※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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音無ルート 第四話「Day Game」前編

「「神も仏も天使もなし」」

 校長室の扉越しに、音無と岩沢が同時に合い言葉を放つ。珍しい組み合わせ。というか、岩沢が誰かと一緒に来る――しかも、男で新米の音無ともなれば、その意外性は凄まじいものであった。口々に囃し立てる声が上がるも、岩沢はクールに「ただの偶然だ」と流すばかりだ。

「仲良いのか?」

 黒いソファに座る音無の後ろへ回り、声をかける。

「ああ、いや。岩沢の言う通り、ただの偶然だ」

「ふうん」

 脳裏をよぎるのは、決死の形相で歌を止めた音無の姿だ。ようするにあれは、消える予感がしての突飛の行動なのだろう。まあたしかに、今思い返せばあの時の岩沢はいつもと雰囲気が違っていた。それを瞬時に察するなんて、岩沢のことをかなり考えていないと出来ないことのような気がするが……。

 まあ、いいか。今は偶然ってことにしておこう。

「つーか、なんで桜木がいるんだ?」

「すぐにわかるよ」

 俺が意味ありげに言うと、音無は「そうか」と言って頷いた。

「幹部は全員集まりました」

 高松が報告する。瞬間、部屋が暗くなりプロジェクターが起動した。

 ゆりがクラスSSSが今年も球技大会へゲリラ参加することを説明し、戦線メンバーは戦々恐々とした。例によって、罰ゲームを恐れているのだろう。

 そして俺の役割はゲリラ参加が認められるように根回しすることだ。だが、そのことを説明された後、俺は挙手した。

「みんなに、頼みがある」

「なんだよ?」

 日向が首を傾げる。戦線メンバーは俺に注目した。

「今年はクラスSSSの野球チームに、俺も入れてほしい」

「え、大丈夫なの?」

 大山が当然の疑問を口にするが、答えはあらかじめ考えている。

「ああ。別に、一般生徒として球技大会に参加するってだけだからな。なにも問題はない」

「別にいーけどよ、てめえどこのチームに参加する気だ?」

 藤巻の声に、俺は淡々と答える。

「ガルデモチームだ」

「初戦敗退の弱小チームじゃねえか。なんのつもりだ?」

「……ま、ちょっとわけがあってな」

 俺が意味ありげに言うと、藤巻はそれ以上言及しなかった。

「こっちにはもう話がいっている。今年の桜木はあたしらが預かる」

 岩沢がそう言うと、いよいよ誰も言及出来なくなる。

 まあ、別に深い意味はないんだけどな。むしろどちらかというと、俺はオマケに過ぎない。本当にこのチームへ参加させたい奴は、別にいる。俺はなんというか、その橋渡しというか、建前のためにいるようなものなのだ。

「ゆりっぺはいいのか?」

 松下五段が言うと、ゆりはこくりと頷いた。

「話は聞いていたわ。あたしは構わないわよ」

「知っていたのかよ。ゆりっぺ公認なら、いいんじゃね―の? よくわかんねーけど」

 日向が怪しげな視線を俺に送る。

 会議が終わると、幹部連中が解散していく。しかし日向は音無の肩に手を置き、さっそくスカウトを開始していた。

「音無。俺にはお前が必要だ」

「ホモなのか?」

「ちげーよ!」

 いよいよツッコミ役が板についてきた音無に、日向は声を荒げる。実は、あと二人必要なんだよな。

 というわけで、俺も悪ノリして音無の肩に手を置いた。

「音無。俺にもお前が必要だ」

「……」

「本気で引かないでくれるか? 傷つくぞ?」

 日向が反対側から非難の声を上げる。

「おいおい、俺がさきに声かけたんだぞ! とろうとするな!」

「なんだよ、日向。いいじゃねえか」

「大体、お前はガルデモチームだろ⁉ 罰ゲーム筆頭候補だ、まあガルデモメンバーは免除だけどよ。幹部はそういうわけにはいかねえんだよ!」

「そりゃ、例年の話だろ? 今年は違う」

「なに? 桜木一人入ったくらいで、強くなるってのか?」

「俺を誰だと思っている。副会長だぞ。メンバーの二人は、野球部のレギュラーだ」

「マジかよ⁉」

「ああ。NPCを誘っちゃいけないルールなんてないだろ?」

 ……まあ、正確に言えば、もう一人は「人」なんだけどな。

「つーわけで、あと二人必要なんだ。ちょうどいい。音無、日向。力を貸してくれないか?」

 

 

 野球部のレギュラーがメンバーにいる、というアピールポイントにつられ、無事に音無と日向を仲間に引き入れることに成功した。

「それにしても。何故、ガルデモチームなんだ? わけありだって言っていたが」

 グラウンドへ向かう途中、音無が聞いてくる。

 まあ、この二人には説明しておくか。

「山倉って奴がいるんだけどよ。そいつ、一般生徒にまぎれている「人」なんだ」

「そいつがメンバーなのが?」

 日向の言葉に、俺は頷く。

「彼は思想的に、戦線に入るタイプじゃなくてな。だから、普通に学園生活を謳歌しているんだけど……去年からずっと、岩沢に片思いしていてな。その今の状況が、生前とかなり似たものになっていてな。だから消える前に、思いぐらい伝えたらどうだって、提案したんだ」

「青春かよ。なに、そいつのために桜木は球技大会に参加したのか?」

「ああ。山倉からガルデモチームに参加するってのは、難しいだろ? だから、俺の推薦っていう体で、チームに引き入れたんだ。俺の参加はゆりにでも頼めば、どうとでもなるしな」

「あいつ、よく許可出したな……なんだかんだ、桜木には甘いのか」

 日向がそんなことを言った。まあ、今回の一件はそうかもしれない。

「でも、これでガルデモチームが勝ち進んだら、ラッキーだろ?」

 俺がそう言うと、音無がため息をつく。

「野球なんて出来るのだろうか……俺、記憶ねーけど」

 その声音は、ひどく不安げなものであった。

 

 

 その野球部である山倉を中心に、俺達、ガルデモチームの練習が始まった。途中からひさ子達も参戦し、守備・バッティング練習をする。また、運動神経が未知数の音無は山倉とNPCがテストをした。

 そうして、時間はあっという間に夕方となる。ひさ子が全員を集め、山倉がスタメンを発表した。

「山倉。決まったかい?」

 ひさ子の問いかけに、彼はこくりと頷く。

「はい。一番、ピッチャー音無さん。二番、セカンド日向さん。三番、山倉こと僕、キャッチャー。四番、サード村田。五番、ファースト桜木さん。六番、ショートひさ子さん。7番、センター岩沢さん。八番、レフト入江さん。九番、ライト関根さん。外野には出来るだけ飛ばさせないようにします」

 その言葉に、関根が目を丸くした。

「うわー。あたし達、舐められている……!」

 入江がなだめるように微笑する。

「まあまあ、あたしら野球なんてよくわからないし」

「ちっ、4番DHぐらいが妥当だってのに」

「でぃーえいち……?」

 入江が首を傾げる。

 4番DHって。関根、お前は大谷か。あと指名打者制度はねえよ、意味わかっているのか?

「待て待て、俺がピッチャー⁉ しかも先頭バッターかよ。俺、左打ちでもねーし、足だって早くねーぞ」

 音無が困惑した声を出す。

 でも実際、練習の時は良い動きしていたしな。わりと妥当な気がする。

 山倉も同じ印象だったのか、落ち着いて言葉を返した。

「音無さんは制球力が高いです。付け焼刃ですが、チェンジアップを教えます」

 その言葉に、野球経験者の日向が頷いた。

「チェンジアップか。腕の振りは同じだし、なんとか覚えられるだろ」

「中々の無茶振りなんだが……やらなきゃダメか? 抑えられる自信がないぜ」

 イマイチ気が乗らない音無に、日向は肩に手を置いた。

「ゆりっぺの罰ゲームはきついぜ?」

「うっ……」

 短期間ながらも、ゆりの横暴さと苛烈さを実感しているのか、音無の顔が青ざめる。

「二人でしたら練習出来る場所はあります。どうしますか?」

 山倉の提案に音無は半分焼けになって声を上げた。

「わかった、わかったよ! よろしく頼む。でも、打たれまくったら、変わってくれよな」

「そうですね。その時になったら、桜木さんと交代しましょう」

「桜木と?」

「彼はアンダースローで130キロ投げられます」

「化け物じゃねえかよ⁉ 桜木でいいじゃねえか!」

「ですが、彼はコントロールが良くないです。フォームも癖があって、大振りです。このチームはストライクを低めに集めて、内野ゴロや内野フライで打ち取りたいので……じゃじゃ馬タイプの桜木さんとこのチームでは、相性が悪いんですよ」

 野球に詳しい奴の言葉は重い。音無はなにも言い返せなくなり、肩を落とした。

 

 

「おおー! 雲一つない晴れ! 絶好の球技祭日和ですよ、みなさん!」

 教室で集合した後、みんなと共に外へ出ると、関根が元気よくそう言い放った。しかしガルデモ面々の士気はそんなに高いわけではなく、岩沢はクールに「そうだな」と短く言って、ひさ子もさほど嬉しくなさそうに「だな。ま、どっちでもいーけど」と言った。

「たく、罰ゲームとは無縁だからって……」

 日向が呆れたように愚痴をこぼすも、まあこっちは二人野球部のメンバーがいるのだ。そんなに勝負が出来ない戦力ではない。

 死後の学園こと天上学園は総勢〇〇〇人を超えるマンモス校だ。

 その花形スポーツ、野球とはいえ生徒のレベルはせいぜい初心者に毛が生えた程度。

 本格的にやっている奴が一人、二人混じるだけで、そいつが無双出来るから現役メンバーがいることのアドバンテージは大きいのである。

「うおっ、すげー盛り上がってんな」

 野球場へと近づくと、音無が驚いたように声を上げた。フェンスの外から様々な生徒が観戦し、応援をしている。

 我ら戦線メンバーはゲリラ参戦が基本。対戦を始めようとしている二チームに割り込み、参加を申し出た。

「またかよ⁉ どんどんチームが増えやがって……ダメだ、ダメだ! これ以上はそんな勝手は許されない! 桜木副会長までなにをしているんだ!」

 審判が俺を攻めるようにまくしたてた。

 これには定番の返しを用意している。

「学校の生徒を出来るだけ参加させたいんだ。許してやってくれないか」

「ぐぐっ……」

 悩む審判に、関根がさらに押し込む。

「みんな大好き、ガルデモチームですよ? ほらほら、興味ないですか? はい、みゆきちもチャーミングになにか言ってやんなさい」

「ええ? ちゃ、チャーミングって……あ、えっと、その、よろしくお願いします……」

 人見知りを発動したのか、関根の後ろに隠れながらお願いする入江。

 それに岩沢も続いた。

「頼めないか?」

 審判は少し顔を赤くする。

「……わかった。参加を認めよう」

 ちょろい奴だ。

 

 

「音無さんはリード通り投げてください。あなたの制球力ならそれが出来る」

「ああ」

「作戦通り、外野は通常より後ろの方へ下がって守るように。勝ちにいきましょう!」

 山倉の手際の良い指示を皮切りに、俺達は守備位置へつく。守備の作戦については、山倉の言った通りの内容だ。

 岩沢・入江・関根の外野の守備はフライをとるのも怪しいレベル。それならばいっそフライを諦め、後ろの方へ下がり、確実に補球して長打を防ごうという狙いだ。

 初回の表。音無はチェンジアップを混ぜたピッチングで、三者凡退に抑える。上々の立ち上がりだ。

「よくやった、音無! ナイスピッチング!」

 日向に褒められ、音無がとりあえずほっとしたように答える。

「まあ、なんとかな……」

 だけど、ここで悪い知らせがあるんだよな……。

「あのクラス。去年の優勝チームなんだよな」

 ベンチに集まったみんなへ向けて俺がそう言うと、「ええー⁉」と愕然とした声が返ってくる。

「二年が優勝したっていうのかい?」

 ひさ子の言葉に、俺がこくりと頷く。

「あの背の高いピッチャーがいるだろ。サウスポーなんだが、あいつがすごくてな」

 グラウンドには、百八十後半はありそうなピッチャーがマウンドに上がっていた。先頭バッターである音無は「いかにも強そうだな……つーか、本当に高校生かよ」と声を上げる。

 審判がコールし、裏の攻撃が始まった。

 去年の優勝ピッチャーは左でボールを投げる。ボールは横へ滑るように曲がり、内角ギリギリを通過した。

「うおっ、なんだ⁉」

 音無が思わず仰け反る。

 が、主審は「ストライク!」と無慈悲な判定を出した。

 ネクストバッターサークルで、日向が感心した声を上げる。

「スライダーか」

 俺はこくりと頷く。

「ああ。ただの経験者とは思えないほど、良いスライダーでな。背も高いから、ストレートも早い。去年はほとんどの奴が打てなかったんだ」

「だろうな。しかも左だから、こっちに向って曲がってくるし、結構こえーな」

「いけるか?」

「現役だったら、少しは対応出来ただろーけどな。ま、やるだけやってやんよ」

 音無が三振に倒れる。日向がバットを持ち、バッターボックスへ向かった。が、早いストレートとキレのあるスライダーに歯が立たず、同じく三振に倒れた。しかも驚くべきことに、三球三振であった。ストライクゾーンへ確実に入れる制球力もあるようだ。ただの経験者とは思えない実力だ。

 三番の山倉は初球打ちでジャストミートさせるも、センターにとられアウト。裏の攻撃は三者凡退に抑えられた。

「惜しかったな」

 俺が山倉へそう声をかけると、彼はこくりと頷いた。

「はい。ですが、あのピッチャー……野球部かと思うくらい、良いピッチャーです。初戦から厳しい戦いになりそうですね」

「野球はピッチャーが重要だっていうが、まさにその通りの展開だな、これは……」

 二回の表、裏も両者共に三者凡退に終わる。

 が、三回の表になって試合が動き始めた。音無が順調に2アウトをとるものの、9番バッターのヒットでランナーを出す。1番もそれに続き、1、2塁のピンチを迎えた。

 ……まあ、正確に言えばヒットではなく、外野フライなんだけどな。良い外野がいれば凡打に抑えられる当たりだった。だけど、外野は野球素人の女子三人。外野に飛んだらアウトはとれない。

 続く二番バッターの打球も、レフトまで飛ぶ。

「っ、捕ります!」

 入江が大胆にも全力で前進し、落下地点へ潜り込む。

 勝負に出たのか。たしかにここでとれれば、スリーアウトになる。勇敢で良い判断だが、大丈夫か。初心者がフライとれないのは、正直よくある話で、仕方のないことなのだが――。

 案の定、ボールはグラブをすり抜け、入江のおでこに直撃した。

「ぶっ⁉」

 痛さに悶絶する入江に、岩沢がすかさずフォローに入りボールをキャッチ。内野手へ送球する。

「ひさ子!」

「ああ!」

 ショートのひさ子がボールを受け取る。

 が、一連の守備の間に2塁ランナーがホームイン。一点をとられてしまう。

「ちょ、みゆきち、大丈夫かー⁉ 頭上でヒヨコが舞ってるぞおおおおおお!」

 ピヨピヨ、と目を回す入江へ駆け寄る関根。入江をがっしり掴んでぐわんぐわん、と揺らす。

 って、揺らすな揺らすな。

「はっ⁉」

 気がついた入江が息を飲む。

 みんな心配して集まっていた。

「大丈夫か?」

 俺の言葉に、入江がこくりと頷く。

「は、はい」

「よく捕りにいったな」

「すいません。足引っ張っちゃいまして……」

 関根がふふふ、と笑い声を上げる。

「みゆきち、おでこ真っ赤ですぜ?」

「ううう、恥ずかしい……あんなの珍プレーだよ……」

 痛むのか、おでこをさする入江。

 音無が肩を落とした。

「悪い。俺が良い当たりばかり出すからだよな……」

 日向は音無の肩をぽんぽん、と軽く叩く。

「まあまあ、そうみんなして自分を攻めるな。大丈夫だ、まだ1失点だぜ? 攻撃で取り返せばいいだけだ」

 が、これにはひさ子が水を差す。

「けど、お相手はあの優勝ピッチャー様だぜ?」

「ぐっ。それを今言うなよ、俺がみんなを励ましている時に!」

 俺が山倉へ一つ提案する。

「どうする? 内野を少し下げるか」

 これには山倉が首を横に振る。

「いえ。このままいきましょう。内野を下げれば、内野安打の確立が上がります。メンバー的にも肩が特別強いわけではないので、内野後退シフトはあまり現実的ではありません」

「そういうものか」

「やるとするなら、長打を捨てて外野を前へ出すことですが……今は2アウトです。ここは日向さんの言う通り、まだ1失点だという意識で、気持ちを切り替えていきましょう」

 というわけで、俺達は再び作戦続行の方針で守備についた。

 すると音無は続く2番バッターを見事三振に抑え、追加点を免れた。

 3回の裏は下位打線であるし、そもそもあのスライダーピッチャー攻略の目途が立たないため、三者凡退。

 試合展開は投手戦の模様となり。

 局面は、最終回の裏へと移る。

 結論から言うと――ほぼ、詰み状態となった。

 

 

 山倉、村田の二人はさすがといったところで、ヒットを出してしっかりと出塁していた。が、戦線メンバーは完膚なきまでに優勝ピッチャーに抑えられ、ボールにバットを当てることさえ出来ていない。なんと全員が全打席三振に倒れるという珍事が発生してしまった。

 つまり。スコアボードは変わらず1―0。しかも最終回は8番バッターの入江からだ。

 俺はベンチ外で急遽戦線メンバーだけを集める。

「……ほぼ負けは確定だが。せめて一矢は報いたい。作戦がある」

 士気が下がりかけているメンバーだが、みんな耳を傾けてくれている。

「ヒットを打つのはもう無理だ。だから、ボールを当てて、前へ転がすことだけに専念するんだ。守っているのは所詮、素人だ。野球は転がせばなにか起きる」

「転がす作戦って言ったって、あたしら全員、当たってすらいないんだぜ?」

 ひさ子の言葉に、俺はこくりと頷いた。

「わかっている。だから、みんなバットを短く持つんだ。それと、構えもバットを寝かせてコンパクトなスイングにする。こんな具合だ」

 俺が実践して、スイングする。遠心力が極端にすくないそのフォームは、飛距離は見込めないものの、そのコンパクトな軌道からタイミングが大きく出遅れても、ミートすることが可能な振り方であった。

 入江があ、と声を上げる。

「それでさっき、桜木さんは当てられたんですね。あの時と同じ振り方です」

 実は、俺に関しては一度だけボールを当てることが出来ていた。まあ、結果はショートゴロであったが。

 しかしそれでも、得られるものがあった。俺はこの試合、隅々まで目を配った。どこかに勝てるヒントあるんじゃないかと思って。

 そしてその可能性は――ゼロじゃないと、そう踏んでいる。

「それともう一つ。的を絞っていこう。コースまではやらなくてもいいが、ストレートかスライダーのどちらかには、狙いを定めた方が打ちやすくなる」

「それなら、ストレート狙いが無難なんじゃないか?」

 音無の言葉に、一同は頷く。たしかにあのスライダーを当てるのは至難の業だろう。

「しかし、仮に当たったところで、ヒットじゃなかったら意味がないんじゃないか?」

 岩沢の質問に、俺はそうだな、と返す。

「だけど。あいつらの守備、優勝チームのくせしてザルなんだ」

「そうなのか?」

「さっき転がした時とか、山倉達が出塁した時の印象でな。そんなに上手い方じゃない。当たらなければ始まらない、転がせばいいって作戦は本来なら下策だが、今回の場合はその限りじゃないと、俺は思っている」

 この提案に、日向は首肯した。

「良いと思うぜ。俺も、あいつらの守備は下手だと思っていた。エラーや暴投する可能性は充分にある」

「地味な作戦で悪いが……このまま三振で終わるよりは、まだ可能性がある。やれるだけのことはやってみてほしい。良いか?」

 反論は上がらない。俺の作戦に、みんな乗っかることになった。

「よし。じゃあ、最後の悪あがきと行くか。結果は神のみぞ知る、ってやつだけどな」

 一同がベンチへ戻る。日向が俺の背中を叩いた。

「みんなをまとめて指示出して。ゆりっぺみたいだったぜ?」

「リーダーは柄じゃねえっての。おだてるな」

 俺も日向の背中を叩き返した。

 

 

 先頭バッターは入江。俺の提案通り、バットを短く持ち、寝かせて肩より下へ構えていた。

 相手ピッチャーが投球する。真ん中高めのストレート。

「えいっ!」

 かん、と乾いた音が響く。

 ボールはボテボテ、とサード方向へ転がり出した。

「え? あ、当たった……?」

 茫然とする入江に、ひさ子が声を上げる。

「入江! 走れ!」

「は、はい!」

 サードを守るNPCがボールをキャッチする。

「入江さん、頑張っているなあ……僕、ガルデモは入江さん推しなんだよな――って、しまった⁉」

 送球はファーストの頭上を越える。ピッチャーがファーストへ行きフォローする。二塁も狙える状況だが、入江の足では無理はさせられない。なにはともあれ、サードのエラーで奇跡の出塁が果たせた。しかも先頭打者だからノーアウト。これは大きい。

 あと相手のサードがバカで助かった。

「よっしゃー! 9番バッターの星、関根しおり。行ってまいります!」

 よくわからない口上と共に、関根がバッターボックスへ立つ。同じようにコンパクトなスイングで、ショートへボールを転がす。ショートはゴロをキャッチした。

「関根さん、頑張っているなあ……僕、ガルデモは関根さん推しなんだよな――って、しまった⁉」

 送球はファーストから大きくずれる。ファーストのNPCが飛び込んでキャッチし、フォローに入ったピッチャーへ送球するも、関根の全力疾走によりセーフ。再び奇跡の出塁を果たせた。

 あと相手のショートもバカで助かった。

「なんて運の良さ……こいつは、幸運の女神ってやつが、微笑んでいるのだろうか」

 岩沢がそんなことを呟くので、すかさず俺が突っ込んだ。

「戦線は神の反逆者だから、敵に微笑まれたらダメだろ」

「おっと、そうだった。なら……えっと……グットラック!」

「グットラック!」

 よくわからないが、岩沢がサムズアップするから俺もサムズアップした。

「俺も塁に出ねーと、面目が立たないな」

 音無がそう言って、バッターボックスへ入る。初球打ちし、打球は見事に三遊間を抜けた。あまり良い打球ではなかったが、守備の悪さのおかげでヒットになった。

 ノーアウト満塁。流れは来ている。

 日向がネクストバッターサークルで、コンパクトな素振りをした。

「うし。俺も行くとすっか」

「日向はフルスイングな」

「って、なんで俺だけフルスイングなんですかねえ⁉」

 日向は伝家の宝刀である丁寧語ツッコミをする。

 しかし俺は、そんなくだらないフリをしたわけじゃない。

 大真面目に、フルスイングでいってほしいから言ったのだ。

「日向はここで打てる気がするんだよ」

「って言っても、俺だって当てられてねーんだぞ」

「最悪、ここで三振でも1アウトで山倉に回ることになる。そういう意味でも、日向は振っていった方がいい」

「……桜木」

「一発、男らしい勝負といこうじゃねえか。なに、日向ならやれるさ。な?」

 俺がベンチのメンバーに声をかける。山倉が「日向さんは経験者の上、パワーがありますからね」と言った。

「よくわからないが。いいんじゃないか?」

 岩沢の言葉に、ひさ子が続く。

「創設メンバーとして、かっこいいとこ見せてくれよ」

 日向が肩をすくめ、ネクストバッターサークルを離れた。

「わーったよ。たく、無茶言うぜ」

「ごめん。もしかして、嫌か?」

 俺が聞くと、日向は首を横に振った。

「そんなことねーよ。むしろ燃えるぜ。やれるかはわからねーが、いっちょ狙ってやんよ」

 サードランナーの入江が両手の前で手を握り、こくこくと頷く。セカンドランナーの関根が「日向さん! ファイトですよ!」と言い、ファーストランナーの音無が「日向! 頼んだぞ!」と声を上げた。

 日向がバッターボックスへ向かう。その目はどこか遠くを見ていた。

「……あの時も、こういう仲間がいたら。いや……ちげーか。あの時は、俺自身が――」

 首を横に振り、気持ちを切り替えて、バットを構えた。

「来い! この試合、終わらせてやんよ!」

 ピッチャーが大きく振りかぶり、スライダーを投げる。

 が、満塁のプレッシャーがそうさせたのか、ボールはややすっぽ抜けた。緩やかな山なりの、カーブに似た軌道。球速は遅い。

 日向がフルスイングする。タイミングが合い、芯を捉えた快音が鳴り響く。

「なっ――」

 相手のピッチャーが息を飲む。

 甘い抜け球を見事捉えたその打球は――フェンスを超えた。

 満塁サヨナラホームランである。

 

 

「――ガルデモチーム、初戦を突破しました」

 校長室から高見の見物を決めているゆりは、通信士――遊佐からの無線での報告に、どこか不機嫌な様子で返事をした。

「そう。春斗くんにしては、随分と苦戦していたようね」

「相手は去年の優勝チームですよ?」

「運に助けられて、勝っただけじゃない。しかもあいつ自身は試合で全然活躍していないし。全く、腑抜けているんじゃないかしら?」

「機嫌が悪そうですね」

「そんなんじゃないわよ。事実を言っただけよ」

「嫉妬でしょうか」

「っ⁉」

「ガルデモメンバーと仲良く野球をしているので」

「ち、違うわよ⁉ てか、あたしの気持ちを捏造するな! そんなことで嫉妬なんてしないわよ! そもそも、許可出したのだってあたしなのよ!」

「修羅場ですね」

「だから、そういうのじゃなあああああああああああああああい!」

 ゆりの大声なツッコミを、遊佐はクールに受け流したのであった。

 

 

 山倉が岩沢に告白した。突如とした暴挙であったが、生前ずっと補欠だった彼は好きだったマネージャーに告白出来なかったことが未練だったので、同じ状況になって、抑えることが出来なかったのだろう。

 ちなみに、結果はフラれている。

 ……しかしそうなってくると、問題点が色々と浮かび上がってくる。

 まず、山倉が未練を晴らしたため消えた。

「消える条件は、天使の言いなりになることだけじゃ、なかったのか……」

 トーナメント表の前で集まるなり、音無がそんなことを呟いた。何故かその表情が少しだけ浮かないことが気になったが、事態はもう一つマズイことになったため、それどころではない。

「一個提案があんだけどさ、桜木」

 ひさ子が俺に声をかけてくる。だが、その内容はとんでもないものであった。

「なんだ?」

「棄権していいか?」

「え?」

 俺は思わず変な声が出た。

 同時に、ガルデモ面々の士気が著しく低下したのである。

「いや、あたしら一回戦勝てば罰ゲーム免除だからさ」

「あれ⁉ そうなのか?」

「山倉も消えちったし。これ以上野球する意味もないし。つーかぶっちゃけ、これ以上めんどいし」

 後ろの方になればなるほど本音が駄々洩れである。入江に関しては「どの道あたし達、あまりお役に立てませんし……」なんて言う始末。俺はなにか言おうと思ったが、日向が遮った。

「ガルデモは陽動部隊だ。本来、陽動さえこなしてくれれば、あとは自由の身。文句言えねーよ」

「いや、俺はいいけどさ……お前らやばくねえか」

「ゆりっぺの罰ゲームはきついんだよな……」

「発狂でもするのか?」

「いや、さすがのあいつもそこまではしねーだろうけど」

 日向が肩を落とす。俺はトーナメント表を見る。

「ゆりっぺさんから桜木さんへ伝言です」

 と、ここで突如として遊佐が現れる。音無はまだ慣れていないのか「うおっ⁉ 出たぁ!」と驚いていた。

「人をお化けのように言わないでください」

 遊佐が眉を顰めて言う。音無が首を横に振った。

「お化けじゃないって言うのかよ?」

「はい。違います」

「なら、歩いているところを見せてみろよ!」

「嫌です」

「生前の記憶は?」

「嫌です」

「やっぱり、怪しいじゃねーかよ! 何者なんだよ、お前は!」

 遊佐が心なしか、ちょっとむっとした表情を見せる。

 音無、その話題は広げないでくれ。回答はオフィシャルで封印されている。とりあえず、用件を聞こう。

「遊佐。伝言って?」

「――戦線メンバーとして参加しているんだから、今回はアンタも罰ゲームの対象よ。わがままを許してやったんだから、当然よね?」

 遊佐が声真似をして、そんな伝言をしてきた。

「――とのことです」

「久々に遊佐っぺを見たな。あいつそっくりだ」

 いやいや、と日向がツッコミを入れる。

「お前、今の話聞いていたか? 巻き込まれたんだぞ? 幹部の罰ゲームに」

「ああ。なら、勝てばいいだけだろ」

「冷静過ぎるだろ……今、チームが壊滅状態なんだぞ?」

「日向。このトーナメント表を見てどう思う?」

「え? どうって……」

 日向が腕を組んで唸る。代わりに、音無が答えた。

「戦線のチームが少ない」

「正解。なら、まだチームに入れていないメンバーがいるんじゃねえのか?」

 日向がああ、と納得したように頷いた。

「今から急ピッチでメンバー再編成ってか? 無茶言うぜ、桜木さんよ」

「無茶しねえと、俺らはどの道人手不足で詰みだ。今から日向、俺、音無、ガルデモで、最低でも一人は連れて来よう。ガルデモもそれくらいは協力してくれるだろ?」

 その言葉に、関根がびしっと敬礼で答えた。

「任せろ! 最高の人材を連れて来ますよ、軍曹殿!」

 ひっひっひっ、なんて笑い声を上げる関根。入江はきょとんとしていた。

「しおりん、心当たりあるの?」

「モチのロン! しかも戦線メンバーでな!」

「???」

 音無が口に手を当てて考え込む。新米にはきついかもしれない。だが、彼は一人の戦線メンバーの名前を上げた。

「俺、野田のところへ行ってみるよ」

「え? 大丈夫なのか?」

 思わず、俺が声を上げる。日向が「あー」と声を上げる。

「音無は、あいつと仲良いんだよなあ……」

「げ、そうなのか? そりゃすげえな」

 俺としては想像もつかないんだが。

 日向は「俺は椎名っちでも当たってみるか。同じ創設メンバーだし」と声を上げる。

「俺はNPCになるが、いいか?」

「まあこの際、頭数揃えられれば、なんでもいいんじゃね?」

 日向が投げやりに答える。

 でも、これで話は固まったな。

「よし。じゃあ各自、次の試合までに誰か連れて来るんだ。頼んだぞ!」

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