つい、かなでを部屋に呼んだまま、二人で眠りこけてしまった。
朝。時計を確認すると、もう起きなくてはいけない時刻になっていた。今日も登校日なのだ。休日ではない。
「かなで。起きろ」
「……すう」
ベッドから起き上がり、声を上げるも、かなでは応答しなかった。すやすや、と愛らしい寝息が聞こえる。かなでは裸のまま、ぴったりこちらへくっつくように、横向きで眠っていた。
「起きろ、時間だ」
「麻婆豆腐……」
「どんな寝言だ。つーか、どんだけ好きなんだよ」
意外と朝に弱いタイプなのだろうか。
やもえず、少し強めに頬を引っ張る。
「……ん。いひゃいわ」
引っ張られたまま口を開いたので、妙な日本語になる。
かなではのっそりとした動作で上体を起こし、右手で目をごしごしと眠たそうにこすった。
「おはよう。春斗……」
まだ目はとろんとしていて、ひどく眠そうであった。
「朝に弱いタイプか?」
「……違うわ。だって昨日、あなたとあんなにしたんだもの……夜更かしたみたいになって、眠いわ」
「それは悪かった」
「おやすみなさい……」
ぽてん、とかなでは再び眠りに落ちた。
愛らしい寝顔はずっと眺めていたくなるが、残念ながらそういうわけにはいかない。
「かなで。生徒会長だろう」
「麻婆豆腐……」
「もういいから、そのネタは。ほら」
体を揺らし、強引に小柄な上体を起こしてやると、ぼんやりと目を開いた。すると眠気眼のまま俺の顔をじっと見て、甘えるように腕を首の後ろへ絡めて来た。
「春斗……キス……?」
「違う。頼むから、目を覚ましてくれ、かなで」
もう時間がない。デコピンをしてやると、「んう」と小さい悲鳴が上がった。
朝食を大食堂で手早く済ませた後、俺とかなでは一緒に登校した。通学路にて、かなでは目をこすっている。
「本格的に眠そうだな」
「激しかったわ……」
「わ、悪い。連れ出しておいてあれだが、大丈夫そうか?」
「平気よ」
「無理するなよ。最悪、今日は生徒会業務、代わりにやっておくから。早く帰って眠っておけ」
「そうするわ……」
かなではそう言って、欠伸をした。そんな仕草すら愛おしく思えて、俺はかなでの頭を撫でた。さらさらとした銀髪は初雪のようにきれいで、儚くて、溶けてしまうような良い手触りだ。
かなでは顔を赤くして、少しだけうつむいた。
「恥ずかしいわ。みんな、見ているのに……」
通学路には他のNPCも大勢いる。生徒会長と副会長という組み合わせだけあって、イチャイチャするとさらなる注目を浴びていた。
「わざと見せてんだよ。生徒会長と副会長がデキているって事実を広めてやるんだ」
本人だけではなく、周りにもかなでへの愛を伝えてやる。
そうすれば、また不安にさせることもないだろう。
「あたしもなにかした方がいい?」
「なにかしたければ」
「……」
ちょこん、と上着の袖を右手でつまんできた。けれど顔を赤くして、すぐにぱっと放す。
「やっぱり、恥ずかしいわ」
かなでは結構、恥ずかしがり屋であった。
昼休み。大食堂から本館から戻ると、天上学園とは違う制服を着た男子生徒が、片っ端から通りかかる生徒に声をかけている。男子、女子構わず、ナンパというわけではなさそうだ。
その中の一人、童顔の少年に俺は声をかけた。昨日、校長室へ向かった男の一人である。
「なにしているんだ?」
「え……うわあ⁉ 天使の仲間だ! 殺される! 助けて、日向くん!」
童顔の少年は戦慄した表情を浮かべ、慌てて青い髪――日向、と呼ばれた男子生徒の元へと駆け寄る。
「大山? どうした」
「あ、あの人だよ! 野田くんを撃った人!」
「ん? ああ、たしか……桜木って言ったか」
比較的肝が据わっているのか、日向は大して動じないで俺と向かい合った。大山は日向の影に隠れている。
「どうしよう⁉ ゆりっぺに野田くん、椎名さん……みんな呼んできた方が良いかな⁉」
「落ち着け、大山。大丈夫だ」
「ええー⁉ ゆりっぺだって、持っていた銃を撃たれたんだよ!」
「そうだけど。多分こいつ、そんなに悪い奴じゃないと思うぜ?」
日向がなにを根拠にしているのか、そんなことを言った。
「なにをしているか、聞いただけなんだがな」
俺が言うと日向が人懐っこい笑みを浮かべた。
「仲間集めさ。生前の記憶がないかどうか、NPCに聞いて回っているんだ」
「仲間ねえ。例の死んだ世界戦線か」
「そう、そう。まだまだ人数が少ないからよ」
びくびく震えて、後ろに隠れる童顔の少年といい、ごく普通の男の子といった感じだ。あのハルバートを持った男子生徒のように、仲村 ゆりに陶酔している感じもない。まだ話がわかる奴らな気がした。
「警告しておく。俺の生前、ちょっと特殊でな。色んなタイプの悪人と、何度も対峙してきたんだ。どんな人生を送ったかは知らねえが、あの少女の見た目のくせに、仲村 ゆりもそれらに似た危うい雰囲気がある。あいつに従うのは、危険だぞ」
日向は目を丸くした。
「やっぱお前、悪い奴じゃなさそうだな」
「お人好しだな。仲間を撃ったんだぞ?」
「そりゃ、野田とゆりっぺを撃ったのは許せねえことだけどな。でも、天使ちゃんのための行動だったんだろ?」
「天使……ねえ」
「俺からすれば、天使ちゃんの方がよっぽど恐ろしいけどな。言いなりになったら、消されちまう」
「それがこの世界の役割だ」
「かもしれねーけど。少なくともあいつは、そうは割り切れねーんだよ……。だから、最後まで守ってやるって、そう決めたんだ」
「あいつのこと、好きなのか?」
「え?」
「仲村 ゆりのこと」
刹那、日向の顔がさーっと青ざめた。
「何故⁉ ワッツ、ホワーイ⁉ んなわけねーだろ!」
「違うのか」
「なにをどうしたらそんな風に見えるんだよ。間違ってもゆりっぺの前で言うなよ、鳥肌が立つ!」
信頼関係のある間柄のようであるが、恋人とは違うようだ。しかしいずれにせよ、彼には彼なりの信念があって、戦線の仲間をやっているようだ。
悪い奴じゃなさそうだが、わかり合うことはなさそうである。
桜木に言われ、かなでは生徒会には出席せず、放課後になるなり寮へと向かった。しかし彼女が入ったのは、桜木の部屋であった。桜木がこの世界の隙を突いて制作した合鍵を使い、侵入したのだ。
「……つい、来てしまったわ」
ほとんど無意識の行動であった。
それでも、またここへ来たくなったのである。
「こんなこと、校則違反なのに……」
というか倫理的に考えて、男子寮への侵入は色々と問題である……。いくら相手が恋人とはいえ。
無論、NPC――一般生徒も、大っぴらにしていないだけで、こういった男女の密会はごく稀にある。
まさか、自分がその一員になるとは思わなかった。かなではピンク色の寝巻に着替えた後、桜木のベッドに潜り込む。
「パジャマが置きっぱなしだわ」
だらしのないところがあるんだなと思いつつ、毛布に潜り込みながら、ぎゅうううう、と桜木が脱ぎ捨てたパジャマを抱きしめた。
布団と、パジャマからは桜木の匂いを感じながら、かなではうとうととした。
「春斗……すう」
疲れが溜まっていたため、すぐに意識が落ちる。その横顔はとても幸せそうであった。
生徒会業務を終え、大食堂で飯を食うと、もう時刻は夜の八時を回った。さすがにかなでがいないと長引く。
男子寮の中を歩きながら、ふと昼間の出来事を思い出す。
「日向、か」
フレンドリーで話しやすそうな奴だった。後ろに隠れている大山も、等身大の男子生徒といった面持ちで、好感が持てる。
天上学園にいるのは作り物の男子生徒ばかり。
友達、と呼べるものはいない。
だからつい、想像してしまう。ああいう奴らと友達になれたら、楽しいんじゃないかって。
だけどそんなことは、甘い想像だ。
かなでは孤独だ。学園の規律に従う彼女には、友人がいない。いたとしても、それは天上学園のルールに従うわけだが、消えることになる。だからかなでは必然的に、孤独になる。
俺も副会長ならば、そうでなければいけない。かなでの味方になるということは、彼女の側にずっといるということは、そういうことなのだ。
友達や仲間なんて、そんな生温いことは考えてはいけない。
俺は、かなでの味方なのだから。
「――って、びっくりした。なんでこいついんだよ」
部屋に入るなり、俺のベッドで眠りこけるかなでがいて、思わず声が漏れる。横向きで体を丸くしながら、すうすうと穏やかな寝息を立てている。寝顔は当然、穏やかで可愛らしい。とても気持ちよさそうだ。そして何故か、俺のパジャマを抱きしめている。
「……春斗」
そのせいか、俺のことを寝言で呼んでいる。
今回は、麻婆豆腐じゃなかったか。
俺はベッドに腰かけて、かなでの頭を撫でてやる。綺麗な銀色の髪は柔らかく、俺の手を迎え入れてくれる。
「んう。好きよ……」
かなでが寝言で、そんなことを言ってくれる。
「ああ。俺も好きだ」
俺は、そう答えてやった。
深夜。寝不足であったとはいえ、早く眠ったせいか、かなでは途中で目を覚ました。部屋にはわずかに差し込んだ月明かりだけが差し込み、薄暗い。それでも同じベッドで、桜木が眠っているのを発見した。かなではすかさず、甘えるように彼の胸元へ抱きつく。死者であるはずなのに不思議なもので、胸からは心臓の鼓動を感じた。
「あなたではないのね」
かなではそう言って、息を吐いた。
「いつかあたしの心残りが無くなっても、あなたがこの世界に縛られている理由がわかるまでは、ここに居続けるわ」
かなではむくりと起き上がり、桜木の頬にキスをした。寝顔を眺めた後、ぎゅっと上から抱きしめる。
「あたしは、あなたを必ず見送るから」
それがいつになるのかは、わからないけれど。
気が遠くなるほどの月日が、かかるのかもしれないけれど。
それでもかなでの決意は、変わらなかった。