何故、昨日の俺は生徒会を辞めると言い出したのか。
何故、昨日の俺は戦線へ入ろうと言い出したのか。
直井は何者なのか。
ゆりと戦線メンバーは、真相の解明のために動いている。ゆりは持ち前の勘と頭脳で真実に辿りつくだろう。そんな予感がしていた。
なら、俺は俺がやれる方法で情報を集めるしかない。報告すべきことは報告している。生徒会の議事録を見たり、自室のパソコンから直井に関するなにかがわかりそうなデータを探ったりしてみた。
……そして俺がパソコンで検索していると、驚愕の真実に辿り着く。
「こいつ、何年もこの世界にいるのか」
この世界にいる履歴が、驚くべきことに俺の前から存在している。調べたところ、大体、日向と同じくらいだろうか。かなりのベテラン組じゃねえか。
なのに、俺はこいつがNPCだと思い込んでいた?
いや、それだけじゃない。ゆりや、日向達も直井をNPCだと思い込んでいる。これはあまりにも不自然じゃないか。
「何者なんだよ、こいつ」
これじゃあ、まるで人の意思や記憶を操っているかのようだ。
図書館の履歴にもアクセスする。直井は図書館へ頻繁に通っている。そしてそこで、とある真実に辿り着いた。
「クソ。嘘みたいな話だが、そういうカラクリか。今まで立華の影に隠れていただけで、相当な曲者だぞ、こいつ」
「――ゆりっぺさんから報告があります」
「うおうっ⁉」
さすがに驚き、変な声が上がる。
部屋の中には、遊佐が突如として現れていた。
戦線の通信士。幹部連中相手にもこういう現れ方をしているらしいが……一応、ここ男子寮の男子部屋なんだがな。美少女なんだから、もうちょっと躊躇いとか、恥じらいぐらいは見せてほしいものだが。
「直井さんは影で暴力行為を働いていた、とのことです」
「NPCにか」
「はい。先ほど、屋上で男子生徒に手を上げていたところを見たそうです」
「不正行為を働くことで、消えるファクターを抑え込んでいたのか。ってことは、直井は人か」
消えないように行動をするということは、消える可能性がある存在だということ。
つまり――直井は、人だ。NPCでも、ましてや神に準ずる者でもない。
「そうなりますね」
「ゆりの奴、もう真相に辿り着いたのか……まあ、あいつならそうなると思ったけどな」
「昨日みなさんの前で愛の告白をしただけあって、深く信頼しているのですね」
「遊佐。その話、あまり掘り返さないでくれるか」
思わず、頭を抱える。
とりあえず、気を取り直して俺も報告をする。
「俺が掴んだ情報は二つ。直井が何年も前からこの天上学園にいた証拠を掴んだ。時系列的には、おそらく日向や大山と同じ程度。生徒会書記になったのも、戦線が創立二、三年を迎えたところだ」
「随分と長くいるんですね」
「ああ。こいつ、やっぱりかなりの曲者だ。立華 かなでの存在が抑止力になっていた。だけど虎視眈々と、自分の武器を磨き、機会をずっと待っていたんだ。それこそ何年、いや何十年と。そしてその甲斐もあり、ついにこいつはとある強力な「武器」を手に入れた」
「武器?」
「――催眠術」
直井が図書館から貸し出したのは、催眠術に関する本であった。
「こいつは要するに、催眠術を使ってNPCを操っているんだ。もっと言うと、昨日の俺もそうだ。催眠術によって、生徒会を辞め、果ては戦線への介入を望まされた。つまり……」
ぎり、と歯ぎしりをする。
そこから導き出される結論は、残酷なものだ。
「NPCへ手を出せない戦線に、勝ち目はない。詰みだ」
とにかく、事態は最悪だ。NPCを盾にでもされたら、戦線は為す術が無くなる。
なら、やらなければならないことが一つ。
……ゆりは、その戦線のモラルから、極力、人にも手を上げない。
ただ、戦線への加入の是非を問うにとどめる。
故に、直井に対しても明確な攻撃行動がない限りは、手を出さないだろう。非人道的行為は極力避けるのだ。まあ、組織の調和を保つためには必要なことだろう。
だけど……それは、戦線の場合だ。
俺は違う。そんな生優しい手段はとらない。先手を撃つ。死のない世界とはいえ、ここはいくらでも苦痛を与えられたり、どこかへ軟禁することだって可能だ。
放課後。自室からいつもの拳銃とナイフを装備し、生徒会室へと向かう。しかし扉を開けた瞬間――凄まじい数の銃声が鳴り響いた。
「校内でもお構いなしかよ、なにが生徒会だ!」
廊下からさらに二人の男が現れる。共に銃を持っている。このままではハチの巣にされだけだ。俺は舌打ちをしつつ、窓ガラスを蹴破って外へ出る。しかしそれすら読まれていたのか、蹴破った先に銃を構える二人のNPCを連れた、直井が立っていた。
「お前……何人催眠術にかけている!」
「催眠術? 違う。これは神の力だ……と、言いたいところだが。その様子だと、もう調べたようだな。図書館のデータベースでも覗いたのか?」
「だったら、なんだ?」
「その戦い方といい、勘の鋭さといい、貴様は厄介だ。ここで安らかに眠らせてあげよう。仲村 ゆりも、貴様が成仏すれば動揺するだろう?」
「っ⁉ まさか、暗示で俺を消す気か……!」
「消す? 人聞きの悪い。僕が持つ催眠……ではなく、神の力は」
「今、催眠術って認めなかったか?」
「神の力は!」
力強い声を上げられる。こいつアホかもしれん。
「――こんな世界でも、幸せな夢を見させられる。貴様の願いは、報われる」
幸せな夢? ふざけるな。
「いくら紛い物の俺でもな、偽物の記憶で消されてたまるかよ」
「紛い物……? 貴様、偽物の人生だったのか?」
直井が何故か興味を持ったのか、そんなことを聞いてくる。
別に、俺の生前なんて隠すようなものでもない。
「まあな。洗脳みたいな教育を受けて、大人に利用されるだけの、操られた機械みたいな人間だったんだ。誰からも、人間扱いなんてされなかった。そういう人生だったんだよ」
「……なるほど。それで、紛い物か」
「お前、なにが目的だ?」
「目的だと? むしろ、僕が聞きたい。貴様は何故、気がつかないのだ?」
「なに?」
「ここは、神を選ぶ世界だ」
「あ?」
「生前の深い苦しみを抱える僕らには、昇華される権利がある。故の天上学園。全く、愚かな下民だ、そのことにいつまで経っても気がつかない」
「狂ってやがるな、お前。まるで話が通じねえ」
「ふん。桜木 春斗。卒業を彷彿とさせる名だな。名の通り、この世界から去るといい」
「神を気取る中二病が!」
俺は早打ちでNPCの銃を撃ちぬく。もう一人のNPCがすかさず発砲し、俺は右肩を撃ち抜かれる。廊下にいた奴らなのか、窓からNPCがさらに現れる。ダメだ、さすがにこんな数相手に戦えるわけがない。俺は銃を撃って物陰を利用し、時折発砲して牽制しながら逃走する。しかしNPCが撃った銃弾はいくつも俺の体を打ちぬいた。
直井の元からは、そうして辛くも逃げたが……出血が、ひどすぎる。耳鳴りがひどい。体が焼けるように痛い。
「ダメ、だ……ゆり……ごめん」
誰もいない裏庭で、俺の意識は無残にも途絶えた。
雨が降っていた。
空は濁ったように暗く、辺りの闇も深い。
意識は混濁している。体もひどく痛む。だけど、立ち上がる。フラフラになりながらも、歩く。外灯を頼りに、進む。
遠くから銃声が鳴っている。
それも、複数の。かなり激しい銃撃戦だ。脳裏にはゆりや、みんなの顔が浮かぶ。
「クソ……無事でいてくれよ!」
だが、その願いは届かなかった。
グラウンドには、虐殺された戦線メンバーが転がっていた。血だまり。雨でも到底洗い流せないような、大量の血だ。血生臭さが、大階段の上からでも感じることが出来る。対峙していて無事なのは、音無と立華だけ。だが、音無は銃を持ったNPCに囲まれている。
「ゆり……!」
直井の腕に抱きかかえられたゆりが、目を閉じている。
クソ。暗示か!
「やらせるかよ!」
距離は遠い。雨で視界も悪い。銃弾も真っ直ぐ飛ぶか怪しい。だが、絶対に外さない。俺は遠くから直井めがけて発砲する。
「っ⁉」
音で気づいた直井が即座に体を動かすが、銃弾は彼の右肩に命中。痛みでゆりを離し、衝撃で尻もちをついた。
「桜木 春斗……! 紛い物の貴様ごときが、神の邪魔をするな!」
「うるせえ! そんな俺でもな、見つけたんだよ! 自分を認めてくれる人が! 大切に思ってくれる人が! それだけは偽りじゃない! 本物だ! 例え死んでいたとしても!」
「黙れ! 僕には……そんな人はいなかった!」
NPCの一人が銃を撃つ。俺は右足を撃ち抜かれ、衝撃で崩れ落ちる。大階段を転がり落ち、グラウンドに叩きつけられた。
「貴様も紛い物なら、わかるはずだ。認められない辛さを。その不安を」
「っ、なら、見つければいいだけだろ……! お前を、認めてくれる人を。本物のお前を、見つけてくれる奴を」
「綺麗事を……!」
「――ガードスキル、ハンドソニック」
隙をついた立華が、NPCの銃を切り裂く。瞬間、身動きがとれなかった音無が走り出した。NPCが撃とうとするが、それを立華が素早く切り裂いた。
「来るな!」
直井が音無へ向けて銃先を向ける。
「直井! ここにいる誰もが、本物だ! 本物の人生だろ! それがどんな結果だったとしても……苦しんできたことも、頑張ってきたことも含めて、全部が自分自身で、それが本物なんだろ!」
音無が叫ぶ。雨の中、彼の叫びが力強く響く。
「俺は記憶喪失だ。それでも、この世界で色んな奴を見た。誰もが抗って、必死に生きて来た。それが偽物なんてこと、あるかよ!」
「じゃあアンタは、僕を認めてくれるっていうのか? 僕の人生が、紛い物じゃないと?」
雨は止まない。
直井 文人の生前は、また俺とは違った意味で、偽物であった。双子の兄がいて。その兄があまりにも優秀で、常にコンプレックスを抱いていて、自分は認められない存在だった。とある日。兄が事故で死に、直井は兄として生きることを――紛い物の兄として生きることを、選んだ。当然、その先に報われる未来は待っていなかった。
「……たく、とんだ神様だ。本当に、それで終わりなのか?」
俺が力なく、それでも立ち上がろうと体を動かす。直井がもう一丁拳銃を取り出し、こちらへ向けた。
「言っただろ。見つければいいって。お前の苦しみは、その叫びは誰かに届く」
音無が歩み出し、直井を抱きしめる。
直井は抵抗しなかった。銃の引き金を、引くこともない。
「ああ、そうだ。俺が、認めてやる。お前の近くにいてやる。だから、もうこんなことはやめてくれ……」