久しぶりに屋上へと向かうと、見慣れた後ろ姿があった。
「よう」
声をかけると、ゆりは振り返り手を振った。
「あら。久しぶりね」
「まあ、ここへ来る回数は減ったな。退屈じゃなくなったから」
「それは良かったわ。戦線のため、キリキリ働きなさい」
「忙しかったか?」
「そうね」
他愛のない会話だが、ゆりと顔を合わせるのが久しぶりのせいか、どこか新鮮で懐かしい感じがした。
「訓練の首尾はどうかしら?」
「賑やかだな、戦線メンバーって」
「バカばかりなのよ。ていうか、そうじゃなくて。上手くいっているのかどうかを聞いているのよ。首尾って言ったでしょ、首尾って」
「それなりに上手くいっているよ」
「日々の鍛錬も、戦線の重要な責務よ。あなたはそのリーダー格になりうる存在。頼りにさせてもらうわ」
「まあ、出来るところまではやってみるさ」
俺はグラウンドをぼんやりと眺めながら、問いかける。
「で、そっちはどうなんだ?」
「……とりあえず、何事もないのが救いってところね」
「誰も襲われていないのか」
「ええ。殺しも起きていない」
「気味が悪いな。急に大人しくなったのか」
「……ただ、気になる人物が現れたわね」
「気になる人物?」
ゆりは腕を組んで、この学園の変化を告げた。
「新しく就任した生徒会の書記が、なんか怪しいのよ」
ゆり曰く、NPCというのは無機質で個性のない人形のような、そんな人間なのだという。それは生徒会メンバーも例外ではない。
生徒会長、天使は常に模範的であり、この学園の事実上の支配者だ。その性質故か、彼女は常に孤独な存在となっている。友人、恋人、そういった類の者を見た者はいない。神の使いである故か、NPCとは距離を置いているのだ。
そんな中、天使とやたらと親しそうにする一人の女子生徒が現れたのだという。
「まあ正確にいえば、つきまとっている、という感じなのだけれどね」
ゆりがグラウンドをぼんやりと見ながらつぶやく。
「つきまとっている……でも、それってそんな気になることか? 別に、NPCだって個性みたいなのはあるだろ」
「あるけど、ここまでして天使に近づこうとする奴は初めて見たわよ。まあいたとしても、すぐに消えることになるでしょうけど」
天使に近づくということは、この学園を満喫する、ということだ。模範的な生徒は卒業する。この学園はそういう風に出来ているのだ。
「……新しい書記、か」
「生徒会メンバーにイレギュラーが発生した、とは考えられないかしら」
「というと?」
「人が生徒会メンバーになった、とか」
まあ、ありえない話じゃないだろう。天使は浮世離れしているが、見た目は美少女だし、考えようによっては真面目な女の子だ。仲良くなりたいと思う「女子」が現れるのはそう不自然なことじゃない。
「気になる、ってのは、天界の使徒と関係があるって考えているのか?」
「そこまではわからないわ。純粋に、ただの人である可能性がある。というか、今のところはその可能性の方が高いわ」
「勧誘するのか?」
「ええ。人は貴重だもの。出来るだけ、仲間にしたいわね」
「にしても。人って、生徒会に入れるものなのか?」
ふと疑問に思い、口にする。ゆりは「さあ?」と言って肩をすくめた。
「知らないわよ、そんなこと。なろうと思ったこともないわ」
「……長くこの世界にいるゆりも知らないなんて、本当に不気味なところだな。ここは」
ここはそれほどまでに、わからないことだらけなのだ。
神への出かかり。
本当に、そんなものがここにあるのだろうか。
生徒会長、天使――もとい、立華 かなでは困っていた。
新生徒会メンバーになってからというものの、どこかやりづらい。
「――でね、でね。ぐっちーってば、めっちゃビビりでしてね? この間の肝試しなんて、マジでビビってて」
どこかキャピキャピした雰囲気の女子生徒――生徒会っぽくない、ギャルのような見た目をした新生徒会メンバーの一人、夕顔 凪は相変わらずなマシンガントークを発揮する。現在、生徒会メンバーは書類の雑用作業をしている。生真面目な副生徒会長、直井が不快げに眉を顰め「生徒会書記、夕顔さん。私語を慎みなさい」と注意をするも、夕顔は「はーい」とやんわりと返事をし、またマシンガントークを奏へ向けて発する。
先ほどからこの繰り返しだ。
直井が「会長からもなにか言ってやって下さい」と視線を送るが、かなではあまり注意が出来ないでいた。実は不器用な性格である彼女は、こういう時に上手に立ち回る方法がわからないのだ。
夕顔と友人なのか、と聞かれるとそうではない。
だけど、彼女が人なのではないか、という思いがかなでにはあった。
生前のことを話した、というわけではない。だが、彼女から出る独特の人間味が、そう思わせたのだ。
そもそも、長く生徒会をやって、仲良くなろうとしてきた生徒は初めてである。
(もし「人」なのだとしたら。ここから卒業させてあげないと)
戦線のメンバーとは違う思想を持つ彼女は、ここを「卒業すべき場所」だと捉えている。故に、健気にそんなことを思ったのだ。どこまでも優しい気質の女の子なのである。
「門限を破るのはダメよ」
それだけ言うと、夕顔は「えー。会長は堅いなあ」と唇を尖らせた。
夕顔は食堂にまで金魚の糞の如くついてくる。食事の席についてもマシンガントークは続く。それが有意義な内容ならいいのだが、見事につまらない話ばかりなのだから、救いようがない。無個性なNPCを友人として迎え入れているようだが、彼らとの思い出話なんて、どれも案の定、無個性なものである。聞かされる方はたまったものじゃない。
だけど、かなでは嫌な顔一つせず、といってほとんど相槌を打たず、淡々と激辛麻婆豆腐を食べながら聞いていた。やがて、小さく口を開いた。
「どうして生徒会へ入ろうと思ったの?」
楽器を奏でるかのような美しい声音。
簡易的な質問も、彼女がするとどこか特別なものに思えた。天使、とはよく言ったものである。
「んー。マジぶっちゃけますとぉ、会長が超可愛いからですよ!」
「超可愛い?」
「そう、そう! 自覚ないんですか?」
「考えたことがないわ」
「えええー、もったいない! なんていうかなあ、そう! まさに天使のような可愛らしさです! 天使ちゃん、マジ天使!」
「……天使。あの人達と、同じことを言うのね」
その言葉に、夕顔は不快げに眉をひそめた。
「あの人達……それって、もしかして死んだ世界戦線、とか名乗っている奴らのことですかぁ? マジ、一緒にしないでもらいます?」
不機嫌そうな声に、かなでは驚いた。負の感情を出すところを、初めてみたのだ。
「ごめんなさい。そこまで怒るとは、思わなかったわ」
「あ……いえいえ! 私も怒りすぎたかなあ」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う夕顔。
「けれど、わからないわ。どうして、彼らと一緒にしたら怒るのかしら」
「……だってあいつら、ひどいですし」
「ひどい?」
「こーんなに可愛い会長を、寄ってたかって攻撃するからですよ! 最低です、最悪です! 極悪人ですー!」
「極悪人。そうなのかしら」
ピンと来ていない天使は首を傾げた。
「あいつらのこと、嫌いじゃないんですか? あたし、マジなんでも知っているんですよ。撃たれていますよね。集団で、何度も、何度も、何度も。痛い思い、嫌といううほどさせられたんじゃないですか?」
「……」
かなではしばらく考え込む。
そして結論は、すぐに出た。
「とても困った人達、と思っているわ」
「え、マジ? それだけですかぁ?」
「それだけよ」
「んー。好きか嫌いかを聞いているんですよ?」
「どちらでもないわ」
「会長ってば、マジでクールですね。でも、そんなところもスーパーキュートです! 最高です、増々好きになりました!」
「そう」
かなでは麻婆豆腐を救い、ぱくり、と食べる。その様子を、夕顔はじっと見つめていた。
「……会長。その麻婆豆腐、一口だけもらってもいいですか?」
「いいわよ」
「えへへー。マジ、ありがとうございますっ!」
朗らかな笑みを浮かべる夕顔に、かなではスプーンを向ける。意外な行為に夕顔は一瞬目を丸くするが、素直に応じて口をあーん、と開けた。
「ぱくっ……っ⁉ 辛い、めっちゃ辛いいいいいいい! 水、水!」
ごほごほ、とむせながら水を飲む夕顔。彼女は涙目になりながら「会長、よくこんなの食べられますね! ガチでデンジャラスな食べ物ですよ、これは!」と抗議した。
かなではそんな騒がしい彼女を見ながら、不思議そうに首を傾げた。そしてふと、あることを思った。
(誰かと一緒にご飯を食べるの、久しぶりだわ)
少しだけ、ほんの少しだけであったが――かなでの頬は、緩んでいたのであった。
生徒会室、と書かれた名札を見上げる。ここへ来るのは始めてだ。
「……本当に行くのか?」
俺が若干の不安を感じながら、目の前をずんずんと頼もしく進んでいくゆりに、問いかけた。
「ええ。なによ、怖いの?」
「いや。別に俺は、戦線メンバーと違って、まだボコボコにされたわけじゃないからな。トラウマがあるわけじゃない」
「なら、いいじゃない。同行者としては、今回はあなたが最適なのよ。今更躊躇われても、困っちゃうわ」
ゆりが会って早々、「天使へ会いに行くわよ」と言われ同行したはいいのだが……内容が内容のだけに、楽観的にはなれないのである。
「事件のこと、素直に話すと思うか?」
「さあ? あたしの交渉次第、といったところかしら」
「お前らと天使は対立関係にあるんだろ」
「ええ、そうよ。けれど、事件のことは利害が一致する可能性がある」
「利害の一致? 天使と協同するのか」
「一時的にね。それが今回の狙いよ。いい? 天使の目的は、この学園の規律を守ることよ。事件で規律を乱しているのは、天界の使徒よ。天使にとって彼らは、止めなければいけない敵のはずだわ」
「だからって、知っている情報を開示してくれるわけじゃないだろ」
「あら、彼女って話せばそれなりには喋るのよ? この世界には前にも殺人鬼がいた、と話をしたのを覚えているかしら」
「まあ、ぼんやりと」
「あの話は天使が教えてくれたのよ。天使はこの世界の確信をつく質問以外であれば、案外すんなりと答えてくれるのよ」
「ふうん。それなりに喋る、ってことか」
真面目に授業を受けていた時、天使は何度か見かけたし、全校集会でスピーチをしているところも見たことがある。
天使。戦線メンバーはそう呼んでいる。
だけど俺としては、生徒会長としての一面の方が、まだなじみがある。
あの異常な戦闘能力を見るまでは、浮世離れした美少女、ぐらいにしか思っていなかったのだが……。
「なによ?」
「いや。意外だなって思って。天使が人と喋っているところなんて、ほとんど見たこともなかった。あっても一言、二言ぐらいっていうか。孤高の美少女って感じなんだよな」
「彼女は天使なのよ。神様の作り物の中でも、特別な存在。一目置かれるのは当然だわ」
なるほど、と納得して頷く。
「それに、孤高じゃない時期もあったわよ」
「そうなのか?」
「ええ。でも……みんな消されたわ。彼女と親しくなるというのは、そういうことよ」
「……」
この学園は卒業していくべき場所。
天使はここの秩序守る存在である故、魂を「卒業」へ導く。
ここで青春を謳歌するということは、天使の言いなりになり、親しくなるということは消えるということを意味する。
……間違いなく、天使は人じゃないんだろうな。人間だったらそんな悲しい役割、発狂してしまう。精神が持たないだろう。
「まあ、そんなに喋ったことがあるなら、上手くいくかもな」
「全く。変なところで慎重ね、あなたは」
「お前は突っ走りすぎなんだよ。もう少し慎重になれっての。心配にもなる」
「ウジウジ考えるのは、あたしの性に合わないわ。行動あるのみよ」
「頼もしいリーダーなことで。ついて行くのは、骨が折れそうだがな」
「……なによ。あたしについて来るの、嫌なの?」
「いいや。ゆりのことは信じるって、そう決めている。最後までついて行くぞ」
「それならよし。さあ、乗り込むわよ」
ゆりはそう言って、ドアを力強く開けた。
「頼もうー!」
意気揚々と宣言。
道場破りか!
「あなた達……! 毎回毎回、なんなんですか、その態度は!」
副会長、直井は嫌悪感に滲ませてそう言った。上座には目的の天使が座っており、隣には夕顔が立っていた。
夕顔はこちらを睨みつけるように、鋭い視線を向けている。
まあ、いつもこんな感じじゃ、そりゃ邪険に扱われるよな。
「天使に用があるわ」
有無を言わず、ズガズガと奥へ進元するゆり。だが、その前を直井が遮った。
「ダメに決まっているでしょう! 会長に、あなた達のような不良の相手をさせるわけにはいきません! 出ていって下さい!」
「なによもう、相変わらず邪魔くさいNPCね」
「あなたには言われたくありません! というか……」
直井は俺をびしり! と指さした。
「他の生徒までそそのかして! 彼は品行方正な生徒だったんですよ!」
「彼はNPCじゃないわよ」
「さっきからNPCだのなんだのと、わけのわからないことを……! ゲーム中毒者かなにかですか、あなたは」
「わけがわからないのは、あなたの方でしょ?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ両者を、天使がぴしゃりと止めに入った。
「もういいわよ。通してあげて。えっと……むう……」
天使が直井の方を見て、困り顔を浮かべる。直井が大声を上げ、机を叩いた。
「むう、じゃありません! 副会長の直井です! いい加減に僕のことを覚えてください、立華会長!」
「ああ。そうだったわ」
ぽん、と手を叩く天使。
……天然、なのか?
「全くもう! 会長は会長で、困ったお方だ……!」
直井ががっくりと肩を落とす。
なんか、苦労してそうな奴だな。NPCのくせに。
「用はなに?」
天使の問いかけに、ゆりは即答した。
「校内で起きている連続殺人について、知っていることはあるかしら? 話してくれるのなら、私の方からも情報を提供するわ」
単刀直入な物言い。天使は無表情のまま、思案を巡らせた。直井は黙っているが、鬱陶しそうにゆりを見ていた。夕顔は親の仇なんじゃないかと思うくらい、憎々しい視線をこちらへ寄越す。
「場所を変えましょう」
(……まさかの協力的? 正気かよ)
俺は思わず、拍子抜けした。敵対する戦線相手だというのに、能天気な話である。
「会長。マジ、こんな奴らの相手なんかする必要、ないですよ」
夕顔が天使を庇うように、前へと出る。ゆりはあら、と不敵な笑みを浮かべる。
「新しい生徒会書記、夕顔さんじゃないの」
「黙れっつーの。気安く名前を呼ぶなし」
「随分な物言いね、あなた」
ゆりが頬を引きつらせる。夕顔はびし! とこちらへ指を突き付けた。
「会長はあなた達に渡さない」
「別にとって食ったりはしないわよ。ちょっと話をするだけじゃない?」
「いつも銃をパンパン撃ちつけている悪人が、ほざくなし。こんな小さな女の子を、集団で! 最低! ガチで信用出来ないし」
夕顔の声からしてわかる、俺達への嫌悪感。
なんか、予想外の反応だな。
「おい。随分と嫌われているが」
俺が茶化すと、ゆりは首を傾げた。
「おかしいわね。悪いことなんて、なにもしていないのに」
「いや、それについてはどの口が言ってんだ」
「失礼ね。ちょっと銃を使ったり、ゲリラライブをしたり、校長室を乗っ取っただけよ」
「ここが現実世界なら、しばらく娑婆の空気とはおさらばだな、お姫様」
「なによ。あなたも仲間でしょう?」
「おっと、そうだったな」
戦線の活動内容は、どう考えても善人のそれではないのだ。
まあ、NPCへ危害を加えないポリシーがあるとか、根っからの悪人かと聞かれると、そんなことはないのだが……。
銃を向けていることについては、弁明の余地はないだろう。悪人だと糾弾されても、仕方のないことである。
「落ち着いて。あたしなら大丈夫よ」
天使が夕顔をなだめるように言うが、彼女は不服に振り返った。
「でも、会長……! こいつらは!」
「あなたはここで待っていて。少し話をするだけだから」
「……会長が言うなら、従いますけど」
ギロリ、と夕顔が睨みつけてくる。
尋常じゃない敵意である。
天界の使徒の所属だから、嫌われているのか。あるいは、言動通り天使への強い忠誠心から来る怒りなのか。
……なんとも言えないな、この時点じゃ。
「どう思う、ゆり?」
小声でゆりへ問うと、彼女は肩をすくめた。
「さあ? 知らないわよ」
「ま、少なくとも仲間にするのは不可能だな」
「……ええ。そうね。せっかくの女の子なのに、残念だわ」
「やっぱ女子の新メンバーが来ると、嬉しいものなのか?」
「そりゃそうよ。ただでさえアホな野郎ばっかりなんだから」
「辛辣だな、相変わらず」
俺達はそんなコソコソ話をしながら、天使と共に外へと出た。
校舎を出た、昇降口の前。そばには花壇があり、色とりどりの花が咲いていた。
「とてもたくさんの生徒が殺されたわ。でも、犯人はわからない。犯行現場も、取り押さえたことがないわ」
天使が開口一番にそう言い放つ。ゆりは腕を組み、ため息をついた。
「あら、意外ね。天使ともあろう者が、なにも知らないのかしら?」
「ええ。あなた達は違うの?」
「……」
ゆりは顎に手を当てて、考え込む。
天使にしては随分と手際が悪い。犯行はとても手際よく、巧妙に行われた証拠だろう。
そして彼女の発言に、一つ引っかかることがある。それはゆりも感じたようであった。
「とてもたくさん、って。何人殺されたのかしら」
ゆりが知っているだけでも三人。
天使はそうではないのだろうか。三人でとてもたくさん、という表現は使わないような気がする。
「合計で十人よ。昔起きた事件とは、比べ物にならないわ」
「十人……」
ということは、連中の人数もそのくらいということか。
……まあ、思ったより大きな組織じゃないとわかったのは、幸いか。
「あれをしたとはいえ、一瞬だけあの人を疑ったのだけれど……被害者には女子生徒もいたから、違うわね」
「あなた、もしかして遊佐さんを疑ったの? 彼女はあんなこと、二度としないわよ。だって、あの子は……」
ゆりはなにかを言い淀む。
……なにを言いかけたのだろうか?
「わかっているわ」
「そもそもね。理不尽な人生を与えた神のせいで、彼女はああなったのよ」
「そうね」
「……ふん。まあ、いいわ。文句はあなたじゃなくて、神に言うから。話が逸れたわね。戦線が知っていることを話すわ」
ゆりは惜しげもなく、情報を全て話した。もう少し出し渋ると思ったが、やらないようだ。それどころか、敵のアジトがある可能性がある、方向まで説明をした。どうやらこの一件に関しては、本格的に天使との共同戦線を張りたいようだ。
……そうなると、気になるのはあの夕顔という女の子だな。
もし天界の使徒も同じことを考えているのなら、夕顔は天使を味方につけるために送りつけた人材なのではないだろうか。
彼女の言動は、そのための可能性がある。
「天界の使徒……」
(さて。これで、天使はどう出るか?)
ゆりがじっと天使を見やる。動作の一つ一つを、見定めるように。だが、天使はクールな表情のまま、ぷいっと踵を返した。
「あたしは戻るわね」
「って、うおおおおい! リアクション薄っ⁉ この学園を舞台に、人同士の争いが始まろうとしているのよ! ちょっとは危機感を持ちなさいよ!」
「……生徒達の間で、宗教勧誘があったの」
「は?」
唐突に話を始める天使に、ゆりは目を丸くする。
「彼らは、あなた達と同じよ。なにも変わらない」
「……なにを言い出すのよ」
「仲間がほしいだけ。そして、目的がある」
天使の瞳はいつもと変わらない、クールなものだ。だけど、そこには揺らがない、強い意志が宿っていた。
「あたしのやることは変わらないわ」
「会長は、どちらの味方をするつもりもないのか」
俺の言葉に、天使はこくりと頷いた。
「ええ。この学園を守る。それだけよ」
置いていかれた俺達は、微妙な空気に包まれた。
話し合いは成功といえば成功だが……。
「相変わらず、頭の固い奴ね。あいつは。あと、不愛想」
ゆりは重いため息をつく。
だけど、成果としては悪くないだろう。良くもないが。
「まあ、天使は元々、ああいう感じだろ。飄々としているというか、浮世離れしているというか。こうして話を聞いてくれただけでも、十分だと考えよう」
「そうね。あわよくば協力関係になりたかったけれど……さすがにそれは、望みすぎだったってことね」
「天使は中立か……悪い方向へ転ばなきゃいいけど。にしても、ちょっと妙じゃないか?」
「なにがよ?」
「天界の使徒は神を崇拝する奴らだろ? 反逆者の俺らと扱いが同じってのは、おかしくないか」
「おかしくないわよ。奴らは授業に出ていない。秩序を乱しているのよ。天使と敵対関係なのは必然よ」
「ああ、そっか。天使からすると、神に忠実じゃないのか……」
「天使の話からして、連中が宗教集団なのはもう間違いないけれど……天界の使徒にとって、天使は天使じゃないのかもしれないわね」
「天使は天使じゃない……あいつらの目的ってのは、なんだろうな?」
「わからないわね。はっきりしているのは、あたし達を消そうとしていること。神を崇拝すること。けれど、天使には非協力的。学園の言うことは聞かない……予測もつかないわね。材料が足りない」
「そもそも神を崇めたことなんてないしな。気持ちがわからん」
「同感ね。神になんて、文句しかないもの」
「まあといって、ゆりの気持ちもわかるわけではないが」
「相変わらずドライね。この世界でそんな大人しい考えの奴、初めてよ」
「言っただろ。神に文句はないんだ、俺は」
「幸せなことね。羨ましいわよ……本当に」
ゆりはどこか寂し気な表情を浮かべ、そう言った。
……俺としてはこいつとわかり合いたいが、この一点に関しては平行線だろう。こればかりは仕方ない。神を恨むことなんて、出来っこない。ゆりの人生は気の毒だと思うが、安い同情なんてしたくない。それは彼女を侮辱することになるのだから。
俺は、個人的な感情でゆりの味方をする。
そのために、神への反逆に協力する。
それが例え、地獄へ繋がる道なのだとしても。
ゆりのためならば、どこまでだって行ってやるさ。
共に本部へと戻り、ゆりはいつもの上座に、俺はソファへと腰を落ち着かせた。
「とりあえず。お疲れ様、桜木くん」
「ああ。あまり役に立たなかったがな」
ゆりは腕を組み、鼻を鳴らした。
「今度、NPCから情報を集めてみてもいいかもしれないわね。どんな奴が宗教活動をしていたか……メンバーを割り出せるかもしれない」
思案に暮れる彼女に、俺はふとあることを思った。
そしてそれは、俺にとって重要なことであった。ただ、エゴといえばエゴだ。だから、彼女に受け入れてもらえるか、不安になる。
「なあ、ゆり。頼み事をしたいんだが、聞いてくれるか」
「なによ、改まって」
「俺の過去を聞いてほしいんだ」
唐突な物言いに、ゆりはきょとんとした。
「あら、急ね。どうしたのかしら」
「ゆりの過去は聞いたのに、俺のは嘘の過去だっただろ。まあ、全部嘘ってわけじゃないんだが……俺の過去はぶっ飛んでいるからな。信じてもらえるかどうかは、わからねえけど。それでも聞いてほしいんだ」
「まあ、その年齢であれだけ戦えるんだもの。なにかあったでしょうね。いいわよ、あなたが良いのなら話して。それにあたしとしても、興味があるわ」
そう言ってもらえたので、俺はゆりへ己の過去を話した。
特殊部隊――それは短く「Ⅽ」と呼ばれていた。正式名称もない。元々は第二次世界大戦時に結束された、スパイ組織から流れを継いだものらしいが、詳しい過去のことはわからない。それほどまでに俺が所属していた部隊は機密に溢れ、極秘任務が多かったのだ。要人の暗殺、極悪人の暗殺、テロリストの暗殺――果ては海外の戦場へ行ったり、スパイ活動や重要施設への潜入調査も行われた。
俺は代々「Ⅽ」の部隊に所属する、特殊な家系の元に生まれた長男であった。そして双子の弟もいた。父は「Ⅽ」の構成員の一人であり、俺達は父の指導の下、未成年にして正式な構成員として活動を始めた。
双子ということを活かして、二人で一つの活動をする「名コンビ」として「Ⅽ」の任務をこなした。
俺達は無敵のコンビだった。負ける気がしなかった。あらゆる難しい任務も、一歩間違えれば戦争に発展しかねない任務も、とんでもなく強い敵が現れても、あいつとならばなんとか出来た。
最強になった気分になった俺達だったが――今思えば、それは狂っていた。
そもそも。「Ⅽ」に入ること自体、異常だ。
幼少期から父から教育と訓練を受けたから、当たり前に感じていた。命を懸けることも、危ない仕事をするのも、人を殺すということも、常識になっていた。
そして「Ⅽ」で重要な任務こなし、国を支える「正義の味方」に憧れ、そしてそれに慣れるという高揚に酔っていた。
そんな慢心が、引き金になったのかもしれない。
俺達は任務でしくじり、俺は弟を庇って死んだ。
そう。俺は自分で修羅の道を選び、勝手に正義の味方を気取って天狗になり、足元をすくわれた「愚か者」なのである。
「……まるで映画のような話ね。国家の暗躍部隊。イーサン・ハントみたい」
「ま、現実はあんなにかっこいいものじゃなかったがな。ご覧の通り、しくじって無様に死んだのさ。ヒーローにはなれなかったよ」
「それにイーサン・ハントのようにハンサムでもないものね」
「やかましい! あれはフィクションだ、フィクション!」
暗躍部隊が、あんなイケメンであってたまるものか。天下のトム・クルーズだぞ、トム・クルーズ。目立ってしょうがねえっての。
「何故、あなたの弟は敵対しているのかしら。何故、神を信じているのかしら」
ゆりの問いかけに、俺は首を横に振る。
「わからない。豹変したのを見る限り、あの後生き残って、なにかあった……としか考えられない」
「せっかくこの間対面した時も、あなた達、会話の一つも交わさなかったものね。随分とドライな兄弟ね。ましてや、バディと呼べるほど一緒だったのでしょう?」
「そうだけど。でも、なんだろうな。同時にライバルでもあったんだ」
「ライバル?」
「そう。同じ親から生まれ、同じ日に生まれ、同じ顔に生まれた。だからかな。俺達は相棒であったのと同時に、どこか心の中で「こいつには負けたくない」っていう反骨心が常にあったんだ」
「ふうん」
「だからかな。久々に会ったあの時も、嬉しいというよりは……ちょっと、複雑な気分でもあった」
「……負けたくない、ね」
ゆりはそう言って、じっと俺の顔を見つめて来る。思わずどきりとした。
「な、なんだよ」
「いえ。なんでもないわ」
どこか意味深である。そういや、こいつは長女か。なにか思うところがあるのかもしれないな。もっとも、兄弟感があまりにも違いすぎるから、共感できることはなさそうだけどな。
「というか、あなたの人生も理不尽だと思うけど。そんな血みどろな世界、十分に悲惨な人生よ。まあ、人の人生をとやかく言うものじゃないけど、少なくともハッピーではないわ」
ゆりに指摘されるも、俺は首を横に振った。
「ゆり。俺は、自分で選んでその道を進んだんだ」
「そうかしら」
「まあ、ちょっとだけ後悔はしているけどな。死んで任務から解放されて、弟も、Ⅽの連中もいなくなって、この世界で呑気に勉強だの、学校行事だのをこなすとさ……俺、なんかすげえ損していたんだなって。こういう道もあったのに、俺はなにも知らずに育ったんだって。そう思ったんだ」
「学校に行ってなかったの?」
「ああ。「Ⅽ」の教育を受けていた。洗脳だよ、今思えばな」
「やっぱり、理不尽じゃない。学校へ行った経験がないのなら、ここへ導かれたのも、そう変なことじゃないわよ。あなたは導かれるべくして、導かれた。そんな気がするわ」
「そうかもしれないな。でも、悪い。俺はどうしても神を恨む気にはなれねえんだよ。そこだけは変わらない」
「ま、その方があなたらしいけれどね」
ゆりはそう言って笑みを浮かべた。彼女は笑うととても可愛い。学校なんてものに通って、こういう女子生徒がいたらきっと、俺は普通の男の子のように、恋をしていたのだろう。それが成就してもしなくても、良い思い出になる。それが青春ってやつなのだろう。だけど、俺にはそれがなかった。そういう人生を選ぶ余裕がなかったのだ。
「……あなたは、神へ抗うつもりはない」
ゆりはややためらいがちに、話を切り出した。
「強引に誘ったあたしが言うのも変だけれど、何故この戦線に力を貸すのかしら」
そんなもの、決まっていた。
もう……わかっているのだ。
俺は、ゆりに惚れているからだ――一目惚れ。そしてそんな女の子が、理不尽な人生に抗い、神へ反逆しようとしている。
だから、放っておけない。
……俺は、その心中を打ち明けたかった。
だけど、そんな勇気が沸かない。あんな人生だったから、恋なんて出来なかった。そもそも、恋愛感情なんてものもなかった。そういう感情は、女なんてものは任務にとって邪魔なものでしかなかった。しかしこの学園に来て少しずつそういう人間らしい感情を取り戻し、そしてゆりと出会った。
それはとても幸福なことで、満ち足りるものだ。それこそ、もうここから――消えてもいいと、卒業してもいいと思うほどに。
その感謝の気持ちを、ゆりへ伝えたい。
お前のことが好きなんだと、伝えたい。
だけど、それは出来なかった。伝えてしまったら、全てが終わってしまう気がしたから。伝えるのが怖い。受け入れてもらえるなんて、夢のまた夢だから。
「ゆりやみんなの力になりたいからだ」
なんとかそれだけを言うと、ゆりは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。
「変わった動機ね」
「悪かったな。あんた達が放っておけなくってな」
「そう。まあ、いいわ。これからも期待している。よろしくね、桜木くん」
「ああ。よろしく」
本当は、良くなかった。
だけど、まだ伝えられなかった。