「はい、桜木生徒会長代理。これをさっさと受理してちょうだい」
おおよそ人に物を頼む態度ではない、不遜な言動で生徒会室へ許可証を出してきたのは、クラスSSSのリーダーこと、仲村 ゆりだ。
生徒会長代理――辞表を撤回し、反省文だの諸々を出し、誠意を見せたことで俺は副会長に返り咲いた。
現在、立華も筆跡鑑定を受けるなど、信頼回復のために動き出している。直井 文人が起こした一連の事件は大きな爪痕を残したが、そのダメージは徐々に回復の兆しを見せていた。
「川で釣り、ねえ。モンスターストリームか」
他のメンバーもいないので、堂々とそんなことを言うと、ゆりがこくりと頷いた。
「そうよ。食券不足でね。だから、なるはやで返事を……今すぐに許可を出してちょうだい」
「なにどんどん厚かましくなってんだ。これ、オフィシャルでやるんだったら、顧問が必要だぞ」
「あなたがいるじゃない」
「顧問だって言っているだろ」
まあ天上学園の生徒会は権限が強いから、一応は俺でも代替えは聞くが……。
「一連の出来事があったからな。生徒会の権限が弱くなっている。これまで通りというわけにはいかない。話は通しておくが、そういうのも理解してくれ」
「はいはい。相変わらずお堅いんだから」
「うるせえ。ところで、あいつはどうなんだ」
「あいつ?」
「直井だ。最近、こっちに顔を出してなくてな。音無にくっついているんじゃないのか」
「ああ。土下座までされたから、幹部に入れたわ」
なにがあったんだよ、それ。
「そりゃまた、急展開だな……」
「彼の催眠術は本物よ。音無くんを与えておけば大人しいし、利用価値はあるわ」
たしかに、直井は立華とはまた違った意味で大きな力を持った危険人物だ。しかしそれが味方となるならば、大きな戦力にはなるだろう。
ただ……。立華が失脚した今、戦線は敵を見失っている状態だ。神への糸口も希薄になっている。
「これからどうする気だ?」
俺が心配して問いかけると、ゆりは肩をすくめた。
「別に、なにも変わらないわよ。ただ……」
ゆりは俺から目を逸らし、口ごもる。
……ここまで来るのに、長い年月が必要だった。だけど、もういい加減に、明かすべき事柄だろう。
「――お前、ほぼ確信しているだろ。立華が「人」だって」
「あら、奇遇ね。あなたも気づいたの」
「最近になって、ようやくな。きっかけはお前の動きとオペレーションから。なにを狙っているんだろうって考えると、自然とその可能性に行き当たった。そしてそう考えると、引っ掛かってくることも多い。隊員で気づいている奴はいないのか」
ゆりがやろうとした一連の動きは――猜疑心だ。
オペレーション答案すり替え。簡単に言えば、これは立場への精神攻撃。傷心した立華は信頼を失い、NPCと教員から白い目で見られ、生徒会を解任。
それに加え、立華は本当に落ち込んでいる。ここ最近、俺はあいつとほとんど会話を交わしていない。立華自身も、俺とあまり関わろうとしない。そういう気分じゃないのだろう。
本当に神が作った物ならば、こんなリアクション及び結果はありえない。
神に準ずる者ならば、直井 文人のようにNPCを操ればいい。何故、それをやらない? 何故、精神的ダメージを負う? 何故、生徒会長へ復帰するために、筆跡鑑定なんて遠回しなことをする?
答えは明確。立華が、俺達と同じ「人」だから。だから同じように傷つくし、NPCを操るなんてことは出来ず、地道な活動で信頼回復に努めているのだ。
立華は、天使じゃない。神に準ずる者じゃないのだ。
「あいつらはアホだから、気づいていないわよ。誰かさんを覗いて、ね」
ゆりがため息をつく。
一人だけ感づいた奴がいるのか。まあ……あいつだろうな。
「音無か」
「ええ。いっちょ前に脅されたわよ。黙っている代わりに、条件を出させろって」
「条件?」
「約束しろって、言われたのよ。ちゃんとしかるべき時には、一度だけ、立華 かなでが人だと認めろって」
タイミングを見計らって、隊員の前で白状させる気か。
「やるな。見込んだ甲斐があるじゃねえか」
「……そうね」
ゆりが腕を組んで、どこか呆れたように言う。音無は新米だが、もはや伝説的な活躍を見せている。ギルド降下作戦では最後まで生き残り、その後は直井 文人を止めた。その上、立華の正体もゆり同じように辿り着いたのだ。
だけど、頭の切れる優秀なメンバーというのは、しばしば曲者になる。歴史を見てもそれは明らかだ。油断をすれば、足元をすくわれる。ゆり自身、音無を警戒しているのかもしれない。
「きっかけは、あの力の正体がわかった時よ。天使の操るガードスキル、異能があるでしょう? あれ、コンピューターのソフトウェアで生成されているの。ようするに、ギルドが銃を作るのと理屈は同じ。結果がデタラメなだけで、天使はあたし達と同じ、世界の法則に乗っ取っただけだった」
「なるほど。それで、疑い始めてあんな遠回しなことをしたのか」
「ええ。結果、彼女は生徒会長ではなくなり、失意の底に落ちた……」
「戦いは振り出しか」
「本当、滑稽よね。あたし達は何十年と、勘違いして彼女と戦っていたのよ? 神への糸口なんて、掴めていなかったのよ」
「でも、諦めるつもりはないんだろう?」
だから、こうしてモンスターストリームを行う手筈を整えている。
ゆりは好戦的な笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「もちろんよ。ああけど、隊員にこのことは言わないでちょうだい。士気に関わるわ」
「ああ。音無のように、条件を出すつもりもない。俺は、お前のその意見には従うよ」
「そうしてもらえると、助かるわ」
ゆりの言葉を聞きながら、俺は書類に印鑑を押し、それを手渡してやった。
「おそらくだが、そう遠くない未来に立華は生徒会長へ復帰できる。そうしたら、きっと戦いは元に戻る」
「そうね。その時はまたよろしくね、春斗くん」
「ああ。よろしくな」
書類を受け取ったゆりは、生徒会室を後にした。俺はその背中を、複雑な気持ちで見送る。そう。結局、これだけドタバタとしても、変わらないのだ。変わらず、戦いは続く。忌まわしい記憶抱え、彷徨う死者は苦しみ続けるのだ。
ここ最近、色々あったからなにか変わるかと思ったが……やはり、話はそう簡単には終わらない。戦いは、これからも続く。長く、長く。
この時の俺はまだ、そう思っていた。
「モンスターストリームって言うからなにかと思ったが、ただの釣りじゃねえか……」
釣り道具を持ちながら、音無がそんなことを愚痴る。
戦線メンバーは各々道具を持ちながら、はしゃいでいる。誰が一位になるかとか、新鮮な魚を久々に食べられる、とかそんなことだ。
「まあ、モンスターは本当にいるんだがな」
俺がさらっと言ってやると、音無は目を丸くした。
「え?」
「その内わかるさ」
「お前らにつられて、もうバカな想像なんてしねーからな。たく……ん?」
音無が声を上げる。
その視線の先には、花壇で作業する立華がいた。幻想的な美少女ということもあり、麦わら帽子を被り、花の世話する絵面はとても似合っていて、可愛らしい。音無は心なしか、見とれているように見えた。
……こいつはもう、立華が人だと気づいているわけか。元々立華を気にかけている節が見受けられたから、尚更感情移入しているんだろうな。
「生徒会長復帰のため、今のあいつは色々やっているんだ」
「そうなのか。俺達のせいで……あんな、罰を受けて償っているのか。たった、一人きりで」
まあ、あいつの場合、元々植物の世話が好きそうな節がある気がするけど……。
「なあ、桜木。立華も釣りに誘ってみないか? お前からの許可は出ているし、問題はないだろ?」
「オフィシャルのイベントってことにしているから、校則違反ではねえけど。あいつ、最近話しかけても上の空だからな。俺はパス。どうせ断られると思うぞ?」
「冷たいな……同じ生徒会だろ? 薄情だぜ」
「うるせえな。なら、お前がいけよ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
戦線メンバーから抜けて、音無が本当に立華のところへ向かう。みんなは話に夢中で、その行動に気がつかなかったし、立華の存在にすら気づいていない。
まあ、どうせ断られるだろ。今の立華は、それどころじゃないんだから。
……なんて、思っていたのだが。
「と、いうわけで。今回手伝ってくれる立華 かなでだ。仲良くしていこうぜ?」
「「「できるかああああああああああああ!」」」
戦線メンバーが一斉に突っ込む。
いや、俺としては音無が普通に立華連れてこられたことに、驚いたんだが……。
「すごいの連れてきやがって、音無……」
日向が怯えた声を出す。というか戦線メンバーは全員、仁王立ちするゆりの後ろに隠れている。どうでもいいが、何故直井まで後ろにいるんだっての。ああでも、こいつは立華を抑止力だと恐れていたから、自分より格上だと確信しているわけか。
……つまり、抑止力にならないと判断された俺は、格下だと確信している。腹立ってきたな。
「聞いてくれよ。立華はもう、生徒会長じゃない。前回だって、俺達を助けてくれただろ?」
直井の時のことを言っているのだろう。たしかにあの時、音無と立華は共同戦線を張っていた。
「あのヤロー、滅茶苦茶言いやがって。ゆりっぺ、どうすんだ?」
藤巻がゆりに判断を仰ぐ。
ゆりはため息をついた。
「いいんじゃない?」
「「「えええええ⁉」」」
戦線メンバーが声を上げる。
……まあ、ゆり自身、立華が絡むと音無には強気でいけないからな。この場で例の「約束」を果たさせられても、音無としてはいいわけだし。
「なんか、すげえメンバーになっていくな」
日向が呆れたように笑う。ゆいが「アホですね」とジト目で音無を見た。
こうして、モンスターストリームに立華も参加することとなった。
この学園の川は豊かであり、大きく食べ応えのある魚はちゃんと釣れる。俺の隣に座るゆりは先ほどから、ほいほいと魚を釣り上げていた。
「……全くかからないな」
「アンタ、本当運ないわよね。呪われているんじゃない?」
「なんでこう、お前の方にばかり餌がかかるんだろうな」
俺は竿を上げて、餌を確認。針にはちゃんと餌がかかっている。外れたわけでも、食い逃げされたわけでもない。もう一度、釣り針を川へ投げて沈めた。
戦線メンバーは各々、釣りを楽しんでいた。印象的なのは、やはり音無か。立華に釣りの仕方を教えている。距離感も心なしか近くなっており、なにも知らなければ、親しい間柄に見えるほどだ。立華は変わらず無表情でクールだが、音無の言う通りに従って、釣りに参加している。
魚が連れたら、音無がハイタッチを要求して、それにちゃんと答えている。本人はきょとんとしていたが、微笑ましい光景であった。
「俺は何度話しかけても、気まずい感じになったんだけどな……」
「ん?」
「いや、立華のこと。あいつ、落ち込んでいてさ。俺が話しかけても上の空だったんだけど……今は音無のおかげか、少し楽しそうだからさ。良かったなって」
「ふーん。そう」
あまり興味ないのか、そっけない返事をされる。お前にまで冷たくされたら、いよいよ心折れるんだがな。
「彼、天使と仲良いのよ。我が戦線の宿敵なんだけどね」
ゆりがそんなことを言う。
まあ、そうだろうな。俺から見ても、そうだろうと思っていた。
「魚、かからない……」
そんな世間話をしたり、立華と音無を眺めている間にも、魚はかからない。俺はたしかに、呪われているのかもしれない。
「あたしが釣ったのを食べさせてあげるわよ」
「そうしてもらえると助かる」
「よっと」
「……そう言っている間にも一匹釣りがやったな」
ゆりが魚をクーラーボックスへ入れ、新しい餌を仕込む。他のメンバーも順調に連れている様子であった。
「でも、小物ばかりね。大物を釣りたいわ」
ここの魚はデカい奴だと本当にデカい。両手で収まりきらないのもいるほどだ。その手の奴は一人だと釣り上げられないくらい、パワーがある。そういう大物を連れた奴が、大抵一位になる。ゆりは負けん気が強いし、一位を狙っているのだろう。
「――来た。大物だわ」
ゆりの言葉通り、竿がすごい勢いで引っ張られている。
「春斗くん! 手伝いなさい!」
「え。俺も今、かかったんだけど」
「どうせアンタのなんて小物よ。最下位筆頭なんだから、諦めてこっち来なさいよね!」
「はいはい。わかったよ、大将」
ゆりの背後に回り、一緒に竿を引く。自然と抱きしめるような形になるから、ゆりの良い香りが鼻を刺激した。
バシャン! と魚が釣れる。ゆりの勘通り、大物であった。
「よっしゃあああ! よくやったわ、春斗くん。これで優勝狙えるわ!」
ゆりがガッツポーズをとり、満開の笑顔を咲かせた。ちなみに俺にかかっていた魚はとっくに逃げている。
だけど困ったことに、この全力の可愛い笑顔を見てしまうと、許してしまうんだよな。どんなわがままだって、受け入れてあげたくなる。
困ったものだ、本当に。
しかしオペレーションは優勝云々どころではなくなった。立華が「主」を釣り上げたからだ。立華がガードスキル「ハーモニクス」を発動させ、分身と共に「主」を切り裂く。モンスターストリームの名前の由来である「主」を釣り上げ、戦線メンバーははしゃいだが、ゆりはとあることに気がついた。
「……あれは」
分身の一人が、どこかへ去っていったのだ。俺もそれが目に入り、ゆりと目を合わせる。
「……行きましょう、春斗くん。後を追うわよ」
「ああ。なんか、気になるな」
戦線メンバーと立華を置いて、俺とゆりは分身天使を追った。
そうして起きたのが――新たな天使と、戦線の戦いであったのだ。