原作と違う結末になるので、音無ルートの目次を修正。「In Your Memory」に該当する時系列のシーンは「In Your Memory」。また「Change the World」最終話「Last Operation」の一部シーンを変更します。
修正作業は1/20日13:00頃に終了予定。
「よう、桜木。あいつらのこと、気になるのか?」
「え? ああ……日向か」
日も暮れ始めた、夕方。出来れば音無にバレたくないため、木陰に隠れていた。そのため、日向に声をかけられるのはやや都合が悪いのだが……まあ、いいか。
グラウンドでは音無がピッチャーをして、ユイがバッティングをしている。気持ちの良い金属音が、辺りに響き渡っていた。
球技祭の時とは比べ物にならない。ユイのバッティング技術はかなりのものになっていた。外野の辺りにまで鋭い打球が飛んでいる。
「あの二人、最近よくこうしているからさ。なんだろうなって」
俺がそう言うと、日向が腕を頭の後ろで組んで「まー、予想外だよなあ」と言った。
「予想外?」
「物好きが本当に現れるだなんて、思いもしなかったぜ」
「……?」
「でも、桜木も結構な物好きだな。こんな意味もないことを見学しているなんてよ。お前は、色々と忙しいだろ?」
音無の監視のため、とは当然言えないので、俺は適当に誤魔化すことにした。
「純粋に気になったんだ。珍しい組み合わせだからな」
「たしかにな。ユイの奴、あれでフェンス越えのホームラン打とうとしているんだぜ? どう考えても不可能なのに、バカだよなあ」
「ホームラン、か……」
脳裏には、あの時のユイの言葉がよぎった。
――桜木先輩。あたしの幸せはさ……神様に、全部奪われたんだ。
音無 結弦。そして立華 かなで。二人の行動をゆり、遊佐、俺の三人が監視したところ、やがてゆりは一つの仮説を立てた。
「音無くんは、天使と協力関係にある」
いつもの屋上で、コーヒーを片手にゆりはどこか複雑そうな面持ちでそう言った。
「おそらく。彼の目的は天使の願いを成就させること。戦線メンバーを卒業させるため、彼女と協力関係になることを選んだのよ。天使を敵対させたのは、あたしの目をくらませるため。ユイと一緒にいるのは、彼女をここから卒業させるためのもの」
「どうするんだ?」
「普通に考えれば、彼を除名すれば済む話ね。だけど……」
ゆりはふう、と息を吐いた。
まだ確固たる証拠があるわけでも、状況証拠があるわけでもない。
それに。立華の正体を知る、音無の思想が意味するものは――。
「もう少し様子を見たいわ。今はまだ、動く時ではない。これはまだ仮説、確信がほしいわ」
「よう。お前ら、なにやっているの?」
日も落ち始めた頃、音無達が片付けを始めると、日向がグラウンドへ入った。金属バットを持ち、ブン、ブン! と何度かスイングする。
「日向……に、桜木」
「なんでちょっと嫌そうな顔するんだよ?」
「え⁉ いやいや、そんなことはねえって!」
音無がやや慌てたように言う。
この動揺。ゆりの仮説は当たっている、ということなのだろうか。もしそうなのだとしたら、この場面をゆりと近しい人間に見られて動揺した、というところで辻褄が合う。
「日向も打っていくか? ユイと同じ、本気の野球でさ」
音無がそう言うと、日向はバッターボックスに立った。
「フルスイングか。最近、してねーや。たまには、そういうのも良いかもな」
「だろ?」
音無が投球フォームに入る。
「行くぞ!」
「ああ!」
音無が真ん中へ向けて投げたボールを、日向が引っ張って打ち返す。レフト方向へ飛んだボールは、フェンスを越えていった。
ホームランだ。
「すごいな」
俺が素直にそんな感想をこぼす。
「さすが元野球部って感じだな。そうだ、桜木も打っておくか?」
音無がそんなことを言うが、首を横に振る。
「俺は野田や日向と違って、ホームランは打てねえよ」
打球を見届けたユイが、気合を入れるように胸の前で両手をよし! と握った。
「ひなっち先輩が打てるんですから、あたしにも打てるはず」
「どーいう意味だ、コラ」
ジト目を向ける日向。ユイは腰に手を当てた。
「ふふん。また手伝ってくれる人が現れてくれたので。今度こそ、ホームラン打ってやりますからね!」
「おう。ま、無理だろうけどな」
「んなあ⁉ なんでまたそういうこと言うんですか!」
「だって、フェンス越えどころかフェンス手前にすら飛んでないんだぜ? 技術もそうだが、根本的にフィジカルが足りてないっての」
「ひなっち先輩に言われた筋トレ、まだ続けていますからね。ふふん、見てください、この腕を!」
むん、とユイが右腕を畳んでこぶを作ろうとする。
が、典型的な女の子らしい、細く可愛らしい腕であった。筋肉は弱弱しい。
「その細腕でなにを誇っているんだが」
「んだとこらあ! 腕立て伏せは、十回までスムーズに出来るようになったんだぞ、どうだコノヤロー!」
「むしろ、まだ十回しか出来ないことに驚きだよ……」
ユイの身体能力は、どう見積もっても女の子らしいものであった。
「にしても。一つ質問していいか」
「はい? なんですか?」
俺の声に、ユイが首を傾げる。
「ユイ、随分と野球上手くなったよな。音無とそんなに長く練習していたのか?」
「ああ、いえ。先輩は最近ですよ」
「その割にはフォームが本格的というか、なんというか」
「球技祭の後、ひなっち先輩に教わっていたんですよ」
……ああ、なるほど。それで。というか、筋トレ云々の会話もそういうことか。
「なるほど。相変わらずお似合いの二人だな」
すかさず日向が声を上げる。
「桜木。お前、いらん誤解をするな」
ユイははん、と鼻で笑った。
「桜木先輩、前にもそれ、ちゃーんと否定しましたからね?」
二人は息ピッタリに、照れ隠しをしていた。
相変わらずである。
「あ、そうだ。せっかくですし、勝負しませんか?」
「?」
ユイが金属バットを俺に向ける。
「桜木さん、良いボールを投げるんですよね? 勝負したいです!」
音無がああ、と思い出したように頷く。
「お前、アンダーで130キロ投げるんだっけか。そういや、結局見れてねーや」
「まあ、そのくらいならお安い御用だ」
俺が頷くと、日向が音無からグローブを借りて、左手にはめた。
「面白そうだな。おし。じゃあ、俺がボール受けてやんよ」
「ああ、頼んだぞ」
思わぬ形で、ユイと野球勝負をすることになった。まあ日が暮れてきたし、一打席勝負くらいが限界だろうか。
「プレイボール!」
音無の宣言と共に、俺が一球目を投球。下投げのストレートはまっすぐに外角高めへ入っていった。日向がぱし! と快音を立ててボールを受け止める。
「ストライク!」
音無が判定する。ユイがうわ、と声を上げる。
「はやっ……でも、せめて当ててやる」
日向がボールを投げ返しながら、ユイにアドバイスした。
「とりあえず、スイングしろ。じゃねえと話は始まらねーよ」
「おいっす! フルスイングあるのみ。桜木先輩! 手抜かなくていいですからね! 130キロ、打ってやるんですから!」
威勢の良い声。こっちも気分が乗るというものだ。俺はもう一度投球フォームへ入り、ストレートを投げる。真ん中の外。ユイはスイングしてミートするものの、打球はボテボテなゴロでファールとなった。
「ぐぐ……2ストライク」
ユイが悔し気な表情を浮かべる。日向がボールを投げ返した後、声を上げた。
「相変わらずのストレート一本勝負だな、桜木!」
「ああ、まあな」
そういや、ゆりと参加した球技祭では、これで後半は打たれたんだっけか。
そんな思い出に浸りつつ、俺は最後の球を投げる。
真ん中高めのストレート。ユイはそれを、フルスイングで当てた。
「なっ⁉」
芯でとらえた打球音だ。俺は思わず、打球を見るため振り返る。
――刹那、強い風が吹いた。
するとボールは風に乗り、フェンスの向こうへと運ばれた。
……フェンス越えの、ホームランだ。
「え……?」
ユイが茫然とする。
そこへ音無が親指を立てた。
「やったじゃん。ホームランだよ」
「ほ、本当にあたしが……?」
「飛距離伸びたのは風の影響だけど、紛れもなくホームランだ。おめでとう、ユイ」
「そっか……あはは。なんだか、夢みたい。でも、よかった」
ユイは安堵したような笑顔を浮かべた。
「大変だったけど、毎日部活みたいで楽しかったなあ……しかも130キロを、このあたしが打てたなんて。音無先輩。長い間、ありがとうございました」
「……ああ」
音無は顎に手を当て、思案げな表情を浮かべた。
「なあ。お前、本当に全部言ったのか?」
「はい?」
「生前できなくて、したいこと」
「おろ? 言いましたよ?」
「いや。そんなはずはない。まだ、あるはずだ」
「えー? なんで、そんなことわかるんですか?」
「わかるんだよ」
「まー、あるっちゃありますけど。とんでもない夢ですよ?」
「なんだよ、言えよ。俺が全部叶えてやるって、言っただろ? 大体、今更だろ。ホームラン打てたんだぜ? どんな夢が出て来ようが、驚かねーよ」
ユイはため息をついて、金属バットを担ぎ上げた。
「じゃあ言いますね。結婚」
「ああ、結婚な……って、結婚?」
「そ、結婚。女の子の一つのゴールってやつです」
「……」
音無は言葉を失った。
「ね? だから言ったでしょ。あたしには無理。でもひどいことにさ、結婚が一番したいことなんだ」
「……ユイ」
「でも、あたしは……家事も洗濯もなにも出来ない、お荷物だから。誰ももらってなんてくれない」
「荷物だなんて、なにを言い出すんだ」
「神様はさ。あたしの幸せ、全部奪っていたんだ」
「そんなこと、ない」
音無の声音がどんどん、弱くなっていく。
そこへ畳みかけるように、ユイは言った。
「じゃあ先輩。あたしと結婚してくれますか?」
「それ、は」
「なにも出来ないお荷物を。貰ってくれますか? お母さんの代わりに、お世話もしてくれますか?」
音無は目を逸らす。
……勝負の余韻はどこへやら。俺達の間に流れる空気は、あっという間に重々しいものとなった。
ユイの問いかけに対する答えは明確。そんなこと、出来るはずがない。
不可能だ。ユイの問いかけは、そもそもの問題が破綻している。
だけど。
その不可能な問いかけに、全力の想いでもって答える男が現れた。
「――ユイ。俺が結婚してやんよ」
ぽん、と野球帽越しだったか、ユイの頭の上に手を置いた日向が、そう宣言した。
俺と音無は思わず、息を飲んだ。
いや、まあたしかに、お似合いの二人だとは思っていた。だけど、なんだろうか――まさかこんな時に、ストレートに思いを口にするものだとは、予想していなかったのだ。
「え……ひなっち、先輩が?」
「ああ。俺が結婚してやんよ」
「でも、先輩は、本当のあたしを知らない」
ユイはあとずさり、視線を落とした。
「一人じゃ歩けないし、立てない。ゆりっぺ先輩と桜木先輩とは、違うよ」
「そうか? 俺はそうは思わねーけど。歩けなくても。立てなくても。例え……子供が生めないとしても。それでも俺は、ユイ。お前と結婚して、そばにいてやんよ」
「そんな……どうして」
震える声を出すユイ。
俺の脳裏には――ゆりの言葉が思い起こされる。
――音無くんは、天使と協力関係にある。
本当は、それが正しいことだ。
立華 かなでが数多の魂を見送ってきた。だけど、それがこの世界の本来あるべき姿。
だから、二人のことは邪魔出来ない。
だけど――同時に、ゆりとの日々が思い起こされた。
彼女と共に過ごした日々。死後の世界で、紛い物かもしれないけれど、そこにある想いは全て本物でかけがえのないものだ。
それなのに、もしもそれが引き裂かれてしまったら……。
理屈じゃない。
正しいことは、二人を見送ることだって、わかっている。
それなのに――俺の体は、勝手に動いていた。
「っ⁉ あれは――」
俺は適当に芝居を打って、なにもないところを突如として拳銃で撃ちぬいた。日向、ユイ、音無がぎょっとする。
「桜木⁉」
音無が銃を構える。日向も戸惑いながら、銃を取り出した。
「天使の力を持ったNPCだ。今は逃げたが、まだ岡田 緑のハーモニクス体が残っているのかもしれない」
「マジかよ、こんな時に……! どうする、この場は離れるか?」
「それが妥当だろうな。今の内に逃げるぞ!」
グラウンドから逃げた俺達は、連絡橋の近くまで来た。
「ここまで来れば、大丈夫だろ――」
日向はそう言って、俺達をぐるりと見渡した。ユイと目が合った瞬間、両者の顔が赤く染まり、顔を逸らす。日向が頭を掻きむしった。
「ノオオオオオオ! なんか気まずい! なんでこうなっちまったあああ!」
「ななな、気まずいってなんですか⁉ ひなっち先輩が変なこと言うからいけないんじゃないですか!」
「変なことってなんだよ⁉ 俺はただ――」
「……ただ?」
「ぇ、えっと、だ、な……」
その後の言葉は続かず、両者は再び顔を逸らした。気恥ずかしい雰囲気。ユイは耐えきれなくなって「あああ、あたし、もう部屋に戻りますから⁉ 先輩方、今日はありがとうございました! では!」と早口に言い立てて、猛ダッシュでその場を離れていった。
「わりぃ、俺も行くわ。なんか散々だぜ……」
日向がトボトボと俺達から離れていく。
一世一代の告白……というか、もはやプロポーズを台無しにしたのだ。今はそっとしておいた方がいいだろう。
というか、台無しにした原因は俺なのだが。
「俺達も行くか」
「そうだな」
音無に言われ、俺も部屋へ戻ることにした。音無はため息をつき――誰にも聞こえないような小さな声で、呟いた。
「この作戦は失敗か……」