたのは、どこか悲し気なものであった。
「無事に去れたわけじゃなかった」
「ああ。球技祭が最後じゃなかったんだ……そして。これからの俺は、お前の敵だ」
「そう」
あくまでもクールに。立華はそれだけ言って、俺とすれ違うように去っていった。振り返り、その背中へ向けてなにか言おうと思ったが……やめた。胸がチクリと痛んだが、これが俺の選んだ道だから。