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「立華。目を覚まさないのか」
夜。保健室には立華が寝かされていた。その側にある椅子に腰かけ、心配そうにしている男子生徒は、音無だ。憔悴している様子で、顔色はあまり良くない。
「ああ。一度に大量の意識を取り込んだ……ハーモニクスの発動時も、ひどく苦しそうにしていた」
「あっちの人格で目覚める確率もある、か。まさかこんなことになるとはな……」
音無はひどく落ち込み、肩を落としていた。なにかかけてやりたいが、今の彼にはなにを言ってもダメだろう。
「正直、理想的な展開に近かったんだけどな、俺としては。その矢先にこれか」
俺がため息をつくと、音無は頷いた。
「かなでと戦線メンバーは、少しだけだけど、打ち解けることが出来たんだ。ずっと一緒にいる約束だってした。戦いが終わる……わけではねえけど。少なくとも、かなでとゆりの対立は、あと少しのところで終わらせられそうだったんだ」
「大物だよ、お前は。俺は何十年かかっても、そこへ行けなかった」
「だけど。結局、こうなっちまった。ちくしょう……!」
音無は無念そうに声を上げる。
「……悪い。俺がここにいても、しょうがねえな。じゃあな」
俺がそう言うと、音無がその背中に向けて声を上げた。
「ゆりがさ。こうなったのは自分のせいだって、落ち込んでいた。励ましてやってくれないか」
「ああ。まあ、あいつはリーダーだからな……わかった。気にしてみる」
「頼んだよ」
そんな会話を交わし、保健室を出る。
「かなで、か……」
いつの間に、下の名前で呼ぶようになったのだろうか。
今、立華の中にはあらゆる意識が混濁としているはずだ。
その中には……わずかだが、俺と一緒に過ごしたあいつも、いるはず。
「――とても熱心で。勤勉で。二番目でいいわ。どうかしら?」
「っ」
ふとあんなセリフを思い出して、顔を赤くしてしまう。
全く、プログラミングで作られた分身のくせに……。
事態は考えうる限りで、最悪の展開を迎えた。
戦線メンバーの懸念通り、立華は分身の方の人格で目が覚めた。そしてその冷酷さを使い、テストの潔白の証明と同時に、犯人の割り出しも結構。すり替えオペレーションの実行者であるゆり、音無、日向、大山、高松、竹山は反省文を書かされた。
放課後の屋上。夕日を背景に、俺とゆりは落ち合う。お互い、缶コーヒーを片手に会話を交わし情報交換をした。
正直……引っ掛かることがある。
「あの天使の人格は、あなたのことを覚えていたかしら?」
「いいや。好きな食い物が冷たいうどんじゃねえから、違うだろうな」
好きな食べ物はなにかと聞いたら、特にないわ、と答えていた。
「じゃあ、あなたと仲良く接触した分身天使でもないのね」
「いや、仲良くねえっての」
「顔赤くしていたくせに」
「……なんで知ってんだよ」
「さあ? かまをかけただけよ」
「嘘つけ。そんなピンポイントに当たるかって」
「鼻の下伸ばしちゃって。ま、どうでもいいんだけどね」
ぷい、とそっぽを向くゆり。
まあたしかに、相手が美少女だったから、俺も動揺したし、生徒会室で顔を近づけられた時は、正直、関係が持てそうな雰囲気にはなっていたのだ。
こういうのも、浮気になるのだろうか……。
そもそも、なんであの分身天使は、俺に好意的だったんだろうな……。
「……しっくりこないと思わないか」
「奇遇ね。あたしもよ」
ゆりがキーコーヒーを飲み、ふうと息をつく。
「音無のやつ。もうちょっと気を落としてもいいと思うんだよな……」
俺が疑問を口にする。
去り際のあの時。あいつは、立華をかなでと呼び、ずっと一緒にいる約束まで交わしたと言った。
そしてなによりも、立華が意識を失った時の落ち込みよう。
ずっと側にいて、見守り続けていた。
冷やかすようで悪いが、立華に好意があるのはもう明らかである。そしてあれほど感情的になるということは、関係的にも良い物だったに違いない。立華もまんざらじゃなかったのではないのだろうか。あるいは、両想いか。失意の底にいたのに、音無の誘いに応じて釣りに来たくらいだ。
無論、二人の関係と距離感に関しては、予測でしかないが……状況的に考えて、立華の人格が分身天使になった場合、音無の落ち込みはこんなものではないはず。なのに、クラスSSSの活動にも普通に参加している。
まあ一応、口数は少ないし、表情は暗いから落ち込んでいるようには見えるが……。なんか、演技臭いんだよな、あれ。
「同感よ。音無くんが落ち着きすぎている。あたしもそれが引っ掛かっていたわ」
「まあ……だよな」
「答案用紙の細工をあっさり割り出せたのも、妙だわ」
「そうなのか?」
「今更どうやって犯人を正確に割り出せたというのよ? あの件はもう、疑われずに天使自身がやったこととして処理されていた。その状態からあたしたちを炙り出したということは、確固たる証拠を見つけたか、実行班の誰かがリークしたかのどちらかよ。筆跡鑑定がどうとか言っていたけど、それで割り出せるのは直接細工をした竹山くんだけよ。あたし達まで確定で犯人として扱えるのは不自然よ」
立華はそういうところの立ち回りは不器用だから、リーク説が濃厚か。立華の立ち振る舞いに、音無がかなり絡んでいるのはもはや確定か。
「けど、それって……つまり、どういうことなんだろうな……?」
「まあ、今のところは推測でしかないけれど。天使は、天使の人格で目覚めた。けど、音無くんと天使は二人で、その真実を隠している。そういうところじゃないかしら?」
「なんでそんなことを? 意味なくねえか」
「さあ? 狙いに関しては、知らないわよ」
よくわからないな……結局、これじゃあ立華は戦線の敵のまま。それは音無も望むことではないはずだ。話が振り出しに戻ってしまう。
狙いが謎。見えてこない。音無 結弦。やっぱりあいつは、曲者だな。
「音無くんと天使の動きには、注意する必要があるでしょうね」
「……だな。俺は副会長だし、立華はある程度見張れる」
「じゃあ、あたしは音無くんね。彼がなにを考え、どう行動するか……見物ね」
俺は缶コーヒーを空にする。
ゆりも同じことを考えているということは、状況的に立華の人格はちゃんと元の人格で目覚めた可能性が高くなった。
だけど、音無と共に何故かそれを隠している……。
それが意味することは、なにか。
さて、と。妙なことになった。これからどうなることやら。
正直なところ。生徒会として日々を過ごしていて、立華は以前となにも変わらないように思われた。
答案用紙すり替えオペレーションの犯人を全員割り出したこと以外、立華と性格が変わっていないのだ。好戦的な様子はない。いつも優しくて、ぶっきらぼうで口数の少ない、クールにしてキュートな、浮世離れした幻想的な美少女。
頭のてっぺんから爪先まで、以前の立華 かなでのような気がしてならない。が、こればかりば内部の話。決定的な証拠があるわけではない。
現に、彼女はモンスターストリームの時の記憶はないのだという。また、俺と過ごした記憶もないようだから、あの「立華」でもない。
「なあ、立華」
「なに?」
生徒会室で書類作業をしながら、話を振る。
「音無と仲いいのか?」
思い切って訪ねてみる。
「結弦と?」
思わぬ大物が釣れたのであった。
やっぱり元の人格だな、これ。分身天使が音無を「結弦」って呼ばねえだろうが。俺は思わず、頭を抱えたくなった。なんというか、こいつに頭を使った作戦とかは、向かないだろうな。なにを企んでいるかはわからないが、この調子じゃあ音無の企みはそう長く隠し通せることは出来ないだろう。
「悪い。なんでもねえよ」
「……? 変な人ね」
「とりあえず。音無を「結弦」って呼ぶのは、音無と二人きりの時だけにしておけ」
「どうして?」
「色々とバレるからだ」
「よくわからないけど。参考にしてみるわ」
「ああ。そうしておけ。でも、音無に相談する時、俺の名前を出すなよ」
「???」
「それも、色々とバレるからな」
立華が首を傾げる。
彼女はかなりの天然だ。付き合いは長いし、今更驚きはしない。
にしても、音を奏でる「かなで」と弦を結ぶ「結弦」か。そんな二人が惹かれ合うのは、因果というか、運命ってやつなのかね。
「……また、会えなくて残念って」
「え?」
「あともう一度くらい、一緒に食堂へ行きたかったって。「彼女」が、言っていたわ」
立華が淡々と、そんなことを告げた。
……あっちの立華のことを、言っているのだろう。まさかそんな伝言があったとは。
「そうか」
俺はそう言って、こくりと頷いた。
……芽生えてないからな。情なんて。