※この作品はR-18です。

Angel Beats! ゆりルート   作:音有五角

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音無ルート 第八話「Replica」

 立華が発動したガードスキル「ハーモニクス」は暴走した。分身は立華――もとい、天使としての役割である「秩序を守る」ことを好戦的に優先し、戦線メンバーの明確な敵となって登場した。

 ゆりが立てた一旦の方針は、まず戦線メンバーは授業に出るフリをすること。まあつまり、出来ることは今ない、ということだ。

 そしてゆりが天使の部屋へ侵入し、ガードスキルをプログラミングする。「ハーモニクス」を戻すスキルを開発し、分身天使と刺し違えた立華の意識さえ回復すれば、戦いは終わるはず、という見込みだ。果たして作戦は上手くいくか。

 この問題には一つ、致命的な欠点がある。天使の部屋への侵入を、分身天使が安々と許すかどうか、というところだ。

 分身天使の目的は授業を受けさせること、秩序を守ること。部屋へ不法侵入する、ましてや直接スキルをプログラミングしようとするゆりを、安々見逃すかどうか。

 そのため、俺はその隙を少しでも作るため、生徒会業務に勤しむことにした。分身天使を呼び込んで、だ。

「見回りに行くぞ、元会長さん」

「ええ、そうね。いけないことする子を、お仕置きしないと」

 いやに好戦的な分身天使にげんなりとしつつ、巡回する。全く、俺がこんなに生徒会業務へ勤しむことになるとはな。まあ、これが分身天使の陽動に、少しはなる。

 それと……一つ、気になることがある。

「お前のこと、なんて呼べばいい?」

 俺が問うと、分身天使は答えた。

「あたしはあたしよ」

「立華 かなでで良いってことか?」

「好きに呼ぶといいわ」

「じゃあ、立華って呼ぶ。あいつと同じように」

 分身天使はきちんと会話が成立する。信じられないことだが、明確な意思があり、自我がある。

 希望的観測だが。なら、こいつを説得するとか、和解することは不可能なのだろうか?

 本命の作戦は戦線の連中が、ゆりが動く。なら、俺には俺の可能性を探ってみるしかない。たとえそれが、〇パーセントの望みだとしても。

 

 

 戦線メンバーは各々の手段で、授業を受けるフリ、という形で出席している。制服についてなにか言われるかとも思ったが、今のところは特に反応がない。俺は授業を受けたり、分身天使と巡回をしながら、出来るだけ会話を試みた。

 ふと、ゆりとの会話を思い出す。そういやこいつは、激辛麻婆豆腐が好きなんだったか。

「飯行かないか?」

「あなたと一緒に?」

「ああ。もう、そんな時間だろ?」

「ふうん……」

 分身天使は首を傾げる。

 その容姿は立華とそっくりだと思ったが、よく見ると瞳の色が全然違う。金色の瞳が、赤い色になっている。たしか、赤目って生物学的にはありえないんだったか。そのせいか、天使というよりはちょっと悪い奴な印象になる。好戦的な彼女には似合う色かもしれないな。

「あなた、あたしに気があるの?」

「あ?」

「だって、あたしにべったりじゃない?」

 俺は唖然とした。

「お前、そんなこと言うんだな」

「あら。恋をするのはイケないことじゃないわ」

「まあ、そうだけどさ……」

「子供を作ったら、ダメだけれどね。子作りという行為までは、自由だけれど」

 小悪魔的な笑みを浮かべて、分身天使が言う。

 いやいや、立華の見た目でなんてことを言うんだ、こいつは。ここからR18展開にでもする気か⁉

「驚いたな。お前、結構感情的というか、なんというか」

「失礼ね。分身にも、ちゃんと自我があるのよ」

「そうだろうけど、さ。なんというか、個性もちゃんとあるんだな?」

「もちろん。それが「自我」というものでしょう」

「……まあ、そうだな」

 見た目は立華で立華の分身だけど、中身はちゃんと自我ある……よく出来すぎだろ、こいつ。人工知能ってレベルじゃねえぞ。

 

 

 一緒に食堂へ行くと、分身天使は素うどんだけを頼んだ。

「それだけでいいのか?」

「ええ。食は細いの」

「ふうん」

「あと、うどんが好きだわ。柔らかめの、冷たいうどんが好き」

「はあ。そういうもんか」

「そういうものよ」

 立華とは食の趣味が違うのだろうか。

「激辛麻婆豆腐はどうだ」

「辛いのは苦手。痛いもの」

「……そうか」

 違うようだ。やっぱり、個性ってのがあるのか、こいつにも。ただのレプリカじゃない。

 俺達は向かい合って、飯を食う。ちなみに俺は鯖定食を頼んでいた。

「あなたには好物があるの?」

 分身天使が問いかけてくる。

 質問が来たのは、初めてかもしれない。

「いや。なんでも好きだな。嫌いなものも、特にない。強いて言うなら、同じ物は食べ続けないかもしれない」

「あら。いいことね、長生きできるわ」

「もう死んでいるけどな」

「そうね。でも、生き返ることは出来る」

「生まれ変わるってことか?」

「ええ。あなたも早く成仏することね」

 その信念だけは、やり方は違えど立華と同じか。

 ごはんの食べ方は上品というか、女の子って感じだった。一口が小さくて、ちまちま食べる。でも、素うどんだけだからすぐに量が減ってしまう。

「おいしい」

 それでも、笑顔を浮かべて分身天使は素うどんを食べる。

 ……すごく、可愛らしい笑顔だった。

 って、いやいや。なにを考えているんだ、俺は。立華の見た目なんだから、そりゃ可愛いだろ。容姿に騙されるな。

「お前、なんでこの学園の秩序を守ろうとする」

「それが使命だからよ」

「使命、ねえ……」

「天上学園が去るためにある。そのルールを守りたいだけよ」

「立華のことをどう思っている?」

「立華?」

「お前の元の少女だ」

「別に。彼女がいるから、あたしがいる。それだけじゃない?」

「そうか……」

 なんだか、スッキリとしない気分であった。

 

 

 夜。分身天使を俺は女子寮まで送っていった。

「ありがとう。また明日、学校で会いましょう?」

 手を振る分身天使。

 ……こいつ、本当に昨日、俺やゆり、戦線メンバーに襲い掛かってきた奴だよな?

「随分と、急に友好的じゃねえか」

 思わずそう言ってしまうと、分身天使は首を傾げた。

「あら? 別に、イケないことをしていなければ、おしおきはしないわよ」

「そういうものか」

「それに、あたしに好意がある男の子を、無碍にするわけにはいかないわ」

 いやいや。もうなにがなんだか……。

「お前、昨日会ったから知っているだろ。いやまあ、言ってはねえけど……」

「あのリボンの女の子が好き?」

「そうだよ。俺はあいつを心から愛している」

「そう。でも、あの子にはもう会えないかもしれないわよ?」

「どういうことだ?」

「ふふふ。さあ? どういうことでしょうか、ね」

 分身天使はまたも可愛らしい笑みを浮かべた。

「じゃあね。桜木 春斗くん……」

 

 

「――あんた、レプリカ天使に変な情が沸いてないでしょうね?」

「っ⁉」

 自室でぼんやりと過ごしていたら、いきなり現れた遊佐――もとい、ゆりの物まねをした遊佐っぺが現れた。

「ゆりっぺさんの伝言です」

「どこでいつ見ているんだ、あいつは」

「秘密です」

「ほんでお前はそのネタ割れているのかよ」

「秘密です」

「はいはい、わかったよ」

 がりがり、と頭を掻く。別に見られて困ることなんてしないし、いいか。

「で? 突破口は開けたのか」

「ゆりっぺさんが分身を戻すスキルをプログラミングしました。あとは天使の意識が戻り次第、ハーモニクスをもう一度発動させるだけです」

「……そうすればあいつは消えるはず、か」

「やはり情が芽生えましたか」

「まさか。たった一日で……それも、あんな紛い物を」

 だけど、脳裏には素うどんを美味しそうに食べる、分身天使の顔が浮かぶ。

「桜木さんは情に弱いですね。特に、女性の」

「おい。なんだ、その色々と悪意のある言い方は」

「失礼しました。特に、女の子の」

「いや、変わってないから⁉」

 大きくため息をつき、ベッドに寝転んだ。

 なんだか、今日はどっと疲れた。

「俺はもう寝る。今日はもう、色々としんどかった……」

「お疲れ様でした」

「ああ。遊佐も、あいつの無茶振りが終わったなら、休んでおけ。色々と大変だっただろ」

「そうですね。では」

 遊佐はいなくなり、部屋は静まり返る。

 ……さて。これからどうしたものか。

 

 

 ゆり達は独自に動く。俺は分身天使に接触し、彼女の足止めをする。この構図は変わらず、継続状態となった。

 生徒会室で書類を処理する。一段落し、体を伸ばした。

「お疲れ様」

 分身天使がコーヒーを持ってきた。俺は目を丸くする。

「いいのか?」

「ええ。あたしは、コーヒーが苦手だけど」

 分身天使はなにも飲み物をもっていなかった。

 俺は缶コーヒーを受け取り、一口つける。だが、ふとあることに気がついた。むしろ何故すぐに気がつかなかった、と自己嫌悪に陥った。

 わずかだが、金属の香りがする。そして分身天使の制服には、わずかだが返り血が付着している。

「誰を殺したんだ」

 俺が思わず、低い声を上げる。

 くそ。まるで、陽動の意味をなしていない。

 分身天使は微笑した。

「ふふふ。おしおきしただけよ。抵抗するから」

「……」

 心配だが、信頼して任せるしかないか……。

 プログラミングに成功したのは幸いだが、犠牲がないまま話が進むわけはない。分身天使も己の目的達成のため、抵抗するのだから。しかもその戦闘能力は、本体とあまり変わらない。基本的には、今回も戦線の方が状況は不利だろう。

「あなたは、仕事熱心ね。真面目だわ」

 分身天使がそんなことを言ってくる。身を乗り出し、書類を覗き込んでくる。立華の甘い香りが、鼻を刺激した。

「まあ、生徒会副会長だからな」

「会長がいない分、あなたが忙しくなっているのね」

「そうだな。まあ、仕方ねえよ。立華はあの状態だろ」

 ぶっ刺した本人を前に言うのは、皮肉である。

 にしても、一日経過したから治っているはずなんだが……ハーモニクスはまだなのか? なんで、こいつはまだいるんだ?

「ねえ、あたしね。あなたのこと、嫌いじゃないわ」

「あ?」

 分身天使が顔を近づけてくる。

 不覚にも、胸が高鳴った。

「とても熱心で。勤勉で。二番目でいいわ。どうかしら?」

 小悪魔的な笑みを浮かべ、そんなことを言ってくる分身天使。俺はなんとかして、その視線を逸らした。

「へ、変なことを言うな。女の子が、そんなこと言っちゃいけない」

「ふふふ。きちんと、女の子としては見ているのね」

「揚げ足をとるな」

「まあ、いいわ。その言葉を聞けただけで、満足よ」

 くるり、と分身天使は背を向けた。

「どこへ行くんだ?」

「ちょっと、見回りよ」

 そう言って、分身天使は生徒会室を出た。

 さっきの、今だ。俺はその後を追った。

 

 

「桜木さん」

「ん?」

 体育館へ向かう分身天使の後ろを追っていると、遊佐が声をかけてきた。

「遊佐か。どうした」

「分身天使は、ギルドへ向かっています」

「ギルドへ? 何故?」

 遊佐は状況を説明してきた。立華が攫われたこと。戦線は今、本体がいると思われる、ギルドへ向かったこと。そしてそのギルドの中には今、分身天使が大量にいること。

 そして――俺の近くにいた分身天使も、応援に駆け付けようとしている、という寸法だ。

「わかった。報告ありがとう」

 なら、やることは決まった。

 俺は体育館に入る。中には、分身天使一人がいた。

「あら。あたしが恋しくなった?」

 首を横に振る。

「悪いな。言っただろ、愛している女がいるんだ」

「ふふふ、さっき顔を赤くしていたくせに」

「……あれは不可抗力だ」

 なまじ、見た目が立華なのだ。逸脱した可愛いさを前じゃ、さすがに生理反応は起きる。

「仲良くは出来ないようね」

「ああ。俺は、お前を止める」

「出来る?」

 分身天使がハンドソニックを取り出す。俺もナイフを取り出した。

「やるさ。必ず!」

 前へ飛び出す。分身天使が目にも止まらない速さで、ハンドソニックを振り回す。俺はそれを捌きながら、分身天使へ肉薄。分身天使は吹っ飛ぶが、受け身をとって華麗に着地した。俺は立ち止まった隙をつき、ハンドガンを撃つ。

「――ガードスキル。ディストーション」

 銃弾が逸れる。

 ディストーションを張られたら、銃弾は当たらない。他に武器はなし。俺は舌打ちをして、ナイフを手に再び間合いを詰めた。

「――ガードスキル。ディレイ」

 残像と共に、分身天使が消える。ナイフは空振った。

「っ⁉」

「隙だらけよ」

 背後から立華がハンドソニックを突き立てる。だが、俺はそれを間一髪でそれを回避。身をひねり、立華の華奢な腕を掴み、思いっきり投げつけた。

 立華は空中で翻り、着地。不敵な笑みを浮かべていた。

「強いのね」

 だが、俺は息が上がっていた。そもそも、人間レベルじゃない動きに付き合わされているのだ。体はあっという間に悲鳴を上げる。

「ガードスキル、ハーモニクス」

「なっ……」

 さらに分身天使が増える。二人の分身天使が同時に襲い掛かって来る。一人はナイフで受け止めたが、もう一人はどうしようもない。胸をハンドソニックで貫かれ、俺は口から大量の血を吐き出した。

「がはっ⁉」

「痛そうね。抵抗するから」

 床に倒れる俺を、分身天使は呆れたように見下ろす。その背中に向けて、腕を伸ばし服の袖を掴んだ。

「行かせない……!」

「本当に好きなのね、仲村 ゆりが」

「俺の力は、あいつに使われるためにあるんでな……!」

「そう。おめでとう。戦いはあなた達の勝利よ」

「?」

 分身天使が出現させた分身天使が、霧散して消えた。

「なんだ⁉」

「本体がハーモニクスしたのよ。けど……どうなるのかしら?」

「なに?」

「あなたならわかるでしょう? あたし達は分身。現身。けれど、そこには自我がある。意志がある。それが一つの肉体の中に入っていったら……激しいことになるわ」

「っ⁉ お前……!」

「会えたら、また会いましょうね。桜木 春斗くん」

 不敵な笑みを浮かべ、分身天使が消えた。

 俺はなにか言おうと思ったが、貧血で意識を失う。

 戦いは無事に終わった。だが、ハーモニクスにより、無数の「精神」が立華に取り込まれてしまう。

 その苦痛と絶望は――想像がつかないほど、途方ない。

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