テスト当日。校内に戦線の制服を着た生徒がうろついていおり、なにやら不穏な空気を感じた。
戦線はそのポリシーから、テストに参加することはない。それなのに空き教室からなにやら机と椅子を運んでいる。
あいつら、またなにかを企んでいるのだろうか。
俺は見知った背中へ向けて、声を上げた。
「……よう」
「あら、春斗くんじゃない。奇遇ね」
「なにをしているんだ?」
「新たなオペレーションよ。ふふふ、これが上手くいけば……」
あくどい笑みを浮かべるゆり。
相変わらずだな。
サポートメンバーの男子生徒二人が机と椅子を運んでいる。その後から、幹部――音無、日向、大山、竹山、岩沢が現れた。
「揃ったわね」
ゆりがそう言うと、音無は首を傾げた。
「彼らは……? 見ない顔だが」
机と椅子を運ぶ戦線のサポートメンバーのことを言っているのだろう。
「あたしと岩沢さんの分の机と椅子を運んでいるのよ」
日向は首を傾げた。
「俺らの分は?」
「もちろん、男子は自力よ? 当たり前じゃない」
「たく、これだもんな。わーったよ」
大山が「ええー」と不満げな声を上げる。ゆりははあ、とため息をついた。
「男の子でしょ。そのくらい頑張りなさい」
俺は肩をすくめた。
「その男の子とあんま変わらないくらいの怪力あるくせに、よく言うな――ぐはああ⁉」
「アンタは黙ってなさい!」
ゆりの蹴りを入れられて、うずくまる俺。
いや、だからキックの威力の時点で、並の女の子じゃないんだが。
テストはひどく騒がしいものとなった。日向と高松が推進エンジンで飛んだり、大山が立華に告白したり。端から見ている分には面白おかしいものの、当の本人たちは必死なようで、ゆりの席に集まってぎゃあぎゃあと言い合いをしていた。
「相変わらず死屍累々だな、SSSは」
俺が言いながら戦線メンバーと同じように集まると、ゆりがジト目を向けてきた。
「ちょっと。部外者は近寄らないでよ」
「別に妨害はしねえよ。竹山の方を見たから、なんとなくネタは割れているぞ」
「ふん。余計なことはしないでちょうだいね」
ぷい、とそっぽを向くゆり。
作戦が上手くいっているから、邪魔されたくないのだろう。
「次はあたしか、音無か」
岩沢がそう言うと、音無がため息をついた。
「まあ、俺だよな……なにをしたものか」
「いや、あたしがやろう」
「え? いいのか?」
「ああ。名だけの幹部とはいえ、後輩である新人に先をやらせるわけにはいかない」
日向は不貞腐れた声を上げた。
「あーあ。岩沢は良いよな、ガルデモのカリスマ性があるから。歌でも歌えばそれだけで注目が集まる。飛ばなくていーんだろうなあ」
まあ、たしかに。
つーかなんなら、なにもしなくても野郎からはちらちら見られているしな。女の子からも、憧れの眼差しをよく向けられている。奇天烈な行動をとらなくても、勝手に注目は集まるだろう。
「歌、ね……でも、ちょっと意外性に欠けるというか、インパクトが弱い気がするわね」
ゆりが腕を組んでそんなことを言う。
今はライブをしているわけじゃないからな。いくら岩沢の力でも、その不安はわからないでもない。なにせこの作戦はクラスメイト「全員」の視線と注意を集めなければならないのだから。
「ゆり。あたしにまかせてくれ。作戦は考えてある」
「あら、そう? なら、任せるけれど。自信があるのね?」
「ある。まあでも、いざとなったら、あたしもど派手に飛ばしてくれ」
クールにすごいこと言うな、あなた。
藤巻の言う通り、肝が据わっている、動じないタイプなんだな。
「それじゃあ、解答用紙を集めて」
テスト終了。チャイムが鳴り、教員の指示に従って生徒達が解答用紙を後ろから前へ回す。
その瞬間、岩沢が唐突に席を立った。
「立華さん! あたしもあなたのことがずっと好きでした! 付き合ってください!」
いや、岩沢も告白するのかよ。大山とネタ被っているじゃないか。
しかし。まあ、なるほど。
女の子同士。禁断の恋。その上、ガルデモのフロントマンともなると、そのインパクトは絶大なものとなる。秒殺された個性がないのが個性こと大山とは、全く印象が異なった。
現に、NPC達は騒然となり、どっと沸いた。
特に男子生徒たちはすごいことになり、無責任に囃し立てた。
「ま、マジかよ⁉ あの岩沢さんが!」
「生徒会長にその気はあるのか???」
「いやいや、ありだろ! いやむしろそのパターンがいい! 尊い!」
「男にとられるくらいなら、百合の方がマシだ!」
「答えてくれ、生徒会長ー!」
ひどい騒ぎなので、竹山は容易に答案用紙をすり替えていた。
俺は面白くなって、立華を冷やかす。
「モテモテだな、会長」
「ええ。そうね」
立華は立ち上がり、岩沢の告白に答えた。
「――友達からでいい?」
再びゆりのところへと集まる。
「上手くいったわね、岩沢さん。お疲れさま」
「ああ。しかし……あれだな」
「ん? どうしたの?」
岩沢は顔を赤くして、モジモジした。
「告白、というものは。緊張するし、恥ずかしいものなんだな……」
そりゃそうだろう。
言ってから気がつくって、純情な上にド天然かよ。
「ちなみに岩沢。一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「お前、レズなのか?」
刹那。ゆりから鋭いチョップが飛んできた。
「いだあ⁉ んだよ、いきなり!」
「余計なことを聞かないの! デリカシーないわね! 作戦中よ!」
岩沢は首を傾げ、きょとんと目を丸くした。
「レズ……って、なんだ? 音無、物知りだろう? わかるか?」
「え⁉ あ、ああ……えっと、女性の同性愛者のことを言うんだ。正確にいえばレズビアン、だな」
「ふーん。そうか……あまり考えたことから、そういうのはよくわからないな」
「本当に音楽キチなんだな、あんた……」
「お昼は頑張ったあなた達にご褒美よ♪ 好きなのを選びなさい」
場所は食堂。ゆりは意気揚々とそう言うなり、食券を机の上に広げた。
食券の内容はうどん、うどん、うどん、うどん。
ゆりっぺさん。好きなのを選ぶ、とはいったいなんでしょうか。
「あら、いけない。一つ足りないわ」
ゆりが困ったように声をあげる。
もはやどこから突っ込めばいいのか困った日向が、重いため息をついた。
「あれか。岩沢が急遽参加した分、足りなくなったのか」
「そうね。まあ、元々余りものだけど。ああそれと、あたしはカツ丼を食べるから」
「なんでお前だけ違うんだよ、ワッツ⁉ ホワーイ⁉」
「だからそれ、流行ってないわよ?」
「流行らせようと思ってねーから! 単なる口癖だよ!」
そのやり取りの中、俺は一つのことを思い出した。
「ちょうどいい。この中で、この食堂の新メニューに興味ある奴いないか?」
「新メニュー?」
音無が首を傾げる。俺はこくりと頷いた。
「生徒会業務の褒美でな。新メニューの食券を二枚貰ったんだよ。なにが出てくるのかはわからないし、試作品ならしいから、クオリティは期待できないかもしれないが……それでもよければ、誰か一緒に食べないか?」
「げ。なにが出てくるかわからない、か……あのスペシャルメニューを思い出すな」
音無は何故か、体をブルブルと震わせた。
「悪い、桜木。俺は絶対にパスだ。そのパターンは嫌な予感しかしない」
「なにかあったのか?」
「ああ。俺は大人しく、ゆりのうどんを貰うよ」
この食堂で外れメニューはほとんどないはずなのだが。はて。
「お、なんか面白そうじゃん。その話は、俺が乗ってやんよ」
日向がノリよく俺の出した食券を受け取ってくれる。
――そうして、数分後。
ゆりはカツ丼、幹部にうどん、そして俺と日向には新メニューである――ポシンタンが運ばれた。赤いスープに肉、長ネギが入れられているスープ料理であった。しかしポシンタン、というものを知らない俺は目を丸くした。まあなんとなく、辛そうな料理だが。
「日向。ポシンタンってなんだ?」
「さあ、聞いたことねーけど。音無は?」
問われた音無は「俺も初耳だな」と返した。俺と日向は恐る恐る、赤いスープに入った肉を摘まみ、口へ運んだ。
ピリッとした辛みとジューシーな、けれど独特な肉のうま味。しかし同時にやってくる、独特の香り。というかこれは――。
「「犬の臭いがするっっっ⁉」」
俺と日向がハモりながら言った。
そこでカツ丼を美味しそうに頬張るゆりが、しれっとネタ晴らしをした。
「ポシンタンは犬の肉を使った海外の料理よ?」(2024年現在では禁止令が出ているとのこと。色々物議を醸しているらしいですが、よくわからないです)
なら、それを早く言ってくれ⁉ 食えるかよ!
というかどんなメニューを追加しようとしているんだ、この学園は⁉
「……にしても。お前らが工面した答案が通れば、立華は生徒会をクビになるだろうな」
「そしたらあなたが会長ね。良かったじゃない」
ゆりが上機嫌そうに言う。
茶番みたいなオペレーションだったが、今回の狙いは名誉・信頼の失墜。
中々陰湿というかあくどいが、さてどうなるものか。
高松が眼鏡をくいっと上げる。
「我々に肩入れもしてくれる桜木さんが生徒会長になれば、ここは戦線の楽園になりますね」
「……」
楽園、か。本当にそうなのだろうか。俺は口にしたカツを飲み込み、水を飲んだあと、口を開いた。
「ゆり。立華が生徒会長じゃないところ、見たことあるか?」
「ないわね。あいつはあたしがこの世界に来た時から、ずっと生徒会長だった」
「立華がクビになったとして。その先はどうなるんだろうな」
「さあ? あたしにだってわかんないわよ」
「俺が生徒会長になって。立華は戦線を止める立場じゃなくなる……考えられるのは、それくらいか」
「今のところは、ね」
「他にも狙いがあるのか?」
「さあ? どうかしら」
ゆりは意味ありげに呟く。
予測出来ないな。そしてその変化は、上手くいくものなのだろうか……。
脳裏には、一つの懸念事項が浮かぶ。
書記の直井 文人だ。あいつはどうにも、曲者のような気がするのだ。
とある日の放課後。生徒会室で緊急招集が行われた。内容は立華が解任され、代わりに俺が生徒会長になる、という通達だ。
正直。見えない力が働いて、何事も起きないで、いつもの日常が戻ってくるとばかり思っていたが……そうはならなかったな。
「わかりました。ところで、立華は?」
顧問の教員に問いかけると、生徒指導室へ呼び出されているとのことであった。答案用紙の内容がどれも教員をバカにするかのようなものであったため、厳重な指導と注意がされているとのこと。
なんか、気の毒になってきたな……。陰湿なイジメみたいになっているぞ。
正直、立華はなにもしてないし、悪くない。ゆり達が小細工をして招いた結果だ。
(どうなるんだ、これから……)
俺は不安に駆られながら、生徒指導室へ行く。
すると、落ち込んだ様子の立華がちょうどのタイミングで出てきた。
「立華」
「……」
立華はなにも答えず、横を通り過ぎる。
「おいって」
「あら、桜木くん」
ようやく気がついた様子で、振り返ってくれる。
「えっと。大丈夫か?」
「ええ。あと、任せたわ」
立華は短くそう言って、トボトボと歩いてく。
その背中はとても小さく、寂しげなものであった。
(落ち込んでいるな……てか、天使ならNPCを操れたりしないのか?)
なにか引っ掛かりを覚えながら、とりあえずは、生徒会室へ戻ろうと歩き出す。これから忙しくなる。面倒だが、まあ仕方ないだろう。
「桜木さん。勝手に出ていかれては困ります」
刹那。背後から、声がした。
直井 文人。不敵な笑みを浮かべ、大柄な二人のNPCを背後に控えさせながら、こちらへ近づく。
「立華の様子を見に来ただけだ」
「……あなたはもう、用済みだ」
「なに?」
「桜木 春斗。あなた如きでは抑止力にはならない、ということですよ」
「っ⁉」
大柄なNPCが俺の元へ飛び込んでくる。手にはナイフが握られていた。一人の方をすかさず蹴り飛ばし、ナイフを弾くことが出来たが、もう一人は間に合わなかった。ざくり、と腹の辺りを突き刺される。体を貫く金属の感触。腹が引き裂かれるような激痛が走った。
「があああっ⁉」
怯む俺へ向けて、大柄なNPCが取り押さえようと間合いを詰めて来る。俺は激痛に顔を歪めながら、一人の男の足を払い、頭を蹴り飛ばす。「ぐほっ⁉」という短い悲鳴と共に、NPCは気を失った。その様子を見たもう一人の大柄なNPCが下がる。
「なんのつもりだ!」
俺が声を荒げると、直井は舌打ちをした。
「不意打ちの上、柔道部のレギュラー二人をけしかけたんだぞ……ハリウッド映画の主人公かなにかか、こいつは」
「……⁉」
なんだその口振り。
それじゃあまるでお前自身がNPCを操れるような……。
そんなの……立華よりよっぽど、神に準ずる者じみているぞ⁉
「仕方ない。サプレッサー付きとはいえ、こんなものを校内で使いたくなかったが……」
「その銃……没収品か⁉」
直井が拳銃を構える。俺も構えようとしたが、痛む体では動きが鈍い。直井に足を撃ち抜かれ、俺はその場で崩れ落ちた。さらにその上から、一人のNPCが覆いかぶさったため、全く身動きがとれなくなる。直井が俺の顔を掴み、じっと顔を近づけて来た。
「お前、何者だ」
「神だ」
「なに?」
「僕の目を見ろ。貴様は、生徒会を辞める」
「っ⁉」
直井の目が赤く光る。いや――光ったように、そう見えた。
脳の中が揺れる。胸が高鳴る。
なんだ、これは。まるで頭の中をかき乱されるような、この感覚は。
「――貴様は、仲村 ゆりの恋人だ。そうだろ?」
「なにを、する気だ⁉」
「彼女のために、貴様は生徒会を辞める。彼女のために、クラスSSSに入る。仲村 ゆりのためだけに、桜木 春斗は戦う」
夢を見る。長い、長い夢を。
ああ、そうだ。俺はゆりに惹かれた。強い復讐心。危うげな信念。けど、その根っこにある、他者への優しい心。家族を、仲間を思う心。
いちいち、でかい声でツッコミを入れる騒々しさ。傲慢で、高慢で、多くの人間を巻き込む破天荒さ。
そんなあいつに、俺は惚れてしまって。
だから、誓ったんだ。
例え、その復讐の先に、ゆりが救われる未来がなくても。
俺は、ゆりと共に地獄の底まで落ちる、と。
紛い物の存在である俺でも。
あいつを想う気持ちだけは、本物だから。
生前。俺は、任務をこなすための機械として生きてきた。
そのためだけに、生きてきた。
そう。俺は、人間じゃなかったのだ。
機械。人の皮を被った、紛い物。
色々な悪行を、あるいは正義を、貫いてきた。
誰かを陥れるようなこともした。
逆に、誰かを助けるようなこともした。
なにかを救うような、大きな任務もこなした。
そしてそれらの過程で――たくさんの人間を、殺した。
この手で、殺してきたのだ。
殺しまくったのだ。
そういえば。戦線には人を殺めた、と自責の念に駆られるメンバーもいる。ひさ子が真っ先に思い浮かぶか。彼女はいつの日か、俺に「人を殺した罪から解放されることはあるのか」と、問いかけてきたことがあった。
俺は答えた。
この世界でも、生きていた世界でも。
人を殺した罪からは、永遠に開放されることはない、と。この世界は、人間はそういう風に出来ている、と。
それが彼女にとって、とても残酷な答えだったということは、わかっている。
それでも……嘘はつけなかった。
誰かを殺めるということは、それほどまでに罪深いことだから。
そしてその罪は到底、人間に抱えきれるものではない。
だから、俺はあの時「機械」にされていたのだ。
機械なら、無機質に人を殺せるから。なにも躊躇がないから。自責の念で、壊れてしまうことがないから。
そんな俺でも、人並みの感情を取り戻せたのは……皮肉にも、この死後の世界であったのだ。
立華は優しかった。大丈夫よ、と。時間はあるわ、と。人間味のなかった俺を気にかけてくれ、生徒会のメンバーにしてくれた。
仲村 ゆりは、俺を導いた。理不尽な運命があるのならば、それに抗えばいいと。それがこの世界では可能なのだ、と。
そんな彼女達に導かれて、俺は人になった。
生前、どれほど狂った人生を送ったのかも、自覚して。
だけどあの時、それを選んだのは自分自身で。
そういう風に、自分の人生を、ちゃんと「人」として受け入れられた。それがこの世界だった。それが仲村 ゆりや、みんなだったのだ。だから、あいつらに恩返しをしたい。あいつらを救いたい。強く、そう願った。
それが、そう。
この世界での、俺――桜木 春斗の、願いだった。