バンド練習へと向かう、昼の時間。入江はメンバー分の飲み物を買おうと、一階の自動販売機へと向かった。
「……なんだろう、この匂い?」
自動販売機の囲い。その裏側から異臭がした。鼻をつんざく、強烈な金属の臭いである。ものすごく嫌な予感がして、背筋が凍る。
しかしここ最近、エネミーの一件もあり、トラブルごとには情報提供が重要な鍵となる場合がある。
陽動部隊とはいえ、戦線メンバー。
入江は顔色を悪くしながら、匂いの元をたどった。
「ひっ――」
囲いの裏手にある、大きな木。
そこへ縫いつけられるに、複数のナイフで串刺しにされたNPCがいた。
★
「――随分と根をつめていますねぇ、カウンター」
昼。学園のグラウンドにて、半裸の状態で洗面場の蛇口で体を洗っていると、脳内で謎の少年が語り掛けてきた。無駄な美声である。声優とかになったら、バカ売れしそうなくらいの。まあ作り物だから、当たり前なんだけど。
「ああ。本格的に鍛錬するのに抵抗はあったけど、今は違うからな」
あれから月日が経過し、自己鍛錬の末、肉体は発達した。生前、かつての体を取り戻している。人殺しをした体に、自分を近づけることへの恐怖はあった。だけど、ゆり達のためにあの力を使うのだ。だから戦える。鍛錬をする勇気だって湧く。
「しかし。厄介なことになりましたねぇ」
「厄介なこと? 今更なんだよ」
「想定外のことが起きている、ということです。残念ながら、因果が歪むのは避けられないことのようです」
「……俺と岡田 緑の存在か」
「ええ。そもそも、歪ませることは容易なのですよ。例えば、岡田 緑が仲村ゆりか、あるいは戦線メンバーにANGEL PLAYERのことを教えたら、どうでしょう。物語が大幅に変わってしまう可能性があります」
「でも、あいつの目的は神になることだろ。因果を歪ませることじゃない」
「無論、そうですが。そういう可能性が常に隣合わせだということを言いたいのです。なにせ大真面目に、新たな神に逆らう分子だから、という理由だけで、エネミーで戦線と小競り合いする人間ですよ? あなたへの嫌がらせとして、そんな奇行に走る可能性は充分にあります」
最悪、正規ルートの結末と同じ道を辿れば良いといえば良いのだが、出来るだけ本筋から外れることは避けたい。バタフライエフェクト、なんて言葉があるくらいだ。
「それに。あなたと仲村 ゆりが恋をして、この世界に留まっているのもよくないことです。本来ならば影の対象となるか、世界のルールに則ってどちらか、あるいは両者が消えるはず。それなのにあなたはカウンターの力で、仲村 ゆりは強い復讐心で残っている。そんなあなた達を見て、何者かがこの世界の役割を勘違いする者が現れるかもしれません。少なくとも、あなた達を除いてはそんなカップルは存在しませんからね」
「考え出すとキリないだろ。勘弁してくれ」
「おや、弱気ですね。歪みは出来るだけ正す方が良いはずです。あなたは世界を修正したいのでしょう?」
「……そうだな」
「なら、歪みには過敏でないとなりません。そしてそれを修正するんです。これは、そういう戦いでもあるんですよ?」
「ぐっ。わかったよ……」
タオルで体を拭きながら、舌打ちする。
ぐうの音も出ない正論だ。くそ。こいつ、創設者に利用されている癖に、創設者の思想に従順なんだよな。
にしても。歪みを正す戦い……か。
「それにさっそく、イレギュラーから事件が発生したようですしね」
「え?」
「頼みましたよ、カウンター」
謎の少年の気配が消えると、入れ替わるように遊佐が唐突に現れた。
「桜木さん。緊急招集です」
「うおうっ!? わ、悪い、こんな格好で!?」
なにせ半裸である。恥ずかしい。しかし遊佐は顔色一つ変えず「お早く」と言ってくるだけ。
遊佐さん。普通、恥ずかしがるのは女の子の方です。この場合。
★
「……NPCがナイフでめった刺し? 人じゃなくて?」
ゆりからの説明を聞いた俺は、思わず反芻する。
第二校長室には、幹部とガルデモメンバー全員が集まっていた。死体の目撃者である入江はショックで青ざめている。
「とてもグロテスクでした……怖かったです……ううぷっ」
元々怖がりの入江には、刺激が強かったのだろう。具合が悪そうだ。心配そう(?)にした関根が寄り添い「ああ、入江たん可哀そうに! よしよーし」と背中をさすっていた。テンションが相変わらず斜め上だ。
「エネミーか、天使の仕業でしょうか」
高松がそう言うと、ひさ子が首を傾げた。
「けど、被害者はNPCなんだろ? あいつらはそんなことをするのか?」
「たしかに、妙だよね。どう思う、ゆりっぺ?」
大山が問いかけると、ゆりが「そうね」と上座にいつも通り腰かけながら言った。机の上に両足を乗せ、大仰にしているが、不思議と様になる。
「被害者と同時に気になるのは、凶器がナイフというところね。つまり犯人は、ナイフを使う必要がある人物、ということなんじゃないかしら」
たしかに。異能の刃を使う奴らが、わざわざ用意したナイフを使うのには、少し違和感がある。
「そしてよほどのバグが発生しない限り、NPCはNPCを殺したりなんてしない。以上の状況から、犯人は人間、という可能性が考えられるわね」
日向がやれやれ、と肩をすくめた。
「そーいや、昔にいたよな。通り魔みたいな奴。男を狙った、ハサミ女」
野田がきっ、と視線を鋭くした。
「あいつが現れたというなら、今度こそリベンゾしてやる」
「いや、あいつはとっくの昔に消えましたから。あとリベン「ゾ」じゃなくてリベン「ジ」な」
藤巻が木刀で肩を叩きながら、だるそうに言い放つ。
「ただでさえ命狙われているってのに、通り魔の出現なんて最悪じゃねーか」
しかしそれには、大山が首を傾げた。
「でも、NPCが狙われているんだったら、僕達には関係ないんじゃない?」
「ん? ああ、それもそうか。んじゃ、ラッキーってやつだな。関係ねーなら、放置でいいんじゃねぇか?」
しかし、ゆりは首を横に振った。
「じゃねぇか? じゃないわよ。この件に関しては現状、容疑者は人って言ったでしょ? つまり、あたし達戦線メンバーも重要参考人なの」
「ええー! 僕達、疑われているの!?」
「そりゃそうよ」
「そんなぁ!?」
大山のナイスなリアクションに、TKが「Suspense」と指パッチンする。松下五段は腕を組む。
「もしも戦線メンバーが犯人であれば、ポリシーに反している、ということか。それはたしかに、見過ごせないな」
ゆりは戦線のルールとして「NPCに迷惑をかけない」を掲げている。なるほど。それで他人事ではない、か。
普段はあまり口を挟まない岩沢が、ガルデモが目撃者だからか、話に参加する。
「犯人捜しをする、ということか? ゆり」
「ええ。真実をはっきりさせるわ」
関根が「なんだかあたし達まで巻き込まれている気が……」と、逃げたそうに体を震わせていた。
高松が再び、質問をする。
「ですが、どうやって犯人を捜しましょう? 聞き込みでもしますか?」
「それも必要だけれど。アンタ達、頭を使った作戦なんて無理でしょう?」
ひどい言いようだが、戦線メンバーは誰も反論しなかった。受け入れるなよ……。そんなことない、ぐらい言ってくれ……。
仕方ない、俺が言ってやるか。
「そんなことないぞ!」
「……」
「誰かなんか言えよ!?」
沈黙が痛すぎる。
「難しいことを考えずに犯人を捕まえられる方法があるわ。しかも上手くハマれば、手っ取り早く解決することができる」
もう完全に俺の発言はスルーかよ。
ゆりがニコニコな笑みを浮かべる。高松が顔を青ざめた。
「……ゆりっぺさんのその表情。嫌な予感がします」
「犯人はNPCを狙っている。そこを突くわ。あんた達、この学園の制服は持っているわね? 明日からそれを着て授業に出て、NPCになりすますのよ。そうすれば、犯人をおびき出せる!!!」
「嫌な予感が的中しました!? それってつまり、囮になれということですか! 体を張って刺されろと!?」
「ええ。そうよ。あ、ちなみに刺されたのは男子生徒だそうだから、男ども。頼んだわよー♪」
「悪魔のような人だ!?」
幹部メンバーが驚愕する。まさかの俺達は撒き餌である。しかも命がけ。
日向が抗議の声を上げた。
「いやいや、女子だってNPCのフリは出来るだろ!? なんで俺達だけ命張って犯人おびきださなきゃいけねーんだよ!」
「なによ、日向くん。女の子にこんな危ないことをしろって言うの? ひっどーい」
「別にこの世界じゃ死にやしねーよ! まあ、ガルデモは仕方ねーかもだけど、リーダーのゆりっぺは参加しろっての!」
「えー、嫌よ。怖いじゃない☆ もしも刺されたら痛いもーん☆」
「もーん☆ じゃねーよ! んなタマじゃねーだろ! 桜木、お前もなにか言ってやれ!」
俺はこくりと頷いた。
「まあ、いいんじゃねえか。襲われても、返り討ちにすればいいだけだ」
「ダメだこいつ。フラグが立っているだけで、野田とあんまり変わんねー」
日向がため息をつく。失礼な。あいつと一緒にするな。
が、ここで意外にも、岩沢が声を上げた。
「ゆり。この作戦、参加させてくれないか?」
「岩沢さん? なんでよ?」
「エネミーの件だって、実働部隊に任せっぱなしで、あたし達は守られてばかりだった。けど、NPCになりすますくらいなら、あたしでも出来る。だから、やらせてくれ」
ひさ子が目を丸くして「げ、マジかよ岩沢!?」と声を上げる。藤巻が肩をすくめた。
「相変わらず動じないタマだよな……複数のナイフで串刺しって話聞いた上で、参加してーのかよ」
ゆりがこくりと頷いた。
「わかったわ。岩沢さんにそう言われたら、仕方ないわね。そうしたら、女子も全員参加メンバーにくわえましょう」
その言葉に関根が「ええー!?」と嫌そうに声を上げた。ひさ子も嫌そうであった。
「まあでも、仕方ねーか」
「平気か?」
「一人にさせられねーだろ」
「ひさ子……ふっ、悪いな」
じーっと見つめ合う二人。ラブラブだなぁ。関根が頭をかかえた。
「出ました出ました、お二人の百合関係! そうやって萌え萌えして人気をかっさらっていく! あざとい! みゆきち、あたし達も百合で対抗だ! 萌え萌えだ!」
「百合……? って、なに? もえもえ、っていうのも、よくわからないよ……?」
きょとんとする入江。対抗の仕方が斜め上すぎる。
「方針は決まったけれど。なにか質問ある?」
ゆりの言葉に、俺は手を上げた。
……この事件、謎の少年の言葉を借りれば「歪み」だ。だとするなら、俺は真相に辿り着かなきゃならない。
そしてこの「歪み」を正さなくてはならないのだ。
「入江。刺されていたって言うのは、具体的にどういう状況だった?」
「どういう……と、言いますと?」
「刺し方に特徴があったりしなかったか? 例えば、複数刺されていた、という今回の報告は私怨を感じるだろ? 現場の状況で色々と考察が出来る。だから、それ以外に気になることや特徴はなかったか?」
「え、ええっと、こう、両腕を引っ張られて、木に刺されていて。まるで磔のようで……ううっ。うぷっ。す、すいません……あたし、役に立ててないですよね……」
入江がまた軽くえずいた。グロいのがマジで苦手なのだろう。目に涙が浮かぶ。
ひさ子が入江の背中を優しくさすりながら、俺を睨んだ。
「桜木! 入江はショックを受けて混乱しているんだ。そんな質問するんじゃねーよ!」
「ごめん。話してくれてありがとう、入江。参考になった」
入江は涙目になりながら、こくこく、と頷いた。
松下五段がふうむ、と頷く。
「しかし、今のは興味深い話だな」
「あ? そーなのか?」
ピンと来ていない藤巻が首を傾げる。俺が補足した。
「磔ってのは、西洋で古くから行われた、罪人を柱に縛り付けて刺し殺す刑罰なんだ。キリスト教の迫害で使われている。イエス・キリストが有名だな。教科書とかで見たことあるだろ?」
「んー……まあ、そうだったかもな」
藤巻の適当な相槌。アホの集団と言われるだけのことはある。
大山が体を震わせた。
「なんか、嫌だね……どうして、そんな怖い方法を選んだんだろう」
これにはゆりが答えた。
「なにか罪を犯したのかもしれないわね」
日向がええー? と声を上げる。
「NPCが? 無害だぜ、あいつら」
「けれど、わざわざ手間をかけて「磔」にしたのには、意味があると思わない? 春斗くんの言う通り、歴史的な視点だと磔は刑罰なのよ」
「……まあ、そうだな」
「犯人はなにかを糾弾したいのかもしれないわね」
野田が「きゅうだん……? 九がなにか関係あるのか」と呟く。ありません。糾弾っていう言葉があるんです。辞書を引いてくれ。
「他に質問は?」
と、ここで珍しく遊佐が手を上げる。なんか今日の会議、珍しいことづくしだな。
「遊佐さん。なにかしら」
「この件とは関係ないのですが。桜木さんが生徒会を抜けた今、エネミーの件で天使に協力を仰いでいいのでしょうか。もう随分と長い間、お二人は接触していないようなので」
通信係の遊佐は立華への連絡係も務めている。この質問には俺が答える。
「立華の意志でこれからも協力してくれるなら、問題ないんじゃないか?」
「そうですか」
藤巻がにやっとする。
「案外、中立の方がゆりっぺに貢献出来たんじゃねーのか?」
「んなこと言うなよ……今、ちょっとそれよぎったけど」
「にしても、あんだけ生徒会にいたのに、ぱったりと天使に会わなくなったんだな。戦線だから当たり前だけどよ、変なヤローだぜ」
と、ここで大山が声を上げる。
「そんなこと言ったらダメだよ藤巻くん! 桜木くんはゆりっぺの側にいたいんだよ! ね?」
「「っ!?」」
俺とゆりがぎょっとする。目が合い、互いの顔が赤くなる。ゆりはびしっ!と指を差してきた。
「ちょっと、春斗くん! そんな邪な気持ちで戦線に入ったというのなら、除名するわよ!」
「違うから!? 今、大山が勝手に言っただけだっての!」
「腑抜けてるんじゃないでしょうね! しゃきっとしなさい!」
「俺のせいかよ!?」
「アンタのせいよ!」
……てか、合っているんだよな。ゆりの側にいるためだよ。だけどはっきり言うなよ、大山……恥ずかしいだろ。
あれ? と首を傾げる大山に、松下五段は「清らかなのは、大山の良いところだな」と年長者みたいな雰囲気で言った。
★
朝。ホームルームまでまだ時間があり、俺は大食堂で朝食をとることにした。NPC達が賑わう中、慣れないのか少し眠そうな顔をした日向と大山を見つけ、前の席に座った。
「おはよう、二人とも」
「……誰だ?」
日向が訝し気に言う。
無理もない。今の俺は生前の知識から作った「変装マスク」でNPCに変身しているのだ。中の中、平々凡々な顔を作った。声までは当然いじれないが、二人を騙せたならもう充分だろう。
「桜木 春斗だ。変装中のな」
大山がわお、と声を上げた。
「映画みたいだね! バリバリってはがれるアレでしょ? いいなぁ、アレやってみたいんだよね!」
「特殊メイクってやつか。でも、そこまでする必要あるか?」
日向の質問に、俺はこくりと頷いた。
「ある。戦線メンバーが犯人だったら、幹部は顔バレしている。あと俺は元副会長だったから、一般生徒からも有名だ」
「あ、そっか」
「お前ら二人が真犯人だったら話は変わるけどな」
「んなわけねーだろ……って言っても、可能性はゼロじゃないのか」
大山が「戦線メンバーが犯人だったら、やっぱり除名なのかな?」と疑問を口にする。日向は肩をすくめた。
「そりゃそーだろ。ゆりっぺが掲げたポリシーを無断で破ったんだからよ」
「……そっかぁ」
「なんだよ、大山。なにか気になるのか?」
「うーん……ほら、日向くんも言っていた、通り魔のことなんだけど。あの子、すごく訳があったと思うんだよね。だから、今回の犯人も同じなんじゃないかなって。だから、ちょっとしょうがないんじゃないかなって……あはは、ゆりっぺに怒られちゃうかな?」
「んなことねーよ。この世界の人間なんだ……誰だって、訳ありだろーよ」
そんな会話を交わし、朝食を終えた俺達は校舎へと向かう。連絡橋には大勢の生徒達で溢れかえっている。戦線メンバーの二人が天上学園の制服を着て、時間通りに登校しているのはものすごく新鮮だ。日向が大きな欠伸をする。
「あー、ねみぃ」
「でも、不思議だよね。僕達、昔や生前はこうしていたのに、時間通りに起きて登校することに違和感しかないや」
「だな。早いとこ、犯人が捕まるといいんだが……消えちまう可能性だってあるしよ」
二人の会話を聞きながら、連絡橋を渡る。するとその先で、ひどく目立つ生徒が一人いた。ハルバートを持ったNPC――では当然、ない。天上学園の制服を着た野田である。二人と目が合い、ふん、と得意げな表情を浮かべた。日向が呆れたような声を上げる。
「アホだ。アホがいる……」
「なに? 死ぬか、日向?」
「いやいや、実際アホですから。お前、作戦わかっているのか? 犯人あぶり出しのために、NPCになりすますんだぞ? んな武器持っている奴が、NPCなわけねーだろうが」
「こいつは俺の相棒だ! 手放すことなど、ありえん!」
そう言いながら、ハルバートをぶんぶん振り回す。周囲のNPCが騒然とする。朝から悪目立ちしまくりだ。これじゃあ偽装の意味が薄れてしまう。こいつ、隠密行動とか無理そうだな。
「あはは。でも、野田くんらしいや」
大山が困ったような笑みを浮かべる。まあたしかに、らしいといえばらしい。
野田がちらり、と俺を見た。変装しているからか、いつものように睨んでは来ない。
「おい。お前は誰だ? なんだその特徴のない顔は」
「桜井 春樹です! よろしくお願いします、野田先輩!」
俺がわざとらしく挨拶する。野田はなにも疑問に持たず、「ふん。そうか」とだけ言って、背中を向けた。
「さては、新人か。せいぜい足を引っ張らないことだな。今回の事件は……俺が手柄を立てる! 絶対に、あいつにだけは負けん!」
意気揚々と宣言し、去っていく。
……絶対無理だけどな、その様子じゃ。
日向は重いため息をついた。
「たく、あいつは……つーか、桜木に気づけっての。声まんまだったぞ」
★
教室へと入り、俺と日向は補充した机と席で隣同士になった。教師が入って来て、授業が始まる。が、まともに受けるわけにはいかない。戦線メンバーは各々の手段で授業を受ける「フリ」をした。まあ、カウンターの役割がある俺には不要であるが……日向は俺に、小声で話かけてきた。
「桜木、桜木! 話に付き合ってくれよ。いいだろ?」
「お、おう。もちろん」
少しドキドキする。
授業中に喋るなんて、まるで友達みたいじゃないか!
生前学校に通えず、当然、友達がいなかった俺にとっては心躍るシチュエーションだ。どうしよう。ちゃんと喋れるだろうか。つまらない奴だとか、思われないだろうか。
そんなことを考え緊張していると、日向が何故か少し引いていた。
「あれ? どうした、日向?」
「いや……何故、ピクニックへ向かう少年のように嬉しそうな笑顔なのか、疑問に思ったんだ」
「実際、楽しみだからな!」
「そんなに面白いことか……? ノリ気なのは嬉しいけどよ」
明らかに引かれているのだが、俺は気がつかなかった。しかし日向は気を取り直す。
「まあ、お前が変わっているのは、いつものことか」
「え? 俺、変わっているのか?」
「案外な。つーか、ゆりっぺに惚れている時点で、変わり種だぜ?」
「そうか? あいつは可愛いし、強かでも根は優しい奴だと思うけどな。長女気質で引っ張りたがりで、他者を思いやってくれる頑張り屋で。根っからのお姉ちゃんなんだよな。だから自己犠牲も厭わない奴でさ。人の面倒見たがりで、あたしが中心なんだって横暴さがある。けど、所詮は大人ぶる背伸びでさ。甘えたがる一面だってあるし、負けん気があってすぐ意地になるところも、あどけなくて可愛いらしいぞ。あとは――」
「おい、止めろ。なげーから。聞いているこっちが恥ずかしいですから」
「まだ序盤だぞ。俺達の戦いはここからだ」
「どんだけ語りたいんだよ!? お前のゆりっぺ愛で授業終了までいきそうな勢いだな!」
「むしろあの女性陣と付き合いが長いのになにもない、日向の方が変わり種じゃないか?」
「タイプじゃねーんだよ。そりゃあいつ、ルックスだけは良いけどよ。性格が壊滅的だっつーの」
「じゃあ、どういうのがタイプなんだよ」
「俺か? 強いて言うなら、スレンダーなクールビューティだな」
まあ、それならたしかに、ゆりや戦線メンバーの女性陣にはいないタイプだが……。
「なんか似合わねぇ」
「おい待て、どういう意味だよ、それ」
他愛のない会話。俺はふと、脳裏にあの「夢」が横切った。あの卒業式に日向は辿り着いていた。鍵を握る音無と、近しい位置にいるのかもしれない。そうなることが、正しい結末へ繋がる因果なのかもしれない。
「なあ、日向。もしもさ、この戦いを終わらせるようなすごい奴が現れたら……そいつと、親友になってくれないか」
「え? なんだよ、突然」
「なんとなくだよ」
「なんだかよくわからねーが……よし、それなら。俺とそいつと、お前の三人で親友だ。その方がおもしれーだろ?」
「っ!? い、いいのか?」
「まぁな」
「へ、へへ、へへへ。親友かあ。へへへへへへ」
「なにきもちわりー笑み浮かべてんだよ。そんなに嬉しいことか……?」
嬉しいんだよ。友達なんて、出来たことなかったから。
☆
NPCのフリというのはかなり退屈であった。そしてNPCは相変わらず不気味なもので、戦線メンバーに対しても普通の生徒であるかのように接してくる。出席のしていない彼らは真面目系女の子のクラスメイトに「ちゃんと授業に出ないと、先生怒ってたよ!」なんて注意してきていた。
まるで普通の学校だ。日向は肩をすくめていた。
「そういや、桜木。この世界へ来た時も疑問に思ったんだけどよ……」
「なんだ?」
「あいつらって、人と恋ってするのか?」
「どうした急に。ロマンチストだな」
「そういうわけじゃねーけどよ。生きていた頃を再現しているわけだし、そういうこともあんのかと思ってよ」
「……結論から言うと、いたよ。そういう奴は」
「そうなのか?」
「ああ。それにイケメンが来ると、ちょっとしたファンクラブが出来たりもするぞ」
「ミーハーな奴らだなぁ……まあ、っぽいけどよ。なんつーか、アニメのモブキャラって感じがするな。よく出来ているぜ」
俺達が下校しようとすると、すっ、とモップが目の前をよぎった。
「掃除がまだよ」
立華であった。俺、日向、大山は見事に捕まり掃除をさせられる。サボり組ということで、帳尻合わせなのかもしれない。
「はあ。あたしも捕まってしまいました……しおりんには逃げられましたし……」
箒を持った入江がしょんぼりとする。
四人メンバーで掃除を開始しつつ、俺が問いかけた。
「なんか変わったことはあったか?」
大山が首を傾げる。
「特にはなかったと思うけど……あのNPCも平然としていたよね」
被害者のNPCのことである。一応話を聞いてみたりはしたのだが、都合がいいことに刺された記憶ごとなくなっていた。
手がかりはなし……に、思われたが。俺には一つ、気になることがあった。
☆
向かったのは男子寮の、警備員などが使う一階の受付兼管理室であった。監視カメラの映像を見たいので向かったのだが、そこにはすでに先客がいた。ゆりである。難しそうな表情を浮かべながら椅子に座り、機械を操作して過去の映像を見ている。他の警備員の姿はなかった。適当に脅して、無理やり使っているのだろう。
「あら、春斗くん。奇遇ね」
被害者のNPCの足取りを掴むため、このカメラに目をつけたわけだが……似たようなことを考えていたか。
実は彼、発見された当日の授業を欠席していたのだ。殺害されたのは授業開始前である可能性が高い。しかしNPCは基本、模範的なサイクルでしか動かない。授業開始前に外をうろつくことなど、大食堂へ向かう以外にはありえないのだが……死体が発見された場所は、大食堂へ向かう道の途中ではない。
つまり。被害者のNPCの動きは、不審なのだ。
何者かに運ばれたのか、自分の意志なのか……もしも後者であれば、岡田 緑が絡んでいる。
「夜中に出歩いているNPCはいそうか?」
「いたわね。被害者、この子でしょう?」
ゆりがその時間の映像を見せてくる。出入口の監視カメラ。深夜に被害者のNPCが出て行くのを、カメラがしっかりと捉えていた。
「けどこいつ、昨日の夜は出歩いてなんかないって言っていたぞ」
「NPCの意志ではないってことね。都合が悪い記憶なのよ」
だとするなら、ANGEL PLAYERによる改変か……。
まさかあいつ、やろうと思えばこの天上学園のNPCを全員操れるのか?
そんな大規模な改変をされたら、この世界はどうなるんだ。ゆり達は、どうなってしまうんだ。
そんなことを考えていると、唐突に校内放送を知らせるチャイムが鳴った。
「……こんな時間に放送?」
ゆりが柳眉を曲げる。
スピーカーから飛び出た声は、岡田 緑によるものであった。
「――これより、この学園は僕が占拠した。死後の世界に留まる悲しき魂達よ、今ここに新たな神が降臨する」
☆
第二校長室に幹部が集まる。高松が眼鏡を上げ、状況を報告した。
「教師を含む百人ほどのNPCが銃で脅され、人質として捕まっています。犯人はグループのようで、現在は体育館に立てこもっています。残った教員が外から犯人を説得しているようですが、事態はそこから進展していません」
まるで学生運動だな、と松下五段が肩をすくめる。
「俺とゆりっぺが校長脅して立てこもったことはあるが、こりゃ規模が段違いだぜ……」
日向が呆れたように言う。
「銃を持った連中は人ってことか?」
藤巻が言うと、ゆりがこくりと頷いた。
「こんなことするのは、人以外にありえないでしょうね」
……まあこれに関しては、真相とは違うだろう。岡田が操っているのだ。だから銃を持っている連中は、NPCだ。
とすると、NPC殺しの犯人は、ほぼあいつで確定か。正確にNPCが動くかどうか、実験していたのだろう。
磔なんて悪趣味な方法を選ぶのも、彼らしい。彼はこの世界の神になろうとしている。今の神への抗議として、あんな方法を選んだのだろう。
と、ここで遊佐が手を上げた。その両手には大きなタブレットが握られている。
「ゆりっぺさん。戦線と、立てこもり犯が話をしたいとのことです」
「……ご丁寧なことね」
ゆりがタブレットを受け取る。通話アプリが通知を知らせている。ゆりがメンバーへ目くばせをした。
「情報が少なすぎるけれど、慎重になっても仕方がない。出るわよ」
誰も反対しない。ゆりは通話ボタンを落とした。画面は体育館のステージを背景に、背の高い美少年が一人映る。
岡田 緑だ。
「やあ、華やかな役者の諸君。気分はどうかな?」
「神が降臨する、なんて放送を恥ずかし気もなくする、頭の飛んだ奴が現れたなー、くらいにしか思ってないわよ」
ゆりが皮肉を言うと、岡田がふふっと笑みを浮かべた。
「この世界は今、天秤にかけられているのさ。僕、岡田 緑による紛い物が支配する新たな世界か、それとも「彼」が望んだような死後の世界本来の役割のまま残るか。僕はね、「彼」の意志も尊重したい。故に、僕からの交渉は一つ」
……「彼」ってのは、ANGEL PLAYERの創設者のことを言っているのだろう。親友だったらしいが……。
「そこに桜木 春斗がいるだろう。彼を、一人でこの場所へ連れてこい」
「なんですって?」
ゆりが息を飲む。幹部も俺を見やった。
「知り合いか?」
日向が問いかけてくる。返事に迷うが、赤の他人と言い切るのは無茶だろう。
「まあな。俺に恨みでもあるのかもな」
みんなが黙り込む。俺の生前の都合上、恨みを買われるのは自然のことだ。復讐のためにこんなことをされた、と思われているのだろう。まあでも、その方が都合いい。
しかしゆりはどこか納得していないようで、じっと俺を見据えていた。が、すぐに視線をタブレットへと戻す。
「却下よ。そっちには、銃を持った人間が大量にいることは知っている。彼一人いったところで、リンチにされるだけじゃない」
岡田が笑い声を上げる。
「そんなことはないと思うけどね。まあ、この時点での役者ならば、そう思うのは仕方がないのか」
「さっきから、わけのわからないことばかり言うわね。役者だとか、「彼」だとか」
「僕はね、君達戦線に危害を加える気はないんだよ。もっと言うと、すでに現存している魂達にもね。ただ、「彼」の絶対的な理性の意志を継いだ少年、桜木 春斗。彼だけはそういうわけにはいかない。僕は彼と一対一で対峙したいのさ。そして、君達に宣言するのさ。この世界の神は、僕になったとね」
藤巻が首を傾げ「おい、こいつ完全に頭が狂ってやがるぞ」と言った。
……狂っている。だけど、厄介なことに。ここまで世界を侵食した岡田が、カウンターである俺に勝利すれば、もはや死後の世界は彼の手に収まった、ということになってしまう。
だから、狂っているだけじゃない。
冗談抜きで、世界が岡田に支配されるか、されないかの選択を迫られているのだ。
「色々と疑問は残るけれど。あなたが春斗くんにこだわっているのは、よくわかったわ」
ゆりが腕を組む。
「春斗くんにあたしも同行させて。交渉はそれだけよ」
「なっ、ゆり!? それは無茶なんじゃ――」
俺が慌てて止めようとするが、岡田が大仰に頷いた。
「まあ、そのくらいは譲歩してあげてもいいよ」
「交渉成立ね」
「桜木 春斗。安心するといい、仲村ゆりをどうこうするつもりはないし、手を出す趣味もないさ」
……信用出来るかよ。クソが。
☆
戦線メンバーが心配そうにしていたが、ゆりは彼らをなんとかなだめ、武装して後方で待機するように命じた。
「必要であれば、苛烈な戦いになるわ。けど、相手は交渉しようとする意志はあるし、大きな戦いになればNPCにも大きな被害が加わる。戦いは出来るだけ避けたいわ」
幹部は全員現場へ向かい、第二校長室で俺とゆりは二人きりになった。ゆりはアサルトライフルや手榴弾などの装備を整えている。
「……春斗くんへの、私怨による犯行だと思うのが自然。けれど、あたしの勘がどこか引っ掛かっているの」
ゆりが手を動かしながら、そんなことを言った。俺はハンドガンとナイフだけでいいので、ソファに腰かけている。
「NPC殺しはなんだったのか。今回の件と関係しているのか。エネミーとは、なんだったのか。今回の件と関係しているのか……そしてあなた、春斗くん。何故、消えずにこの世界へずっと存在し続けているのか」
ゆりはふう、と息をつく。
「まだまだ、疑問はあるわ……あたし達の関係だって、本来ならば世界の在り方と相容れないもの。それが何故、今日までずっと、問題なく続いているのか」
「俺は疑われているのか?」
「そんなわけないじゃない。ただ……」
ゆりはライフルを机の上に置いて、俺の隣に座った。
「もしも……なにか隠していることがあるのなら、あたしに話して」
ただの復讐劇ではないことを、ゆりはほぼ確信しているのだろう。
だけど、下手になにかを話せば因果が歪み、俺の望む正規ルートへゆり達が辿らない可能性が出てくる。
せっかく、あの岡田 緑さえANGEL PLAYERの創設者の意志を尊重し、ゆり達へ余計なことをしないようにしているのだ。
もっとも、エネミーで小競り合いをしている時点で、敵対意識がゼロではないことは明白であるが……因果を歪ませることは容易だ。それをしていない時点で、この死後の世界を守ろうとする意志はあるのだ。
なら、俺が下手に真相を話してはいけない。絶対に、いけないのだ。
だけど、そんなことを知らないゆりは、ひどくショックを受けたように瞳を揺らした。
「そう……そんなに、あたしは頼りないのかしら」
「待て、ゆり。そうじゃない……話せないんだ。わけがわからないと思うが、とにかく今は話せない」
「わかったわよ。それなら、自力で真相に辿り着く。強くなる。それだけよ」
ゆりは相貌を力強く見開き、机の上のアサルトライフルを背負った。
……やけになるわけでも、怒るわけでも、悲しむわけでもなく。
ゆりはただ、目の前の事態に立ち向かおうと、武器を手に取った。
全く……本当に、敵わないな。
「行くわよ、春斗くん」
「ああ」
「いい? アンタのことは、必ずあたしが守ってあげるんだから」
「俺より弱いのにか?」
「っ、ちゃんと鍛錬したじゃない! 偉そうにするんじゃないわよ!」
「はいはい」
ゆりは俺の腕に、ぎゅっと抱きついて来た。
「……だから。勝手に、消えるんじゃないわよ」
どこかで、ゆりはこの戦いが決戦なのだということを、持ち前の勘で察知しているのかもしれない。
俺はゆりの頭を撫でた。
「ああ。側にいる」
嘘をついた。
きっと、これが最後だ。
岡田との決着をつければ、俺はカウンターとしての役割を終える。そうすれば、この世界にとって邪魔な存在になるのだ。
ゆりとのかけがえのない時間も……これで、最後になる。
……そう、なってしまうんだ。