ガルデモの告知を知らせるフライヤーを、掲示板から剥がす。するとNPCがゴソゴソと集まってきて、俺を非難し始める。
「これくらい見逃せよ、副会長!」
「そうだ、そうだ!」
「ガルデモのライブはわたし達の楽しみなのよ!」
まるで俺が悪役である。
しかし生徒会業務として、このフライヤーを放置するわけにはいかない。大体、俺だって気が進まないっての。
にしても、妙だ。
ガルデモが無許可の告知ライブなんてな。立華に捕まるぞ。ゆりの奴、なにを考えているのやら……。
ちなみにギルド降下作戦とは違い、今回の一件は俺に一報が届いていない。生徒会の力は借りない、ということなのだろう。
「また、この人達……」
生徒会室。フライヤーを見た立華が、重いため息をついた。
「珍しいよな。ガルデモが告知ライブって」
「今夜なのね。先生方に報告しておくわ」
立華が無難なことを言い出す。まあ、ハンドソニックを磨いておくわ、とか言い出さなくて良かった。
「……なんて。穏やかに終わるわけがないんだよな」
どうせ戦いにはなる。戦線のやることは、ゆりのやることはいつだってド派手にして命掛けだ。
「桜木くん」
「なんだ?」
「もう少し校内の見回りを頼めるかしら。尻尾の生えている女子生徒が、たくさんフライヤーを持っていたから」
「尻尾の生えている女子生徒って……ゆいのことか。あいつ、陽動班の雑用係だもんな」
「ゆい?」
「ああ。路上ライブで人気集めているんだ。ゆいにゃん、なんて呼ばれて、小さいけど隠れたファンクラブもあるんだ」
ギターと歌が下手だった頃から知っているから、俺としては感慨深い。今じゃギターはもちろん、歌声も一級品になっている。ガルデモの曲は全部コピー出来ているし、彼女も十分にアーティストだろう。
「騒がしいのは苦手だわ……」
ロックの魅力がわからない立華は、不思議そうにそんなことを言った。
まあ、立華は大人しいタイプの女の子だからな。こういうパワフルな文化と雰囲気は、どうしても理解出来ないのだろう。
それにライブを騒がしい、と感じてしまう気持ちはわからないでもない。たしかにあの全身を揺さぶるような轟音へついて行くのは、それなりにエネルギーが必要だ。
「あなたもファンなの?」
「え? 誰の?」
「ゆいにゃんさんの。詳しいから」
「違うっての。勘弁してくれ」
まあ、可愛い女の子だとは思っているけどな。変な意味ではなく。
立華の読み通り、たしかにあちこちにフライヤーが張られていた。ゆいの奴、頑張っているな。でも、立華が知っているってことは、途中で見つかったのか。
「ん……?」
空き教室から、ギターと歌声が聞こえる。
岩沢だ。心臓が高鳴る。聞いたことのない曲で、しかもバラードであった。
「ガルデモがバラード……?」
イメージがない……というか、初じゃないか?
窓越しに空き教室の中を覗く。岩沢が新曲を歌っている。思わず聞き入る。相変わらずのメッセージ性のある歌詞に、心動かされるメロディー。そして美しい歌声。すごいな。良い曲だ。岩沢はこういうしんみりした曲も出来るんだな。
演奏が終わる。
「おっと。ひさ子にでもバレたら怒られるし、退散退散」
「誰に怒られるって?」
ひさ子の声であった。俺はフライヤーで顔を隠し、甲高い声を作り、右手を伸ばす。
「ひさ子さん、ファンです! 握手してください」
「NPCを装うな。どう見てもアンタは桜木だろ」
「ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「ふーん。ゆりにチクっておくぜ?」
ひさ子がニヤニヤと笑みを浮かべる。するとさすがに気がついた岩沢が、廊下に出てきた。
「桜木、ひさ子。いたのかよ」
首にタオルを引っかけている。汗に濡れた姿が、妙に似合う少女だ。俺は再びフライヤーで顔を隠し、甲高い声を作り、右手を伸ばした。
「岩沢さん、ファンです。握手してください」
「え? お、おう。どうした、桜木。変な奴だな」
冗談が通じない岩沢は、首を傾げながら握手に応じる。
ひさ子が俺の頭を強くチョップした。
「作戦のことは話せないぜ。今回は桜木の出番はない。そういうことなんだ」
ベランダでグラウンドを見下ろしながら、ひさ子がそんなことを言う。岩沢は柵に腰掛け、水を飲む。俺は肩をすくめた。
「別に、そんなことを聞きに来たわけじゃねえよ」
「じゃあ、なんの用なのさ?」
ひさ子がぎろりと睨みつける。
相変わらずだな。怖いっての。
「なんだよ。用がないと、来ちゃダメなのか?」
「あたしらは練習で忙しいんだよ。あと、アンタは戦線のメンバーじゃない。本来は会っちゃいけないんだぜ? 邪魔だっての」
「そうかよ」
そこまで突き放されたら、そりゃ近づかないようにするしかない。
「おいおい、そんな冷たくするなよ、ひさ子。桜木は副会長って立場から戦線をサポートしてくれているし、なによりも、あのゆりの大切な人なんだ。信頼出来る奴だろ?」
岩沢が優しくフォローしてくれる。彼女に言われると弱いひさ子は、途端に態度を少し和らげた。
「ま、まあ、少し言い過ぎたよ……」
唇を尖らせている。
まあ、ひさ子はガルデモのガードマン的な立ち位置でもあるしな。変な奴は近寄らせたくない、という一心なのだろう。女の子なら良いだろうが、野郎ともなればかっかするのも無理はない。
しかも俺は、戦線の完全なる味方というわけではない。現に手元には剥がしたフライヤーを握っているわけだしな。残念ながら、敵でもあるんだ。
「練習が聞こえてきてさ。新曲で、しかもバラードだったから、つい聞きに来ただけだ」
そう言うと、ひさ子がああ、と声を上げる。
「My Songね。没になった曲だよ」
「ええ⁉ あんなに良い曲なのにか!」
俺が大声を上げると、岩沢がクールな笑みを浮かべた。
「サンキュー。でも、陽動には向かないって、ゆりがさ」
「……いつもの、あいつの勘か」
「ああ。でも、あの勘はすごい。それで戦線をここまで大きくして、天使を出し抜けるようになった。ゆりの言うことは信頼出来る」
「でも、もったいねえな。非公開の曲になるわけか……」
かなりの支持を得られると思うんだけどな。
「なら、ゆりを連れて聞きに来いよ。そうしたら、アンタのために弾いてやる」
岩沢がそんなことを言ってくれる。あいつを連れて、か。いいかもな。
「いつか、よろしく頼むよ」
「ああ。約束だ」
俺の言葉に、岩沢はこくりと頷いてくれた。
夜。告知ライブの時間になった。俺と立華は先生を呼び、連れ立ってライブ会場へと向かう。俺の胸中には罪悪感が生まれるが、戦線の狙いは人をここへ集めることだ。ゆりはその間に、どこかで「なにか」をするのが狙いのはずだ。
なにか出来るとするならば、俺は出来るだけこの場が長引くようにすることだろう。だが、事態は予想以上のものへと発展した。教員は十人以上、しかも男性ばかり。何人かは屈強な体つきをした体育教師で、本気で止めに行く気概を感じられた。
教師が乱雑な動作でライブ会場の扉を開ける。中は暗く、ステージ上のみが華麗な照明で照らされていた。
「こらあ! お前ら、なにをしている!」
教師が声を荒げる。しかしNPCも抗議の声を上げる。
立華はそれを見届け、立ち去る。この場は教師に任せるつもりなのだろう。これじゃあ、足止め出来ていない……。
「立華」
「なに?」
「……少し待ってくれないか」
「どうして?」
「お前の力が、必要になるかもしれない」
適当なことを言って、立華の足を止める。
そんなことをしている間にも、教員達の強行は進んでいく。演奏が止まり、教員の一人が岩沢のギターを取り上げた。
瞬間――岩沢が大声を上げ、渾身の力でギターを取り戻す。
するとそのギターで、あの時のバラードを歌い出した。
「新曲……?」
NPCが呟く。
ステージ上にはひさ子がいない。上に上がったのだろう。学園内のスピーカーから、My Songが流れる。その音はとても幻想的で、儚くて、力強かった。
だけど――何故だろう。どこか美しいのに、悲しくなる。心の奥へ響きかける。そんな歌声だ。
「――ダメだ、岩沢!」
叫び声が聞こえる。音無であった。息を切らせて、ライブ会場へと駆けてくる。
「音無⁉」
俺が呼びかけるも、彼は振り向きも、立ち止まりもしなかった。群衆をかき分け、ステージへと駆けあがる。
「それ以上、歌うな!」
音無が叫びと共に、あろうことか岩沢を突き飛ばす。
当然、演奏が止まる。頭を強く打った岩沢は、意識を失った。
「あいつ……なにしてんだ?」
俺が思わず声を上げる。ミーハーなNPCは怒りをあらわにし「あの野郎!」「邪魔するな!」「ひでえことするな!」と声を荒げた。
「とっとと片付けろ! ライブは中止だ! お前らは寮に帰れ! あとお前らは朝一に生徒指導室へ来るように!」
教師が怒号を上げ、その場はお開きとなった。戦線のサブメンバー達が撤収作業に移る。俺はそれに乗じて、ステージに上がった。取り押さえられていたのか、倒れている遊佐を見つけ、手を伸ばす。遊佐はその手を取り、立ち上がった。ひんやりとして冷たい、儚い手だった。
「遊佐。大丈夫か?」
「はい」
「派手な陽動だったな。ご苦労さん」
「いえ」
ひさ子がこちらに気がつき、声を上げた。
「アンタか」
「よう。岩沢は大丈夫か?」
「ん? ああ、疲れているだけだ。ちょっと手伝えよ」
「わかった」
「音無、アンタもだよ」
ひさ子の言葉に、音無は「ああ」と言って、一緒に岩沢を運んだ。