次の日、俺は隊員へ挨拶をするため、戦線のメンバーが集まっている校長室へと向かった。
「随分と、離れた所にあるんだな……」
本館とは離れた所にあって戸惑ったが、ここは戦線のために用意された場所のようなものなのかもしれない。
教えられた合言葉を言い、俺はゆりが指定した部屋の扉を開けた。するとその瞬間、目の前に金属の閃きが瞬いた。鼻先には鋭利な刃が向けられている。
「……は?」
あまりに一瞬の出来事すぎて、なにも出来なかった。俺は気がついたら、ハルバートの切っ先を少年に向けられていた。
「貴様。本当にゆりっぺを守る気があるんだろうな?」
ハルバートを向けた少年が、厳粛とした声を上げた。
「おいおい野田、新入りをいじめるなっての。陰湿だぞ」
ソファに座っていた日向が呆れた声を上げた。野田っていうのか、こいつ。いきなり俺を殺すつもりだったのだろうか。なんにせよ、気味の悪い奴だ。本当にあのゆりの戦線のメンバーなのか? ……いや、違う。あのゆりだ。変な隊員の一人や二人、いるだろう。普通に。
「ここはゆりの親衛隊かなにかなのか?」
「質問に答えろ」
「……なにか力にならないとって思ったんだ。俺はそのためにここへ来た」
「……ふん」
野田はハルバートを引っ込め、部屋の隅に移動した。なんなんだこいつは。
「あー、気にすんな、桜木。あいつはああいう奴なんだ」
「いや、どんな奴だよ……」
日向の言葉に俺が突っ込みをいれつつ、部屋へと入る。奥の大きな机の所につけられた椅子に、ゆりが頭に両手を組みながら座っていた。
「来たわね。それじゃあ、始めましょう」
「あ?」
ゆりの言葉と同時に、カーテンが閉められる。ゆりは白いベレー帽をかぶり、ホワイトボートにアジャスターの光が当てられ、戦線のロゴマークが映し出された。どうやら作戦会議の時はいつもこうしているようだ。
「今回のオペレーションの説明の前に、新しい隊員の紹介をするわ。桜木 春斗くんよ。戦闘の達人で戦線にとって大きな戦力になるはずよ。学校の成績が良いから、頭もちょっとくらいは良いはず。頼りにしてるわよ、桜木くん♪」
なんでだろうか。ゆりの「頼りにしてる」は何故か嬉しくない。例えるなら、ブラック企業の上司が部下ににっこりと微笑みながら「頼りにしてるよ(威圧)」と言っているかのようである。なんだかものすごく面倒なことを任されそうだ。
「桜木 春斗です。今回のNPC殺しに思う所があって、解決までここへ入ることにしました。よろしくお願いします」
無難に挨拶をすると、拍手された。そして隊員の紹介をされた。高松、椎名、TK、藤巻、松下、大山と個性的なメンツであった。何故か木刀を持った、やさぐれた雰囲気の藤巻が俺に自己紹介するなり「ところでてめえ、ゆりっぺと出来ているってのは本当なのか?」などと抜かして、ゆりが「バカは黙りなさい」と言って机の上に置いてあった辞書をぶん投げた。辞書はきれいに藤巻の顔面にヒットした。
「いってえな! なにすんだ、ゆりっぺ!」
「はいはい、静かにしろー。今回のオペレーションは……かなりショッキングな説明をしなくちゃいけないんだから」
ゆりの言葉に、途端にメンバーが静まり返った。
「ショッキング……と言いますと?」
高松がメガネを上げながら問いかける。ゆりは腕を組んだ。
「実は今日、戦線へ向けて挑戦状が送られてきたの」
「挑戦状……?」
俺が首を傾げる。すると大山と名乗った少年が身震いをした。
「な、なんだか、穏やかな話じゃないよね……」
その後に続いて、松下と名乗った男が問いかける。
「どういう挑戦状なのだ?」
「ご丁寧に、何者かがこの机の上に手紙を置いていったの。どうやってトラップをかいくぐったのやら。中身を見ると「天界の使徒」と名乗る連中が、我ら世界戦線へ要求がある、とのことだわ。彼らの要求はただ一つ、地下施設。建設途中のギルドの譲渡よ」
「はあ⁉ なんでだよ、わけわかんねー。つーか、天界の使徒ってなんだよ? ラノベか?」
日向が大声を上げる。
それにゆりはむすっとした表情を浮かべた。
「そんなのあたしだってわかんないわよ。初めて聞く名前だわ」
「こんな学園に、そんなうさんくせえエセ宗教があるっていうのか?」
藤巻がそう言うと、ゆりが首を横に振った。
「わからないわ。ただ、少なくとも彼らは我が戦線に明確な宣戦布告をしている。彼らは要求に答えなければ、隊員を殺すと書いているわ。手紙の中には銃弾の入っていない拳銃が入っていた……彼らにも戦える武器がある、ということを示したいのでしょうね」
「でも、この世界じゃ人殺しは「出来る」けど「出来ない」だろ?」
俺が言うと、ゆりはこくりと頷いた。
「ええ。けれど、完全に殺すことが出来なくても、殺すという行為自体は出来る。痛みはあるわ。つまり……」
「俺らが根を上げさせるまで、いたぶるってーのかよ。悪趣味な奴らだぜ……上等だ、その喧嘩、いっちょ買ってやればいいんじゃねえか」
藤巻が好戦的な笑みを浮かべながら言った。結構血の気がある男のようだ。勇敢な性格の持ち主なのだろうか。
「じゃねえか、じゃないわよ! 相手がこれほど強気に交渉してくるということは、勝算があるってことよ。無策にじゃあ戦いましょう、と行くのは危険よ。まずは相手の戦力を調べてからにした方が無難ね」
「では、相手と交渉をするのですか?」
高松の言葉に、ゆりはこくりと頷いた。
「手紙には本日の夕方五時に、ここで返事をするように書いてあるの」
「おいおい、敵の本拠地に来るのかよ⁉ 手紙を置いたことと言い、大胆な奴らだな……」
日向が驚いたように声を上げた。
「しかも向こうはたった三人で来るらしいわね」
「ねえ、その人達って信頼できるのかな……だって、お前らを殺すって言ってる人達だよ? ゆりっぺ、大丈夫なの? 不安だよ……」
大山が至極もっともなことを言う。
彼は慎重なタイプなのだろう。
「もちろん、こちらも慎重に事を進めようと思うわ。隊員の皆は今後出来るだけ一人での行動は避けて誰かと一緒にいるようにして。二人、出来れば三人か、それ以上。戦える武器も常に持ち歩くようにして。相手が相手だから、今後はいつ戦闘になるかわからないわ」
「了解。んで、ゆりっぺ。会議で俺達はどうすりゃいいんだ?」
日向の言葉に、ゆりは答える。
「こちらも同じようにメンバーを三人で固めるわ」
「おいおい、正気か? 大丈夫なのかよ」
「敵対心を出来るだけ出さないようにするのよ。ただし、戦闘力の高いメンバーを選出するわ。一人はもちろん、リーダーのあたしよ。あたしが彼らと交渉をする。もう二人には護衛をやってもらうわ」
「とすると、一人は椎名っちで確定だな。もう一人は……」
日向が言葉に詰まると、ゆりが後に続いた。
「桜木くん。さっそくで悪いけど、もう一人はあなたよ。何回も手合わせしたから、あなたの実力は信頼出来るわ」
戦線のメンバーが一斉に俺を見る。入隊早々に、なんか重要な任務に当てられたな……。反感買いそうで怖い。まあ武術に目をつけられたのだから、荒事に当てられるのは当然か。そういう要員なのだろう。
「ああ、わかった」
会議は終わり、戦線メンバーは各々散り散りとなった。野田からまたなにかあるかもしれないと思ったが、思いの他彼は大人しくどこかへ消えていった。今回の采配に不満を言うと思ったが、どうやらなにも言わないようだ。
「桜木くん。これ」
ゆりが拳銃と、折り畳み式のナイフをこちらへ手渡してきた。俺はナイフをポケットに入れる。拳銃の銃先を素早く窓の外へ向ける。実際には撃たないが、構えの練習だけをした。
「どうかしら?」
「問題ない」
桜木は拳銃を上着の中へしまった。そして部屋の隅にいったまま、会議中一言も発しなかった椎名へ向けて声をかけた。
「えっと、よろしくな」
「……」
椎名は無言でこくりと頷いた。騒がしそうな面々であったが、彼女はあんまり喋らないタイプの人間のようだ。大和撫子な雰囲気の大人びた美人である。そんな彼女が戦闘力の高いメンバーなのは、ものすごいギャップがあった。
「さて、相手はどう出るのかしらね」
ゆりが腕を組みながら、神妙な面持ちで言い放った。
「さあな……」
「ねえ。彼らはNPC殺しと関係があると思う?」
「どうだろうな。そもそもどういう思想を持った連中なのか、わからん」
「「天界の使徒」……彼らはここを天界だと思っているのかしら」
「それだったら、どんなに良いだろうな」
俺はため息をつく。
もちろん、こんな所は天界でもなんでもない。娯楽もなく、ただただ空虚な学園生活だけがある。ここを天界だと捉える人間は、まずまともな連中ではないだろう。
「案外、天界かもしれないわよ」
「なに?」
「この世界には無限の時間が流れている。あたし達は死んでいるから、死なない。でもそれはプラスに考えれば、不老不死ということになるわ。いつまでも学生でいられるというのも、考えようによっては幸せなことなのかもしれないわ。ほら、青春ドラマでよくあるセリフじゃない? 「こんな時間がいつまでも続けばいいのにな」って」
「永遠の幸福なんて、地獄の間違いだろ。変化のない毎日を繰り返すんだぞ」
「そうね。けれど、あたし達はこの世界を表面的にしか知っていない。知らないなにかを知っていれば――あるいは、あたし達からは思いもしないような価値観を見出せば、この世界への印象は大きく変わるのかもしれないわね」
そう言ったゆりの横顔に、俺はまたも胸騒ぎを覚えた。
NPC殺しといい、ゆりはなにかとんでもないことへ首を突っ込み、とんでもない真相へ辿りつこうとしている気がしてならない。
もしもそうなら――その時は俺が、ゆりを守るしかないだろう。
……って、なにを考えているんだ、俺は?
「――外にそれらしき人影が三人。見たところ武器をもっていません」
「周囲に人もいない?」
「はい」
「じゃあ、交渉は普通に出来そうね。まあどうせ、武器に関しては隠し持っているんでしょうけど。それはお互い様ね」
「三人の内の一人は……新人の桜木さんにそっくりです」
無線で遊佐が淡々とした声音で報告をする。俺は息を飲んだ。ゆりは無線で「報告ありがとう。おそらく、彼の双子の弟よ」と答えた。
「……そうですか。無茶をしないで下さい。どうかご無事で」
「ええ。大丈夫よ、あたしには頼もしい二人がいる」
そう言ってゆりは椎名と俺を見た。
「……俺の弟が、ここへ来ているのか」
「でも、これで決まったわね。「天界の使徒」とNPC殺しは繋がりがある」
「なにがどうなっているんだ……」
そうこうしている内に、ノック音が聞こえた。ゆりはドアの方へ向かう。俺達は部屋の奥で待機することにした。
「入って」
ドアを開けたのは、大柄で筋骨隆々とした男であった。その後に続いて細身の男、そして俺の弟が続いた。
「天界の使徒のリーダー、岡田 緑だ。よろしく」
細身の男がゆりは握手を求める。ゆりもそれに応じた。それぞれのメンバーはソファへ座る。俺達もゆりの隣にそれぞれ腰掛けた。
俺は弟を見たが、彼はつまらなそうに天井をぼんやりと眺めるばかりであった。
こいつ、こんな感じだっただろうか……。
なんなら、同一人物という実感が沸かない。雰囲気がまるで別の人間だ。この世界へ来てから、一体なにがあったんだ?
「手紙は読んでくれたか?」
「ええ。ギルドがほしいようね」
「あの組織は素晴らしい。ぜひ我らに渡してほしい」
「タダで応じると思っているのかしら?」
「要求を飲まなければ、我らと敵対することになる」
「そのようね。だから、こちらも条件を提示するわ」
「申し訳ない。死んだ世界戦線に、選択肢を与えるつもりは毛頭ない。士郎、例の奴を見せてやれ」
士郎、と呼ばれた大柄な男は小脇に持っていたノートパソコンを開き、画面をこちらへ見せた。その瞬間、俺達は息を飲んだ。
「……おい。やってくれるわね、あなたたち」
ゆりは怒気を孕んだ、低い言葉を漏らした。
モニターには縛り付けられ、四人の男達に銃を突きつけられたガルデモのメンバーが映っていた。
駆けつけたのか、高松と松下の二人が見せしめのように教卓側へ死体となって転がっていた。さすがに四人相手では勝てなかったのだろう。それに俺が見た限り、戦線メンバーは銃の使い方に慣れていない。銃は思ったよりも当たらないものだ。銃撃戦となると戦闘力があまり高くないのは明らかである。
「――ゆり! どうせなにをされても死にはしない。私達に構うな!」
ガルデモの岩沢が果敢にそんなことを言うが、ゆりはため息をついた。
「殊勝な隊員をお持ちだ。このようなことを言っているが、愉快なものを見せることが出来るぞ」
岡田は冷たい瞳をゆりへ向けた。
「指を一本ずつ銃で吹き飛ばすか、耳を吹き飛ばすか。そういうことが出来る。この世界では死がないのに痛みはある。それはつまり、無限の絶望があるということだ。それを与えるのは容易だ。違うか?」
「人としての倫理感がないのかしら? こんな人質をとって。ましてや、武器も持っていない可憐な女の子をよ? 良い根性しているわね」
「御託は良い。戦線のリーダー、仲村ゆり。早く答えろ。あと三十秒で一発撃たせる。好きな女の、好きな所を撃てとでも命令しておくさ。なんならこの場で服を引き裂いて凌辱させてもいい」
「こんのっ……⁉ よくもまあ、そんな卑劣なことを真顔でポンポン言えるわね。わかったわ、ギルドは渡す。それでいいんでしょ?」
「素直な女で助かるよ」
岡田はそう言って、笑みを浮かべた。
ゆりはぎろりと岡田を睨んだ。
「今は大人しくしてあげるけど……この借り、百倍にして返してあげるわ。すぐに消えたくなるくらいの恐怖と苦しみを与えてあげる」
「ほう。それは楽しみだ」
岡田は動じず、飄々と応じるだけであった。ゆりは大きく舌打ちし、小声で悪態を一人こぼした。
「忌まわしいわね、本当に……こんなやり方、あいつらと変わらないじゃない」
彼女を駆り立てた元凶とも言える「奴ら」を彷彿とさせたのか、そんな独り言をこぼす。
もう少し追い込まれていたら――ゆりは、冷静でいられなかったのかもしれない。
「――さて、これで相手はまんまと罠に引っかかったわけね」
ゆりがいつもの作戦室の上座に座りながら、満足げにそう言った。日向はため息をついた。
「ま、あのゆりっぺがタダでギルドを渡すわけがねえよな……」
譲渡させるギルドには爆弾がしかけてあり、彼らが侵入した瞬間、爆発するように細工をほどこした。彼らが向かった瞬間、ギルドは消滅するのである。ギルドは新しく作られた組織で、ここ最近は大規模な武器製造施設を作ったらしい。出来たばかりの施設の破棄は武器や弾薬の補填において痛手だが、ギルドの構成員は優秀な人間ばかりだ。人間を失わなければ、戦線として戦力が低下することはない。あと彼らにとって「オールドギルド」と呼ばれる原点ともいえる施設があるらしく、一旦はそこでまた活動を再開するらしい。
まあこの世界で戦ってきた奴らなのだ。こういう事態の対処も慣れているのかもしれない。
「全く。あいつら、ウチのメンバーを人質にとって……それも、女の子を! 絶っっっっ対に許せないわ!」
ゆりが憤慨して、机を叩く。
まだ頭に血が昇っているのかもしれない。
「だが、これで問題が浮き彫りになったな」
藤巻が不機嫌そうな表情で言い放つ。
心なしか、戦線メンバーの空気はピリピリと際立っていた。
「問題? 浮き彫り? なんの話よ?」
ゆりが首を傾げる。それに高松がすかさず声を上げた。
「まさか、我々が全く勘づいてないとでも?」
大山がそれに続いた。
「ねえゆりっぺ、あれから僕達で考えたんだよ。今この世界でなにが起きているのか、あいつらは何者なのかって」
「あら、珍しいわね。答えは出たのかしら?」
「いや、なにも。だけど……おかしなことには、気がついた」
藤巻が木刀の切っ先を俺に向けた。
「てめーだよ、てめー。クソ怪しいんだっつーの」
それに松下が続いた。
「ギルドの情報は、戦線メンバーしか知らない。それなのに彼らは手紙で「ギルド」と明確に名前を指定していたのだ。そしてギルドが重要な拠点だということも。名前と情報が漏れたということはつまり――」
大山がその説明を受け継いだ。
「考えたくないけど、戦線にあいつらのスパイが紛れているってことになるんだよ。手際が良かったことも、説明がつくと思う」
藤巻が俺を睨みつける。
「遊佐から聞いたぜ。てめーの弟、向こう側なんだろ? だったら話が早い。状況的に考えて、裏切り者である確率はてめーが高いんだよ」
なるほど、と俺は見た。たしかにそうだ。そもそも俺は新入りで信用もえていないし、疑われてもおかしくはない。むしろ当然なくらいだ。
「あんまりこういうこと、したくないんだけど……ごめん、桜木くん。僕は君を信用出来ないよ」
大山がそう言うと、戦線メンバーは静まり返った。
誰も庇うことはないのだ。
それに気がついたゆりが、焦ったような声を上げた。
「待って。皆の言い分はわかるわ。でもね、彼は違うわ。大体、彼が入隊したのはつい最近の話じゃない!」
「じゃあゆりっぺ、こいつが連中のスパイじゃないっていう証拠を上げられるのか?」
剣呑な雰囲気を出す藤巻に、ゆりは眉を吊り上げた。
「証拠って……なによ、あなた達! 彼はあたしに戦いの稽古してくれたし、それに……」
「随分とこいつに肩入れするじゃねえか。いきなり幹部に回すことといい、護衛任務に当てることといい、こんな奴のどこにそんな信用出来る要素があるってんだ? それとも、本当にデキているってのかよ。失望させんなよ、ゆりっぺは男に騙される程度のタマじゃねーだろ」
「だから、そんなんじゃないわよ! ただ……あー、もう!」
その後の言葉は続かなかった。上手く説明出来なかったのだろう。
俺とゆりとの間には信頼がある。一度はお互いに疑い合ったが、今は信じる、と思い直したのだ。
だけど戦線メンバーは――どうしようもない。会ったばかりなのだ。
「わかった。俺がここから消えればいいんだろ」
俺はそう言って本部を出るため立ちあがった。ゆりは俺を止めようとしたが、その声を押しとどめた。今の俺は戦線メンバーの団結を乱す。無理に引き止めてもこのチームのためにはならない。だからこそ、彼女はこれ以上個人的な感情で動かないことにしたのだ。それに彼女はリーダーだ。一個人の感情に流されてはいけない。チームのために俺を切るのは英断だろう。
しかしその瞬間、日向が声を上げた。
「俺は信じているぜ、桜木」
振り返ると、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「キャッチボールをしながら、ゆりっぺのことを話していたお前の目は、本物だった。そんな奴が裏切り者のわけがねえよ」
俺は軽い笑顔で返した。
気持ちだけで十分だ。
入口のドアへ手をかけた瞬間、野田が声を上げた。
「そんなものか、貴様は」
「……俺になにを期待しているんだ」
「ふん。なにも期待していない。とっとと消えろ、雑魚が」
こうして俺は、戦線メンバーから外れたのであった。
あっさりと日常を取り戻した。結局、俺はなにも出来なかったのだ。いつも通り屋上で本を読んでいると、重い扉が開く音がした。
「俺に構っている暇なんてあるのか? 会うだけでも良くないと思うが」
現れたゆりの姿を見るなり、ついそんな刺々しい言葉をぶつけてしまった。
「あなた、薄情ね。心配して来たんじゃない」
「ああ。そうだったのか、悪いな。でも、俺は大丈夫だ。あの状況じゃ、疑われるのは仕方のないことだしな」
「……ふざけたバカどもだけどね。今回のことは、戦線メンバーも気を張り詰めさせているのよ。悪く思わないでよね」
俺の脳裏に、捕まった戦線メンバーの映像が脳裏をよぎった。あんなものを見せられては、気が気ではないだろう。付き合いのない俺だって、動揺した。仲間である彼らにとっては、腸が煮えたぎる思いだっただろう。
「スパイ。いるのか?」
「いいえ。いないわよ。言いきれる。我が戦線に、そんなものいるわけがないわ」
「じゃあ、何故情報が漏れたんだ?」
「簡単なことよ。ネタは割れている」
ゆりはそう言って、ポケットから小さな機械を取り出す。
「それは……」
「盗聴器。小賢しい奴らよ、本当に。でも、妙ね」
「妙?」
「敵はこんな精密機器だって作れるし、銃だって持っている。戦線メンバーを倒すほどの戦闘能力を持っている。それなのに、ギルドを要求した。何故かしら?」
「……それ、は」
「なーんて、ね。実を言うとね。もう大体、話は見えてきているのよ」
「なに?」
「NPC殺しの真相。天界の使徒の目的。奴らの正体。一つ一つのピースを合わせると、あら不思議。話はとても、単純なものだったのよ」
盗聴器を手で弄びながら、ゆりは不敵な笑みを浮かべる。
だが、その表情へすぐに影が差す。
「……だけど、今はまだ、あいつらにそれを言うタイミングじゃなかった」
「悪かったな。俺のせいで喧嘩になって」
「桜木くんが悪いわけじゃないし、謝る必要はないわ」
「……そうか」
「戦線の幹部は夕方の17時になると集まるわ。あなたも参加しなさい」
「おい、俺が参加したらまずくないか?」
言っちゃあなんだが、ものすごくアウェイだぞ。あの雰囲気でわかったのだが、ゆりとの噂も悪い意味で捉えられている気がする。そして俺は、そもそも歓迎されていない。
ゆりは組織のリーダーなのだ。ただの恋愛関係ならまだしも、俺は確実に戦線に食い込もうとしている。ついて行っている人間としては、俺を贔屓されていると見たり、懐柔している狡猾な男に見えたりするのだろう。それで反感を買うのは、ゆりが慕われている証拠でもあるのだが、こちらとしては厄介な状況だ。組織として動く時、ネックなのは人間関係だ。それは学校だろうが、部隊だろうが、戦線でも同じことである。
「大丈夫よ。策は用意しているわ」
「策……?」
嫌な予感がした。
「あたしに任せておきなさい」
ゆりは自信満々な表情で、そう言いきった。
「さて。みんな集まったわね」
再び、いつもの本部で戦線メンバーが集結する。今回は本当に大集結で、普段は参加しない陽動部隊のガルデモメンバー、ギルドを率いるチャーも参加していた。そのせいか、本部はやや人口密度が高くなっている。
……そしてその視線の一つ一つが、俺に集まっている。
というか。何故、こうなった?
「おい、ゆりっぺ。その、なんだ……どこから突っ込めばいいんだ、これ?」
日向が呆れた表情で、言い出しそうに切り出す。ゆりはなんでもないような様子で首を傾げた。
「あら、日向くん。なにかおかしなことでもあるのかしら?」
「いや、ありまくりだろ⁉ 桜木だよ、桜木! なんでそんな太い首輪で繋がれてんだよ、犬か⁉ それとも奴隷かなにかか⁉ つーか……そもそも、追い出されただろ。いや、俺はいいんだけどよ……」
藤巻が横目でこちらを見てくる。
「説明してくれんだろうな?」
「あら、藤巻くん。これは犬よ。太郎っていうの」
「いや、無理があんだろ、それ……スパイ野郎も居心地悪そうにしているぞ……」
意外にも気の毒に思っているのか、藤巻は呆れたようにそう言った。まあ、ゆりの破天荒ぶりはいつものことなんだろうな……。
「お手」
藤巻が手を出してきたので、俺は右手を乗せた。
「わん! って、なにやらせんだよ!」
「おい。こいつ、意外とノリいいぜ。スパイ野郎のくせによ」
「スパイでもねえ! さっきからなんだ、その呼び方⁉」
「ちんちん」
「出来るかあああああ!」
「なんだよ、やっぱスパイ野郎じゃねえか」
「意味わかんねえよ!」
ギャアギャア騒いでいると、隅の方で立っている少女――関根が隣の入江に耳打ちをした。
「わお。あの人、みゆきちが色仕掛けした人じゃねえか!」
「わわわ、その話を蒸し返さないでよぅ」
「噂によると、リーダーとデキているとか」
「ええー……本当、かな? 調査と訓練だって聞いたけど……」
「ま、あのゆりっぺさんが色恋なんて、想像できねーからな! デマっしょ、デマ!」
「――そこ。なにか言ったからしら?(ギロリ)」
ゆりが睨みを聞かせると、関根と何故か入江までもがびくりと体を震わせた。
「な、なにも言ってねえっスよ! あはははは!」
「お、お気になさらず!」
ゆりはため息をついて、両手をぱんぱんと叩いた。
「はい、注目―。みんな色々と思うところ、言いたいこと、あるでしょうね。そこで今回は集まってもらって、みんなで情報を共有して、今なにが起きているのか。改めて状況を整理してほしいの。今回は、そういう集まりにするのよ」
「まあ、なんか色々と大変なことになっているしなあ……」
日向が遠い目をして言う。大山が不安そうにゆりを見る。
「ゆりっぺは今回のこと、どう思っているの? 桜木くんのこと、信用するの?」
「一度に二つも質問するな。あたしの意見は後で言うわ。いい? 今回の話し合いで今後の方針を決めるのよ。天界の使徒なんていう、ふざけた奴らをどうするのか。NPC殺しの真実はなにか。そしてここにいる桜木くん……じゃなくて、太郎のスパイ容疑についても、白黒はっきりさせましょ」
まだその設定引っ張るのか。ふざけたノリでこの場に居座らせたところで、不信感が拭えることはない。
つーか、ゆりはこの場で白黒つけるつもりなのか……一体どうやって?
昨日の口ぶりでは、真相を暴いている自信がありそうだったが……。
「――では。早速ですが、NPC殺しについての報告を」
「っ⁉ い、いたのか……?」
すっ、と突然遊佐が現れたように思え、思わず声を漏らす。
隠れている人間を見つけ出す訓練とかも受けたのだが、そんな俺でも気配に気がつかなかった。色々な意味で驚いたな。
「最初からいましたが?」
「本当かよ……?」
そんなやり取りに、日向が口を挟んだ。
「遊佐は神出鬼没だからな。俺らは慣れちまったけど」
「……そうか」
次は見つけてやる。なんか悔しい。
遊佐は人形のような無機質さで告げる。
「NPC殺しだと思われていた事件でしたが、彼らは全て人である可能性が高くなりました」
「人? 生前の記憶があるということですか?」
高松の質問に、遊佐はこくりと頷いた。
「この間訪れた三人内の一人は、殺された人物と同一人物です」
「……あの大柄な男か。しかし、それはどういうことなのだ?」
松下が首を傾げる。
たしかに、わけがわからない。NPCが人間と過程しても、何故殺された人間が殺した人間の味方をするのか。
NPCである可能性は……ないか。奴らは模範生徒。作り物だ。わけのわからない組織に入るほどの、個性や人間性を出すことはない。
「わかりません。ですが、真実としてはそのようになっております」
「なるほど。一人が人間であるのなら、他の被害者も人間である可能性が高い、と?」
高松の言葉に、今度はゆりが首肯する。
「ええ、そうよ。それがNPC殺しの真実。被害者はNPCではなく、人間であった。そして連中は、人間を殺してまわり、そいつらを仲間にした。これで、殺された生徒が姿を消した理由もわかってくるわね。ようするに、連中はどこかに根城を構えているのよ」
「ちょっと待て。被害者が人間、ってのはわかる。だけど、仲間になるってのはちとおかしくねえか?」
日向が俺と同じことを考えたのか、そんな疑問を口にした。
「ええ。意味不明ね。けれど、結果と過程を結びつければ、この事件の目的ははっきりするわ」
「……えっと。ゆりっぺ、どういうこと?」
大山が首を傾げる。TKも混乱しているのか「WHAT?」と肩をすくめている。
「大山くん。事件の犯人は誰だったかしら?」
ゆりの問いかけに、大山は答える。
「えっと、敵の組織の一員だよね。桜木くんの、双子の弟」
「ええ、そうね。その組織の名前はなんだったかしら?」
「えっと……天界の使徒? あはは、改めて口にすると、中二病全開って感じだよね。恥ずかしくないのかな、あの人達」
「いやいや、俺らも中々だけどな?」
日向が突っ込みを入れる。
死んだ世界戦線。中二病ではないが、まあ、なんというか……そのままだ。
「そう。天界の使徒。天界はおそらく、この世界のことを表している。天界というのは、天国や神の住まう世界を連想させる言葉だから。では、使徒は? 使徒はなにを、誰のことを指している?」
ゆりの問いかけに、岩沢が声を上げた。
「使徒……たしか、神様の使いとか、そういう意味だったか?」
「正解よ、岩沢さん。直球でイエス・キリストのことを指す意味でも使われるわ。この世界でいったら、生徒会長――天使のようなものかしらね」
ひさ子が腕を組んでゆりを見やる。
「なーんか、遠回しね。ようするに、ゆりはなにを言いたいのさ?」
「神の使徒を名乗る連中は、一体どういう思考をするのか、ということよ」
「そりゃあ……信者なんだし、神様を信じるとか、崇めるとか、そういうことじゃない?」
「そう。神を信じる。神を「崇拝」するのよ」
そこで俺は、ある会話を思い出した。
――宗教勧誘?
――ああ。よくわかんね―けど。
――ふうん……この世界で宗教、ね。
――皮肉な話だよな。
NPCの間に広まっていた噂も、連中が活動していたから?
「神を崇拝する……俺達と真逆ということか?」
野田の言葉に、ゆりが頷いた。
「ええ。状況からして、あたしはそう考えるのが妥当だと思っている」
「酔狂な連中だな。この世界で、神を崇めようだなんて」
チャーが腕を組んで、呆れたように言う。
「神を崇拝していると考えると、一連の行動の意味が見えてくるわ。彼らは我が戦線に宣戦布告をし、ギルドを機能不全にしようとした。明確な敵意も、神を崇拝していると考えるのならば納得がいくわ。冷酷な行動に出るのもね」
「へっ。気に入らねえってことかよ」
藤巻の言葉に、ゆりは、んー、と唸り声を上げる。
「そんな生易しいものじゃないわよ、きっと」
「あ? そりゃどういう意味だよ」
「連中、消したいのよ。あたし達を」
その言葉に、メンバーは静まり返った。
「過激な行動に出ることといい、組織の名前といい、敵は相当熱心な信者なんじゃないかしら? いえ、むしろ狂信者と言っていいと思うわ。不謹慎かもしれないけれど、熱心な宗教というのはしばしば大きな事件を起こす、引き金になるものじゃない? 今回の事件も、天界の使徒が出来たのも、そういうことだと思うのよね」
たしかに、歴史的な事件や戦争の背景に宗教があることは、歴史が証明している。
「宗教家な彼らから見て、あたし達はどう映るかしら? 我が戦線の思想は、神への復讐。そしてあろうことか、神の使いである天使に銃を向けている。絶対に相容れぬ存在である上、絶対に許せない異端者、だと考えるんじゃないかしら?」
「……誰もが神を恨むこの世界で、神を崇拝する派閥が出来たのか」
俺がそう言うと野田がじろりと睨んでくる。こいつは時折、俺の様子を盗み見るようなことをする。より一層、俺のことが気に入らないのかもな。
「そういうことよ。冷静に考えると、不思議なことじゃないわ。生前の世界にも、熱心な宗教家はいたでしょう? 信じれば救われる、なんて言葉もあったほどに。そしてそんな宗教家がこの世界に来るのは、ありえないことじゃない」
「つーか、神を信じたからこの世界に導かれた、とか考えそうだよな」
日向のどこか嫌そうな言葉。
……そんな宗教家が、戦線のような思想を持つ連中を見たらどう思うのか。
「これでようやっと、状況が見えてきたかしら?」
ゆりはメンバーを一瞥し、声を上げる。
「神を信じる者と、神に反逆する者……これはそんな、相容れない二つの思想が交錯する戦いなのよ」
ゆりの熱弁に、戦線メンバーは沈黙した。その沈黙へ畳みかけるように、ゆりは続ける。
……すごい。気がつけば、あっという間に注目はゆりに集まり、話の中心に立っている。まさにリーダーだ。
「NPC殺しもこれで説明がつくわ。あたし達に納得は難しいから予測でしかないけれど、ようするに、あの行為は仲間にするための必要な通過儀礼なんじゃないかしら? あの儀式を受けたものは、晴れて天界の使徒に加入出来る。そんなところじゃないかしら?」
「うむ。なるほど……ゆりっぺ。これで、その男の容疑も晴れるということか」
松下の言葉に、大山がえ? と声を上げた。
「どういうこと?」
「儀式を受けてねーから、ってことだろ。こいつはずっと授業を受けたり、ゆりっぺに監視されたりしていたんだぜ」
日向の答えに、ゆりは「その通りよ。珍しく冴えているじゃない、日向くん」と言った。日向は「珍しくってなんだよ⁉」と非難の声を上げる。
「さて。みんな、反論はあるかしら?」
静まり返る。
……強引な気がしないでもないが、そもそもの問題、信仰している者がスパイ活動だとしても、反逆者に加担するのはポリシーに反するとも言えるだろう。大体、向こう側ならばもう少し役に立つ動きが出来たこともあったが、いずれも戦線にとってマイナスになるような行動をしていない。なによりも、盗聴器という方法を使えるのに、わざわざスパイを送るという行動も無駄がある。無実を証明は出来ないが、状況的に考えづらいところではある。
「ないわね。いい? 今回の敵は、人よ。NPCでもない、天使でもない。ましてや、神ですらない。生前の経験からして、彼の力は今のあたし達に必要になってくるわ。今は信じられなくても、受け入れてもらえないかしら? 桜木くんも、なし崩しで悪いけれど、信用されるために努力していくしかない。出来るわね?」
ゆりがこちらをきっと見やる。俺は迷いなくうなずく。
「ああ。俺は、ゆりを信じるって決めたんだ。いくらでも力になる」
そういえば、ゆりとも一度は信頼関係が揺らいだんだったか。ゆりも俺を信じてくれているから、ここまで連れてきてくれたんだ。
「だとよ。どーすんだよ、みんな」
日向がメンバーを見回す。
「俺は受け入れてもいいと思うぜ」
日向の言葉に、誰も反論を出さなかった。野田はふん、と鼻を鳴らす。
「決まりね」
ゆりが笑顔でそう言うが、高松がすぐさま口を挟んだ。
「ですが、今後私達はどうすればいいのですか? 話の出来る相手ではなさそうですが……」
「そうね。とりあえず、敵の人数と根城は割りたいわね」
どこか遠い目をして、日向は口を開いた。
「てことは、しばらくはしらみつぶしか?」
学園は森に囲まれている。聞いた話では、川やちょっとした山なんかもあるらしいが。
「敵の逃げていった方向は遊佐さんが見たから、多少は割れているけれど……しばらくは様子見ね。戦線があっけなく負けたのが気になるわ。戦力不足が否めない」
「……あの時は不覚であった」
松下はそう言ってうつむく。高松も悔しそうな表情を浮かべた。
「そこで、ここにいる桜木くんよ」
ゆりが不敵な笑みを浮かべて、俺を紹介した。
「彼は元軍人というか、そんな感じの仕事をしていた人よ。銃撃戦、白兵戦のプロはここにいる。前線メンバーはしばらく、彼に鍛えて貰うわよ」
「ええっ⁉ 桜木くん、そんなにすごい武闘派キャラだったの! 自己紹介の時に強いとは聞いていたけど……そこまでだったなんて。びっくりだなあ」
大山が大きな声を上げる。武闘派キャラいうな。
「今より強くなることね。戦力が上がれば、今後のオペレーションの幅が広がる」
「ゆりっぺはどーすんだ?」
日向の問いかけに、ゆりはすぐさま答えた。
「あたしはもう少し、連中の尻尾を探るわ」
ゆりはチャーへ視線を向ける。
「ギルドには、武器を今より増やしてほしいわ。負担が増えて悪いけれど、戦いは厳しくなる可能性が高い。頼めるかしら?」
「他ならぬ、ゆりの頼みだ。戦線の職人として、必ずやってみせるさ」
「扱いづらい銃も作っていきましょう。思いきってアサルトライフルなんかも、いいかもしれないわね」
「扱えるのか?」
「扱えるようにする、のよ。そのために、桜木くんをスカウトしたんだから」
「なるほど。納得だ。まあ、作るのは任せろ。少し時間はかかるが、出来ないわけじゃない」
「さすがね。いつものことながら、頼もしい限りだわ」
ゆりはそして、ガルデモメンバーへと目を向ける。
「陽動部隊はしばらく、ライブ活動を控えてもらうわ」
「そんな……なんでさ? 関係ねえだろ?」
不満げなひさ子に、ゆりはため息をついた。
「目立たせたくないのよ。痛い目を見たでしょう?」
「私達は、いいように狙われている」
岩沢の言葉に、ゆりはこくりと頷く。
「そうね。だから騒動が落ち着くまで、あなた達も武器を携帯して」
「ええっ⁉ マジっすか!」
関根が嫌そうな声を上げる。入江に関しては体を震わせた。だが、怯えながらも言い放ったのは、意外にも勇敢な言葉であった。
「……でも、みんなの足手まといになるのは嫌だよ」
「みゆきち……」
「戦うことは出来ないけど。自分の身ぐらいは、守りたい。出来ることがあるなら、力になりたい」
入江の毅然とした言葉に、ひさ子はうなずいた。
「しゃーねえ。入江があそこまで言ったんだ、私達もごねるわけにはいかないか」
「ああ。そうだな、ひさ子」
岩沢の賛同。関根がげんなりとしながらも「ううう。了解ッス……」と追随した。
……これで、話はまとまったようだ。
「決まりね。今回の敵は「人」。厳しい戦いになるかもしれないわ。だからこそ、みんなで力を合わせて、みんなの力で乗り越えるのよ。作戦名は……そうね。「Apostol counter」。これでいきましょ」
ゆりは話をまとめ、立ち上がった。
「それじゃあ――オペレーション、スタート!」
「ぐはあ⁉ くそ、容赦ねえな、お前!」
俺に投げ飛ばされた日向は、抗議の声を上げた。
「俺からすれば、よくそんな付け焼刃で今まで戦えたなって感じだが」
「お前が異常なんだよ⁉ 俺らにそんなことを期待するな!」
「戦線なんじゃないのか?」
「大半の奴の生前は、ただの学生だっつーの! それに、まだ立ち上げて二年ちょっとなんだ。どっちかっつーと、人探しとか、勧誘とかに力入れていたんだよ。武器がある程度揃ってきて、幹部が鍛錬を本格的に始めたのは、最近なんだ」
いつもの稽古場所で、俺と前線メンバーは鍛錬をしていた。
とは言っても、武術に関しては、鍛錬がいらないメンバーはいた。松下と、高松だ。この二人は柔道の心得がかなりあるため、戦えるし体力もある。必要なのは銃の扱いぐらいだ。だが、銃の扱いとなると全員ほぼ素人。戦い方もざっくりとしている。連携を高めたり、銃の練度を上げたり、やることは山積みだ。
戦線メンバーはゆりの無茶ぶり――もとい、来るべき戦いに備え日々鍛錬しているらしい。それが実働部隊――幹部とも呼ばれている彼ら――の主な仕事なのだ。そして軍人である俺の主な仕事は、彼らの指導に当たることだそうだ。面倒なポジションである。大体、俺はまだ戦線メンバーと馴染めていない。だが、ここで成果を出さなければ、俺はずっとメンバーに認められないままだろう。ここが踏ん張りどころであった。
この実働部隊とギルド、陽動部隊以外にもメンバーはいるらしい。特殊なスキルがない限り、本来であればこのいずれの部隊に所属することは難しいようだ。そうなってくると、いくら元軍人とはいえ、即幹部入りを果たした俺が贔屓されているように見えたのも、無理はない話だった。
実働部隊は松下五段に柔道を習ったり、体力作りをしたり、銃の練習もしているようだが、まだ時期が浅いせいだろう。全体的には、どれもまだ付け焼刃と呼べるようなレベルであった。なによりも、みんなの鍛錬方法は我流であった。ゆりが俺に指導係として当たらせたのも、納得だ。
「ちょっと休憩させろ、休憩」
日向が言うと、他のメンバーも賛成とばかりに散っていく。
「お前、ちょっと肩の力を抜けよ。気合入りすぎ」
日向が壁に寄りかかり、そういった。
「強くなるのは、簡単なことじゃないぞ」
「だから、それが気合入りすぎなんだっつーの。そもそも、こんな訓練なんて建前みてーなもんだろ」
「そうなのか?」
「訓練の時のお前、目がこえーっての。真面目というか、お堅いな桜木は」
「……熱くなりすぎただろうか、俺は」
訓練となると死に物狂いでやるのが、俺の常識なのだが。
「そーだよ。新入りであるお前の歓迎会みてえなものだっての。ゆりっぺだって、そのつもりで桜木を寄越したんだ」
「ああ。まあ、それはそうだろうな。ましてや俺は、一度追い出された身だし……みんなに認められていない」
「なに? もしかしてお前、気にしてんの?」
「当たり前だろ」
「大丈夫だっての。つーか、それでそんな気合入ってんのか。安心しろ、まったりやったって、時期に馴染めるって。ゆるーく行こうぜ、ゆるーく」
「そうだろうか」
「……ぶっちゃけ、スパルタな訓練とかめんどせえから適当に言っただけだけどな」
「なにか言ったか?」
「いや⁉ なにも言ってねえぞ、俺は!」
何故か慌てる日向。俺は首を傾げる。
「おい、貴様。ちょっと面を貸せ」
と、唐突に現れた野田が、ハルバートを突き付けながら言った。
訓練に参加しないと思いきや、いきなりなんだ?
「なんだよ?」
俺のことがまだ気に入らないのか……。仕方ないが。
「あー、桜木。酔狂なことに、こいつはあのゆりっぺに――」
日向がなにか言うが、野田の声が遮ってしまう。
「とっとと来い。それとも、尻尾を巻いて逃げるのか?」
「逃げねえよ。文句があるなら、いくらでも来い」
俺達は剣呑な雰囲気を漂わせながら、外へ出る。
……でも、俺としてはこいつに恨みはない。さすがに印象は悪いしうざいが、不思議と嫌な奴には見えないんだよな。
快晴の下。場所はグラウンド。野田はハルバートを威嚇するように、一閃した。部活動をしている生徒達は心なしか俺達を観察し、遠ざかっている。まあ、物騒だよな。
「俺と決闘しろ」
「決闘? ……何故?」
全く話についていけず、つい聞き返してしまう。なんでお前と決闘なんかしなくちゃならない。
「貴様を試すのだ」
「戦線メンバーに相応しいかどうか、ってことか?」
「ふん。そんなところだ」
「なるほど。そこまで言うんだ、お前、強いんだろ」
と、ここで今日のメンバーである大山、TK、日向が影でこそこそと見学し始めた。
「なんか、すごいことになっているね……」
「Love So Sweet」
「恋の三角関係、てやつか? 肝心のヒロインさまがここにいねーけどな。罪な女だぜ、あいつは」
無責任に騒ぎ始める。声がでけえから思いっきり聞こえるんだが。三角関係だの、ヒロインだのなんの話だ……。色々とひどい勘違いが生まれていないか? 俺の知らない間に。
「……がある」
「あ?」
いきなり何故か、野田が顔を赤くしてなにかをぼそぼそとつぶやく。
が、声が小さすぎて全く聞こえない。
「なんだよ?」
「俺は! ゆりっぺに膝枕されたことがある!」
「な、なにっ⁉」
いきなりなんのカミングアウトだよ⁉
「頭が半分に割れてしまってな……ふっ。心配してくれたゆりっぺが、膝枕で抑えてくれた」
ひ、膝枕……それがなんだっていうんだ。
別に、野田とゆりがそういうことになっても、関係ないんだが。
……ないん、だが。
ええい、くそ、気になるじゃねえか!
そしてつい、ほわんほわん、と想像してしまう。
「――桜木くん。いつもありがとう。ちょっと横になりなさいよ。あたしの……ひ、膝を貸してあげる。特別なんだからね!」
……はっ⁉ なにを考えている!
「へー。野田くん、そんなことあったんだ……本当かな? そもそも、なんで頭真っ二つになっていたんだろ?」
影で隠れていた大山が呟く。日向が「あー。あれか。でもあれは、そもそもゆりっぺが……まあ、いいか」と、なにか意味ありげにブツブツと言っていた。
「へ、へえ。良かったな?」
俺が震えた声で相槌を打つ。
動揺じゃないからな?
「ふっ。さあ、いくぞ! 覚悟しろ!」
野田が果敢な声を上げ、ハルバートを振り上げる。
俺はそれへ立ち向かうように、腰を落として折り畳み式のナイフを持ち、前へと踏み出す。両者の距離が、瞬く間に縮む。
ぐさり。
「ぐはあああ!」
決着がついた。
マンガだったら1コマである。
野田の胸元にナイフが深々とぶっささったため、心臓が貫かれていた。即死の彼はその場でばたりと倒れる。
「「「野田あああああああああああああ!」」」
見物していた外野三人が叫ぶ。
……こいつ、見かけによらず、弱いんだが。
なんだこれ。
俺が主催する訓練は定例会議で時刻を通達し、メンバーをその場で決める段取りなっている。最初の内はそうでもしないと人が集まらないだろう、というゆりの配慮からであった。そりゃそうだろう。新人がいきなりそんなことを始めても誰もついて来ない。
とはいうものの、意外にもその心配はすぐに軽減された。一応、俺も人の指導をした経験があるおかげで、メンバーへ上手く銃の打ち方や戦い方を教えることが出来たのだ。これまでは図書室――この世界の図書室はエロ漫画から学術書まで幅広く置いてある、まさに世界レベルの図書館である――などで調べ、各々我流で鍛錬していたため、どこか壁にぶつかっていたらしい。やはり人から教わる、というのは上達への近道であったようだ。
訓練の評判は中々に良い。おかげで、以前と比べると戦線メンバーに少しは認められ、馴染めるようになってきた。
「……うーん。上手くいかないなあ」
射撃訓練所として使われる橋の下で、大山が首を傾げた。お開きの時間なのだが、彼は残っていた。
「なにがだ?」
「最近、上達している手応えがないんだよね。でも、弾は限られているし。これ以上練習するわけにはいかない。桜木くん、銃を撃たなくても練習出来る方法ってある?」
「スポーツの素振りと同じだ。銃を構える練習――スイングトレーニングをするだけでも、良い練習になる。もちろん、正しいフォームでな」
「そうなんだ? わかった、やってみるよ!」
「大山、もう一度空き缶に照準を向けて構えてみてくれ。もう一度構え方を見る」
「うん。お願いするよ」
そんな感じで、俺と大山は居残り練習をした。大山は無個性なのが個性と紹介されていたが、案外真面目な性格なのかもしれない。
「努力家なんだな」
俺が素直にそう言うと、大山は首を横に振った。
「あはは。そんなことないよ。集中力は長くもたないタイプなんだ。だけどこの機会に、少しでも強くなれたらなって。なんの取り柄もない僕だけど、いつか、神様をびっくり仰天させたいんだ」
「そんなことを言う時点で、取り柄がないなんてことないだろ。神様をびっくり仰天させたい、なんて考える大物は中々いない」
「そうかな。ありがとう、桜木くん」
大山はそう言って銃に安全装置をかけ。ジャケットに隠した。
「……藤巻くん、来ないよね」
と、ここでそんなことをふと口にされた。
戦線メンバーは野田、藤巻を除いて一通り参加してくれた。元々単独行動の多い野田はわかるが、そうではない藤巻が来ないのは俺も気になっていた。
「ああ……まあ、嫌われているのかもな」
スパイ野郎、と言っていたあの時を思い出す。
まあもとより、これだけの人数がいる戦線だ。すぐに全員から認められるとは思っていない。俺はまだ、新入りの身なのだ。
「そんなことないよ! ただ……藤巻くんは、悔しいのかもしれない」
「悔しい?」
「桜木くんは入ったばかりだけど強くて、教え方も上手だから戦線に貢献出来てさ。ゆりっぺからも信頼されている。だから、戦線の先輩として悔しいんだと思う。藤巻くんに限らず、そういうメンバーは他にもいるよ」
「まあ、後から入った奴に教わるって、嫌だよな」
偉そうなやつ、と思われているのかもしれない。
「でも、わかってくれると思う。そうだ! 僕、藤巻くんと話してくるよ! きっと桜木くんもすぐに仲良くなれるから!」
「良いのか?」
「うん! 僕に任せてよ」
にこっと柔らかい笑みを浮かべる大山に、俺は「ありがとう。頼んだよ」と返した。気を使われてしまったな、と俺は思った。
仲良く……か。
俺は生前、友人と呼べるものはいなかった。
いや……友人を作るなんて、そんな機会がなかったのだ。
許されもしなかった。
そういう人生だった。
ここには年の近い少年少女がたくさんいる。もしかすると、俺にもいつか……友達、なんて呼べる人が出来るのかもしれない。
そんな人が、現れてくれるのだろうか……。
友達がほしいだなんて、な。俺には少し、おこがましい願いなのかもしれない。
後日。大山が話をしてくれたのか、藤巻が本当に参加してくれた。アドバイスも素直に聞いている。
「――なあ。実際のとこ、どうなんだよ?」
鍛錬を終えた藤巻が、俺にそんなことを言った。
高松、松下は淡々と射撃をこなしている。
「なにがだ?」
俺が首を傾げたところ、藤巻がやや聞きづらそうに質問する。
「……ゆりっぺのことだ。俺らからすれば、信じられねーことだが、やっぱ気があんのか?」
「例の噂か。あれは勘違いだ。気にするな、忘れろ」
「そうか。のわりにはてめー、ゆりっぺにべったりな気がするがな」
「なんだよ……やっぱり、気に入らないのか?」
「んなつもりじゃねーよ、野田の野郎じゃあるまいし。あいつと一緒にすんな。ただ、おもしれーなって、からかっているだけだぜ。なにせ絶対落とせねーような女に、手を出そうってんだからな」
「だから、そういうのじゃねえって」
俺だって、ゆりが恋をしないのはわかっている。神への復讐心がとんでもないからだ。恋愛感情は不要、なんて考えていてもおかしくないだろう。というか、そんな余裕が今の彼女にはありそうにない。
「それと……まあ、なんだ。悪かったな」
「あ?」
「てめーのこと、スパイ野郎だって言ったことだ。今のてめーは、熱心にメンバーの鍛錬に付き合ってくれているらしいじゃねえか。大山も喜んでいた。俺としたことが、早とちりだったみてーだな」
意外にも素直に謝る藤巻に、俺はこくりと頷いた。
「別にいいさ。これからはこんな俺を信じてくれると、ありがたい。仲間になりたいからな」
「へ。まあ、それはてめーの頑張り次第ってとこだぜ。新入りさんよ」
不敵な笑みを浮かべる藤巻に、とりあえず「リロードにもう少し慣れないと、実践で死ぬぞ。決まった動作で、片手で出来るようにするんだ」とダメ出しすると「さっそくダメ出しかよ⁉ ちっ、生意気な新入りだぜ……」と藤巻は舌打ちした。
「桜木さんのアドバイス通りに撃つようになってから、上達が早くなった気がします」
高松が射撃を終え、俺の所へやってくるなり、そう言ってくれた。
「力になれてなによりだ。ところで、何故上を着ていない?」
「影で鍛えているので」
「質問の答えになっているか、それ?」
影で鍛えていたら半裸になるものなんだっけ、人間って。
あと晒しているんだからもう影じゃねえよ。
「ところで。やはり、桜木さんも体を鍛えていらっしゃるのですか?」
「現世ほどではないけど、習慣が抜けなくてな。鍛錬は続けている。最近は、ゆりと手合わせもしているしな」
「護身術、でしたか。やはり、戦うことに特化している肉体なのですか」
松下も興味をそそられたのか、射撃を中断してこちらの方へやってきた。
「ふむ。俺も聞いてみたい話だ。軍人がどのように鍛えるのか、興味がある。それに何度か手合わせしたが、かなりの実力者であった。柔道の腕もあると来たのは、驚いたぞ。あれほどの力、どうやって身につけたのか。参考にしたい」
「松下五段も高松も相当だけどな。俺だって、二人には驚いたぞ。肉体鍛錬に関しては、二人とそんなに変わらないと思うぞ。自分がどうなりたいのか。どういう力を身につけたいのか。どこの筋肉に自信をつけるのか。そうだな、俺の場合はまず――」
唐突に始まった三人の筋肉談義に、藤巻は頬を引きつらせドン引きした。
「なんだよ、この筋肉ダルマどもは。むさ苦しいったらありゃしねえ。気持ち悪ぃ。今日のところは、退散とするか……」