体育館を中心に、死後の世界は騒然となった。数十人の操られたNPCは銃を持ち、入口付近を防御している。銃がオモチャだろうと思った教員のNPCが彼らへ近づき、立てこもりの解除を要求した。
「こんなことをしても意味がないだろう! 今すぐ体育館を開放するんだ!」
瞬間――NPCは銃の引き金を引いた。ぱぁん、と乾いた音と共に、男の教員の胸が撃ち抜かれる。辺りに戦慄が走り、野次馬達は散り、腰が抜けた者などが現れるも、教員と生徒達はその場から逃げていく。そんな中、じっと銃を持つNPCを無表情に見据えるかなでの姿があった。
「一体、なにが起きているの……」
戦線のメンバーとは違う。正真正銘、NPCによる反逆行為。
あまりにイレギュラーな事態に、かなではどう対応したらいいか、判断出来ずにいた。
「貴様も神の反逆者か?」
操られたNPCに銃を向けられる。かなでは首を傾げた。
「はんぎゃく……? そんなつもりはないわ」
「そうか。ならば、この場から消えろ。ここには神がおられる」
「神様……すごいのね。見てみたいわ」
かなではNPCの瞳を見る。その瞳には、ほんのりと赤い光が灯っていた。
「どうしてこんなことをするの?」
「この世界は間もなく、新たな神により支配されるからだ」
「……でも、こんなことを続けたら、みんな卒業出来なくなってしまうわ。それは、とても良くないこと」
なにが起きているのかは、さっぱりだが――かなでには一つだけ、曲げられない信念がある。
たくさんの魂を見送ってきたこと。よかったね、と見送ること。
この学園は、そのためにある場所なのだということが。
「逆らうというのか?」
「ええ。あなた達の言っていることは、よくわからないけれど。止めないといけない気がするわ」
かなでが右手を上げる。瞬間、ゆりの声がそれを遮った。
「――はいはーい、ストップストップ。天使、この件はあたし達クラスSSSに任せなさい」
「仲村ゆりさん……? あら、みんなもお揃いで」
ゆりは幹部と春斗を引き連れている。松下五段がふと、胸を撃ち抜かれ、グラウンドを血に染めているNPCを見て眉を寄せた。
「これではまるで、過激な革命運動ではないか……」
TKがパチン、と指を鳴らす。
「Dominate……」
藤巻がけっ、と悪態をつく。
「逆らうやつは殺すってか。気に入らねー自称神様だぜ」
NPC達は険吞とした雰囲気で銃を向ける。
「お前達か。入っていいのは仲村 ゆりと桜木 春斗のみだ」
さらにこう続ける。
「おい。武器は捨てろ」
ゆりはむっとした表情を浮かべた。
「ちょっと。アンタ達は武装しているのに、あたし達には丸腰になれっていうの?」
「ああ、そうだ。それになにか問題が?」
「無茶苦茶言ってくれるわね……」
ゆりと春斗は持っていたアサルトライフルを戦線メンバーに預ける。野田がハルバートを向け「ふん。ここでやり合ってもいいんだぞ」と言ったが、見張りの人数はかなり多く、遠巻きにはスナイパーのような者もいる。ゆりが「野田くん、落ち着いて。相手も規模が大きいから、無事じゃすまないわよ。そもそもこいつらは、NPCよ」と窘められ「命拾いしたな、貴様ら」と言い、武器を下げた。
「岡田 緑はこの奥にいるのか」
春斗が問うと、NPCは頷いた。
「そうだ。おい、貴様ら。服の下に武器を隠しているだろ。それも捨てろ」
あろうことか、NPCはゆりに触れようと腕を伸ばす。ゆりは慌てて身を引いた。
「ちょっと⁉ ボディチェックまでしようって言うの?」
「貴様らがコソコソ武器を隠し持っているのが悪い」
「っ! じゃあ、せめて女のNPCにボディチェックをさせて! あとお前らは向こうを向け! いくらNPCでも不愉快よ!」
険悪な空気感のまま、ボディチェックを終える。ナイフも拳銃も手榴弾も取り上げられ、まさに丸腰だ。
高松が眼鏡を上げながら、ため息をつく。
「これでは、ゆりっぺさん達が不利すぎるじゃないですか……卑怯な方達ですね。恥ずかしくないのですか」
が、NPCは答えずに無視する。
「よし。いけ」
「……たく。いきましょう」
ゆりは春斗を引き連れ、体育館へと向かう。その背中へ向けて、日向が声をあげた。
「ゆりっぺ、桜木! 気をつけろよ! なにかあれば、すぐに駆けつけてやんよ!」
大山もこくりと頷いた。
「僕も……強い二人と比べたら、大したこと、出来ないかもしれないけど。でも、力になるよ!」
椎名がじっとゆりを見つめた。
「ゆり。わたしが必要になれば、すぐに呼べ」
「ええ。その時は頼んだわよ」
春斗とかなでの目が合う。
敵対したまま終わり……というのは、春斗のエゴだが、やはり嫌であった。彼は親指をぐっと立てて、笑みを浮かべる。
「生徒会、楽しかったぞ」
かなでもぐっと親指を立てる。
「ええ。あたしもあなたといれて、楽しかったわ」
勝手に生徒会を抜けた春斗に、そんな優しいことを言ってくれる。そしてゆりと春斗は再び、歩を進めた。
「随分と警戒心が強い自称神様ね。ナイフすらないわ」
「今は、お前らと争うつもりが本当にないんだろ」
「どうだか。たしかに口ではそう言っていたけれど」
二人が体育館へと入る。
中にはNPCの姿はなく……ステージ上にただ一人、岡田 緑が佇んでいた。
「よく来たね、忌まわしきカウンター。そして役者の仲村 ゆり」
ゆりがじっと岡田 緑を見据えた。
「武器を捨てさせるほど用心しているのに、味方を置かないなんて間抜け――」
言葉は最後まで、紡がれなかった。
春斗がゆりの後頭部を強くチョップし、意識を奪ったからだ。
「――っ!? なん、で……」
どさ、と倒れるゆりを春斗が受け止める。そして壁にそっと優しく、ゆりを置いた。岡田 緑がははは、と笑い声を上げる。
「やれやれ、とんだ茶番だ。最初から、彼女を巻き込むつもりはなかったんだね」
「あんまり俺達に介入させると、正規ルートが歪む可能性があるからな。これ以上、音無 結弦の物語を曲げるわけにはいかない」
春斗は岡田 緑と対峙する。
「どうしても、死後の世界の改変を止めるつもりはないのか」
「目の当たりにしたじゃないか。ここまでこの世界を変えることが出来る。永遠に楽園にすることも、可能さ」
「お前は、ようするに創設者を救うのが目的なんだろ? なにもこんな方法を選ぶ必要はない。カウンターをプログラミングした彼が、永遠の楽園を手にして喜ぶと思うのか?」
「絶対的な理性なんてもの持っている故の迷いさ。君が崇拝している音無 結弦も、最後には迷いが生じた。それと同じさ。人は、望みとは違う正義を愛する心がある」
岡田 緑がガードスキルを発動し、銀色の剣を取り出す。
「勝った方が正義。わかりやすくていいんじゃないかい?」
「……わかった。だけど、お前が俺に勝てると思うな」
「よく言うね!」
戦いが始まる。
ANGEL PLAYERのバックアップにより、常軌を逸した身体能力による、二人の白兵戦が繰り広げられた。
がきぃん、がきぃん!!!
甲高い金属音が鳴り響く。空気が揺れ、震動し、衝撃が走る。目にも止まらぬ剣筋は、何度も交わり、重々しいパワーがあった。
だが、ナイフのいくつかが岡田 緑の体を傷つける。
春斗の脳内に、謎の少年の声が響く。
「桜木さん!」
「ああ、力サンキューな!」
元より戦闘力の高い春斗が、この長期間の単独訓練と謎の少年のプログラミング修正により、ANGEL PLAYERの扱いに慣れた。
その戦力はもはや、死後の世界最強クラス。
物語の部外者らしい、チート能力を保持していた。
「くっ……なら、これはどうかな!」
岡田 緑が後ろへ下がり、サブマシンガンを二つ構える。それを春斗へ向け乱射。しかし銃弾は宙で止まり、反射した。
「そんなもの、通用するか!」
跳ね返った銃弾を岡田 緑がガードスキルで止める。だが、いくつかは貫通し、肩や足に鮮血が走った。
「カウンター……!」
「岡田 緑!」
春斗のナイフが、岡田 緑の胸に突き刺さる。
「がはっ⁉」
血を吐き、ふらついた足取りで――ステージの壁を背に、がくっと腰を崩れ堕とした。
「……お前、最初から勝つつもりなかっただろ」
春斗が言い捨てる。
……そもそも、状況がおかしかったのだ。
一見すると、岡田 緑が有利に見える。
が、彼自身が徐々に「不利」な材料を増やしていったのだ。
「そもそも。もっと早くに仕掛ければ、俺は準備できなかった。この場に味方を一人もつけないこともそうだ。状況的に、むしろ俺が勝てる要素はなかったくらいなのに……お前はなにがしたいんだ」
岡田 緑がふっと笑みを浮かべた。
「僕にも迷いがあったのさ。君達を見ている内に、昔を思い出してね。本当に、なにも変わらない。人というのは、似ている。君達も、僕達も」
「……これで満足かよ」
「いいや。悪いけど、ただでは終わらないさ」
岡田 緑の体を、黒い影が包み込み始める。春斗は慌てて下がった。
「お前……!」
「僕は、彼と同じになる。この世界のNPCとなり、彼が幸せになるのを待つさ」
「正気か⁉ 自分がなにを選んでいるのか、わかっているか⁉」
「確かめたかったんだ。彼がプログラミングしたカウンターも、秩序を守るための影も……あいつが守ろうとした、このロクでもない世界をね。長い、長い時間をかけて」
影に呑み込まれ、岡田 緑が消える。イレギュラーな存在が、世界のルールへ服従することによって、辛うじてその存在を留める。強い意志があれば元に戻れる影のプログラミング……しかし、それは消える瞬間とほぼ同意義だ。途方もない望みをした創設者の幸福を願う岡田 緑は、実質、ほぼ永遠にここへ閉じ込められることを意味している。苦しい生前の記憶を、ずっと抱え込みながら。
「桜木さん。ありがとうございます。あなたはよくやりました」
謎の少年の声が告げる。
桜木 春斗はイレギュラーであり、部外者。物語の歪みを正すことだけが役割だ。世界を救うことも、物語の先へ進むことも許されない。
彼の役割は、ここまでだ。
★
死後の世界は元の平和を取り戻し、いつもの繰り返しの日常へと舞い戻った。NPC達は学園生活を謳歌し、NPCの教員達はそれをサポートし、死者の魂達は戸惑いながら、二度目の青春を送る。
「――っ⁉」
保健室に寝かされたゆりが目を覚ます。
「しまった……! 春斗くんは⁉ みんなは、どうなったの!」
ゆりが部屋を飛び出そうと瞬間、扉を開けた春斗とぶつかった。
「いったぁ⁉」
「おう、ゆり」
「なななな、アンタ、一体なんのつもりなのよ――」
春斗はゆりの体をぎゅっと抱きしめた。なにかを察したゆりが、はっと息を飲む。
「ゆり。これで最後だ」
「……は?」
「みんなによろしく伝えておいてくれ。まあけど、忘れてもらった方が都合いいかもな」
ゆりは胸から顔を離して、春斗を見上げた。
「な、なにを言っているのよ⁉ 大体、アンタ、なんであんなことを」
「言えない」
「……なんのつもりよ。春斗くんは、あたしの味方じゃないの⁉」
春斗は首を縦に振った。
「ああ。味方だ。けど、事情はなにも言えない」
「なによそれ⁉ それで勝手に満足して、勝手に消えるっていうの!」
「そうだ」
「そんなこと、絶対に許さないわよ!」
ゆりは体を震わせながら、春斗へ顔を近づける。
「……たしかに、ずっと疑問に思っていることはあった。あたしと春斗くんの在り方はこの世界と矛盾している。それなのにずっと許されている。これはイレギュラーなことだって。なにか知っているなら話して! あたしのことが、信用出来ないの⁉」
春斗は首を横に振る。
事情は話せない。むしろ、春斗はゆりに関与しすぎた。今後この世界を託すにあたって、一番の懸念事項はゆりだ。春斗との出会いによって、別の選択を選んでしまったら……音無 結弦の物語は別の結末を辿ってしまう。
だから、春斗は告げる。
真相ではなく……彼女が今後進むべき道を。
「ゆり。神への復讐をやり遂げるんだ」
「は?」
「そうすれば、真実に辿り着ける。俺のことも、岡田 緑のことも」
本当は、この悲しい争いを止めたかった。
だけどそれは、桜木 春斗の役割ではないから。
「あたしは、ただ……春斗くんが側に、いてほしいって……それだけなのよ……どうして……なにも、教えてくれないのよ……」
ゆりが春斗の胸で涙を流す。両腕で彼女を抱きしめる。その温もりも、柔らかさも、匂いも。これで最後になる。
「ゆり、愛している」
「いや。いやよ……こんなの、受け入れられない……」
「今まで、ありがとうな。ゆりのおかげで、俺は救われた。本当に、ありがとう」
その言葉を最後に、桜木 春斗は死後の世界を去った。
ゆりの目の前に、桜の花びらが一枚、舞う。それを開いた右手で受け止め……ぎゅっと、握りしめる。
「春斗くんっ……!」
ゆりは保健室で一人、涙を流した。
★
桜木 春斗は裏切り者ではなかった。少なくとも、騒動は収束し、死後の世界は元に戻っている。
因果を曲げないためか、NPC化した岡田 緑は違う名前と違う容姿をしており、記憶もないためゆり達に気づかれることはない。
謎の少年も地下へと戻り、再び元の役割を全うした。
愛に目覚めていないこの世界の現状では、まだ、やるべきことはない。
つまり。世界はほぼ完全に、元に戻ったのだ。
いつもの、天上学園。死後の世界だ。
「……」
ゆりは拳銃を片手に、廊下を歩く。NPC達は彼女を避けるように端に寄った。
この世界で戦ってきた彼女は、SSSのリーダーとしてよく頭が回る。
桜木 春斗。あの時、ゆりの意識を奪ったのは「なにか聞かれたくないことがあるから、そうしたのだと考える。
彼の行動は、今思い返すとそういったものが多かった。
なにかを隠している。
いや、隠さなければいけない、という立場だったのだ。
そしてそんな彼が最後に――神への復讐をするように、ゆりへ促した。
神への復讐に熱心でなかった彼が、どういうわけか。神へ辿り着くことをここに来て強く推薦してきたのだ。
(上等じゃない。見てなさい、春斗くん。自分勝手なアンタの思惑に、乗ってあげるわよ)
神に辿り着く。そして、神をぶん殴る。
それで全ての真実に辿り着けるのなら……この戦いに、より意味が生まれてくる。
教室へ入ろうとする、かなでへ向けて拳銃を構える。彼女は無表情に、じっとゆりを見据えた。
「そんな物騒なものを持ち出さないで」
「春斗くんは消えたわ」
「……そう。それは……良かったわ」
あくまでも、そう言い切る。
天使は……かなでは、いつだってそうだ。ゆりは歯ぎしりをする。
「一応、聞くけれど。岡田 緑は何者? 桜木 春斗は何者なの?」
「わからないわ」
「あくまでもだんまりを決める、と。なら、やることは一つね」
ゆりは武器を構え、宣言する。かなでもガードスキルを発動させ、ハンドソニックを構えた。
「あたしは、神への復讐をやり遂げる! その最前線に、立ち続けるわ!」
★
そうして。長い、長い月日が経過した。
毎日、毎日と繰り返される戦い。日常。
何日、何か月、そして何年、何十年と経過……。
戦いは収束を見せず、いくつもの魂が旅立ち、そして仲村 ゆり率いるクラスSSSはずっと留まり続けた。
やがて、その世界へ心臓と記憶を失った少年の魂が迷い込む。
夜。彼は体を起こし、銃を構えるゆりへと視線を向けた。戸惑い、同時にドン引きしている様子であったが、なんとかして声をあげる。
「……ここは、どこだ? つーか、なんで銃持ってんだ?」
「あら、目が覚めたかしら?」
「俺、こんなとこでずっと倒れていたのか……?」
「ええ、そうよ。そしてこの世界へやって来たの」
「この世界……?」
「ようこそ、死後の世界へ。そして「死んでたまるか戦線」へ。唐突だけど、入隊してくれないかしら? 人手不足なのよね」
「……は?」
――こうして、物語のバトンは渡された。
紛い物から、本物の役者へ。
桜木 春斗から、音無 結弦へ。
舞台は、エンジェルビーツへ。
エンディングは分岐で、再会するパターンと、再会しないパターンの二つです。リメイク版は再会しないルートになりました。
原作が伝えたいテーマ的には、再会しない方が趣旨に沿っている感じはします。
ただ、再会ルートは人間臭さがあるかなと、思ったりします。
今読み返すと、春斗の過去は音無みたいに「立派なことをやって死んでいった」の方がよかったなぁ、とか。色々後悔しています。本来はこの世界に来ない魂だ、という説得力が増しますし。そもそも殺人は重すぎる。
もしよければ……本当に、もしよければなにか感想いただけたらと、思っております。
では。オリジナルの方で、お会いできれば。