――夢を見た。
場所は学校の、体育館。
見たことがある場所。知っている場所である。
だって、この世界の体育館だから。
だけど、それは知らない光景であった。
ゆりが、卒業証書を持って、笑顔を浮かべている。
それは見たこともない、なんというか、普通の女の子のような笑顔で。
彼女が過去の呪縛から解放されたような――そんな、すっきりとした表情で。
その見たこともない表情が、他の四人の生徒へ向けられていた。その四人の生徒の姿は靄がかかっていて、誰か判別と出来ない。
だけど、一人だけ違った。オレンジっぽい色の髪をした、少年がいた。顔は見えない。彼もまた同じように、卒業証書を持って、何事が叫んでいる。まるでこれが卒業式で、彼が率先して進行しているかのようであった。
どうしてだろう。彼を見ていると、とても胸が苦しくなった。
ゆりへ向けて、手を伸ばそうとした。だけど、出来なかった。むしろ前へ進もうとすればするほど、ゆりの姿は遠ざかっていく。
これは夢のはずだ。
だけど、俺は焦った。
何故だか、目の前の景色がただの夢とは、どうしても思えなくて。
声も出せない。
まるで目の前の景色の中に、俺が絶対に入れないのだと、宣告されるかのように。
この学園から卒業していこうとする彼女を、見送ることさえ許されなくて……。
どうして。
どうして俺は、ゆりの過去の呪縛から――解放して、やれないんだ。
長い、長いこの戦いを、終わらせてあげられないんだ。
まさか、その役割は。
ゆりにとって、死んだ世界戦線のみんなにとって必要になる、そんな救世主みたいな奴は別の誰かだって、いうのか?
あの、一人だけ靄がかかっていない少年が――この戦線にとって、ゆりにとってのヒーローだとでも、いうのか?
「おはよう。お目覚めかい、桜木。ちょっと寝坊だな?」
「……ああ。おはよう」
先に制服へ着替え終えた、日向からの挨拶。
不快な夢からの目覚めだったため、ややぶっきらぼうに返した。
正式に戦線のメンバーとなってからは、日向がルームメイトになってくれていた。これまでは謎に俺のことを知り、親しそうにする不気味なNPCがルームメイトであったため、今となっては「人」がルームメイトにいることが当たり前となった。
「どうだ? 戦線に慣れてきたように見えるけどよ」
「日向のおかげだ」
「俺? なんだよ、別に俺はなにもしてねーよ。お前の努力だろ」
戦線の日常というものを知らない俺にとっては、毎日が新鮮であった。新人である俺であったが、今となっては作戦の日々に慣れ始めている。一度離脱した身ではあるが、戦線メンバーとのぎこちなさは、すっかり過去のものだ。どいつもこいつも個性と癖が強いが、根は親しみやすい人達だ。おかげで仲間としてようやく、馴染めてきている。
また、メンバーへの訓練も順調に進んでいた。今では拳銃以外の武器もある程度は扱えるようになっている。スカウトされた俺の一番の目的は、果たせたと言っていいだろう。
「桜木のおかげで、みんなの腕が格段に上がった。大したもんだよ、本当」
「それはどうも」
「うし。そんな桜木先生に、褒美をやろう」
「褒美? なんだよ」
「ちょっと待っていろよ」
芝居がかった声で、日向が言う。制服のポケットに手を突っ込み、一枚の食券を取り出した。
「トムヤムカレーの食券だ」
「外れ食券じゃねえか……さてはお前、トルネードで拾ったいらないのを渡そうとしてないか?」
「ビンゴ。苦手なんだよ、だから頼んだぜ」
「なーにが褒美だよ。ま、今日の夕食にでもするよ」
「サンキュー。助かるぜ」
俺は呆れながらも、日向から食券を受け取った。
「ゴチになるッスよ、日向パイセン」
俺が茶化すように言うと、日向が親指をぐっと立てて「おう。どんどん食え、食え。桜木さんよい」と返したのであった。
そんな感じで、一日がスタートする。
NPCと違ってそれは、紛いものじみた日常ではなかった。
「夏祭り、だと?」
本部に集められた戦線メンバーに配られたビラを見て、野田が首を傾げる。配り終えたゆりは、いつもの上座へと座った。
「ええ。ここ最近、生徒へ向けて配られているビラでね。ゲリラ的に行われる、非公式の催しよ」
「夏祭りなんか、この学校やらねーもんな」
日向が言うと、ゆりがこくりと頷いた。
「花火も上げるそうよ。本格的よね」
「でも、こんな派手なこと勝手にしたら、天使に止められるよね? それに、このやり方……まるで」
大山が言いかけると、高松が眼鏡を押し上げて続きを言い放った。
「――まるで我々のやり方と、同じですね」
かつて死んだ世界戦線もゲリラで催しを行ったことがあるらしい。
メンバー集め、宣伝のために。今でもやっているようだ。
松下が険しい表情をしてため息をつく。
「ゆりっぺ。これは、奴らの仕業だろうか?」
「十中八九そうでしょうね。NPCがこんなことを自発的にやるとは思えないもの」
日向は顎に手を当て、思案に暮れる。そして浮かび上がった疑問を口にした。
「このビラ、誰が配っていたんだよ?」
「NPCよ。張り出しもそうだったわ」
「……そいつは、妙な話だな。矛盾している」
「状況的には、少ない可能性だけれど、NPCがゲリライベントを開催した可能性はある。けれど、今までの経験からして、その可能性は極めて少ないわ。だとすると、考えられる可能性は一つ。何者かが裏で手を回している」
ゆりの言葉に、藤巻が続いた。
「その犯人を探り出すか?」
「そうね。ちょうど、校内で聞き込みをしたいところだったわ。この間乗り込んできた三人組の写真はあるし、各々情報収集に努めてほしいわ」
「それが今回の作戦か……地味だぜ」
「地味だぜ、じゃないわよ。文句言わないの」
ゆりが声真似をしつつ、びしりとたしなめる。
日向はビラに書かれた文章に目を通し、苦笑いを浮かべた。
「夏は恋の季節。この機会に思いを告げるチャンス、だとよ。ロマンチックな話だぜ。あーあ、天界の使徒が絡んでなければ、楽しそうなイベントなんだけどなー」
俺は思わず、ゆりをちらりと見やってしまう。すると偶然にも、目がばったりと合ってしまった。深い意味はないのだろうが、ゆりはにこりと笑顔を向けてくる。俺は思わず顔を赤くし、誤魔化すように視線をビラへとスライドさせた。
「なあ、桜木?」
日向が話を向けて来るも、俺は上の空だった。
「あ、え? なんだよ?」
「おい、おい。どうした? つーか、顔が赤いぞ。具合悪いのか?」
「そ、そんなことはない」
「……? 変なやつ」
日向が首を傾げる中、ゆりがメンバー全員へ通達した。
「それじゃあ、各自情報収集を頼むわよ!」
NPCに話を聞き込むも、これといって有益な情報は得られなかった。敵は慎重なのだろう。巧妙に足跡を残さないようにしている。三人の写真を見せても、誰もが首を横に傾げた。小賢しいものだ。顔が割れていない奴らを、こちらに寄越したのだろう。聞き込みは無駄足になりそうな予感が、早くもする。
「あー、ダメだ。ちょっと休憩しようぜ」
「そうだな」
日向と共に、外へ出る。
自動販売機のところへ行き、ジュースでも飲むことにした。
「けど、夏祭りってだけあって、心なしかみんなが浮足立っているな」
男子生徒相手に聞き込みをする担当だが、成果はなにもない。
ただ、日向が言うように、夏祭りの開催を間近に控えた生徒の楽し気な雰囲気は感じ取ることが出来た。
これだけでも、今回のゲリライベントは成功したと言えるだろう。この学園にこれほど大きな影響を与えたのだ。
そしてそうなれば、当然、天使も動く。
いつもの戦線ならば、これで陽動成功といったところなのだが……奴らはこれで、一体なにをしようというのか。
「神様降臨の儀式とか始まったら、台無しだけどな」
俺がそう言うと、日向が半笑いを浮かべる。
「恐ろしいこと言うな。それはマジで見たくねえ……夏祭りが血祭りになりそうだぜ。ホラーだ、ホラー。寒くなる」
そんな他愛のない会話を交わしていると、日向があることに気がつき、手を振った。
「おーい、お前ら! そんな神妙そうな表情して、どうした?」
視線の向こうには、ガルデモのメンバーである入江と関根がいた。二人はこちらへ気がつくと手を振り直し、こちらへやって来る。
「あ、軍曹殿! お疲れさまであります!」
関根が敬礼する。すっかり俺を軍人キャラにしている。軽く敬礼で返す。
「関根一等兵はまたサボりか?」
「またってなんだよ⁉ しかも一等兵という下っ端扱い!」
「出世するにはあと百年早い」
「十年ですらねえええ! 君、スパルタすぎないかね⁉」
関根との他愛ないやり取りの後、入江が手に持ったビラをこちらへ寄越した。
「あの、日向先輩、桜木先輩……これ、見てください」
俺達がビラを覗き込むと、その内容は以外なものであった。
過去に行われた新規のロックバンド「BOYS Apostol」のゲリラライブの告知であったのだ。
「Apostol……使徒、ねえ。まあ、あいつらでしょうね」
俺達はゆりの元へ向かい、例のビラを見せた。
影で動いていたのは、夏祭りだけではなかったようだ。Apostol。その名前からして、奴らが絡んでいるのは間違いないだろう。
関根が挙手をして、発言をする。
「ライブを撮影した生徒がいたようで、その映像をみゆきちと見たんッスけど」
「あら、そうだったの。どうだった?」
「マジでハンパないですね。腕はプロ並みです。なによりも……」
「なによりも?」
「メンバーが全員、めっちゃイケメンッス!」
はあ? と、凍り付く一同。ゆりが呆れたような表情を浮かべる。
「それなんてジャ〇ーズユニットよ?」
たしかにロックバンドというよりは、アイドルユニットである。
だが、そこで日向が唸り声を上げた。
「いや、待て。人集めとしては、結構合理的な手段なんじゃないか? 現実でもジャニー〇ユニットは大人気だ。女性はもちろん、男人気も高いだろ?」
「まあ……たしかに、な。一理ある。ガルデモともキャラがかぶらない」
ぶっちゃけ、テレビ受けだったらガールズバンドよりイケメンのアイドルユニットの方が良い。この世界での人集めとして、そのテイストを真似るのは、案外良い線を攻めているのかもしれない。
「今、すごく人気を集めているみたいで……私達、活動停止していて大丈夫なんでしょうか」
入江が自信なさそうに、そんなことを言う。
ガルデモの人気が食われないか、心配なのだろう。まあ、あれほどのカリスマバンドなら、そう簡単に人気が廃ると思えないが……入江はどちらかというと、心配性な性分なのだろう。関根は「ずっとこの調子なんッスよ。考え過ぎだぜ、みゆきちさん、って感じなんですけど」と口を挟んだ。
「ううう。だって、心配だよ……」
「お前は心配だよって言い続けるロボットか!」
「心配だよ、は今日初めて言ったよ?」
「あ、そうだっけ?」
テンション高めな、親し気なやり取り。いかにも若くて可愛らしい女の子って感じだ。ガルデモは実力だけでなく、仲の良いバントでもあるようだ。
「まあ、曲の良さはもちろん、ルックスの良さでも、ガルデモは他のバンドに負けねーからな」
日向がそう言うなり、関根が腕を組んで得意げな笑みを浮かべた。
「ふふん。いやー、照れるッスねえ、先輩」
「いやお前は中の中だけどな」
「誰が中の中だ⁉ 私含めての評価じゃないんっスか⁉」
「んー、どっちかっつーと、あれだ。お前は引き立て役、みたいな」
「誰がガルデモの引き立て役だ!」
「あと突っ込み役」
「先輩が突っ込ませているんだろうがああああああああ!」
そのやり取りに、入江がくすくすと笑みを浮かべる。不安そうにしたが、話したことで少しくらい気晴らしになれたらいいと思うが。
……でも、活動休止の不安は拭えないだろうな。
現実でも、音楽グループの活動休止はファンに衝撃を与える。そして待っている間にファンが減るのではないかという懸念や焦りは、避けられないものだ。
まさかこの世界でも、同じジレンマにぶち当たるとはな。不思議なものだ。
「イケメンロックバンド。使徒。夏祭り。活動休止中のガルデモ……ふふ、面白くなってきたじゃない」
そんな逆風の中、ゆりは不敵な笑みを浮かべた。
「あたし達と同じ土俵で喧嘩を売るというのなら、買ってやろうじゃない!」
ゆりは朗々と声を上げ、力強く立ち上がり腰に手を当てた。
「決めたわ! 夏祭り、あたし達も参加するわよ!」
「え? おいおい、敵が開催してるんだぞ。罠の可能性だって……」
俺がそう口を挟むが、日向は肩をすくめた。
「やめとけ、桜木。こうなったゆりっぺは、止めても無駄だ」
「日向……」
「なんか良いこと、思いついたんだろ?」
日向の言葉に、ゆりはこくりと頷いた。
「名づけてオペレーション「SUMMER FESTIVAL」。お前ら! あいつらを負かせてやるのよ! いいわね⁉」
高圧的に言って、勝手に話を進め、俺達を台風のように巻き込み、引っ張っていく。
全く。こいつは、そういう奴だ。
俺は呆れたように肩をすくめながら、悪い気はちっともしなかった。
そして夏祭り本番。校庭には灯りが飾られ、色とりどりの屋台が並んでいた。ぱっと見は本物の夏祭りだ。昼まではなにもなかったのに、よくここまで急ピッチで用意出来たものである。
「あら。本格的じゃない?」
「……」
「提灯とか、この学園にあったのかしら? それとも、連中が作った?」
「……」
「彼らにはこういうのを作れる、技術者のような者がいるのかしら?」
「……」
「なんとか言いなさいよ、桜木くん。せっかくのお祭りなのに、テンションが低いわね?」
「いや。ちょっと待て。これは、俺がおかしいのか?」
色々と突っ込みどころが多いのだが……一番は、ゆりだろう。華々しい浴衣姿なのだ。楽しむ気満々である。可愛いけど。ていうか、どこで用意した?
他の面々も浮足立っているのか、かなりはしゃいでいる。TKもテンションが上がっているのか「FOOO!」と声を上げウキウキしている。こういう文化を知っているのだろうか。相変わらず謎が多い。
「見て見て、藤巻君! 射的もあるよ、本物の夏祭りみたいだね!」
はしゃぐ大山。藤巻はそれに対して、微妙そうな表情を浮かべた。
「ああ。だが、気をつけろ、大山。夏祭りの背後には「奴ら」がいる」
「奴ら……? ま、まさか!」
「そう! ヤクザだ! 半グレだ! 射的なんざ、たおれねーように出来るんだ!」
「なんか聞いたことがある! 気を付けるよ、藤巻くん!」
アホかこいつら。ここは死後の世界だっての。
……なんて呆れそうになったが、まあ、この方が彼ららしいのか。ぎゃあぎゃあと騒いで、ドタバタと動き回って、神と理不尽な人生へ反逆する。
それが死んだ世界戦線。それが、ゆり率いるチームなのだ。
「おい、ゆり。今回ばかりは、気をつけた方が――」
「はい、桜木くん。綿あめ」
「ああ、ありがとう――じゃなくてだな⁉ いつの間に買ったんだよ!」
「食べてみなさいよ。ちゃんと綿あめなのよ? この再現性、大したものだわ」
「オペレーションはどうした! つーか、簡単に口にするなよ、罠かもしれねえだろ!」
「お堅いわねえ、あんたは相変わらず。暑苦しい。肩の力抜きなさいって。特殊部隊時代の癖かなにか、それ? 気を張り続けても、疲れるだけよ」
言われて、俺ははっとした。そういや、日向にもそう言われていたか。
たしかに「作戦」って聞くと、反射的に強張ってしまうところがある。
「……悪かったな」
綿あめを受け取り、一口食べる。そんなに美味しいものじゃないけど、こういうところで食べると趣があるんだよな。不思議なものである。
「でも、あれほど残虐なことをした敵が主催者なんだ。警戒するに越したことは――」
「ほら、見なさいよ! 金魚すくいまで再現しているみたいね。この世界に金魚なんていたかしら?」
「って、勝手に動き回るなよ⁉」
そう言ってパタパタと駆け出すゆりを、俺は慌てて追いかける。人込みがすごいので、あっという間にはぐれそうになる。なんとかして追いつく頃には、もうゆりは金魚すくいを開始していた。
「んー。すごいわね。本物の金魚に見えるわ。ねえ桜木くん、こういうのは得意?」
「いや、やったことない」
「お固い部隊にいたものね。夏祭り自体が初めて?」
「そうだな……って、みんなはどこ行ったんだ?」
「さあ? 各々、気になるところへでも行ったんじゃない?」
「満喫してどうすんだよ⁉ せめて一緒には集まれよ! チームなんだから!」
「遊佐さん。天使の様子は?」
と、ここで唐突にゆりが無線の遊佐へ向けて問いかける。
いきなり作戦モードになるな……どういうメリハリのつけ方だ、こいつ。
「――山火事の対処にあたっています」
「山火事?」
俺とゆりは顔を見合わせ、夜空を見上げる。言われてみると、遠くの森から煙が立っていた。偶然……ではないだろう、確実に。陽動ってやつだ。
「こちらの夏祭りへは、生徒以外来ていないようです」
「そう。あの三人は?」
「今のところ、姿は見当たりません」
「なら、問題ないわね」
「桜木さんとイチャイチャ出来る、という意味ですか」
「ちちち、違うわよ⁉ なにを言い出すんだ、お前は!」
「チュッチュの方ですか」
「ししし、しないわよ、バカ!」
「先ほどから見ていましたが、すっかり仲良しさんですね」
「そんなものを見てないで、敵とか天使を探しなさいよ!」
「了解です」
ゆりは頬を引きつらせる。遊佐は時折、つかみどころがない時があるので、振り回されるようだ。
「ゆり?」
会話の内容が聞こえていない俺は、ゆりがいきなりぎゃあぎゃあ騒ぎ出したように見えた。遊佐になにを言われたんだ? まあ、いつもの毒舌だと思うが。
「さ、いくわよ」
「おう……?」
顔を赤くするゆりを不思議に思いながら、俺は追随した。
「浅はかなり……」
しゅばばばばば! と凄まじいへらさばきで焼きそばを作る椎名。
「ははは! 大盛況だな!」
マスクをして、器用な手つきで調理をするのは松下。
テントの下で、一部の戦線メンバーは焼きそばを作って販売しているようだ。ゆり曰く、ゲリラ参加ならしい。
「なんでも出来るんだな、あの二人は」
「そうね。椎名さんも松下くんも張り切ってくれているわ」
「椎名はイベントではしゃぐタイプなんだな……ちょっと意外だ」
「彼女、一回それで消えかけたくらいよ。消えないように、一日中見張っていたこともあったんだから。世話が焼けるわよ、全く」
文句を言いつつも、どこか嬉しそうに語るゆり。昔のことを思い出しているのだろう。
「ふうん。ちゃんと、女の子な一面もあるんだな」
クールだから、こういうのはむしろ嫌いそうなイメージがあったけどな。案外、本当は馴染みやすい人なんだな。
「おや、桜木さんとゆりっぺさん。食べてみますか。中々の自信作ですよ」
会計・接客をしているのは高松であった。ゆりと俺はそれぞれ容器に入った焼きそばを受け取る。
「忙しそうでなによりだわ」
「ええ。お二人は、祭りを楽しんでいってください」
「主催者側の言葉になっているぞ?」
俺はすかさず突っ込むが、次の客が来てしまったため、高松は無視してそちらの対応を始めた。すっかり出店者としてスイッチが入っているようだ。俺達のことはすぐに忘れたといわんばかりに、仕事へ戻ってしまった。
「あ、桜木くん。お面よ!」
ゆりはゆりですっかり満喫するスイッチが入ってしまったようで、俺をグイグイと引っ張っていった。色々なお店をぐるぐると回っていき、あっという間に時間が過ぎていく。浴衣を着てはしゃぐゆりを見られるなんて、思いもしなかった。
「ゆり」
「なによ?」
「その……浴衣、似合っているぞ。とても綺麗だし、可愛い」
俺が照れながら言うと、ゆりは上機嫌そうにくるりとその場で一回転した。
「ふふ、そうでしょう? 手芸部の子達に手伝ってもらったのよ」
「手芸部?」
「そう。前にも、ドレスを作ってもらったりしたわね」
「相変わらず、レベルの高い部だな、あそこ……」
俺達は再び歩き出す。なんだかんだで、俺も浮足立っていた。
……だけど。ふと、夢で見た時の風景がよぎる。
まるで俺は、ゆりを救えないのだと、過去の呪縛から解き放てないのだと、警告するかのような不思議な夢。
俺は、ゆりに協力してやるって。どこまでも、反逆について行くと決めた。それがゆりのためになると、ゆりの助けになるからって。
だけど……本当にそうなのか?
ゆりを救うということは、この戦いを終わらせることで。
それはつまり、過去の呪縛から解放されるということで。
神への反逆で、果たして彼女は本当に救われるのだろうか?
俺は、なにか間違っているのではないだろうか?
(わからない……)
目の前にいる笑顔のゆりを見ると、胸が苦しくなる。
どうすればいいか、わからない。こんな俺がゆりを好きになっていいのか。
あのオレンジ色っぽい髪をした少年は、答えを知っているのか?
わからない。
彼は、一体……何者なんだ?
つい、弱気になってしまう。
彼が戦線を救うというのなら。
彼のような人物が、ゆりに相応しいんじゃないかって……。
(バカだな。夢なんかに、振り回されて)
己の頭を軽く叩いた。俺にとって、なにか無視できない夢なのは間違いない。だけど、それとゆりへの思いに蓋をするのは、全く別の問題だ。
「そろそろ時間ね」
ゆりが言うと、俺ははっとした。
ぼーっとしていた。気がついたら、俺達は大きなステージの前にいた。ステージ前には人が所せましと詰め寄り、俺達は自然と体を少し寄せ合う形になった。胸が高鳴る。
「例のバンドのライブか」
動揺を誤魔化すように、とりあえず喋り出す。ゆりはこくりと頷いた。
「お手並み拝見ね」
と、ここで舞台がライトアップされる。奥からさっそうと、男子生徒が現れる。ステージからは歓声が上がった。心なしか、女子が多いような気がする。
「……BOYS Apostolだ! さあ、俺達についてきな!」
曲の演奏が始まる。ボーカルが歌を歌う。
四人がかなででる音楽に――俺は、息を飲んだ。上手い。音楽のことをわからない俺でも、胸に響くものがある。あのガルデモのライバルとして、名乗り出るだけのことはあった。
だけど……。
「ふん。今に見てなさい」
段々と盛り上がるライブ会場。そのボルテージは、ここにいる全員が一つとなって作り上げたものであった。
その熱は凄まじく、俺も巻き込まれそうであった。
でも、ゆりは違う。
いや、俺だってそうだ。
だって、こんな奴らよりずっと――彼女達の方が、魅力的だということを知っているのだから。
BOYS Apostolのボーカルは最後に、マイクパフォーマンをした。それはこれまでとは異なる、語り掛けるような神妙な面持ちで。
「この中で、理不尽な人生に苦しんだ者はいるか? 辛い過去に泣いた者は? どうしようもない現実に、打ちのめされた者は?」
しんと静まり返る会場。
だけど、違う。
しらけているのではない。
聞き入っている。会場の人たちが。いや、それ以外の人々も。祭りに参加した者達は、このライブが聞こえている。彼らも皆、足を止めて聞いている。
こいつら、やっぱり……。
そういうことなのか。
「俺達は、そんな君達の味方だ。この世界には、神様がいる! 間違いない。この世界には死がない! 永遠なんだ。ここは卒業するための場所じゃない。ましてや、神へ反逆する場所でもない! ここは天界。楽園だ! 神様は、俺達が報われるように、この場所を用意し、導いてくださった! それがこの世界だ!」
熱弁し、ボーカルは締めにこう言った。
「神を信じる者に救いを! 天界の使徒をよろしく!」
彼らはここで、ついに宣言した。
天界の使徒は、産声を上げる。
このライブ会場へいるかもしれない、夏祭りの参加者にいるかもしれない、人へ向けて。神を信じる者、天界の使徒がいるのだと。
「派手にやられたな……って、あれ? ゆり?」
気がつくと、隣にいたゆりはいない。
あろうことか――ステージに上がっていた。
「おらあああああ!」
「なっ⁉」
俺は息を飲んだ。
凄まじい叫び声と共に、ゆりはボーカルの顔面を殴り飛ばしたのだ!
「ぐはああ!」
ぶっ飛ぶボーカル。
ゆりはマイクを奪い、爽やかな笑みを浮かべた。
「えー、ファンの皆さま。ごめんあそばせ?」
会場からは悲鳴が上がる。主に女子生徒の。「なによあの女!」と熱烈であろうファンが怒声を上げた。
いやまあ、そりゃそうだよな。憧れのアイドルを目の前で殴り飛ばされたら、怒るよ。つーか、事件だ。
「あたしはクラスSSSのリーダー、ゆりよ」
唐突に始まる、乱入者のマイクパフォーマンス。会場は困惑状態へと落ちた。先ほどとは別の意味で注目が集まる。浴衣姿ということもあり「あの子可愛くね?」「美人だなあ」なんていう、呑気な野郎の声も聞こえてきた。とりあえず、引きずり降ろそうとする奴はいないようだ。
「この中に、生前の記憶を持つ者はいるかしら? 辛い過去を持った者。悲しい記憶を背負った者。理不尽な運命に晒された者。きっと、そういう類の人間でしょうね。でも、安心して。あたしは、あたし達はそんなあなたの味方よ」
ゆりは一息つき、大声を上げた。
「我が戦線の、同士を求むわ! 隊に入りたい者は、校長室へ! 共に、この世界で戦いましょう!」
会場はしんと静まり返る。
今度は、ちゃんとしらけていた。
当たり前だ。突然の乱入者が同じように勧誘したところで、感じが悪いだけだ。
だけど――残念だったな。
ここまで行ってしまえば、終わりだ。
悪いな、天界の使徒。今回は俺達の勝ちだ。
ゆり。この流れは、そういうことなんだろ?
だって、このオペレーションの目的は……。
「――なんて、ね。そりゃ変な空気にもなるわよね。そこで我が戦線のメンバーにして、顔ともいえる人達を紹介するわ」
ゆりはにやり、と笑みを浮かべる。
「今宵、あの伝説のロックバンドが蘇る……刮目せよ!」
芝居がかった口調の終わりに、ゆりが指パッチンをした。
それを合図にバチン! という大きな音が鳴り、会場のあらゆる光が消え去った。「なんだ⁉」「停電?」「なんなの、もう!」ちょっとしたパニック状態となる。
そんなざわめきを切り裂くように、ゆりはマイクで叫ぶ。
「Girls Dead Monster! 岩沢さん、みんな! あとは任せたわよ!」
「――ああ。任せろ、ゆり」
頼もしい岩沢の声と共に、再びライトが上がる。
しかし照らされたのは、先ほどのステージではない。別のステージだ。そこには活動休止していたロックバンド――Girls Dead Monsterのメンバーが立っていた。
「待たせたな。Crow Song!」
岩沢の宣言と共に、演かなでが始まる。
瞬間、会場は引き込まれていた。
ガルデモに、彼女達の音楽に。
「うおおおお、ガルデモだ!」
「嘘、活動休止してたんじゃないの⁉」
「行こうぜ、行こうぜ!」
先ほどのバンドとは比べ物にならない、最高潮の盛り上がりであった。凄絶な一体感が生まれる。魂が揺れるような、大きな歓声。一瞬にして、会場の主導権はガルデモメンバーが攫っていった。みんなの心は今、彼女達のものだ。
さすがだ。全く、奴らとは格が違う。
盛り上がる会場の中へ、ゆりは再び戻ってきた。俺はぐっと親指を立てる。
「お疲れ、リーダー」
「おう。大成功よ!」
「そんで、ガルデモ最高!」
「ええ!」
俺とゆりは共に満面の笑顔で、両手のハイタッチを交わした。
「――ゆりっぺさん。生徒会メンバー、教員がそちらへ向かっています」
「ちっ。潮時か。総員に通達、速やかに撤退しろ」
ライブは盛り上がりを見せているが、そもそもが非公式のイベントだ。その上にこのようなパフォーマンスをしたら、さすがに黙っていられないだろう。本来ならば、正式な手続きをとっていない音楽活動も、この学園は禁止しているらしい。まあ、ちゃんと「学校」っていう形を成しているのだろう。
「逃げるわよ、桜木くん」
「ああ。そうだな」
ちょうど曲が一つ終わったところである。ライブ的にはまだまだ盛り上がれそうだが、邪魔が入るのならば続けられない。ゆりは岩沢へ合図を送る。岩沢はこくりと頷いた。ガルデモの面々も逃げようとした瞬間――それは起きた。
ドン! と地面を揺らすような、大きな音である。
「……花火か」
そういえば、花火も上げるとビラに書いてあった。
とても本格的なものだ。色とりどりの花火が、どんどん打ち上げられていく。生徒たちは沸き上がった。教師達までもが、その迫力と美しさに足を止めた。
「やるわね、あいつら。やることは気に入らないけれど」
ゆりの言葉に、俺はうなずいた。
本当に、この花火は……悪くない。
とてもよく、出来ていた。
「花火……」
橘は足を止めて、夜空に咲く花を見やった。
だけど、それは長く続かなかった。生真面目な性格の彼女は、それでも己の使命を全うしようと会場へ向かった。
「ま、待ってください、会長」
生徒会書記――夕顔が目の前を遮る。
橘は首を傾げた。
「なに?」
「その……せっかくですし、花火、見ていかないですか?」
「生徒のみんなを帰らせないと。会場も片づけないといけないわ」
「会長!」
引き留めようとする夕顔に、橘はため息をついた。
「どうして夏祭りを開いたの?」
「え?」
「あなたが裏で手引きしたのでしょう?」
「……」
天界の使徒だけでは、これほどの規模の屋台は用意出来なかった。花火もそうだ。彼らでは用意できない。
それを可能にしたのは――夕顔が生徒会書記、という立場を利用し、強引にNPC達を手引きしたからである。
「全部、見ていたのよ」
「はい。すいませんでした」
「校則違反よ。あなたは生徒会なのに」
「でも、どうしても会長に、見て欲しかったんです」
「なにを?」
「この、きれいな花火を」
夕顔が両手を広げる。橘は夜空を見上げた。たしかに、大きな音を立てながら開く花火はとても綺麗で、正式な形で行われたものならば見入っていただろう。
「会長のこと、ガチで放っておけないというか……せめて、こういうプレゼントをしたかったんです。いけないことなのは、わかっています。書記としてヤバいのも。でも、どうしても、会長に……見て欲しかったです」
訴える夕顔に、橘は無感情な表情を向ける。
だけど、彼女はなにも心が動かされていないわけではなかった。
「花火。綺麗よ」
「ほ、本当ですか⁉ まあ、私が作ったわけじゃないですが……作ってもらったんですが……超有能な部活がいたので」
恥ずかしそうに頬をかく夕顔に、なおも橘は無表情であった。
そんな彼女に向けて、夕顔は意を決して言い放つ。
「あ、あの! 会長!」
「なに?」
「私と、友達になってくれませんか!」
「……友達?」
その単語を初めて聞いたかのように、橘は不思議そうに首を傾げた。
夕顔は胸の前で両手をぐっと握り、熱弁する。
「そう! スーパー可愛い会長と、ずっと友達になりたいって! ずーっと、それだけを考えて生きてきたんです! ……あ、ヤバい! もう私、生きていませんでしたぁ! 死んでおります!」
「いいわよ」
「はえ?」
「友達。なっても」
橘はいつも通り、不愛想にして無機質に言い放つ。まるで検索エンジンが無機質に友達、という単語を読み上げたかのように。
だけど、夕顔はそれでもよかった。
ぱああああ、っと花火に負けないくらいの、とびきりの笑顔を咲かせる。
「やったああああああああ! マジですか、いいんですか!」
「ええ」
「それじゃあ、それじゃあ。まずは一緒にこの花火を見て。それで、それから」
「そうだ、麻婆豆腐を食べよう」
「って、違うわ⁉ 会長はどんだけあの激辛麻婆豆腐好きなんですか!」
「好き? 私、麻婆豆腐が好きなのかしら」
「いや、どういうことですか、それ⁉」
淡々とした橘に、ぎゃあぎゃあと騒ぐ夕顔。
少しだけ変わった組み合わせだが、端から見れば――友人同士に、見えなくもなかった。
花火のせいだろうか。
時間の流れが、とても穏やかになった気がした。誰もが夜空を見上げる群衆の中で、俺は隣にいるゆりを見た。
彼女は無言で、花火を見ていた。
その横顔はとても綺麗で、美しくて。やっぱり俺は彼女に惚れているのだと、再認識させられた。
もう、資格だとか、関係が壊れるのが怖いだとか、言ってられない。
不思議な夢のことも、今はどうでもいい。
もしもここで。俺という存在が消えてしまうことになっても。
この想いを、伝えようと思った。
「ゆり」
いつもと違う、とても真剣な声だったからだろう。
ゆりは、神妙な面持ちでゆっくりと振り返る。
「好きだ。あなたに、俺は恋をした」
とてもシンプルに、想いを口にした。
「……へ?」
しばらく固まっていたゆりであったが、やがて顔を真っ赤にして狼狽し始めた。
「ななな、なにを言っているのよ⁉ 桜木くんがあたしに……えええ⁉」
「そんなに驚くことかよ?」
自分で言うのもあれだが、結構わかりやすかったと思うぞ?
「そ、そりゃ……驚くわよ。だって……」
ゆりは顔を赤くしながら、けれど寂しげな表情を俺に向けた。
「あたしに、そんな普通の人のような……学生のような、青春、とでも言うのかしら。あーあ、素敵よね、そういうの。あたしだって、女の子だもの。憧れはあったわよ。男の子と、恋はしてみたかった。だけど。だけど! そんなこと……考えられなかった。あんな人生だったから。そんなこと、ちっとも……あの子達を一番に考える、そんなお姉ちゃんでありたいから……」
「……ゆり?」
「ねえ、桜木くん。あたしに、そんな資格があるのかしら? 恋をする資格なんて。信じられるかしら? 今のあたしにはね、神への復讐のために、あなたさえも切り捨てる覚悟がある。仲間だって切り捨てる覚悟がある。そんな女よ? そんな奴なのよ? だってあたしは、あたしには……」
胸を抑え、涙を浮かべ、問いかけるゆりに――俺は、複雑な気持ちになった。
悲しい気持ちになった。辛い気持ちになった。それに……怒りの感情もあった。
「資格なんて。あるに、決まっているだろ。俺はお前のために、自分が切り捨てられたっていい覚悟がある。ゆりを好きになるのは、そういうことだってな。お前の復讐のために、どこまでもついて行くつもりさ」
俺はそう言って、ゆりを抱きしめた。抵抗はない。ただ黙って、俺の抱擁を受け入れた。
「それじゃ、ダメなのか」
ゆりは首を横に振った。両手をそっと、俺の腰へと回す。
しばらくの間、そうしていた。花火は終盤を迎えたのだろう。ここ一番に大きな花火を、たくさん咲かせていた。
凄まじい爆音が辺りを揺らす。
それでも。俺達の世界は、今だけは、二人だけのものとして閉ざされていた。
「ゆり」
体を少しだけ離し、愛しい人の名前を呼ぶ。
ゆりはじっと、俺の瞳を見た。
言葉はいらなかった。俺は、ゆりの唇にそっと――。
「ま、待って」
ゆりは慌てて、右手を俺の顔に当てる。
「キスなんてして、あなたが消えたら……あたしは、あたしは……!」
そんなこと、知ったことではなかった。
ゆりの右手を強引に振り払い、唇と唇を重ねる。
この世界では、なにが消えるファクターになるのかは、わからない。
恋をして消えるなんて、いかにもありそうなことだ。
ゆりのように、過去に対して強い思いがある者ならば、そう簡単に消えることはないだろう。だけど、俺は? 俺は神を恨んでいない。この世界に目的はない。だからゆりは、俺の思いに答えることに、躊躇した。答えてしまったら、消えてしまうんじゃないかって。そう思ったのだろう。
唇を離す。俺とゆりの視線が重なる。ゆりは瞳を潤ませた。
「消えないでよ……」
ただか細く、それだけを言った。
それほどまでに、この世界は不安定で、まがい物だから。
本物の恋をすることなんて、本当は叶わない世界なのだから。
だけど。それがどうしたというのだ。
俺達は反逆者なんだ。この世界がどんな場所だろうと、好き勝手やらせてもらう。少なくとも俺の知るゆりは、そういう奴だ。だから俺だって、好き勝手する。そうしてやるんだ。
「消えないさ。ゆりの戦いが終わるまで、俺はここにいる」
「本当……? 約束、してくれるかしら?」
「お前のことを、置いていくわけがないだろう?」
「……ん。それなら、良かったわ」
ゆりは俺の首の後ろへと手を回した。
「あたしと一緒に、地獄の底まで落ちてくれる?」
「ああ。俺は、お前と共にある」
そして、優しいキスをした。
――こうして俺の恋は、成就した。
この世界から消えもしない。ゆりと共に戦い抜くと、誓ったから。
……だけど。やっぱり、ダメなんだ。
どうにもならないんだ。
俺は、あの奇妙な夢を通じて、知ってしまった。
いや。薄々、そんな予感がしたのだ。
思った通りにはならない。完璧な幸せなんて、訪れない。この不完全な世界は、この死後の世界は、そんな優しいものじゃない。
ここは残酷で、悲しい世界だ。
二人仲良く、最後まで幸せに暮らしました。
そんな嘘みたいなハッピーエンドを、許してはくれない。
永遠の愛はありえないのだ。そういうのは、生きていたあの世界でしか許されない。
そう。だから、これは絶対に抗えない決定事項。
この時交わした約束は、破られる。
この世界は、そういうものなのだから。
学園の屋上。花火が打ちあがり、生徒達が見惚れているのを見ながら、眼鏡をかけたの男子生徒は一人ほくそ笑んでいた。
「くくくっ……今回は負けを認めてやりましょう。だが! 次に勝つのはぼく達だ!」
そう言って、はははははは! とアホみたいな高笑いを浮かべる。
「そう! ぼく達! 天界の使徒は最強なのですから! ふはははははは!」
「……完膚なきまでに負けておいて、よく言う。あとその小物みてえな笑い方やめろ、ザコキャラのそれだ」
扉の前で腕を組み、呆れたような表情を浮かべるのは、桜木――によく似た人物。即ち、双子の弟である桜木 空だ。見た目といい、声までもがそっくり同じであった。
「うるさいです! 脳筋野郎は黙っていなさい」
「次はなにをする? 俺達の役割は、仲間集めだ。だが、この様子だと連中よりカリスマ性がないぜ?」
「そうですねえ……あの女子バンドは、ウチに来ないでしょうか」
「ああ。絶対に無理だ。大体俺ら、彼女達を人質にまでとった。そんな連中の言うことに、耳すら傾けないと思うが」
天界の使徒に広告塔がいないのは明確であった。急ピッチでボーイズバンドを組ませたが、所詮はぽっと出の急造バンドであった。彼女達の足元にも及ばない。
ただの騒がしい連中だと思われたが、仲村 ゆりが率いる戦線は極めて強力な組織と言えた。敵対する彼らが苦戦するのも、無理はない。
「そうですか。では次は、そう。アレをしましょう!」
「アレ?」
「肝試しです!」
「ああ。それは二番煎じだ」
「なにぃ⁉」
「連中も、同じ作戦を過去に立てていたらしい」
「ぐ、ぐうううう……それなら、それならば……うううううむ⁉」
唸りながら考える作戦参謀――浅野を無視し、空は己の兄である桜木を見た。ちょうどこの時、彼はゆりとキスをしている時であった。それを見た空は忌まわしげに眉を顰め、ため息をついた。
「――随分と腑抜けになったな、兄さん。失望した」