午後のゆりとの鍛錬を終え、疲れた体を引きずりながら食堂へと向かう。するとその道中で、何者かに肩を叩かれた。
「よ! 桜木、お疲れさん!」
日向であった。快活とした、人の良さそうな笑みを浮かべ、気さくに声をかけてくれる。彼はほぼ毎日のように、食堂で俺と会ってくれる。彼は面倒見の良い性格なようで、なにかと声をかけてくれる存在だ。俺は戦線のメンバーではないが、ゆりとは頻繁に会っているから、気にかけてくれているらしい。彼曰く「お前も仲間みてーなもんだ。そうだろ?」とのこと。
その優しい性格からか、戦線内でも信頼が厚い。創設メンバーということもあって、新人の面倒も積極的に見ているらしい。ゆりとも相当長いらしく、時折二人の深い信頼関係が垣間見える時がある。
「おう、日向。お疲れ」
「待っていたぜ、お前のこと。おせーよ、来るの」
「待っていたって……こっちなのか?」
俺が手を口に当て、案に「ホモなのか?」と冷やかす。
「違いますから! 一緒に飯を食いたいだけですから⁉」
「お、出た。日向の丁寧語ツッコミ」
「そんなのどうでもいいだろう!」
「多分だけどお前、新しいルームメイトとか出来たら、同じこと言われるぞ」
「え? なにが?」
「ホモなのかって」
「だから、違いますから⁉」
日向がツッコミを入れながら、少し落ち込んだ表情を浮かべる。
「なんだよ……もしかして、嫌なのか? なら、仕方ねーけどさ……」
「ああいや、そういうわけじゃねえって。冗談だよ、冗談! 当たり前だろ!」
「そうか? なんだよ、それならそうって言ってくれよな⁉」
「俺が日向みたいな良い奴を嫌うわけねえだろ!」
「良い奴なんて、照れるじゃねえか!」
「いやいや、日向ほど面倒見がよくて、頼れるナイスガイを知らないからな!」
「言い過ぎだっての、でも、嬉しいじゃねえか! お前も良い奴だぜ、桜木!」
「日向と比べると、劣るけどな!」
「調子の良い奴め! 悪い気はしねえけどよ!」
お互いに小突き、じゃれ合う。
俺は日向と、キャッキャウフフした。
周りからの視線? 冷たかったですが、なにか?
空いているテーブルに着き、食事をとる。日向は塩ラーメン、俺は唐揚げ定食を食べていた。
「――で、お前ってさ。ゆりっぺとデキているのか」
「え?」
なんだが、素敵な言葉が聞こえてきて、俺は箸を止める。
「日向。リピート、リピート」
「なんだその反応は……ゆりっぺとデキているのか?」
「なんて素晴らしいラブコメ」
「ラブコメって言っちゃうんだ……」
「噂になっているのか?」
「まあ、そりゃあな。あいつは、ああいう奴だろ? 正直、浮いた話なんてこれっぽっちもなかったわけだし、これからも一切ないだろう、あれは難攻不落の女だってみんな思っていたわけだけど……」
日向の言葉は、よくわかった。
ゆりは神への復讐に囚われている。ましてや、戦線のリーダーだ。
ルックスの高さに似合わず、恋愛感情だなんて浮ついたものは、眼中にないだろう。
「毎日、お前と会って一緒に鍛錬しているんだろ?」
「ああ。午前と、午後にな。さっきまで一緒にいたぞ」
「戦線メンバーでもないお前が、ここまでゆりっぺとの時間を毎日、過ごしている。そりゃ噂になるってもんだろ?」
「なるほど。その調子で、どんどん広めてくれ」
「……噂をか?」
「ああ。なんなら、もうこの学園中でもいい」
「すごいがっつき具合だな……なにお前、あのゆりっぺに惚れているのか?」
「そうだな」
「マジかよ、わっけわかんねー……まあでも、人の好みなんてそれぞれだしな。ただ……桜木。お前には、他に噂があってだな……」
「なんだよ?」
「遊佐に気があるって噂も、あるんだよな……」
まあ、めっちゃ声かけているしなあ。
ゆりからもああやって釘打たれたぐらいだし、そういう話は出てくるだろうと思っていた。
「可愛いよな、遊佐。伏線回収されないけど」
「なに言ってんだ……?」
「こっちの話だ」
「待て待て、可愛いっていうのは……まさか、遊佐にも惚れているっていうわけじゃないよな? お前には、ゆりっぺがいるもんな?」
「遊佐のことも好きだぞ」
「真顔で言いやがった⁉ いやまあ、付き合っているわけじゃねーからいいのかもしれねーけど……驚いたぜ。顔に似合わず、プレイボーイなんだな」
「他にはどんな噂がある?」
「……自覚あんのかよ。天使だよ、天使! 仲良いだろう。しかもお前、副会長だし」
「立華のことも好きだぞ。可愛いよな」
「だから、どんだけプレイボーイだよ⁉ ワッツ? ホワーイ⁉」
「いやあ、魅力的な女の子が多くて困ったな」
俺がいけしゃあしゃあと言うと、日向が頭をガリガリと掻いた。
「いやまあ、いいけどよ……ほどほどにな。たく、とんだ性欲魔人がこの世界に現れたもんだ……」
日向が呆れ半分に塩ラーメンをすする。
そして一瞬の躊躇の後、聞かれた。
「もう一個だけいいか」
「なんだよ?」
「……ガルデモのメンバーと、頻繁に会ったりしてないか?」
「この間、関根が活動日誌提出して、一悶着あったらしいな」
「内部事情に詳しい⁉ だからお前、どんだけプレイボーイなんだよ!」
日向の突っ込みに、俺は涼しい顔で答えた。
「自由に過ごしたいだけだよ、俺は。生前、色々と縛られた人生だったからな」
「……どんな人生送れば、こんな性欲魔人になるのか、俺にはさっぱりだけどな」
「そういう日向はどうなんだよ? ルックスは良いし、モテるんじゃないのか」
「俺? そんな気起きねーっての。俺に限らず、ここの連中は忌まわしい生前の記憶があるからなあ……性欲なんてもんは、とっくに吹き飛んでいるぜ」
「ふうん。そういうもんか」
まあたしかに、心の病気の始まりは性欲の低下って聞いたことがある。
辛い生前を過ごしてきたここの人達の性欲は、例え男であっても低い……そんなことになっても、たしかに不自然じゃない。むしろ、それが自然なのだろう。
「性欲が吹き飛ぶ、か。気持ちはわかるな」
「いや、説得力ありませんから⁉」
「え⁉」
「え⁉ じゃないから! こんだけ噂が流れて――しかもどれも、難攻不落な感じの女の子って、完全に性欲の化け物だから!」
「失礼な。女口説いてばっかりじゃねえよ。やることはやっている」
「お前がやることやっているって言うと、別の意味に聞こえるから⁉ ゼッテー手出している奴いるだろ! 誰だよ、言ってみろよ、このヤリチンが!」
「ヤリチン言うな、イケチンが」
「イケチンってなんだよ⁉」
「イケているチンコ。まさに日向のためだけにある言葉だ」
「イジメか⁉ んな言葉ねーから! そもそもお前は俺のを見たことねーだろうが!」
そんな感じで、日向とぎゃあぎゃあ騒ぎながら夕食の時間が終わる。
こういう奴とルームメイトにでもなれたら楽しいだろうが、生憎それは不可能ならしい。戦線メンバーは、メンバー同士で部屋を組んでいるのだ。
まあぶっちゃけ、呼ぼうと思えば呼べるんだけどな。
なにせ俺は副会長。
特別権限で立華同様、一人部屋なのである。
つまり、やろうと思えば友達はもちろん……女の子だって、呼び放題である。
夜。生徒会権限で、遅くまで学園内を正式にうろつくことが出来る。表向きは業務だが、もちろんそんなことはなにもしていない。
空き教室からはドラムの音が聞こえていた。おしるこを手に、中を覗く。
「あ、桜木さん」
「よう。今日は入江一人か」
「はい」
「ほい。これ、差し入れ」
「わあ、おしるこ! いつもありがとうございます!」
入江が両手でおしるこを受け取る。最初はかなり警戒されて人見知りされていたが、今となってはこんな人懐っこい笑顔を向けてくれるようになった。
「入江は甘い物好きだもんな。お菓子とか好きなのか?」
「はい。大好きですよ?」
「そっか。じゃあ今度はお菓子もセットで持ってくるとするか」
「本当ですか⁉ でも、良いのかな……」
「なにが?」
「あ、その……実は、戦線にはモラルがありまして」
「モラル?」
まあ組織だし、決まり事はいくつかあるのだろう。
「この世界、お金があるじゃないですか」
「奨学金って名前になっているけど、そうだな」
学園から支給されるお金で、俺は飲み物や食券を購入したりする。ちなみに副会長なので支給額はやや高めだ。
「戦線は神から施しを受けない、というモラルから、お金の私用を禁止されているんです。だから、食券を回収出来るオペレーション・トルネードや、川で自給自足をするオペレーション・モンスターストリームを定期的にやるんですよ」
「ええ? なんだよそれ。ゆりの奴、めんどくせーこと考えやがって。てか、あいつキーコーヒーとか、紙パックのジュースとか普通に飲んでいるところ見かけるけど、あれはどっから出てきているんだよ? カツアゲ?」
「え、ええっと……どこから、なんでしょう?」
返答に窮する入江。
なにか見えない力が働き、それ以上言及出来なかった。
まあ多分、公式の設定ミスか、語られていない部分だ。仕方ない。これだけの大作、クリエイター側は大変なんだ。……って、あれ? 俺達は今、なにを話していたんだっけか。
俺はブラックコーヒーを飲み、窓際に寄りかかった。
「調子はどうだ?」
ガルデモのメンバーはいつも夜遅くまで練習している。だからこそのあのクオリティなのだろうが、ハードなスケジュールである。
「えっと、実はそんなに良くないです……」
「そうなのか?」
「はい。新曲の練習が、中々上手くいかなくて」
音楽をやったことがないからわからないが、まあ相当難しいらしいからな。素人の俺にはわからない苦労があるのだろう。
「無理するなよ。それで、遅くまで残っているんだろ?」
「はい。でも、もっと頑張らないと。桜木さんも、よく聞きに来てくれるので……」
入江が顔を赤くしながら、そんなことを言ってくれる。健気だな。
「人一倍努力家なんだな」
「いえいえいえ……」
「頑張り屋の上に可愛い! 最強! 最高!」
「いえいえいえ……」
「さっきから入江は「いえいえいえ」と言い続けるロボットになっているぞ?」
「いえいえいえ……」
そんな他愛のないやり取りをしていると、扉が開かれた。扉を開けた人物は俺の顔を見るなり、重いため息をつく。
「たく。また、アンタか……」
ひさ子であった。げんなりとした表情でこちらを見ている。
「あ。ひさ子さん」
入江がぺこりと軽く頭を下げる。俺は手を上げた。
「よう。俺に会いに来たのか?」
「バカ言うな。アンタはすぐに調子乗るんだから」
「おっと。これはさすがに、入江に会いに来たってことか」
「いいや。どちらでもねえよ」
「なに?」
「プレイボーイのアンタがウチのメンバーを泣かせてないか、チェックしに来たんだよ」
「泣かせるって、失礼な。俺はそんなことしねえよ」
「一ミリの説得力もないんだが……頼むから、純粋な入江だけは優しくしてくれよ」
本当に純粋なのか「プレイボーイ……? 桜木さんのことですか」と入江は首を傾げていた。あまりピンと来てないのか、意味がわかってないのか……。
「安心しろ。俺は誰かを不幸にはしない」
「たく、ゆりの奴も変なのに目をつけやがって……ほどほどにしなよ」
「だから、わかっているって。練習の邪魔だけはしてないだろ?」
俺は日中にガルデモに会いには行かないし、今だってすぐに立ち去るつもりだったのだ。ひさ子からも散々釘を打たれているしな。彼女は常識人にして、姉御肌だ。ガルデモ面々の女子達を大切にしている。関根への当たりを見ると厳しそうな一面が目立つが、その根っこは仲間思いの良い奴なのだ。
「なら、いいんだけどね」
「じゃあな、入江。また来るよ」
「あ……はい。また、ね」
入江がどこか複雑そうな表情を浮かべて、手を振る。空になったおしるこを「代わりに捨てて来る」と言って、強引に受け取った。
「今度の演奏、聴きに来いよ。また派手にやるからさ」
立ち去り際に、ひさ子がそんな声をかけてきた。俺は手を振って答える。
「おう。楽しみにしている。また気持ち良くしてくれよ」
「アンタが言うと、卑猥な意味にしか聞こえないんだけど……」
「卑猥な意味で捉えてくれてもいいんだぞ?」
「遠慮しとく。そういうのは、ゆりに任せておくよ」
ひさ子はそう言って、クールにウインクをしたのであった。