※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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Angel Beats!

 時間が止まった気がした。

 影に飲み込まれ、春斗くんが消えた……。

 消えた? そう。跡形もなく、消えていったのだ。

「なに、よ。それ……」

 こんなの、ちゃんとしたお別れじゃない。

 覚悟は出来ていた。

 もちろん……悲しかった。寂しかった。身を引き裂かれる思いだった。

 涙はたくさん流すつもりだった。

 好きな人と一緒にいられなかった、って神に八つ当たりするつもりでもいた。

 でも、そうすれば……まだ、少しは割り切れる。恋人として、彼の背中を押してやれたんだって、最後のお別れは出来たって、後悔はないって、出来る限りのことは出来たって、それだけを心の支えに出来た。

 だけど……これは、話が違う。

 あまりにも、話が違う。

 彼は……どうなったの? わけのわからない影に飲み込まれて。あれは、本当に成仏していったの?

 違う。

 こんなこと、望んでいない。

 あたしは……また、守れなかった。

 守りたいものを、また奪われた。

 理不尽な神に。理不尽な運命に。

 どうして? どうして、いつもこうなるのよ。あたしはただ……彼の恋人として、一番大切な人として、春斗くんを守りたかっただけなのに!

「う、うあああああああああああ!」

 あたしは屋上で慟哭を上げた。

 そして……やがて、なにが起きたのかを理解した。

 

 

 結論から言うと、彼はNPCになっていた。

 この世界から消えたわけではない。

 あたしのことも、戦線のことも覚えていない。天使の言いなりになり、黙々と授業を受け続けているだけ。

 毎日のように話しかけたが、記憶は戻ってくれなかった。

 迷ったが、戦線のメンバーへは、このことを告げなかった。

 春斗くんは満足してこの世界から消えたのだ、と言っておいたのだ。また誰にも言わずに消えたことに不満の声は上がったが、あたしは最後に話をしたというとそれなら仕方ない、とみんな納得してくれた。

 人がNPC化する、ということが知れ渡れば戦線の士気に関わる。かなり激しい動揺が広がるはずだ。

 もちろん……言わなければいけない、という迷いもあった。

 知る権利はある。だけど、あの「影」の正体がわからない今は、まだ告げるべきではないとあたしは考えた。

 幸い、あれ以来あの「影」は一度も現れなかった。

 春斗くんだけが狙われ、春斗くんだけがNPC化した。

 わからない。なにもかもが。全てがイレギュラー。

 昼休み。教室で熱心に一人自習をしている春斗くんの前の席に、あたしはどかっと座って声をかけた。

「なにしているのよ?」

「はい? ……自習、ですが」

 昨日も声をかけたというのに、まだ他人行儀だ。

「あたしのこと、覚えている?」

「え? ああ、はい。たしか……仲村 ゆりさん、ですよね」

 空々しい返し。

 あたしを覚えている、というよりはNPCとして「仲村 ゆり」という一人の生徒をメモリーしている様子だ。

 本当に、頭の先からてっぺんまでNPCと化している。ふざけている。彼は……一体、どうしたら救えるというのよ?

「一つ質問があるのだけれど」

「はあ。なんですか」

「好きな女の子いる?」

 問いかけに、彼はあっけなく答えた。

「いないです」

 目の前にいるだろうが、バカ。

 数え切れないくらい、愛し合った仲じゃない……。

 なんで……覚えて、ないのよ。

 あたしの春斗くんなのに。

 あたしだけの、春斗くんなのに。

 それなのに。今はもう、遠い人になってしまった。

 

 

 そうして、月日が流れていった。

 あたしはいつも通り、戦線のリーダーとして戦う。

 神への復讐は終わらない。

 いつまでも終わらない。

 何日が経過しただろう?

 何週間が経過しただろう?

 何か月が経過しただろう?

 何年が経過しただろう?

 何十年が経過したのだろう?

 毎日、毎日と繰り返される長い戦い。ああ、そうだ。あたしはこの世界に長く、本当に長くいてずっと戦いづづけている。

 その間、春斗くんがあたしを思いだしてくれることはなかった。

 たったの一回だってない……。

 彼と接することに耐えられたのは、最初の数週間だけだった。忘れられているのを、彼がNPC化したのを実感する度に、あたしの精神は壊れかけたからだ。

だから遊佐さんにだけはこのことを打ち明けて、彼女に春斗くんを監視してもらうことになった。

 彼はずっとNPCのままだった。

 彼はずっと、この世界に閉じ込められたまま……。

 永遠に、ここで授業を受け続けていた。

 気がおかしくなりそうだった。

 もう狂ってしまいそうだった。

 いっそのこと、あの時消えてくれていた方が――楽だった。

 彼はそこにいるのに。全くの、別人で。

 助けたいのに、どうしようもなくて。

 彼が永遠の牢獄に閉じ込められているのを、ただ見守っているしかない。

 あの時、あたしはなにか出来なかったのか?

 もっと早く、彼を開放してやれば良かったんじゃないのか?

 最後に一言、大好きだって言ったのが、余計だったのか?

 本当は、そんな一言なんかじゃ伝えられないくらい、この気持ちは大きいのに……。

 この世界は、そんなことも許してくれないのだろうか?

 それとも、なに? これも罰だっていうの? 誰からの? 神からの?

 ふざけるな。何様のつもりよ。

 ……上等じゃない。なら、あたしは戦い続ける。

 理不尽。本当に、理不尽過ぎる。

 気が遠くなるほどの時間がかかろうとも、戦い続ける。

 今、あたしの中には二つの大きな衝動がある。

 一つは、原点となる生前の記憶。

 もう一つは――春斗くん。

 神への復讐。その最前線に、あたしは立つ。

 必ず、成し遂げてみせる。

 やり遂げてみせるんだから……!

 

 

 夜。オペレーション中であった。ライフルのスコープからいったん目を離し、近くに倒れている生徒を見る。

 人だ。仲間が見つけた、新しい人。

 オレンジ色の髪をした、まあ、全体的に普通の見た目っぽい男の人。

 だけど、あたしの長年の勘がなにかを告げる、そんな力を持った人であった。

 話して変な感じじゃなければ、彼はすぐに幹部に入れよう。そう思った。

 スコープへ目を戻す。瞬間、戸惑ったような、控えめな声が聞こえた。

「……ここは、どこだ?」

「目が覚めた?」

 あたしの視界はスコープの先に映る、天使を捕えている。

 だけど、気配でわかった。

 男は起き上がって、茫然と声を上げる。

「あんたは? 誰だ?」

「ようこそ、「死んでたまるか戦線」へ。唐突だけど、入隊してくれないかしら?」

「……は?」

 

 

「ゆりっぺ! 新人の勧誘の手はずはどうだ? ちょろいとか言っていたけどさ?」

「……日向くん」

「人手が足りない今! どんなに汚い手を使ってでも、戦力を拡大して……」

 新人の男が、俺とゆりっぺをじと目で見比べていた。

 そしてゆりっぺがどういうわけか、眉間に皺を寄せている。

「やべ……」

 余計なこと言っちまった……のか?

「俺、向こういくわ」

 新人候補だった男子生徒が、スタスタと階段を降りていった。

「うああああああああああああ! 勧誘に失敗したあああああ!」

 ゆりっぺが髪を掻きむしりながら叫ぶ。

 すげー、剣幕だよなあ、相変わらず。

「俺のせい?」

「他に誰がいるんだあああ!」

 俺は男子生徒の後ろ姿を見送りながら、ふとあることを思い出した。

 それは……とても、懐かしい声だった。

「もしもいつか、戦線の戦いを終わらせてくれる、そんなすごい奴が来たらさ。日向は、そいつの親友になってやってくれないか」

 昔、そんなことを言った奴がいたよな。

 桜木 春斗。

 最後まで、何者かわからずじまいだった男だ。

 なんかもう、懐かしい思い出だよな……。

 天使の力がNPCに宿ったりしてさ。すげー時代だった。

 みんなが強くなった今なら、もうちょっと楽に戦えたんだけどな。

 ……俺、あいつのこと、なんにもわかってやれなかったんだ。仲間だったのによ。ルームメイトで、すげー近くにいてやれたのに。

 天使と同じ力を使ったのは、さすがに驚いたが。

 でも、あいつは間違いなく人間だ。ゆりに対するあの思いは、人じゃないと抱けないものだ。きっとなにかの間違いで、桜木は……なにか大きなものを、背負わされていたんだ。あの戦いは、そういうものだった。そして桜木がたった一人で、解決させちまったんだ。俺達は、それを見守ることしか出来なかった。

 いや。こんなことを言っても、仕方ないか。

 もうとっくの昔に、終わっちまった話だ。

 にしても、なんで今、そんなことを思い出したんだ……。

 もしかして……階段降りて行っているあいつがすごい奴?

 ……そんなバカな、って思うけど。

 でも、なんだろうな。たしかに、なにかやってくれそうな奴な気がする。

 よくわかんねーけど。

 そうだな。約束だったし。

 あいつとはもしかしたら、親友になれるのかもしれない。

 

 

 ――こうして、物語のバトンは渡された。

 紛い物から、本物の役者へ。

 桜木 春斗から、音無 結弦へ。

 舞台は、エンジェルビーツへ。

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