音無ルート 第一話「Departure」
月日は無情にも、過ぎていった。
死後の世界。
年も取らずに、ただ時間だけが過ぎていく世界。
街なんてない。ただ、なにも変わらない学園があるだけ。
そんな紛い物の世界で、そう。数年という、長い月日が流れた。
仲村 ゆりが死んだ世界戦線を立ち上げて、何年が経過しただろう。
彼女の下にいる日向達は、何年戦い続けたのだろう。
そして、彼らと対立する立華 かなでも、何年戦い続けたのだろう。
そして……どちらの味方になる、とはっきり決めないまま、生徒会副会長こと俺、桜木 春斗は良く言えば「中立」悪く言えば「優柔不断」のまま、数年が経過。
結局、俺は何者も救うことが出来ず、ただこの世界に居続けた。
そうして、彼女達の闘争を見届け続けた。
授業を終えて、適当に辺りをうろつく。瞬間、とんでもなく目立つ生徒を見つめた。来ている制服がボロボロなのだ。オレンジ色の髪をした、端正な顔立ちをした男子生徒だ。そのせいだろうか。大半のNPCから奇異の目は向けられているものの、女子生徒の中には顔を赤くして、チラチラと視線を向けているものもある。
だが、その形相はとんでもない。焦っているというか、錯乱しているというか。目もどこか落ち着きがなかった。
「ちくしょう……! どこかに、信用出来る大人はいねえのかよ⁉ なんなんだ、この世界は⁉」
浮いている。はっきりとした感情。
この世界にいて長いからだろうか。NPCではなく、人なんじゃないかと、すぐにピンときた。まあもちろん、確証はないわけだが。
この情緒不安定な感じ。多分、この世界に来て間もないんじゃないだろうか。
「校長室に行ってみたらどうだ?」
俺が声をかける。
少年ははっとして、こちらを見た。
「校長室?」
「大人を探しているんだろ?」
「あ、ああ」
「なら、校長室へ行ってみたらどうだ」
「そうか……校長。そうだ、校長なら、この学園のこと、よく知っているかもしれない」
まあ、この学園に来た奴が真っ先に思い浮かぶ、典型的なものなんだけどな。
「俺が案内してやるよ」
「いいのか?」
「大人を、探しているんだろ?」
わざと「大人」の部分を強調した。
悪いな。俺は、わかっているんだ。
「あ、ああ……? サンキュー。よろしく頼むよ」
引っ掛かりは覚えたようだが、背に腹は変えられないのだろう。少年は大人しく俺について来た。
校長室。クラスSSSの本部だ。
とりあえず、この世界へ来たばかりだというのなら、ゆりに会っておくべきだろう。立華でも良いが、あいつは少し説明不足なところがある。だから、その辺りのセンスがあるゆりに会っておいた方がいいだろう。
……もっとも、その巧妙な話術で、あれよあれよと戦線に引き込まれてしまうわけだが。まあ、それも仕方ない。現状、この世界における戦力図はクラスSSSの方が強大だ。立華の言いなりになっている「人」の方が圧倒的に少ない。
悲しいかな。立華は口が上手くないから、あいつについて行く人は少ないんだよな。
「ここをまっすぐ行ったところだ」
「ありがとう。助かったよ。えっと……」
「桜木 春斗。あんたは?」
「俺? 俺は、えっと……」
少年が首を傾げる。記憶喪失か。戻るといいな。
「じゃあな」
「え? あ、ああ!」
手を振ると、少年も手を振り返してくれた。
階段を降りようとしたところで、俺は重要なことに気がついた。
「あ、やべ。合い言葉がないと入れないから、ちょっと待って――」
瞬間、ズドオオオオオン! という音と共に「うわあああああああああああああああああああああああ⁉」痛々しい、少年の悲鳴が響き渡った。
「……ごめん。間に合わなかったか」
ぶらんぶらん、と目の前に野田が作ったハンマートラップがぶら下がる。相変わらずすげえトラップだよな、これ。死にゲーかっての。
「あら、春斗くんじゃない」
トラップが起動したからか、校長室からゆりが現れる。
「多分、お前らお目当ての人間だ。今、悲鳴を上げながら吹っ飛んでいったが」
「ん? ああ、彼ね」
「知っているのか?」
「ええ。日向くーん! あの新人候補、トラップにかかったから回収してきてー!」
窓から外を覗き込んだゆりが、校長室へ向かって叫ぶ。中から「えー? また、俺かよ⁉」と日向が文句を言いながら、外へと向かう。
「おう。桜木じゃねえか」
「よう。運ぶの、手伝うよ……てか、あいつが引っ掛かったの、俺のせいだしな」
「え? そうなのか?」
「そうなんだよ……」
俺と日向は、記憶喪失の少年を回収するべく、外へと向かった。
死んだ世界戦線を改名するだとかなんとかで、戦線メンバーはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた。
一応、俺は部外者なんだけどな……なし崩し的に、ここへ来てしまった。
さて。そんなアホなコントをしている間に、少年が目を覚ます。話に夢中なゆり達は、全くそれに気がつかない。
「迷い人がお目覚めだぞ、みんな」
俺がそう言うと、みんなが一斉に少年へ注目した。
「ああ、気がついた? そうだ、聞かせてもらおうかしら?」
「……なにを?」
少年がゆりを睨みつける。その眼差しは剣呑だ。
なんか、あんま良い雰囲気じゃねえな、こいつら。どういうファーストコンタクトだったんだ?
「考えておいてって言ったでしょ? 新しい部隊名よ」
「勝手にやっていろ戦線」
「っ⁉」
ゆりが息を飲む。
思わず、口笛を吹いた。やるねえ。面白そうな奴が来たな。
まあ連れて来た段階でわかったが、ゆりを筆頭に言葉巧みに少年を誘導して、彼はあれよあれよと戦線への加入に前向きとなっていった。
だが、記憶がないということもあるせいか、戦線の思想に同意したわけではない。なんというか、本当に勢いと、成り行きで加入した、という感じである。
「えっと……彼は? 桜木、だっけか? あれもお前らの仲間なのか?」
制服が違うというのと、ゆりがわざと紹介しなかったからか、少年――少しだけ記憶が戻って、音無と名乗った――は俺を指さした。
「ああ、彼? 彼は中立よ」
「中立?」
「そう。生徒会副会長という立場でありながら、天使に忠実ではなく、といって戦線に同意しているわけでもない。そうね、チャランポランな浮浪者のようなものかしら」
ひでえ言い草だな。
「おい。変なことを吹き込むな」
「事実じゃない」
「事実じゃねえっての。間違ってはねえが」
「でも、彼の真似はあまりおススメしないわ。学園生活を送れば、普通は消えるもの。でも、彼はそのリスクをわかった上で、中立という道を選んでいる」
合っているような、合っていないような。
まあ、俺はイレギュラーだし、そんな説明でいいのか。来たばっかりの奴に、頑張っても消えない奴もいる、なんて説明したら混乱するだろう。
諸々の説明のため、ゆりと音無は屋上へと消えていった。
「さて、と。俺は去るとするか」
俺がそう言って立ち上がると、日向が「え? なんで?」と首を傾げる。
「俺はメンバーじゃねえぞ」
「あ、そっか」
「たく。緊張感ないな、スパイ活動でもされたらどうする気だ?」
「お前はそんなことしねーよ。信じているって」
日向が人懐っこい笑みを浮かべる。うっ。なんか、照れるな。
「音無。入ってくれて良かったな」
俺がそう言うと、藤巻がけっ、と何故か少し悪態をついた。
「俺はわかんねえな」
「なにが?」
「なんであんな奴が即幹部入りするんだ? ゆりっぺの奴、なに考えているかわかんねーぜ」
へえ。あいつ、幹部入りなのか。そういや、すぐに銃を渡していたな。
「俺みたいに、元軍人なんじゃないか……って、記憶喪失か」
自分で自分にツッコミを入れる。
まあ、ゆりの琴線に触れる「なにか」があるんだろうな。
「けっ。第二の桜木になりそーだな」
藤巻がわけのわからないことを言う。
「なんだよ、それ」
「ゆりっぺお気に入りの男ってことだよ」
「お前、あいついない時で良かったな……」
冗談でも、そんなこと言ったらボコボコにされるぞ。
授業を終え、生徒会業務をこなし、簡単なトレーニングをした後、食堂へと向かう。なんだか、辺りが騒がしかった。食堂にはガルデモの面々がいて、ファンが遠巻きながらも集っている。まあ、複数の戦線メンバーがガードマンとして囲っているから、近づけないようになっているんだけどな。
ガルデモがいる、という噂は瞬く間に広がり、NPCがどんどん集まっていく。宣伝をせずとも、食堂であの四人が集まるだけで、こうなる。さすがだ。
音響・照明などステージの準備も進められているから、ゲリラライブが行われるのは間違いないだろう。俺は食堂内でキョロキョロと見渡し、人影を探す。
「……よう」
岩沢が遠巻きに俺を見つけ、手を上げる。俺もそれに答える。
階段を上がり、下を見下ろせるところまで来た。
「遊佐」
「桜木さんですか」
「オペレーションか」
「そうですね」
本来は答えてはいけないのだろうが、まあここまで来れば今更だろう。
立華も騒ぎに気がついているはず。
とすれば、このライブを止めるためにここへ来るはずだ。
「……また、戦いになるのか」
あまり嬉しいことじゃない。立華にも、ゆりにも、戦線のみんなにも傷ついてほしくない。例え命が落とすことのない、死後の世界だとしてもだ。
「心配ですか」
「当たり前だろ。遊佐も無理するなよ」
「はい」
瞬間。照明が落とされた。
歓声が上がる。ステージ上にガルデモの四人が上がり「Crow song」のセッションが始まった。
「始まったか……」
四人の演奏は聞きたいところだが、戦いの行方が気になる。俺は没収品の中からひったくった双眼鏡を手に、窓の外へと目を向ける。
状況は。状況は、どうなっている――。
「いた」
立華だ。
月明かりに照らされた、食堂へ続く一本橋の上。
幻想的な銀髪をそよ風でなびかせながら、歩く。その先にいるのは――。
「音無か!」
嫌な予感がする。そう思って、階段を一気に降りる。
「桜木さん」
遊佐が俺を呼び、腕を掴む。だが、俺はそれを振り払った。
「悪い。行かせてくれ。放っておけるかよ」
Crow songがサビに入る。照明の華麗な演出と共に、歓声のボルテージが上がっていく。俺はそんな煌びやかなステージと音を背に、戦場へと向かった。
手には、これもまた没収品の一つである、拳銃を握った。
銃声がした。音無は不慣れな動作で撃ったのだ。だが、銃には反動がある。ましてや距離があったため、明後日の方向へ銃弾が飛んでいる。
立華は容赦なかった。パッシブスキルによる、目にも止まらぬ速さで距離を詰めていく。ハンドソニックを無慈悲に突き立てる。その刃先を、俺がナイフで受け止めた。
「待て! 立華!」
「っ⁉」
立華が息を飲む。ジャンプして後退し、じっとこちらの様子を伺った。
「お前は……桜木」
慣れない戦闘で怯えているのか、音無が震えた声を上げる。
「走れ! 今のお前じゃ、足止めにもならない!」
「っ……! クソ、ちくしょうが!」
音無が屈辱に顔を歪め、階段を上がっていった。
あいつ、あの調子じゃ生前で戦った経験はないな。まあ動きを見る限り、体力とか運動神経は良さそうだから、才能はありそうだが。
「どうして庇ったの?」
立華の問いかけに、俺は……困った。
「上手く言えない。でも……心配になった。それだけだ」
「優しいのね」
「お前のことでもあるんだけどな」
「あたしは大丈夫よ。あれを、止めないと」
立華はそう言って、歩み出す。
「……幹部の連中が集まる。あの野田がハルバートで奇襲を仕掛けてくる。それをハンドソニックで防いだら、そのあとでディストーションしておけ」
「ええ。ありがとう」
こんなところを遊佐かゆりに見られたら、俺は終わりだな。立派な作戦のリークである。
だけど、俺はどちらの味方でもない。
……なんで、こんなことしているんだろうな。
自分で、自分がわからなくなる。
なにをしても消えないイレギュラーだから、なにか成せるのだと思った。
ゆりや、立華や、みんなを救えるんじゃないかって。
あの長い戦いを終わらせられるんじゃないかって。
でも、それは夢物語だった。
この戦いはいつまで経っても、終わらない。
そういう奴が現れるかとも思った。そしてそれが、心のどこかで、俺であってほしいと思っていた。
だけど、そんなことはない。
俺は中途半端な、紛い物。
みんなを救うなんて、そんな力は……どこにも、ないのだ。
食堂へと向かう。戦闘は終わった。夜空の下、食券が空を舞う光景はまるで光の粉のようで、幻想的だった。戦線メンバーが中へと退散していく。俺も食堂の中へと向かった。食券は拾わない。「唐揚げ定食」を購入し、列へ並んだ。ライブを聞き終えた者達がついでに夕食を済ませるようだ。そして作戦後ということもあり、かなりの数の戦線メンバーが集っている。正直、多すぎて知らない奴も多い。
「あら、春斗くん」
「ゆり」
立華の味方をしたということもあり、今は顔を合わせづらい。
それを知ってか、それとも知らずか……ゆりは笑みを浮かべ、俺の腕を引っ張った。
「ほら、行きましょう! アンタも一緒に食べるのよ」
腕を引かれ、勢いで戦線メンバーと共に飯を食った。隣にはゆりが座り、前の席には音無が座っていて、肉うどんを頼んでいた。
「春斗くん。こしょうとって」
「ん? ああ」
こしょうを手に取り、ゆりに渡す。音無は箸が進んでいなかった。
「どうした?」
「ああ、いや。ただの足止めが……こんな壮絶なことになるなんて、思いもしなかった」
「こいつらがやることは派手だからな。まあ、そう思い詰めるな。道は一つだけじゃない。戦線でやっていけねえと思ったら、いつでも俺のところへ来い――って、いてえ⁉」
ゆりに思いっきり足を踏まれ、抗議の声を上げる。
「なにすんだよ!」
「せっかくの新人に変なこと吹き込まないでくれるかしら⁉」
「だからって蹴るな! いてえだろ!」
「なによ! 天使に戦闘のアドバイスをしたんだから、おあいこよ!」
「バレてんのかよ!」
「アンタのやることなんてお見通しよ!」
そのやり取りを聞きながら、音無が首を傾げる。
「お前ら、なんか親しいよな。付き合っているのか?」
「婚約者よ」
「っ⁉」
「なんて、冗談だけど」
「……えっと、つまり。どういうことなんだ?」
「そんなこと、どーでもいいじゃない。あたしと春斗くんがどんな関係でも」
ゆりの言葉に、俺は特になにも言わなかった。長い年月が経過したからな。どういう関係だなんて、今更言語化するのも億劫なのである。
さて。これは、始まりの物語。
今までは、長いプロローグだった。
ここから、始まっていく。
Departure。
……そう。俺は、すぐに知ることになる。
なんでもない、ちょっと面白そうだと思った新人の少年、音無。
彼の登場によって、戦線は……いや、この世界は大きく変わることになる。
役者が揃い、舞台の幕が開かれる。
神への復讐、その最前線。
Angel Beats!へ。
オペレーションが、スタートする。