「見回りに行くわよ、副会長。いけないことをしている生徒を、お仕置きしないと」
授業開始十分前。教室で俺を呼びだすなり、立華がそんなことを言ってきた。天上学園の生徒会長は特別権限として、校内の見回りをすることが可能だ。職務の一環ってやつである。ただ、立華から俺を誘うのは極めて珍しいことであった。というか、初めてである。俺は当惑しながらも、立華の後をついていく。
「なんだよ、急に。こんなことに誘ってくれるなんて」
内心、嬉しいものがあった。
というのも、俺は立華に絶賛片思い中なのだ。
クールで無表情ながらも、天使のような可愛らしいルックス。浮世離れした、綺麗な銀髪。それでいて優しい性格。
完璧だ。あまりにも天然すぎて、思いに1ミリも気づいてもらえないという、その一点を除けば。
しかもここ最近は、死んだ世界戦線の新人幹部こと音無 結弦とどこか良い雰囲気。
もう俺は脈無なのかと、甘酸っぱい失恋を覚悟していた矢先にこれである。まさに僥倖、まだまだ脈があるのかもしれない。
「嬉しそうね」
「え? ま、まあな」
「仕事熱心なのね」
「そ、そうだな。学園を良くするために、生徒会副会長になったからな!」
声が裏返りつつ、空々しく返す。
「真面目な人は好きよ」
「っ! そうなのか」
立華が赤い目を細めて、そんなことを言ってくれたから、思わず胸が高鳴った。
……赤い目?
「立華、カラーコンタクトでも入れているのか?」
俺が問いかけると、立華は淡々と答えた。
「あたしは、あなたの知っているあたしではないわよ」
「……?」
意味がわからず、首を傾げた。
なにを言っているんだ?
見回りをしている内に、戦線メンバーがいる教室に辿り着いた。どういうわけか、野田が音無へハルバートの切っ先を向けて「ゆりっぺが好きなどと、冗談でも言うな! 二度と口にしないと誓え!」と、大声を上げて脅している。日向が慌てて「おいおい、ケンカなんてやめろよっ! こんなところ見つかったら、なにされるかわかんねーぜ⁉」などと言っている。
「行ってくるわ」
「え?」
立華が素早い動きで、教室内へと向かう。
刹那――問答無用で、野田の胸元をハンドソニックで貫いた。
「ええええええ⁉」
なんてバイオレンス⁉
いやまあ、校内でハルバートを突き付ける野田はたしかに規律を乱す行為だが……だからといって、いきなり心臓を一突きなんて、温厚でお人よしな立華からは考えられない行動だ。
「授業を受ける生徒にそんなものを突きつけないで」
立華が淡々と告げる。日向が後ずさりしながら、眉を顰める。
「にしては、罰がきつすぎるだろ……」
「ここは死なない世界。これくらいが妥当よ」
「そうかよ……」
返り血で音無の机が血に染まり、げんなりとした様子で「いや。どう考えてもやりすぎだと思うが……」と、呟いていた。
立華はそんな非難も気にせず、涼しい顔をして野田を抱え廊下へ出て来る。追いかけようとしたが、俺に気がついた日向が声をかけてきた。
「お、桜木じゃん。あいつと一緒にいたのか?」
「日向。ああ、そうだ。というか、珍しいよな。お前たちが授業へ出ているの」
「あー……そっか。まだなにも知らないんだな」
「???」
「あの天使ちゃんは、俺達の知っている天使ちゃんじゃない。ガードスキルで作られた、分身天使なんだ」
放課後。事の顛末を知った俺は、重い足取りで生徒会室へ向かった。あの赤い目の立華は、立華ではないらしい。ガードスキル「ハーモニクス」により生成された分身。本体である立華は現在、気を失って眠っているらしい。
分身天使は本体の命令だけを強く受け、生徒を会心しようという意志だけを継いでいるらしい。だが、その言動はどこか好戦的で、現在は戦線の天敵として君臨しているようだ。
「来たのね。じゃあ、行きましょう」
「どこへ?」
「見回りよ。この学園はいけない子がいっぱい」
「うっ……」
俺、桜木 春斗は生徒会という立場ながらも、仲村 ゆり率いる死んだ世界戦線の味方もする「中立」という立場だ。
正直、積極的に戦線を粛清しようとする分身天使を、見過ごすわけにはいかない。
しかし真正面から戦って、勝てる相手でもない。
どうしたものか……。
「見回り以外にもやらなきゃいけないことがある。花壇の整備とか、書類作成とか、会議とか。そっちを手伝ってくれないか?」
とりあえず、戦線から彼女を遠ざけたい。
その一心での提案であった。
脳裏には、串刺しにされた野田が蘇る。どうなるか冷や汗ものだったが、分身天使は意外と素直に頷いてくれた。
「わかったわ。それも大事なことだものね」
「一緒に来てくれるか?」
「ええ。いいわよ」
そんなこんなで、花壇の整備を共にすることになった。雑草抜きをしていると、分身天使の方から「ひゃあ」とか「ひぃ」とか、やたら可愛らしい悲鳴が聞こえて来る。その手つきはおっかなびっくりで、お世辞にも役に立っているとは言えない。
「虫が苦手なんだな」
微笑ましくて、つい笑ってしまう。
すると、分身天使はむっとした表情を浮かべて、赤い目をすっと細めた。
「仕方ないじゃない。苦手なものは苦手なのよ」
「オリジナルの立華は虫平気なんだけどな。涼しい顔してミミズとか手で掴むぞ」
「考えられないわ。あんなうねうねして怖い生き物……」
ぶるぶる、と分身天使は震えた。
「不思議だな。そういう感覚は本体と共有されるわけじゃないのか」
「分身にだって、自我があるのよ。趣味嗜好も同じ」
「ふうん。あ、じゃあさ。好きな食い物とかなに? 麻婆豆腐じゃないのか?」
「冷たいうどんが好きだわ」
「本当に違うんだな……」
「激辛麻婆豆腐なんて、食べられるものじゃないわ。辛い物は苦手」
分身というわりには、随分とよく出来ている。会話だって普通に成立している。まるで人間だ。理屈として近いのはNPCみたいなものなのだろうが、それにしたってすごい。
「じゃあさ。これが終わったら、一緒に食べに行こう」
「夕食を?」
「ああ。こうして一緒に生徒会業務をやったんだ。俺達、仲良くなれただろ?」
「なれたかしら」
「嫌か?」
「うんうん。嫌じゃないわ。不思議と、ね」
分身天使はそう言って、笑顔を浮かべた。
その笑顔に、思わずどきりとした。あまりにも百点満点な、柔らかく可愛らしいものだったのだ。絵になりすぎる。
いやいや、こいつは立華と別人だから! ときめくな! 見た目がほぼ同じなだけだから!
「それしか食べないのか……」
大食堂。俺達はテーブルにつくが、対面に座る分身天使が持つ冷たい素うどんと漬物だけのおぼんを見て、思わずそう言った。
「小食なのよ」
「まあ、こういう女子いるよな」
「あなたはいかにも男の子って感じね」
俺のおぼんにはかつ丼定食が乗っている。しかも大盛り。たしかに男子らしいメニューである。
周りのNPC達も各々の食事をとっている。どこのテーブルもにぎわっていて、とても騒がしかった。
分身天使が髪をかきあげて、うどんの麺をすする。つい、その口元をじっと見てしまう。麺をすするその口元はどこか淫靡で、艶めかしい。思わずどきっとした。
と、視線を感じたのか、分身天使が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「今、いやらしいことを考えていたのかしら」
「っ⁉ そ、そんなことないぞ!」
「視線って、案外わかるものよ」
「……わ、悪かったな」
ジロジロ見過ぎたのだろう。素直に謝る。分身天使はころころと笑った。意外にも屈託のない、女の子らしい明るい笑顔だった。今度は別の意味でどきりとさせられる。
……純粋に、可愛いって。眩しい笑顔だって。そう思ってしまったから。
「いいのよ、別に。男の子だもの」
「寛容なんだな」
「Hなことを考えるのは、いけないことじゃないわ」
「お、おう」
「Hなことをするのも、ね」
「っ⁉」
ものすごいことを言うから、思わず息を飲んだ。頬が熱い。
「ななな、なにを言っているんだ⁉」
「子作りは大丈夫って話よ」
「そこじゃねえよ、わかっているから!」
「子供が出来たら、いけないことだけれどね」
「ず、ズバズバと言うんだな……というか、お前のいけないことの基準どうなっているんだ」
童貞な俺には、過激なことを言う立華(中身は別人だが)は刺激が強すぎた。
ただ、少し気になることがある。
「ま、まあようするに、恋はしていいってことだよな?」
「そうね。恋が未練な魂も、きっとあるだろうから」
「お前はどうなんだよ」
「ん?」
「恋。してみたいのか?」
分身天使は顎に手を当てて、しばらく考えた。
そして頬をぽっと染めると、両手で顔を抑えて、いやいやと体を悩ましげに振った。
「恥ずかしいわ。あたしには、まだ子作りなんて早い……」
「結びつけるな⁉ まだその段階の話じゃなかったから!」
「違うの?」
「話の流れ的にたしかにイコールだったけど、俺が聞きたいのは、あくまでも人を好きになってみたいのかってことだけだから」
「誰かを好きに……よくわからないわ。でも」
「でも?」
「真面目で、熱心な人が好きだわ。あなたみたいに、生徒会や学校のことを頑張ってくれる人は、好きよ」
「っ、そ、そうかよ」
恥ずかしくなって、思わず顔を逸らした。
くそ。見た目が立華だから、どうにも調子が狂う……。
数日後の夜。ゆりから屋上へ呼び出されたため、俺は分身天使と共に夕食をとった後に向かった。
「よう。話って?」
腕を組んで柵に寄りかかるゆりへ声をかける。彼女は顔だけをちらりとこちらへ向けて、端的に告げてきた。
「あの分身を引きつけてほしいのよ」
「引きつける?」
「赤目天使はあなたに対して友好的。というか、親しい間柄といっても良いほど。今日も一緒にいたのでしょう?」
「まあな」
「なら、引き続き一緒にいてちょうだい。そうすれば結果的に陽動になり、あたし達が動きやすくなる」
「なにかするのか」
「ええ。このままじゃ、この世界は分身天使に支配されてしまうわ。早急に対策を打つ」
「でもあいつ、そんなに悪い奴じゃなさそうだけどな……」
「はあああああ? アンタ、なに言っているのよ?」
ゆりが顔を近づけて、大声を上げる。パーソナルスペース小さめだよな、ゆりって。
「きちんと自我があるんだ。たしかにお前らを過激な方法で更生しようとする一面はあるけど、話し合えばなんとかなると思うぞ」
「……無理よ」
「なんで。平和な解決を目指した方がいいだろ」
「あのね。すでに何人の仲間が、あの分身天使の餌食になったと思っているの」
「……」
この数日間、分身天使の手により、数人の戦線メンバーが刺されてきた。
ゆりは重いため息をつく。
「犠牲……って、言ってもバカ共はピンピンしているけど。でも、こんなことがずっと続けば、それは血みどろな争いになる。あなたの説得はいつ成功するの? それをいつまで待てばいいの? その間に消される魂が、何人現れることになるの?」
「それは……」
言葉が続かない。
けど、だからって……あの分身天使とわかり合えないとは思えない。
脳裏には彼女の顔が浮かぶ。うどんが好きな彼女は、普通の女の子に見えた。
髪を片手でかきあげて、麺をすする口元は艶めかしくて、色っぽくて……。
ではなく。つい、邪なことを考えてしまった。
「まあ、お人好しのアンタなら、説得しようとすると思ったけれどね」
ゆりが優しい笑みを浮かべる。
「わかってくれるか」
「ええ。けど、だからといってあなたの説得は待たない」
「……」
「あたし達はあたし達で勝手に動く。だから、桜木くん。あなたはあなたの信じる道を進みなさい。それだけよ」
「わかった。まあ、いつも通りってことだな」
立華は回復し、意識を取り戻したものの、分身天使と対立を起こしていた。現在、天上学園の戦力図は混沌を極めている。天使、分身天使、そしてクラスSSS。この三つの対立により、日々小競り合いが行われた。
「すぐに刃物で殺しちゃダメよ」
立華が戦線メンバーを刺そうとしていた分身天使を止める。
「あら。オリジナルに任せると、いつまで経っても更生出来ないから、手伝ってあげているのよ」
「余計なお世話よ」
「わかり合えないようね、あたし達」
「そうね」
「ふふふ。負けないわ」
キィンキィン! と化け物同士の壮絶な戦闘が繰り広げられる。
こんなことも、日常茶飯事となった。やがてクラスSSSと天使は一時的な共闘関係になり、戦いは二分化。
中立である俺は無力であった。そんな争いを、ただ見送ることしか出来ない。
ある日。生徒会室で書類作業をしていると、分身天使が後ろから抱きついてきた。甘い香りに、驚くほど細く柔らかい感触。胸に両手を回され、心臓が高鳴った。
「うおうっ⁉」
「相変わらず真面目ね。忙しそうだわ」
「は、離れろって」
「嫌?」
「そ、そういうわけじゃない」
「なら、離れないわ」
俺は頬が熱くなるのを止められなかった。それを見た分身天使はくすくす笑う。
「……戦い、やめるのは無理なのか」
「あたしはいけないことをする人達に、お仕置きしているだけよ」
「俺はそのお仕置きってのを止めてほしいんだ。話し合いとか、そういうので決めてほしい」
「どうして?」
「お前も、みんなも、傷つくところを見たくないんだ。争いなんて悲しいだろ」
「お人好しなのね。でも、無理よ。あたしの信念は曲げられない」
「……なんでそんな不器用なんだよ。お前らは」
よく見ると、分身天使も頬を赤くしていた。俺は胸に回された、小さな手をぎゅっと握る。すると分身天使は、それを握り返してくれた。
「温かいわ」
「ああ。こうしていると温かい」
「恋」
「ん?」
「この間、恋をしてみたいかって、聞いてきたじゃない?」
「ああ。そうだな」
「あなたとなら、してみたいわ」
……正直なところ、もう俺の気持ちは決まっていたんだ。
最初は、見た目が立華だから、気になるのだと思っていた。
曲がりなりにも、片思い中の相手の見た目なのだから、と。
だけど、それだけじゃない。
俺は分身天使に、彼女だからこそ、惹かれているのだ。
「俺はお前に、恋をしているよ」
分身天使の顔を片手で引き寄せて、キスをした。彼女はびくっ、と体を震わせたが、目を細めて受け入れてくれる。
唇と唇を合わせる、柔らかな感触。
「ん……」
「キスはいけないことか?」
「そんなことないわ。ねえ、舌を入れるキス、してみたいわ」
分身天使はそう言って、俺の膝の上に乗っかった。ぎしり、とパイプ椅子が音を鳴らす。俺達は唇を合わせて、舌を絡ませ合った。しっとりとして、柔らかで、温かい感触。互いの唾液がねっとりと絡み合う感覚が艶めかしい。分身天使の舌が俺の舌を撫でるたびに、脳が甘く痺れた。
「んちゅ♡ くちゅ♡ 気持ち良いわ」
唇を離すなり、分身天使はうっとりとした視線を向けてきた。顔は真っ赤で、色っぽさが増している。
「男の子ね。硬くなっているわ」
「っ」
分身天使が俺の股間を右手でそっと撫でて来る。制服の上から触られる感触にゾクゾクした。分身天使はスカートから黒いパンツを降ろした後、俺のズボンを降ろして勃起したペニスを取り出した。
「我慢、出来ないわ……♡」
そう言って、分身天使は勃起したペニスを自身の性器の中へと入れた、ずぶり、という感触と共に俺達は一つとなった。
中は熱くて、とろけそうで、狭かった。全身の神経がそこへ吸い込まれていくようで、快楽に体が侵食されていく。
「ん、あああ♡」
「これ、すごすぎる……」
「動いたら、激しいことになりそうね♡」
分身天使は悪戯っぽく笑い、腰を動かし始める。淫らな腰の動きと共に、ペニスがマンコが出たり入ったりした。ずぶずぶ、という淫靡な感触がペニス全体を包み込んで、思わず大声を上げてしまいそうになる。
「あ、ぐ」
「ああん♡ あ♡ あ♡ すごいわ、あなたの……♡」
「こんなとこで、こんなことして。お前も、いけないやつだな」
「っ♡ そ、それは……」
分身天使が少し当惑した表情を見せる。俺は彼女を抱き上げて、テーブルの上に乗せる。そのまま正常位の体勢で繋がった。
「ほら、おしおきだ」
俺は勢いよくピストンして、分身天使の中を突き上げた。奥にゴツゴツと当たって、そこを何度もペニスでキスしてやる。そのたびに分身天使は全身をビクビクさせて、大声で喘ぎ散らした。
「あああん♡ あ♡ あ♡ おしおき、して……♡ あなたの素敵なおちんちんで、滅茶苦茶にして……♡」
パンパンパン! と激しい音が生徒会室に響き渡る。分身天使の喘ぎ声は大きくなるばかり。誰か入って来たらとんでもないことになる。それでも、俺達は止まらなかった。獣のように快楽を求め合い、腰を振り、性器を押しつけ合っていた。
「ああん♡ 好きよ、好き……♡」
「俺も、好きだ」
「ん、ああ♡ ああああ♡ もう、ダメ♡」
「いく……」
「出して……♡ 中で、いいわよ♡」
最後の激しいピストン運動と共に、中で射精した。ビクビク、と彼女の中で何度もペニスが脈打ち、大量の精子を流し込む。分身天使の中に俺の精子が入っていく煽情的な真実に、どうしようもない興奮を覚えた。
「はあ、はあ、はあ♡ 温かいの、入って、くるわ……♡」
分身天使はそう言って、俺の顔を両手で引き寄せ、深いキスを交わした。
こうして俺と分身天使は結ばれた。
幸せな日々が続くと思った。
だけど、別れは唐突にやってくる。
「残念だけど。あたしはここまでのようね」
「なに?」
いつもの放課後。生徒会室。
分身天使は赤い目を悲し気に細めて、そう言った。
「オリジナルが新たに開発したスキルを発動しようとしている。そうしたら、あたしは彼女の中に取り込まれることになる」
「取り込まれるって……!」
脳裏には、好き勝手に動くと宣言したゆりの姿が蘇る。
彼らの仕業だろう。
「今、あたし達は大量に分身している。オリジナルの意志で目覚めるのか、分身の意志で目覚めるのか、あたしの意志で目覚めるのか……難しいところね」
「そんな……なにか方法はないのか⁉」
「ないわ。奇跡でも起きない限り、今いるあたしは消えることになる」
瞬間、分身天使の全身がスキル発動のエフェクトに包まれた。
「発動したようね」
「そんな……待ってくれ!」
俺は彼女を抱きしめた。壊れてしまいそうなくらいの、華奢な体。そんな彼女が消えようとしている。例え分身でも、俺にとって彼女はかけがえのない存在であった。他の誰にも変えようのない存在なのだ。
「消えないでくれ!」
「ふふふ。必死ね」
「当たり前だろ!」
「もう、それだけで満足よ。あたしは所詮、オリジナルの分身。紛い物だから」
「それでも、俺にとっては本物なんだよ……!」
両肩を掴み、少しだけ体を離し分身天使の顔を見る。彼女は精一杯の笑顔を浮かべて、お腹を右手で撫でた。
「あと、もう一度くらい……」
「?」
「中で、出してほしかったわ。あなたの温もりを、感じたかったわ」
そう言って、分身天使は消えた。
跡形もなく、最初からいなかったかのように。
だけど俺の体には、まだ彼女の温もりと感触が残っていた。
残り香は、甘かった。
クラスSSSを攻める気にはなれない。
彼らは、いわば正当防衛をしただけなのだ。
立華はその後、分身の意識によって目覚めた。だけど、俺の知っている分身の意識ではなかった。
というかそもそも、本人がオリジナルの意志じゃないと言っているだけで、その性格はほとんどオリジナルのものであった。
もしかすると、立華は立華の意志で目覚めたのかもしれない。
だけど、そんなことよりも、俺にとって重要なことは、好きな女の子が消えたということなのであった。
胸の中に、大きな穴が空いた気分だ。
喪失感を誤魔化すように、懸命に授業を受けたり、生徒会の業務をこなした。
だけど、その度に分身天使のことを思い出した。意外にも屈託のない可愛い笑顔を浮かべることとか、虫が苦手という人間らしいところとか、食べ物の食べ方が女の子らしいものであったりとか。
短い間だったけど、彼女との記憶は鮮明に刻まれているから、常にフラッシュバックさせられた。
夜。消灯時間が過ぎているのに、俺は無意味に生徒会室にいた。電気は点けていない。だけど月明かりに照らされているおかげで、案外部屋の中は明るかった。ここで俺は、好きな女の子と愛し合ったのだ。その温もりがまだ残っている気がして、ここにいた。
「……」
だけど、実際は寂しさと虚しさが募るばかりであった。
いっそのこと、直井 文人に頼んで消してもらうか。
そんなことを思った瞬間である。
ばたん、と勢いよく生徒会室の扉が開かれた。こんな時間に誰が、と思わず振り返ったが、そこにいたのは赤い目をした分身天使であった。
「――ガードスキル、ハンドソニック」
「っ⁉ お前……!」
「こんな時間に校内にいるなんて、いけない子」
好戦的な発言。まさか、消えていない分身がいるのか。
一対一じゃかなわない。逃げようとするが、逃げ道はない。俺は後ずさりながら、腰を抜かしてその場で尻もちをついた。
瞬間――分身天使はハンドソニックを解除して、俺の胸元へ飛び込んできた。
「お仕置きよ」
「……ああ。そうだな」
俺達は深いキスを交わし、夜の生徒会室で愛し合った。