駐車場にて、アコースティックギターで弾き語りしている女の子がいる。ユイという名の女子生徒で、この学園の人気バンド、ガルデモのファンでコピー曲を披露していた。何人かのファンが出来ていて、ユイが引き語りを始めると人だかりが出来る。
この日の路上ライブを終え、NPCが解散した後。俺はユイの元へと訪れた。
「おや。先輩ですか」
「よう」
「すっかりあたしのファンですね。でもあたし、ファンは大切にしますよ? 特別にリクエストには答えてあげます」
正直に言うと、あまり曲の方に興味はなかった。音楽には詳しくない。
どちらかというと、ユイという女子生徒自体に興味があった。何故かと聞かれると、理由はない。なんとなく、だ。
「弾き語りしている時さ。あぐらかくスタイルだろ」
「? そうですけど」
「この間パンツ見えないかなって、ちょっとのぞき込もうとした」
「この変質者があああああああ!」
ユイが大声を上げて、俺目掛けてハイキックを放つ。
が、俺はその足を受け止めて、芝生めがけてぶん投げた。
「ぐほう⁉」
ユイが奇天烈な悲鳴を上げる。
目をグルグル回し、その場に倒れ込んだ。
「せ、先輩、強いんでしたっけ……即幹部入したって、聞きました」
「まあな。元軍人だ」
「ぐぬぬぬ。セクハラされて、蹴りの一つも入れられないなんて……!」
だが、ユイは立ち上がり、ふふんと不敵な笑みを浮かべた。
「はっ! でも、頭洗って待っておけよな! ユイにゃんは日々強くなっている! 覚えておけええええ!」
そう捨て台詞を残して、ギターを回収し去っていった。
どうでもいいが、洗う場所が違うんじゃなかろうか。
ガルデモフライヤーが張られた掲示板をぼんやりと眺めていると、背後から殺意を感じた。
「死ねやあああああああああ!」
ユイの声だ。
俺はハイキックを回避し、ユイの腕を後ろへ回し、関節技を決めた。
「いだだだだだだ、いだいいだい! 腕千切れますから⁉」
「俺を蹴ろうなんざ、十年早い」
ぱっ、と放してやる。ユイははあ、とため息をついた。
「先輩、お強いですね……噂通りです」
「それはどうも」
「あの。体の鍛え方とかも、知っていたりするんですか?」
「そりゃ、鍛錬法は心得ている。なんだよ、強くなりたいのか? もしかして、実行班志望なのか?」
俺の問いかけに、ユイはいえいえ、と首を横に振った。
「そういうわけじゃないですけど。体は鍛えたいと思っているんです!」
そう言ってユイはシュッシュッ、とその場でシャドーボクシングをした。
しかし実際は、シュッシュッ、というキレの良さはない。いかにも弱そうなそのパンチは、へこへこ、という感じだ。
「その細腕と小柄な体躯で鍛えたい、ねえ」
「先輩、バカにしています?」
「アホだなあって」
「お前にだけは言われたくないわああああああああ!」
ハイキックを放つユイ。
当然、返り討ちにして関節技を決めてやった。
「ギブギブギブ! これ痛いですううううううううううううう!」
「お前は学習しろ」
再び手を放してやる。ゆいがジト目を向けながら、話を続けた。
「とにかく。あたしを鍛えてほしいんです」
「別にいいけど。なんのためだ?」
「ホームランを打つためです」
「は?」
「ホームラン。それもフェンス越えで! 野球ですよ」
「いや、知っているけど……野球好きなのか?」
「いえ。そういうわけじゃないですけど。でも、打ちたいんです。ホームラン」
「意味わからねえ……それに俺、野球はあんまり知らないぞ。ピッチャーはやったことあるが……」
「野球は詳しい人に教わるのでいいです。まだそんな人、見つかってないですけど」
「戦線メンバーはあれだけいるし、一人くらいいなかったのか?」
「あたし下っ端ですし、まだ戦線入ったばかりですし。聞く機会があまりないんですよ」
「そんなものか」
「詳しい人がいたら、その人に教わるつもりです」
「ふうん」
面白くなくなって、俺は淡泊な相槌をうった。
するとユイがニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「先輩。もしかして、嫉妬ですか?」
「え?」
「あたし以外の先輩に頼ろうとして、可愛い後輩とられるー! みたいな感じです」
「まあ、そうだな」
軽く返してやると、ユイは目を丸くした。
「そうですか」
ユイは少しだけ笑みを浮かべて、背中を向けた。
「いつもの場所で、待っていますから。暇な時に、手伝ってくださいね♪」
定例会議が終わった後。幹部の連中へ野球に詳しい奴がいないかと聞いてまわると、日向が「あー。俺、一応経験者だぜ?」と返事した。
「え⁉ 似合わないな……」
「失礼なやつだな、どういう意味だよそれ⁉」
「坊主じゃねえし」
「やっている時は坊主でしたから! 今はちげーから丸くしてないだけですから!」
「日向の丁寧語ツッコミ来たー!」
「そんなのどうでもいいから! で、なんで野球経験者を探しているんだ?」
「知り合いの女の子でさ。球技祭に使われる、野球場あるだろ? あそこでフェンス越えのホームランを打ちたいって。教えてやってくれないか?」
瞬間。日向の表情が険しくなった。心なしか、流れる空気が悪くなる。
なにかマズイことを言ったのか。思わず、俺は背筋が凍った。
「……桜木。そんなの、時間の無駄だ」
「え?」
「女の子がフェンス越えのホームランなんて、無謀だ。というか、男子でも難しい。その女の子の実力は?」
「……ただの素人だ。体力も、いかにも女の子って感じで」
「じゃあ、なおさら不可能だ。そんなことより、桜木。お前には幹部としての役割がある」
「それは……」
「生前を買われて、ゆりっぺにメンバーを鍛えるよう言われただろう? 実際、お前は特殊な戦い方の椎名っちを除けば、幹部内最強の戦闘技能を持っている。戦線の戦力拡大に繋がる、重要な役割だ。人へ教えるのも上手だ。もちろん、普段なにをするかは自由だけどよ……本来の仕事を忘れるのは、幹部としての自覚が足りない。だろ、ゆりっぺ?」
ほかのメンバーはもう解散しているが、上座にはゆりが残っている。
「そうね。まあ彼、復讐心があるわけじゃないから。浮ついたことを言い出すのも、無理はないけどね」
「……そんなに、俺は悪いことを言ったのか? 変なのか?」
そう言うと、日向がいやいや、と手を振った。
「悪い。そういうわけじゃねえんだ。攻めているわけでもない。ただ、なんつーか……」
言いづらそうな日向の代わりに、ゆりが言葉を継いだ。
「ここにいる隊員はね。本気で神へ復讐したいの。長い月日をかけて体を鍛え、天使と戦ってきた。そこへホームランを打ちたがっている女の子を手伝ってほしい、だなんて話題は、浮ついているようにしか見えないのよ」
ほとんど、子供に言い聞かせるような言い方であった。
何故こんなことになる……。言いたいことはわかるが。クソ。こいつらなんかに、相談しなければよかったんだ。
俺はため息をつく。
「……わかった。もう、この話は出さない」
「ええ。あなたは、あなたに与えられた役割を果たしなさい。学園生活を謳歌したいのなら、戦線を抜けて。ここは青春ごっこをする場所じゃないの。いいわね?」
「ああ。役割を全うするよ」
……そう。復讐心が希薄な俺はどこか、戦線で浮いていた。
ゆりの勢いに負けて入隊し、幹部にされて。
どこかついていけず、本心が出せずにいた。鬱屈としていた。
(ああ。だから、俺はユイに惹かれたのか……)
あいつの前だと、自分が自分でいられる。
幹部としての桜木 春斗でなくても許される。
俺は、ユイに会いたくなった。
日向の無謀という予測は当たっていた。
ユイの体力は下の下であった。腕立て伏せも腹筋も、十回もこなせない。
「全身がいたいですぅ……」
「たく。こんなことじゃ、何年かかるかわからないぞ」
「ううう」
「……ふと思ったんだが。ホームラン以外にも、なにかやりたいこととか、あるのか?」
問いかけると、ユイはこくりと首を縦に振った。
「ありますよ」
「ユイは好奇心旺盛だな。音楽だって、やりたいことなんだろ?」
「はい。せっかく体を動かせるので、色々やらないともったいないです」
「そっか。一番やりたいというか、叶えたいことはなんなんだ?」
「……」
ユイは神妙な表情で黙り込む。
この世界へやって来るのは、凄惨な生前を送って来た悲しき魂達だ。故に、生前のことは聞かないことが、暗黙の了解になっている。ここから先は、踏み込んではいけないのかもしれない。
「悪い。話したくないよな」
「いえ。先輩なら、いいですよ」
「無理しなくていいぞ」
「結婚」
「え?」
「あたし、結婚したいんです。不可能ですけど」
ユイは自重するような笑みを浮かべた。
「生前は体を動かせなくて。そのせいで、一人じゃなんにも出来ない、お母さんに介護してもらうだけのお荷物だったんです。そんな女の子なんて、誰も貰ってくれるわけ、ないじゃないですか」
「……」
そんなことない、と言おうとしたが、やめた。なんだか無責任な気がしたのだ。だけど、これで一つわかったことがある。
「ユイが戦線に入ったのは、そういうことなのか」
「……ゆりっぺ先輩みたいに、恨んでいるってわけじゃないですけど。神様ってひどいなって、それくらいは思っています。だってあたしの幸せ、全部奪っていったんですから」
戦線でどこか孤立して、居場所のない俺は、無意識にユイを拠り所としていた。だから俺は、ユイに恋をしている。好きになっている。
結婚なんて俺がしてやる、と言ってやりたかった。だけど俺は生前のユイとは会えなかった。生前のユイを知っているわけではない。それに生前の俺は、人殺しをするような奴だった。
だから、プロポーズはする勇気は出なかった。だけど体は無意識に動き出して、気がついたらユイを抱きしめていた。
「先輩?」
「俺さ。戦線やこの世界でどこか、自分の居場所がないような気がして。だけど、ユイと一緒にいる時は、本当の自分でいられるんだ。だから……俺は、ユイのことが好きなんだ」
「……っ」
「ごめん、こんな時にこんなことを言って。ホームランも結婚も、ユイの願いをまだ叶えてやれてないのに……」
「い、いいですよ、別に」
ユイは顔を赤くしながら、腕を回してくれた。
「先輩はいつも優しくて、あたしのところへ来てくれます。あたしも、先輩の側にいると、とても安心するんですよ」
そうして。駐車場で俺達は、長い間抱き合っていた。
付き合い始めた俺達は、少しずつその仲を深めていった。一緒に行動することが増えて、イチャイチャしたり、キスをしたり。
そうして、数か月が経過した。
必然的に「その先」を意識し合うようにもなった。なんとなく、そのことがお互いに伝わっていた。
俺は使われなくなった保健室の鍵を奪って、ユイを誘った。ユイは顔を赤くしてこくりと頷き、時間で落ち合うこととなった。
夜の七時。空きの保健室の前でユイと合流し、鍵を開ける。中は大きなベッドが二つあり、教員用のデスクや、収納がそのまま置かれていた。
「保健室でこういうことするなんて……なんか、ドキドキしますね」
空き保健室へ入りながら、ユイがそんなことを言った。俺は鍵をがちゃり、と閉める。
「人もいないですから、声もたくさん出せますね」
ユイがそんなことを言うから、思わずドキっとした。ユイが抱きついてくる。俺はユイを抱きしめながら、キスをした。深い、舌を絡め合うようなキスだ。
「んちゅ、ん♡ はあ……♡ 先輩、あたしの夢、覚えていますか?」
「結婚のことか」
「はい。この世界じゃ、結婚は出来ないですけど……あたし、考えたんです。それでも、大好きな先輩の、家族になれる方法を。それにこの方法なら、あたしの夢が叶うなって」
「なんだ?」
「はい! そ、その……えっと、ですね。あれですよ、あれ!」
「ユイ?」
「な……中出し、してください。先輩の赤ちゃん、生みたいんです……そうすれば、先輩はあたしの子供の、お父さんですから」
あまりに強烈な願いに、俺は目がくらんだ。
「ユイ、俺、そんなこと言われたら……!」
「あ……♡」
俺はユイの唇を再び奪った。そうしながら、ユイの服を乱暴に脱がす。白い下着を纏ったユイを、ベッドに押し倒した。するとユイは潤んだ瞳で俺を見上げ、か細い声を上げた。
「先輩、ちゃんとやさしくしてくださいよ……♡」
「あ……ご、ごめん」
ユイの上に覆いかぶさりながら、謝る。ユイは笑みを浮かべた。
「あたしが魅力的なので、仕方ありませんが。それと、先輩も脱いでください……♡」
「ああ」
俺が脱ぐと、ユイも下着を脱いだ。一糸纏わぬユイの姿。小柄で細い体躯に、控えめで愛らしい膨らみ。マンコも小さくて愛らしく、そそられた俺はペニスをギンギンに硬く大きくさせた。
「先輩の、すごいですね……」
ユイがおっかなびっくりで、ペニスを口に含んだ。温かな唾液と舌の感触がからみつく。とろけるような快楽だった。ユイはちゅぱちゅぱ、とペニスを吸い込む。その度に手とは比べ物にならない快楽が、性器から広がった。ユイは時折裏を舐め回したり、強く吸ったりしてペニスを愛撫した。
「ユイ……」
「先輩。これ、ちゃんと出来ています……?」
「ああ。最初はぎこちなかったけど、今は……気持ち良い」
「嬉しいです。んちゅ♡ くちゅ♡」
唾液の音が淫靡に鳴る。そうしてフェラチオを終え、ベッドの上で俺達は抱き合った。ユイにキスをして、股の間へ手を伸ばす。マンコへ中指を入れる。ぬるり、とした感触が指を迎え入れた。
「っ♡」
指を入れたり引いたりして、ユイの中を愛撫する。愛液が溢れてくるのを感じた。ユイの吐息が荒くなり、俺の体にしがみついて喘ぎだした。
「ん♡ あ♡ あん♡ 先輩、ああん♡」
「ユイって、オナニーとかするのか?」
「せ、先輩のことを考えながら――って、なにを言わすんじゃああああ!」
ユイが我に返って、顔を赤くしてポカポカ叩いてくる。俺は苦笑いを浮かべて、慌てて両手でそれを止める。
「悪い、悪い。冗談だ」
「エッチしている時にそんなこと聞くなんて、先輩、アホですね」
「オナニー見せてくれないか?」
「おーまーえーはーアーホーかー!」
ユイが再び殴りかかって来るが、全てさばいた。
「本当にオナニーしているなら、見てみたいんだ」
「……なんでそんなの見たいんですか」
「いいから、いいから」
「はあ。わかりましたよ」
ユイがベッドの上で横になり、俺へ見せるように股を開いた。そしてそのマンコへ向けて、己の右手を伸ばし、中指を入れる。
(先輩に……見られている。いつも先輩のことを考えながら、しているけど……今は目の前にいて、おちんちんだって、すぐそこにある……。あ、あれ。なんであたし今、体が熱くなったんだろ。見られるの、喜んでいる……?)
ユイは羞恥で顔を赤く染めながら、指を動かす。クチュクチュ、といういやらしい音が鳴る。ユイは左手でおっぱいを揉んでいた。気持ちいのか、ベッドの上で体をくねらせたりする。
「はあ、はあ……♡ 先輩……♡」
だけどすぐに、ユイは起き上がって俺に抱きついて来た。
「もう、ダメです……♡ 入れてください、オナニーは、好きな時に見せますので……♡」
「ユイ……」
俺は抱きつかれたまま、対面座位でユイのマンコの中へ入れた。ずぶり、と温かくいやらしい感触がペニスをぴっちりと包み込む。
「っ、あああああああああ♡」
ユイが叫ぶように喘いだ。
「大丈夫か?」
「は、はい♡ あ、ん♡」
ユイは自分から腰を動かし始めた。積極的だ。ぬめぬめしたマンコが、俺のペニスを三百六十度包み込み上下する。俺はユイをぎゅっと抱き寄せた。柔らかい感触を感じながら、腰をかくかくと振る。パンパンパン! と、激しい音が鳴った。
「ああ♡ あん♡ 先輩、激しい……♡♡♡」
「ちょっと抑えた方がいいか……?」
「このままで、いいです♡ もっと奥、突いてほしいです♡ 先輩の、すごく気持ち良い♡♡♡」
対面座位を堪能して、そのままベッドの上へ倒す。ユイの頭を枕の上に乗せて、正常位で入れる。そのまま奥を突き上げ、何度もピストン運動した。ぐしょぐしょのマンコは大泣きで、俺のペニスを嬉し気に迎え入れてくれる。
「あああ♡ 先輩、先輩♡」
「ユイ……!」
「一人でするのと、比べ物にならないです♡ 先輩の、すごく気持ちいいです♡」
ユイがシーツをぎゅっと握りしめ、目をとろんととろかせた。もっとおねだりするように、俺の顔をじっと見つめる。
だけど、あまりにも気持ち良すぎた。もっと堪能したかったけど、もう射精感が高まっていく。
「ゆ、ユイ……出る」
「あん♡♡♡ 中出しで……♡」
「で、でも、ユイとのセックスが、終わっちゃう……」
「この後、何度だって出来ますから♡ だから、中出ししてください……♡ 今夜、あたしの中で何度も、たくさん射精して、先輩の子供を孕ませてください♡」
「ユイ!」
俺は腰を激しく振った。ユイの喘ぎが最高潮に上がる。
「んああああ♡ すごい、すごいです、先輩♡ あたし、壊れちゃいます♡」
「もう出る……俺の、俺のユイだから! 子供、孕んでくれ!」
「はい! 好きなだけ出してください、先輩♡」
「ああああああ」
「ん、あああああ♡」
パンパンパン! という音と共に、ユイの中でペニスが激しく射精した。ユイは精液を求めるように両足で俺の腰をホールドし、奥へ注ぎ込むように少しでもペニスを奥へと押し込んだ。射精が終わる。ユイの中へ大量に精液が入っていった。しばらく、見つめ合う。俺達の呼吸音だけが聞こえた。俺のペニスはまだ、硬い。
「先輩、次、あたしが上になりますね……♡」
「ああ」
その日の夜。使われなくなった保健室の中は、嬌声といやらしい音が、ずっと鳴り響いていた。
正直に言うと。死後の世界で子供なんて出来ないだろうと思っていた。実際、前例はないようなのだ。この世界には赤ん坊はいない。セックスという行為は出来ても、死者の世界に生ある者は誕生しないのだ。
だけど――ユイはどういうわけか、本当に妊娠した。
お腹は膨らんでいったので、すぐにバレた。戦線メンバーの幹部にも、その噂は届いた。また浮ついているとか注意されるかと思ったが、そんなことはなかった。ただ、ゆりを筆頭に驚いていた。
「信じられないわね……無事に産めるといいのだけど。助産師なんて、この世界にはいないわよ」
「ゆりっぺの出番だな」
藤巻のボケに、ゆりは蹴りを入れた。
「あたしがいつ、子持ちになったあああああああああ!」
「良い蹴りだぜ……いてえ」
ゆりはなにか出来ることがあれば、サポートするとさえ言ってくれた。幹部も赤ちゃんがこの世界に現れるかもしれないということに、どこか感動すら覚えているようでもあった。戦線メンバーは復讐と忌々しい過去に苦しめられ、苛まれているが、その根っこは心優しい者達であることを知った。
だけど、ここは死後の世界。
話はそう上手くいかなかった。ユイは妊娠七か月から先に、進めなかった。お腹はそこから少しでも膨らまない。七か月目を維持するだけ。
やはり――この世界に、生ある者は生まれない。
つまり。
ユイの夢は……叶わない。
いつもの駐車場。夜の七時。ベンチの上で俺達は座り、ユイは俺へ寄りかかりながらお腹を撫でた。
「先輩、ありがとうございます」
「ん?」
「あたしの夢は、叶いました」
「これで、叶ったって言えるのか……?」
「言えますよ。充分です。先輩はこの子のお父さんですし、あたしはこの子のお母さんです。家族ですよ」
「……そうだな」
「ただ、ここが死後の世界だったって。それだけです」
俺は初めて、この世界の神へ怒りを感じていた。
結婚したい、子供が欲しいだなんて、ごく普通のありふれた願いだ。女の子がよく夢見るものだ。それなのに、そんな平凡な夢さえも、幸せさえも、神は奪っていった。
ユイの願いは、誰も不幸にしていないというのに……。
「先輩。大好きですよ」
ユイは笑顔でそう言って、お腹の子へ聞かせるように、歌を唄い出した。
昨日。校長室へ呼び出され、ゆりに言われたことを思い出す。
――ユイはきっと、もう満ち足りているわ。最後の一押しを、あなたがすれば、きっと……。
わかっていた。残された時間はもう、少ない。
ユイは消える。お腹の子供と共に。
だからその時に、始まるのだ。
神への復讐が。何故、ユイの願いは叶わなかったのかと。
俺はユイの膨らんだお腹を撫でた。中でもう一つの鼓動を、感じた気がした。涙は流さない。流すのは、ユイが消えた後だと、そう決めたから。